表紙の鶏がやけに巨大 肉用種? そもそもの子どもの養鶏がすごいな 戦後すぐの昭和っぽい/書影確認したら表紙は絵だった 巨大鶏はいなかったよ
鶏にまみれた人生に変わる
気になる
めちゃくちゃ面白そう!!後で読む。
『ニワトリと卵と、息子の思春期』もめっちゃ面白かった。
“行き当たりばったりだが""一度問題やテーマと強くぶつかったらあとは写真家らしい高精細なレンズで""土台の部分から一歩一歩描き出して” /https://x.gd/2lZevJ 価格上昇覚悟で導入できるか問題
僕も将来鳥刺しを極めるために養鶏を始めるかもしれないので読んでみよう
「かわいい子ども。美しい手紙。血だらけのニワトリ」
面白そう
なにこれ面白そう
一番優秀な人に仕事が集中してるやつだ・・きっつー/旦那が育児すればよかったのにと思って読めないと思う
読んでみたい書評.
これは良い
鳴き声のエピソードでダメージ受けたので最高に精神が元気な時にだけ読みたい。今日の夕飯に手羽元買ってあるので感謝して食べる。
やべえな。
読んでみたい。鶏まみれ/繁延あづさ
鶏と人生の交錯、食卓の裏側を覗く冒険ですわね!興味津々ですの!
河原で石を売る商売よりはマシかもしれないけど、「すごいなあボクにはとてもできない」と言う感想です。
読書用に覚えておこう
『家庭内では著者が強者となっているのでこれは一種のハラスメントなのではないかとも悩みながらままならぬ日々を過ごしていくが仕方がないことだろう。』やはりケツを叩く人って必要なんだな…と🤔
一度 経験してみると いいよ。わたしは大学生のときに指導教員の村で。ニワトリは たいして出血しない。七面鳥は すごかった。 https://hituzinosanpo.hatenablog.com/entry/8353b96d8de00273cc94075124571740
俺は若い頃鶏料理屋に居たことがあり羽根まで処理した地鶏(ブロイラーより肥育が長く関節が固く深い)を捌くのが店で一番早かった。勿論今でも捌ける。
面白そうなんだけど、夫にイライラしてキレ散らかしてしまいそうなのでやめておく……
繁延家の長男が卵を売っていた、というのを読んで、いっしゅんそういう商売師のことを「繁延家」と呼ぶのかと思った。たんに名字なのか
リストラから養鶏へ、波乱万丈にゃ!
当人だから当時大変だったよねとなるね
この方の文章も強い。読ませるものがある
食肉用の牛を飼っていた叔父は、やめた今でも肉全般を食べない。自分も叔父に似た性格だから、同じ仕事をしていたらたぶんそうなっていたと思う。
親父が養鶏食肉加工会社の経理をやってたころ工場見学に連れて行ってもらったことがある。切り落とした頭と足だけが収集カゴに入っていて、鶏は脚以外全部使えるんだよと言ってた。懐かしい。
すごい
従兄弟が養鶏初めたのでタイムリー
子どもの頃に鶏を飼ってたのだが、また飼ってみたい衝動が時々ある。
生きるということは他の生命を頂くということ。
なんかいろいろダメージを受けそうで手が出せない話だ。
畜産学科時代、牛豚鶏については「出産⇒(愛をこめて)育成⇒屠殺⇒解体⇒加工⇒実食」という流れを実体験した。そして業と向き合うためにビーガンにも経験し、納得の上で雑食回帰。何よりまず命に感謝。
夫に切れそうになるのは間違いないので読まない
注目コメのも読んでみたいと思った。鳥あえず"食鳥処理"を画像検索
小学生の頃、一度だけだが経験がある。一口目はウッとこみ上げたが、捌きたての肉は無茶苦茶美味くて、二口目からはモリモリ食った。子供ながらに自分はそういう人間なんだなと思った。
“かわいい子ども。美しい手紙。血だらけのニワトリ。美しい内臓。血に汚れた自分。すべては連続している。 ”
リストラされた夫がはじめた養鶏のために、食鳥処理場に通い始めた写真家の挑戦と人生を描き出す傑作ノンフィクション──『鶏まみれ』 - 基本読書
表紙の鶏がやけに巨大 肉用種? そもそもの子どもの養鶏がすごいな 戦後すぐの昭和っぽい/書影確認したら表紙は絵だった 巨大鶏はいなかったよ
鶏にまみれた人生に変わる
気になる
めちゃくちゃ面白そう!!後で読む。
『ニワトリと卵と、息子の思春期』もめっちゃ面白かった。
“行き当たりばったりだが""一度問題やテーマと強くぶつかったらあとは写真家らしい高精細なレンズで""土台の部分から一歩一歩描き出して” /https://x.gd/2lZevJ 価格上昇覚悟で導入できるか問題
僕も将来鳥刺しを極めるために養鶏を始めるかもしれないので読んでみよう
「かわいい子ども。美しい手紙。血だらけのニワトリ」
面白そう
なにこれ面白そう
一番優秀な人に仕事が集中してるやつだ・・きっつー/旦那が育児すればよかったのにと思って読めないと思う
読んでみたい書評.
これは良い
鳴き声のエピソードでダメージ受けたので最高に精神が元気な時にだけ読みたい。今日の夕飯に手羽元買ってあるので感謝して食べる。
やべえな。
読んでみたい。鶏まみれ/繁延あづさ
鶏と人生の交錯、食卓の裏側を覗く冒険ですわね!興味津々ですの!
河原で石を売る商売よりはマシかもしれないけど、「すごいなあボクにはとてもできない」と言う感想です。
読書用に覚えておこう
『家庭内では著者が強者となっているのでこれは一種のハラスメントなのではないかとも悩みながらままならぬ日々を過ごしていくが仕方がないことだろう。』やはりケツを叩く人って必要なんだな…と🤔
一度 経験してみると いいよ。わたしは大学生のときに指導教員の村で。ニワトリは たいして出血しない。七面鳥は すごかった。 https://hituzinosanpo.hatenablog.com/entry/8353b96d8de00273cc94075124571740
俺は若い頃鶏料理屋に居たことがあり羽根まで処理した地鶏(ブロイラーより肥育が長く関節が固く深い)を捌くのが店で一番早かった。勿論今でも捌ける。
面白そうなんだけど、夫にイライラしてキレ散らかしてしまいそうなのでやめておく……
繁延家の長男が卵を売っていた、というのを読んで、いっしゅんそういう商売師のことを「繁延家」と呼ぶのかと思った。たんに名字なのか
リストラから養鶏へ、波乱万丈にゃ!
当人だから当時大変だったよねとなるね
この方の文章も強い。読ませるものがある
食肉用の牛を飼っていた叔父は、やめた今でも肉全般を食べない。自分も叔父に似た性格だから、同じ仕事をしていたらたぶんそうなっていたと思う。
親父が養鶏食肉加工会社の経理をやってたころ工場見学に連れて行ってもらったことがある。切り落とした頭と足だけが収集カゴに入っていて、鶏は脚以外全部使えるんだよと言ってた。懐かしい。
すごい
従兄弟が養鶏初めたのでタイムリー
子どもの頃に鶏を飼ってたのだが、また飼ってみたい衝動が時々ある。
生きるということは他の生命を頂くということ。
なんかいろいろダメージを受けそうで手が出せない話だ。
畜産学科時代、牛豚鶏については「出産⇒(愛をこめて)育成⇒屠殺⇒解体⇒加工⇒実食」という流れを実体験した。そして業と向き合うためにビーガンにも経験し、納得の上で雑食回帰。何よりまず命に感謝。
夫に切れそうになるのは間違いないので読まない
注目コメのも読んでみたいと思った。鳥あえず"食鳥処理"を画像検索
小学生の頃、一度だけだが経験がある。一口目はウッとこみ上げたが、捌きたての肉は無茶苦茶美味くて、二口目からはモリモリ食った。子供ながらに自分はそういう人間なんだなと思った。
“かわいい子ども。美しい手紙。血だらけのニワトリ。美しい内臓。血に汚れた自分。すべては連続している。 ”