今風にいえばクラファンで映画ができたら、最後のスタッフロールに名前が載るとかと同じでしょ
寄進
稲荷神社にやたらと鳥居がある理由の1つ。
基本的に寄附の変種なんよ。鳥居の由来は古いが、実のところそんなに結界として機能させてないし、よく移転してる何か。ちなみに真ん中通っちゃいけないとかは特に書籍にもなく伝承にもない迷信中の迷信です。
寄進の精神/自由の女神像の建設資金が足りなくなった時に民衆から寄付を募って「寄付金額に関わらず、全ての寄付者の名前を新聞の一面に掲載する」 としたのと同じじゃないかな https://note.com/hip_pansy8389/n/n41dada97f89d
異文化だから分かりづらいだけで欧州でも教会や橋造りの寄進に際して名前を載せる文化はある。プラハの聖ヴィート大聖堂のミュシャ製ステンドグラスにはBANKA SLAVIE(スラヴ保険銀行)の名前が載ってたり。
知らん国の知らん会社だから大企業の広告に見えちゃうのかもしれないけどこの手の文化は日本に限らないんじゃなかろうか。
米国の大学の建物なんかに大口寄付者の名前が付いてたりするのと近いかなあ。
どんどん世界が狭くなってくるな
地方都市の神社の囲いなんかに刻まれた寄進者の名前を見てると、その地方がどの都市と関係が深かったのかとかが想像できて、なかなかおもしろい
鳥居の維持費がきつくて旗竿にしようって話があると、前の会社の上司が雑談で言っていたな。小さな地元企業の名前も出てこない地域住民だけが支えている神社だと大変
法人格
寄付した人の名前を記すこと自体は海外でもあるだろうけど、何かミステリアスな呪文みたいなものだと思っていたら会社名だったのがショックということじゃないのかな。
ナイキの鳥居ww
なるほどこの地区はこの法人が強いのだなという理解促進に役立つ
昔、K-1で角田信朗の試合を見て感激した外国人が「あの道着に書かれている文字を彫ってほしい」と「エスカップ」ってタトゥーを入れた、って話を思い出した
これはいいまとめ
地元の企業をグローバル企業と同列に扱うな
身内ヅラして、そんなに古くなくて申し訳ないみたいな阿りせんでも
キリスト教というかアブラハムの宗教にはこういう文化は無いんだろうか。仏教だと檀家が色々奉納するのは普通なんだがな。一神教はよくわからん
メインの鳥居ゾーンの1本目のぶっとい鳥居ってたしか電通だった気がする。さすが。
神社によっちゃ江戸時代の寄進の石碑があったり(年代書いてるからわかるよね)戦前とか戦中とかのもあって「ああ、この個人名の寄進者は時期的に戦争に行くから寄進して行ったんだな」とかわかって興味深い。
CSRみたいなもんだ。
まあ、広告(スポンサード)だろ。無地でもいいのに、あえて名前をデカデカと書いてある時点で。
欧米の美術館とかで寄付者の名前の間とかあるのと同じよね。
個人の名前なら敬虔な信者かと思うが、企業名ばかりなのは商業化を否定できないだろ。それ良いとか悪いとかじゃなくて。
伏見稲荷の最初の鳥居は電通です
献金って書けばキリスト教圏の人にも分かるように翻訳されるのでは。分からんけど
向こうにもあるやろと思ったけど、アメリカを支配している福音派はないのか。勉強になった
ぶっちゃけこの手のやつが始まった当時はバリバリに広告としての機能を期待されていたと思うし、それでいいと思う
祭りの寄付なんかでも名前出すのは同調圧力かけるのに有効。作家の〇さんのお名前が!とか青い会社はシブいねぇとかくちさがなく言われる。それで祭りは維持される。
大企業の名前だと風情ないけど、地元企業だったりすると、味があっていい
神様の通り道に寄進者の肛門医の名前が連なってたらズッコケそう
広告というよりパトロン的な。広告要素が無いとは言わんが、個人名を掲げても何の宣伝にもならないしねえ。
企業スポンサードでがっかりって感覚がわからん。どこでもそれで成り立ってるでしょ?
そりゃお稲荷さんって金儲けを願いに行くとこだからな。
がっつり名前を書いてなおデザインとして成立してる提灯ってすごい
ゼス様「右手のすることを左手に知らすな」中国人「陰徳という言葉知ってる?」(当然日本に流入してる価値観ではある)↓「地元企業だったりすると、味があっていい」そう思います
これも寄付文化だよな。
目から鱗だった。
商業化されてるという理解でいいとおもう。
元々は貢献した人の名前であってお金に代わったのはその後だったかと。お賽銭も昔は米とかだったし
日本の神様は基本的に、生きてる人間の欲望にポジティブだよね。商売繁盛、試験合格、良縁、病平癒、豊作・豊漁、戦勝なんかの分かりやすい現世利益が守備範囲で、魂の救済とかの性格は薄い(そっちは仏教の領域かも)
『この鳥居は神様の使いである狐が成功のための鍵を加えて祈る人の願いを叶えるために、走り回り願いを叶えることに1つ鳥居を飛び越え少しずつ神様に近づいていくと言う神話』
確かに鳥居は宗教的シンボルではあるけど、拝む対象じゃないのよね。神聖さで言えば神鏡とかのほうがずっと上。
海外でブームの火が点いた元乃隅神社(山口県長門市)の由来を調べてみると…。
個人でも寄贈できるし見返りがあるので、広告というよりは投げ銭とかクラウドファンディングの方向性がする。
寄付した人の名前が書いてあるだけだよ?ローマの有名なアッピア街道も建設指揮を取ったアッピウス・クラウディウス・カエクスの名前から付けられているから同じようなものだよ!(ぇ
お稲荷さんは商売繁盛の神様だから、商売人たちが鳥居という形で寄進してるってことだし、お寺の天井とかお城の瓦とかもそういう感じで企業名個人名が入ってるのでなあ。広告にはなってるけどあくまで寄進。
共同出資による還元。いまなら、クラウドファンディングに近いと考える
神社に行って地元の会社とかの名前を見るのも地域との繋がりも感じられて好きなんだよね〜。
今あるような相撲も勧進相撲が起源だし、夏の花火大会もスポンサー広告の起源みたいなもんだ。唯一絶対の神がいる文化圏よりも、聖と世俗の境界があいまい
前に聞いた話だと、「寄進待ち」が大量に発生していて鳥居はなかなか建てられないという(笑)/古い寺社に行くと寄進額が書かれていて「数円」だったりするのに時代を感じる。
その昔は主に個人名だった訳で(この数十年でずいぶん企業寄りに変化してる)、「昔から広告でもあった」は違うんじゃないかな。/海外にも寄付はある訳で、要は異文化だから見えにくいという話だよね。
鳥居にコストコとか書いてあるアメリカ人作成の加工写真に大笑い。
寄進を単なる広告と捉える感覚の差が面白いな。肛門科の提灯は流石に風情ぶち壊しで草生える
概念がそもそも解りづらいのか まあそりゃそうか 神の概念が違うもんな
広告としての機能もあるし、出資しなければ村八分に遭うこともある。でもそのスペースを買って広告するのとは違うよな。
日本の鳥居ってめちゃ美しいけどなんて書いてあるの?→正体を知った海外の人々が「え…商業化されてるの?ショックだ」と誤解したので説明してみた
今風にいえばクラファンで映画ができたら、最後のスタッフロールに名前が載るとかと同じでしょ
寄進
稲荷神社にやたらと鳥居がある理由の1つ。
基本的に寄附の変種なんよ。鳥居の由来は古いが、実のところそんなに結界として機能させてないし、よく移転してる何か。ちなみに真ん中通っちゃいけないとかは特に書籍にもなく伝承にもない迷信中の迷信です。
寄進の精神/自由の女神像の建設資金が足りなくなった時に民衆から寄付を募って「寄付金額に関わらず、全ての寄付者の名前を新聞の一面に掲載する」 としたのと同じじゃないかな https://note.com/hip_pansy8389/n/n41dada97f89d
異文化だから分かりづらいだけで欧州でも教会や橋造りの寄進に際して名前を載せる文化はある。プラハの聖ヴィート大聖堂のミュシャ製ステンドグラスにはBANKA SLAVIE(スラヴ保険銀行)の名前が載ってたり。
知らん国の知らん会社だから大企業の広告に見えちゃうのかもしれないけどこの手の文化は日本に限らないんじゃなかろうか。
米国の大学の建物なんかに大口寄付者の名前が付いてたりするのと近いかなあ。
どんどん世界が狭くなってくるな
地方都市の神社の囲いなんかに刻まれた寄進者の名前を見てると、その地方がどの都市と関係が深かったのかとかが想像できて、なかなかおもしろい
鳥居の維持費がきつくて旗竿にしようって話があると、前の会社の上司が雑談で言っていたな。小さな地元企業の名前も出てこない地域住民だけが支えている神社だと大変
法人格
寄付した人の名前を記すこと自体は海外でもあるだろうけど、何かミステリアスな呪文みたいなものだと思っていたら会社名だったのがショックということじゃないのかな。
ナイキの鳥居ww
なるほどこの地区はこの法人が強いのだなという理解促進に役立つ
昔、K-1で角田信朗の試合を見て感激した外国人が「あの道着に書かれている文字を彫ってほしい」と「エスカップ」ってタトゥーを入れた、って話を思い出した
これはいいまとめ
地元の企業をグローバル企業と同列に扱うな
身内ヅラして、そんなに古くなくて申し訳ないみたいな阿りせんでも
キリスト教というかアブラハムの宗教にはこういう文化は無いんだろうか。仏教だと檀家が色々奉納するのは普通なんだがな。一神教はよくわからん
メインの鳥居ゾーンの1本目のぶっとい鳥居ってたしか電通だった気がする。さすが。
神社によっちゃ江戸時代の寄進の石碑があったり(年代書いてるからわかるよね)戦前とか戦中とかのもあって「ああ、この個人名の寄進者は時期的に戦争に行くから寄進して行ったんだな」とかわかって興味深い。
CSRみたいなもんだ。
まあ、広告(スポンサード)だろ。無地でもいいのに、あえて名前をデカデカと書いてある時点で。
欧米の美術館とかで寄付者の名前の間とかあるのと同じよね。
個人の名前なら敬虔な信者かと思うが、企業名ばかりなのは商業化を否定できないだろ。それ良いとか悪いとかじゃなくて。
伏見稲荷の最初の鳥居は電通です
献金って書けばキリスト教圏の人にも分かるように翻訳されるのでは。分からんけど
向こうにもあるやろと思ったけど、アメリカを支配している福音派はないのか。勉強になった
ぶっちゃけこの手のやつが始まった当時はバリバリに広告としての機能を期待されていたと思うし、それでいいと思う
祭りの寄付なんかでも名前出すのは同調圧力かけるのに有効。作家の〇さんのお名前が!とか青い会社はシブいねぇとかくちさがなく言われる。それで祭りは維持される。
大企業の名前だと風情ないけど、地元企業だったりすると、味があっていい
神様の通り道に寄進者の肛門医の名前が連なってたらズッコケそう
広告というよりパトロン的な。広告要素が無いとは言わんが、個人名を掲げても何の宣伝にもならないしねえ。
企業スポンサードでがっかりって感覚がわからん。どこでもそれで成り立ってるでしょ?
そりゃお稲荷さんって金儲けを願いに行くとこだからな。
がっつり名前を書いてなおデザインとして成立してる提灯ってすごい
ゼス様「右手のすることを左手に知らすな」中国人「陰徳という言葉知ってる?」(当然日本に流入してる価値観ではある)↓「地元企業だったりすると、味があっていい」そう思います
これも寄付文化だよな。
目から鱗だった。
商業化されてるという理解でいいとおもう。
元々は貢献した人の名前であってお金に代わったのはその後だったかと。お賽銭も昔は米とかだったし
日本の神様は基本的に、生きてる人間の欲望にポジティブだよね。商売繁盛、試験合格、良縁、病平癒、豊作・豊漁、戦勝なんかの分かりやすい現世利益が守備範囲で、魂の救済とかの性格は薄い(そっちは仏教の領域かも)
『この鳥居は神様の使いである狐が成功のための鍵を加えて祈る人の願いを叶えるために、走り回り願いを叶えることに1つ鳥居を飛び越え少しずつ神様に近づいていくと言う神話』
確かに鳥居は宗教的シンボルではあるけど、拝む対象じゃないのよね。神聖さで言えば神鏡とかのほうがずっと上。
海外でブームの火が点いた元乃隅神社(山口県長門市)の由来を調べてみると…。
個人でも寄贈できるし見返りがあるので、広告というよりは投げ銭とかクラウドファンディングの方向性がする。
寄付した人の名前が書いてあるだけだよ?ローマの有名なアッピア街道も建設指揮を取ったアッピウス・クラウディウス・カエクスの名前から付けられているから同じようなものだよ!(ぇ
お稲荷さんは商売繁盛の神様だから、商売人たちが鳥居という形で寄進してるってことだし、お寺の天井とかお城の瓦とかもそういう感じで企業名個人名が入ってるのでなあ。広告にはなってるけどあくまで寄進。
共同出資による還元。いまなら、クラウドファンディングに近いと考える
神社に行って地元の会社とかの名前を見るのも地域との繋がりも感じられて好きなんだよね〜。
今あるような相撲も勧進相撲が起源だし、夏の花火大会もスポンサー広告の起源みたいなもんだ。唯一絶対の神がいる文化圏よりも、聖と世俗の境界があいまい
前に聞いた話だと、「寄進待ち」が大量に発生していて鳥居はなかなか建てられないという(笑)/古い寺社に行くと寄進額が書かれていて「数円」だったりするのに時代を感じる。
その昔は主に個人名だった訳で(この数十年でずいぶん企業寄りに変化してる)、「昔から広告でもあった」は違うんじゃないかな。/海外にも寄付はある訳で、要は異文化だから見えにくいという話だよね。
鳥居にコストコとか書いてあるアメリカ人作成の加工写真に大笑い。
寄進を単なる広告と捉える感覚の差が面白いな。肛門科の提灯は流石に風情ぶち壊しで草生える
概念がそもそも解りづらいのか まあそりゃそうか 神の概念が違うもんな
広告としての機能もあるし、出資しなければ村八分に遭うこともある。でもそのスペースを買って広告するのとは違うよな。