芸大に進んだ友達が「美大芸大卒の人はみんな負けず嫌い」と言ってて、本人も私から見ると怖いくらいの負けず嫌いだった。この環境で育ったらそうなれる人しか残らんわな
シール無しで淡々と課題出せる胆力のほうが就職してから耀く可能性
デザインとアートは違うからね。日本語の「設計」もdesignであることを考えるべきで、目的意識が先にある。
そもそも美大は多浪して入るのが普通なくらい、合格するのが熾烈。てもって才能の全国大会だから、入ってからも苦労する。
デザイナーに限らず、お金もらう場合、要件(大学だとお題とか?)に沿った仕事が求められるんだと思うんだよね。先生はそういうことを叩き込んでくれてたんだな。
デザインってのはクライアントや見た人が求めるもの伝わるものでなければならないので“デザインにおいては”まこと正論
デザイン科だからだろうね。油画科、日本画科、彫刻科、それぞれに苦しみがありそう。デザイン科以外は進路の悩みが? 知り合いのアート作家は、食えるようになるまで地獄だったって言ってたな。
鉱石どマニア漫画「宝石商のメイド」の作者さんか。ストーリーはサラッと読めるけど石の話をちゃんと読むと、これ宝石好きじゃなくて鉱石マニアだってなるやつ。
最初におぼえておけ。ブコメにおいて一星も入らないコメントに価値はない。
デザイナーもアーチストも席の数は限られてる。 先生も雰囲気良くやったほうが楽なのだが、それが生徒のためになるかは分からない。
労働は社会的に価値づけられるものか。どんな仕事もそのほとんどがそれ自体に絶対的な価値があるわけでなく。狩猟採集したものを自分で食うくらいか
好きと好かれるに、ズレがあるし、 正直「わかりやすく」が肝だよなぁ……。 だから、そこにUIも絡むと、すぐ敗北する………
「これはひどい」シールを貼らせないだけ世間より優しいやんけ
金とコネで入って卒業してハクつけたらコネでクソデザイン撒き散らすカスが大路を歩くので関係ない。公職選挙法があるわけでなし。それが弱肉強食でしょ。才能と努力? 公正世界信念クサくてニオいがキツいわ〜くっ
このお方の美大話は淡々としていながら底なしに怖い
なんだろな、そういう卒業生がアマチュアで活躍できるような社会が、文化的と言えるのかもしれないな、などとフト思った
デザインしたことないやつほどデザインとアートを明確に区別できると思いがち
おねがいアイプリ最新話に、ファッションデザイナーを目指して心が折れかけた子が登場していたな
すまんけどアートじゃないかぎりデザインってほとんど実力というよりコネの世界やで。実際テプラだらけのクソデザインごろごろ通ってるじゃん。まぁ一方でアートも権威ある人がすごいと言えばすごい扱いになる世界
デザインもコピーライティングも、そう。人を動かす手段なので、動かないものには価値はないのよ。
デザインだろうがアートだろうが、「それに金を出す人間」がいなければ食っていけないわけで、趣味の同人活動ならともかく仕事にしたいなら当たり前の話。親にクソ高い学費出させて甘ったれたこと言うなよ
首都圏の某美大グラフィックデザイン出身だけど、そんな講評会は一度もなかったな。むしろ専門学校や受験予備校でやってそう
デザインにおいては支持されないものに価値はないのはそれはそう。依頼者がいるわけで金出す人間を満足させる必要がある
普通は入学前にわかるはずだが?予備校なり受験デッサンの講評でボコボコにされて強者との差をわからされるので。
息子がデザイン専門入ったけど、美大も受験の時点でボロクソな選別受けるので入ってからも当然こうだろうなとは思う。
東京五輪のロゴはデザインというものに大衆が抱く幻想をきっちり刈り取ってくれました。
これは評価者数が少ないからというのもあるような。n個の作品をn人で評価したら、複数票を集める作品があれば必然的に誰にも評価されない作品はでる。
ある美大の入学式「本日入学された皆さんはダイヤの原石。この中から一つか二つ、本物のダイヤモンドが出れば良い。残りの人たちはそれを磨くお手伝いをしなさい。」
これはその通り。一般人はよくアートとデザイン混同するが、特にグラフィックデザインはほぼ宣伝広告のためのコミュケーションツールのことなので「一票も入らない作品に価値はない」は必要十分で最高な言い表し方
これに似た言説は私も聞いたことがある。アートとデザインの違いという文脈で語られてた。
ずっとこれ。美術系に行こうとして、高1高2からずっと。比較され続ける。それを学びとするか苦痛とするかは自由。
デザインは商業だから当たり前だな…
純粋な美術の世界と商業、工業デザインと求められるものが違い過ぎるし、設計、技術、営業と比較すると必要性も低い。食えなくて当たり前の世界とか、金持ちと才能あるやつしか生き残れんだろ。
赤シールは単なる象徴で、本質は、実力や才能や努力や作品への執着の差が評価に表れ、打ち砕かれてる。それに対してデザインはコネだというトップブコメやスターを見ると、ふふってなる。組織票で赤シール貰えば?w
デザイン評価を自分たちでやるのは残酷なようで、本人が一番よく解っているというやつ
"ブコメにおいて一星も入らないコメントに価値はない" 言葉が刺さりすぎて抜けないんだが?
至極真っ当な考えだと思う。ただしですね、実際のデザイン系会社にはちゃんとデザイン教育受けてない人がゴロゴロしてて、美大卒がどれだけ有難いかよ。
それなら大学って名称やめて、職業訓練校に変えたら。
1人1票だと相対評価になるので能力を正しく反映しない。コンペではなく教育なので絶対評価がよいのでは。まあ、講評が本体で投票は余興なのかもしれないけど。
美大って作家として作家で食っていくのが難しい(作家になるのは簡単、名乗ればいいだけだし)だけであって、そこそこの美大なら就職率も良いし別にそこまで争うこともないけれどねw
オリンピックで赤いシールを集めればパクリでもOKって分かったんじゃ?
マクルーハン主義みたいにメッセージがないということだと思うけど。誰に届くかのプロデュースもすべきかな。やり過ぎるとお前である意味もないけど。
こんな考えだからテプラだらけになるんだよ。
宝石商のメイド、まだアニメ化してなかったんだな。ギャラリーフェイクよろしくこれ系はアニメ化しやすそうなんだけどな。
実力さえあれば評価されるのはかなり優しい世界だと思う/他人の票が見えるかどうかで結果変わりそう/優劣がつき下位は諦めるかエンジョイ勢になっていくのって部活(文化部運動部問わず)や仕事も同じ。
体育会系だもんな
好きなことを商いにしなければずっと好きでいられる。デザインの世界なら勝負が続くからそりゃそう。求められるものやその背景にある課題に応えて初めてデザインだと思う。
これは当然だし、ここを理解してない人が誰にも伝わらないトイレの標識を作ってしまうのではなかろうか。結果の数値化に耐えられないタイプの人はデザイン職に向かないと思う。
デザイナーになる気は無いが、オレは自分のにはるね
あのさ、デザインとアート、美術、芸術を混同してない?そもそも論が間違ってるが・・
こういう文化の業界はなかよし互助会で一票ずつ入れようという慣習ができても不思議でないし、実際にそういう互助会とコネで仕事が回っていく話も聞くのでさもありなん。スポーツの世界の似たようなものだろうけど。
(グラフィック)デザインじゃないアートも、人に伝わらなければ意味がないと私は思っています。デザインならなおさら。
その結果として日本の美術やデザインなんて壊滅状態なんだからこのやり方は間違いです。みんながいいと思ったものを全部捨てるくらいでちょうど良い
「デザインはコネ」は全力で否定する。それはアーティスト性を売りにした一部の上位美大卒デザイナーのレアケース。ただし、営業力が仕事量に関係する事はあるね。
「デザインにおいて一票も入らない作品に価値はない」憧れの美大に入学したが、最初の授業で渡された一枚の赤いシールにきらきらキャンパスライフを打ち砕かれた… 美大に入ったら弱肉強食だった話
芸大に進んだ友達が「美大芸大卒の人はみんな負けず嫌い」と言ってて、本人も私から見ると怖いくらいの負けず嫌いだった。この環境で育ったらそうなれる人しか残らんわな
シール無しで淡々と課題出せる胆力のほうが就職してから耀く可能性
デザインとアートは違うからね。日本語の「設計」もdesignであることを考えるべきで、目的意識が先にある。
そもそも美大は多浪して入るのが普通なくらい、合格するのが熾烈。てもって才能の全国大会だから、入ってからも苦労する。
デザイナーに限らず、お金もらう場合、要件(大学だとお題とか?)に沿った仕事が求められるんだと思うんだよね。先生はそういうことを叩き込んでくれてたんだな。
デザインってのはクライアントや見た人が求めるもの伝わるものでなければならないので“デザインにおいては”まこと正論
デザイン科だからだろうね。油画科、日本画科、彫刻科、それぞれに苦しみがありそう。デザイン科以外は進路の悩みが? 知り合いのアート作家は、食えるようになるまで地獄だったって言ってたな。
鉱石どマニア漫画「宝石商のメイド」の作者さんか。ストーリーはサラッと読めるけど石の話をちゃんと読むと、これ宝石好きじゃなくて鉱石マニアだってなるやつ。
最初におぼえておけ。ブコメにおいて一星も入らないコメントに価値はない。
デザイナーもアーチストも席の数は限られてる。 先生も雰囲気良くやったほうが楽なのだが、それが生徒のためになるかは分からない。
労働は社会的に価値づけられるものか。どんな仕事もそのほとんどがそれ自体に絶対的な価値があるわけでなく。狩猟採集したものを自分で食うくらいか
好きと好かれるに、ズレがあるし、 正直「わかりやすく」が肝だよなぁ……。 だから、そこにUIも絡むと、すぐ敗北する………
「これはひどい」シールを貼らせないだけ世間より優しいやんけ
金とコネで入って卒業してハクつけたらコネでクソデザイン撒き散らすカスが大路を歩くので関係ない。公職選挙法があるわけでなし。それが弱肉強食でしょ。才能と努力? 公正世界信念クサくてニオいがキツいわ〜くっ
このお方の美大話は淡々としていながら底なしに怖い
なんだろな、そういう卒業生がアマチュアで活躍できるような社会が、文化的と言えるのかもしれないな、などとフト思った
デザインしたことないやつほどデザインとアートを明確に区別できると思いがち
おねがいアイプリ最新話に、ファッションデザイナーを目指して心が折れかけた子が登場していたな
すまんけどアートじゃないかぎりデザインってほとんど実力というよりコネの世界やで。実際テプラだらけのクソデザインごろごろ通ってるじゃん。まぁ一方でアートも権威ある人がすごいと言えばすごい扱いになる世界
デザインもコピーライティングも、そう。人を動かす手段なので、動かないものには価値はないのよ。
デザインだろうがアートだろうが、「それに金を出す人間」がいなければ食っていけないわけで、趣味の同人活動ならともかく仕事にしたいなら当たり前の話。親にクソ高い学費出させて甘ったれたこと言うなよ
首都圏の某美大グラフィックデザイン出身だけど、そんな講評会は一度もなかったな。むしろ専門学校や受験予備校でやってそう
デザインにおいては支持されないものに価値はないのはそれはそう。依頼者がいるわけで金出す人間を満足させる必要がある
普通は入学前にわかるはずだが?予備校なり受験デッサンの講評でボコボコにされて強者との差をわからされるので。
息子がデザイン専門入ったけど、美大も受験の時点でボロクソな選別受けるので入ってからも当然こうだろうなとは思う。
東京五輪のロゴはデザインというものに大衆が抱く幻想をきっちり刈り取ってくれました。
これは評価者数が少ないからというのもあるような。n個の作品をn人で評価したら、複数票を集める作品があれば必然的に誰にも評価されない作品はでる。
ある美大の入学式「本日入学された皆さんはダイヤの原石。この中から一つか二つ、本物のダイヤモンドが出れば良い。残りの人たちはそれを磨くお手伝いをしなさい。」
これはその通り。一般人はよくアートとデザイン混同するが、特にグラフィックデザインはほぼ宣伝広告のためのコミュケーションツールのことなので「一票も入らない作品に価値はない」は必要十分で最高な言い表し方
これに似た言説は私も聞いたことがある。アートとデザインの違いという文脈で語られてた。
ずっとこれ。美術系に行こうとして、高1高2からずっと。比較され続ける。それを学びとするか苦痛とするかは自由。
デザインは商業だから当たり前だな…
純粋な美術の世界と商業、工業デザインと求められるものが違い過ぎるし、設計、技術、営業と比較すると必要性も低い。食えなくて当たり前の世界とか、金持ちと才能あるやつしか生き残れんだろ。
赤シールは単なる象徴で、本質は、実力や才能や努力や作品への執着の差が評価に表れ、打ち砕かれてる。それに対してデザインはコネだというトップブコメやスターを見ると、ふふってなる。組織票で赤シール貰えば?w
デザイン評価を自分たちでやるのは残酷なようで、本人が一番よく解っているというやつ
"ブコメにおいて一星も入らないコメントに価値はない" 言葉が刺さりすぎて抜けないんだが?
至極真っ当な考えだと思う。ただしですね、実際のデザイン系会社にはちゃんとデザイン教育受けてない人がゴロゴロしてて、美大卒がどれだけ有難いかよ。
それなら大学って名称やめて、職業訓練校に変えたら。
1人1票だと相対評価になるので能力を正しく反映しない。コンペではなく教育なので絶対評価がよいのでは。まあ、講評が本体で投票は余興なのかもしれないけど。
美大って作家として作家で食っていくのが難しい(作家になるのは簡単、名乗ればいいだけだし)だけであって、そこそこの美大なら就職率も良いし別にそこまで争うこともないけれどねw
オリンピックで赤いシールを集めればパクリでもOKって分かったんじゃ?
マクルーハン主義みたいにメッセージがないということだと思うけど。誰に届くかのプロデュースもすべきかな。やり過ぎるとお前である意味もないけど。
こんな考えだからテプラだらけになるんだよ。
宝石商のメイド、まだアニメ化してなかったんだな。ギャラリーフェイクよろしくこれ系はアニメ化しやすそうなんだけどな。
実力さえあれば評価されるのはかなり優しい世界だと思う/他人の票が見えるかどうかで結果変わりそう/優劣がつき下位は諦めるかエンジョイ勢になっていくのって部活(文化部運動部問わず)や仕事も同じ。
体育会系だもんな
好きなことを商いにしなければずっと好きでいられる。デザインの世界なら勝負が続くからそりゃそう。求められるものやその背景にある課題に応えて初めてデザインだと思う。
これは当然だし、ここを理解してない人が誰にも伝わらないトイレの標識を作ってしまうのではなかろうか。結果の数値化に耐えられないタイプの人はデザイン職に向かないと思う。
デザイナーになる気は無いが、オレは自分のにはるね
あのさ、デザインとアート、美術、芸術を混同してない?そもそも論が間違ってるが・・
こういう文化の業界はなかよし互助会で一票ずつ入れようという慣習ができても不思議でないし、実際にそういう互助会とコネで仕事が回っていく話も聞くのでさもありなん。スポーツの世界の似たようなものだろうけど。
(グラフィック)デザインじゃないアートも、人に伝わらなければ意味がないと私は思っています。デザインならなおさら。
その結果として日本の美術やデザインなんて壊滅状態なんだからこのやり方は間違いです。みんながいいと思ったものを全部捨てるくらいでちょうど良い
「デザインはコネ」は全力で否定する。それはアーティスト性を売りにした一部の上位美大卒デザイナーのレアケース。ただし、営業力が仕事量に関係する事はあるね。