うおっ! 言及ありがとうございます。「ご機嫌な暮らし」あたりを希求して、「ていねいさ」はそのための手段、くらいでありたいですね。手間ばかりかけず、暮らしを楽しめるくらいでありたい。
神経質でダラダラ独り言で文句を言う迷宮書斎の痩せ文士でありたい。痩せたい。散歩…。腰痛…。規則正しい運動と睡眠…(出発点から志が低い)
ああっ、生きるって大変だ!
セルフネグレクトは怠けの一つの表れでもある。ていねいな暮らし道を究めようとするとそれはそれで疲れてしまって怠惰へと堕落する誘惑が強くなるので、怠惰に陥らない程度に手を抜いたていねいさを極めてゆきたい
貧乳は人に非ずのアニメ思い出した。あれフェミさんに見せたらすごい勢いで怒られるんやろな。
男性同士のケアも丁寧な暮らしもすべての答えは『1日外出録ハンチョウ』にある。令和の男が目指すべきロールモデルはハンチョウ。
昭和の価値観で言えば男的な規範を外で女的な規範を内でというキメラ的な人間像を強要される令和のおっさんはバ美肉的に家の中では"自分は美少女"と詠唱しながら丁寧な暮らしをすれば良いのでは?(←ルーツレポ ?)
どちらのブログもとても良かった、在野の男性運動という感じでとても好き。男性に対する男性からの思いやりと、女性と社会に対する辛味の混じった文章で良き。
ピュアさを求められてて心が捻くれてている自分には無理かなと感じる。無理して染まろうとすると適応障害しそう
丁寧な暮らしとかマジ下らねえ。化粧する男は日韓ぐらいで洗脳されてるのに気づけ。
公衆衛生のひと言に尽きると思うんだけれども…。
暮らしにおける正しさを理解できず、履行できない人間は排除されるべきだと令和の皆さんは考えているんじゃないだろうか。「ていねいに暮らせない人間が不利益をこうむるなら、それは自己責任である。」とも。
雨で濡れた自転車のサドルを制服の袖で拭く家の息子は、3秒ルールで落ちたものも拾って食べる女子と付き合ってて幸せそうである。二人とも「ていねいな暮らし」はしないであろう。
そんなのもう分かっているからadoのうっせーわが流行ったのでは?
私生活くらい”正しさ”でも”男らしさ”でも”女らしさ”でもなく”俺らしさ”を大事に生きたいものだ。他者と同居するならその中での折り合いは必要だけど、そこまで世間の顔色を窺わなきゃいけないか? って。
丁寧な暮らしは朝ドラ・ファッションだから、鵜呑みにし過ぎてはいけない。健康嗜好とだけ捉えれば十分。男子トイレが無い店みたいなもんで、男子たるものスマートに立ち小便出来る場所を確立すべし。
暮らしというきわめて個人的な営みに対して正しいだの正しくないだのいうのがそもそもばかげている。好きに生きて好きに死ね、ただし他人に口出しはするな、がいいとこでしょう。それ以上は過干渉のカスのいい草
玉虫色の規範は誰もが従っているとも誰もが破っているとも言える。単なる言葉遊び以上の意味はない。
別にゴミカスみたいな生活するのは勝手だけど「丁寧な暮らし」してるやつを腐す理由は全くないよな。「洗脳」って決めつけるだけの理由もない。理解できないものを見下して安心したいだけに見えるね。
「リベラル」を自称する人たちがなぜか規範化された生活を正解としたがる
ごめん。これは全然わからない。むしろ女性がこういう規範に囚われて苦しんできたのではないか?男女ともにもっと適当に生きていてもどうにかなるってメッセージの方が大事なのじゃないか?
従うも何も古代中国で孔子が「雑事を重んじることの大切さ」を説いてるよね。令和は昭和から一周回って儒教の価値観になってきているのかも知れない
まあ、医療費削減問題の高齢者叩きで病院や薬に頼らない生活を目指す方向になるので丁寧な暮らしとの親和性は今後は高くなる。高齢者叩きの次は飲酒がターゲットになるかもしれないし。
こういうのに適性がないレッドネックがトランプ政権の主要支持基盤。それなり不満を持つ男女は多い。所謂保守的思想だけど
雑さを許容するタイプのミニマリストがその方向性じゃないかなぁ、と思ってる。服選ぶのが面倒だから一つに固定する、掃除はルンバが働きやすいようにする。丁寧というより、雑に生きる基盤を作る暮らし方。
こういう話題を目にするたび、「清潔感」という言葉がグルグルする
中年なんで上手く擬態して生きていきたいと思う。ただ子供たちの世代はどうなるんだろうか、「ていねいに暮らせない女性」を尊重出来るだろうか、それ少子高齢化に繋がらないかな、とも思う
女性がフィクション的に求めてる男性像ってこういうジェンダーキメラっぽい気がしていた。異様に気が利いてかつ強者っぽい振る舞いというか。両立しなそうな属性。
記事の終盤にあるように、にも関わらず労働は女性より頑張れよという規範が残っているのがアンバランスなのだよな。/男性が甲斐性を捨てようとした時に、女性はそれを応援はせずとも妨害もしないで欲しい。
日本社会はどんどん「漂白化・潔癖化」してると皮膚感覚で感じてるし、これもそうなるのかなぁと納得/ただそうなると『(令和の日本社会から見て)雑な暮らしを持ち込む外国人』との対立も増しそうだなー…とも
丁寧な暮らしなんて呪いでしかないし、好きに生きればいいけど、健康はマジで後から取り返しがつかずQOLを下げるので気をつけるのがおすすめ。「意外と死ねない」ということは健康な間は理解し難いだろうが。
自分が考える丁寧な暮らしというのは、諸葛孔明が荊州の隆中に隠棲していた頃の暮らしみたいなものだ。
雑に生きれたのは若かったからだろ。老いたら相応のケアが必要になる。そのケアを外注できないなら自分でやるしかない。雑で自虐的な社会規範論や男女論にすり替えるな。ホモサピは30過ぎたら老人。
「おれら」と肩を並べて学び働いてきた男勝りの「うちら」もまた痛覚を鈍らせたことにして蓄積してきたダメージがあるのだが、女子なのに雑ってかガサツで毛色が違うから女の子らしい女子グループに属さない。
でも、女はいっこうに下方婚してないし、厚生労働省に低栄養状態を指摘されてるし、介護など社会保障費を食い潰してるので、社会的に暮らせてのは女のほうなんですよね。医療費で食ってる人に言っても無駄ですが。
男らしさとか女らしさなんてのはただの思い込み。別に昔から粗雑でない男なんていくらでもいるし、粗雑な女というのもいくらでもいる。
「おっさん」というイメージも根底には、古き時代の男らしさが反転したものかもしれないね。
必要な家事力や生活力を、なんか良い感じに言ってるのがていねいな暮らしであって、やらないと生活が破綻したり、具合が悪くなるからやってるんだけど、なんかまだ女性はそれを好きでやってると思われてるのかね
これは退化だろう。新たな暮らしを開発する機会だと言うのに
女でも丁寧な暮らし難しい。襟足切ったから首に日焼け止め塗らなきゃって言ったら「今まで塗ってなかったんですか?!」って驚かれた。ひぃぃ。
良いセッションだ、はてならしい🤔 私ら世代から技術家庭も男女共修なのですよね。男友達も子供のためにケーキ作ってインスタに上げてたりした
ただ昭和的な丁寧さとは、貧乏根性(語弊あるならMOTTAINAIでも可)が根底にあり(モノを買う=出費=節約道に反する)、令和時代的な「清潔感」が過剰に求められている世界とは似て非なる物だった記憶もある(言語化難しいな
「丁寧な暮らし」ってジェンダーニュートラルとは思えず、むしろ「専業主婦規範が抜けない女の見る夢」としか思えない。結局は「家庭」って観念が害悪で、なぜなら「家庭」概念は、「独身」を暗に排除してるから。
そういや私独身中年男性にしてはていねいな暮らししてるよな思うんだけど、父親がゴミ屋敷作るタイプの人間で( https://ta-nishi.hatenablog.com/entry/2015/12/15/133322 )それが心底嫌だったから反面教師にしてだったと思い出した。
暮らし方として推されてるのは男女共に『効率的な暮らし』じゃないだろうか。食洗機やルンバ、ドラム式洗濯機を使ったり、時短料理を食す。『丁寧な暮らし』はそれらの反動のような。『ミニマリズム』はどっちかな
なんでそう苦しくなりそうな表現をするのかね……丁寧に暮らした方が良いなんて分かりきってるけど、それが上手くできる人ばかりではないことも分かりきってるでしょうに。
相変わらずふわっとした概念でしか語られない。もうちょっと具体的に頼みますよ。男の化粧はそういうのとは違う気がするけど
男が適当に生きてどうにかなってたのは、単にラッキーだったか、もしくは母親や周りの誰かに助けて貰ってただけじゃないのか?
丁寧な暮らしの規範とか女性からの眼差しとかも割とどうでも良くて、いま向かうべきは自分が叶えたい生き方を貫くだけ。常に他者の眼差しを意識して行動制限されるのは好ましくない。自分の欲求に素直でいたい
満員電車に詰め込まれるのは丁寧な暮らしじゃないので通勤やめました
ふざけんな!多様性はどこに行ったんだよ!成人男性に愚行権を!
"もともと男性って粗雑に生きてきたし、粗雑であることが好ましいとされてきたよね、といったことを思い出したくなった" これも男性向けファッションと同様ハビトゥスの問題か…
「ていねいな暮らし」をしてない人は普通にいるので、みんなしなきゃいけないかのような言い方は害悪。存在しない同調圧力に怯えるのは愚か
そんなんじゃなくて、男性向けの丁寧な暮らしはハードボイルドの中にすでにいくらでも書いてるよ。
これが皮肉だということを理解できないブクマが多い
注文住宅屋なので例えば収納は使うモノは使う場所の近くに設置するといった設計で快適になる。暮らしだと範囲広いからもう少し細分化して話してくれると個別で反応できて建設的な話できるのになと思って残念に感じる
現代のそれは「ていねいな暮らし」というフレームじゃない。それは付加価値として手垢のついた絵空事で言葉への鈍感さは失礼で不相応。現代のリアルでは「人間の条件」でしょうよ、規範なんだから。やれやれ
不同意。生活整えれば快適になる(目標ライン)ならともかく、生活整えられない人間はセルフネグレクト的、時代遅れ、パートナーや社会から排除されても仕方ない、みたいな規範(倫理的な最低ライン)化は行き過ぎで有害
ていねいな暮らしはしてないが、貧乏くさい暮らしならしている。金かけられないから手をかける的なやつ。
結局の話、自分を労れるようになろうねってのが「ていねい」だと思うんだけどね。依拠してきたジェンダーの否定じゃなくて、調和が求められてると捉えられんかね。
ジェンダーバイアスから解放されるという自由との引き換えにもう一方も全部一人で担わないといけない不自由にとらわれる。女性もマスキュラリティ求められて大変って思ってそう
FIREなら良いけど働いてる人だと大変そう。と言うか主婦と同レベルの丁寧さを求められる働いてる女の人ってすげー大変そう。
こういう主語デカ大好き一括り教の信者って、どんな劣悪な脳みそしてんだろ。女性だって雑に暮らす人いるだろうし、雑にもいろんな種類あるわ。そんなの個人個人だろ。なんか言うことが目的化してるだけのバカなの?
氷河期だけど、技術家庭科は男女共通だったし、家元にいた頃は受験>>>家事だったので、何も分からず一人暮らしに突入し、ネットも一般的でなかったから、本買って対応した。一通りの暮らしならそれでいいと思うけど
公的領域の仕事は余り語られず、私的領域のはずの暮らしや家庭ばかり語られるSNSの歪みを感じる。
丁寧とは。雑とは。
美容レベルと健康レベルは別。真夏のゴルフでサングラスはするべきだが、少しの移動で日傘は要らない。それとは別に、自分を大切にしないから自己肯定感が下がり、人を大切にできずに孤立し…最後には。
あなたの道を採点するのは勝手ですが他人の暮らしを採点しない方がよろしいかと
元になった増田が言ってるのは趣味とか家事の話とか丁寧な暮らしの話ではなくロールモデルだろ。ほとんどの男性は生きたいように生きたいからニーズがないのであって、そんなこと言い出したらそれが性規範になるだろ
あんま同意できないなー。こっちに書いた。https://bsky.app/profile/rna.horobi.com/post/3moydphu4ukge
映画D&D(クリス・パインとミシェル・ロドリゲスが主演した映画)をみんなで見て、ヒュー・グラント演じるフォージにみんなでメタクソに文句をいってスッキリすると気持ちいいと思いますね。UHDBD版で見るネヴァーウイ
夫に先立たれた妻の寿命は変わらないのに、妻に先立たれた夫の寿命は明確に短くなるので、昭和男的生活がセルフネグレクトなのは事実だろう。今まで「男はセルフネグレクトであれ」とされてきたのが異常だった。
そうなると丁寧に暮らさない自由が侵害されない必要があるな、と強く思った。そのような模範は押し付けられてはいけない
転んで擦りむいたくらいでメソメソすんなってのはぶっちゃけ令和だろうが思ってしまいそうなもんだが、ダメなんか?
男性も化粧をするのがマナー(規範)という世の中になるのかもしれない
雑な暮らしを肯定・推奨するようなエッセイや漫画も多いよ。それが救いになる人もいるし売れるから存在するのだけど下手したらセルフネグレクトだからね⋯。手間はかけたくないけど自分を大切にできる余裕は欲しい。
昭和の子供は雑に扱われる大量生産品、今の子供は丁寧に作られた貴重品。男女論なら、男は(一部強者以外は)消耗品なのでガサツで汚くていい、女は高く売れる財産なのでキレイに、とか。/「ていねい」は趣味だよな
common senseについての話だと思った
https://ayaka318.hatenablog.jp/ 不気味の谷を越える 人型AIロボット との 丁寧な暮らし
丁寧なのも雑なのも行きすぎで、その中間のギリギリ合格点で生きたい。できるだけ機械に任せて、最低限の手間しか掛けたくない。
脳の構造が違えば「ていねいな暮らし」が自然とできる人もいるし、生活が雑でもひたすら仕事に集中出来る人もいる。後者が本当に必要なのは「暮らし」じゃなくて「仕事」とその仲間達だと思う。
じゃあパーフェクトデイズみたいな生活はどうだろう。自分の生活なんだから、そこまで他人の様子をキョロキョロする必要もないと思うけど。卑屈過ぎない?
単に、雑な生活には持続性がない、ということだと思う(その結果としての早死にとか)。そして、かつてはその部分を誰か別の人に投げて辻褄合わせさせていたのが、最近はできなくなってきたという話でもある
アホくささの極み。バカが考えても、何の意味も無いどころか害悪を垂れ流すという証明
「おれら」はどこから来て、どこに向かっているのか
快適な生活空間の維持は黙ってても女性が担うべきだって思いが透けて見える。
丁寧な暮らしなんかした事ない。「健康に影響しないレベルの丁寧さを他人に押し付けるな」と「自分のいい加減さの責任や始末を他人に押し付けるな」が守れてりゃ男女双方好きに生きていいのが令和ではないかと思う
はてな老人が健康でマウント取り始めるのがブコメ
QMSはいいぞ。QMSなら真の意味でていねいな暮らしができる
「ていねいな暮らし」は80年代からずっとある趣味のひとつ。家庭を主戦場としていた女性だけのものだった。「結婚せずに一人で生きていく男性が手を出しても良いんだよ」と、読みました。
丁寧な暮らし、第一歩は寝る場所と飯を食う場所を分けるところから始まると思ってる。1Rや1Kに住み続けるのって緩やかなセルフネグレクトじゃないかなあ。
私は丁寧な暮しと言って思い浮かべるのはお寺の勤行とか修行なんだがなあ。前提にしてるのは人それぞれかなあ。
義務感駆動からの脱却
“今日でいうていねいな暮らしに相当する色々は昭和時代においては「女々しい」とされていたと記憶している。”平成、令和でもそのきらいはあったけどね。未だによく冷笑対象になってる。
ふつうは己の性別を常に意識しながら暮らしてるものなの…?
お気持ち表明。勝手にしろ。
お坊さんの作務などは、まさに丁寧な暮らしの見本だと思うけど、あれの要諦は日々気付きとともにあること、常に静かに内側と向き合うこと。世の男性はこれまで外側を見させられ過ぎていたのよね。
自由に暮らせばいい。その規範は普遍的なものでなく個人の思想の範疇だから。汚れ落ちという観点から、靴下は裏返して洗うのが正解なんだぜ
男性の丁寧な暮らしはブルーオーシャンなのか
男性がやると、僧侶か軍人、模範囚みたいになりがちって感じはする。
認識が雑だと感じた。現代の規範は「男が汚し女が洗う」から「男は汚さないように気をつけろ、汚したら自分で洗え女に押し付けるな」マイナスを自分でゼロにしろ、それだけ。女の「ていねいな暮らし」は+αの話。
丁寧な暮らしが清潔感の様相を呈してきた
昭和の時代世の中はマッチョイムズが強かった。逆の男性は女々しいと評価され社会的に低く見られた。米国や南欧東欧には今もマッチョイズムが残るが日本は女性視点に社会が変わった。時代の流れには従う方がよいよ。
やりたいことをやれ、でもそんなあなたは少数派かも知れないがどうする?と問われたときになんと答えるかで態度は変わる。資産インフレの時代は労働デフレの時代であり、マスキュリニティの大切さは顧慮されない?
ただ生きるということだけでもどんどん大変になってきているのに、こういう価値観が強化されるのは恐怖でしかない。持続可能なように、ねばならない、であるべきはできれば減ってほしい
立って小便をする事すらトキシックマスキュリニシティになりそうな時代
好きな雑さで暮らせればそれでいいけど大抵は家族の誰かが尻拭いしてる。母は不摂生で糖尿病になった父の食事療法に苦労している。/プリンタニアニッポンのコンサル(個人管理AI)がほしい。私の全部を管理してくれ〜
色々選べる世界がいいな、と感じます。
普通など存在しない。なのでおれらも存在しない。丁寧に暮らしたい人は丁寧に暮らし雑に暮らしたい人は雑に暮らし、あまり人に迷惑かけなきゃいい、多少はお互い様ってのが多様性では
昭和に成人したオッサンだけど、でもね、女性達も昭和生まれはこんな「丁寧な暮らし」をしてる男って好きじゃない、どころか蔑むよ。少なくとも俺の周りの女性はそう。ただし配偶者になると男にも丁寧を求めるがね。
何年かしたら「こうであるべき」という押し付けから解放されて自由になろうという流れにしれっとスライドしてそう。料理がそうであるように。覚えておきましょう
マナー教師きたーw 馬鹿じゃねーのw うるせーよw
話を盛りすぎで雑な生活でもいいのに勝手にハードルが上げられている 欧米の女性の家事はある意味見事だよ 日本の独身男性より凄いよ(どう捉えるかは個人の判断に任せます
抽象的な言葉の上にさらに抽象的な言葉を重ねるのボンヤリしすぎて不快。ズボラマンは一体何を丁寧にすればいいんだよ全部とか言われたら無理に決まってる
女らしい属性があまりなく生きてきたので、「生物的性らしさ」に従順だとそれはそれで大変なんすねぇ、という感想に。自分以外の「何か」に斟酌せず生きてきたツケでもあると思うが。
丁寧さはざまざまであるので、それぞれが思う「丁寧な暮らし」をしていったほうが良いとは思う
ああなるほど。
この論だと、綺麗好きの一人暮らし男性や汚部屋で暮らす女性は透明化されている気がする。
「おれら」って言ってるが、元増田はおひとり様、配偶者がいる男性とは異なる。嫁や子どもがいて一定の自己肯定感や愛情が得られる勝ち組男女は、別にていねいに暮らさなくても、状況は深刻じゃねえだろうがよ。
暮らしも仕事も程々にていねいめでありたい。無理せず、でも楽しい程度には背伸びして…
女らしさという抑圧から解放されれば普通に雑な女子は増えると思うので同類の人と会えるようになるよ
元増田の話はどう読んでも増田個人のミクロな話なのに、勝手にマクロな話に挿げ替えた挙句に是々非々論を持ち出すのって、おっさんのパーカーや半パン姿を許せない一部女性のそれと精神構造が良く似てる。
必要なのは最低限の生活スキルであって、丁寧さとは(共通部分はあるかもしれないが)別のものだと思う。
期待と信頼は裏切るためにある
「ていねいな暮らし」という言葉は十数年前の出版トレンドというイメージだけど、女性でもこれを実践したのは一部の好事家だけだと思う。
「しわのない服装で出勤する丁寧な暮らし」をしてきたのは昭和男性で、支えてきたのは昭和女性ではあるね。次は「しわのない服装で出勤する丁寧な暮らし」を捨てる方向に向かうか、維持するかだ。
これに気づくとアンチフェミへ一直線。現代では女性による男性の抑圧が広く行われており、女は働かず高収入へ。男性は旧来男のように働き旧来女のように振る舞え、女は旧来女のように働かずに旧来男のように振る舞う
そもそもセルフネグレクト傾向がある人間にセルフネグレクトするなと言って出来るものなのか?
程度問題ではあるが、室内を物を避けずに歩ける、衣類から悪臭がしない程度には洗って干してある、風呂、トイレ、台所から悪臭がしない、体型、体調をある程度コントロールする。この程度も無理か?
男のように働き、女のように暮らせ。男女双方にそのようなことが求められている。長い目で見れば悪い事ではないのだろう。ただ、過渡期のわれわれはしんどい。
丁寧な暮らしをしようにも、余りにも身の回りに物事が溢れすぎて、精神的にはゴミ屋敷にいるかのような錯覚を覚える。だからね、棄てなきゃならんのね… でもそれが、棄てる事が、出来やせんのよね…
元増田はFIREしてみて、気付けば男一人暮らしのマニュアルやモデルがないと気付いただけなのに、昭和の主婦に近づこうとか、女性化しようお肌も、、っていうのはブッダの教えが葬式仏教になったくらいの違和感
なんかこう「都会でアパート一人暮らしの丁寧なおばあちゃん」みたいなのを想像する。ダメではないが理想ではない
かつての「癒やし」がそうだったように、結局は「ていねいな暮らし」みたいなものも生活のカオをした政治運動には違いない
昭和時代の男性のあいだでは異端視、とあるが許容はしていた。でなければオタクという存在はもっと罵倒されていたはず。昭和時代で個人主義の萌芽はあったのは間違いない。
一丁噛みが的外れな持論を展開するようになってきたのでこの話題もそろそろおしまい
元増田はインフルエンサーのナイトルーティンとかモーニングルーティン動画見ればいいのに。大量にあるし参考になると思う。
高市はサイコパス(パーソナリティ障害)と言う精神科医が話題になったがこの精神科医もダメだな。俺らとか勝手に一括りにして勝手に根拠もなく決めつけているだけ。このエビデンスでは学問ですらなく宗教の類だ。
ていねいな暮らしと聞くと、少しゾワゾワする。「美しい日本語」みたいに、好きな人は趣味でやってていいけど押し付けないでほしい。肌の手入れとかもそうだが1つのな習慣を既存の生活に押し込むのかなり大変
『ノルウェイの森』にも、60年代末の早稲田の学生寮で「雑な暮らし自慢」をしてたというエピソードがある。たぶん、「雑な暮らし」はバンカラの伝統から来てるんだと思う
禅の「暮らしの中に修行あり」は近いんじゃない?ただこれは悟りへの手段なように、男は何か目的が必要な動物だと思う。丁寧な暮らしにはそれがない
こないだの婚活漫画の「マイナスをゼロにする家事」を思い出すhttps://b.hatena.ne.jp/entry/s/yanmaga.jp/viewer/comics/%E9%81%8B%E5%91%BD%E3%81%AA%E3%81%A9%E5%AD%98%E5%9C%A8%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%A7/de738a47192d8dfa55eaac5a372a4363?cid=06A0000000000992089K
「ていねいな暮らし」というふんわりした感じの言葉が良くない。長期的にみればご利益のあることを可能な範囲で取り入れることを意識する。無理に全部やる必要はなくて、バランスが大事。
「Vlog が撮れるような暮らし」をしたい……と各種 Youtuber の Vlog 視聴しながらうっすら思ってるのはこれの片鱗だろうか。自分の現状だと"ていねいに暮らす"には拘束時間が長すぎる
論理の飛躍も甚だしい。「そういう選択もしていい」を「令和ではこれが規範」と決めつけてる。世論は「強制」を否定しているのであって個人選択の幅広さは肯定してる。
無邪気だね。ていねいな暮らしという呪縛がどれだけ女性のキャリアの足を引っ張ってきたことか。
ぶっ壊れたメンタルを戻すためにたどり着いたのが自分を大事にするていねいな暮らしだったな
家庭もお金もない人は河川敷で薬草を育てて薬草で幸せになる社会を作ろう
すごい適当に生きてる
モテるためにていねいな暮らしをして、結婚後に本能に戻る。んで言われる。
〈快適だけど面倒〉と〈楽だけど不快〉の間の何処で折り合いを付けるか。確かに性別ではなく個々人によるようになったよね。でも歳を重ねると、多少の面倒には目を瞑って快適を選んだ方が楽になるんだよ、何故か。
「おれら」側の人がこんな文章を書くわけないんだが
昔のワイルドさにも少し良いことがあって、アレルギー体質が今より少なかったり、暴力慣れしていたせいでコントロールが上手かったり。現代はみんな花粉症だしキレて殺しちゃったりするでしょ。
快適に暮らしたいから取り入れてるだけで、従うとか矯正とかいう感覚は分からん。男には雑すぎて苛ついたり、女には丁寧すぎて逆にだるくねって思ったりしながら、自分のやり方探ってる感じだな
ジェンダーステレオタイプのようなものを一旦更地にしてから最適化を実践したら"(旧来の)男性のように働き、女性のようにていねいであれ"になるんだろうとは思う
今は男性のように働き、女性のように暮らすのが要請されてるからしんどいけど、そのうち女性のように働くのが普通になっていくのではないかなあ
ふとんを干したり、洗濯したり、Tシャツにあいた穴を繕うだけで楽しいから、丁寧な暮らしをしてる可能性があるな。タオルも定期的に鍋でコトコト煮沸消毒しているから、くさいバスタオルなんてあり得ないんだな。
女性が外貨を稼ぐことは当たり前だし、男性の自分用家事やセルフケアがもそうなるのは必然
正直、ちゃんと同性の他者や異性を知りその上で人間関係の構築のやり方を学ぶこと無しにポルノや暴力に触れないまで含めてセルフネグレクトをやめるが男性ジェンダーの丁寧な暮らし、いわば清潔感みたいなもん。
女のように生活と言っても、汚部屋は女の方が多いと聞くし、私もそうだった。実際、丁寧な暮らしをしているのは何%なんだろう?
何をどこまで丁寧にやるかっていうのはめちゃくちゃなグラデーションがあると思うし、忙しさや心の余裕によってできることも変わってきそうだけど、こういう話をこれからの時代はもっと男女ともしていきたいよね
“2026”
男性に子宮を移植する社会を目指しましょう
「これからは皆テメエのケツはテメエで拭こうな。」というだけのことだよ。迷惑かけなければ別にセルフケアしない自由も愚行権もあるのだから、規範が増えたわけでもない。歓迎すべき個人主義の体現なんだよ。
“現代人は、仕事の次元では旧来の男性のように働き、私生活の次元では旧来の女性のようにていねいであれ、と期待されている”
「ていねいな暮らし」って言葉は通常「暮らしの手帳」的な、味噌作ったり雑巾縫ったりするような生活のことだと思うんだけど、ここで言ってるのは皿をちゃんと洗う的な「ちゃんとした生活」の事だよね。
家庭内の極端な分業(資本獲得と家事・育児・介護など)は非効率だなって共通認識になった感じがする。だれかが体を壊したら総崩れになるし。
"男が汚し"は戦闘やスポーツや工場作業や野良仕事、つまり体育会系前提の概念で、恐らく今の日本でも体育会系男を女は概ね許容も世話もする。そうではない男がどう生存の道を確保するかという話なら理解できる
哺乳類のレベルから、メスが群を作り束ね知恵を継承し、オスはハグレとして放逐されるのがデフォ。いや、蟻を見れば昆虫レベルからか。
無敵の人になればいい。
ジェンダーロールは解消されつつあるけど、その跡に残った汎性別ロール的なものは結局のとこ「しんどさ」の解消とは程遠いものに見えるな。
「周りに迷惑をかけるな」だけじゃない?ジェンダー関係ある?よく分からない。医者行かなくても部屋汚れてても生活開示することないからどうでも良くて、外出て声でかいとか臭いとかしなければ文句言われないよね
言ってる事が全くの逆で、相変わらず本当にダメな感じ。
ていねいな暮らしという規範に従う以外に道はない - シロクマの屑籠
うおっ! 言及ありがとうございます。「ご機嫌な暮らし」あたりを希求して、「ていねいさ」はそのための手段、くらいでありたいですね。手間ばかりかけず、暮らしを楽しめるくらいでありたい。
神経質でダラダラ独り言で文句を言う迷宮書斎の痩せ文士でありたい。痩せたい。散歩…。腰痛…。規則正しい運動と睡眠…(出発点から志が低い)
ああっ、生きるって大変だ!
セルフネグレクトは怠けの一つの表れでもある。ていねいな暮らし道を究めようとするとそれはそれで疲れてしまって怠惰へと堕落する誘惑が強くなるので、怠惰に陥らない程度に手を抜いたていねいさを極めてゆきたい
貧乳は人に非ずのアニメ思い出した。あれフェミさんに見せたらすごい勢いで怒られるんやろな。
男性同士のケアも丁寧な暮らしもすべての答えは『1日外出録ハンチョウ』にある。令和の男が目指すべきロールモデルはハンチョウ。
昭和の価値観で言えば男的な規範を外で女的な規範を内でというキメラ的な人間像を強要される令和のおっさんはバ美肉的に家の中では"自分は美少女"と詠唱しながら丁寧な暮らしをすれば良いのでは?(←ルーツレポ ?)
どちらのブログもとても良かった、在野の男性運動という感じでとても好き。男性に対する男性からの思いやりと、女性と社会に対する辛味の混じった文章で良き。
ピュアさを求められてて心が捻くれてている自分には無理かなと感じる。無理して染まろうとすると適応障害しそう
丁寧な暮らしとかマジ下らねえ。化粧する男は日韓ぐらいで洗脳されてるのに気づけ。
公衆衛生のひと言に尽きると思うんだけれども…。
暮らしにおける正しさを理解できず、履行できない人間は排除されるべきだと令和の皆さんは考えているんじゃないだろうか。「ていねいに暮らせない人間が不利益をこうむるなら、それは自己責任である。」とも。
雨で濡れた自転車のサドルを制服の袖で拭く家の息子は、3秒ルールで落ちたものも拾って食べる女子と付き合ってて幸せそうである。二人とも「ていねいな暮らし」はしないであろう。
そんなのもう分かっているからadoのうっせーわが流行ったのでは?
私生活くらい”正しさ”でも”男らしさ”でも”女らしさ”でもなく”俺らしさ”を大事に生きたいものだ。他者と同居するならその中での折り合いは必要だけど、そこまで世間の顔色を窺わなきゃいけないか? って。
丁寧な暮らしは朝ドラ・ファッションだから、鵜呑みにし過ぎてはいけない。健康嗜好とだけ捉えれば十分。男子トイレが無い店みたいなもんで、男子たるものスマートに立ち小便出来る場所を確立すべし。
暮らしというきわめて個人的な営みに対して正しいだの正しくないだのいうのがそもそもばかげている。好きに生きて好きに死ね、ただし他人に口出しはするな、がいいとこでしょう。それ以上は過干渉のカスのいい草
玉虫色の規範は誰もが従っているとも誰もが破っているとも言える。単なる言葉遊び以上の意味はない。
別にゴミカスみたいな生活するのは勝手だけど「丁寧な暮らし」してるやつを腐す理由は全くないよな。「洗脳」って決めつけるだけの理由もない。理解できないものを見下して安心したいだけに見えるね。
「リベラル」を自称する人たちがなぜか規範化された生活を正解としたがる
ごめん。これは全然わからない。むしろ女性がこういう規範に囚われて苦しんできたのではないか?男女ともにもっと適当に生きていてもどうにかなるってメッセージの方が大事なのじゃないか?
従うも何も古代中国で孔子が「雑事を重んじることの大切さ」を説いてるよね。令和は昭和から一周回って儒教の価値観になってきているのかも知れない
まあ、医療費削減問題の高齢者叩きで病院や薬に頼らない生活を目指す方向になるので丁寧な暮らしとの親和性は今後は高くなる。高齢者叩きの次は飲酒がターゲットになるかもしれないし。
こういうのに適性がないレッドネックがトランプ政権の主要支持基盤。それなり不満を持つ男女は多い。所謂保守的思想だけど
雑さを許容するタイプのミニマリストがその方向性じゃないかなぁ、と思ってる。服選ぶのが面倒だから一つに固定する、掃除はルンバが働きやすいようにする。丁寧というより、雑に生きる基盤を作る暮らし方。
こういう話題を目にするたび、「清潔感」という言葉がグルグルする
中年なんで上手く擬態して生きていきたいと思う。ただ子供たちの世代はどうなるんだろうか、「ていねいに暮らせない女性」を尊重出来るだろうか、それ少子高齢化に繋がらないかな、とも思う
女性がフィクション的に求めてる男性像ってこういうジェンダーキメラっぽい気がしていた。異様に気が利いてかつ強者っぽい振る舞いというか。両立しなそうな属性。
記事の終盤にあるように、にも関わらず労働は女性より頑張れよという規範が残っているのがアンバランスなのだよな。/男性が甲斐性を捨てようとした時に、女性はそれを応援はせずとも妨害もしないで欲しい。
日本社会はどんどん「漂白化・潔癖化」してると皮膚感覚で感じてるし、これもそうなるのかなぁと納得/ただそうなると『(令和の日本社会から見て)雑な暮らしを持ち込む外国人』との対立も増しそうだなー…とも
丁寧な暮らしなんて呪いでしかないし、好きに生きればいいけど、健康はマジで後から取り返しがつかずQOLを下げるので気をつけるのがおすすめ。「意外と死ねない」ということは健康な間は理解し難いだろうが。
自分が考える丁寧な暮らしというのは、諸葛孔明が荊州の隆中に隠棲していた頃の暮らしみたいなものだ。
雑に生きれたのは若かったからだろ。老いたら相応のケアが必要になる。そのケアを外注できないなら自分でやるしかない。雑で自虐的な社会規範論や男女論にすり替えるな。ホモサピは30過ぎたら老人。
「おれら」と肩を並べて学び働いてきた男勝りの「うちら」もまた痛覚を鈍らせたことにして蓄積してきたダメージがあるのだが、女子なのに雑ってかガサツで毛色が違うから女の子らしい女子グループに属さない。
でも、女はいっこうに下方婚してないし、厚生労働省に低栄養状態を指摘されてるし、介護など社会保障費を食い潰してるので、社会的に暮らせてのは女のほうなんですよね。医療費で食ってる人に言っても無駄ですが。
男らしさとか女らしさなんてのはただの思い込み。別に昔から粗雑でない男なんていくらでもいるし、粗雑な女というのもいくらでもいる。
「おっさん」というイメージも根底には、古き時代の男らしさが反転したものかもしれないね。
必要な家事力や生活力を、なんか良い感じに言ってるのがていねいな暮らしであって、やらないと生活が破綻したり、具合が悪くなるからやってるんだけど、なんかまだ女性はそれを好きでやってると思われてるのかね
これは退化だろう。新たな暮らしを開発する機会だと言うのに
女でも丁寧な暮らし難しい。襟足切ったから首に日焼け止め塗らなきゃって言ったら「今まで塗ってなかったんですか?!」って驚かれた。ひぃぃ。
良いセッションだ、はてならしい🤔 私ら世代から技術家庭も男女共修なのですよね。男友達も子供のためにケーキ作ってインスタに上げてたりした
ただ昭和的な丁寧さとは、貧乏根性(語弊あるならMOTTAINAIでも可)が根底にあり(モノを買う=出費=節約道に反する)、令和時代的な「清潔感」が過剰に求められている世界とは似て非なる物だった記憶もある(言語化難しいな
「丁寧な暮らし」ってジェンダーニュートラルとは思えず、むしろ「専業主婦規範が抜けない女の見る夢」としか思えない。結局は「家庭」って観念が害悪で、なぜなら「家庭」概念は、「独身」を暗に排除してるから。
そういや私独身中年男性にしてはていねいな暮らししてるよな思うんだけど、父親がゴミ屋敷作るタイプの人間で( https://ta-nishi.hatenablog.com/entry/2015/12/15/133322 )それが心底嫌だったから反面教師にしてだったと思い出した。
暮らし方として推されてるのは男女共に『効率的な暮らし』じゃないだろうか。食洗機やルンバ、ドラム式洗濯機を使ったり、時短料理を食す。『丁寧な暮らし』はそれらの反動のような。『ミニマリズム』はどっちかな
なんでそう苦しくなりそうな表現をするのかね……丁寧に暮らした方が良いなんて分かりきってるけど、それが上手くできる人ばかりではないことも分かりきってるでしょうに。
相変わらずふわっとした概念でしか語られない。もうちょっと具体的に頼みますよ。男の化粧はそういうのとは違う気がするけど
男が適当に生きてどうにかなってたのは、単にラッキーだったか、もしくは母親や周りの誰かに助けて貰ってただけじゃないのか?
丁寧な暮らしの規範とか女性からの眼差しとかも割とどうでも良くて、いま向かうべきは自分が叶えたい生き方を貫くだけ。常に他者の眼差しを意識して行動制限されるのは好ましくない。自分の欲求に素直でいたい
満員電車に詰め込まれるのは丁寧な暮らしじゃないので通勤やめました
ふざけんな!多様性はどこに行ったんだよ!成人男性に愚行権を!
"もともと男性って粗雑に生きてきたし、粗雑であることが好ましいとされてきたよね、といったことを思い出したくなった" これも男性向けファッションと同様ハビトゥスの問題か…
「ていねいな暮らし」をしてない人は普通にいるので、みんなしなきゃいけないかのような言い方は害悪。存在しない同調圧力に怯えるのは愚か
そんなんじゃなくて、男性向けの丁寧な暮らしはハードボイルドの中にすでにいくらでも書いてるよ。
これが皮肉だということを理解できないブクマが多い
注文住宅屋なので例えば収納は使うモノは使う場所の近くに設置するといった設計で快適になる。暮らしだと範囲広いからもう少し細分化して話してくれると個別で反応できて建設的な話できるのになと思って残念に感じる
現代のそれは「ていねいな暮らし」というフレームじゃない。それは付加価値として手垢のついた絵空事で言葉への鈍感さは失礼で不相応。現代のリアルでは「人間の条件」でしょうよ、規範なんだから。やれやれ
不同意。生活整えれば快適になる(目標ライン)ならともかく、生活整えられない人間はセルフネグレクト的、時代遅れ、パートナーや社会から排除されても仕方ない、みたいな規範(倫理的な最低ライン)化は行き過ぎで有害
ていねいな暮らしはしてないが、貧乏くさい暮らしならしている。金かけられないから手をかける的なやつ。
結局の話、自分を労れるようになろうねってのが「ていねい」だと思うんだけどね。依拠してきたジェンダーの否定じゃなくて、調和が求められてると捉えられんかね。
ジェンダーバイアスから解放されるという自由との引き換えにもう一方も全部一人で担わないといけない不自由にとらわれる。女性もマスキュラリティ求められて大変って思ってそう
FIREなら良いけど働いてる人だと大変そう。と言うか主婦と同レベルの丁寧さを求められる働いてる女の人ってすげー大変そう。
こういう主語デカ大好き一括り教の信者って、どんな劣悪な脳みそしてんだろ。女性だって雑に暮らす人いるだろうし、雑にもいろんな種類あるわ。そんなの個人個人だろ。なんか言うことが目的化してるだけのバカなの?
氷河期だけど、技術家庭科は男女共通だったし、家元にいた頃は受験>>>家事だったので、何も分からず一人暮らしに突入し、ネットも一般的でなかったから、本買って対応した。一通りの暮らしならそれでいいと思うけど
公的領域の仕事は余り語られず、私的領域のはずの暮らしや家庭ばかり語られるSNSの歪みを感じる。
丁寧とは。雑とは。
美容レベルと健康レベルは別。真夏のゴルフでサングラスはするべきだが、少しの移動で日傘は要らない。それとは別に、自分を大切にしないから自己肯定感が下がり、人を大切にできずに孤立し…最後には。
あなたの道を採点するのは勝手ですが他人の暮らしを採点しない方がよろしいかと
元になった増田が言ってるのは趣味とか家事の話とか丁寧な暮らしの話ではなくロールモデルだろ。ほとんどの男性は生きたいように生きたいからニーズがないのであって、そんなこと言い出したらそれが性規範になるだろ
あんま同意できないなー。こっちに書いた。https://bsky.app/profile/rna.horobi.com/post/3moydphu4ukge
映画D&D(クリス・パインとミシェル・ロドリゲスが主演した映画)をみんなで見て、ヒュー・グラント演じるフォージにみんなでメタクソに文句をいってスッキリすると気持ちいいと思いますね。UHDBD版で見るネヴァーウイ
夫に先立たれた妻の寿命は変わらないのに、妻に先立たれた夫の寿命は明確に短くなるので、昭和男的生活がセルフネグレクトなのは事実だろう。今まで「男はセルフネグレクトであれ」とされてきたのが異常だった。
そうなると丁寧に暮らさない自由が侵害されない必要があるな、と強く思った。そのような模範は押し付けられてはいけない
転んで擦りむいたくらいでメソメソすんなってのはぶっちゃけ令和だろうが思ってしまいそうなもんだが、ダメなんか?
男性も化粧をするのがマナー(規範)という世の中になるのかもしれない
雑な暮らしを肯定・推奨するようなエッセイや漫画も多いよ。それが救いになる人もいるし売れるから存在するのだけど下手したらセルフネグレクトだからね⋯。手間はかけたくないけど自分を大切にできる余裕は欲しい。
昭和の子供は雑に扱われる大量生産品、今の子供は丁寧に作られた貴重品。男女論なら、男は(一部強者以外は)消耗品なのでガサツで汚くていい、女は高く売れる財産なのでキレイに、とか。/「ていねい」は趣味だよな
common senseについての話だと思った
https://ayaka318.hatenablog.jp/ 不気味の谷を越える 人型AIロボット との 丁寧な暮らし
丁寧なのも雑なのも行きすぎで、その中間のギリギリ合格点で生きたい。できるだけ機械に任せて、最低限の手間しか掛けたくない。
脳の構造が違えば「ていねいな暮らし」が自然とできる人もいるし、生活が雑でもひたすら仕事に集中出来る人もいる。後者が本当に必要なのは「暮らし」じゃなくて「仕事」とその仲間達だと思う。
じゃあパーフェクトデイズみたいな生活はどうだろう。自分の生活なんだから、そこまで他人の様子をキョロキョロする必要もないと思うけど。卑屈過ぎない?
単に、雑な生活には持続性がない、ということだと思う(その結果としての早死にとか)。そして、かつてはその部分を誰か別の人に投げて辻褄合わせさせていたのが、最近はできなくなってきたという話でもある
アホくささの極み。バカが考えても、何の意味も無いどころか害悪を垂れ流すという証明
「おれら」はどこから来て、どこに向かっているのか
快適な生活空間の維持は黙ってても女性が担うべきだって思いが透けて見える。
丁寧な暮らしなんかした事ない。「健康に影響しないレベルの丁寧さを他人に押し付けるな」と「自分のいい加減さの責任や始末を他人に押し付けるな」が守れてりゃ男女双方好きに生きていいのが令和ではないかと思う
はてな老人が健康でマウント取り始めるのがブコメ
QMSはいいぞ。QMSなら真の意味でていねいな暮らしができる
「ていねいな暮らし」は80年代からずっとある趣味のひとつ。家庭を主戦場としていた女性だけのものだった。「結婚せずに一人で生きていく男性が手を出しても良いんだよ」と、読みました。
丁寧な暮らし、第一歩は寝る場所と飯を食う場所を分けるところから始まると思ってる。1Rや1Kに住み続けるのって緩やかなセルフネグレクトじゃないかなあ。
私は丁寧な暮しと言って思い浮かべるのはお寺の勤行とか修行なんだがなあ。前提にしてるのは人それぞれかなあ。
義務感駆動からの脱却
“今日でいうていねいな暮らしに相当する色々は昭和時代においては「女々しい」とされていたと記憶している。”平成、令和でもそのきらいはあったけどね。未だによく冷笑対象になってる。
ふつうは己の性別を常に意識しながら暮らしてるものなの…?
お気持ち表明。勝手にしろ。
お坊さんの作務などは、まさに丁寧な暮らしの見本だと思うけど、あれの要諦は日々気付きとともにあること、常に静かに内側と向き合うこと。世の男性はこれまで外側を見させられ過ぎていたのよね。
自由に暮らせばいい。その規範は普遍的なものでなく個人の思想の範疇だから。汚れ落ちという観点から、靴下は裏返して洗うのが正解なんだぜ
男性の丁寧な暮らしはブルーオーシャンなのか
男性がやると、僧侶か軍人、模範囚みたいになりがちって感じはする。
認識が雑だと感じた。現代の規範は「男が汚し女が洗う」から「男は汚さないように気をつけろ、汚したら自分で洗え女に押し付けるな」マイナスを自分でゼロにしろ、それだけ。女の「ていねいな暮らし」は+αの話。
丁寧な暮らしが清潔感の様相を呈してきた
昭和の時代世の中はマッチョイムズが強かった。逆の男性は女々しいと評価され社会的に低く見られた。米国や南欧東欧には今もマッチョイズムが残るが日本は女性視点に社会が変わった。時代の流れには従う方がよいよ。
やりたいことをやれ、でもそんなあなたは少数派かも知れないがどうする?と問われたときになんと答えるかで態度は変わる。資産インフレの時代は労働デフレの時代であり、マスキュリニティの大切さは顧慮されない?
ただ生きるということだけでもどんどん大変になってきているのに、こういう価値観が強化されるのは恐怖でしかない。持続可能なように、ねばならない、であるべきはできれば減ってほしい
立って小便をする事すらトキシックマスキュリニシティになりそうな時代
好きな雑さで暮らせればそれでいいけど大抵は家族の誰かが尻拭いしてる。母は不摂生で糖尿病になった父の食事療法に苦労している。/プリンタニアニッポンのコンサル(個人管理AI)がほしい。私の全部を管理してくれ〜
色々選べる世界がいいな、と感じます。
普通など存在しない。なのでおれらも存在しない。丁寧に暮らしたい人は丁寧に暮らし雑に暮らしたい人は雑に暮らし、あまり人に迷惑かけなきゃいい、多少はお互い様ってのが多様性では
昭和に成人したオッサンだけど、でもね、女性達も昭和生まれはこんな「丁寧な暮らし」をしてる男って好きじゃない、どころか蔑むよ。少なくとも俺の周りの女性はそう。ただし配偶者になると男にも丁寧を求めるがね。
何年かしたら「こうであるべき」という押し付けから解放されて自由になろうという流れにしれっとスライドしてそう。料理がそうであるように。覚えておきましょう
マナー教師きたーw 馬鹿じゃねーのw うるせーよw
話を盛りすぎで雑な生活でもいいのに勝手にハードルが上げられている 欧米の女性の家事はある意味見事だよ 日本の独身男性より凄いよ(どう捉えるかは個人の判断に任せます
抽象的な言葉の上にさらに抽象的な言葉を重ねるのボンヤリしすぎて不快。ズボラマンは一体何を丁寧にすればいいんだよ全部とか言われたら無理に決まってる
女らしい属性があまりなく生きてきたので、「生物的性らしさ」に従順だとそれはそれで大変なんすねぇ、という感想に。自分以外の「何か」に斟酌せず生きてきたツケでもあると思うが。
丁寧さはざまざまであるので、それぞれが思う「丁寧な暮らし」をしていったほうが良いとは思う
ああなるほど。
この論だと、綺麗好きの一人暮らし男性や汚部屋で暮らす女性は透明化されている気がする。
「おれら」って言ってるが、元増田はおひとり様、配偶者がいる男性とは異なる。嫁や子どもがいて一定の自己肯定感や愛情が得られる勝ち組男女は、別にていねいに暮らさなくても、状況は深刻じゃねえだろうがよ。
暮らしも仕事も程々にていねいめでありたい。無理せず、でも楽しい程度には背伸びして…
女らしさという抑圧から解放されれば普通に雑な女子は増えると思うので同類の人と会えるようになるよ
元増田の話はどう読んでも増田個人のミクロな話なのに、勝手にマクロな話に挿げ替えた挙句に是々非々論を持ち出すのって、おっさんのパーカーや半パン姿を許せない一部女性のそれと精神構造が良く似てる。
必要なのは最低限の生活スキルであって、丁寧さとは(共通部分はあるかもしれないが)別のものだと思う。
期待と信頼は裏切るためにある
「ていねいな暮らし」という言葉は十数年前の出版トレンドというイメージだけど、女性でもこれを実践したのは一部の好事家だけだと思う。
「しわのない服装で出勤する丁寧な暮らし」をしてきたのは昭和男性で、支えてきたのは昭和女性ではあるね。次は「しわのない服装で出勤する丁寧な暮らし」を捨てる方向に向かうか、維持するかだ。
これに気づくとアンチフェミへ一直線。現代では女性による男性の抑圧が広く行われており、女は働かず高収入へ。男性は旧来男のように働き旧来女のように振る舞え、女は旧来女のように働かずに旧来男のように振る舞う
そもそもセルフネグレクト傾向がある人間にセルフネグレクトするなと言って出来るものなのか?
程度問題ではあるが、室内を物を避けずに歩ける、衣類から悪臭がしない程度には洗って干してある、風呂、トイレ、台所から悪臭がしない、体型、体調をある程度コントロールする。この程度も無理か?
男のように働き、女のように暮らせ。男女双方にそのようなことが求められている。長い目で見れば悪い事ではないのだろう。ただ、過渡期のわれわれはしんどい。
丁寧な暮らしをしようにも、余りにも身の回りに物事が溢れすぎて、精神的にはゴミ屋敷にいるかのような錯覚を覚える。だからね、棄てなきゃならんのね… でもそれが、棄てる事が、出来やせんのよね…
元増田はFIREしてみて、気付けば男一人暮らしのマニュアルやモデルがないと気付いただけなのに、昭和の主婦に近づこうとか、女性化しようお肌も、、っていうのはブッダの教えが葬式仏教になったくらいの違和感
なんかこう「都会でアパート一人暮らしの丁寧なおばあちゃん」みたいなのを想像する。ダメではないが理想ではない
かつての「癒やし」がそうだったように、結局は「ていねいな暮らし」みたいなものも生活のカオをした政治運動には違いない
昭和時代の男性のあいだでは異端視、とあるが許容はしていた。でなければオタクという存在はもっと罵倒されていたはず。昭和時代で個人主義の萌芽はあったのは間違いない。
一丁噛みが的外れな持論を展開するようになってきたのでこの話題もそろそろおしまい
元増田はインフルエンサーのナイトルーティンとかモーニングルーティン動画見ればいいのに。大量にあるし参考になると思う。
高市はサイコパス(パーソナリティ障害)と言う精神科医が話題になったがこの精神科医もダメだな。俺らとか勝手に一括りにして勝手に根拠もなく決めつけているだけ。このエビデンスでは学問ですらなく宗教の類だ。
ていねいな暮らしと聞くと、少しゾワゾワする。「美しい日本語」みたいに、好きな人は趣味でやってていいけど押し付けないでほしい。肌の手入れとかもそうだが1つのな習慣を既存の生活に押し込むのかなり大変
『ノルウェイの森』にも、60年代末の早稲田の学生寮で「雑な暮らし自慢」をしてたというエピソードがある。たぶん、「雑な暮らし」はバンカラの伝統から来てるんだと思う
禅の「暮らしの中に修行あり」は近いんじゃない?ただこれは悟りへの手段なように、男は何か目的が必要な動物だと思う。丁寧な暮らしにはそれがない
こないだの婚活漫画の「マイナスをゼロにする家事」を思い出すhttps://b.hatena.ne.jp/entry/s/yanmaga.jp/viewer/comics/%E9%81%8B%E5%91%BD%E3%81%AA%E3%81%A9%E5%AD%98%E5%9C%A8%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%A7/de738a47192d8dfa55eaac5a372a4363?cid=06A0000000000992089K
「ていねいな暮らし」というふんわりした感じの言葉が良くない。長期的にみればご利益のあることを可能な範囲で取り入れることを意識する。無理に全部やる必要はなくて、バランスが大事。
「Vlog が撮れるような暮らし」をしたい……と各種 Youtuber の Vlog 視聴しながらうっすら思ってるのはこれの片鱗だろうか。自分の現状だと"ていねいに暮らす"には拘束時間が長すぎる
論理の飛躍も甚だしい。「そういう選択もしていい」を「令和ではこれが規範」と決めつけてる。世論は「強制」を否定しているのであって個人選択の幅広さは肯定してる。
無邪気だね。ていねいな暮らしという呪縛がどれだけ女性のキャリアの足を引っ張ってきたことか。
ぶっ壊れたメンタルを戻すためにたどり着いたのが自分を大事にするていねいな暮らしだったな
家庭もお金もない人は河川敷で薬草を育てて薬草で幸せになる社会を作ろう
すごい適当に生きてる
モテるためにていねいな暮らしをして、結婚後に本能に戻る。んで言われる。
〈快適だけど面倒〉と〈楽だけど不快〉の間の何処で折り合いを付けるか。確かに性別ではなく個々人によるようになったよね。でも歳を重ねると、多少の面倒には目を瞑って快適を選んだ方が楽になるんだよ、何故か。
「おれら」側の人がこんな文章を書くわけないんだが
昔のワイルドさにも少し良いことがあって、アレルギー体質が今より少なかったり、暴力慣れしていたせいでコントロールが上手かったり。現代はみんな花粉症だしキレて殺しちゃったりするでしょ。
快適に暮らしたいから取り入れてるだけで、従うとか矯正とかいう感覚は分からん。男には雑すぎて苛ついたり、女には丁寧すぎて逆にだるくねって思ったりしながら、自分のやり方探ってる感じだな
ジェンダーステレオタイプのようなものを一旦更地にしてから最適化を実践したら"(旧来の)男性のように働き、女性のようにていねいであれ"になるんだろうとは思う
今は男性のように働き、女性のように暮らすのが要請されてるからしんどいけど、そのうち女性のように働くのが普通になっていくのではないかなあ
ふとんを干したり、洗濯したり、Tシャツにあいた穴を繕うだけで楽しいから、丁寧な暮らしをしてる可能性があるな。タオルも定期的に鍋でコトコト煮沸消毒しているから、くさいバスタオルなんてあり得ないんだな。
女性が外貨を稼ぐことは当たり前だし、男性の自分用家事やセルフケアがもそうなるのは必然
正直、ちゃんと同性の他者や異性を知りその上で人間関係の構築のやり方を学ぶこと無しにポルノや暴力に触れないまで含めてセルフネグレクトをやめるが男性ジェンダーの丁寧な暮らし、いわば清潔感みたいなもん。
女のように生活と言っても、汚部屋は女の方が多いと聞くし、私もそうだった。実際、丁寧な暮らしをしているのは何%なんだろう?
何をどこまで丁寧にやるかっていうのはめちゃくちゃなグラデーションがあると思うし、忙しさや心の余裕によってできることも変わってきそうだけど、こういう話をこれからの時代はもっと男女ともしていきたいよね
“2026”
男性に子宮を移植する社会を目指しましょう
「これからは皆テメエのケツはテメエで拭こうな。」というだけのことだよ。迷惑かけなければ別にセルフケアしない自由も愚行権もあるのだから、規範が増えたわけでもない。歓迎すべき個人主義の体現なんだよ。
“現代人は、仕事の次元では旧来の男性のように働き、私生活の次元では旧来の女性のようにていねいであれ、と期待されている”
「ていねいな暮らし」って言葉は通常「暮らしの手帳」的な、味噌作ったり雑巾縫ったりするような生活のことだと思うんだけど、ここで言ってるのは皿をちゃんと洗う的な「ちゃんとした生活」の事だよね。
家庭内の極端な分業(資本獲得と家事・育児・介護など)は非効率だなって共通認識になった感じがする。だれかが体を壊したら総崩れになるし。
"男が汚し"は戦闘やスポーツや工場作業や野良仕事、つまり体育会系前提の概念で、恐らく今の日本でも体育会系男を女は概ね許容も世話もする。そうではない男がどう生存の道を確保するかという話なら理解できる
哺乳類のレベルから、メスが群を作り束ね知恵を継承し、オスはハグレとして放逐されるのがデフォ。いや、蟻を見れば昆虫レベルからか。
無敵の人になればいい。
ジェンダーロールは解消されつつあるけど、その跡に残った汎性別ロール的なものは結局のとこ「しんどさ」の解消とは程遠いものに見えるな。
「周りに迷惑をかけるな」だけじゃない?ジェンダー関係ある?よく分からない。医者行かなくても部屋汚れてても生活開示することないからどうでも良くて、外出て声でかいとか臭いとかしなければ文句言われないよね
言ってる事が全くの逆で、相変わらず本当にダメな感じ。