このタイトルでKindle本を出したい。
個人的な行為のはずが、他人との比較になっちゃってるのが良くないですね。
『「負債」の感覚』という考え方は面白いと思った
縋るべき他者が必要で他者もまた推されることに縋る
経済的な宗教、なんでないの。
一方的に与えられるだけの関係性に耐えられる人間はほとんどいない……というのは推し活を理解するうえで重要な視点だとは思う。だからこそ嫌儲民というのがほんとうによくわからんかったんだよな
推し活の話はライト層を除いても個人差があって、いくつかの類型に分けないといけないんじゃないかな。実際の宗教と同じで信仰以上に、帰属意識やコミュニティ(界隈)、体験の共有が中心の人も多いように思う
推し活を「無限負債経済」と定義するのは面白い。救いを求めれば求めるほど資本主義の沼に沈む構造
推し活と宗教の違いは終わりがあるかどうかかな。
おお、『推しの子』の元も子もねえ結論から一歩進んだ感があるな。“無限の贈与を受け取ったという感覚” が先。なるほど。
さらに言えばその負債感は自分が推しからの"聖なる価値に近い何か"を一方的に享受するに相応しくないという自己肯定感の低さが背景にあるのかな。その辺が推し活にハマる人間とそうでない人間の差だったりして。
負債に対する返済かー。キリスト教の原罪の考え方に近いのかね。生きている限り贖い続けるみたいな。人間は「赦される」ことにモチベーションを見出しやすいのかもしれない。
推す者は救われる|海燕(エンタメ系ライター/ITmedia「ねとらぼ」連載中)
このタイトルでKindle本を出したい。
個人的な行為のはずが、他人との比較になっちゃってるのが良くないですね。
『「負債」の感覚』という考え方は面白いと思った
縋るべき他者が必要で他者もまた推されることに縋る
経済的な宗教、なんでないの。
一方的に与えられるだけの関係性に耐えられる人間はほとんどいない……というのは推し活を理解するうえで重要な視点だとは思う。だからこそ嫌儲民というのがほんとうによくわからんかったんだよな
推し活の話はライト層を除いても個人差があって、いくつかの類型に分けないといけないんじゃないかな。実際の宗教と同じで信仰以上に、帰属意識やコミュニティ(界隈)、体験の共有が中心の人も多いように思う
推し活を「無限負債経済」と定義するのは面白い。救いを求めれば求めるほど資本主義の沼に沈む構造
推し活と宗教の違いは終わりがあるかどうかかな。
おお、『推しの子』の元も子もねえ結論から一歩進んだ感があるな。“無限の贈与を受け取ったという感覚” が先。なるほど。
さらに言えばその負債感は自分が推しからの"聖なる価値に近い何か"を一方的に享受するに相応しくないという自己肯定感の低さが背景にあるのかな。その辺が推し活にハマる人間とそうでない人間の差だったりして。
負債に対する返済かー。キリスト教の原罪の考え方に近いのかね。生きている限り贖い続けるみたいな。人間は「赦される」ことにモチベーションを見出しやすいのかもしれない。