徳島→和歌山→千葉と、黒潮に乗って人が移住したという話
黒潮
和歌山と千葉の関係性は知ってたけど、徳島が関わってる話は初めて知った。
“13 ”
阿波と安房、鳴門と成東(難読)◇忌部
安曇族が、熱海、渥美、安曇野の地名に関係してるという話も好き。
海洋民族だ
徳島から和歌山、そして千葉へと黒潮に乗って地名や産業(醤油とか)が伝播した歴史は壮大なロマンがある。安房のルーツが阿波なのも納得
千葉は北側が「下総」で南側が「上総」。海路が盛んだったので陸から近い北ではなく、海から近い南が「上」なのだと聞いた
はっ、だから、鹿島神宮と伊勢神宮同じような地形、場所にあるのか。千葉、高天原から伊勢に移住したんだろうな。
「海路で」っていうのはわかるけど「黒潮に乗って」はよく考えずテキトーに言ってるでしょ。一方通行なの?
黒潮基準だと南紀→安房は快速で3駅先みたいなものだから
福岡の京都郡とか、秋田の大坂姓とか、ね
楽しいねえ
今まで意識してなかったけど言われてみればなるほどって感じ
北海道にも多いと聞いたことがある。
近年だと北海道の北広島市とか。
じゃ、日本中にある○○銀座って銀座のママたちが都落ちして各地商店街の立ち上げに貢献したのか?(まずは記事を読もう)
将門が契機の成田山の新勝寺や更級日記とか公の歴史は京都ととの関係が面白い。
面白い!知らなかった。
へぇー国語の教科書のパンゲアの話みたい 江戸と同じ地名は各地の城下町で見られるけど
この辺は網野史学の範疇じゃないの。
水路は文化や信仰だけでなく、商業と軍事の同盟の目安にもなる。
( 和歌山、千葉 )
黒潮に乗って千葉を通り過ぎってそのまま太平洋の藻屑になった人も多かったんだろうな。数年前にも漂流して偶然助かった人もいた。
鈴木姓が多い理由のひとつでもあるのかな。雑賀鉄砲衆の鈴木氏が海沿いに東に流れている?
繋がりがある割には方言だいぶ違うよね。地区レベルの移住じゃ方言は保てないのかそれとも方言の分化は別で起きたのか。
この手の話だと星野之宣の『ヤマタイカ』がネタで使ってたな。アソ→アサマとか神武天皇の東征で地名移植が起こったとか
よくわからないけど、パンゲア大陸のときはくっついていたんじゃね。/地名の漢字は当て字で。
へー面白い。北海道も、移ってきた人たちが元々住んでた土地の名前たくさん残ってるけど、千葉と和歌山にもそんな関係が。
この手の話、沖縄の美ら海の隣の国立海洋博物館がめちゃ面白いよ、全てがオーシャンピーボーの話。世界の島の衣食住、文化、船造り… 5時間は潰せる。
アメリカってやたらと「ニュー〇〇」が多くね?
昔のNHK朝ドラ澪つくしがまさにそれで、湯浅から銚子に移住した醤油屋と地元の漁師とのいざこざも描かれてて面白かった。
和歌山の白浜はもとは瀬戸鉛山村(せとかなやまむら)といい、白浜は観光地化してできた比較的新しい地名なので関係ない
適度にホルってて良い。鰹節のとこは土佐節って書いてあるし、遡ればモルジブフィッシュまで行くだろうよ。鈴木は熊野大社の宮司さん系列(推しも含む)よね。
"千葉は和歌山の植民地だからですね "w
浅学ながら知らなかった
原住民側の視点も欲しいところ。
房総半島外房一周してホテルブルーベリーヒル勝浦~トスラブ館山ルアーナあたり泊まったら忌部の神社フィールドワークに便利。房総は方言が東北弁と大差なく、海路で北上・南下し住み着いた人たちもいたのだろう。
宗像
日本海側は北前船で南北相互交流していたイメージだが、太平洋側は紀伊国屋文左衛門のみかんのイメージで一方的に南から北へ向かってたイメージ。だが船は和歌山に帰るんだもんな。
おもしろい
長柄桜山古墳群がある逗子も当時の重要な海路拠点だったという話もあって、千葉方面への中継地点だった可能性があります。
黒潮に乗るのがそんなに楽なら相模から上総にわたる程度で人柱出さなくてよくね…?
最近だと九州→木更津的な移住もあった。https://dailyportalz.jp/kiji/180213202046 製鉄のみならず石油コンビナート民も東京湾沿岸の街に移った人たちがいる。
背景となる時代は違うが、北陸に出雲系の地名が多いのと同じ感じか。https://izumo-studies.info/articles/etsusa_and_izumo/1_izumozaki_tasukewatasukuni
「鳴門と成東は由来が同じ」しらなんだ…。
地名の被りから黒潮の移住史にたどり着くの面白い。日本史は陸路だけで見ると大事な線を見落とす。
"和歌山と千葉、徳島、さらに島根香川は皆、忌部との関係が深い土地" なるほど調べてみるか
文化史でやった覚えがある
つまりスズキ自動車もルーツは和歌山?
そんな繋がりがあるとは全然知らんかった
千葉と和歌山って地名被り多くね?という疑問から黒潮に乗って移住する昔の勢力へと辿り着いた「海路で移動してきた民族の歴史」
徳島→和歌山→千葉と、黒潮に乗って人が移住したという話
黒潮
和歌山と千葉の関係性は知ってたけど、徳島が関わってる話は初めて知った。
“13 ”
阿波と安房、鳴門と成東(難読)◇忌部
安曇族が、熱海、渥美、安曇野の地名に関係してるという話も好き。
海洋民族だ
徳島から和歌山、そして千葉へと黒潮に乗って地名や産業(醤油とか)が伝播した歴史は壮大なロマンがある。安房のルーツが阿波なのも納得
千葉は北側が「下総」で南側が「上総」。海路が盛んだったので陸から近い北ではなく、海から近い南が「上」なのだと聞いた
はっ、だから、鹿島神宮と伊勢神宮同じような地形、場所にあるのか。千葉、高天原から伊勢に移住したんだろうな。
「海路で」っていうのはわかるけど「黒潮に乗って」はよく考えずテキトーに言ってるでしょ。一方通行なの?
黒潮基準だと南紀→安房は快速で3駅先みたいなものだから
福岡の京都郡とか、秋田の大坂姓とか、ね
楽しいねえ
今まで意識してなかったけど言われてみればなるほどって感じ
北海道にも多いと聞いたことがある。
近年だと北海道の北広島市とか。
じゃ、日本中にある○○銀座って銀座のママたちが都落ちして各地商店街の立ち上げに貢献したのか?(まずは記事を読もう)
将門が契機の成田山の新勝寺や更級日記とか公の歴史は京都ととの関係が面白い。
面白い!知らなかった。
へぇー国語の教科書のパンゲアの話みたい 江戸と同じ地名は各地の城下町で見られるけど
この辺は網野史学の範疇じゃないの。
水路は文化や信仰だけでなく、商業と軍事の同盟の目安にもなる。
( 和歌山、千葉 )
黒潮に乗って千葉を通り過ぎってそのまま太平洋の藻屑になった人も多かったんだろうな。数年前にも漂流して偶然助かった人もいた。
鈴木姓が多い理由のひとつでもあるのかな。雑賀鉄砲衆の鈴木氏が海沿いに東に流れている?
繋がりがある割には方言だいぶ違うよね。地区レベルの移住じゃ方言は保てないのかそれとも方言の分化は別で起きたのか。
この手の話だと星野之宣の『ヤマタイカ』がネタで使ってたな。アソ→アサマとか神武天皇の東征で地名移植が起こったとか
よくわからないけど、パンゲア大陸のときはくっついていたんじゃね。/地名の漢字は当て字で。
へー面白い。北海道も、移ってきた人たちが元々住んでた土地の名前たくさん残ってるけど、千葉と和歌山にもそんな関係が。
この手の話、沖縄の美ら海の隣の国立海洋博物館がめちゃ面白いよ、全てがオーシャンピーボーの話。世界の島の衣食住、文化、船造り… 5時間は潰せる。
アメリカってやたらと「ニュー〇〇」が多くね?
昔のNHK朝ドラ澪つくしがまさにそれで、湯浅から銚子に移住した醤油屋と地元の漁師とのいざこざも描かれてて面白かった。
和歌山の白浜はもとは瀬戸鉛山村(せとかなやまむら)といい、白浜は観光地化してできた比較的新しい地名なので関係ない
適度にホルってて良い。鰹節のとこは土佐節って書いてあるし、遡ればモルジブフィッシュまで行くだろうよ。鈴木は熊野大社の宮司さん系列(推しも含む)よね。
"千葉は和歌山の植民地だからですね "w
浅学ながら知らなかった
原住民側の視点も欲しいところ。
房総半島外房一周してホテルブルーベリーヒル勝浦~トスラブ館山ルアーナあたり泊まったら忌部の神社フィールドワークに便利。房総は方言が東北弁と大差なく、海路で北上・南下し住み着いた人たちもいたのだろう。
宗像
日本海側は北前船で南北相互交流していたイメージだが、太平洋側は紀伊国屋文左衛門のみかんのイメージで一方的に南から北へ向かってたイメージ。だが船は和歌山に帰るんだもんな。
おもしろい
長柄桜山古墳群がある逗子も当時の重要な海路拠点だったという話もあって、千葉方面への中継地点だった可能性があります。
黒潮に乗るのがそんなに楽なら相模から上総にわたる程度で人柱出さなくてよくね…?
最近だと九州→木更津的な移住もあった。https://dailyportalz.jp/kiji/180213202046 製鉄のみならず石油コンビナート民も東京湾沿岸の街に移った人たちがいる。
背景となる時代は違うが、北陸に出雲系の地名が多いのと同じ感じか。https://izumo-studies.info/articles/etsusa_and_izumo/1_izumozaki_tasukewatasukuni
「鳴門と成東は由来が同じ」しらなんだ…。
地名の被りから黒潮の移住史にたどり着くの面白い。日本史は陸路だけで見ると大事な線を見落とす。
"和歌山と千葉、徳島、さらに島根香川は皆、忌部との関係が深い土地" なるほど調べてみるか
文化史でやった覚えがある
つまりスズキ自動車もルーツは和歌山?
そんな繋がりがあるとは全然知らんかった