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消えゆくカフェは関西の“カルチャー”だった。音楽・演劇・ファッションのごった煮・阪急村で愛された「カンテグランデ中津本店」閉店を惜しむ

1: raimon49 2026/08/21 12:41

>なかでもカンテグランデ「泉の広場店」は周囲にノーパン喫茶(あえて解説しない)が多く、玄関先に「当店は普通の喫茶店です」と張り紙がされていた。

2: deep_one 2026/08/21 14:19

「周囲にノーパン喫茶」(笑)「純喫茶」って奴だな。(確か大正時代に多くの喫茶店が買春の場所だったから「純喫茶」は「うちは違う」っていう表記だった。)

3: mats3003 2026/08/21 16:56

カンテグランデは東京都民でも名前くらいは知ってる有名店だな。純喫茶は「うちは酒は出さない喫茶店ですよ」くらいが本来の意味。カフェーの問題は売買春というよりも女給による接客。

4: asitanoyamasita 2026/08/21 17:27

カンテGから関西のサブカル芸能史にまで言及するおもろい記事/大阪ストラットの「紀ノ国屋で待っちきって」は、ずっと「紀ノ国屋でメンチ切って(オラつく)」だと思ってたw

5: aeka 2026/08/21 18:01

中年ホイホイな記事…以前グランフロントにもあったような。好きだった、穴場っぽさもあり

6: cinq_na 2026/08/21 18:55

回転率の低いカフェ業態は、自前物件とか、相当の個性とかが無いと難しいのでしょうね。減価償却の終わった建物の家賃でならワンチャン。

7: reef 2026/08/21 19:01

大阪豆ゴハンに出てきた、エスニックレストランは、カンテグランテだと思ってたけど、伽奈泥庵だったのね(作中で大阪の中心街っぽい描き方だったので)