“もう一生寝たきりで意思疎通もできない低酸素脳症の赤ちゃんとかは、親が生かすかどうか選べるようにしてあげてはと思う。”/同感、医師を交えて判断とか手はありそう。
”米英では、親と医療チームが話し合い、医学的に回復の見込みがなく、延命治療が「患者の最善利益にならない」場合、治療中止(生命維持治療の停止)が可能です。 ただし、親単独で決定できる国は基本的になく、医
それでも育てる親がいることを理解して、現状に感謝しろ
“子どもを産んだら、もっと博愛的な感情が強くなるのかと思っていたが、逆に優生思想(といっていいのかわからない)のような思想が強くなった。” < 人の親たちを見たらその方が圧倒的に多数派なのは明らかに思うが。
知り合いの子供は高校生の頃に事故で植物状態になってしまいずっとベッドの上なんだけど、どう思う? お前の子供がそうなったら殺すんか? ちなみにその知り合いは10年以上経った今でも愛情を持って面倒を見ている
ガイジが死んでれば次の子供を作れる筈の女がガイジ1人に縛られて一生を棒に振るのは生物として完全に間違い。しかも男は離婚して責任逃れし、次の女に次のガイジを孕ませる/現状既に製造側も差別されてるが?
コレの出口戦略側としてボケをどうする?みたいなのもあるんで簡単に結論でない話。ただ生かし過ぎ=コストを掛けられる裕福さと裏表で、ガザやスーダンとかは戦争地域以外も放置殺処分だし、選べる幸運は感謝必須よ
少子化対策の大きな観点になると思う。その子を育てたい親は尊いことだが、離れたい親には後ろめたさの少ない選択肢がないと、社会を担える成人も増えづらい。
id:ustam 愛情を持って育て続けられる人はそうすればいい。そうじゃない人に逃げ道がないことでリスクを背負えず出産を控える効果があるんじゃないかということ。
この増田宛ではなく一部のブコメに対するコメントですが、障害児を公に差別する社会は障害児を生んだ卵巣と精巣にも厳しい社会になると思います。
人を過剰に守ることが人を殺してる、そんな気もする
とりあえず出生前診断で全ての障害が判明する未来に期待しよう。
id:ustam 愛情を持って(または愛情によって)殺す人もそれなりに居るのではないかと思うよ
あっそ。よかったね。お前の子供に重度自閉が判明しますように/たかがそうめん一つにあそこまで共感的になれるくせにさあ……
僕は子供産まれたら、他人の子どももめっちゃ可愛くみえるし、電車の席とか譲るし、博愛的な感情ちょっとは強くなったよ。
お子さんは何歳かな?まだお子さんにどんな特性があるか、小学校低学年くらいまでは油断できんやで。
難しい問題ではあるが、親が支えきれなくなったらどうするというケースは考えなきゃならんし、両親の間で意見が分かれた場合もどうするというのは考えなきゃならんだろう。『今は支えられる』は将来の地獄を招く。
ふーん。
安楽死問題か
文明人としての理性の使い所
実は助かっても重度の障害が残りそうな時とかは、ちゃんと説明があって、どうするか選べます。
自己中なだけ。自分が事故で寝たきりになったら、『障害者を大切に!』とか言うんだろ。介護される側になったら、他人に迷惑かけずにとっとと人生終わりにしろよ。
多分、選べるようになっても生かす選択をしたがる人が多い気がする。人を死なす選択は一般的に途轍もなくストレスなので、我が子に対してだけ許容するのは難しい気が。むしろ他人の子なら耐えられても我が子なら?
“自分だってそっち側になってたかもしれない、ただ健常児を産めたのも運がよかっただけだと何度も思った。”それはある
子ができたら、子に関心を寄せなければならないので、博愛感情が強くなる道理はない。
他人の子供もかわいく見えるようになったが、全ての大人が子に加害を加える可能性を考えながら生きるようになったし、核武装して攻め入られにくい日本になってほしくなった
だからできる限りの出生前診断しろと。そして躊躇うなと。それ以降は運の問題。
障害者に対して、死が選択肢にあがる社会は端的に言って地獄だと思う。
「子どもを産んで人口を増やさなければいけないのに」こういう建前があると、そうしない人に批判が行きやすい。生存が難しい個に社会が圧をかけるのは賛成できぬ。
子どもを産んだからではなく、ただ障害児育児の現状を知ったかだと思うよ。私は子なしだが、同じような考えになった。何年も昼夜関係なく数時間おきに痰を吸引するなんて、生存権がないも同じ。
そもそも子供を産んだら、生き物として「自分の子供さえ良ければ」みたいになる方が自然じゃね?ブコメ含めてなんか変。
ここんのとろこういう釣り多すぎない?
気管切開になった子の親が全然見舞いに来ない例を見ていると、親にとっても子にとっても不幸な状況は打開策があるべきと思う。ただ、それでも生存を望む親に対しては十分な手当てが施せる社会でもあってほしい。
本邦は子供を手放す文化的ハードルが高過ぎると思うの。人でなし扱いだよね / 2人目に手のかかる子が生まれて今いる長子の足枷になるのは絶対に嫌なので、うちは一人っ子確定です
誰も彼もが生かしたいと願ったからそういう社会になったんじゃないのか
おそらく、心臓が動いていればいのちなんだけど、社会側からはそうは看做されない、むずかしい
発達障害とか、割と目に見えない障害はあり得るし、鬱や統合失調症などは、なにかのきっかけで発症することもある。増田が思うより障害は身近なものかもしれないよ。
SNSから離れとけ。 「すべては子どものためだと思ってた」みたいになるぞよ。 ジャンルはどこになるかわからないけど、影響されるきっかけがある場所に、影響されやすい人間は向いてないんだ、
自宅出産とかムチャなやつが一定の支持を集めてるのはこの辺の心理なのかもしれない。その状況なら様子を見て死産だったことにできる(もしくは普通に助からない)という……。
背景にあるテクニカルな話として、医学の進歩により「命_は_救える」範囲は広がったが、その後の障害児の「生活を救える」社会保障の範囲は特に広がっていないので、そのギャップに落ちる人は増えている
“実際自分が当事者になったら”で、産んだ側じゃなく産まれた側でも同じ結論で肯定するのかな。生きるのが厳しい時代ならそういう選択もあるのかもしれないね。
一度死なせてもいい人のラインを設定したらその後際限なく上がっていく懸念って無いのかな?それが怖いから親のケアなどでどんな命でも社会が救えるようにすべきと思っちゃう。
障害児を生まない社会でなく、障害児を育てられる社会であれと思う.優生思想は弱いものを排除していく考え方.障害者の次は高齢者,次は子供,次は女性とどんどんエスカレートしていく.ナチスの排除の仕方をみるといい.
障害児を生まない社会でなく、障害児を育てられる社会であれってのは時一つの理想だけど、主体がいつのまにか「社会」に差し替えられているのもねぇ。んじゃ、生まれたらみんな差別なく「社会」送りにして育てれば?
全てはパイが増えてないのが問題なんだよな。頑張ってる親を助けようと言っても、まずコストというワードが浮かんできてしまう
はてなの女性たちを見ていても、女親には一方的に子供の生殺与奪の権利があると思っている人が多いからね。あなたも『普通』ですよ。
だから大博打なのに軽く考えてる人が多いなとはいつも感じている。
自分の子どもが病気や事故等でいきなり重篤な障害を得たら「もう殺してあげたい」と思うもんだろうか
同じ思想の人は多いと思うが、公に口に出せない。宗教とか軍国主義も同じ構造なんじゃないかと想像。
おもった事はある、が、障害児は一定の確率で生まれてくるので社会が育てられる環境を作るのが理想だな/一方で現実的に少子高齢化で https://dashboard.e-stat.go.jp/pyramidGraph?screenCode=00570®ionCode=00000&pyramidAreaType=2 実現が難しい
全然今後の自分と地つなぎで他人事ではなくなったからだと思う。運良く健康に産まれてきてもどこでコケるかなんてわからんし。選択できる手段は多い程いい
「殺しても良い」は「殺せ」と地続き/当事者でない人間が語っていることも不快
子どもを親の所有物だと思ってなければ出てこない発想だよ。これの答えは社会からの支援をもっとしっかりするしかないでしょ。
そう思う人が周りに少ないので、多分あなたが変わってるだけでは?で済ませて終わりにしたいな、この手の話
親戚に言葉も話せないレベルの障害者いるけど生きてれば50歳ぐらいになるんだよね。障害児は文字通り小さいうちはいいけど20歳超えたあたりで親の意識も変わってくると思う。
子が親の物で間引き身売り可能の時代は多産で、子は親の物ではなく親の資産で子を育て上げる必要がある時代は少子化になる。俯瞰すると当たり前のことだと思う
極論としては子育てを親の責任にしてるから子殺しになるわけで、育てられなければ赤ちゃんポストとかでもいいような。
それは身近にそういう存在がいないからだよ 身内に自閉重めの子供がふたりいるけど等しくいとおしいし元気に育ってほしいと心から願っているし、そのために手も金もできる範囲で協力するよ
線引きが難しいよね。初めは寝たきり確定の子だけとしていても次は歩けるけど意思疎通不能な子、手足が不自由な子、奇形のある子…とどんどんエスカレートして行きそうだし。
羊水検査とか覚悟とか
全ての子供を生かすために、母親だけが犠牲になっている(もちろん父親のケースもある)のがおかしいのでは、って問いかけだと思ってブコメ見たら反応が思ってたんと違った
リスクとリターンのバランスの話
Nスペの小児集中治療室の日々でも医師の先生方が議論をされてたの垣間見れるよ
赤ちゃん産まれると、観察対象として可愛いポイントがたくさん見えるようになったので、他の子も可愛い。解像度上がって違い含め見えるようになったってのが合ってるのかな。
優勢思想とか障害児に対してどうこう、とは別に「一生寝たきりで意思疎通もできない低酸素脳症の赤ちゃん」を医者が手を尽くしてあえて生かして親に手渡すのは医療の無責任だと思う。
オキシトシンに毒されているのでは。母子の絆だけでなく仲間内の結束を強める効果があるが余所者や異分子に対する排除も強まる
植松聖死刑囚「社会保障に多額のお金をかけてる現実をあなたはどう思うんですか?日本の借金だってこれ以上もう無理ですよ。そもそも借金で何かをするということ自体、考えられないですよ」https://youtu.be/ywI3KHuGP3U?t=653
”子どもを産んで人口を増やさなければいけないのに” こんな富国強兵背負ってまで差別せんでも/私の母は子を産んでも「わが子以外の子供は孫でもそれほど好きじゃない、何なら我が子もそんなに」な人だった笑
実際に障害者を排除したら、その次の段階にあるようなADHDとかの子供が障害者として排除されるのも遠くなさそう。
命を奪うのではなく、公的な設備を整えて、「引き取る」事ができる社会の方が健全かと。親の負担は見舞い程度に抑えて。プロがまとめて面倒見る方が効率もいい。
障害児の親の負担を減らす一択しかないと思う。障害児が生まれたら両親のどちらかはフルタイムの仕事ができない現状では誰も子供産まなくなる。
子供を殺すってことは希望も捨てるってことで、希望を捨てるってことは自分も殺すってことなんじゃないかな
子どもを産んだら、もっと博愛的な感情が強くなるのかと思っていたが、逆..
“もう一生寝たきりで意思疎通もできない低酸素脳症の赤ちゃんとかは、親が生かすかどうか選べるようにしてあげてはと思う。”/同感、医師を交えて判断とか手はありそう。
”米英では、親と医療チームが話し合い、医学的に回復の見込みがなく、延命治療が「患者の最善利益にならない」場合、治療中止(生命維持治療の停止)が可能です。 ただし、親単独で決定できる国は基本的になく、医
それでも育てる親がいることを理解して、現状に感謝しろ
“子どもを産んだら、もっと博愛的な感情が強くなるのかと思っていたが、逆に優生思想(といっていいのかわからない)のような思想が強くなった。” < 人の親たちを見たらその方が圧倒的に多数派なのは明らかに思うが。
知り合いの子供は高校生の頃に事故で植物状態になってしまいずっとベッドの上なんだけど、どう思う? お前の子供がそうなったら殺すんか? ちなみにその知り合いは10年以上経った今でも愛情を持って面倒を見ている
ガイジが死んでれば次の子供を作れる筈の女がガイジ1人に縛られて一生を棒に振るのは生物として完全に間違い。しかも男は離婚して責任逃れし、次の女に次のガイジを孕ませる/現状既に製造側も差別されてるが?
コレの出口戦略側としてボケをどうする?みたいなのもあるんで簡単に結論でない話。ただ生かし過ぎ=コストを掛けられる裕福さと裏表で、ガザやスーダンとかは戦争地域以外も放置殺処分だし、選べる幸運は感謝必須よ
少子化対策の大きな観点になると思う。その子を育てたい親は尊いことだが、離れたい親には後ろめたさの少ない選択肢がないと、社会を担える成人も増えづらい。
id:ustam 愛情を持って育て続けられる人はそうすればいい。そうじゃない人に逃げ道がないことでリスクを背負えず出産を控える効果があるんじゃないかということ。
この増田宛ではなく一部のブコメに対するコメントですが、障害児を公に差別する社会は障害児を生んだ卵巣と精巣にも厳しい社会になると思います。
人を過剰に守ることが人を殺してる、そんな気もする
とりあえず出生前診断で全ての障害が判明する未来に期待しよう。
id:ustam 愛情を持って(または愛情によって)殺す人もそれなりに居るのではないかと思うよ
あっそ。よかったね。お前の子供に重度自閉が判明しますように/たかがそうめん一つにあそこまで共感的になれるくせにさあ……
僕は子供産まれたら、他人の子どももめっちゃ可愛くみえるし、電車の席とか譲るし、博愛的な感情ちょっとは強くなったよ。
お子さんは何歳かな?まだお子さんにどんな特性があるか、小学校低学年くらいまでは油断できんやで。
難しい問題ではあるが、親が支えきれなくなったらどうするというケースは考えなきゃならんし、両親の間で意見が分かれた場合もどうするというのは考えなきゃならんだろう。『今は支えられる』は将来の地獄を招く。
ふーん。
安楽死問題か
文明人としての理性の使い所
実は助かっても重度の障害が残りそうな時とかは、ちゃんと説明があって、どうするか選べます。
自己中なだけ。自分が事故で寝たきりになったら、『障害者を大切に!』とか言うんだろ。介護される側になったら、他人に迷惑かけずにとっとと人生終わりにしろよ。
多分、選べるようになっても生かす選択をしたがる人が多い気がする。人を死なす選択は一般的に途轍もなくストレスなので、我が子に対してだけ許容するのは難しい気が。むしろ他人の子なら耐えられても我が子なら?
“自分だってそっち側になってたかもしれない、ただ健常児を産めたのも運がよかっただけだと何度も思った。”それはある
子ができたら、子に関心を寄せなければならないので、博愛感情が強くなる道理はない。
他人の子供もかわいく見えるようになったが、全ての大人が子に加害を加える可能性を考えながら生きるようになったし、核武装して攻め入られにくい日本になってほしくなった
だからできる限りの出生前診断しろと。そして躊躇うなと。それ以降は運の問題。
障害者に対して、死が選択肢にあがる社会は端的に言って地獄だと思う。
「子どもを産んで人口を増やさなければいけないのに」こういう建前があると、そうしない人に批判が行きやすい。生存が難しい個に社会が圧をかけるのは賛成できぬ。
子どもを産んだからではなく、ただ障害児育児の現状を知ったかだと思うよ。私は子なしだが、同じような考えになった。何年も昼夜関係なく数時間おきに痰を吸引するなんて、生存権がないも同じ。
そもそも子供を産んだら、生き物として「自分の子供さえ良ければ」みたいになる方が自然じゃね?ブコメ含めてなんか変。
ここんのとろこういう釣り多すぎない?
気管切開になった子の親が全然見舞いに来ない例を見ていると、親にとっても子にとっても不幸な状況は打開策があるべきと思う。ただ、それでも生存を望む親に対しては十分な手当てが施せる社会でもあってほしい。
本邦は子供を手放す文化的ハードルが高過ぎると思うの。人でなし扱いだよね / 2人目に手のかかる子が生まれて今いる長子の足枷になるのは絶対に嫌なので、うちは一人っ子確定です
誰も彼もが生かしたいと願ったからそういう社会になったんじゃないのか
おそらく、心臓が動いていればいのちなんだけど、社会側からはそうは看做されない、むずかしい
発達障害とか、割と目に見えない障害はあり得るし、鬱や統合失調症などは、なにかのきっかけで発症することもある。増田が思うより障害は身近なものかもしれないよ。
SNSから離れとけ。 「すべては子どものためだと思ってた」みたいになるぞよ。 ジャンルはどこになるかわからないけど、影響されるきっかけがある場所に、影響されやすい人間は向いてないんだ、
自宅出産とかムチャなやつが一定の支持を集めてるのはこの辺の心理なのかもしれない。その状況なら様子を見て死産だったことにできる(もしくは普通に助からない)という……。
背景にあるテクニカルな話として、医学の進歩により「命_は_救える」範囲は広がったが、その後の障害児の「生活を救える」社会保障の範囲は特に広がっていないので、そのギャップに落ちる人は増えている
“実際自分が当事者になったら”で、産んだ側じゃなく産まれた側でも同じ結論で肯定するのかな。生きるのが厳しい時代ならそういう選択もあるのかもしれないね。
一度死なせてもいい人のラインを設定したらその後際限なく上がっていく懸念って無いのかな?それが怖いから親のケアなどでどんな命でも社会が救えるようにすべきと思っちゃう。
障害児を生まない社会でなく、障害児を育てられる社会であれと思う.優生思想は弱いものを排除していく考え方.障害者の次は高齢者,次は子供,次は女性とどんどんエスカレートしていく.ナチスの排除の仕方をみるといい.
障害児を生まない社会でなく、障害児を育てられる社会であれってのは時一つの理想だけど、主体がいつのまにか「社会」に差し替えられているのもねぇ。んじゃ、生まれたらみんな差別なく「社会」送りにして育てれば?
全てはパイが増えてないのが問題なんだよな。頑張ってる親を助けようと言っても、まずコストというワードが浮かんできてしまう
はてなの女性たちを見ていても、女親には一方的に子供の生殺与奪の権利があると思っている人が多いからね。あなたも『普通』ですよ。
だから大博打なのに軽く考えてる人が多いなとはいつも感じている。
自分の子どもが病気や事故等でいきなり重篤な障害を得たら「もう殺してあげたい」と思うもんだろうか
同じ思想の人は多いと思うが、公に口に出せない。宗教とか軍国主義も同じ構造なんじゃないかと想像。
おもった事はある、が、障害児は一定の確率で生まれてくるので社会が育てられる環境を作るのが理想だな/一方で現実的に少子高齢化で https://dashboard.e-stat.go.jp/pyramidGraph?screenCode=00570®ionCode=00000&pyramidAreaType=2 実現が難しい
全然今後の自分と地つなぎで他人事ではなくなったからだと思う。運良く健康に産まれてきてもどこでコケるかなんてわからんし。選択できる手段は多い程いい
「殺しても良い」は「殺せ」と地続き/当事者でない人間が語っていることも不快
子どもを親の所有物だと思ってなければ出てこない発想だよ。これの答えは社会からの支援をもっとしっかりするしかないでしょ。
そう思う人が周りに少ないので、多分あなたが変わってるだけでは?で済ませて終わりにしたいな、この手の話
親戚に言葉も話せないレベルの障害者いるけど生きてれば50歳ぐらいになるんだよね。障害児は文字通り小さいうちはいいけど20歳超えたあたりで親の意識も変わってくると思う。
子が親の物で間引き身売り可能の時代は多産で、子は親の物ではなく親の資産で子を育て上げる必要がある時代は少子化になる。俯瞰すると当たり前のことだと思う
極論としては子育てを親の責任にしてるから子殺しになるわけで、育てられなければ赤ちゃんポストとかでもいいような。
それは身近にそういう存在がいないからだよ 身内に自閉重めの子供がふたりいるけど等しくいとおしいし元気に育ってほしいと心から願っているし、そのために手も金もできる範囲で協力するよ
線引きが難しいよね。初めは寝たきり確定の子だけとしていても次は歩けるけど意思疎通不能な子、手足が不自由な子、奇形のある子…とどんどんエスカレートして行きそうだし。
羊水検査とか覚悟とか
全ての子供を生かすために、母親だけが犠牲になっている(もちろん父親のケースもある)のがおかしいのでは、って問いかけだと思ってブコメ見たら反応が思ってたんと違った
リスクとリターンのバランスの話
Nスペの小児集中治療室の日々でも医師の先生方が議論をされてたの垣間見れるよ
赤ちゃん産まれると、観察対象として可愛いポイントがたくさん見えるようになったので、他の子も可愛い。解像度上がって違い含め見えるようになったってのが合ってるのかな。
優勢思想とか障害児に対してどうこう、とは別に「一生寝たきりで意思疎通もできない低酸素脳症の赤ちゃん」を医者が手を尽くしてあえて生かして親に手渡すのは医療の無責任だと思う。
オキシトシンに毒されているのでは。母子の絆だけでなく仲間内の結束を強める効果があるが余所者や異分子に対する排除も強まる
植松聖死刑囚「社会保障に多額のお金をかけてる現実をあなたはどう思うんですか?日本の借金だってこれ以上もう無理ですよ。そもそも借金で何かをするということ自体、考えられないですよ」https://youtu.be/ywI3KHuGP3U?t=653
”子どもを産んで人口を増やさなければいけないのに” こんな富国強兵背負ってまで差別せんでも/私の母は子を産んでも「わが子以外の子供は孫でもそれほど好きじゃない、何なら我が子もそんなに」な人だった笑
実際に障害者を排除したら、その次の段階にあるようなADHDとかの子供が障害者として排除されるのも遠くなさそう。
命を奪うのではなく、公的な設備を整えて、「引き取る」事ができる社会の方が健全かと。親の負担は見舞い程度に抑えて。プロがまとめて面倒見る方が効率もいい。
障害児の親の負担を減らす一択しかないと思う。障害児が生まれたら両親のどちらかはフルタイムの仕事ができない現状では誰も子供産まなくなる。
子供を殺すってことは希望も捨てるってことで、希望を捨てるってことは自分も殺すってことなんじゃないかな