ガルマにそんな重きを置いてると思ってなかったのでそんな解釈もあるのか、と面白く読んだ。
宇宙世紀では「俺たちと同じようになれ」と地球居住者に強いる動機が宇宙居住者にはあるわけで、シャアが何を言おうが結局はそこに吸収されてしまう。個人レベルや組織レベルの葛藤を、いくら重層しても無駄である。
すごそう
凄くてかっこいい敵、という概念でしかなかったシャアに内面が与えられた。
ガルマをやっちゃったせいで修羅の道しかなくなってしまったってのはジオリジンでも言われていた話。なんで人類絶滅とかやろうとしたのかってのはほんまようわからん。
言うたら何だけど、作った人達はそこまで考えてないゾ☆
シャアの目的がザビ家への復讐ならミネバ・ザビも殺すべきだった。逆シャアでのシャアは、アムロと決着を付けるために出来の悪いザビ家のパロディを富野監督に演じさせられている、かわいそうな役者である。
こういった考察に対しては必ずと言っていいほど、作った人はそんなに考えていない、という指摘がつくのだが、製作者を馬鹿にしていると思う。作り手は思った以上に考えてるよ。いわんや富野はめちゃくちゃ考えてる。
長い。
シャアは最初からずーっとエゴだと思う。セイラと会っても自分のエゴを優先してたし。最初はザビ家復讐という大義名分だったがその時既にもう脱線しており、エゥーゴで祀り上げられ勘違いして更に逸れて行った。
映画は映像に描かれているもので語るべきで、このレビューはとても良いと思う。
Ζから既に行動とか計画が???な人物が増えて、動機が理解不能になってる。
自分は「もうガンダムやりたくないからアムロとシャアを殺しちゃうけど、でも死ぬトコをあからさまに見せちゃうとホントにガンダムできなくなっちゃうしなぁ」って逡巡でああいうラストになったのね、と思って見てた
クェスと同年代の時に見て──と記憶してたけどクェス13歳なのかハイティーンだと思ってた。34の総帥のイケオジがなんか全然スパダリっぽくないキャラ造形で情けないクズっぽいムーブで母性くすぐる感じに好きだった
そしてジークアクスで塗り替えられる?
2025年現在、逆シャアの2年後を描いた続編やってまして。主人公はキッカ・コバヤシ。タイトルは機動戦士ガンダムピューリッツァー。すげえ面白いからみんな読んで。νガンダムの残骸とアムロの遺体を探そうとしてるの
永遠にアムロとちくちくやりあいたかった(相手は迷惑がってる)のかと『 シャアの目的は一年戦争後期から一貫して「人類の革新」だ。そして、アムロは打倒するより、語り合いたいのが本当だと』
カミーユがガルマに似てるというのは新たな気づき。ガンダムが作られた時代が人口爆発と石油枯渇が懸念されてた時代でもある。現実も地球外から資源を確保する技術が開発されなければ、資源枯渇と共に人類は滅びる
だからジークアクスではガルマが生きてる世界線なのか?
「坊やだからさ」って自分の幼さにも向けたセリフと言われるよね。タイトルは「仕掛けた側なのにアムロに逆にお仕置きされた」って意味にも見えるから不思議。
ジオンの忘れ形見として、キャスバルに対して寄り添うことも諌めることもできたアルテイシアは、その立場を選ばずに(血脈にたまに邪魔されながらも)きちんと自分の人生を生きてたのがまた。
ジンバ=ラルの言われるがままザビ家への復讐をやっていたという解釈はかなり疑問が残る。二次創作としては面白いが。
「だが、富野監督は映像作家だ。描かれている映像だけで、何が言いたいか描ききってあるはずである」この富野への絶対的な信頼いいね これは読めて良かった
そういうシャアの理想(銀河への飛翔)をシャアと面識がないジュドーが実行した。ニュータイプなら理想の世界を築けると信じて飛び立って幾星霜、外宇宙ジュドーが向かった方向から1機のMSが流れてきた。ターンXである。
単著「映像の原則」があるくらい、富野監督は画面構成で作劇する。画面の位置関係で意図を読むのは正解だと思う/この時点のシャアはララァやアムロと違い、刻(人の行きつく先)をみてない。だから人類に絶望してる
コロニーだけで自活できるようになって地球が中心じゃなくなると、Vガンダム以降みたく地球連邦が衰退しコロニー国家の台頭を抑える力もなくなり、シャアやハサウェイのテロの建前の目的が勝手に叶うの寂しいよな。
なんとなく納得感ある。真実かどうかは誰にもわからないが大変興味深い。
誰が言ったか、逆ギレのシャア
いわんや
いわゆる「上下(かみ・しも)の法則」ね。Vガンダムでも演出家に法則をキッチリ教え込んでいた。ジンバ・ラルのネタはちょっと安彦オリジンの解釈寄りかな
シャアが思想家2世ってのはかなり面白い点
ナナイが一番心髄ついてて「ただアムロを見返したくてこの作戦を思いついた」それだけ。最後、アムロとシャアのぶつかり合い時に発生した感応波でネオジオン兵にもそれが伝わったからこそ、あの協力があると思った。
ニュータイプは明らかにアーサー・C・クラーク的な人類の進化を意識してるので、最後は未知の力=人類のポテンシャルが解放されたという所がポイントで、シャアとアムロは従属的な要素(触媒・キッカケ)に過ぎない
地球の重力かな?
ファーストでニュータイプの理想を描き、Zではその挫折が描かれたと思ってるけど、なるほど逆シャアの解釈次第で、シャア自身がその象徴になるわけか。面白いなぁ。
シャアは「俺は何やってるんだろう」と思ってるんだけど周りは「もっとやれ!」と言っててアムロだけが「お前は何をやってるんだ」と言ってくれるからアムロに甘えてるだけ。酒飲んで殴り合ってるのとだいたい同じ。
この感じで次回に続くのかとも思ったし、なんか古の個人サイト見たいな文章でおもしろいな。
長い。読書感想文に「あらすじを書かない」って言われてない?シャアはオールドタイプなんだよ。ニュータイプ同士なら何で最後アムロが必死で「喋って」るんだよ。通訳して欲しいけどサイコパス強化人間しかいないし
シャアさん、大変だったにゃ!ボクも辛いことあったら、ゴロゴロして甘えて解決するにゃ!みんな仲良くしなきゃダメだよにゃ!
「ほいほい子供を拾ってくる。そして、特に面倒はみない。」そういやそうだな。
シャア、基本的にやりたくない役背負わされる運命にあるから「クワトロ時代が幸せそう」「オリジンで土木作業してるときが楽しそうでいい」とか言われるよね。
id:IndigoBlue_Bird さんのブコメを読んで、シャアはジュドーとも組んでたら絶望することはなかったんだろうなと思う(まあそこでメタ的にZZという作品の富野の中における位置づけとかも絡みつつ)
えらい面白く読んでしまった。富野監督が本当にそういう考えで作っていったのでは無いか、という説得力を感じた。
学習研究シャア!というわけでシャアは学研に逆襲していたということがアジの干物占いによって出ました。
富野監督がちゃんと考えてるのは同意なんだけど逆シャア本で庵野氏から「~という台詞は」って言われて「シャアがそんなこと言ってたの?それいいね~!」ってはしゃいでたからある程度のライブ感はあると思ってる
富野は考えてるとしてもシャアはそこまで考えてないと思うよ
周りにいいように使われてしまった大人が「違うやい俺はそんなんじゃないやい」って駄々こねてるやつでしょ
やっぱクェスって重要だよね。川村万梨阿に無駄なキャラやらせるワケないんだ/ハゲの悪いトコは興行的に振るわなかったら後からグチグチと後付け設定して作品を書き換えようとするトコじゃ?あと愛人キャラの多さ
”ほいほい子供を拾ってくる” シンタとクムも強化される可能性があったのかしら.. /. id:natu3kan サイド共栄圏構想も結局フロンタルの奮闘関係なくVの時代にそうなっちゃったよね、という
読み応えがあっていい。映像のみから解き明かすというのは、アニメの考察として正しいと思う。富野監督の小説ならまだしも、他作家の作品も含めると、それほもう考察としてはインチキ臭くなってしまう。
文章のテンポ良すぎ
『評伝シャア・アズナブル《赤い彗星》の軌跡 』という本を読んでみるといい
そう考えると赤いガンダムに乗って緑のおっさんとマヴしながら無双しているシャアは何を考えているんだろう。ジンバラルの呪いからは解き放たれたのだろうか。
シャアは自身が覚醒しかけのオールドタイプで、人類の革新の可能性を垣間見たものの、皆がその先に行けるビジョンを持てない。/未来を垣間見たアムロは人類の革新を確信するが、そのビジョンをシャアと共有できない
小説版も読もうぜ!
初めて逆シャアを観た時は「なんやこいつ…」と思ったけど、最近ゼータまで観直してこの人はもう一回子ども時代をやり直さないと愛を受け取るバケツに穴が空いたままやろなあ…としみじみしたところだった
シャア、悲しき男よ。それだけに惹かれる
ガルマとかジンバとかのくだりは非富野ガンダムに引き摺られてるけど大丈夫?安彦のはパラレルやぞ
40年近くずっと語られててまだ味がするシャアは凄いな
https://support.google.com/webdesigner/thread/338599248?hl=en&sjid=1752146676248713529-NC
野心的になりすぎて人類を導ける器じゃなかったね。シャアが地球に逆襲した理由はZガンダムのダカールの演説を読めばその思想が良くわかる。
イデよろしくおハゲ様の御心を我々凡人ごときが推し量ることなどできないのだ。さておき、シャアはアムロと違って実はララァの声が聞こえたことがなかったのでは?という説が好き。確かに直接聞こえた描写は無さげ
“シャアラストシーン解説① 君は、シャア”
こうして読むとシャアはまさに今の加速主義だな。ゲバラみたいに早死にしてれば革命家と讃えられた。あと逆シャアのネオジオンは、ギュネイの姿とか「ルサンチマンの思想・反体制としてのファシズム」がすごくリアル
逆シャアの後の物語というとトワイライトアクシズというアクシズを探査してササビーの残骸を見つけ出す作品が有るんですがこちらは別に観なくてもいいです
逆襲のシャアの小説版読んでないのか? 徳間版だと「私はお前と互角に戦いたかっただけだ」ってシャアがアムロに言ってるよ。1st小説の「密会」でも描写あるが、シャアは基本的に戦いたいだけの男だよ
“ここでアムロは常に強者のポジションにいる。映像作劇法には、上手側、下手側の原則があって、画面右側にいるのが強者だ”
オイディプスコンプレックス抱えてそうな自民党の世襲政治家等が、社会に対する復讐のような「改革」を繰り返しながら、建前を延々と保留し続けてきたこの四半世紀を、この辺の心理と重ね合わせて見てきた感。
コンテは情報の塊だからね。それを読み取る方にも同じぐらいの知識と思考力が必要。
考査おもろかった
【4-1】逆襲のシャアラストシーン解説① 君は、シャアが何に逆襲しているか答えられるか。|天野拓美
ガルマにそんな重きを置いてると思ってなかったのでそんな解釈もあるのか、と面白く読んだ。
宇宙世紀では「俺たちと同じようになれ」と地球居住者に強いる動機が宇宙居住者にはあるわけで、シャアが何を言おうが結局はそこに吸収されてしまう。個人レベルや組織レベルの葛藤を、いくら重層しても無駄である。
すごそう
凄くてかっこいい敵、という概念でしかなかったシャアに内面が与えられた。
ガルマをやっちゃったせいで修羅の道しかなくなってしまったってのはジオリジンでも言われていた話。なんで人類絶滅とかやろうとしたのかってのはほんまようわからん。
言うたら何だけど、作った人達はそこまで考えてないゾ☆
シャアの目的がザビ家への復讐ならミネバ・ザビも殺すべきだった。逆シャアでのシャアは、アムロと決着を付けるために出来の悪いザビ家のパロディを富野監督に演じさせられている、かわいそうな役者である。
こういった考察に対しては必ずと言っていいほど、作った人はそんなに考えていない、という指摘がつくのだが、製作者を馬鹿にしていると思う。作り手は思った以上に考えてるよ。いわんや富野はめちゃくちゃ考えてる。
長い。
シャアは最初からずーっとエゴだと思う。セイラと会っても自分のエゴを優先してたし。最初はザビ家復讐という大義名分だったがその時既にもう脱線しており、エゥーゴで祀り上げられ勘違いして更に逸れて行った。
映画は映像に描かれているもので語るべきで、このレビューはとても良いと思う。
Ζから既に行動とか計画が???な人物が増えて、動機が理解不能になってる。
自分は「もうガンダムやりたくないからアムロとシャアを殺しちゃうけど、でも死ぬトコをあからさまに見せちゃうとホントにガンダムできなくなっちゃうしなぁ」って逡巡でああいうラストになったのね、と思って見てた
クェスと同年代の時に見て──と記憶してたけどクェス13歳なのかハイティーンだと思ってた。34の総帥のイケオジがなんか全然スパダリっぽくないキャラ造形で情けないクズっぽいムーブで母性くすぐる感じに好きだった
そしてジークアクスで塗り替えられる?
2025年現在、逆シャアの2年後を描いた続編やってまして。主人公はキッカ・コバヤシ。タイトルは機動戦士ガンダムピューリッツァー。すげえ面白いからみんな読んで。νガンダムの残骸とアムロの遺体を探そうとしてるの
永遠にアムロとちくちくやりあいたかった(相手は迷惑がってる)のかと『 シャアの目的は一年戦争後期から一貫して「人類の革新」だ。そして、アムロは打倒するより、語り合いたいのが本当だと』
カミーユがガルマに似てるというのは新たな気づき。ガンダムが作られた時代が人口爆発と石油枯渇が懸念されてた時代でもある。現実も地球外から資源を確保する技術が開発されなければ、資源枯渇と共に人類は滅びる
だからジークアクスではガルマが生きてる世界線なのか?
「坊やだからさ」って自分の幼さにも向けたセリフと言われるよね。タイトルは「仕掛けた側なのにアムロに逆にお仕置きされた」って意味にも見えるから不思議。
ジオンの忘れ形見として、キャスバルに対して寄り添うことも諌めることもできたアルテイシアは、その立場を選ばずに(血脈にたまに邪魔されながらも)きちんと自分の人生を生きてたのがまた。
ジンバ=ラルの言われるがままザビ家への復讐をやっていたという解釈はかなり疑問が残る。二次創作としては面白いが。
「だが、富野監督は映像作家だ。描かれている映像だけで、何が言いたいか描ききってあるはずである」この富野への絶対的な信頼いいね これは読めて良かった
そういうシャアの理想(銀河への飛翔)をシャアと面識がないジュドーが実行した。ニュータイプなら理想の世界を築けると信じて飛び立って幾星霜、外宇宙ジュドーが向かった方向から1機のMSが流れてきた。ターンXである。
単著「映像の原則」があるくらい、富野監督は画面構成で作劇する。画面の位置関係で意図を読むのは正解だと思う/この時点のシャアはララァやアムロと違い、刻(人の行きつく先)をみてない。だから人類に絶望してる
コロニーだけで自活できるようになって地球が中心じゃなくなると、Vガンダム以降みたく地球連邦が衰退しコロニー国家の台頭を抑える力もなくなり、シャアやハサウェイのテロの建前の目的が勝手に叶うの寂しいよな。
なんとなく納得感ある。真実かどうかは誰にもわからないが大変興味深い。
誰が言ったか、逆ギレのシャア
いわんや
いわゆる「上下(かみ・しも)の法則」ね。Vガンダムでも演出家に法則をキッチリ教え込んでいた。ジンバ・ラルのネタはちょっと安彦オリジンの解釈寄りかな
シャアが思想家2世ってのはかなり面白い点
ナナイが一番心髄ついてて「ただアムロを見返したくてこの作戦を思いついた」それだけ。最後、アムロとシャアのぶつかり合い時に発生した感応波でネオジオン兵にもそれが伝わったからこそ、あの協力があると思った。
ニュータイプは明らかにアーサー・C・クラーク的な人類の進化を意識してるので、最後は未知の力=人類のポテンシャルが解放されたという所がポイントで、シャアとアムロは従属的な要素(触媒・キッカケ)に過ぎない
地球の重力かな?
ファーストでニュータイプの理想を描き、Zではその挫折が描かれたと思ってるけど、なるほど逆シャアの解釈次第で、シャア自身がその象徴になるわけか。面白いなぁ。
シャアは「俺は何やってるんだろう」と思ってるんだけど周りは「もっとやれ!」と言っててアムロだけが「お前は何をやってるんだ」と言ってくれるからアムロに甘えてるだけ。酒飲んで殴り合ってるのとだいたい同じ。
この感じで次回に続くのかとも思ったし、なんか古の個人サイト見たいな文章でおもしろいな。
長い。読書感想文に「あらすじを書かない」って言われてない?シャアはオールドタイプなんだよ。ニュータイプ同士なら何で最後アムロが必死で「喋って」るんだよ。通訳して欲しいけどサイコパス強化人間しかいないし
シャアさん、大変だったにゃ!ボクも辛いことあったら、ゴロゴロして甘えて解決するにゃ!みんな仲良くしなきゃダメだよにゃ!
「ほいほい子供を拾ってくる。そして、特に面倒はみない。」そういやそうだな。
シャア、基本的にやりたくない役背負わされる運命にあるから「クワトロ時代が幸せそう」「オリジンで土木作業してるときが楽しそうでいい」とか言われるよね。
id:IndigoBlue_Bird さんのブコメを読んで、シャアはジュドーとも組んでたら絶望することはなかったんだろうなと思う(まあそこでメタ的にZZという作品の富野の中における位置づけとかも絡みつつ)
えらい面白く読んでしまった。富野監督が本当にそういう考えで作っていったのでは無いか、という説得力を感じた。
学習研究シャア!というわけでシャアは学研に逆襲していたということがアジの干物占いによって出ました。
富野監督がちゃんと考えてるのは同意なんだけど逆シャア本で庵野氏から「~という台詞は」って言われて「シャアがそんなこと言ってたの?それいいね~!」ってはしゃいでたからある程度のライブ感はあると思ってる
富野は考えてるとしてもシャアはそこまで考えてないと思うよ
周りにいいように使われてしまった大人が「違うやい俺はそんなんじゃないやい」って駄々こねてるやつでしょ
やっぱクェスって重要だよね。川村万梨阿に無駄なキャラやらせるワケないんだ/ハゲの悪いトコは興行的に振るわなかったら後からグチグチと後付け設定して作品を書き換えようとするトコじゃ?あと愛人キャラの多さ
”ほいほい子供を拾ってくる” シンタとクムも強化される可能性があったのかしら.. /. id:natu3kan サイド共栄圏構想も結局フロンタルの奮闘関係なくVの時代にそうなっちゃったよね、という
読み応えがあっていい。映像のみから解き明かすというのは、アニメの考察として正しいと思う。富野監督の小説ならまだしも、他作家の作品も含めると、それほもう考察としてはインチキ臭くなってしまう。
文章のテンポ良すぎ
『評伝シャア・アズナブル《赤い彗星》の軌跡 』という本を読んでみるといい
そう考えると赤いガンダムに乗って緑のおっさんとマヴしながら無双しているシャアは何を考えているんだろう。ジンバラルの呪いからは解き放たれたのだろうか。
シャアは自身が覚醒しかけのオールドタイプで、人類の革新の可能性を垣間見たものの、皆がその先に行けるビジョンを持てない。/未来を垣間見たアムロは人類の革新を確信するが、そのビジョンをシャアと共有できない
小説版も読もうぜ!
初めて逆シャアを観た時は「なんやこいつ…」と思ったけど、最近ゼータまで観直してこの人はもう一回子ども時代をやり直さないと愛を受け取るバケツに穴が空いたままやろなあ…としみじみしたところだった
シャア、悲しき男よ。それだけに惹かれる
ガルマとかジンバとかのくだりは非富野ガンダムに引き摺られてるけど大丈夫?安彦のはパラレルやぞ
40年近くずっと語られててまだ味がするシャアは凄いな
https://support.google.com/webdesigner/thread/338599248?hl=en&sjid=1752146676248713529-NC
野心的になりすぎて人類を導ける器じゃなかったね。シャアが地球に逆襲した理由はZガンダムのダカールの演説を読めばその思想が良くわかる。
イデよろしくおハゲ様の御心を我々凡人ごときが推し量ることなどできないのだ。さておき、シャアはアムロと違って実はララァの声が聞こえたことがなかったのでは?という説が好き。確かに直接聞こえた描写は無さげ
“シャアラストシーン解説① 君は、シャア”
こうして読むとシャアはまさに今の加速主義だな。ゲバラみたいに早死にしてれば革命家と讃えられた。あと逆シャアのネオジオンは、ギュネイの姿とか「ルサンチマンの思想・反体制としてのファシズム」がすごくリアル
逆シャアの後の物語というとトワイライトアクシズというアクシズを探査してササビーの残骸を見つけ出す作品が有るんですがこちらは別に観なくてもいいです
逆襲のシャアの小説版読んでないのか? 徳間版だと「私はお前と互角に戦いたかっただけだ」ってシャアがアムロに言ってるよ。1st小説の「密会」でも描写あるが、シャアは基本的に戦いたいだけの男だよ
“ここでアムロは常に強者のポジションにいる。映像作劇法には、上手側、下手側の原則があって、画面右側にいるのが強者だ”
オイディプスコンプレックス抱えてそうな自民党の世襲政治家等が、社会に対する復讐のような「改革」を繰り返しながら、建前を延々と保留し続けてきたこの四半世紀を、この辺の心理と重ね合わせて見てきた感。
コンテは情報の塊だからね。それを読み取る方にも同じぐらいの知識と思考力が必要。
考査おもろかった