“結婚って「好き」な時より、「好きでいられない日」にどう向き合えるかだよね。”
婚姻は感染症の温床。廃止しよう。
しないよ
半年後にんーちかわいいはかわいい。 お世話必須と考えると男性はかわいいって言われるの嫌かもだけどかっこいいって言われるよりかわいいと言われた方が圧倒的勝確なのになと常々。女はかわいいに激弱
食べれるよ🥺
高齢の祖父の入浴を手伝ってキンタマ拭いてたときに「遡れば俺はここから来たのか…」と妙な感慨が湧き上がったのを思い出した
的は射る。う◯ちは掃除する。配偶者とは会話する。夫婦共に不安だったけど、子供のうん◯は便秘になられるより出ると安堵してお祭り騒ぎになるから大丈夫。
一つの理想として掲げるのは個人の自由だが、社会制度である婚姻を排泄物に対する衛生観念で一義的に語るのはかなりアクロバティック。潔癖症同士でも婚姻可能だし。そも夫婦生活に占める排泄の割合などごく僅か
これモテない男目線だと意味ないよなぁ。相手ゼロだと、そのう◯こ屏風から出してくださいよってなるよな。
そんなハードル作るから結婚したくなくなるんじゃねーの? 嫌だったら施設に預けるなりヘルパーにお願いするなりすればいい。配偶者だから何もかも受け入れるべきなんてないわアホか。自分を不幸に追い込むな。
自分の不始末の処理を親任せにしているのを改められない連中は、住み込みの召使いを雇える場合を除いて、この話に参加しちゃダメだよね。
どれだけ愛していてもウンコは素手で触るもんじゃないですぞ(クソリプ)
動物飼ってれば恋愛感情とか無くても汚物処理くらい余裕だと思うけどな。もろちん配偶者の汚物でも食べれます
極論、この人に介護してもらえるか見放されるかの最後の信用だな
配偶者でもそのウ〇チは持てないという人が多いみたいだけど、自分の子供のウ〇チなら親は喜んで持てると思うよ
できるかどうかじゃなくて、できていけるくらいの関係を築けていけるかだよ。母は父の粗相を対処してたし、ぼくも手伝ったりしてた。手なんか洗えば良いんだし
結婚する前からそんなハードルを作ってどうするよ。それなりの夫婦生活の末に納得か諦めのどちらかで対応する話だろ。
逆に書けば「そのひとのンコを手で持てなければ結婚できない」となり、エクストリームなハードルとなりますが、いいんでしょうか?
うんちの話を振ったら秒でソフトクリームのスタンプ返してくる伴侶素敵。
結婚せずとも介護でわかる。身内の年寄りを見ているが、当初自分に出来るか不安だったが、大切な人なので下の世話に大した抵抗感は感じなかった。
じゃあ結婚式で神父に「伴侶のウンチを手で持つことを誓いますか?」って言わせようや。
必要があれば別に誰のうんこでも持てるし、必要なければ配偶者でも触りたくない。うんこ持ってと持ったら面白そうなシチュで言われて持てるかくらいだと、付き合ってればまあ持てるかなくらいの感じで結婚とは遠い。
スカトロの話かな…?
ゲロを手で受けるのは相手への愛ではなくて床汚れの心配やろ。
え、我が子のでもできればやりたくないです。ぜんぜん泣きながら嫌々やりましたけども。自分のも無理。猫のは大丈夫!(乾燥してて付かないから)
手で持てるかの話をしてるのに、どさくさに紛れて食べる話をするなよ。
無理だな
介護等で必要があれば躊躇なく触れられるが、必要に迫られなければ触れたくない
何だろう、この、言語化したときの違和感。
必然性も必要やろ。子供や介護でうんちが平気なのは必要なシチュエーションを想像してるからであって、何も前提がない状態なら親だろうが妻だろうが子供だろうが人のウンチは触れたくはない。
では万人のうんこを持てる人は万人と結婚してもいいということだな。
あとで手を清潔に洗えるなら割と誰のうんちでも持てる気がする。まあ私は清潔なら尿瓶からでも飲めるのであまりチェックポイントにならないかも…
いざとなればいいけど積極的に持たそうとしてきたらそれは嫌かな
そういう関係性は最初からだんだんできていくものなので…。結婚ってスタートなのにそうやってハードルあげる教師なんなんだ。マナー講師か
スカトロ的な意味ならNGだけど病気など不可抗力な場面ならYESかなと思う。障害者になって介護しなきゃいけないとか。まあ現実は障害者になった時点で離婚が多いらしいけど。
結構どんな人の◯んちでも持てると思っちゃう私は想像力がないのか、ふしだらなのか…
これは結婚なんかできないわ
若い頃、これは性欲なのか恋なのか、と自問した際に考えてたのは、Siriの穴を舐めれるかどうかだった。今は自問するまでもなく全部性欲。
「うんこを手で持てるか」って「下の世話をできるか」「介護できるか」という意味以外にもあり得るとは思わなかった。俺は世間が狭いのかもしれん。
「結婚できるかどうかはその人の○○○を手で持てるか」高校の先生に教わった最悪の結婚論が的を得ている「だから相手の汗や唾液を許せるかってのはそれの第一審査」
“結婚って「好き」な時より、「好きでいられない日」にどう向き合えるかだよね。”
婚姻は感染症の温床。廃止しよう。
しないよ
半年後にんーちかわいいはかわいい。 お世話必須と考えると男性はかわいいって言われるの嫌かもだけどかっこいいって言われるよりかわいいと言われた方が圧倒的勝確なのになと常々。女はかわいいに激弱
食べれるよ🥺
高齢の祖父の入浴を手伝ってキンタマ拭いてたときに「遡れば俺はここから来たのか…」と妙な感慨が湧き上がったのを思い出した
的は射る。う◯ちは掃除する。配偶者とは会話する。夫婦共に不安だったけど、子供のうん◯は便秘になられるより出ると安堵してお祭り騒ぎになるから大丈夫。
一つの理想として掲げるのは個人の自由だが、社会制度である婚姻を排泄物に対する衛生観念で一義的に語るのはかなりアクロバティック。潔癖症同士でも婚姻可能だし。そも夫婦生活に占める排泄の割合などごく僅か
これモテない男目線だと意味ないよなぁ。相手ゼロだと、そのう◯こ屏風から出してくださいよってなるよな。
そんなハードル作るから結婚したくなくなるんじゃねーの? 嫌だったら施設に預けるなりヘルパーにお願いするなりすればいい。配偶者だから何もかも受け入れるべきなんてないわアホか。自分を不幸に追い込むな。
自分の不始末の処理を親任せにしているのを改められない連中は、住み込みの召使いを雇える場合を除いて、この話に参加しちゃダメだよね。
どれだけ愛していてもウンコは素手で触るもんじゃないですぞ(クソリプ)
動物飼ってれば恋愛感情とか無くても汚物処理くらい余裕だと思うけどな。もろちん配偶者の汚物でも食べれます
極論、この人に介護してもらえるか見放されるかの最後の信用だな
配偶者でもそのウ〇チは持てないという人が多いみたいだけど、自分の子供のウ〇チなら親は喜んで持てると思うよ
できるかどうかじゃなくて、できていけるくらいの関係を築けていけるかだよ。母は父の粗相を対処してたし、ぼくも手伝ったりしてた。手なんか洗えば良いんだし
結婚する前からそんなハードルを作ってどうするよ。それなりの夫婦生活の末に納得か諦めのどちらかで対応する話だろ。
逆に書けば「そのひとのンコを手で持てなければ結婚できない」となり、エクストリームなハードルとなりますが、いいんでしょうか?
うんちの話を振ったら秒でソフトクリームのスタンプ返してくる伴侶素敵。
結婚せずとも介護でわかる。身内の年寄りを見ているが、当初自分に出来るか不安だったが、大切な人なので下の世話に大した抵抗感は感じなかった。
じゃあ結婚式で神父に「伴侶のウンチを手で持つことを誓いますか?」って言わせようや。
必要があれば別に誰のうんこでも持てるし、必要なければ配偶者でも触りたくない。うんこ持ってと持ったら面白そうなシチュで言われて持てるかくらいだと、付き合ってればまあ持てるかなくらいの感じで結婚とは遠い。
スカトロの話かな…?
ゲロを手で受けるのは相手への愛ではなくて床汚れの心配やろ。
え、我が子のでもできればやりたくないです。ぜんぜん泣きながら嫌々やりましたけども。自分のも無理。猫のは大丈夫!(乾燥してて付かないから)
手で持てるかの話をしてるのに、どさくさに紛れて食べる話をするなよ。
無理だな
介護等で必要があれば躊躇なく触れられるが、必要に迫られなければ触れたくない
何だろう、この、言語化したときの違和感。
必然性も必要やろ。子供や介護でうんちが平気なのは必要なシチュエーションを想像してるからであって、何も前提がない状態なら親だろうが妻だろうが子供だろうが人のウンチは触れたくはない。
では万人のうんこを持てる人は万人と結婚してもいいということだな。
あとで手を清潔に洗えるなら割と誰のうんちでも持てる気がする。まあ私は清潔なら尿瓶からでも飲めるのであまりチェックポイントにならないかも…
いざとなればいいけど積極的に持たそうとしてきたらそれは嫌かな
そういう関係性は最初からだんだんできていくものなので…。結婚ってスタートなのにそうやってハードルあげる教師なんなんだ。マナー講師か
スカトロ的な意味ならNGだけど病気など不可抗力な場面ならYESかなと思う。障害者になって介護しなきゃいけないとか。まあ現実は障害者になった時点で離婚が多いらしいけど。
結構どんな人の◯んちでも持てると思っちゃう私は想像力がないのか、ふしだらなのか…
これは結婚なんかできないわ
若い頃、これは性欲なのか恋なのか、と自問した際に考えてたのは、Siriの穴を舐めれるかどうかだった。今は自問するまでもなく全部性欲。
「うんこを手で持てるか」って「下の世話をできるか」「介護できるか」という意味以外にもあり得るとは思わなかった。俺は世間が狭いのかもしれん。