学び

第2回 「正しさ」だけでは、社会は息苦しくなる - 集英社新書プラス

1: myogab 2026/06/28 19:00

「義」という字は「異物の包摂」の意味で、義手・義父等と用いる。justiceを正義と訳すのは等しいのだろうか? 後段、言葉狩りみたいな話になっていて、それ、前半で批判してる正しさの強制じゃね?と思うなど。

2: kiyotaka_since1974 2026/06/28 19:23

読む気しないなぁ。現実は、正しさが通らないから息苦しいのに。

3: anmin7 2026/06/28 19:42

正しさって弱者が異議申し立てする時につかうものでもあって。強者は自分で現実を変更するんですよね。訴訟なんて起こせるのは強者側でしょ。貧乏な勤め人は訴訟なんてできない。法の下の平等は存在しない。

4: iinalabkojocho 2026/06/28 20:51

ただしくないこと、で生きている人がいる。生かされている人がいる。それでも大丈夫なのが寛容でリベラルだよね。

5: warulaw 2026/06/28 22:03

ずっとそうだったんだけど、正しくない不正義こそが大手を振るうようになってきちゃって、正しさを支えないといけない時代になってきたよね。

6: gaikichi 2026/06/28 22:27

今でも銭湯に行けば普通にタトゥーの入った人はよく来るし、いちいち出禁にしろとごねる客はいない。一部の思想的クレーマーに過敏過ぎじゃね。思想的な寛容を啓蒙するより、相互に鈍感・無関心の方が生きやすそう