それを「無」宗教とくくってよいかという話なのであって。
増田と同等の敬虔さがないと信仰があるとは認めない、としてしまうと、アメリカ人とか相当数が「無宗教」になっちゃうのでは。普段は忘れているが内心うっすら超越的な存在に畏敬の念がある、程度の人が多いのでは。
アメリカの福音派もプロテスタントのよう。意外だったけど聖書のみをよりどころにするプロテスタント方が原理主義的な会派が多いらしい。
何らかの宗教的行為に参加したからといって、その宗教を信仰したことにはならないし、日本人のほとんどは無宗教だよ。この増田が初詣に行ったらその瞬間に神道に帰依したことになるのか?
特定の宗教を信仰している、していないが無宗教になるのか?先祖にお墓参りをする、寺社仏閣の建築物を傷つけることを不敬と感じる、立派な信仰心だよ。聖書やコーランを踏めと言われたら抵抗感を感じるでしょ
日本でのクリスマスは商業的イベントという側面が強いけど、葬式と初詣は宗教だと思う。キリスト教の信仰とは違うけど。
宗教というよりも宗教の儀式に参加しているだけだからね。お天道様が見ている的な価値観は宗教的だけど、高校生時分で闇バイト強盗をする連中を思うとそれも廃れてきたかなとも。
こう言うことを定義とするなら、日本のベース宗教は神道……多神教の自然崇拝じゃないかなあ
特定の宗教を信仰してはいけないという宗教を信仰する者は「貼紙禁止」と書かれた貼紙のようなもの
「土葬なんて、とんでもない!」というのも逆に宗教の一種と捉えないと、これまで日本にあった土葬の文化を、異教徒排斥の為だけに全面否定する人々を理解するのは難しい。新興カルト『the great replacement conspiracy theory』
信仰ではないね。宗教が元だった習慣、イベント程度の話だよ。だからクリスマスにイエスがでてくることはない
人それぞれやん。「日本人は」という話を議論する意味がないのよ。ベトナムが世界で一番無信仰が多く、80%超えなので参考に聞いてみたら?お寺に参拝したり、日本の習慣と割と似てます。
日本人は基本的にはアニミズム的なもんでしょ。クリスマスや初詣はイベント、葬式は儀礼的なもの。今はどうか知らんけど、仏教の教えだからダメとかじゃなく、ご飯を残すとお化けが出るぞみたいな方が多い
そもそも単に無宗教と言ってたけど、そういうイベントが宗教イベントだと言い出す人がでてきて、カウンターとして節操ないから無宗教、って落ち着いた印象。
クリスマスや初詣はイベントだな。バレンタインや花火大会と同格。葬式は区切りをつけるための手続かな。結婚式も手続だったけどこっちは省略する人も増えたね。
戦後の政教分離で宗教に対する印象が良くないので無宗教という人が増えただけで、実態はゆるやかな宗教観やスタイルがある。神仏習合含めて古来からベースは変わってないと思う
日本人は無宗教=クリスマス(およびバレンタインデー)含む 日本人は無宗教ではない=クリスマス含まず
最高裁の判例では「宗教とは超自然的・超人間的なものの存在を信じ、それを崇敬する心情に基づき、その存在との関係において人間の生活の諸問題を解決しようとする精神的活動であり教義・儀式・施設などを伴うもの」
信条=宗教なら、「ご飯は残さない」「他人に迷惑をかけない」「戦争だめ」みたいな日本人の常識の方が宗教なのか?
個人的にはむしろ信仰がないので神社では祈れないし初詣もいかない。仏陀の思想には関心をもつが葬式は茶番と思う。日本人の大半にとって神道や仏教は信仰以前の文化レベルで浸透しててそれに無自覚なだけだと思う
俺は信仰がないから神にも祈るし仏にも祈る。複数祈っても害なんて無いと思ってるからな。
いただきますは間違いなく宗教行為だと思う
人間にはどうすることもできない事象を飲み込むための「棚」。一神教の棚は丈夫で安心だけどとても狭くて大変。日本人の棚はよく壊れるけどあっちこっちに有るから騙し騙し使える
そもそも宗教という概念は明治政府が西洋の文化的な影響を押さえ込むために「宗教より上位の伝統的価値観」とした国家神道とセットで作り、「宗教ってのは排他的な強い信仰を持つ集団」と定義したんだよ定期。
日本人はクリスマスも初詣も葬式もするから無宗教ではないという言説
それを「無」宗教とくくってよいかという話なのであって。
増田と同等の敬虔さがないと信仰があるとは認めない、としてしまうと、アメリカ人とか相当数が「無宗教」になっちゃうのでは。普段は忘れているが内心うっすら超越的な存在に畏敬の念がある、程度の人が多いのでは。
アメリカの福音派もプロテスタントのよう。意外だったけど聖書のみをよりどころにするプロテスタント方が原理主義的な会派が多いらしい。
何らかの宗教的行為に参加したからといって、その宗教を信仰したことにはならないし、日本人のほとんどは無宗教だよ。この増田が初詣に行ったらその瞬間に神道に帰依したことになるのか?
特定の宗教を信仰している、していないが無宗教になるのか?先祖にお墓参りをする、寺社仏閣の建築物を傷つけることを不敬と感じる、立派な信仰心だよ。聖書やコーランを踏めと言われたら抵抗感を感じるでしょ
日本でのクリスマスは商業的イベントという側面が強いけど、葬式と初詣は宗教だと思う。キリスト教の信仰とは違うけど。
宗教というよりも宗教の儀式に参加しているだけだからね。お天道様が見ている的な価値観は宗教的だけど、高校生時分で闇バイト強盗をする連中を思うとそれも廃れてきたかなとも。
こう言うことを定義とするなら、日本のベース宗教は神道……多神教の自然崇拝じゃないかなあ
特定の宗教を信仰してはいけないという宗教を信仰する者は「貼紙禁止」と書かれた貼紙のようなもの
「土葬なんて、とんでもない!」というのも逆に宗教の一種と捉えないと、これまで日本にあった土葬の文化を、異教徒排斥の為だけに全面否定する人々を理解するのは難しい。新興カルト『the great replacement conspiracy theory』
信仰ではないね。宗教が元だった習慣、イベント程度の話だよ。だからクリスマスにイエスがでてくることはない
人それぞれやん。「日本人は」という話を議論する意味がないのよ。ベトナムが世界で一番無信仰が多く、80%超えなので参考に聞いてみたら?お寺に参拝したり、日本の習慣と割と似てます。
日本人は基本的にはアニミズム的なもんでしょ。クリスマスや初詣はイベント、葬式は儀礼的なもの。今はどうか知らんけど、仏教の教えだからダメとかじゃなく、ご飯を残すとお化けが出るぞみたいな方が多い
そもそも単に無宗教と言ってたけど、そういうイベントが宗教イベントだと言い出す人がでてきて、カウンターとして節操ないから無宗教、って落ち着いた印象。
クリスマスや初詣はイベントだな。バレンタインや花火大会と同格。葬式は区切りをつけるための手続かな。結婚式も手続だったけどこっちは省略する人も増えたね。
戦後の政教分離で宗教に対する印象が良くないので無宗教という人が増えただけで、実態はゆるやかな宗教観やスタイルがある。神仏習合含めて古来からベースは変わってないと思う
日本人は無宗教=クリスマス(およびバレンタインデー)含む 日本人は無宗教ではない=クリスマス含まず
最高裁の判例では「宗教とは超自然的・超人間的なものの存在を信じ、それを崇敬する心情に基づき、その存在との関係において人間の生活の諸問題を解決しようとする精神的活動であり教義・儀式・施設などを伴うもの」
信条=宗教なら、「ご飯は残さない」「他人に迷惑をかけない」「戦争だめ」みたいな日本人の常識の方が宗教なのか?
個人的にはむしろ信仰がないので神社では祈れないし初詣もいかない。仏陀の思想には関心をもつが葬式は茶番と思う。日本人の大半にとって神道や仏教は信仰以前の文化レベルで浸透しててそれに無自覚なだけだと思う
俺は信仰がないから神にも祈るし仏にも祈る。複数祈っても害なんて無いと思ってるからな。
いただきますは間違いなく宗教行為だと思う
人間にはどうすることもできない事象を飲み込むための「棚」。一神教の棚は丈夫で安心だけどとても狭くて大変。日本人の棚はよく壊れるけどあっちこっちに有るから騙し騙し使える
そもそも宗教という概念は明治政府が西洋の文化的な影響を押さえ込むために「宗教より上位の伝統的価値観」とした国家神道とセットで作り、「宗教ってのは排他的な強い信仰を持つ集団」と定義したんだよ定期。