学マスは知らんけど、ウマ娘なんかはそういうツッコミを所与として「元々ハイスぺであるトレーナーが、かつ個別キャラとの『運命の出会い』を正当化させる異常個体である」みたいな建付けにしてるよなという印象も
ズリネタに嫉妬するな
not for youだよ
違和感があるのはわかるけどそれをミソジニーに結びつけるのはバイアスが強すぎる。単に話の都合だろうに
『才気ある魅力的な女性が主人公に執着し、それによって主人公は身を滅ぼす』ならバランスが取れる。惡の華の仲村さん、チェンソーマンのマキマさん、閃光のハサウェイのギギとか。
サムネ、顔の大きさに対して体が小さすぎるように見えたけど手だったのね。
小佐内ゆきは「才気ある」というよりサイコパスだよな。「『ふれる。』? 知らない子ですね…」
オタクの自意識と創作キャラの依存属性を深掘りしてて読み応えある考察記事
だがココに追いついてこれるものが一つだけある!!!!なんだ????女だ!!!!!女だけは必至で積みあげてきたもののとなりに一秒で座る!!!!!!!男にとって鬼門は女!!!!!女にとっては男だ!!!!!
同性同士ならいいのか? という話
何かかみ合うものがあるのだろうかと。
ままならないね。
まず少女マンガのヒロインに執着するイケメンになんとか言えよ
確かに孤高なら、そいつと類似した異常者にしか認知し得ない独自の問題にだけ執着していて欲しい。目の前の異性とか言う、俗なものに執着して欲しくない
リアルさが必要なら現実で十分なんだよなぁ
気持ちは分からんではないけど、同様の構造を持つBL作品に対しても同じように感じるのでなければやはりお気持ちだと思う。主人公は惚れられるに値する人間か?という問題はフェミニズムとは別個に存在するわけで。
「小鳩くんを完全に切り捨ててくれたらわたしは小佐内さんを好きになれる」って、かなり傲慢な視点ではある。「あなた(惣一郎)もひっくるめて、響子さんを貰います」と言った五代くんとは真逆である。
実際はちょっと微妙なルックス(クラスで10番目とか)で、主人公フィルターで美人に見えてると思うと整合性が取れるぞ
「才気ある魅力的な(女性)キャラクターが、特定の(男性)キャラに執着する作品」今日の反転可能性テストですか?イケメンが普通の女性主人公に「おろしれー女」するのは個性とか?
人は他者の能力を好きになるわけではないから /現実には“金を稼ぐ能力”を好きになりがちだけど、物語はそうであってほしくないじゃん
フィクション作品におけるそれをどう感じるかという話はいろいろ立論の余地があると思うが、キャラクターの話でなければ現実においてはありふれた話である
この2,30年ぐらいの過剰に自立を求める風潮に対するカウンターって大事やなと改めて思った。
お前の方が小佐内ゆきと篠澤広に拘泥し束縛してんだよ。お前が架空のキャラから自立しろや
頭の病気ですべての人が美少女に見えてるとしたら…
しっかりモノの女性がクズみたいな男に尽くすと言うのもよく聞く話ではある。(髪結いの亭主とかって言葉もあるくらい)
(アニメのヒロインが恋人どころかお母さん染みているという説はよく聞いた。)男性に付随するものとしての女性性論と合わせて検討。慰めと棄損、フィクションにおける都合よさに含まれるもの。
性別ひっくり返すと「おもしれー女」案件な気がするので,本当に単なる趣味嗜好の問題と捉えた方が心が平穏なんではなかろうか
その凡庸さを自覚し捻りを入れるような作家は作品を超えて捻くれを発露し観測させてくるという思い込みが私の中にあり、それらをスルーしている。また、面白い作品を摂取できればできるだけ嬉しい
詳細忘れたけど、女性監督が撮った映画に「あなたの映画は”マコ・モリ・テストに合格しますか”」て突撃されて「私は映画についてなにも知らなかったみたい」と返した話を思い出した
自分がどこで線を引いて何を嫌悪しているかの分析って自分の趣味までなのか、それ以外にも適用するのかしないのか 。ともあれ自己省察は良いことだと思う。
この人の好みはどうでもいいけど、「私はフェミニスト。私の嫌いな作品はミソジニー」というのはあまりにも傲慢だなと思った
還ってきてくれる/所有される客体 以降読んでない。読む価値もないと思っている
もしかしてそういう人間は現実に存在しないと思ってる?たくさんいるぞ!
偏った思想に侵食されるとフィクションさえ楽しめなくなる不幸がえんえんと綴られている
言いたいことはわからないでもないけど、小山内さんはむしろ小鳩くんと組むことで鋭敏さが増していくと思うのじゃが…
嫌いなものについて書くときは、相応に精度を高めないと誤爆で後悔する羽目になりそう。やったことないゲームの人物名を出すのはかなり乱暴では。自分も嫌いなものの方が語れちゃうので自戒を込めて
嫌悪感なり好みについて抽象度を上げ過ぎてないか?と思った。タイトルぐらいまで抽象化しちゃうとそんなん人間の普遍性までいっちゃってミソジニーとの関係が疎になりすぎる。もっと低レイヤで話すべきでは
執着系が専用タグあるほどに消費されてるのはどっちかっていうと女性文化圏じゃないかな
最終的にあくまで自分がそう感じているだけだって言えてるので自分からどうこう言う事はない
こういうの、そう(執着する)じゃない人がほとんどだけどそうである例外だから物語になる、と考えれば良い。現実にだってごく少数の変人扱いされる人はいるのだから、創作にいることは何の問題もない
自傷は快感だからやめられないのだよな。しかしあまり健全とは言えない。/人の欲望は政治的な正しさとは無縁です。それを実在の他者にぶつけない節度は重要ですが、自己否定を繰り返せば人は狂うしかない。
才気ない魅力のない女性キャラクターに執着されるとミザリーとかになってしまう
アニメの小佐内さんは上位存在が主人公を「おもしれー男」として弄んでいる感じが良かったけどなあ。交通事故編で人間味を出してきたのが逆にコレジャナイまであった。
マキマさんが主人公に興味?
"エロゲ(「美少女ゲーム」)って、根本的に「男性→女性」のミソジニーが埋め込まれているジャンル"ミソジニーという言葉の拡大解釈が過ぎない?
読み方は自由だけれども、少なくとも小市民シリーズは小山内と小鳩の「互恵関係」(と小鳩が自称するもの)とその距離感が肝だと思うので、ここで例示されるとは思わなかった。これが太刀洗万智なら良いのだろうか。
男の魅力を描写して「この男なら女の子が惚れるのもわかる」という話の造りがあって足りない部分を「こんな素晴らしい女性が惚れるのだからこの男は素晴らしいんだろうな」という読者の納得させかたもある。
"※学マスは一度もプレイしたことがない正真正銘のエアプです"で大量の文章書き始めるの「嫌い」すぎる
乙女ゲームとかやったことないのかな?
そうだね。CEOや弁護士や医者が底辺女に執着して迫ってくるハーレクインは、ミサンドリーだから焚書しなきゃいけないね/娯楽作品と教科書・自分と他人の境界が曖昧な奴は、社会に害しか与えない
フィクションに物申してる時点で少し立ち止まって欲しいもんだ
小市民のアニメ、演出が電波で、サイコでmanipulativeな気持ち悪さがずっと漂っており、ヒロインを可愛いと感じたことがない。若い世代からは特に嫌われそうで、中二病患者にしか刺さらなそうだけど。
どの作品も中身は知らんけど、文章を素直に読むならば単にご都合主義的で嫌いって話なのかなと思った。
「才ある男が凡人女に執着する」女性向け作品も腐るほどあるので、あまり男女は関係ないのでは。人類普遍の欲望であり、男女問題の切り口で批評すると女性向け作品にも刺さっちゃうでしょう。
才気ある女性が男性主人公に執着するのはミソジニーで、スパダリに好かれるヒロインは理想の主体・・・?女性中心すぎんか
誰かに依存しなくてもボクたちは輝けるにゃ!お魚を独り占めするより、みんなで分け合う方が幸せにゃ。ボクが癒してあげるから、そんなに怒らないでほしいにゃ。
何でもかんでもミソジニー そうやって言葉を使い潰すのやめとけ
魅力とはなんであろう?効率や損得の尺度で人生の選択をする人に魅力的な人物なんて絶対にいない。おれが岡田麿里がしっくりこないのは理屈で物語を作るから。
学マスに関しては逆なんですよね。篠澤はぶっちゃけアイドルとしては非才で主人公が求めている水準に達してはおらず、むしろ才気ある主人公が篠澤とかいうよく分からん奴に入れ込んで本来の夢を捨ててるという
執着するに値する男主人公の魅力描写が足りないとかなら分かるけど・・これはおもしれー女と割り切った方がいいかと。
篠澤が好きなので気になって読んでみたが、Pに対してメロついてる所は個人的にはプラマイどちらでもない。ていうかそれがダメだとアイマス関連のキャラはほぼ全滅にならん?
そりゃあんたが単に男が嫌いなだけでわざわざミソジニーを感じると被害者ポジに転換しなくても私はミサンドリストなので好みの女が男に好意を寄せてるのがイヤで過不足なく説明可能です。
必ずしも賛同しないけどおもしろい読み物/“ミソジニー”(女性蔑視)って日本の多くの場合で私もピンと来なくて、どちらかというと特別視であると思う(し、それに加担する女性も多い)
※「才気ある魅力的な女性キャラクターが、特定の男性(主人公)に執着する」状況をミソジニーと感じ取ってしまう自分の感性を認識したので、今後はその感性を見つめ直し、他の作品にも触れていきたいという結論の記事
魅力的な美少女が魅力のない主人公に好意を寄せてるのが嫌ってのは普遍的な感想なんだが、ミサンドリーをこじらせてると男に惹かれてることそのものが嫌になるのか
自分の上昇婚思想を勝手に他人に当てはめ価値観こそが正しい。とかバカ言うのは中学生レベルの精神性なのでもうちょっと成長しましょう。
それらしい単語を使って賢そうな表現をしているけれど、論理が全く繋がっていなくて「ジェンダー学とか好きそう」としか……。女性が主体的に執着していることが、どうしたら「所有されている客体」になるんだよw
エロゲの主人公は凡庸な男が多く自己投影しやすいのに対して才能があったり大人なキャラではそれができないだけでは? フェミやアンフェが個人的な感情を社会正義に仮託しているのと同じかと
女性向けエンタメの発信量が足りないような気がする。女性向け男性キャラのイラストが男性向け女性キャラと同程度にメディアを占有するようになれば、お互いに都合の良い夢見てるなあ、で終わりそう
何かのお話をミソジニーかどうかでしか理解できないように強制されているのだろうか。どちらにせよ素直に楽しめないのは大変だなと思うなど
趣旨はわからんこともないのだけど、ミソジニーと断言されるとそこは首肯しかねる
小山内さんは小鳩くんに「所有」されたり「還ってきてくれる」ようなタマじゃないと思いますよ…/私はアイマス全般苦手だけど、ウマ娘は大好き。ウマの方が少女漫画的なスタンスだからかも。
ブコメでも指摘あるが、繁殖行為の性質上、女性が特定個体に執着しててもむしろ自然とすら思えるが、モテモテで種蒔き放題の筈の雄が特定個体に執着するのは(良し悪し(面白さ)とは別次元で)ご都合主義だよなとは思う
好き嫌いは個人の感情によるものだし自由に感じて自由に表明すればいい。でもそこに論理を持ち込めば間違っていると否定はされるのも、それはそう。
「才気ある」とは何か
「機知や才気に溢れていて、自身の欲望/願望を持つ主体性とそれを実現せんとする勇気や行動力がある」主人公をきらいなのは、自己嫌悪を含めている、だと。うん。あれ?え?
才気ある小山内さんが好きな小鳩のだから自分ルールを変えてまでもなびくからドラマになる。 恋愛とはそういうものでは。 ただの出来事日記ではないわけで
サムネが上裸の顔デカ女に見えた
俺はその作者がどういう考えの持ち主とか構図の狙いなんかをほぼ考えたことがない。なぜならそれは“創作上そうなっている”からだ。行動原理が一貫してないとかは別だが、もっと作品そのものを見た方が良いと思う。
アホなこと言ってるなとは感じるけど、チラ裏に文句言ってもな、という気もする。好きにすればいい。
少女漫画やレディコミにありがちな、才能もルックスもある男が冴えないフツーの主人公(女)にやたら惹かれる展開が一般の男からどう見えるか、みたいな話である。あんまり男女論じゃないっすよこれ
名作ってミソジニーのことだから基本的に。
古谷実はほぼそのバターン
フェミニズムの邪教ぶりがよく現れた文章。本来は自己と他者の欲望や劣等感を正視し受容することで大人になるが、ソレを思い切り阻害する。結果、フィクションにキレるし男女反転した際の矛盾にも気づかない。
小左内さんはいつかクリミナル・マインドの犯人役で登場してもおかしくない悪女だぞ。男のことは道具としか思ってないよ。
暇なやっちゃなぁ
まず、この彼氏がスパダリのホモ。小佐内さんは「京都に居る私を探してね」とだけいって消え、探すかどうかは男次第、男は三股女と付き合い、小佐内さんも別の男と付き合い、前提が滅茶苦茶だからブコメも意味不明。
ぜーんぜんわかんない。自分の育ちや生まれや遺伝や本能から起こる独自の好みを無理に雑に言語化して開陳してみせてるのですか。それを他人がみても何の気づきもなさそうでした
小市民の主人公は非凡な人物だし、似たような設定でもヘテロ女性向けだと急に「興味深い」と評価が変わるのも気になる。そもそもアンチミソジニー的な嫌悪感情が内心にあり、それに後付けで理屈をつけているのでは?
リアルの女性も優秀で優しい人がなんでホストとか毒男に依存しちまうんやろなぁ……て話かと思ったら違った、と思ったけど少女漫画文脈出てきていや関係しているのか……?身内への甘さ、ストックホルム症候群……
本当は「キモイ」で全て判断して良いのって中高生くらいまでなんだけどね。まあテキストのお気持ち表明くらいいいけどね。
リアルでは「いただきヨシコ」や「木嶋佳苗」とかに騙される日本人男が多いのは何故?いただきヨシコや木島香苗とかに騙される日本人男見ていると、穴なら誰でもいいっていう所が気持ち悪くて無理。生理的に無理
嫌いな作品はミソジニーに分類すればいいからフェミニストは楽だな
こういう個人的な趣味嗜好があるよ、という発言まで貶すのはナシかなあ。このNOTE内で書かれているのは徹頭徹尾すべて個人の癖であって、これを根拠に外部を攻撃する意図はあまり無いのでは。好き嫌いは自由でいい。
既ブコメでもあるが、『おもしれー女』のミラーリングであり、これをミソジニーとは思わない。
執着というとちょっと違うかもだが「主人公と結ばれなかったらずっと独り身」は男性向け女性キャラの方が多いとは思う。女性向け作品はそこそこの確率で別の人とくっつくってイメージある
ゲスパーすると、手の届かない存在であってほしい「女」に、自分が感情移入の余地がある「男」を気にかけてほしくないのかと。その自身の願望の正当化のためにミソジニーって言ってる形なので、端的に誤用でしょう。
創作物の感想なんて、私はこう思ったで十分なんだけど、いちいちクソデカ属性引っ提げて社会問題として語るからそれこそ嫌気が差すのよね。ただの自己中なのに。ハーレムモノなんて最も相対化が容易なジャンルだし。
作品の書かれた意図を推し量ってるつもりでも、たぶんそれ全部自分の内面
「自分に才能あったらチヤホヤされて数多の男が膝を屈するはず」みたいな世界観が透けて見える(藁人形) 才気ある女性が浮気症だったらいいんだろうか?男を屈服させるスカッと系が好きなだけなんじゃろか?
男版シンデレラストーリー、おとぎ話と捉えれば。たのぴく?が燃えたのそのあたりでしょう。
同担拒否だけで伝わります。筆者は好きな女が男主人公とくっつくのが嫌だし、男オタから人気なのも嫌ってことでしょ?
男は女を「手に入れる」女は男に「選ばれたい」という旧来の価値観に書き手も読み手も囚われている
ミソジニーじゃなく自分が「才気ある女性」だと思っているのかもしれない
ここまで来ると本当に小市民シリーズちゃんと見たの?と問いたくなるレベル
kojirase
小山内さんの狂気の解像度が低すぎる。復讐されますよ。
この人がミサンドリストなだけで、それはこんなに悪化する前に自分で自己認識できたほうが幸せだっただろうね。
孔雀の話かな?
その説得力が出せるかが作家の腕の見せ所だよ
好きになった理由求めがち。全然理解できない時は、そう言う設定、だと思って読んでる
才気ある魅力的な女性キャラクターが、特定の男性(主人公)に執着することについて|kqck
学マスは知らんけど、ウマ娘なんかはそういうツッコミを所与として「元々ハイスぺであるトレーナーが、かつ個別キャラとの『運命の出会い』を正当化させる異常個体である」みたいな建付けにしてるよなという印象も
ズリネタに嫉妬するな
not for youだよ
違和感があるのはわかるけどそれをミソジニーに結びつけるのはバイアスが強すぎる。単に話の都合だろうに
『才気ある魅力的な女性が主人公に執着し、それによって主人公は身を滅ぼす』ならバランスが取れる。惡の華の仲村さん、チェンソーマンのマキマさん、閃光のハサウェイのギギとか。
サムネ、顔の大きさに対して体が小さすぎるように見えたけど手だったのね。
小佐内ゆきは「才気ある」というよりサイコパスだよな。「『ふれる。』? 知らない子ですね…」
オタクの自意識と創作キャラの依存属性を深掘りしてて読み応えある考察記事
だがココに追いついてこれるものが一つだけある!!!!なんだ????女だ!!!!!女だけは必至で積みあげてきたもののとなりに一秒で座る!!!!!!!男にとって鬼門は女!!!!!女にとっては男だ!!!!!
同性同士ならいいのか? という話
何かかみ合うものがあるのだろうかと。
ままならないね。
まず少女マンガのヒロインに執着するイケメンになんとか言えよ
確かに孤高なら、そいつと類似した異常者にしか認知し得ない独自の問題にだけ執着していて欲しい。目の前の異性とか言う、俗なものに執着して欲しくない
リアルさが必要なら現実で十分なんだよなぁ
気持ちは分からんではないけど、同様の構造を持つBL作品に対しても同じように感じるのでなければやはりお気持ちだと思う。主人公は惚れられるに値する人間か?という問題はフェミニズムとは別個に存在するわけで。
「小鳩くんを完全に切り捨ててくれたらわたしは小佐内さんを好きになれる」って、かなり傲慢な視点ではある。「あなた(惣一郎)もひっくるめて、響子さんを貰います」と言った五代くんとは真逆である。
実際はちょっと微妙なルックス(クラスで10番目とか)で、主人公フィルターで美人に見えてると思うと整合性が取れるぞ
「才気ある魅力的な(女性)キャラクターが、特定の(男性)キャラに執着する作品」今日の反転可能性テストですか?イケメンが普通の女性主人公に「おろしれー女」するのは個性とか?
人は他者の能力を好きになるわけではないから /現実には“金を稼ぐ能力”を好きになりがちだけど、物語はそうであってほしくないじゃん
フィクション作品におけるそれをどう感じるかという話はいろいろ立論の余地があると思うが、キャラクターの話でなければ現実においてはありふれた話である
この2,30年ぐらいの過剰に自立を求める風潮に対するカウンターって大事やなと改めて思った。
お前の方が小佐内ゆきと篠澤広に拘泥し束縛してんだよ。お前が架空のキャラから自立しろや
頭の病気ですべての人が美少女に見えてるとしたら…
しっかりモノの女性がクズみたいな男に尽くすと言うのもよく聞く話ではある。(髪結いの亭主とかって言葉もあるくらい)
(アニメのヒロインが恋人どころかお母さん染みているという説はよく聞いた。)男性に付随するものとしての女性性論と合わせて検討。慰めと棄損、フィクションにおける都合よさに含まれるもの。
性別ひっくり返すと「おもしれー女」案件な気がするので,本当に単なる趣味嗜好の問題と捉えた方が心が平穏なんではなかろうか
その凡庸さを自覚し捻りを入れるような作家は作品を超えて捻くれを発露し観測させてくるという思い込みが私の中にあり、それらをスルーしている。また、面白い作品を摂取できればできるだけ嬉しい
詳細忘れたけど、女性監督が撮った映画に「あなたの映画は”マコ・モリ・テストに合格しますか”」て突撃されて「私は映画についてなにも知らなかったみたい」と返した話を思い出した
自分がどこで線を引いて何を嫌悪しているかの分析って自分の趣味までなのか、それ以外にも適用するのかしないのか 。ともあれ自己省察は良いことだと思う。
この人の好みはどうでもいいけど、「私はフェミニスト。私の嫌いな作品はミソジニー」というのはあまりにも傲慢だなと思った
還ってきてくれる/所有される客体 以降読んでない。読む価値もないと思っている
もしかしてそういう人間は現実に存在しないと思ってる?たくさんいるぞ!
偏った思想に侵食されるとフィクションさえ楽しめなくなる不幸がえんえんと綴られている
言いたいことはわからないでもないけど、小山内さんはむしろ小鳩くんと組むことで鋭敏さが増していくと思うのじゃが…
嫌いなものについて書くときは、相応に精度を高めないと誤爆で後悔する羽目になりそう。やったことないゲームの人物名を出すのはかなり乱暴では。自分も嫌いなものの方が語れちゃうので自戒を込めて
嫌悪感なり好みについて抽象度を上げ過ぎてないか?と思った。タイトルぐらいまで抽象化しちゃうとそんなん人間の普遍性までいっちゃってミソジニーとの関係が疎になりすぎる。もっと低レイヤで話すべきでは
執着系が専用タグあるほどに消費されてるのはどっちかっていうと女性文化圏じゃないかな
最終的にあくまで自分がそう感じているだけだって言えてるので自分からどうこう言う事はない
こういうの、そう(執着する)じゃない人がほとんどだけどそうである例外だから物語になる、と考えれば良い。現実にだってごく少数の変人扱いされる人はいるのだから、創作にいることは何の問題もない
自傷は快感だからやめられないのだよな。しかしあまり健全とは言えない。/人の欲望は政治的な正しさとは無縁です。それを実在の他者にぶつけない節度は重要ですが、自己否定を繰り返せば人は狂うしかない。
才気ない魅力のない女性キャラクターに執着されるとミザリーとかになってしまう
アニメの小佐内さんは上位存在が主人公を「おもしれー男」として弄んでいる感じが良かったけどなあ。交通事故編で人間味を出してきたのが逆にコレジャナイまであった。
マキマさんが主人公に興味?
"エロゲ(「美少女ゲーム」)って、根本的に「男性→女性」のミソジニーが埋め込まれているジャンル"ミソジニーという言葉の拡大解釈が過ぎない?
読み方は自由だけれども、少なくとも小市民シリーズは小山内と小鳩の「互恵関係」(と小鳩が自称するもの)とその距離感が肝だと思うので、ここで例示されるとは思わなかった。これが太刀洗万智なら良いのだろうか。
男の魅力を描写して「この男なら女の子が惚れるのもわかる」という話の造りがあって足りない部分を「こんな素晴らしい女性が惚れるのだからこの男は素晴らしいんだろうな」という読者の納得させかたもある。
"※学マスは一度もプレイしたことがない正真正銘のエアプです"で大量の文章書き始めるの「嫌い」すぎる
乙女ゲームとかやったことないのかな?
そうだね。CEOや弁護士や医者が底辺女に執着して迫ってくるハーレクインは、ミサンドリーだから焚書しなきゃいけないね/娯楽作品と教科書・自分と他人の境界が曖昧な奴は、社会に害しか与えない
フィクションに物申してる時点で少し立ち止まって欲しいもんだ
小市民のアニメ、演出が電波で、サイコでmanipulativeな気持ち悪さがずっと漂っており、ヒロインを可愛いと感じたことがない。若い世代からは特に嫌われそうで、中二病患者にしか刺さらなそうだけど。
どの作品も中身は知らんけど、文章を素直に読むならば単にご都合主義的で嫌いって話なのかなと思った。
「才ある男が凡人女に執着する」女性向け作品も腐るほどあるので、あまり男女は関係ないのでは。人類普遍の欲望であり、男女問題の切り口で批評すると女性向け作品にも刺さっちゃうでしょう。
才気ある女性が男性主人公に執着するのはミソジニーで、スパダリに好かれるヒロインは理想の主体・・・?女性中心すぎんか
誰かに依存しなくてもボクたちは輝けるにゃ!お魚を独り占めするより、みんなで分け合う方が幸せにゃ。ボクが癒してあげるから、そんなに怒らないでほしいにゃ。
何でもかんでもミソジニー そうやって言葉を使い潰すのやめとけ
魅力とはなんであろう?効率や損得の尺度で人生の選択をする人に魅力的な人物なんて絶対にいない。おれが岡田麿里がしっくりこないのは理屈で物語を作るから。
学マスに関しては逆なんですよね。篠澤はぶっちゃけアイドルとしては非才で主人公が求めている水準に達してはおらず、むしろ才気ある主人公が篠澤とかいうよく分からん奴に入れ込んで本来の夢を捨ててるという
執着するに値する男主人公の魅力描写が足りないとかなら分かるけど・・これはおもしれー女と割り切った方がいいかと。
篠澤が好きなので気になって読んでみたが、Pに対してメロついてる所は個人的にはプラマイどちらでもない。ていうかそれがダメだとアイマス関連のキャラはほぼ全滅にならん?
そりゃあんたが単に男が嫌いなだけでわざわざミソジニーを感じると被害者ポジに転換しなくても私はミサンドリストなので好みの女が男に好意を寄せてるのがイヤで過不足なく説明可能です。
必ずしも賛同しないけどおもしろい読み物/“ミソジニー”(女性蔑視)って日本の多くの場合で私もピンと来なくて、どちらかというと特別視であると思う(し、それに加担する女性も多い)
※「才気ある魅力的な女性キャラクターが、特定の男性(主人公)に執着する」状況をミソジニーと感じ取ってしまう自分の感性を認識したので、今後はその感性を見つめ直し、他の作品にも触れていきたいという結論の記事
魅力的な美少女が魅力のない主人公に好意を寄せてるのが嫌ってのは普遍的な感想なんだが、ミサンドリーをこじらせてると男に惹かれてることそのものが嫌になるのか
自分の上昇婚思想を勝手に他人に当てはめ価値観こそが正しい。とかバカ言うのは中学生レベルの精神性なのでもうちょっと成長しましょう。
それらしい単語を使って賢そうな表現をしているけれど、論理が全く繋がっていなくて「ジェンダー学とか好きそう」としか……。女性が主体的に執着していることが、どうしたら「所有されている客体」になるんだよw
エロゲの主人公は凡庸な男が多く自己投影しやすいのに対して才能があったり大人なキャラではそれができないだけでは? フェミやアンフェが個人的な感情を社会正義に仮託しているのと同じかと
女性向けエンタメの発信量が足りないような気がする。女性向け男性キャラのイラストが男性向け女性キャラと同程度にメディアを占有するようになれば、お互いに都合の良い夢見てるなあ、で終わりそう
何かのお話をミソジニーかどうかでしか理解できないように強制されているのだろうか。どちらにせよ素直に楽しめないのは大変だなと思うなど
趣旨はわからんこともないのだけど、ミソジニーと断言されるとそこは首肯しかねる
小山内さんは小鳩くんに「所有」されたり「還ってきてくれる」ようなタマじゃないと思いますよ…/私はアイマス全般苦手だけど、ウマ娘は大好き。ウマの方が少女漫画的なスタンスだからかも。
ブコメでも指摘あるが、繁殖行為の性質上、女性が特定個体に執着しててもむしろ自然とすら思えるが、モテモテで種蒔き放題の筈の雄が特定個体に執着するのは(良し悪し(面白さ)とは別次元で)ご都合主義だよなとは思う
好き嫌いは個人の感情によるものだし自由に感じて自由に表明すればいい。でもそこに論理を持ち込めば間違っていると否定はされるのも、それはそう。
「才気ある」とは何か
「機知や才気に溢れていて、自身の欲望/願望を持つ主体性とそれを実現せんとする勇気や行動力がある」主人公をきらいなのは、自己嫌悪を含めている、だと。うん。あれ?え?
才気ある小山内さんが好きな小鳩のだから自分ルールを変えてまでもなびくからドラマになる。 恋愛とはそういうものでは。 ただの出来事日記ではないわけで
サムネが上裸の顔デカ女に見えた
俺はその作者がどういう考えの持ち主とか構図の狙いなんかをほぼ考えたことがない。なぜならそれは“創作上そうなっている”からだ。行動原理が一貫してないとかは別だが、もっと作品そのものを見た方が良いと思う。
アホなこと言ってるなとは感じるけど、チラ裏に文句言ってもな、という気もする。好きにすればいい。
少女漫画やレディコミにありがちな、才能もルックスもある男が冴えないフツーの主人公(女)にやたら惹かれる展開が一般の男からどう見えるか、みたいな話である。あんまり男女論じゃないっすよこれ
名作ってミソジニーのことだから基本的に。
古谷実はほぼそのバターン
フェミニズムの邪教ぶりがよく現れた文章。本来は自己と他者の欲望や劣等感を正視し受容することで大人になるが、ソレを思い切り阻害する。結果、フィクションにキレるし男女反転した際の矛盾にも気づかない。
小左内さんはいつかクリミナル・マインドの犯人役で登場してもおかしくない悪女だぞ。男のことは道具としか思ってないよ。
暇なやっちゃなぁ
まず、この彼氏がスパダリのホモ。小佐内さんは「京都に居る私を探してね」とだけいって消え、探すかどうかは男次第、男は三股女と付き合い、小佐内さんも別の男と付き合い、前提が滅茶苦茶だからブコメも意味不明。
ぜーんぜんわかんない。自分の育ちや生まれや遺伝や本能から起こる独自の好みを無理に雑に言語化して開陳してみせてるのですか。それを他人がみても何の気づきもなさそうでした
小市民の主人公は非凡な人物だし、似たような設定でもヘテロ女性向けだと急に「興味深い」と評価が変わるのも気になる。そもそもアンチミソジニー的な嫌悪感情が内心にあり、それに後付けで理屈をつけているのでは?
リアルの女性も優秀で優しい人がなんでホストとか毒男に依存しちまうんやろなぁ……て話かと思ったら違った、と思ったけど少女漫画文脈出てきていや関係しているのか……?身内への甘さ、ストックホルム症候群……
本当は「キモイ」で全て判断して良いのって中高生くらいまでなんだけどね。まあテキストのお気持ち表明くらいいいけどね。
リアルでは「いただきヨシコ」や「木嶋佳苗」とかに騙される日本人男が多いのは何故?いただきヨシコや木島香苗とかに騙される日本人男見ていると、穴なら誰でもいいっていう所が気持ち悪くて無理。生理的に無理
嫌いな作品はミソジニーに分類すればいいからフェミニストは楽だな
こういう個人的な趣味嗜好があるよ、という発言まで貶すのはナシかなあ。このNOTE内で書かれているのは徹頭徹尾すべて個人の癖であって、これを根拠に外部を攻撃する意図はあまり無いのでは。好き嫌いは自由でいい。
既ブコメでもあるが、『おもしれー女』のミラーリングであり、これをミソジニーとは思わない。
執着というとちょっと違うかもだが「主人公と結ばれなかったらずっと独り身」は男性向け女性キャラの方が多いとは思う。女性向け作品はそこそこの確率で別の人とくっつくってイメージある
ゲスパーすると、手の届かない存在であってほしい「女」に、自分が感情移入の余地がある「男」を気にかけてほしくないのかと。その自身の願望の正当化のためにミソジニーって言ってる形なので、端的に誤用でしょう。
創作物の感想なんて、私はこう思ったで十分なんだけど、いちいちクソデカ属性引っ提げて社会問題として語るからそれこそ嫌気が差すのよね。ただの自己中なのに。ハーレムモノなんて最も相対化が容易なジャンルだし。
作品の書かれた意図を推し量ってるつもりでも、たぶんそれ全部自分の内面
「自分に才能あったらチヤホヤされて数多の男が膝を屈するはず」みたいな世界観が透けて見える(藁人形) 才気ある女性が浮気症だったらいいんだろうか?男を屈服させるスカッと系が好きなだけなんじゃろか?
男版シンデレラストーリー、おとぎ話と捉えれば。たのぴく?が燃えたのそのあたりでしょう。
同担拒否だけで伝わります。筆者は好きな女が男主人公とくっつくのが嫌だし、男オタから人気なのも嫌ってことでしょ?
男は女を「手に入れる」女は男に「選ばれたい」という旧来の価値観に書き手も読み手も囚われている
ミソジニーじゃなく自分が「才気ある女性」だと思っているのかもしれない
ここまで来ると本当に小市民シリーズちゃんと見たの?と問いたくなるレベル
kojirase
小山内さんの狂気の解像度が低すぎる。復讐されますよ。
この人がミサンドリストなだけで、それはこんなに悪化する前に自分で自己認識できたほうが幸せだっただろうね。
孔雀の話かな?
その説得力が出せるかが作家の腕の見せ所だよ
好きになった理由求めがち。全然理解できない時は、そう言う設定、だと思って読んでる