スクールカーストで虐げられていた陰キャコミュ障が「普通の若者」を目指したムーブメントとしての00年代脱オタについて書きました。若者社会に馴染もうと思ったら「無難なモブ」では全然たりなかったんですよね。
これも懐かしい。マルイは私にはちょっと派手な印象があって、もう少し落ち着いた服が欲しいとは思っていた。当時のアニエスベーはときどき妙に安くて、すごく使えるシャツが紛れ込んでいて好きだった。懐かしい。
これに関して地方オタクのおれは全く語る言葉を持たない。装いで問題が発生する社会的な階層にいなかったので話にならない。地方民は違う現実を生きている。貴様らが語る平等とは何だ?
近い世代だけど、そもそもオタクが疎外されるコミュニティに属したことがなくて、このムーブメント自体がいまいち分からんかったのよね。
地方から関東圏に進学した民。よく古着屋やアウトレットで買い物してた。ユニバレがあった時期なので服を買うなら接客のいいコムサや無印良品だったかな。PPFMはコムサ系列。マルイはカタログ通販のvoiを読んでた。
マルイに加えて伊勢丹とかでカード作らされて更にリポさせられるまでがテンプレだと思う。俺はリポはしなかったけどカード作成まではさせられた苦い思い出。まぁ無駄ではないけど色々経験したな
「脱オタ」って時代的に氷河期世代のムーブメントだよね?/氷河期世代って学校を出て何十年も経ってもスクールカーストの残滓に取りつかれてる人が多い気がする。
スクールカーストで虐げられていた陰キャコミュ障←これがオタクとイコールの感覚がないからさっぱり理解できない オタクは陰キャでもコミュ障でもないのでは それにファンションオタクだって大量にいるだろう
『トルネードマート/PPFM/ジャンポール・ゴルチエなどはたとえ魅力を感じても買わないよう地雷として注意喚起が行われていた』そうそう、そうだよね?と思ったら私と同じくat-fashion.comを見ていた方だ。だよねえ〜
当時はポロシャツですらおじさん認定だった。コンサバやベーシックに寄せて“若さ”が足りないと、今度はGainer君やBegin君という蔑称も飛んでくる(主にファ板方面から)。「無難なモブ」を目指すのは難しい時代だった
00s後半になるとzozoも出てきて選択肢が広がった
そういや「キョロ充」という侮蔑語があったね。陰キャが必死にリア充の末席に入れてもらおうとして周囲をキョロキョロうかがってるみたいなの
(微妙な違和感。当時の脱ヲタ指南には無印洗いざらし白シャツに黒綿パンツコンバースが勧められてた(当時のサイトも確認済)のに、なぜか鼻息荒い脱ヲタが非モテコンプレックスゆえにマルイタワーに突撃してた印象…)
さすがに初心者にAPCやアニベは荷が重い(主に価格面で) 丸井のVISARUNOはワイシャツのサイズが豊富で良かった。痩せてた頃は標準的なSMLだと袖が短いのよ、デブった今では別の方向で問題になる。
「自分は陰キャコミュ障だから◯◯してはならない」という思い込みの方が厄介。99人は何も言ってない(そもそも見てもいない)のにたった1人に言われたことで自分の人生を決めつけている感じ
当時のトルネードマートの服を未だに着続けている私を舐めないでほしい。半分ぐらいは化学繊維の劣化で5年前ぐらいに突如ズタズタになったけど。
ユニクロとYouTubeで底上げされた結果マルイの役目は終わった感
00年頃を代官山や原宿と新宿マルイワンで送った少しオタ要素持ち程度の一般若者側としては、今のマルイは駿河屋やらしんばん等に気圧されてセリアとロリ服くらいしか楽しめない場なので隔世の感。
うろ覚えだけど当時は「お兄系」って微妙なホストみたいな格好が流行っていてそれを求めて皆マルイに行ってたような気がしてた。/オタクかホストかみたいな感じで中間の人が少なかったような。
「なぜ、マルイだったのか?」ただのモブではない「普通の若者」を目指したムーブメントとしての『脱オタ』について
スクールカーストで虐げられていた陰キャコミュ障が「普通の若者」を目指したムーブメントとしての00年代脱オタについて書きました。若者社会に馴染もうと思ったら「無難なモブ」では全然たりなかったんですよね。
これも懐かしい。マルイは私にはちょっと派手な印象があって、もう少し落ち着いた服が欲しいとは思っていた。当時のアニエスベーはときどき妙に安くて、すごく使えるシャツが紛れ込んでいて好きだった。懐かしい。
これに関して地方オタクのおれは全く語る言葉を持たない。装いで問題が発生する社会的な階層にいなかったので話にならない。地方民は違う現実を生きている。貴様らが語る平等とは何だ?
近い世代だけど、そもそもオタクが疎外されるコミュニティに属したことがなくて、このムーブメント自体がいまいち分からんかったのよね。
地方から関東圏に進学した民。よく古着屋やアウトレットで買い物してた。ユニバレがあった時期なので服を買うなら接客のいいコムサや無印良品だったかな。PPFMはコムサ系列。マルイはカタログ通販のvoiを読んでた。
マルイに加えて伊勢丹とかでカード作らされて更にリポさせられるまでがテンプレだと思う。俺はリポはしなかったけどカード作成まではさせられた苦い思い出。まぁ無駄ではないけど色々経験したな
「脱オタ」って時代的に氷河期世代のムーブメントだよね?/氷河期世代って学校を出て何十年も経ってもスクールカーストの残滓に取りつかれてる人が多い気がする。
スクールカーストで虐げられていた陰キャコミュ障←これがオタクとイコールの感覚がないからさっぱり理解できない オタクは陰キャでもコミュ障でもないのでは それにファンションオタクだって大量にいるだろう
『トルネードマート/PPFM/ジャンポール・ゴルチエなどはたとえ魅力を感じても買わないよう地雷として注意喚起が行われていた』そうそう、そうだよね?と思ったら私と同じくat-fashion.comを見ていた方だ。だよねえ〜
当時はポロシャツですらおじさん認定だった。コンサバやベーシックに寄せて“若さ”が足りないと、今度はGainer君やBegin君という蔑称も飛んでくる(主にファ板方面から)。「無難なモブ」を目指すのは難しい時代だった
00s後半になるとzozoも出てきて選択肢が広がった
そういや「キョロ充」という侮蔑語があったね。陰キャが必死にリア充の末席に入れてもらおうとして周囲をキョロキョロうかがってるみたいなの
(微妙な違和感。当時の脱ヲタ指南には無印洗いざらし白シャツに黒綿パンツコンバースが勧められてた(当時のサイトも確認済)のに、なぜか鼻息荒い脱ヲタが非モテコンプレックスゆえにマルイタワーに突撃してた印象…)
さすがに初心者にAPCやアニベは荷が重い(主に価格面で) 丸井のVISARUNOはワイシャツのサイズが豊富で良かった。痩せてた頃は標準的なSMLだと袖が短いのよ、デブった今では別の方向で問題になる。
「自分は陰キャコミュ障だから◯◯してはならない」という思い込みの方が厄介。99人は何も言ってない(そもそも見てもいない)のにたった1人に言われたことで自分の人生を決めつけている感じ
当時のトルネードマートの服を未だに着続けている私を舐めないでほしい。半分ぐらいは化学繊維の劣化で5年前ぐらいに突如ズタズタになったけど。
ユニクロとYouTubeで底上げされた結果マルイの役目は終わった感
00年頃を代官山や原宿と新宿マルイワンで送った少しオタ要素持ち程度の一般若者側としては、今のマルイは駿河屋やらしんばん等に気圧されてセリアとロリ服くらいしか楽しめない場なので隔世の感。
うろ覚えだけど当時は「お兄系」って微妙なホストみたいな格好が流行っていてそれを求めて皆マルイに行ってたような気がしてた。/オタクかホストかみたいな感じで中間の人が少なかったような。