今あなたが信じている神以外にも神が無数にいる、ということを信じられるかどうかで、これは意外と難しい気がする。
ユダヤ教と同じで血筋でしょ
神棚でも飾るように勧めれば良いんじゃないかな。知らんけど
まずは私の銀行口座に入信料として100万円をお納めください。
逆に祠壊してもろたら因習炙り出せるやろ
初詣行っておみくじ引いてお守りを買えば立派な信者
なんか我流の多神教を語ってる人達が多いが、ちゃんとした神職の人に聞けば何かあるんじゃねーの?
神道に触れづらい印象があるのは国家神道と廃仏毀釈かな。民間信仰の神道は根付いた宗教観としてあるけど、宗教や宗教組織としての神道には近づきたくないものがある
振り返ってみると教典の解釈違い(宗派)で信者同士争うとか無いな。みんな適当な解釈垂れてもへー、おまえんちではそうなんだぁ。で終了だからな。自分が知らん教義を突然持ち出されても強制が無ければ問題にしない
神社が舞台のマンガいくつか読んだけど、入信の儀式みたいな話はどれにもなかったな。
「古事記」は聖典に当たるのだろうか/仏教には創価学会、キリスト教にはエホバなど名だたる悪辣派閥があるけど、神道にはあったっけ?
精霊信仰と祖霊信仰のちゃんぽんやからなあ。精霊信仰はともかく祖霊信仰の方は何代か住まないとあんまピンとこんのとちゃうか。
本気出すなら国学院大学とかに入学してみるとか?
お祭りの保存会に入ってほしいと思ったけど神道とは違うか
神社行ってお祓いして貰えばいいじゃん
夏越の茅の輪くぐりは入信の儀式っぽくない?入信の儀式ではないけど
住所を得て氏子になれ。
( 神道に「入信」してないけど、家建てたときお祓いしてもらった ) ( あれは、地域に住んでいれば知らん間に氏子になってるんじゃないか。)
前は近所の神社の氏子として集金されてたな。そういうのが入信相当じゃないの。
ツテ作って神輿担がせてくれいうたらええんちゃうん。最近は舁き手が少なくて困っとうからウェルカムやろ。
神道は精神論なので、入信の儀式やって入るなんて簡単なものじゃないです。全てのものに神が宿る(物を大切に扱う)、地域に溶け込む、先祖を敬う(必ず墓参りする)、時候・季節を感じる、行動様式そのものだから
大きめの神社でやってる祈願だの祈祷を受けると気持ちは上がる気がする。日本語の出来ない方でも受け入れてくれるのだろうか。
折口信夫は戦後の神道は宗教になれなかったと言ったっけ。これがたとえば本居宣長の神道論になると、古事記の正統性を、キリスト教の聖書に対するがごとく接する必要があるのかな
適当な壁掛けラック買って神棚作ればそれだけで入信してる事になるんじゃないか?
とりあえず地元のお祭りでお神輿担げばいいんじゃね? 熊野本宮大社で大祭でお神輿を担ぎます。
とりあえず古事記でも読む?
日本の宗教感は、あらゆる自然万物に神が宿っているといわれるアニミズム、いわゆる八百万の神の考え方がベースになってるから、一神教ベースの宗教に慣れ親しんでるとピンと来ないかも。この入信という発想も一神教
自認が神道信徒の人多いな!?
「多くの日本人は知らぬ間に神道の信者である」みたいな雰囲気で話してるが、生活様式や習慣や思想にそれっぽい要素が含まれることと信者であることはけっこう乖離があるよね。と言うのは野暮か?
神道の入信は自由だからなあ。イスラム教徒のままで神道に入信できるよ。イスラム教の方が許してくれないけど。ていうか、イスラム教の神社があってもおかしくない。キリストを祀った神社はあるからね。
神道は祖先崇拝とアニミズムの合体物だと思うの 経典も教義もないし定義もあやふやで実に日本らしい
私は日本人だけど、自分の良心に従って生きている。「お天道様が見ている」などと考えたことはない。神社は通り過ぎるだけでお参りはしない。初詣に行くとしてもお寺に行く。
宗教には世界宗教と民族宗教があり、神道は民族宗教に分類される。信仰心より、儀式や行動のほうが大事。古代ギリシャの宗教もそうだったらしい。
神道って日常生活上の習慣や倫理観を要求しないもんな。祭りとか正月とかイベントはあるけども
町内会にかかわってるけど、神道との関係なんか意識しないけどな。夏祭りに神主を呼んだりするのがそういうことなのか。
氏神がGHQに解体されて代わりに公民館作られましたから。アメリカ人がモスク潰したようなもん。
何か成した感が欲しいなら、お伊勢参りでもすればいいのでは?江戸時代の人も一度は訪れたいと考えた場所。
いろんなシキタリに参加することだねー なんかできてくるんだよね、あーこういうときはこっちのほうがいいなとかさ、常に善くて、クールな方選ぶんだよ
神道には聖書や仏教聖典みたいなのがないのかと思って調べたら、古事記や日本書紀等をまとめた神道聖典というのが売られてたこともあるみたいだけど一般的ではないよう。
いわゆる神道は吉田神道から国家神道で完成したので、日本政府に忠誠を誓わないと入信できないよ。出雲伊勢論争で負けてた側の伊勢派が明治政府と天皇のお言葉で秩序付けたのが今の神道の始まりであり終わりでもある
神道は宗教であって宗教でない。日本人にとって空気のような存在。だから日本では仏教徒もキリスト教徒も神社へ行くし、仏教寺院の境内に神社もある。民族と宗教が結び付いた外国人には理解が難しい
日本人すげーよな。洗礼受けてないのに勝手にクリスマスやった後、舌の根も乾かねーウチから寺で除夜の鐘ついて次の日には神社で無茶なお願いしまくってる。。
アブラハムの宗教は契約の宗教で、排他のため主神との契約としての洗礼がある。契約の形なのは、それが事実上部族間同盟だったから。|少なくとも神道について積極的に信仰を示したかったら、氏子総代に相談だ。
神道は入信したいと思ったらそれで信者だし神々は8ミリオンなので好きなように拝んだらそこにも神がおるから安心せえ。なお人類代表は陛下じゃよ。
そもそも宗教ってワードがキリスト教的なものありきであって、神道はそこからはみ出してるので噛み合わないのでは?と思い始めている
多神教といえばヒンドゥー教もそうだけど、入信するにはどうすればいいのかな。カーストが面倒くさそうではある。
はっきりした教義も経典もないような土着の宗教なんて世界中どこでもそんなもんなんじゃないの。どっちかというと結社みたいな世界宗教のほうが特殊なのでは。
神が800万いて、かつ、すべて平等(順位がない)という考えを理解できるだろうか。つまり日本人も神道の修行の最中ってわけだ。始まりもないし終わりもない。
島田先生の日本神道の謎が面白かった
その神社の近くに引っ越して来る→氏子になる→祭に参加しお布施?を払う→毎年、大祓の人形の紙が郵便で送られて来るので、そしたら入信してる感じになるんじゃねえすか。氏子のなり方は知らん
「入信したい」と思うた時点で排除されるよ、神道は。あれは産まれた時点で取り込まれている不思議な宗教や。だから「入信したい」と思わなければ、既に神道なんや。産まれた所や皮膚や目の色は全く関係ない。
とりあえず俗世を捨てとく?
ユダヤ教は厳格な手続、キリスト教は洗礼、イスラム教はムスリム2名の前で宣誓、仏教は寺に入門、ヒンズー教や神道は決まった入信儀式はない。ただヒンズーはカーストやしきたりが厳しいが神道は本来アニミズムだし
とりあえず形から入りたいならAmazonで数千円の神棚をポチって朝晩水を供えとけ
自宅に神棚、は初期の神道にはなかった。本来は生活習慣と結びついた信仰だが、農村社会が解体した現在では豊作祈願や収穫祝いはもはや意味なくなってる。するとさしずめ、「地元の神社に毎日お参り」じゃね
『キリストを祀った神社はあるからね』あるの?????知らなかった!
うちの地域の禰宜さんは「○○地域に住む人は信仰に関わらず氏子です」と公言してるよ。地域にもよるよね
日本古代史の講義で、神仏習合の過程で仏と神という概念をどう扱うのとして、神を仏の化身として解釈する「本地垂迹」という考えが編み出されたという話を聞いて、面白いこと考えつくんだなぁとか思った記憶がある
日本在住なら住んでる場所の氏神に参って厄祓いの祝詞でもあげてもらえれば、(住所も名前も読み上げるし)なんか入信の儀式感あるよね
戒律はないが因習がある。言い得て妙
体系的な経典はなくて、地域の習俗の積み重ねだし、因習村を国単位でやってる感はある。/日本に住むなら新居や新車のお祓いとか、旅行者なら家内安全や旅路安全の祈祷を受けると、儀式っぽくていいかもしんない。
神道を独自に体系化した宗教団体はあるだろうし、右翼団体に入れば天皇を中心とした国家神道に入信と言えなくはないかも?キリスト教だってそれ自体に入信するというよりカトリックとか福音派とか色々あるわけだし。
とりあえず日本の一疑似国民としての最低限の知識、一般常識、教養といったものの獲得を期待して、義務教育課程履修相当の証として中学校卒業程度認定試験に合格してもらうというのは、どうだろう。
アジアの有色人種の土着宗教に入信したいとか、ラヴクラフトが聞いたら冒涜的で名状しがたい行為に手を染めるのが多様性なのか
巫女さん萌え萌えを感じれば信者
そもそも一神教と違って、神道は自然を神になぞらえて、この自然災害過多地域を乗り越える心構えを規律にしただけ。一神教の元のユダヤは、迫害されたときに、救われたければ私を信仰せよ!から始まってるし……
神社本庁や神道政治連盟が掲げる姿勢には、同性婚を「国を滅ぼす」「精神の障害」などと堂々とLGBTQを差別するものがが含まれますが、それでもいいのかな?なんなら排外の総本山みたいな団体だけど。
神道は土人のまじない。邪見を捨て仏に帰依しなさい。
外国人が「神道に入信したい」って言ってきたとき、入信のための儀式を期待されてるけど何も思い浮かばない「地域の祭りに参加するとか?」
今あなたが信じている神以外にも神が無数にいる、ということを信じられるかどうかで、これは意外と難しい気がする。
ユダヤ教と同じで血筋でしょ
神棚でも飾るように勧めれば良いんじゃないかな。知らんけど
まずは私の銀行口座に入信料として100万円をお納めください。
逆に祠壊してもろたら因習炙り出せるやろ
初詣行っておみくじ引いてお守りを買えば立派な信者
なんか我流の多神教を語ってる人達が多いが、ちゃんとした神職の人に聞けば何かあるんじゃねーの?
神道に触れづらい印象があるのは国家神道と廃仏毀釈かな。民間信仰の神道は根付いた宗教観としてあるけど、宗教や宗教組織としての神道には近づきたくないものがある
振り返ってみると教典の解釈違い(宗派)で信者同士争うとか無いな。みんな適当な解釈垂れてもへー、おまえんちではそうなんだぁ。で終了だからな。自分が知らん教義を突然持ち出されても強制が無ければ問題にしない
神社が舞台のマンガいくつか読んだけど、入信の儀式みたいな話はどれにもなかったな。
「古事記」は聖典に当たるのだろうか/仏教には創価学会、キリスト教にはエホバなど名だたる悪辣派閥があるけど、神道にはあったっけ?
精霊信仰と祖霊信仰のちゃんぽんやからなあ。精霊信仰はともかく祖霊信仰の方は何代か住まないとあんまピンとこんのとちゃうか。
本気出すなら国学院大学とかに入学してみるとか?
お祭りの保存会に入ってほしいと思ったけど神道とは違うか
神社行ってお祓いして貰えばいいじゃん
夏越の茅の輪くぐりは入信の儀式っぽくない?入信の儀式ではないけど
住所を得て氏子になれ。
( 神道に「入信」してないけど、家建てたときお祓いしてもらった ) ( あれは、地域に住んでいれば知らん間に氏子になってるんじゃないか。)
前は近所の神社の氏子として集金されてたな。そういうのが入信相当じゃないの。
ツテ作って神輿担がせてくれいうたらええんちゃうん。最近は舁き手が少なくて困っとうからウェルカムやろ。
神道は精神論なので、入信の儀式やって入るなんて簡単なものじゃないです。全てのものに神が宿る(物を大切に扱う)、地域に溶け込む、先祖を敬う(必ず墓参りする)、時候・季節を感じる、行動様式そのものだから
大きめの神社でやってる祈願だの祈祷を受けると気持ちは上がる気がする。日本語の出来ない方でも受け入れてくれるのだろうか。
折口信夫は戦後の神道は宗教になれなかったと言ったっけ。これがたとえば本居宣長の神道論になると、古事記の正統性を、キリスト教の聖書に対するがごとく接する必要があるのかな
適当な壁掛けラック買って神棚作ればそれだけで入信してる事になるんじゃないか?
とりあえず地元のお祭りでお神輿担げばいいんじゃね? 熊野本宮大社で大祭でお神輿を担ぎます。
とりあえず古事記でも読む?
日本の宗教感は、あらゆる自然万物に神が宿っているといわれるアニミズム、いわゆる八百万の神の考え方がベースになってるから、一神教ベースの宗教に慣れ親しんでるとピンと来ないかも。この入信という発想も一神教
自認が神道信徒の人多いな!?
「多くの日本人は知らぬ間に神道の信者である」みたいな雰囲気で話してるが、生活様式や習慣や思想にそれっぽい要素が含まれることと信者であることはけっこう乖離があるよね。と言うのは野暮か?
神道の入信は自由だからなあ。イスラム教徒のままで神道に入信できるよ。イスラム教の方が許してくれないけど。ていうか、イスラム教の神社があってもおかしくない。キリストを祀った神社はあるからね。
神道は祖先崇拝とアニミズムの合体物だと思うの 経典も教義もないし定義もあやふやで実に日本らしい
私は日本人だけど、自分の良心に従って生きている。「お天道様が見ている」などと考えたことはない。神社は通り過ぎるだけでお参りはしない。初詣に行くとしてもお寺に行く。
宗教には世界宗教と民族宗教があり、神道は民族宗教に分類される。信仰心より、儀式や行動のほうが大事。古代ギリシャの宗教もそうだったらしい。
神道って日常生活上の習慣や倫理観を要求しないもんな。祭りとか正月とかイベントはあるけども
町内会にかかわってるけど、神道との関係なんか意識しないけどな。夏祭りに神主を呼んだりするのがそういうことなのか。
氏神がGHQに解体されて代わりに公民館作られましたから。アメリカ人がモスク潰したようなもん。
何か成した感が欲しいなら、お伊勢参りでもすればいいのでは?江戸時代の人も一度は訪れたいと考えた場所。
いろんなシキタリに参加することだねー なんかできてくるんだよね、あーこういうときはこっちのほうがいいなとかさ、常に善くて、クールな方選ぶんだよ
神道には聖書や仏教聖典みたいなのがないのかと思って調べたら、古事記や日本書紀等をまとめた神道聖典というのが売られてたこともあるみたいだけど一般的ではないよう。
いわゆる神道は吉田神道から国家神道で完成したので、日本政府に忠誠を誓わないと入信できないよ。出雲伊勢論争で負けてた側の伊勢派が明治政府と天皇のお言葉で秩序付けたのが今の神道の始まりであり終わりでもある
神道は宗教であって宗教でない。日本人にとって空気のような存在。だから日本では仏教徒もキリスト教徒も神社へ行くし、仏教寺院の境内に神社もある。民族と宗教が結び付いた外国人には理解が難しい
日本人すげーよな。洗礼受けてないのに勝手にクリスマスやった後、舌の根も乾かねーウチから寺で除夜の鐘ついて次の日には神社で無茶なお願いしまくってる。。
アブラハムの宗教は契約の宗教で、排他のため主神との契約としての洗礼がある。契約の形なのは、それが事実上部族間同盟だったから。|少なくとも神道について積極的に信仰を示したかったら、氏子総代に相談だ。
神道は入信したいと思ったらそれで信者だし神々は8ミリオンなので好きなように拝んだらそこにも神がおるから安心せえ。なお人類代表は陛下じゃよ。
そもそも宗教ってワードがキリスト教的なものありきであって、神道はそこからはみ出してるので噛み合わないのでは?と思い始めている
多神教といえばヒンドゥー教もそうだけど、入信するにはどうすればいいのかな。カーストが面倒くさそうではある。
はっきりした教義も経典もないような土着の宗教なんて世界中どこでもそんなもんなんじゃないの。どっちかというと結社みたいな世界宗教のほうが特殊なのでは。
神が800万いて、かつ、すべて平等(順位がない)という考えを理解できるだろうか。つまり日本人も神道の修行の最中ってわけだ。始まりもないし終わりもない。
島田先生の日本神道の謎が面白かった
その神社の近くに引っ越して来る→氏子になる→祭に参加しお布施?を払う→毎年、大祓の人形の紙が郵便で送られて来るので、そしたら入信してる感じになるんじゃねえすか。氏子のなり方は知らん
「入信したい」と思うた時点で排除されるよ、神道は。あれは産まれた時点で取り込まれている不思議な宗教や。だから「入信したい」と思わなければ、既に神道なんや。産まれた所や皮膚や目の色は全く関係ない。
とりあえず俗世を捨てとく?
ユダヤ教は厳格な手続、キリスト教は洗礼、イスラム教はムスリム2名の前で宣誓、仏教は寺に入門、ヒンズー教や神道は決まった入信儀式はない。ただヒンズーはカーストやしきたりが厳しいが神道は本来アニミズムだし
とりあえず形から入りたいならAmazonで数千円の神棚をポチって朝晩水を供えとけ
自宅に神棚、は初期の神道にはなかった。本来は生活習慣と結びついた信仰だが、農村社会が解体した現在では豊作祈願や収穫祝いはもはや意味なくなってる。するとさしずめ、「地元の神社に毎日お参り」じゃね
『キリストを祀った神社はあるからね』あるの?????知らなかった!
うちの地域の禰宜さんは「○○地域に住む人は信仰に関わらず氏子です」と公言してるよ。地域にもよるよね
日本古代史の講義で、神仏習合の過程で仏と神という概念をどう扱うのとして、神を仏の化身として解釈する「本地垂迹」という考えが編み出されたという話を聞いて、面白いこと考えつくんだなぁとか思った記憶がある
日本在住なら住んでる場所の氏神に参って厄祓いの祝詞でもあげてもらえれば、(住所も名前も読み上げるし)なんか入信の儀式感あるよね
戒律はないが因習がある。言い得て妙
体系的な経典はなくて、地域の習俗の積み重ねだし、因習村を国単位でやってる感はある。/日本に住むなら新居や新車のお祓いとか、旅行者なら家内安全や旅路安全の祈祷を受けると、儀式っぽくていいかもしんない。
神道を独自に体系化した宗教団体はあるだろうし、右翼団体に入れば天皇を中心とした国家神道に入信と言えなくはないかも?キリスト教だってそれ自体に入信するというよりカトリックとか福音派とか色々あるわけだし。
とりあえず日本の一疑似国民としての最低限の知識、一般常識、教養といったものの獲得を期待して、義務教育課程履修相当の証として中学校卒業程度認定試験に合格してもらうというのは、どうだろう。
アジアの有色人種の土着宗教に入信したいとか、ラヴクラフトが聞いたら冒涜的で名状しがたい行為に手を染めるのが多様性なのか
巫女さん萌え萌えを感じれば信者
そもそも一神教と違って、神道は自然を神になぞらえて、この自然災害過多地域を乗り越える心構えを規律にしただけ。一神教の元のユダヤは、迫害されたときに、救われたければ私を信仰せよ!から始まってるし……
神社本庁や神道政治連盟が掲げる姿勢には、同性婚を「国を滅ぼす」「精神の障害」などと堂々とLGBTQを差別するものがが含まれますが、それでもいいのかな?なんなら排外の総本山みたいな団体だけど。
神道は土人のまじない。邪見を捨て仏に帰依しなさい。