山口さんは誠実だと思う。しかしそれにしても産経新聞社の電子媒体で批評されたく無いとは思うのよ。私は。産経系列さんは基本的にスタンスがあるのでそれをキープするのがよろしいかと(Westは違うが)
この小泉今日子と山口一郎を対比して記事にしちゃいかんのでは。対比したらどうしたって「あっち側」と「こっち側」の代表に見えて分断を煽るでしょ。小泉も山口もそんな事は望んでないよね
“みんなの気持ちを代弁するのが仕事”イタコかな(´・_・`)
一個の人間としてではなく、拡声器の役割をミュージシャンに求めてるのがクソだと思うよ。
山口の発言を引用するなら切り抜き動画じゃなく一次ソースたる公式動画なんじゃないの?長尺動画見る手間が惜しいのか?
思想の左右に関係なく「なぜあなたはぼくの腹話術人形になってくれないのか」と言うようになったらその関係は健全ではない。自他境界がバグってる
記事は半分、「表現」と「商品」とを混同してるかもしんないですね。そういう中途半端さや半可通な感じって人を動かしやすいですしね。記事を出す立場がよほど美学で自らを縛っていないと、それはそのままになるね。
「反戦」というかセックスの話みたいだけどな。すればいいと思うけど。
小泉今日子さんも山口一郎さんも、どちらも好き。どちらも正しい。と言いたくて、言える場を探したらここだった
https://twicchaga.blog.jp/archives/47099355.html 小泉今日子氏を小泉さんと呼ぶ(のは後輩芸能人のみ)ということでコントみたいな事象が発生
芸能人が反戦や護憲を訴えたら"安易な正義"らしい。黙らせようとする圧力半端ないな
個人的には、政治への言及を求めてるんじゃなくて、単に自己主張してほしい感じ。"アーティスト" と呼ばれる立場なら。
もはや芸能人らに託さなくとも表現できる時代になっている。ボカロを使って反戦ソング作って公開したって良いんだよ。リスクや手間を他人に押し付ける必要がない。
分断に見えるかな。自分は記事を読んで誠実だと思ったけども。 / 自分が好きなアーティストも直接的ではないけど思いは伝わってくることが多いからこれでいいと思う。/ もちろん行動に移す人もすごいなと思いながら見
“霞蓮刃(かれん・じん)産経デジタル zakⅡ編集部” webとはいえ、サンケイの記者って匿名で記事書くんだ
山口二郎かと思った https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mainichi.jp/articles/20260427/k00/00m/010/215000c
曲でも発言でもめちゃくちゃ政治を口に出すタイプのアジカン後藤氏すら「《もっと政治的な事を表明しろ》と強制するのは違うだろ」、という姿勢だったのを思い出す。https://www.j-cast.com/2026/04/30514251.html?p=all
よいのでは。本業以外にしたいことがある言いたいことがあるという人がすればいい。どうせ小泉なんか歌下手なんだし。
( パルコ劇場かな、観劇にいらしたらしい姿を拝見したとき、顔の小ささにビックリした記憶 )
あまり本筋とは関係ないけど途中で出てくる渡辺満里奈のエピソードがじわじわ来る。
チュニドラも5位との分断がだいぶ解消されてきたから順位がもっと上がってきたらなんか変わるやろ。(てきとう)
山口一郎を産経が取り上げるのは許してやってや オールナイトニッポンの火曜のレギュラーなんだよ
すべてを相対化する進撃の巨人でも、唯一ほぼ絶対的な悪として描かれたのは他人を自分のイデオロギー上のコピーにすること。人類を絶滅させることよりそれを悪においた。
「やられる前にやっちまえ」「奪った奴らに正義の鉄槌を」「お国ために血を流して守り抜け」というメッセージに対して反対を言うのはできる。どう平和を守るかはともかく、ここにNOをだすのはためらわなくてよいと思
山口のスタンスは真摯で誠実だと感じた
なーにが「どちらが正しいか、ではない」だ(読点がまたムカつく)。小泉今日子を能天気扱いして小馬鹿にしてるのは明白。しかも時系列を逆にして山口一郎の片言隻句を牽強附会する小狡さ。当に産経の遺伝子。
アーティストなんだし、格好だけで語って、格好良い・悪いの問題でも良いとは思うけどね。池上さん的な政治解説者を期待してるわけじゃない。小泉今日子はかっこいい、だけでも十分だろう。
この記事は明確に小泉今日子批判だと思う。彼女は「わからないからこそ、安易に叫ばない」ではなくて「わからないのに叫んでる」ように感じる。今我々に必要なのは拙速な判断よりも熟考ではないか?と常々思ってる。
「反対を叫ぶのはたやすいが、その先の解決策を持ち合わせない者が、大衆を扇動することへの恐怖」素人の考えた解決策にどんだけ意味があるんだよ。両論表記のようで反対派の口を封じる卑劣さ。
「知識がないから安易には意見出来ない」、誠実な態度だ。が、それを影響力のある人が発言することで口をつぐむ人達は少なくないと思うと、保身にも似た不誠実な態度にもみえる。
公認とはいえ切り抜きチャンネルを取り上げるのはメディアとしていかがなものか。ハマダクションはほぼ公式みたいなものだけど。
義務のわけないだろう。山口氏は現状のリアルを率直に表現することで十分すぎるほど責任(そんなもの本当にあるのかはさておき)を果たしていると思う。
最後の締めがなんかね。どちらかが正しいという意図のもとの記事なのは明らか。個人的にはどちらのスタンスの人がいても良いのでは。
今のファン層の状況で、あえて思想を見せるスタンスでファンが増える人と減る人がいると思うので、戦略の違いかなと。
あ、そういう感じなんだ。
「『これはダメだ』と思う。でも、『じゃあどうしたらいいの』と言われたら、俺は答えられない。答えられないから、『ダメ』と言えない」「これ=戦争」なら戦争はダメと言えない理由ってなんだろう。
相手に興味も無いくせに、「有名なんだから俺らの宣伝塔になれ」と迫るファシスト共がクソってだけの話だよ/左派共がこれに反発するのは、「お前は自分の考えなんて持たず我々の正義に唱和しろ」が基本姿勢だから
被害者であるウクライナに戦争止めろとは言えないが開戦に関してはほぼ全てに反対できる。言葉の綾でしかないかもしれないがラインの違いは大事だと思う。なので反戦は表現で開戦への反対は義務。
ミュージシャンに政治的発言を強いる風潮に疑問というのは本当にそうだと思う。方や僕は芸人がコメンテーター気取りで政治的発言をしたがるのも疑問。笑いで世界を平和にすりゃいいのにって思う
天野春子は絶対。言いたいことは何を言ってもいい。誰と付き合っても良い。
山口氏は誠実。ミュージシャンの拡散力は音楽によるものであって、政治的知見によるものではない。政治的発言をしたいなら、拡散力のない裏垢で他の素人同様にやるべきで、無責任な拡散はやめるべき。
例えばU2やオシムの反戦をネットの批評家「程度」が批判をしたとて返り討ちに遭うのは当然。逆に言えばそう言った強靭なバックボーンがない「反戦」にどれほど意味があるのかとそれでも続けることの必要性と。
全員が「戦争は嫌だ」と思っている日本社会で反戦を唱えるのは無意味。アメリカやイスラエル、ロシアで言うなら分かるけど。ましてや「高市やめろ」「改憲するな」などまったく意味不明。バカげている。
勉強する必要も叫ぶ必要も無い。不見識は不見識なりに、日々の生活で生じる肌感覚の違和感をつぶやくように唄うのもミュージシャンの表現活動のひとつではないか
そもそも、反戦は義務か表現か、という見出しがおかしい。好戦は義務か表現かという問いかけをするのかよ/見出し差し替えたな。義務か表現か→扇動か誠実さか
ミュージシャンが政治を語ろうが語らないだろうがほっとけよ。気に入らなかったら勝手に距離を置け。それだけの話。海外でも表現という行為自体をコントロールしようとする輩多いんだよな
山口一郎さんはリアリストだから。中日ドラゴンズの事になるとロマンチストだけど。
キョンキョン他現在の政治に危機感、不満を感じて発信する人は自身の意思と覚悟を持って言われている以上はそれを否定しない/一方で気に入らない意見を言う対象にレッテルを貼り否定する行為は認めない/個人の自由
義務か表現って、思想なんだからあくまでも表現だよって書こうとしたら本文の見出し変わってて草。で、今度は煽動か誠実さかって、芸能人発言にキャッキャウフフしとる連中が本文でも表現されてるんだから煽動やろ。
しかし高市自民党の歴史的圧勝は憲法改正の現実度を高めてしまった。最短で一年以内に国民投票があり得る。そうなったときに「自分はバカだから、政治のことはわからない」でいいのだろうか?
山口氏はドラゴンズや音楽業界やドラゴンズや音質やドラゴンズについては熱く語る人なんだから
音楽は、プロパガンダのツールになる。 それは避けられないだろう。だが、その事について、音楽の中の人による反省はあって良い。
そもそもの前提として、政治家であろうと音楽家であろうと積極的に戦争をしたい人間はそうそうおらんやろ。「反戦を訴えない」⇒「戦争容認」と捉える側のロジックがおかしい
ぶっちゃけて言えば、芸能なんて平和の余力の中で生きる業界だから、「戦争反対」の空気に敏感なのは解る。まぁオイラは勉強しろとは言わない主義だから、上っ面だけで平和訴えられるのも、困りものだけどね
「誰も意見表明を強制されるべきではない」と「ファンが尊敬するスターがある問題についてどう考えるか知りたいので、意見表明を求める」のは両立するんじゃないかな。
国際法の基本原則(国連憲章第2条4項)で他国に対する武力行使が原則として禁じられている。例外は武力攻撃を受けた時と国連安保理で容認された場合。難しいなんて言うのは意味わからん。人として生活できてる?
専門外とかバカとか言うけど、「愛」の歌は専門で熟知してるから歌ってんのかな
小泉今日子の武道館に行った。アンコール前の最後は爆風スランプ「東の島にブタがいた vol.3」のカバーだった。当時も聴いていたしキョンキョンも昔からカバーしているんだけど、いまは全然リアリティが違うのが悲しい
少なくとも反戦=高市政権批判ではないのでそれを一緒に掲げているとしたら扇動の類い。 はてブサヨ達、竹島を占領した韓国や尖閣沖で領海侵犯する中国よりも自民党政権が大半を占める日本は平和志向だよね。
そもそもアメリカが分断したのはアーティストが政治的発言するからだと思うよ。右左それぞれ過激になって、実際になしとげてるのは戦争と分断だけじゃない? アメリカ。名誉アメリカ人君はそこ真面目に考えて。
清水ミチ子の替え歌も「笑った・うまい」はその通りだけど「カッコいい・芸人はこうあるべき」みたいな感想はなんか危うい/てか、『〜なら〜であるべき』という強制するような意見は令和世代にはまず嫌われると思う
まあ表現することはもちろん自由だけれど、誠実でありたいなとは思う。
"山口の言葉は、複雑怪奇な国際情勢を「戦争反対」という四文字だけで総括しようとする世間の空気に冷や水を浴びせ(略)「誠実な戸惑い」を代弁した" 山口は「戦争反対」を小馬鹿にする歌手の文脈で担ぎ上げられてる。
「反戦は賛成だが、お前が嫌い」じゃ、いかんのか?「◯◯の音楽は好きだが、信者連中が嫌い」って常々言ってる界隈なのに
どっちも誠実じゃん。対比するようなものじゃない。
左翼は、右翼に自分の武器を取られる未来まで見据えないと。キャンセルカルチャーがそうなったように、「反戦は義務」は「戦争賛美は義務」まであと一歩だよ。自滅行為。
何も語らないのも政治的主張の一つだと思っているので、アーティストは好きな選択をして欲しい
小泉今日子って、義務で「反戦」やってるの(反語)?義憤かもしれないけれど(個人の推測)。
"どちらが正しいか、ではない"、と記事でも明言していますし、私もそう思います。
山口一郎 棍棒にして 小泉今日子を殴ってる記事です
両者共スタンスの違いこそあれ勇気ある行動には感心するしかない。この心意気が世論に潰されることのないよう祈りたいと思う
著名人が政治的メッセージを発信しようがしまいが各々次第やん。発信しないことに対して不満を投稿すんのは意味不明だし、発信した内容ではなく発信した事実をディスるのも意味不明。「影響力」あるか?ないない
政治を勉強すべきなのは「ミュージシャンなら」じゃなくて「人間なら」でしょう。山口一郎( 札幌第一高等学校卒業45歳。父は元小樽市議会議員)さん。
「不勉強なりに発言すればいい」って言ったその口で「不勉強なら黙れ」って言うやつ山ほどいるからな。実際は「(俺と同じ意見なら)不勉強なりに発言すればいい」でしかない。アーティストは結局ぬいペニ。
これ書いてるのバリ右に偏った産経のベテラン記者で、何故か実名ではなくペンネーム使ってある種の“経歴ウォッシュ”してこの人が過去にどんな記事書いたか調べられなくしてるね。
(自他の区別がなく他者有名人の言う「自分はわからないしわからないからなにもいえない」を「分断」やら「両論表記のようで反対派の口を封じる卑劣さ」と感じちゃう日本左派の全体主義文化の被害妄想)
糸井を叩いておけ
もはや一職業でしかないのに、大便者おーっと代弁者としての立場や、逆にそういうのは表明すべきでないッと特別を求めるのが謎 表現者として法律家として経理屋としてスポーツ選手としてどうですか
反戦に同意して意思表明しないなんて「人としてどうなの?」的な人間が思ったよりもカナリ多い状況だからなぁ。。中学生的ではある。
アメリカはこの種の「お前はどっちの陣営なんだ!?沈黙は利敵とみなす!!」文化のせいで、コミュは荒れ果て分断が致命的になったんよ。それをそんなに輸入したいのかね?
ジョンレノンのように歌えたらかっこいいけど。オノ・ヨーコさんのようになったら痛々しい。忌野さんはかっこいいけど高橋マコトはダサい。kyon^2さんはどちらかというとダサいですよ(´・ω・`)
平和の本質は「戦争について考えないことが許されることにある」と言ってた東浩紀の意見(https://blog.tinect.jp/?p=90978)に賛同する
好きなアーティストが自分の思想的に真逆を語るとき、そう言う意見もある、という態度を我々がとれるかな?
右が語る愛国のように左が語る戦争反対も方法論の違いを認めないからね。中途半端にアーティストが表現したところで誰かの棍棒として利用されるだけ。
“複雑怪奇な国際情勢を「戦争反対」という四文字だけで総括しようとする世間の空気に冷や水を浴びせ”山口一郎はそんなことしてないよ。記者がこの二人を持ち出して自分の思想語ってるだけの記事だった。
今までのファンの多くを失い、リカバーも軌道修正も出来ないリスクを背負ってまでやるかどうかという話。要求側はリスクを一緒に負ってはくれない。小泉今日子は余生モードに居るから低リスクなだけの話
ベテラン記者が別名義でミュージシャンたちを批評しながら反戦平和を考察しているのがダサい。表現としてものすごくダサいと思う / 先の開戦を煽ったのは報道機関
煽動をもっぱらにするメディアに「煽動」と指摘されるのは勲章。
>>専門外とかバカとか言うけど、「愛」の歌は専門で熟知してるから歌ってんのかな←←このコメントに同意したい確かになと、山口一郎は聞かれたらなんて答えるのかなw専門家なので歌ってますと答えるのだろうか
作品として昇華してくれるならともかく、関係ないところで喋ってるの単に知名度生かしたトークでしかないからなあ
タレントの政治発言が危険なのは「見識の低さ」と「影響力の大きさ」のコラボだってこと。小泉今日子も「キョン2の言うことだから」『だけ』で賛成する層が一定数確実にいることを自覚すべき。
"「愛」の歌は専門で熟知してるから歌ってんのかな"←パーソナルかつパブリックな題材とパーソナルな領域に留まる題材の区別がつかない人の雑なコメント
zakzakなつかしいな
小泉今日子はガチの共産党支持者だからね、産経系なら批判的に書くよね。ちゃんと勉強して発言してるわけでは無いんで、浅く見えちゃうのはしょうが無いとおもうけど。
「みんなの気持ちを代弁するのが仕事」芸術やアートに対する根本的な考え方が違いすぎるから 小泉とは全く話ができないんじゃないかな。
イラン以外の戦争が、核兵器手放したウクライナにロシアが侵攻、ハマスが平和を願う野外音楽祭を襲撃し多数を殺害・人質として連行、自称リベラルが言う「反核反戦歌えば平和」にならなかった現実があるからな
ドラゴンズ支持発言ダサい
「平和とは、戦争について考えないことが許されること」(東浩紀)で連想するのは、ケイン樹里安の『マジョリティとは、差別や貧困について気にしなくて済む特権がある人のこと」 https://note.com/julinote/n/n1e83b80755cc
最低限ウクライナの現状と、中国の台湾侵攻についての態度を明瞭にしない反戦など、無意味どころか有害なプロパガンダに過ぎないよ
キョン2より年下の俺でも戦争には嫌悪感がある。幼少期に繁華街で物乞いする傷痍軍人であろう人などを目の当たりにしていた世代なんや。人の世から戦は無くならないが、だからこそ反戦の声は挙げ続けなアカンねん。
「軍隊は戦争を起こす」なら、中韓も警戒すべきだが、護憲派は「中国は冷静」と中国批判しない。つまり「中国人は信用できるが日本人は信用できない」と言ってる差別主義者。クルドを犯罪者扱いする連中の同類。
「俺の気に入らない表現はするな、黙ってろ」という表現の自由の敵。なぜか表現の自由戦士さんたちはこういう人には噛みつかない。
反戦と反社をごちゃ混ぜにして論じる人もいたり、少し前のミュージシャンは表現をぼかした歌詞の曲が多い気がする。あえてイデオロギーには踏み込まないで発禁にならない歌だった。反原発ぐらいかなだめそうなのは。
戦争を起こさせないという目的は同じで手段が異なってるだけだから「戦争反対」までは言えるのでは。否応なく政治には参加させられてる。勉強しててもしてなくても意見は言っていい。そこで非難でなく議論をしたい。
なんでこういう人達って左翼に流れるんだろう?もともと阿呆なん?
私の気持ちは山口さんの立場に近いけど、キョンキョンを始めある一定以上の年齢になるとこれまでは黙ってたけど今ハッキリ言っとかないと…という焦りみたいなのが出てくるんじゃないかとは思う
なんだZAKZAKか
自分の意見は政治的であるか否かを問わず他人に強制されるものではない。一方、「反戦」を目の敵にする人々は、自分が戦争で殺されたり、自分の大切な人が殺されたり、他人を殺したりする事に思い至らぬ大馬鹿者。
山口一郎のは、正解を当てたいだけって感じがする
扇動って「大衆は馬鹿」と言ってるようなもんだよね
人には各自事情があるから無理に意見表明しろとは言わないが、主権者が「自分はバカだから、政治のことはわからない」と言って恥じないのはキツイ。動物農場のボクサーじゃん。それを称賛する産経もやばい。
「戦争反対」程度の素朴なアティチュードにここまで自己存在を脅かされる状態なのであれば、フジサンケイはとっとと消滅するか、HANADAに吸収されたほうがマシなのではないか。
あの人らの言う反戦に賛同しろは十五円五十銭言ってみろみたいなもんで言葉通りの意図の問いかけではないよね
小泉今日子や山口一郎と並べたとき、霞蓮刃は誠実な表現者と呼べるだろうか。https://www.zakzak.co.jp/author/zakzak-jin-karen/
僕は小泉今日子の「反戦歌集」がほしいです。ぜひともリリースしてほしい。というか、現状を踏まえた反戦歌集ってまだコンピでも出てきてないんだよね。コロナのときと比べると行動が鈍い気がする
それぞれの場所で感じている言葉で話せばいいでしょ。比較して「扇動か誠実か」とか構図をつくるメディアがクソという話。
音楽家の中にも愛国者はいるはずだ。政府は彼らに愛国精神発揚のための楽曲を委嘱するべき。それとともに憲法21条を廃止して反戦運動集会には解散を命じることができるようにするべき。頼むぞ高市さん。頼むぞ自民党
「政治発言しない」は、批判を封じ込めるものとして機能するから、実はぜんぜん非政治的でもないし、中立的でもないんですよね。政治的に透明なつもりで、実はバリバリ思想の強い政治的発言。
アーティストに限らず、生きるというのは政治的なことなので、自分の生活の延長にある課題を訴えることは十分に政治的だし、そこに求められているのは専門性ではなく人間性ではなかろうか。
産経らしい自民党の政治家以外は政治に口を出すな、という記事。とっととつぶれろ!
人によって意見は違うし、意見の表明の仕方も違うということさえ了解しない人が同じ口で民主主義守れだのと言う。お前が本当に好きなのは全国民が揃ってシュプレヒコールをあげる全体主義だろ
芸能人、売れなくなったら左寄る、とはよく言ったものだと思う。あと創◯学会もね。確率論では事実ではないだろうが目立っちゃう感じかな。
タイトルの「「反戦」は扇動か誠実さか?」で“なぜその二択。普通に考えて主張だろ”と思ったので読んでない。
山口一郎は戦争なんて無い方がいいに決まってるじゃん、そんな事で叩かれる今の世の中が異常とも言ってたな。
山口一郎に対する否定的な意見ではないつもりだし論旨とずれるけど、おそらく彼が敬愛しているであろうテクノ・ハウスにある言葉を載せないレベル・ミュージックの側面をどう捉えているかは少し聞いてみたいと思った
その二つの意見は対立しているだろうか?
ミュージシャンに政治的発言を強いる風潮なんてあるんだ?
意見が違うと人格攻撃が始まる現代の性質では正しい反応が存在しない。
「無知だから語らない」という言葉をアーティストが公に言うことが政治的影響力を発揮する明確な政治的発言だよ。これを謙虚や誠実と受け入れる人は反戦運動を傲慢と捉えてないか。また黙ることを押し付けていないか
著名人が政治的発言をすると周りにイデオロギー似た少数派が集まってきて拍手喝采するからね 客観的にどう見られてるか見えなくなり発言もどんどんエスカレートする ラサールだってちょっと前までああではなかった
フレンドリーやmultiple exposure、それにエンドレスといった曲たちは、バランスを崩した平和や社会に対する感覚にしっかりと支えになっている。炭鉱のカナリアとしての役割をこんなに果たすアーティストはあまりいない。
腹話術人形と揶揄する人たちが求めているのは「何も喋らない可愛い人形」なんだよな
そもそも山口の反応は小泉のライブじゃなく「ミュージシャンなら政治を勉強しろという意見」に向いていて、この2人は背中合わせになって反対方向にある別の課題にそれぞれ反応してるだけで、意見はぶつかってない
「義務」って言葉に批判があったからサイレントでこっそりタイトル修正した? 『「反戦」は義務か表現か。小泉今日子の“熱狂”と山口一郎の“誠実な戸惑い”』 だったよね、最初は。
二元論に仕立て何をしようというのか?分断して消耗させる気か?
「反権力」は音楽の一つのジャンルだと思うけど、その種の音楽は興味ありませんって感じなら、その程度のミュージシャンなんでしょ。
日本で政治的発言が少ないのは、一度発言すると、政治的発言を殊更求めるヒト達が二回目三回目を要求し自由にさせてくれないから。政治的発言を求めるヒト達の振る舞いが政治的発言への忌避を生んでて、自業自得なの
「反戦の歌を」って主張に嫌悪感があったけど、少しわかった気がする。これは感情的かつ熱狂的に考えるべき問題じゃない。誰もが冷静になって考えるべき問題だ。歌でそれが変わることも、変えようとするのも筋違いだ
難しい問題、徴兵制が健在だった1960年代は戦争=レコードを買ってくれるファンが戦場に行く事だったからこそ反戦歌を歌うミュージシャンが多かった、今とは前提が違うhttp://blog.livedoor.jp/brothertom/archives/63042869.html
山口さんは「俺はバカだから、戦争反対と叫ぶだけでいいのかどうか分からない。政治的態度を明確にしろと言われるのもムカつく」という曲を作ればいいんだよ。
「反戦」は義務か表現か。小泉今日子の“熱狂”と山口一郎の“誠実な戸惑い”(1/5ページ)
山口さんは誠実だと思う。しかしそれにしても産経新聞社の電子媒体で批評されたく無いとは思うのよ。私は。産経系列さんは基本的にスタンスがあるのでそれをキープするのがよろしいかと(Westは違うが)
この小泉今日子と山口一郎を対比して記事にしちゃいかんのでは。対比したらどうしたって「あっち側」と「こっち側」の代表に見えて分断を煽るでしょ。小泉も山口もそんな事は望んでないよね
“みんなの気持ちを代弁するのが仕事”イタコかな(´・_・`)
一個の人間としてではなく、拡声器の役割をミュージシャンに求めてるのがクソだと思うよ。
山口の発言を引用するなら切り抜き動画じゃなく一次ソースたる公式動画なんじゃないの?長尺動画見る手間が惜しいのか?
思想の左右に関係なく「なぜあなたはぼくの腹話術人形になってくれないのか」と言うようになったらその関係は健全ではない。自他境界がバグってる
記事は半分、「表現」と「商品」とを混同してるかもしんないですね。そういう中途半端さや半可通な感じって人を動かしやすいですしね。記事を出す立場がよほど美学で自らを縛っていないと、それはそのままになるね。
「反戦」というかセックスの話みたいだけどな。すればいいと思うけど。
小泉今日子さんも山口一郎さんも、どちらも好き。どちらも正しい。と言いたくて、言える場を探したらここだった
https://twicchaga.blog.jp/archives/47099355.html 小泉今日子氏を小泉さんと呼ぶ(のは後輩芸能人のみ)ということでコントみたいな事象が発生
芸能人が反戦や護憲を訴えたら"安易な正義"らしい。黙らせようとする圧力半端ないな
個人的には、政治への言及を求めてるんじゃなくて、単に自己主張してほしい感じ。"アーティスト" と呼ばれる立場なら。
もはや芸能人らに託さなくとも表現できる時代になっている。ボカロを使って反戦ソング作って公開したって良いんだよ。リスクや手間を他人に押し付ける必要がない。
分断に見えるかな。自分は記事を読んで誠実だと思ったけども。 / 自分が好きなアーティストも直接的ではないけど思いは伝わってくることが多いからこれでいいと思う。/ もちろん行動に移す人もすごいなと思いながら見
“霞蓮刃(かれん・じん)産経デジタル zakⅡ編集部” webとはいえ、サンケイの記者って匿名で記事書くんだ
山口二郎かと思った https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mainichi.jp/articles/20260427/k00/00m/010/215000c
曲でも発言でもめちゃくちゃ政治を口に出すタイプのアジカン後藤氏すら「《もっと政治的な事を表明しろ》と強制するのは違うだろ」、という姿勢だったのを思い出す。https://www.j-cast.com/2026/04/30514251.html?p=all
よいのでは。本業以外にしたいことがある言いたいことがあるという人がすればいい。どうせ小泉なんか歌下手なんだし。
( パルコ劇場かな、観劇にいらしたらしい姿を拝見したとき、顔の小ささにビックリした記憶 )
あまり本筋とは関係ないけど途中で出てくる渡辺満里奈のエピソードがじわじわ来る。
チュニドラも5位との分断がだいぶ解消されてきたから順位がもっと上がってきたらなんか変わるやろ。(てきとう)
山口一郎を産経が取り上げるのは許してやってや オールナイトニッポンの火曜のレギュラーなんだよ
すべてを相対化する進撃の巨人でも、唯一ほぼ絶対的な悪として描かれたのは他人を自分のイデオロギー上のコピーにすること。人類を絶滅させることよりそれを悪においた。
「やられる前にやっちまえ」「奪った奴らに正義の鉄槌を」「お国ために血を流して守り抜け」というメッセージに対して反対を言うのはできる。どう平和を守るかはともかく、ここにNOをだすのはためらわなくてよいと思
山口のスタンスは真摯で誠実だと感じた
なーにが「どちらが正しいか、ではない」だ(読点がまたムカつく)。小泉今日子を能天気扱いして小馬鹿にしてるのは明白。しかも時系列を逆にして山口一郎の片言隻句を牽強附会する小狡さ。当に産経の遺伝子。
アーティストなんだし、格好だけで語って、格好良い・悪いの問題でも良いとは思うけどね。池上さん的な政治解説者を期待してるわけじゃない。小泉今日子はかっこいい、だけでも十分だろう。
この記事は明確に小泉今日子批判だと思う。彼女は「わからないからこそ、安易に叫ばない」ではなくて「わからないのに叫んでる」ように感じる。今我々に必要なのは拙速な判断よりも熟考ではないか?と常々思ってる。
「反対を叫ぶのはたやすいが、その先の解決策を持ち合わせない者が、大衆を扇動することへの恐怖」素人の考えた解決策にどんだけ意味があるんだよ。両論表記のようで反対派の口を封じる卑劣さ。
「知識がないから安易には意見出来ない」、誠実な態度だ。が、それを影響力のある人が発言することで口をつぐむ人達は少なくないと思うと、保身にも似た不誠実な態度にもみえる。
公認とはいえ切り抜きチャンネルを取り上げるのはメディアとしていかがなものか。ハマダクションはほぼ公式みたいなものだけど。
義務のわけないだろう。山口氏は現状のリアルを率直に表現することで十分すぎるほど責任(そんなもの本当にあるのかはさておき)を果たしていると思う。
最後の締めがなんかね。どちらかが正しいという意図のもとの記事なのは明らか。個人的にはどちらのスタンスの人がいても良いのでは。
今のファン層の状況で、あえて思想を見せるスタンスでファンが増える人と減る人がいると思うので、戦略の違いかなと。
あ、そういう感じなんだ。
「『これはダメだ』と思う。でも、『じゃあどうしたらいいの』と言われたら、俺は答えられない。答えられないから、『ダメ』と言えない」「これ=戦争」なら戦争はダメと言えない理由ってなんだろう。
相手に興味も無いくせに、「有名なんだから俺らの宣伝塔になれ」と迫るファシスト共がクソってだけの話だよ/左派共がこれに反発するのは、「お前は自分の考えなんて持たず我々の正義に唱和しろ」が基本姿勢だから
被害者であるウクライナに戦争止めろとは言えないが開戦に関してはほぼ全てに反対できる。言葉の綾でしかないかもしれないがラインの違いは大事だと思う。なので反戦は表現で開戦への反対は義務。
ミュージシャンに政治的発言を強いる風潮に疑問というのは本当にそうだと思う。方や僕は芸人がコメンテーター気取りで政治的発言をしたがるのも疑問。笑いで世界を平和にすりゃいいのにって思う
天野春子は絶対。言いたいことは何を言ってもいい。誰と付き合っても良い。
山口氏は誠実。ミュージシャンの拡散力は音楽によるものであって、政治的知見によるものではない。政治的発言をしたいなら、拡散力のない裏垢で他の素人同様にやるべきで、無責任な拡散はやめるべき。
例えばU2やオシムの反戦をネットの批評家「程度」が批判をしたとて返り討ちに遭うのは当然。逆に言えばそう言った強靭なバックボーンがない「反戦」にどれほど意味があるのかとそれでも続けることの必要性と。
全員が「戦争は嫌だ」と思っている日本社会で反戦を唱えるのは無意味。アメリカやイスラエル、ロシアで言うなら分かるけど。ましてや「高市やめろ」「改憲するな」などまったく意味不明。バカげている。
勉強する必要も叫ぶ必要も無い。不見識は不見識なりに、日々の生活で生じる肌感覚の違和感をつぶやくように唄うのもミュージシャンの表現活動のひとつではないか
そもそも、反戦は義務か表現か、という見出しがおかしい。好戦は義務か表現かという問いかけをするのかよ/見出し差し替えたな。義務か表現か→扇動か誠実さか
ミュージシャンが政治を語ろうが語らないだろうがほっとけよ。気に入らなかったら勝手に距離を置け。それだけの話。海外でも表現という行為自体をコントロールしようとする輩多いんだよな
山口一郎さんはリアリストだから。中日ドラゴンズの事になるとロマンチストだけど。
キョンキョン他現在の政治に危機感、不満を感じて発信する人は自身の意思と覚悟を持って言われている以上はそれを否定しない/一方で気に入らない意見を言う対象にレッテルを貼り否定する行為は認めない/個人の自由
義務か表現って、思想なんだからあくまでも表現だよって書こうとしたら本文の見出し変わってて草。で、今度は煽動か誠実さかって、芸能人発言にキャッキャウフフしとる連中が本文でも表現されてるんだから煽動やろ。
しかし高市自民党の歴史的圧勝は憲法改正の現実度を高めてしまった。最短で一年以内に国民投票があり得る。そうなったときに「自分はバカだから、政治のことはわからない」でいいのだろうか?
山口氏はドラゴンズや音楽業界やドラゴンズや音質やドラゴンズについては熱く語る人なんだから
音楽は、プロパガンダのツールになる。 それは避けられないだろう。だが、その事について、音楽の中の人による反省はあって良い。
そもそもの前提として、政治家であろうと音楽家であろうと積極的に戦争をしたい人間はそうそうおらんやろ。「反戦を訴えない」⇒「戦争容認」と捉える側のロジックがおかしい
ぶっちゃけて言えば、芸能なんて平和の余力の中で生きる業界だから、「戦争反対」の空気に敏感なのは解る。まぁオイラは勉強しろとは言わない主義だから、上っ面だけで平和訴えられるのも、困りものだけどね
「誰も意見表明を強制されるべきではない」と「ファンが尊敬するスターがある問題についてどう考えるか知りたいので、意見表明を求める」のは両立するんじゃないかな。
国際法の基本原則(国連憲章第2条4項)で他国に対する武力行使が原則として禁じられている。例外は武力攻撃を受けた時と国連安保理で容認された場合。難しいなんて言うのは意味わからん。人として生活できてる?
専門外とかバカとか言うけど、「愛」の歌は専門で熟知してるから歌ってんのかな
小泉今日子の武道館に行った。アンコール前の最後は爆風スランプ「東の島にブタがいた vol.3」のカバーだった。当時も聴いていたしキョンキョンも昔からカバーしているんだけど、いまは全然リアリティが違うのが悲しい
少なくとも反戦=高市政権批判ではないのでそれを一緒に掲げているとしたら扇動の類い。 はてブサヨ達、竹島を占領した韓国や尖閣沖で領海侵犯する中国よりも自民党政権が大半を占める日本は平和志向だよね。
そもそもアメリカが分断したのはアーティストが政治的発言するからだと思うよ。右左それぞれ過激になって、実際になしとげてるのは戦争と分断だけじゃない? アメリカ。名誉アメリカ人君はそこ真面目に考えて。
清水ミチ子の替え歌も「笑った・うまい」はその通りだけど「カッコいい・芸人はこうあるべき」みたいな感想はなんか危うい/てか、『〜なら〜であるべき』という強制するような意見は令和世代にはまず嫌われると思う
まあ表現することはもちろん自由だけれど、誠実でありたいなとは思う。
"山口の言葉は、複雑怪奇な国際情勢を「戦争反対」という四文字だけで総括しようとする世間の空気に冷や水を浴びせ(略)「誠実な戸惑い」を代弁した" 山口は「戦争反対」を小馬鹿にする歌手の文脈で担ぎ上げられてる。
「反戦は賛成だが、お前が嫌い」じゃ、いかんのか?「◯◯の音楽は好きだが、信者連中が嫌い」って常々言ってる界隈なのに
どっちも誠実じゃん。対比するようなものじゃない。
左翼は、右翼に自分の武器を取られる未来まで見据えないと。キャンセルカルチャーがそうなったように、「反戦は義務」は「戦争賛美は義務」まであと一歩だよ。自滅行為。
何も語らないのも政治的主張の一つだと思っているので、アーティストは好きな選択をして欲しい
小泉今日子って、義務で「反戦」やってるの(反語)?義憤かもしれないけれど(個人の推測)。
"どちらが正しいか、ではない"、と記事でも明言していますし、私もそう思います。
山口一郎 棍棒にして 小泉今日子を殴ってる記事です
両者共スタンスの違いこそあれ勇気ある行動には感心するしかない。この心意気が世論に潰されることのないよう祈りたいと思う
著名人が政治的メッセージを発信しようがしまいが各々次第やん。発信しないことに対して不満を投稿すんのは意味不明だし、発信した内容ではなく発信した事実をディスるのも意味不明。「影響力」あるか?ないない
政治を勉強すべきなのは「ミュージシャンなら」じゃなくて「人間なら」でしょう。山口一郎( 札幌第一高等学校卒業45歳。父は元小樽市議会議員)さん。
「不勉強なりに発言すればいい」って言ったその口で「不勉強なら黙れ」って言うやつ山ほどいるからな。実際は「(俺と同じ意見なら)不勉強なりに発言すればいい」でしかない。アーティストは結局ぬいペニ。
これ書いてるのバリ右に偏った産経のベテラン記者で、何故か実名ではなくペンネーム使ってある種の“経歴ウォッシュ”してこの人が過去にどんな記事書いたか調べられなくしてるね。
(自他の区別がなく他者有名人の言う「自分はわからないしわからないからなにもいえない」を「分断」やら「両論表記のようで反対派の口を封じる卑劣さ」と感じちゃう日本左派の全体主義文化の被害妄想)
糸井を叩いておけ
もはや一職業でしかないのに、大便者おーっと代弁者としての立場や、逆にそういうのは表明すべきでないッと特別を求めるのが謎 表現者として法律家として経理屋としてスポーツ選手としてどうですか
反戦に同意して意思表明しないなんて「人としてどうなの?」的な人間が思ったよりもカナリ多い状況だからなぁ。。中学生的ではある。
アメリカはこの種の「お前はどっちの陣営なんだ!?沈黙は利敵とみなす!!」文化のせいで、コミュは荒れ果て分断が致命的になったんよ。それをそんなに輸入したいのかね?
ジョンレノンのように歌えたらかっこいいけど。オノ・ヨーコさんのようになったら痛々しい。忌野さんはかっこいいけど高橋マコトはダサい。kyon^2さんはどちらかというとダサいですよ(´・ω・`)
平和の本質は「戦争について考えないことが許されることにある」と言ってた東浩紀の意見(https://blog.tinect.jp/?p=90978)に賛同する
好きなアーティストが自分の思想的に真逆を語るとき、そう言う意見もある、という態度を我々がとれるかな?
右が語る愛国のように左が語る戦争反対も方法論の違いを認めないからね。中途半端にアーティストが表現したところで誰かの棍棒として利用されるだけ。
“複雑怪奇な国際情勢を「戦争反対」という四文字だけで総括しようとする世間の空気に冷や水を浴びせ”山口一郎はそんなことしてないよ。記者がこの二人を持ち出して自分の思想語ってるだけの記事だった。
今までのファンの多くを失い、リカバーも軌道修正も出来ないリスクを背負ってまでやるかどうかという話。要求側はリスクを一緒に負ってはくれない。小泉今日子は余生モードに居るから低リスクなだけの話
ベテラン記者が別名義でミュージシャンたちを批評しながら反戦平和を考察しているのがダサい。表現としてものすごくダサいと思う / 先の開戦を煽ったのは報道機関
煽動をもっぱらにするメディアに「煽動」と指摘されるのは勲章。
>>専門外とかバカとか言うけど、「愛」の歌は専門で熟知してるから歌ってんのかな←←このコメントに同意したい確かになと、山口一郎は聞かれたらなんて答えるのかなw専門家なので歌ってますと答えるのだろうか
作品として昇華してくれるならともかく、関係ないところで喋ってるの単に知名度生かしたトークでしかないからなあ
タレントの政治発言が危険なのは「見識の低さ」と「影響力の大きさ」のコラボだってこと。小泉今日子も「キョン2の言うことだから」『だけ』で賛成する層が一定数確実にいることを自覚すべき。
"「愛」の歌は専門で熟知してるから歌ってんのかな"←パーソナルかつパブリックな題材とパーソナルな領域に留まる題材の区別がつかない人の雑なコメント
zakzakなつかしいな
小泉今日子はガチの共産党支持者だからね、産経系なら批判的に書くよね。ちゃんと勉強して発言してるわけでは無いんで、浅く見えちゃうのはしょうが無いとおもうけど。
「みんなの気持ちを代弁するのが仕事」芸術やアートに対する根本的な考え方が違いすぎるから 小泉とは全く話ができないんじゃないかな。
イラン以外の戦争が、核兵器手放したウクライナにロシアが侵攻、ハマスが平和を願う野外音楽祭を襲撃し多数を殺害・人質として連行、自称リベラルが言う「反核反戦歌えば平和」にならなかった現実があるからな
ドラゴンズ支持発言ダサい
「平和とは、戦争について考えないことが許されること」(東浩紀)で連想するのは、ケイン樹里安の『マジョリティとは、差別や貧困について気にしなくて済む特権がある人のこと」 https://note.com/julinote/n/n1e83b80755cc
最低限ウクライナの現状と、中国の台湾侵攻についての態度を明瞭にしない反戦など、無意味どころか有害なプロパガンダに過ぎないよ
キョン2より年下の俺でも戦争には嫌悪感がある。幼少期に繁華街で物乞いする傷痍軍人であろう人などを目の当たりにしていた世代なんや。人の世から戦は無くならないが、だからこそ反戦の声は挙げ続けなアカンねん。
「軍隊は戦争を起こす」なら、中韓も警戒すべきだが、護憲派は「中国は冷静」と中国批判しない。つまり「中国人は信用できるが日本人は信用できない」と言ってる差別主義者。クルドを犯罪者扱いする連中の同類。
「俺の気に入らない表現はするな、黙ってろ」という表現の自由の敵。なぜか表現の自由戦士さんたちはこういう人には噛みつかない。
反戦と反社をごちゃ混ぜにして論じる人もいたり、少し前のミュージシャンは表現をぼかした歌詞の曲が多い気がする。あえてイデオロギーには踏み込まないで発禁にならない歌だった。反原発ぐらいかなだめそうなのは。
戦争を起こさせないという目的は同じで手段が異なってるだけだから「戦争反対」までは言えるのでは。否応なく政治には参加させられてる。勉強しててもしてなくても意見は言っていい。そこで非難でなく議論をしたい。
なんでこういう人達って左翼に流れるんだろう?もともと阿呆なん?
私の気持ちは山口さんの立場に近いけど、キョンキョンを始めある一定以上の年齢になるとこれまでは黙ってたけど今ハッキリ言っとかないと…という焦りみたいなのが出てくるんじゃないかとは思う
なんだZAKZAKか
自分の意見は政治的であるか否かを問わず他人に強制されるものではない。一方、「反戦」を目の敵にする人々は、自分が戦争で殺されたり、自分の大切な人が殺されたり、他人を殺したりする事に思い至らぬ大馬鹿者。
山口一郎のは、正解を当てたいだけって感じがする
扇動って「大衆は馬鹿」と言ってるようなもんだよね
人には各自事情があるから無理に意見表明しろとは言わないが、主権者が「自分はバカだから、政治のことはわからない」と言って恥じないのはキツイ。動物農場のボクサーじゃん。それを称賛する産経もやばい。
「戦争反対」程度の素朴なアティチュードにここまで自己存在を脅かされる状態なのであれば、フジサンケイはとっとと消滅するか、HANADAに吸収されたほうがマシなのではないか。
あの人らの言う反戦に賛同しろは十五円五十銭言ってみろみたいなもんで言葉通りの意図の問いかけではないよね
小泉今日子や山口一郎と並べたとき、霞蓮刃は誠実な表現者と呼べるだろうか。https://www.zakzak.co.jp/author/zakzak-jin-karen/
僕は小泉今日子の「反戦歌集」がほしいです。ぜひともリリースしてほしい。というか、現状を踏まえた反戦歌集ってまだコンピでも出てきてないんだよね。コロナのときと比べると行動が鈍い気がする
それぞれの場所で感じている言葉で話せばいいでしょ。比較して「扇動か誠実か」とか構図をつくるメディアがクソという話。
音楽家の中にも愛国者はいるはずだ。政府は彼らに愛国精神発揚のための楽曲を委嘱するべき。それとともに憲法21条を廃止して反戦運動集会には解散を命じることができるようにするべき。頼むぞ高市さん。頼むぞ自民党
「政治発言しない」は、批判を封じ込めるものとして機能するから、実はぜんぜん非政治的でもないし、中立的でもないんですよね。政治的に透明なつもりで、実はバリバリ思想の強い政治的発言。
アーティストに限らず、生きるというのは政治的なことなので、自分の生活の延長にある課題を訴えることは十分に政治的だし、そこに求められているのは専門性ではなく人間性ではなかろうか。
産経らしい自民党の政治家以外は政治に口を出すな、という記事。とっととつぶれろ!
人によって意見は違うし、意見の表明の仕方も違うということさえ了解しない人が同じ口で民主主義守れだのと言う。お前が本当に好きなのは全国民が揃ってシュプレヒコールをあげる全体主義だろ
芸能人、売れなくなったら左寄る、とはよく言ったものだと思う。あと創◯学会もね。確率論では事実ではないだろうが目立っちゃう感じかな。
タイトルの「「反戦」は扇動か誠実さか?」で“なぜその二択。普通に考えて主張だろ”と思ったので読んでない。
山口一郎は戦争なんて無い方がいいに決まってるじゃん、そんな事で叩かれる今の世の中が異常とも言ってたな。
山口一郎に対する否定的な意見ではないつもりだし論旨とずれるけど、おそらく彼が敬愛しているであろうテクノ・ハウスにある言葉を載せないレベル・ミュージックの側面をどう捉えているかは少し聞いてみたいと思った
その二つの意見は対立しているだろうか?
ミュージシャンに政治的発言を強いる風潮なんてあるんだ?
意見が違うと人格攻撃が始まる現代の性質では正しい反応が存在しない。
「無知だから語らない」という言葉をアーティストが公に言うことが政治的影響力を発揮する明確な政治的発言だよ。これを謙虚や誠実と受け入れる人は反戦運動を傲慢と捉えてないか。また黙ることを押し付けていないか
著名人が政治的発言をすると周りにイデオロギー似た少数派が集まってきて拍手喝采するからね 客観的にどう見られてるか見えなくなり発言もどんどんエスカレートする ラサールだってちょっと前までああではなかった
フレンドリーやmultiple exposure、それにエンドレスといった曲たちは、バランスを崩した平和や社会に対する感覚にしっかりと支えになっている。炭鉱のカナリアとしての役割をこんなに果たすアーティストはあまりいない。
腹話術人形と揶揄する人たちが求めているのは「何も喋らない可愛い人形」なんだよな
そもそも山口の反応は小泉のライブじゃなく「ミュージシャンなら政治を勉強しろという意見」に向いていて、この2人は背中合わせになって反対方向にある別の課題にそれぞれ反応してるだけで、意見はぶつかってない
「義務」って言葉に批判があったからサイレントでこっそりタイトル修正した? 『「反戦」は義務か表現か。小泉今日子の“熱狂”と山口一郎の“誠実な戸惑い”』 だったよね、最初は。
二元論に仕立て何をしようというのか?分断して消耗させる気か?
「反権力」は音楽の一つのジャンルだと思うけど、その種の音楽は興味ありませんって感じなら、その程度のミュージシャンなんでしょ。
日本で政治的発言が少ないのは、一度発言すると、政治的発言を殊更求めるヒト達が二回目三回目を要求し自由にさせてくれないから。政治的発言を求めるヒト達の振る舞いが政治的発言への忌避を生んでて、自業自得なの
「反戦の歌を」って主張に嫌悪感があったけど、少しわかった気がする。これは感情的かつ熱狂的に考えるべき問題じゃない。誰もが冷静になって考えるべき問題だ。歌でそれが変わることも、変えようとするのも筋違いだ
難しい問題、徴兵制が健在だった1960年代は戦争=レコードを買ってくれるファンが戦場に行く事だったからこそ反戦歌を歌うミュージシャンが多かった、今とは前提が違うhttp://blog.livedoor.jp/brothertom/archives/63042869.html
山口さんは「俺はバカだから、戦争反対と叫ぶだけでいいのかどうか分からない。政治的態度を明確にしろと言われるのもムカつく」という曲を作ればいいんだよ。