英語元記事 https://www.nationalgeographic.com/animals/article/chimpanzee-sign-language-experiments
全部読んでないけど(読めよ)、手話を使う類人猿は共通して「あれはなんだ?」「彼はどこだ?」みたいな「質問」をしてこないそうだ。この辺がヒトとの境界線かなと思う
チンパンジーの発話、限界があるからこそ愛おしいですわね。人間との違い、考えさせられますの。
赤ちゃん手話との違いは①人は『これは何(情報収集)と、これを見て(興味の共有)』、②猿は『外出る、バナナちょうだい(欲求の手段)』⇒⇒③将来AIが言語を覚え選択肢を持ったら、何を求めだす?制約の解放‥
もう動物倫理的に無理だな
チンパンジーを生後間もないうちから人間のように育てる実験によって、チンパンジーでも人間でもない存在になってしまい、研究終了後の扱いが困難になった。実験動物として扱うには知能が高すぎた。
何故かAKIRAに出てきた幼稚園を思い浮かべてしまった。
チンパンジーなんて気性の荒い動物使うな!ボノボって飼えないのか?
ダーウィン事変すな
永遠に実験を続ければ倫理的にもOKやん?
無料部分だけ読んでするブコメでリプゾンビ気分を味わう
電車の中で流れている番組で「オランウータンは霊長類の中でもっとも賢い動物とされています」と紹介されてて、そんなこと言う君の知性の中ではそうかもしれないって思ったよ
ボクの言語はにゃー一択だけど、チンパンジーさんとお喋りできたら楽しかったかもにゃ!寂しいにゃあ。
猫は20語くらい理解できるらしいよ。
手話を覚えて、手話を同族に教えるチンパンジーか、、
悪名高きハリー・ハーロウの研究も、あの実験があったからこそ現在の子育てのベースができたと思うと、動物実験の倫理は難しい。当時の学説は子供に触るの最低限、放置と厳しくが主流だった。
猿の惑星は実現せず。
清原なつのの名作、銀色のクリメーヌ思い出した🥲
猫にしておけばよかった…
知性があると気付いたら、飼育・実験が倫理に反する気がしてきた、と。犬猫飼育民なら「野生より良い環境にすれば良い」と言うところか。
この書き込みはチンパンジーのアイちゃんが書いてますみたいなブコメを見に来たらなかったし考えてみたら「話す」でもなかった
犬にボタン押させるのもあるよね。日本ならでかしぇるりんたとか。
※の意訳が角度ついてたので補正「チンパンジーは手話を学ぶほど知性が高いが、人間は彼らを(一部は過酷な環境で)研究利用した。研究者は科学的成果より彼ら本来の環境と生活を優先し、手法を改めるべきとした」
倫理問題ね。そりゃそうか
「X-Files」で、手話を覚えたゴリラが出てくる回があったなあ(第2シーズン「恐怖の均整」)。
英語元記事 https://www.nationalgeographic.com/animals/article/chimpanzee-sign-language-experiments チンパンジーに手話を覚えさせることに成功したが、代わりに本来得るべき技能を得られず人間に依存し野生に復帰できなくなったという話。
コメントでしか内容を把握してないんだけど、それなら神は人間に知恵と言葉を与えた責任をもつ必要があるななどと
非常に考えさせられますよ。ヒトとして幸せに暮らすこと、チンパンジーとして幸せに暮らすこと。科学技術や産業の発達、労働の分業化、都市化。ヒトとして幸せに暮らすには?
元記事の翻訳での結末は、研究を通してチンパンジーと深い関係を築いたため、チンパンジーを研究に使うことに倫理的な疑念を抱くって感じ。驚きの発見はチンパンジーが別のチンパンジーに人間の言語を教えられること
倫理を優先する研究者が多くて助かる。
ふとブリンのSF「知性化戦争」(https://x.gd/tnLQl)を思い出した。この実験はまるでネオ・チンパンジーを作る知性化実験のように感じる。でもそういう実験には大きな倫理の壁が立ちはだかる。実験を止めてよかったと思う。
"英語元記事 https://www.nationalgeographic.com/animals/article/chimpanzee-sign-language-experiments"を読んだ。
真偽判定を軸とする命題理解が非常に弱いのが決定的(命題的何かは作れても様相や志向性やアスペクトの違いによる差がわからない≒命題を関数視できてない)。微妙に違うし雑だがよく言われた言い回しでは再帰性がない
貴志祐介「天使の囀り」の夫妻のモデルかと思ったけど違う?
このような生き物に誠実であろうとするがための苦悩などという「綺麗事」だけでは済まない人間的なドロドロがあったっぽい? https://dissentmagazine.org/online_articles/the-sad-story-of-nim-chimpsky/ 日本にも動物言語学者・鈴木俊貴が
AIがAIから習う、ことを連想した。「ワショー、モジャ、ダー、タトゥ、そしてまだ幼かったルーリスをゆだねた。そのルーリスが、他のチンパンジーから手話を習った最初にして唯一のチンパンジーとなる」
西欧キリスト教文化圏の白人には言語と知能は神から与えられた特別なものという傲慢な思い込みがある(非西洋言語の日本人が英語を話せないのは知能が低いと見る).まず彼らの問い自体が正当だったのかと.
「話す」チンパンジー、最後の2頭に 研究者はなぜ後悔したのか
英語元記事 https://www.nationalgeographic.com/animals/article/chimpanzee-sign-language-experiments
全部読んでないけど(読めよ)、手話を使う類人猿は共通して「あれはなんだ?」「彼はどこだ?」みたいな「質問」をしてこないそうだ。この辺がヒトとの境界線かなと思う
チンパンジーの発話、限界があるからこそ愛おしいですわね。人間との違い、考えさせられますの。
赤ちゃん手話との違いは①人は『これは何(情報収集)と、これを見て(興味の共有)』、②猿は『外出る、バナナちょうだい(欲求の手段)』⇒⇒③将来AIが言語を覚え選択肢を持ったら、何を求めだす?制約の解放‥
もう動物倫理的に無理だな
チンパンジーを生後間もないうちから人間のように育てる実験によって、チンパンジーでも人間でもない存在になってしまい、研究終了後の扱いが困難になった。実験動物として扱うには知能が高すぎた。
何故かAKIRAに出てきた幼稚園を思い浮かべてしまった。
チンパンジーなんて気性の荒い動物使うな!ボノボって飼えないのか?
ダーウィン事変すな
永遠に実験を続ければ倫理的にもOKやん?
無料部分だけ読んでするブコメでリプゾンビ気分を味わう
電車の中で流れている番組で「オランウータンは霊長類の中でもっとも賢い動物とされています」と紹介されてて、そんなこと言う君の知性の中ではそうかもしれないって思ったよ
ボクの言語はにゃー一択だけど、チンパンジーさんとお喋りできたら楽しかったかもにゃ!寂しいにゃあ。
猫は20語くらい理解できるらしいよ。
手話を覚えて、手話を同族に教えるチンパンジーか、、
悪名高きハリー・ハーロウの研究も、あの実験があったからこそ現在の子育てのベースができたと思うと、動物実験の倫理は難しい。当時の学説は子供に触るの最低限、放置と厳しくが主流だった。
猿の惑星は実現せず。
清原なつのの名作、銀色のクリメーヌ思い出した🥲
猫にしておけばよかった…
知性があると気付いたら、飼育・実験が倫理に反する気がしてきた、と。犬猫飼育民なら「野生より良い環境にすれば良い」と言うところか。
この書き込みはチンパンジーのアイちゃんが書いてますみたいなブコメを見に来たらなかったし考えてみたら「話す」でもなかった
犬にボタン押させるのもあるよね。日本ならでかしぇるりんたとか。
※の意訳が角度ついてたので補正「チンパンジーは手話を学ぶほど知性が高いが、人間は彼らを(一部は過酷な環境で)研究利用した。研究者は科学的成果より彼ら本来の環境と生活を優先し、手法を改めるべきとした」
倫理問題ね。そりゃそうか
「X-Files」で、手話を覚えたゴリラが出てくる回があったなあ(第2シーズン「恐怖の均整」)。
英語元記事 https://www.nationalgeographic.com/animals/article/chimpanzee-sign-language-experiments チンパンジーに手話を覚えさせることに成功したが、代わりに本来得るべき技能を得られず人間に依存し野生に復帰できなくなったという話。
コメントでしか内容を把握してないんだけど、それなら神は人間に知恵と言葉を与えた責任をもつ必要があるななどと
非常に考えさせられますよ。ヒトとして幸せに暮らすこと、チンパンジーとして幸せに暮らすこと。科学技術や産業の発達、労働の分業化、都市化。ヒトとして幸せに暮らすには?
元記事の翻訳での結末は、研究を通してチンパンジーと深い関係を築いたため、チンパンジーを研究に使うことに倫理的な疑念を抱くって感じ。驚きの発見はチンパンジーが別のチンパンジーに人間の言語を教えられること
倫理を優先する研究者が多くて助かる。
ふとブリンのSF「知性化戦争」(https://x.gd/tnLQl)を思い出した。この実験はまるでネオ・チンパンジーを作る知性化実験のように感じる。でもそういう実験には大きな倫理の壁が立ちはだかる。実験を止めてよかったと思う。
"英語元記事 https://www.nationalgeographic.com/animals/article/chimpanzee-sign-language-experiments"を読んだ。
真偽判定を軸とする命題理解が非常に弱いのが決定的(命題的何かは作れても様相や志向性やアスペクトの違いによる差がわからない≒命題を関数視できてない)。微妙に違うし雑だがよく言われた言い回しでは再帰性がない
貴志祐介「天使の囀り」の夫妻のモデルかと思ったけど違う?
このような生き物に誠実であろうとするがための苦悩などという「綺麗事」だけでは済まない人間的なドロドロがあったっぽい? https://dissentmagazine.org/online_articles/the-sad-story-of-nim-chimpsky/ 日本にも動物言語学者・鈴木俊貴が
AIがAIから習う、ことを連想した。「ワショー、モジャ、ダー、タトゥ、そしてまだ幼かったルーリスをゆだねた。そのルーリスが、他のチンパンジーから手話を習った最初にして唯一のチンパンジーとなる」
西欧キリスト教文化圏の白人には言語と知能は神から与えられた特別なものという傲慢な思い込みがある(非西洋言語の日本人が英語を話せないのは知能が低いと見る).まず彼らの問い自体が正当だったのかと.