2度目の弘安の役は、ちょうど台風の最盛期の襲来だったようだ。ラッキー。
鎌倉武士が物理的にクソ強かったのロマンあるな。神風だけで勝てたってプロパガンダの方が都合よかっただけか
''・日本、中国、高麗のすべての史書で嵐が来て船が沈没した記述がある ・『元史』『蒙古襲来絵詞』の双方で元船が嵐で沈んだとされる鷹島で、元寇のものと確認できる沈没船が確認されている(陶磁器や印鑑、木簡の出
なんで彼我の戦力を軍事的に比較して推移を説明するような記載が教科書に無いんですかねえ。
「敵が強かった、それでも自分たちは懸命に対処した。だから、評価して!!」ってのは鎌倉時代からの伝統芸能だったってことね・・
神風は、自分らの祈祷のおかげでモンゴルが撤退したのでご褒美くれ、侍は何もしてないから褒美いらん、という寺社のプロパガンダだから
弘安の役に関しては、割と南宋の敗残兵を捨てに来た感じに見えるんだよなぁ…。
江戸時代に入るまでに何かと戦乱の世の中で、みんな戦い続けてるのが通常営業なら、そりゃ強い奴らだらけでしょ?となる罠
なかなか上陸出来ずウロウロして撤退しようとしてたら台風が来たんだよね。台風シーズンに上陸を許さなかった時点で圧勝。
むしろ報奨の為に盛ってる可能性も疑うべきでは?
図絵は恩賞をもらうために描かせたんじゃなかったっけ。そんなもんエビデンスになるかよ?と思うが
福岡、佐賀、対馬には元寇の史跡が数多く残り、博物館にも詳しい。地下鉄の駅から歩いていける範囲にも多いので、歴史好きなら「元寇防塁」など訪ね歩いてみては https://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/sp/cultural_properties/detail/211
しかしこれが鎌倉幕府の崩壊に繋がるのであった
三橋貴明が神風説はGHQが日本が弱かったと印象付ける為とか陰謀論展開してて草。鎌倉武士、元の船に牛の死骸とか放り込んで、アイツら頭おかしいとか言われてるもんね。
世界の4分の1を支配したモンゴル帝国の強さは騎兵の運用にあるので島国で良かったのは確か
全員自論を被せてて異様
「騎馬隊を船で運んでくる」という時点で、だいぶ無理のある戦争計画でしたよね…
犬公方と馬鹿にされてた綱吉の生類憐れみの令も、当時の日本人があまりに命を軽く扱う・すぐ殺傷沙汰になる(まさに鎌倉武士並)のでその気風を改めるために制定した、という説が有力になってるね、現在は。
?昔から神風だけで説明されてない気が。
( 長崎、福岡 ) ( ハテナーには「対馬と壱岐は見殺しにされた。あのころから日本の中央政権は~」いう方もおられまっせ 逆にいえばどうすれば対馬と壱岐をまもれたのか聞きたいけど )
2年前が文永の役(1274)から750年 | 襲来前の交渉は幕府がスルー→対馬や鷹島は相当被害を出した。九州の武士主体で追い払った(弘安の役は侵略地でかき集めた貧弱な船+海が荒れる時期なのも関係)が碌に恩賞出てない
普通にモンゴル側の記録で嵐で被害出たってあったでしょ
なるほど。『上陸阻止さえしていれば高確率で嵐が来る日本は』/ さす九『戦ったのは太宰府を中心とする九州武士』
語り継がれてきた歴史の多くはエンタメ(事実にもとづくフィクション)と、日々実感する。軍記もの的な資料を排除すると、歴史はだいぶつまんなくなる
神風特攻隊「……。」
今の日本人が考える伝統的な価値観とか歴史認識とか明治の頃に意図的に作られたものが多くて、本当になにしてくれてんの。まあ歴史なんてそんなものか。
日本史の授業で「神風で一発逆転」みたいに教えてたことなんてある? 少なくとも俺が平成初期に受けた授業や、うちの子が最近使った教科書の記述に「一発逆転」的なニュアンスは全く無かったが
蒙古は樺太アイヌにも攻め入ってしばらく支配したけど長続きせず撤退してるんだよね。海戦、上陸戦には強くなかったということだと思う。
「神風」も「男系男子」も明治から
特攻隊もなかったら良かったのにな。
同時期くらいに大陸の方でもドンパチがあって予算の都合により日本が2回で切られた感じじゃなかったっけ…??壁みたいなの作ったり結構細々としたことやってたけどうろ覚えだから後で復習してみよ
また明治か…。歴史の捏造は本当に明治維新から始まってる感がありますね
てつはうの進化系がパンジャンドラム。日本人はパンジャンドラムの有用性に気づき、シミュレーター上で日々改良が加えられているという
あの割と有名な絵、切り取りだったのか…。切り取られた部分は元側が攻めてるように見えるけど実際は殿兵が武士を押し留めてる絵で背後には逃げ惑う元兵が。まあ騎馬民族が上陸作戦は無理あるということか
鎌倉武士≒坂東武者
自分が高校生だった30年前でも「鎌倉武士が善戦して上陸阻止してる間に元軍で疫病が流行って既に厭戦気分、台風はトドメに過ぎない」って習ったけども。最近の学説に驚き、みたいなノリは違和感
仁さんがいたからだよ
「キショい」という単語を、多分拡大された意味だろうが軽く使ってるのが生理的に無理だわコイツ…となり本論が頭に入らん。
氷河期世代だけど神風しか習わなかったよ。あと朝鮮人が手抜き船作ってくれてた説はもうないんか。明治からのプロパガンダの偽歴史を平成に教えられてたのだとしたら歴史教科書てなんなん。
日本って常に強国だからな、特に人口が激増した江戸時代以降は常にGDP強国であり続けていて、欧米列強の頃でもGDPで見ると負けてなかった。シンガポールに、印中が負けないのと一緒。さらに島国、海ってヤバいわ
『ここで言う「神風」は全てをひっくり返して日本を逆転勝利させたような一撃必殺型の台風のことを指していて』その意味で神風説を唱えている教科書や学者を見たこと無いのだが。
薩摩武士の先祖と戦ったという事なら納得。しかも勝ったとて土地もらえるわけでもないから恩賞不足で幕府への不満も募らせたっぽい?
高麗が結構頑張ったけどモンゴルに降伏→モンゴルの姫と結婚→日本に攻め込めと数年催促しまくり→元寇→2度失敗→モンゴルと日本弱体化→高麗王「計画通り」 なのでまんまとヤラれたんだよな
ベトナムもモンゴルを撃退したが、清野作戦およびゲリラ作戦、そして暑さが功を奏したらしい。
「聖徳太子は実在しなかった!」(厩戸皇子は実在したけど、聖徳太子伝説は後世に作られたもの)みたいな話だな。有名な伝説を否定したいがために、かなり極端な例を持ってくる、的な
人事を尽くして天命を待つ状態で嵐が来た=神風(神がもたらした嵐)ってとこなのではないかと
ベトナムがモンゴルを撃退したのは有名だし、宋や高麗の抵抗をくだすのにも長い時間をかけているし、鎌倉武士が強いというより征服なんてそう簡単にはいかないということかなと
驚いてるのはおじいちゃんだけ
根っこのポストがアホであればアホであるほど、リポストされなくても、炎上もとい広くバズる、その実例。イーロンXのアルゴリズムはほんとコロシアムみたいで嫌だなあ。
島国で良かったと思う一方、中国と陸続きなのに元を追い払えたベトナムは凄いですよね。暑さのせいで馬が動けなかったのかな?
元も鎌倉も台風予想してなかったのかよ。地震の記録はそこそこ古くからあるけど台風はあまり残ってないよね。
陸上戦で3度にわたって退けたってベトナムすごいな。
元寇に際して鎌倉幕府も頑張ったというけど、その前段として、元朝の「朝貢して臣下の礼をとらなければ侵略する」ってメッセージを既読スルーしたというのがある。結局、幕府も神風的な何かを期待してたんじゃない?
真偽は様々あろうが筥崎宮の額を見てびびった思い出は変わらない
また明治時代の亡霊が
草原や砂漠が主戦場でないいくさには元軍も普通に苦戦してる。南宋、ベトナム、日本…。まあ天候は色々言い訳には使いやすかったのではないかと。
勝ってるなら陸上に拠点を作ったはずでそれが船に帰ってる時点で、という気はする。 連合軍もアンツィオでは海岸から出られず南の戦局が動くまでなにもできなかった。
まあ「神風」なる大げさな言い草は「いやオマエラの手柄とかじゃないから神風だから」と幕府が武士への恩賞をケチるための理屈だからw
元側の兵士が中国人や朝鮮人でモチベーションが低かったから、神風のおかげにしないと祈祷師の立場がないから、って聞いたな。
大日本帝国明治政府がいかに伝統を壊し歴史を歪めたか気にしてない人多い
大昔のシミュレイターだがタクティクスだかでそこらへん詳しく検証してたな
誰の本だったか私が読んだ歴史本では、外敵阻止だっため武士に報奨(領土など)を与えられなかったため、武士の功績でなく神風のおかげって事にした(結果、武士の不満爆発)、みたいな見方を覚えてる。
日本の神社仏閣「我々が天に祈りを捧げたおかげ」モンゴル「責任回避のために天候のせいにしとこう」
鎌倉武士、アルゼンチン人説
例えばやたら苦労して神風でヒャッホーでしたみたいな漫画で最初に元寇に触れちゃうと教科書にどう書いてあっても漫画の記憶を上書きするのは難しいしある意味勤勉な人ほど変な勘違いのまま大人になりやすいとも
40年前に読んでた「学研まんが日本の歴史」(樋口清之監修)でも、特に弘安の役の方での御家人の奮戦は描かれており、「武士が頑張っていたら台風が来た」という大筋は最近のyoutubeと大差ないhttps://hon.gakken.jp/book/8881031600
台風あったじゃん
神風特攻隊と名付けた人が悪い
日本の地形と鎌倉の武士の野蛮さだけで説明付きそう
これ軽く調べるだけで、「日本人強い」と言うより「鎌倉武士、どんだけウォーモンガーやねん…」という思いが強くなる
「なんか知らんけど勝ちました」では伝説にならんもんな
神風で一発逆転説なんてむしろ聞いたことなくない?
神風で全てひっくり返ったってどこで知ったんだろう?
元寇は近年最も研究により通説が覆った例、三上氏の動画が最近アップされ周知が進んだhttps://www.youtube.com/watch?v=f8n9nMPPiZM
「神風(台風)史観」って日本スゴイじゃなく「台風で助かっただけで日本の軍事は無力無駄でした」って日本ダメポルノ(?)で消費されてたんよ。「高麗が日本を助けるために意図的にボロ船を建造」との奇説も。
満州事変から数年後の1934年に、陸軍省が関与して国定教科書に初めて「神風」が登場した。それまでの教科書は武士の奮闘が描かれていた。というわけで明治政府より昭和の軍部のせいです、とAIが言ってます
一発逆転した神風なんてなかった←なのにこれを起こすことを期待されて特攻した人たちがかわいそすぎる
蒙古襲来はちゃんと脅威ではあったし爪痕も残っているけど台風で船が沈んだのも事実らしい。俺が小学生の頃ぐらい(ざっと45年前)だとそんなに詳しい話は載ってなかったと思うのでその感じとは違うってぐらいかな。
“鎌倉武士は色々大人の事情でまだ到着しておらず、戦ったのは太宰府を中心とする九州武士です” もう少しこう何というか、手心というか…
別班が活躍したからじゃないの?(VIVANT脳)
1回目は上陸できずにいるうちに嵐が来て沈み、2回目は嵐の季節を避けようとしたら司令官が病気して出陣が遅れて嵐の季節になり、やっぱり上陸できずにいるうちに嵐で沈んだ、と調べた覚えがあるが今の定説は知らん。
現代でも上陸して攻める方は3倍の兵力が必要だよね。奇跡的な勝利に見えるのも無理はない。
寺社が加持祈祷で参戦した「神々の闘い」については90年代に海津一郎がいろいろ書いてた。面白かったのは石井進『鎌倉びとの声を聞く』かな。詳細は忘れたが,鮮やかな結論が強く印象に残った。
捕虜になった元兵のうち、朝鮮兵と真族兵は処刑されて、かつて国交のあった宋兵は奴隷にされた話は衝撃だった
陸上拠点を作らせなかったってことだから戦略的勝利なのはわかる
遊牧民が海で戦えるとは思えない。モンゴルからいまのトルクメニスタンまで攻めてるからな。地上、陸地には強い。遊牧民の強さは陸地。
境井仁が三刀流で無双して逆転したんですよ
恥ずかしながらゴーストオブツシマで元寇をちゃんと?知り実際に防塁も見に行った。色々調べると実はご先祖も元寇で戦ってて署名入り古文書が博物館にあるらしい。頑張って戦ってくれてありがとう(薄い感想)
「元の渡航海外侵略作戦、実はたいてい負けてる」やろ//「牛の死体どうやって持ってきたの」//昭和末期の田舎中学だと、てつはうに対応できない鎌倉武士、名乗りを上げてる間に射殺されるって感じだったな
防衛戦で活躍した鎌倉武士に与える恩賞がないから、「壊滅的ダメージを与えたのは神風」とか幕府が言い出して、結果として倒幕に繋がった、と学んだ
天幕のジャードゥーガル見てると、あのモンゴル軍に勝ったんやなあ、としみじみ思うわ。あの征服を、されなかったんだなと。
“「大宰府軍は上陸阻止という点で善戦しており、日本近海で一定期間上陸阻止に成功していれば、台風や大嵐が1度や2度来るのは不思議ではない」という流れになっている、という感じ ”
キッショという嫌悪される言葉を意味不明な文脈で使ってるポストで読むのを辞めた。
もともと士気の低い被征服地人との混成軍で本気度が低かった、兵站が破綻しかけたところに暴風雨で船が沈み撤退という流れじゃなかったかな
鎌倉武士は最新流行の禅宗を学んだ為に南宋を良く知っていて、モンゴルが南宋を滅ぼしたので次は自分らだと必死になったんだろう。
実際のところ兵站的に勝てないやろ。幕末の圧倒的な英仏米ですら上陸占領作戦をやったら薩長や江戸幕府が勝つ。秀吉の朝鮮出兵も兵站で負けてる
宗教家にのせられるのはいつの時代も変わらないな
SNSは発端ツイートみたいな極端なこと言ってバズって承認欲求満たそうとするカスばかり
武士が恥を感じたら容易に激怒し、命を捨てることに美学すら感じる気風は江戸時代まで保っていた。近代化により、その精神性は大衆文化に逃げ場を見出し、右翼テロの精神的土壌を産んだ。
神風は寺社勢力のプロパガンダとのこと。そういえば、神風を起こしたと最も自慢げに語ったのは日蓮。そして日蓮を信仰してるのが 創価学会。なるほど繋がった。
「神風で一発逆転!日本は神に守られてる国!」みたいのは元々教科書や授業で教わるわけじゃなくて、戦意高揚のために作られたそういう「ナラティブ」を信じてた大人やそれに基づいたフィクションがあるって話でしょ
まぁつまりアンゴルモアを読めってことですよ
やはり上陸作戦は難しいもので。でも橋頭堡を築くところまではできたんだよな
インターネッツって既に明らかなことの再発見の繰り返し
寺社の言う事を鵜呑みにしてたらその数百年後に同じこと言い出して特攻で何とかしようとして国がいったん滅ぶの、まさに老害の極みって感じやね
元寇の元軍はモンゴル兵のみならず、高麗兵・漢人・南宋人など多民族軍だったんだよね。/海を渡る侵略戦争は、モンゴル騎馬軍団の最大の強みが発揮できる乾燥した大陸・草原での機動戦が行えない。
高校の頃はそもそも元側でも、元側で政権に敵対的な地方の軍を勝ち目のうすい戦いに参加させて政権を強化する事が目的の一つだった、みたいな話を聞かされた気が。
色んな説が囁かれているけど、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉を思い出したな〜。
fucking primitive yellow niggers using bows while we used muskets and artillery 💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥 NHK communist/socialist/liberal propaganda niggers i get my news from alex jones and donald trump and EVROPA!!!!!!!! 💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥
危機一髪だったけど台風で大逆転みたいな言説って教科書じゃないなら何で言われてたんだろ?
こういう説があるああいう説があるとかたくさん並んでるが、具体的な書誌はコメントで杉山先生の本が一冊挙げられてるだけ。
あんなプロパガンダ信じてる人のほうが少ないのでは? 実際のところ、弓騎兵主力の軍隊で上陸作戦を成功させるのは無理難題よね。
"カミカゼ"とごっちゃになってしまった…というか、言及されてるけど、当時の情報伝達能力の低さから都でお公家様が"一発逆転の何かがあった"と日記に残してたのが"カミカゼ伝説"の始まりだとか(-_-)zzz
元彼のことを調べてたのかと思った
一回目は太宰府手前までやられてるんじゃなかったっけ?二回目はいい準備ができてみんな頑張って善戦
最近は「元寇」ではなく、「蒙古襲来」って習うらしいよ
神風とかいう泣きっ面に蜂。産業革命で鉄の動力船が主流になってもやらかすくらい、荒れた海は危ない。
蒙古襲来より200年ばかり前の刀伊の襲来では平安貴族も戦ってたりして面白い。清少納言の主人の定子様の弟なのでガチのお貴族様なのだが刀伊と戦って追い返しているのが謎。
この辺り(「揚陸海岸から船団へ撤退させた結果として暴風雨で壊滅」論)史学プロパー側の本だと呉座勇一『戦争の日本中世史』あたりなんだろうけど、個人的には(問題はあれ)やっぱ佐藤大輔『不征ノ国』なんだよな
昔読んだドラえもんの学習漫画だと、元は火薬を使ってきたのに日本は旧来型の戦い方で大苦戦したけど、台風で一発逆転みたいなノリで書かれてたな。
神風は戦時中のプロパガンダだから、戦後すぐに否定されてる。意味不明のまとめ。
当時の船を知らんけど、台風なくても日本海渡るのが過酷なのはわかる。
高麗が一緒に攻めてきたのに元の圧迫でむしろ被害者みたいな説があって無茶苦茶やなと思った記憶
Tsushimaの防衛に誉を捨てて尽力した真の男がいたんです。冥人!
元寇のことを調べてたら「一発逆転した神風なんてなかった」説が濃厚でびっくり…「上陸作戦は難しい」「武士が強かった」など
2度目の弘安の役は、ちょうど台風の最盛期の襲来だったようだ。ラッキー。
鎌倉武士が物理的にクソ強かったのロマンあるな。神風だけで勝てたってプロパガンダの方が都合よかっただけか
''・日本、中国、高麗のすべての史書で嵐が来て船が沈没した記述がある ・『元史』『蒙古襲来絵詞』の双方で元船が嵐で沈んだとされる鷹島で、元寇のものと確認できる沈没船が確認されている(陶磁器や印鑑、木簡の出
なんで彼我の戦力を軍事的に比較して推移を説明するような記載が教科書に無いんですかねえ。
「敵が強かった、それでも自分たちは懸命に対処した。だから、評価して!!」ってのは鎌倉時代からの伝統芸能だったってことね・・
神風は、自分らの祈祷のおかげでモンゴルが撤退したのでご褒美くれ、侍は何もしてないから褒美いらん、という寺社のプロパガンダだから
弘安の役に関しては、割と南宋の敗残兵を捨てに来た感じに見えるんだよなぁ…。
江戸時代に入るまでに何かと戦乱の世の中で、みんな戦い続けてるのが通常営業なら、そりゃ強い奴らだらけでしょ?となる罠
なかなか上陸出来ずウロウロして撤退しようとしてたら台風が来たんだよね。台風シーズンに上陸を許さなかった時点で圧勝。
むしろ報奨の為に盛ってる可能性も疑うべきでは?
図絵は恩賞をもらうために描かせたんじゃなかったっけ。そんなもんエビデンスになるかよ?と思うが
福岡、佐賀、対馬には元寇の史跡が数多く残り、博物館にも詳しい。地下鉄の駅から歩いていける範囲にも多いので、歴史好きなら「元寇防塁」など訪ね歩いてみては https://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/sp/cultural_properties/detail/211
しかしこれが鎌倉幕府の崩壊に繋がるのであった
三橋貴明が神風説はGHQが日本が弱かったと印象付ける為とか陰謀論展開してて草。鎌倉武士、元の船に牛の死骸とか放り込んで、アイツら頭おかしいとか言われてるもんね。
世界の4分の1を支配したモンゴル帝国の強さは騎兵の運用にあるので島国で良かったのは確か
全員自論を被せてて異様
「騎馬隊を船で運んでくる」という時点で、だいぶ無理のある戦争計画でしたよね…
犬公方と馬鹿にされてた綱吉の生類憐れみの令も、当時の日本人があまりに命を軽く扱う・すぐ殺傷沙汰になる(まさに鎌倉武士並)のでその気風を改めるために制定した、という説が有力になってるね、現在は。
?昔から神風だけで説明されてない気が。
( 長崎、福岡 ) ( ハテナーには「対馬と壱岐は見殺しにされた。あのころから日本の中央政権は~」いう方もおられまっせ 逆にいえばどうすれば対馬と壱岐をまもれたのか聞きたいけど )
2年前が文永の役(1274)から750年 | 襲来前の交渉は幕府がスルー→対馬や鷹島は相当被害を出した。九州の武士主体で追い払った(弘安の役は侵略地でかき集めた貧弱な船+海が荒れる時期なのも関係)が碌に恩賞出てない
普通にモンゴル側の記録で嵐で被害出たってあったでしょ
なるほど。『上陸阻止さえしていれば高確率で嵐が来る日本は』/ さす九『戦ったのは太宰府を中心とする九州武士』
語り継がれてきた歴史の多くはエンタメ(事実にもとづくフィクション)と、日々実感する。軍記もの的な資料を排除すると、歴史はだいぶつまんなくなる
神風特攻隊「……。」
今の日本人が考える伝統的な価値観とか歴史認識とか明治の頃に意図的に作られたものが多くて、本当になにしてくれてんの。まあ歴史なんてそんなものか。
日本史の授業で「神風で一発逆転」みたいに教えてたことなんてある? 少なくとも俺が平成初期に受けた授業や、うちの子が最近使った教科書の記述に「一発逆転」的なニュアンスは全く無かったが
蒙古は樺太アイヌにも攻め入ってしばらく支配したけど長続きせず撤退してるんだよね。海戦、上陸戦には強くなかったということだと思う。
「神風」も「男系男子」も明治から
特攻隊もなかったら良かったのにな。
同時期くらいに大陸の方でもドンパチがあって予算の都合により日本が2回で切られた感じじゃなかったっけ…??壁みたいなの作ったり結構細々としたことやってたけどうろ覚えだから後で復習してみよ
また明治か…。歴史の捏造は本当に明治維新から始まってる感がありますね
てつはうの進化系がパンジャンドラム。日本人はパンジャンドラムの有用性に気づき、シミュレーター上で日々改良が加えられているという
あの割と有名な絵、切り取りだったのか…。切り取られた部分は元側が攻めてるように見えるけど実際は殿兵が武士を押し留めてる絵で背後には逃げ惑う元兵が。まあ騎馬民族が上陸作戦は無理あるということか
鎌倉武士≒坂東武者
自分が高校生だった30年前でも「鎌倉武士が善戦して上陸阻止してる間に元軍で疫病が流行って既に厭戦気分、台風はトドメに過ぎない」って習ったけども。最近の学説に驚き、みたいなノリは違和感
仁さんがいたからだよ
「キショい」という単語を、多分拡大された意味だろうが軽く使ってるのが生理的に無理だわコイツ…となり本論が頭に入らん。
氷河期世代だけど神風しか習わなかったよ。あと朝鮮人が手抜き船作ってくれてた説はもうないんか。明治からのプロパガンダの偽歴史を平成に教えられてたのだとしたら歴史教科書てなんなん。
日本って常に強国だからな、特に人口が激増した江戸時代以降は常にGDP強国であり続けていて、欧米列強の頃でもGDPで見ると負けてなかった。シンガポールに、印中が負けないのと一緒。さらに島国、海ってヤバいわ
『ここで言う「神風」は全てをひっくり返して日本を逆転勝利させたような一撃必殺型の台風のことを指していて』その意味で神風説を唱えている教科書や学者を見たこと無いのだが。
薩摩武士の先祖と戦ったという事なら納得。しかも勝ったとて土地もらえるわけでもないから恩賞不足で幕府への不満も募らせたっぽい?
高麗が結構頑張ったけどモンゴルに降伏→モンゴルの姫と結婚→日本に攻め込めと数年催促しまくり→元寇→2度失敗→モンゴルと日本弱体化→高麗王「計画通り」 なのでまんまとヤラれたんだよな
ベトナムもモンゴルを撃退したが、清野作戦およびゲリラ作戦、そして暑さが功を奏したらしい。
「聖徳太子は実在しなかった!」(厩戸皇子は実在したけど、聖徳太子伝説は後世に作られたもの)みたいな話だな。有名な伝説を否定したいがために、かなり極端な例を持ってくる、的な
人事を尽くして天命を待つ状態で嵐が来た=神風(神がもたらした嵐)ってとこなのではないかと
ベトナムがモンゴルを撃退したのは有名だし、宋や高麗の抵抗をくだすのにも長い時間をかけているし、鎌倉武士が強いというより征服なんてそう簡単にはいかないということかなと
驚いてるのはおじいちゃんだけ
根っこのポストがアホであればアホであるほど、リポストされなくても、炎上もとい広くバズる、その実例。イーロンXのアルゴリズムはほんとコロシアムみたいで嫌だなあ。
島国で良かったと思う一方、中国と陸続きなのに元を追い払えたベトナムは凄いですよね。暑さのせいで馬が動けなかったのかな?
元も鎌倉も台風予想してなかったのかよ。地震の記録はそこそこ古くからあるけど台風はあまり残ってないよね。
陸上戦で3度にわたって退けたってベトナムすごいな。
元寇に際して鎌倉幕府も頑張ったというけど、その前段として、元朝の「朝貢して臣下の礼をとらなければ侵略する」ってメッセージを既読スルーしたというのがある。結局、幕府も神風的な何かを期待してたんじゃない?
真偽は様々あろうが筥崎宮の額を見てびびった思い出は変わらない
また明治時代の亡霊が
草原や砂漠が主戦場でないいくさには元軍も普通に苦戦してる。南宋、ベトナム、日本…。まあ天候は色々言い訳には使いやすかったのではないかと。
勝ってるなら陸上に拠点を作ったはずでそれが船に帰ってる時点で、という気はする。 連合軍もアンツィオでは海岸から出られず南の戦局が動くまでなにもできなかった。
まあ「神風」なる大げさな言い草は「いやオマエラの手柄とかじゃないから神風だから」と幕府が武士への恩賞をケチるための理屈だからw
元側の兵士が中国人や朝鮮人でモチベーションが低かったから、神風のおかげにしないと祈祷師の立場がないから、って聞いたな。
大日本帝国明治政府がいかに伝統を壊し歴史を歪めたか気にしてない人多い
大昔のシミュレイターだがタクティクスだかでそこらへん詳しく検証してたな
誰の本だったか私が読んだ歴史本では、外敵阻止だっため武士に報奨(領土など)を与えられなかったため、武士の功績でなく神風のおかげって事にした(結果、武士の不満爆発)、みたいな見方を覚えてる。
日本の神社仏閣「我々が天に祈りを捧げたおかげ」モンゴル「責任回避のために天候のせいにしとこう」
鎌倉武士、アルゼンチン人説
例えばやたら苦労して神風でヒャッホーでしたみたいな漫画で最初に元寇に触れちゃうと教科書にどう書いてあっても漫画の記憶を上書きするのは難しいしある意味勤勉な人ほど変な勘違いのまま大人になりやすいとも
40年前に読んでた「学研まんが日本の歴史」(樋口清之監修)でも、特に弘安の役の方での御家人の奮戦は描かれており、「武士が頑張っていたら台風が来た」という大筋は最近のyoutubeと大差ないhttps://hon.gakken.jp/book/8881031600
台風あったじゃん
神風特攻隊と名付けた人が悪い
日本の地形と鎌倉の武士の野蛮さだけで説明付きそう
これ軽く調べるだけで、「日本人強い」と言うより「鎌倉武士、どんだけウォーモンガーやねん…」という思いが強くなる
「なんか知らんけど勝ちました」では伝説にならんもんな
神風で一発逆転説なんてむしろ聞いたことなくない?
神風で全てひっくり返ったってどこで知ったんだろう?
元寇は近年最も研究により通説が覆った例、三上氏の動画が最近アップされ周知が進んだhttps://www.youtube.com/watch?v=f8n9nMPPiZM
「神風(台風)史観」って日本スゴイじゃなく「台風で助かっただけで日本の軍事は無力無駄でした」って日本ダメポルノ(?)で消費されてたんよ。「高麗が日本を助けるために意図的にボロ船を建造」との奇説も。
満州事変から数年後の1934年に、陸軍省が関与して国定教科書に初めて「神風」が登場した。それまでの教科書は武士の奮闘が描かれていた。というわけで明治政府より昭和の軍部のせいです、とAIが言ってます
一発逆転した神風なんてなかった←なのにこれを起こすことを期待されて特攻した人たちがかわいそすぎる
蒙古襲来はちゃんと脅威ではあったし爪痕も残っているけど台風で船が沈んだのも事実らしい。俺が小学生の頃ぐらい(ざっと45年前)だとそんなに詳しい話は載ってなかったと思うのでその感じとは違うってぐらいかな。
“鎌倉武士は色々大人の事情でまだ到着しておらず、戦ったのは太宰府を中心とする九州武士です” もう少しこう何というか、手心というか…
別班が活躍したからじゃないの?(VIVANT脳)
1回目は上陸できずにいるうちに嵐が来て沈み、2回目は嵐の季節を避けようとしたら司令官が病気して出陣が遅れて嵐の季節になり、やっぱり上陸できずにいるうちに嵐で沈んだ、と調べた覚えがあるが今の定説は知らん。
現代でも上陸して攻める方は3倍の兵力が必要だよね。奇跡的な勝利に見えるのも無理はない。
寺社が加持祈祷で参戦した「神々の闘い」については90年代に海津一郎がいろいろ書いてた。面白かったのは石井進『鎌倉びとの声を聞く』かな。詳細は忘れたが,鮮やかな結論が強く印象に残った。
捕虜になった元兵のうち、朝鮮兵と真族兵は処刑されて、かつて国交のあった宋兵は奴隷にされた話は衝撃だった
陸上拠点を作らせなかったってことだから戦略的勝利なのはわかる
遊牧民が海で戦えるとは思えない。モンゴルからいまのトルクメニスタンまで攻めてるからな。地上、陸地には強い。遊牧民の強さは陸地。
境井仁が三刀流で無双して逆転したんですよ
恥ずかしながらゴーストオブツシマで元寇をちゃんと?知り実際に防塁も見に行った。色々調べると実はご先祖も元寇で戦ってて署名入り古文書が博物館にあるらしい。頑張って戦ってくれてありがとう(薄い感想)
「元の渡航海外侵略作戦、実はたいてい負けてる」やろ//「牛の死体どうやって持ってきたの」//昭和末期の田舎中学だと、てつはうに対応できない鎌倉武士、名乗りを上げてる間に射殺されるって感じだったな
防衛戦で活躍した鎌倉武士に与える恩賞がないから、「壊滅的ダメージを与えたのは神風」とか幕府が言い出して、結果として倒幕に繋がった、と学んだ
天幕のジャードゥーガル見てると、あのモンゴル軍に勝ったんやなあ、としみじみ思うわ。あの征服を、されなかったんだなと。
“「大宰府軍は上陸阻止という点で善戦しており、日本近海で一定期間上陸阻止に成功していれば、台風や大嵐が1度や2度来るのは不思議ではない」という流れになっている、という感じ ”
キッショという嫌悪される言葉を意味不明な文脈で使ってるポストで読むのを辞めた。
もともと士気の低い被征服地人との混成軍で本気度が低かった、兵站が破綻しかけたところに暴風雨で船が沈み撤退という流れじゃなかったかな
鎌倉武士は最新流行の禅宗を学んだ為に南宋を良く知っていて、モンゴルが南宋を滅ぼしたので次は自分らだと必死になったんだろう。
実際のところ兵站的に勝てないやろ。幕末の圧倒的な英仏米ですら上陸占領作戦をやったら薩長や江戸幕府が勝つ。秀吉の朝鮮出兵も兵站で負けてる
宗教家にのせられるのはいつの時代も変わらないな
SNSは発端ツイートみたいな極端なこと言ってバズって承認欲求満たそうとするカスばかり
武士が恥を感じたら容易に激怒し、命を捨てることに美学すら感じる気風は江戸時代まで保っていた。近代化により、その精神性は大衆文化に逃げ場を見出し、右翼テロの精神的土壌を産んだ。
神風は寺社勢力のプロパガンダとのこと。そういえば、神風を起こしたと最も自慢げに語ったのは日蓮。そして日蓮を信仰してるのが 創価学会。なるほど繋がった。
「神風で一発逆転!日本は神に守られてる国!」みたいのは元々教科書や授業で教わるわけじゃなくて、戦意高揚のために作られたそういう「ナラティブ」を信じてた大人やそれに基づいたフィクションがあるって話でしょ
まぁつまりアンゴルモアを読めってことですよ
やはり上陸作戦は難しいもので。でも橋頭堡を築くところまではできたんだよな
インターネッツって既に明らかなことの再発見の繰り返し
寺社の言う事を鵜呑みにしてたらその数百年後に同じこと言い出して特攻で何とかしようとして国がいったん滅ぶの、まさに老害の極みって感じやね
元寇の元軍はモンゴル兵のみならず、高麗兵・漢人・南宋人など多民族軍だったんだよね。/海を渡る侵略戦争は、モンゴル騎馬軍団の最大の強みが発揮できる乾燥した大陸・草原での機動戦が行えない。
高校の頃はそもそも元側でも、元側で政権に敵対的な地方の軍を勝ち目のうすい戦いに参加させて政権を強化する事が目的の一つだった、みたいな話を聞かされた気が。
色んな説が囁かれているけど、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉を思い出したな〜。
fucking primitive yellow niggers using bows while we used muskets and artillery 💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥 NHK communist/socialist/liberal propaganda niggers i get my news from alex jones and donald trump and EVROPA!!!!!!!! 💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥💪🔥
危機一髪だったけど台風で大逆転みたいな言説って教科書じゃないなら何で言われてたんだろ?
こういう説があるああいう説があるとかたくさん並んでるが、具体的な書誌はコメントで杉山先生の本が一冊挙げられてるだけ。
あんなプロパガンダ信じてる人のほうが少ないのでは? 実際のところ、弓騎兵主力の軍隊で上陸作戦を成功させるのは無理難題よね。
"カミカゼ"とごっちゃになってしまった…というか、言及されてるけど、当時の情報伝達能力の低さから都でお公家様が"一発逆転の何かがあった"と日記に残してたのが"カミカゼ伝説"の始まりだとか(-_-)zzz
元彼のことを調べてたのかと思った
一回目は太宰府手前までやられてるんじゃなかったっけ?二回目はいい準備ができてみんな頑張って善戦
最近は「元寇」ではなく、「蒙古襲来」って習うらしいよ
神風とかいう泣きっ面に蜂。産業革命で鉄の動力船が主流になってもやらかすくらい、荒れた海は危ない。
蒙古襲来より200年ばかり前の刀伊の襲来では平安貴族も戦ってたりして面白い。清少納言の主人の定子様の弟なのでガチのお貴族様なのだが刀伊と戦って追い返しているのが謎。
この辺り(「揚陸海岸から船団へ撤退させた結果として暴風雨で壊滅」論)史学プロパー側の本だと呉座勇一『戦争の日本中世史』あたりなんだろうけど、個人的には(問題はあれ)やっぱ佐藤大輔『不征ノ国』なんだよな
昔読んだドラえもんの学習漫画だと、元は火薬を使ってきたのに日本は旧来型の戦い方で大苦戦したけど、台風で一発逆転みたいなノリで書かれてたな。
神風は戦時中のプロパガンダだから、戦後すぐに否定されてる。意味不明のまとめ。
当時の船を知らんけど、台風なくても日本海渡るのが過酷なのはわかる。
高麗が一緒に攻めてきたのに元の圧迫でむしろ被害者みたいな説があって無茶苦茶やなと思った記憶
Tsushimaの防衛に誉を捨てて尽力した真の男がいたんです。冥人!