90年代中頃、通学に使ってたバス停の時刻表を今見ると、当時一時間に3~4本ぐらいあった時間帯でも1~2本(夕方以降0本)ぐらいに細ってるんだよな。高校生とかどうやって移動してるんだろ。
ポツンと一軒家見てたら回想話で普通に分かる事をgdgd論じてる感(山道走ってると、想像絶する辺鄙な場所でもフツーに商店だった廃屋が転がってるよな
逆なんだよ、田舎になっていった。スーパー、映画館、ダンスホール、パチンコ、書店、玩具店、八百屋、魚屋、寿司屋、銭湯、みんな歩いて10分以内にあっておれの家はラーメン屋だった。みんな今はなくなった。
魚の行商人がチャリンコで往来してて、家の前で買えた。親父が言ってたw
田舎の定義が人によってバラバラだね。80年代に車が無いってのは相当な地域だと思うけど。
電気やガス、インターネットが無い時代の生活に戻れと言われてほとんどの人が戻れないのに、車はそれができると思えるのが不思議。私は絶対に無理
結局モータリゼーションが地域の商店街や公共交通を破壊したっていう皮肉な結末なんだよな
その時代にはそこいらに個人商店ガたくさんあって酒屋やら米屋やら八百屋やら菓子屋やら山ほどあった。今の感覚だとこんな近場に何軒あんだよってくらいあった。仕事だって家の商売やら農業だもん。
まだ自分の小さい頃は牛馬を飼ってた農家が周りに結構いた。重い荷物を運ぶ「生きた車」だったし、農作業の苦労を軽くする「生きた機械」だった。
90年代、実家の最寄りのバス停は、朝の時間帯なら5-10分に1本は路線バスが来てたけど、今は朝でも1時間に3本くらい。/70年代後半に廃線になったという線路は、いま道路になってる。もう駅のあった場所も分からない
今から40年前は既に田舎でも自家用車は普及してしていたが、今よりも人口は多く商店も大字にひとつくらいはあってバスもあった。今は何も無くなった。
これは地味に気になってた。でも場所にもよるだろうけど地方で車が普及し始めたのが70年代とかまじ? さすがにもっと昔だと思ってた。
昔ツルハシで石炭も鉄鉱石も掘ってただろって言う人(´・_・`)
1980年代までは行商や個人商店があったね…老人はそこで買ってた。でも大きな商業施設ができちゃうとな…更に言えば個人商店も少子化で立ち行かなくなって
その通り。多くの田舎では自家用自動車という40年間で維持費が3000万円超にもなる負債を持たずも生活できるし、できていた。自家用自動車、つまりマイカーが蔓延するほどに死亡事故が増え続け、公害も増え、人口は減。
考えるまでもなく普及した以前のインフラがもうないやろがい
駅からわいの家へと続く道、風雨でボロボロに風化したオーニングの並びだけが昔の賑わいを伝える
津々浦々の個人商店がスーパー・コンビニに駆逐されていったのが80年代くらいかな。地方だと昭和の末くらいまではギリギリ残っていたが
東京一極集中が悪い👿
集約による効率化で高品質・低価格になった代わりに「割の良い仕事」が減少し過疎化が進んでいる。
昔は田舎でも徒歩圏で生活できる環境が整っていたんだよね
母方の実家が札幌郊外ですが、冬場は自転車を出せないので、買物の際は金盥に紐を繋いでソリの代わりに引いていった、という話は聞きました。
これは車や鉄道の普及により街が都会と田舎に区分けされるようになったと考えるのが自然で普及以前は人口のトップが東京じゃないという事実からも明らかだと思う https://nlab.itmedia.co.jp/research/articles/1167/
変な日本語…
「高齢者にとって」やね。若年層が居てコミュニティがあるなら車が無くても死なない
"自家用車の普及は「進歩」ではなく「生活圏の破壊」" / これはマジ。運輸、通信の発達によって、大企業の魔の手が地方まで行き届き、おらが村の商売が破壊され、それらは悉く賃金労働に置き換わって行ったんだよ。
車が便利なのは当たり前だけど簡単に人を殺せる道具で誰もがある日突然飯塚元院長のようになる可能性を秘めているってことは念頭に置かないといけない。自賠責を任意保険相当に引き上げるべき。
今はネット通販が発達して家から一歩も出なくても玄関先まで宅配が届くのでは。食品に関してはスーパーの配達範囲ではないかもしれないから割高なお取り寄せグルメになっちゃうかもしれないけど。
昔は車が無くたって兄弟のうち3人に2人は成人まで生きられた
そらそうだよ 昔は移動が不便だったのだ
自動車という手軽な中長距離移動手段により大型スーパー、ショッピングモールに集約され、歩いていける範囲の個人商店が消えた。バス路線や鉄道も地方では採算がとれなくなり減便や廃止になった。
むしろ、今は車があるから田舎の人も長生きできてるわけで、自家用車が普及する以前は都会と比べて平均寿命も短かったのでは
地方都市は最近Uberで買い物頼めるので死なない。ガチの田舎はそもそも店が無くなっているので死ぬ。ていうか田舎で金がないのが一番の死。
自家用車が普及する前は、自家用車がなくても生活できる世の中だった。日用品や生鮮食品をリアカーに積んで、行商が辻々を売り歩いているものだった。
昔は牛とか馬がいたんだよ。ヘンリー・フォードが言ってただろ?『顧客に何が欲しいか聞いたら「速い馬」って言うだろう』って
個人商店が駆逐されていったのは良いことなのかどうか。人一人が消費するエネルギーを減らそうと思うと、今のように野放図なモビリティの社会は維持できないはずなので、また個人商店が重要な社会に戻るのでは。
ええ…。その徒歩圏内、公共交通機関圏内にあったはずの農家、林業、全部だめになって実家から出ざるを得なかった北海道の東の人たちもいるんですわ。
どんな田舎でも商店街ってのがあった。今は壊滅し、郊外型スーパーに車で買い物に行く構図。自分の出身地の話なんだけどね。
“その時代の証言を「今の人」に求めるのは、そもそも無理がある”
国土地理院の地図で田舎でも1960年代の航空写真が見れるから家屋の分布はそれが分かりやすい。1970~1980年頃に結構大規模に道路整備されているからそこから爆発的に自動車が普及している感がある
実家に帰ると、田舎ではない住宅地だが、以前あった小さなスーパーや飲食店とかがなくなっていて、徒歩圏内で買い物できるのは、コンビニが1軒しかなくなっていた。自動車ないと生活できない感じ
吸い取られただけ。
都内もそう。商店街や個人経営の店が無くなってしまった。その結果、まいばすだらけになってる。工具だって商店街の金物屋さんですぐ買えたのに、車でホムセン行かないと目で見て選んで買えなくなった
So2,商店街の金物屋さんは過小評価されすぎよね(勿論,高松中央商店街には有る)
それを見たけりゃ東京に行けばいいんですよ。駅前商店街、八百屋にパン屋に食堂飲み屋、減ってきたとはいえ駐車場もなしにあれだけ商売できるのは大都市ならではですよ。観光地じゃないよ下町住宅地だよ。
さすがに学が無さすぎない?モータリゼーションの普及と共に街の中心が郊外になっていったんだよ。地名に町と名がつくが何もない地域、日本中にいっぱいあるでしょ。自動車普及前の名残だよ。
今クルマで買い物食事のロードサイド店が立地してるとこ、昔はなんもなかった。偽中華ランタン祭り人多すぎて期間半月も人出で道混むし郊外ロードサイド店のほうでやればいいのに
移動販売車が回る。新聞は町の中心部の店まで購読者各自がとりにいく。近隣同士でマイクロバスを仕立てて、それこそ南蔵院などへの寺参りするのが唯一の観光。車で30分位のところを自転車で通学とかなら見聞きした
個人商店全盛の時代には、店員による「御用聞き」「配達」てのがあってな。『ひぐらしのなく頃に』にも出てくる(これは昭和50年代が舞台だけど)
車を使わずに行ける商店街があれば、まあ、町ではないか。昭和40年代うちの田舎には「よろずや」と呼ばれる一軒のなんでも売ってる民家のような店があったのみでした。あと、国道の近くまで歩くと農協があった。
こういう視点で「男はつらいよ」とか観ると発見あるのかな〜
広い田舎にこそ完全リモートワークと自動配送車が必用だな
多様性認めてくれ、田舎でもチャリで生きてる人もいるんだ
それが、モータリゼーションっていうやつだから。
グラデーションあるけどよほど山じゃなきゃ町内に商店街があって駅周辺はデパートもあって、バス通ってたし生活には困らなかったイメージ でも東京とかは外国のように遠い場所だと思ってた 子供だからかもしれんが
確かに昔は小さな商店がたくさんあった。八百屋・魚屋・肉屋・豆腐屋・靴屋・呉服屋・金物屋、私の住んでるところではこれらの店は商店街ではなく点在してるけど数は少なくなった。
「自家用車が普及した以前は死」なんだよ。今の俺達の幸福ライフから考えると
ガチ田舎に住んだことがないので、あまり言及していい立場でもないと思うけど、最寄りの町田駅までバスで30分の神奈川住んでた50年前は住宅地の中に10軒程度のミニ商店街まで子供でも歩いて行けたな。
そんなこと言ったら全ての文明の利器が「縄文時代は無かった。だから要らない」になる。かつて不便をやり過ごす手段があったにせよ、今その頃に戻ることは出来ない。実際、中途半端な田舎でも車無し無理(特に寒冷地)
50年前でも田舎には家に1台は自動車あったけど、個人商店もやっていけてた。中小スーパーマーケットが乱立するようになって個人商店が駆逐されたと思う
田舎なのに行商すごいな。それこそ今ならクマに襲われそう
単に昔の生活に戻るのは耐えられないというのではなく、町の構造が自家用車前提に作り替えられてしまったという理解
バスが未舗装道路走ってる時代だろ? YouTubeにあるけど、轍にハマったらみんなで押すか、そこで降りて歩いて移動だぞ。 橋もないからバスも船で渡してもらうんだ。 あとは、こじんまりした個人商店があるイメージ
田舎に住んでる人は全員農業でしょ。街に住んでる人は電車と蓮
車は必要だろうが、マイカーはどうだろう。タクシーのみで生活しようとはしなかったのか
20年くらい前まで名古屋近郊で世帯数1000くらいの団地に住んでたけど、個人商店とか小型スーパーとかバスも時間2から3本あったのが、今やバスは時間1本になって商店はなくなったので、車必須の度合いは増してるよ。
うちの実家は水府村と言ってガチ山村のさらに奥、実家より奥には山と寺しかない。個人商店をやっていたのだが昔あった桑畑やタバコ畑がなくなったので客がいなくなってしまった。現代にここで商売やってくのは無理。
田舎ばかりじゃなくて、地方都市の住宅地にも、以前商店だった現住宅が現存してて、とはいえこの前は商店だったんだろなもあと数年で見えなくなるんだろうな(1980年代生まれ、それ以前は分からない)
それが良いかは別として、エゲツない格差・無限の競争・思春期の受験漬け(↔︎落伍)等には晒されずに済んでただろう。1960年頃に車が普及するのと同時期に受験戦争も始まる。今も今でグローバル化の恩恵と弊害が(ry
今とは流通網とかロジの仕組みが全然違う、だけでだいたい説明できちゃうのでは。車が普及するに従ってそれに合わせて田舎の物流も変わっていき、今は車前提というエンフォースが強くなっている。
なにやら充実したまとめ
山奥に住んでる。40年前は国鉄も走ってて、バスも2社が1日4〜5便(合わせて10便近く)走ってた。徒歩圏内に個人商店もあったがどれも無くなった。仕事にも買物にも車が必須。30年前は原付で遠方に仕事に行ってたなぁ。
車が普及したから田舎になったんだよ。移動手段ができたら人は便利なところに移動するだろ。
誰も「車ない時代に戻れ」なんて話してないのに、そのブコメにスターが集まるのはなんなの?揃いも揃って日本語読めないで妄想で話ししてるの?
昔は行商人がいて、人が住んでいる所なら魚屋とかいろんな業種の人が、様々な物を売りに来てたんですよ。野菜と米は自給自足かなあ。
ヒトの移動、モノの移動、カネの移動とかの、複数の視点で別々に考えた後で統合して考える話なので、個別に考えないと考えられないのに、個別の言いかたのままだとよくわからないことになったりしますよね。
肉屋、八百屋、魚屋、豆腐屋それぞれの移動販売車が決まった曜日に来てたよな、あと生協。それぞれ決まったメロディや曲を流して走ってて、人が集まってくるの
30年前は近所に朝市、鮮魚店、雑貨店、酒屋、理髪店、金物屋がそれなりにあったけど、今は朝市と雑貨店1軒のみ。その雑貨店もそろそろ閉まりそう。
俺ら東京さ行ぐだ
車がなければ死ぬのは確実。昔は近隣都市への輸送で半日かけたりしてたし今はそんなの無理だろ。
このゆで卵は10分前は生卵だったから、ゆで卵は生卵に戻るはず!といえば、この論理が成り立たないのは分かってもらえると思うが。農家だが軽自動車税10台払ってるから。
自分はむしろ子供の頃は県庁所在地やそれに準ずる都市に住んでいたことが多かったが歳取って再訪すると個人商店ほぼ全滅していてビックリする。昔も今も車は必須ではないし客が減ったわけでもないのにガンガン潰れる
車が普及していたかもだけど、昭和40年頃、田舎に住んでいた母は中学生で、雪が降ると馬車(馬ソリ?)で通学していたらしい。楽しそう。
となりのトトロでも遅い時間までバスが走ってた。
行商とかもうほぼ無くなっちゃったしねぇ…
タイトルですら車のない時代に戻れ(戻れる)なんて言ってないのにはてブ民はタイトルすら全部読まなくなったのか・・・
個人商店主が廃業しサラリーマンに転換する過程「自家用車の保有が2世帯に1台となった昭和50年。路線バスの利用者数ピークも昭和46年で、これ以降は大型店のロードサイド出店が増え集落のお店が減りバブル時代に」
日本で免許取らない人ってどういう人生を歩むつもりなのか聞いてみたい。乗れないなら仕方ないけど乗れるのに取らないは頭おかしいと思ってる。
自動車が無い頃は道路はアスファルトではない世界で物流も人力なので物がとにかく無い。傘、靴、バケツ、鍋等壊れたら修理が当たり前の世界。自動車普及時は飛び出し事故で無警戒な子供がたくさん亡くなった
バイクの話を誰もしていなくて驚いた
あと地方もローカル線が多かった。みんな廃線だけど。
嫁出身地ド田舎在住だが無人駅しか無い所なのにすぐ近くに昔は「商店街」があり(町内に3つほどあったらしい)何でも買えたらしい。徒歩5分圏内に小コンビニ程度の個人商店があったそうだし徒歩だけで生活できてた。
祖父の若い頃の時代、いま車で15分で行ける距離を片道2時間かけて徒歩通勤していたと聞いたことがある
ふわっとした認識で雰囲気で議論している
田んぼばかりの田舎だけど昔は人も多くて商店や喫茶店、すごく栄えてたみたい。今は車なきゃ何もできん
雪国では全力で冬の備蓄をして、春までちびちび食べなければ死ぬ時代。そんな場所でも日用品を扱う商店くらいはあったり。
はぁ?/そりゃ車もマンションもいらんし洋服だって不要なんなら狩猟と農業で自給自足出来ればなんもいらんだろ/
1960年代にはつくばの谷田部にだって2件も映画館があったりしたのに(映画年鑑に載っている
“行商がいたんだと思います。”
自検協の県別世帯普及台数(2024年)をみると、福井、富山、山形がベスト3で全国平均の1.6倍以上で東京の4倍とか。1975年でも似た感じで東京は不動の最下位なので、モータリゼーション地方普及期まで遡れる傾向なのかもねえ
規制緩和の歴史。大店舗法の規制緩和が80年代かな?イオンみたいな大店舗が商店を駆逐し始めたのが分かりやすい例。でも、あと20年後には無人宅配カーが金払えば何時でも来てくれる。問題はインフラ維持だけ
車の無い時代に戻れとは確かに書いてないけど、少し考えれば車が普及する前と今だと生活形態が全然違うなんて分かりそうなものなので、田舎でも車無くて大丈夫って言われてるようで腹が立つ気持ちは少し分かる。
小学生の時に調べた事があるけど、どこの町にも〇〇銀座みたいな商店街があった。それが車の普及で衰退して、今では大型ショッピングモールとアウトレット、ECに飲み込まれて完全に淘汰された。
自分のナラティブが最優先で想像も検証も死んでる。一端の論客気取り。頭がいい振りはやめろ。
車がある前提で街が作られてるんだから、車が無いと無理なのは当たり前だし、それ以前はなくて大丈夫という、とても当たり前の話。
真の田舎ではコンビニどころか毎日のゴミ捨てすら車使ってるんだから車なかったら死ぬでしょそら
車は金持ちの道具だったから私の実家には無かった。公共交通機関で都会に出るには1人往復2千円かかるので村の外を見る機会は少ない。ブコメにもあるが本屋やおもちゃ屋など一通りの店は確かにあった。今はもう無い
若者目線だとそうなるのね、すごく良い疑問点だと思う。当時については皆様が書かれてる通り
80年代だけど、祖母の家のある集落にはとくし丸みたいな移動販売がきてたんだよなあ。豆腐なんかは集落の商店でも作ってたが。
この数十年で車必須の構造に変わっていっているということ。
国道がバイパス化して、いわゆる「旧道」とかいわれてる場所が商店があったのよねぇ。 ロードサイド文化はアメリカの悪い文化よ… 欧州は車は遠出にしか使わないもんなぁ。
自分でさえ地元の小中高の母校がもう無い。早いと〝住みやすい町→田舎→限界集落〟に1、2世代でなっていくと思う。皆、コスパ良く暮らし始めた結果が〝車無きゃ…〟になってる。
電子レンジ使うのと同じ理由。昔は車が無かったから使いようがないが、あったら使うだろ。「田舎」をまた一括りにしてる。
小さな集落にも徒歩圏内に一通りの店があったんだよね。大型店やチェーン店や生活スタイルの変化でほぼ壊滅した。地方商店街だって大体シャッター通りになってる所ばかりだしね。
実家の近く、昔はあった小型のスーパーがなくなってる。ただまだ自転車で行ける範囲のスーパーはある。倍くらいの距離になってるけど。一方、都心部は昨今まいばすけっとがやたら増えとる。
昔は歩いていける距離に、八百屋、魚屋、肉屋、豆腐屋、本屋、文房具屋などの個人商店があったのだよ。場合によっては小さな百貨店もな。
子どもの頃は、徒歩15分くらいに商店街があって、小さな市場で肉魚野菜や豆腐やお菓子や乾物を買い、米屋酒屋本屋は注文すると夕方に配達してくれて重いものを持つこともなかった。その店はもう全部なくなった。
スーパーが徒歩圏外の政令指定都市より、今や徒歩圏内に複数のスーパーがあるちょい田舎のほうが暮らす上では便利。
田舎の商店街が今どうなっているかご存じない?シャッター通りという言葉をご存じない?今はどこも大きな駐車場のある郊外のショッピングセンターに駆逐されてしまった
マレによく見る事だが、“普及した以前” という表現に違和感が。”普及する以前” なのでは?
スーパーができ始めた時代だったけど、まだ移動販売の魚屋さんがいた。高齢化・免許返納とニュータウンのオールドタウン化で買い物難民が発生し、今また移動販売が注目されてる(田舎ではないけど)。
昔はもっと地方に人がいた、というのはかつてねとらぼがしっかりとした記事で解説していた https://nlab.itmedia.co.jp/research/articles/1167/
ジャスコが悪いっていう話?
だいたい自民党が政治献金くれる大規模販売業者(ダイエーとか)に「配慮」して大店法を規制緩和→廃止したせい。あれで集落ごとにあった小さな個人商店がバタバタ潰れて、大きな駅前の商店街もシャッター街になった
近所に個人の商売しているかよくわからない雑貨屋とか八百屋があったかな。こういうのは複数の要因が複合的に絡むからなぁ。
日露戦争で戦死者の寡婦が大勢生まれて、生活の面倒をどうするか?って、酒やタバコの販売権を寡婦に優先的に渡して小規模商店(駄菓子屋みたいな商店)を日本全国の小規模集落に作ったお陰で、移動コスト低かった
車が普及してから車前提の社会に変わった。車がなくても生活できる社会は破壊された。文明が退化する想定がなさすぎる。当然子供には地獄なのに逃げ出す人が増えた。
自家用車が普及する以前、ってかなり昔になるけれどそのころの生活様式と今とじゃまったく違うんじゃあ
戦後すぐ生まれぐらいの人は、お金持ちの子は馬車に乗って学校に来てたみたいなエピソード聞いたことある。お金持ちじゃない子はバスに乗ってた。車が普及してバスがなくなったのかな。昔は個人商店が普通よね。
田舎生まれのミドフォーだけど、当時から別に近所も栄えてなかった。バス停も遠かったし、冬に母親の車封印してた時期があって、その時は不便すぎた記憶。
田舎のバスが全然なくなったよなあ。
そういえば実家はわりと住宅街で田舎という感じではないけど、40年前は食料品の買い物は徒歩圏内の店だったのが潰れて今は車ないときついな。
ちいさい個人商店がたくさんあったから成り立っていたんだよ商店街って言ってね 今は見る影もなくシャッターだらけだけど、昔はそこでみんな買い物をしていたんだ
いくつくらいの人なんだろう。すごい若そう
田舎と言っても地方の都市部ならクルマを減らして生活は可能で、その分経済的余裕を持てると思うが https://note.com/brothert/n/nc761b8910f56
その時代にはイオンがなかったから。
個人商店、ほぼ潰れたなあ。スーパー中の専門店街の一角にかつてそこにあった店の一つが契約の名残として生き残ってるくらいだ
大量に個人店があった=それで食べている個人事業主が多かったり訳なんだけど、大店法の規制緩和以降に皆殺しになったからなあ
ウチの田舎には馬頭観音とか供養塔がちらほらあって馬が移動運搬手段として一定の役割を果たしていたことがうかがえる。金持ちボンボンが馬に乗って通学してたという逸話も。牛もいたし鶏もいた。のどかな共生時代…
母が免許を取るまでは、チャリかバスだったな。でっかいカゴのママチャリで30分くらい先の地元スーパーでチャリに積めるだけ買い物してた。おでかけは駅までバスで、当時は15分に1本はあった。現在は廃線。
生協も移動販売車もまだあって、そういう名残りなのかな。その辺も影薄いのは自家用車でハイパーマーケットていう形態に侵食されたからなんだろうなー。
うちの実家も車無いと生活出来ないけど、5~60年前までは小さい商店がいっぱいあったらしい。僕がガキの頃(30年前ぐらいまで)はその名残りで和菓子屋とかそれなりに飯屋とかあったんだけどほぼ壊滅した。
“個人商店は1970年代後半にも大活躍。あと現在の田舎と違って路線バス網が強力。田舎の小さな街でも商店街は活気があって、ひととおりアクセスできた。”
過去を振り返るのはいいことだが、過去で何かが止まっているわけないでしょ。
はてな民は年齢層高いから、このまとめ読んで涙腺にきてそう
自家用車を1970年代に入手した世代って、80歳近いでしょ。うちのママンは日に日に世界がわるくなると歌う声に、おうちに車とエアコンがあるんだから良くなったよと応えている。
車の普及で本当に生活が変わったんだね〜。
昔は半径200m四方に必ず味噌、醤油、酒、豆腐、鮮魚を取り扱う店舗があったし米と野菜は自前で調達したからねえ。地域によっては2000年代までそういう町があった。今は……
仕事は近所の畑、子どもは習い事なんかしない、服は自分で縫う、食べ物は手に入るもので賄う、気軽に病院に行かない。そういう生活レベルだっただけでしょ。今でもそうするなら車は要らんよ。通販があるだけ楽かも。
Google AIいわく〈日本のモータリゼーション(車社会化)が、都市部だけでなく地方(農村部・地方都市)にまで本格的に波及したのは、1960年代後半から1970年代にかけて〉だそうだよ。
自家用車が普及する前は、町の卸からまとめて仕入れて近所で小売りしても客が来たから近所の商店が存続できたが、普及してからは存続できなくなった
70年代以前の話する意味あるの?
ガチ農村育ちの60年代当時は、どこも母屋の続きに納屋があり牛がいた。魚や豆腐は自転車で売りに来てた。集落に塩・たばこ屋はあったが食料品店は無かった。祖父が自転車で野菜を売りに行き、物資を買って帰宅してた
つまり江戸時代の生活ってこと? なお平均寿命。
田舎農家出身、個人商店が数Km内にあり、移動販売もあり、バスもあった。味噌・梅干し・漬物は自家製。肉・魚(乾物以外)は滅多に食べない、乳もヤギ。車とスーパーでストロー現象?個人商店がほぼ消滅&人が街へ
個人商店もあったし、移動販売も多かったね。私にとっての日本の原風景は、そういった光景かもしれない。
田舎に住む車のない高齢者はこれからどう生活して行けばいいんだろう?
トトロの生活でしょ?あと農協ネットワーク
実際食べてる量や、消費材の量も少なかったと思う。ほぼ自給自足してたはず。
田舎と呼ばれる地区の全ての弊害は車社会で、バスを復活させれば良い気がしてきた。人口を集積させれば発展させることが出来る。
だから昔は地方の鉄道路線がいつも満員だった 鉄道事業は田舎でも儲かる事業だった
民が栄えて国が廃れる、というスタイルに於いて日本は超先進国。 ほかの先進国は追い付きつつあり、途上国は第一歩を謳歌中。 日本はもう一歩先に先に進めないものかな。
田舎定義が違い過ぎ。トップコメの映画館やダンスホールすらあるのに全部消えたなんて炭鉱みたいに地域産業崩壊レベルの特殊な例では。自分の田舎はあまり変わってない。駅3つ先の映画館は潰れたけどシネコンが
農業には三輪でも軽でもトラックは必需品。肥料や作物の重さ考えてみ?レスにもあるが車がないと引き売りの饐えた臭いの乾物位しか買えないし医者も遠くて通えない。だから皆車を持った。車無しだと今でも詰む。
うちの爺さんは馬持ってたぞ。私が小さいころには馬小屋だけ残されていた。
定期的に「田舎は車無きゃ死」みたいな投稿がXに流れるが、自家用車が普及した以前はそうじゃなかったはずだが...→当時の生活について様々な意見
90年代中頃、通学に使ってたバス停の時刻表を今見ると、当時一時間に3~4本ぐらいあった時間帯でも1~2本(夕方以降0本)ぐらいに細ってるんだよな。高校生とかどうやって移動してるんだろ。
ポツンと一軒家見てたら回想話で普通に分かる事をgdgd論じてる感(山道走ってると、想像絶する辺鄙な場所でもフツーに商店だった廃屋が転がってるよな
逆なんだよ、田舎になっていった。スーパー、映画館、ダンスホール、パチンコ、書店、玩具店、八百屋、魚屋、寿司屋、銭湯、みんな歩いて10分以内にあっておれの家はラーメン屋だった。みんな今はなくなった。
魚の行商人がチャリンコで往来してて、家の前で買えた。親父が言ってたw
田舎の定義が人によってバラバラだね。80年代に車が無いってのは相当な地域だと思うけど。
電気やガス、インターネットが無い時代の生活に戻れと言われてほとんどの人が戻れないのに、車はそれができると思えるのが不思議。私は絶対に無理
結局モータリゼーションが地域の商店街や公共交通を破壊したっていう皮肉な結末なんだよな
その時代にはそこいらに個人商店ガたくさんあって酒屋やら米屋やら八百屋やら菓子屋やら山ほどあった。今の感覚だとこんな近場に何軒あんだよってくらいあった。仕事だって家の商売やら農業だもん。
まだ自分の小さい頃は牛馬を飼ってた農家が周りに結構いた。重い荷物を運ぶ「生きた車」だったし、農作業の苦労を軽くする「生きた機械」だった。
90年代、実家の最寄りのバス停は、朝の時間帯なら5-10分に1本は路線バスが来てたけど、今は朝でも1時間に3本くらい。/70年代後半に廃線になったという線路は、いま道路になってる。もう駅のあった場所も分からない
今から40年前は既に田舎でも自家用車は普及してしていたが、今よりも人口は多く商店も大字にひとつくらいはあってバスもあった。今は何も無くなった。
これは地味に気になってた。でも場所にもよるだろうけど地方で車が普及し始めたのが70年代とかまじ? さすがにもっと昔だと思ってた。
昔ツルハシで石炭も鉄鉱石も掘ってただろって言う人(´・_・`)
1980年代までは行商や個人商店があったね…老人はそこで買ってた。でも大きな商業施設ができちゃうとな…更に言えば個人商店も少子化で立ち行かなくなって
その通り。多くの田舎では自家用自動車という40年間で維持費が3000万円超にもなる負債を持たずも生活できるし、できていた。自家用自動車、つまりマイカーが蔓延するほどに死亡事故が増え続け、公害も増え、人口は減。
考えるまでもなく普及した以前のインフラがもうないやろがい
駅からわいの家へと続く道、風雨でボロボロに風化したオーニングの並びだけが昔の賑わいを伝える
津々浦々の個人商店がスーパー・コンビニに駆逐されていったのが80年代くらいかな。地方だと昭和の末くらいまではギリギリ残っていたが
東京一極集中が悪い👿
集約による効率化で高品質・低価格になった代わりに「割の良い仕事」が減少し過疎化が進んでいる。
昔は田舎でも徒歩圏で生活できる環境が整っていたんだよね
母方の実家が札幌郊外ですが、冬場は自転車を出せないので、買物の際は金盥に紐を繋いでソリの代わりに引いていった、という話は聞きました。
これは車や鉄道の普及により街が都会と田舎に区分けされるようになったと考えるのが自然で普及以前は人口のトップが東京じゃないという事実からも明らかだと思う https://nlab.itmedia.co.jp/research/articles/1167/
変な日本語…
「高齢者にとって」やね。若年層が居てコミュニティがあるなら車が無くても死なない
"自家用車の普及は「進歩」ではなく「生活圏の破壊」" / これはマジ。運輸、通信の発達によって、大企業の魔の手が地方まで行き届き、おらが村の商売が破壊され、それらは悉く賃金労働に置き換わって行ったんだよ。
車が便利なのは当たり前だけど簡単に人を殺せる道具で誰もがある日突然飯塚元院長のようになる可能性を秘めているってことは念頭に置かないといけない。自賠責を任意保険相当に引き上げるべき。
今はネット通販が発達して家から一歩も出なくても玄関先まで宅配が届くのでは。食品に関してはスーパーの配達範囲ではないかもしれないから割高なお取り寄せグルメになっちゃうかもしれないけど。
昔は車が無くたって兄弟のうち3人に2人は成人まで生きられた
そらそうだよ 昔は移動が不便だったのだ
自動車という手軽な中長距離移動手段により大型スーパー、ショッピングモールに集約され、歩いていける範囲の個人商店が消えた。バス路線や鉄道も地方では採算がとれなくなり減便や廃止になった。
むしろ、今は車があるから田舎の人も長生きできてるわけで、自家用車が普及する以前は都会と比べて平均寿命も短かったのでは
地方都市は最近Uberで買い物頼めるので死なない。ガチの田舎はそもそも店が無くなっているので死ぬ。ていうか田舎で金がないのが一番の死。
自家用車が普及する前は、自家用車がなくても生活できる世の中だった。日用品や生鮮食品をリアカーに積んで、行商が辻々を売り歩いているものだった。
昔は牛とか馬がいたんだよ。ヘンリー・フォードが言ってただろ?『顧客に何が欲しいか聞いたら「速い馬」って言うだろう』って
個人商店が駆逐されていったのは良いことなのかどうか。人一人が消費するエネルギーを減らそうと思うと、今のように野放図なモビリティの社会は維持できないはずなので、また個人商店が重要な社会に戻るのでは。
ええ…。その徒歩圏内、公共交通機関圏内にあったはずの農家、林業、全部だめになって実家から出ざるを得なかった北海道の東の人たちもいるんですわ。
どんな田舎でも商店街ってのがあった。今は壊滅し、郊外型スーパーに車で買い物に行く構図。自分の出身地の話なんだけどね。
“その時代の証言を「今の人」に求めるのは、そもそも無理がある”
国土地理院の地図で田舎でも1960年代の航空写真が見れるから家屋の分布はそれが分かりやすい。1970~1980年頃に結構大規模に道路整備されているからそこから爆発的に自動車が普及している感がある
実家に帰ると、田舎ではない住宅地だが、以前あった小さなスーパーや飲食店とかがなくなっていて、徒歩圏内で買い物できるのは、コンビニが1軒しかなくなっていた。自動車ないと生活できない感じ
吸い取られただけ。
都内もそう。商店街や個人経営の店が無くなってしまった。その結果、まいばすだらけになってる。工具だって商店街の金物屋さんですぐ買えたのに、車でホムセン行かないと目で見て選んで買えなくなった
So2,商店街の金物屋さんは過小評価されすぎよね(勿論,高松中央商店街には有る)
それを見たけりゃ東京に行けばいいんですよ。駅前商店街、八百屋にパン屋に食堂飲み屋、減ってきたとはいえ駐車場もなしにあれだけ商売できるのは大都市ならではですよ。観光地じゃないよ下町住宅地だよ。
さすがに学が無さすぎない?モータリゼーションの普及と共に街の中心が郊外になっていったんだよ。地名に町と名がつくが何もない地域、日本中にいっぱいあるでしょ。自動車普及前の名残だよ。
今クルマで買い物食事のロードサイド店が立地してるとこ、昔はなんもなかった。偽中華ランタン祭り人多すぎて期間半月も人出で道混むし郊外ロードサイド店のほうでやればいいのに
移動販売車が回る。新聞は町の中心部の店まで購読者各自がとりにいく。近隣同士でマイクロバスを仕立てて、それこそ南蔵院などへの寺参りするのが唯一の観光。車で30分位のところを自転車で通学とかなら見聞きした
個人商店全盛の時代には、店員による「御用聞き」「配達」てのがあってな。『ひぐらしのなく頃に』にも出てくる(これは昭和50年代が舞台だけど)
車を使わずに行ける商店街があれば、まあ、町ではないか。昭和40年代うちの田舎には「よろずや」と呼ばれる一軒のなんでも売ってる民家のような店があったのみでした。あと、国道の近くまで歩くと農協があった。
こういう視点で「男はつらいよ」とか観ると発見あるのかな〜
広い田舎にこそ完全リモートワークと自動配送車が必用だな
多様性認めてくれ、田舎でもチャリで生きてる人もいるんだ
それが、モータリゼーションっていうやつだから。
グラデーションあるけどよほど山じゃなきゃ町内に商店街があって駅周辺はデパートもあって、バス通ってたし生活には困らなかったイメージ でも東京とかは外国のように遠い場所だと思ってた 子供だからかもしれんが
確かに昔は小さな商店がたくさんあった。八百屋・魚屋・肉屋・豆腐屋・靴屋・呉服屋・金物屋、私の住んでるところではこれらの店は商店街ではなく点在してるけど数は少なくなった。
「自家用車が普及した以前は死」なんだよ。今の俺達の幸福ライフから考えると
ガチ田舎に住んだことがないので、あまり言及していい立場でもないと思うけど、最寄りの町田駅までバスで30分の神奈川住んでた50年前は住宅地の中に10軒程度のミニ商店街まで子供でも歩いて行けたな。
そんなこと言ったら全ての文明の利器が「縄文時代は無かった。だから要らない」になる。かつて不便をやり過ごす手段があったにせよ、今その頃に戻ることは出来ない。実際、中途半端な田舎でも車無し無理(特に寒冷地)
50年前でも田舎には家に1台は自動車あったけど、個人商店もやっていけてた。中小スーパーマーケットが乱立するようになって個人商店が駆逐されたと思う
田舎なのに行商すごいな。それこそ今ならクマに襲われそう
単に昔の生活に戻るのは耐えられないというのではなく、町の構造が自家用車前提に作り替えられてしまったという理解
バスが未舗装道路走ってる時代だろ? YouTubeにあるけど、轍にハマったらみんなで押すか、そこで降りて歩いて移動だぞ。 橋もないからバスも船で渡してもらうんだ。 あとは、こじんまりした個人商店があるイメージ
田舎に住んでる人は全員農業でしょ。街に住んでる人は電車と蓮
車は必要だろうが、マイカーはどうだろう。タクシーのみで生活しようとはしなかったのか
20年くらい前まで名古屋近郊で世帯数1000くらいの団地に住んでたけど、個人商店とか小型スーパーとかバスも時間2から3本あったのが、今やバスは時間1本になって商店はなくなったので、車必須の度合いは増してるよ。
うちの実家は水府村と言ってガチ山村のさらに奥、実家より奥には山と寺しかない。個人商店をやっていたのだが昔あった桑畑やタバコ畑がなくなったので客がいなくなってしまった。現代にここで商売やってくのは無理。
田舎ばかりじゃなくて、地方都市の住宅地にも、以前商店だった現住宅が現存してて、とはいえこの前は商店だったんだろなもあと数年で見えなくなるんだろうな(1980年代生まれ、それ以前は分からない)
それが良いかは別として、エゲツない格差・無限の競争・思春期の受験漬け(↔︎落伍)等には晒されずに済んでただろう。1960年頃に車が普及するのと同時期に受験戦争も始まる。今も今でグローバル化の恩恵と弊害が(ry
今とは流通網とかロジの仕組みが全然違う、だけでだいたい説明できちゃうのでは。車が普及するに従ってそれに合わせて田舎の物流も変わっていき、今は車前提というエンフォースが強くなっている。
なにやら充実したまとめ
山奥に住んでる。40年前は国鉄も走ってて、バスも2社が1日4〜5便(合わせて10便近く)走ってた。徒歩圏内に個人商店もあったがどれも無くなった。仕事にも買物にも車が必須。30年前は原付で遠方に仕事に行ってたなぁ。
車が普及したから田舎になったんだよ。移動手段ができたら人は便利なところに移動するだろ。
誰も「車ない時代に戻れ」なんて話してないのに、そのブコメにスターが集まるのはなんなの?揃いも揃って日本語読めないで妄想で話ししてるの?
昔は行商人がいて、人が住んでいる所なら魚屋とかいろんな業種の人が、様々な物を売りに来てたんですよ。野菜と米は自給自足かなあ。
ヒトの移動、モノの移動、カネの移動とかの、複数の視点で別々に考えた後で統合して考える話なので、個別に考えないと考えられないのに、個別の言いかたのままだとよくわからないことになったりしますよね。
肉屋、八百屋、魚屋、豆腐屋それぞれの移動販売車が決まった曜日に来てたよな、あと生協。それぞれ決まったメロディや曲を流して走ってて、人が集まってくるの
30年前は近所に朝市、鮮魚店、雑貨店、酒屋、理髪店、金物屋がそれなりにあったけど、今は朝市と雑貨店1軒のみ。その雑貨店もそろそろ閉まりそう。
俺ら東京さ行ぐだ
車がなければ死ぬのは確実。昔は近隣都市への輸送で半日かけたりしてたし今はそんなの無理だろ。
このゆで卵は10分前は生卵だったから、ゆで卵は生卵に戻るはず!といえば、この論理が成り立たないのは分かってもらえると思うが。農家だが軽自動車税10台払ってるから。
自分はむしろ子供の頃は県庁所在地やそれに準ずる都市に住んでいたことが多かったが歳取って再訪すると個人商店ほぼ全滅していてビックリする。昔も今も車は必須ではないし客が減ったわけでもないのにガンガン潰れる
車が普及していたかもだけど、昭和40年頃、田舎に住んでいた母は中学生で、雪が降ると馬車(馬ソリ?)で通学していたらしい。楽しそう。
となりのトトロでも遅い時間までバスが走ってた。
行商とかもうほぼ無くなっちゃったしねぇ…
タイトルですら車のない時代に戻れ(戻れる)なんて言ってないのにはてブ民はタイトルすら全部読まなくなったのか・・・
個人商店主が廃業しサラリーマンに転換する過程「自家用車の保有が2世帯に1台となった昭和50年。路線バスの利用者数ピークも昭和46年で、これ以降は大型店のロードサイド出店が増え集落のお店が減りバブル時代に」
日本で免許取らない人ってどういう人生を歩むつもりなのか聞いてみたい。乗れないなら仕方ないけど乗れるのに取らないは頭おかしいと思ってる。
自動車が無い頃は道路はアスファルトではない世界で物流も人力なので物がとにかく無い。傘、靴、バケツ、鍋等壊れたら修理が当たり前の世界。自動車普及時は飛び出し事故で無警戒な子供がたくさん亡くなった
バイクの話を誰もしていなくて驚いた
あと地方もローカル線が多かった。みんな廃線だけど。
嫁出身地ド田舎在住だが無人駅しか無い所なのにすぐ近くに昔は「商店街」があり(町内に3つほどあったらしい)何でも買えたらしい。徒歩5分圏内に小コンビニ程度の個人商店があったそうだし徒歩だけで生活できてた。
祖父の若い頃の時代、いま車で15分で行ける距離を片道2時間かけて徒歩通勤していたと聞いたことがある
ふわっとした認識で雰囲気で議論している
田んぼばかりの田舎だけど昔は人も多くて商店や喫茶店、すごく栄えてたみたい。今は車なきゃ何もできん
雪国では全力で冬の備蓄をして、春までちびちび食べなければ死ぬ時代。そんな場所でも日用品を扱う商店くらいはあったり。
はぁ?/そりゃ車もマンションもいらんし洋服だって不要なんなら狩猟と農業で自給自足出来ればなんもいらんだろ/
1960年代にはつくばの谷田部にだって2件も映画館があったりしたのに(映画年鑑に載っている
“行商がいたんだと思います。”
自検協の県別世帯普及台数(2024年)をみると、福井、富山、山形がベスト3で全国平均の1.6倍以上で東京の4倍とか。1975年でも似た感じで東京は不動の最下位なので、モータリゼーション地方普及期まで遡れる傾向なのかもねえ
規制緩和の歴史。大店舗法の規制緩和が80年代かな?イオンみたいな大店舗が商店を駆逐し始めたのが分かりやすい例。でも、あと20年後には無人宅配カーが金払えば何時でも来てくれる。問題はインフラ維持だけ
車の無い時代に戻れとは確かに書いてないけど、少し考えれば車が普及する前と今だと生活形態が全然違うなんて分かりそうなものなので、田舎でも車無くて大丈夫って言われてるようで腹が立つ気持ちは少し分かる。
小学生の時に調べた事があるけど、どこの町にも〇〇銀座みたいな商店街があった。それが車の普及で衰退して、今では大型ショッピングモールとアウトレット、ECに飲み込まれて完全に淘汰された。
自分のナラティブが最優先で想像も検証も死んでる。一端の論客気取り。頭がいい振りはやめろ。
車がある前提で街が作られてるんだから、車が無いと無理なのは当たり前だし、それ以前はなくて大丈夫という、とても当たり前の話。
真の田舎ではコンビニどころか毎日のゴミ捨てすら車使ってるんだから車なかったら死ぬでしょそら
車は金持ちの道具だったから私の実家には無かった。公共交通機関で都会に出るには1人往復2千円かかるので村の外を見る機会は少ない。ブコメにもあるが本屋やおもちゃ屋など一通りの店は確かにあった。今はもう無い
若者目線だとそうなるのね、すごく良い疑問点だと思う。当時については皆様が書かれてる通り
80年代だけど、祖母の家のある集落にはとくし丸みたいな移動販売がきてたんだよなあ。豆腐なんかは集落の商店でも作ってたが。
この数十年で車必須の構造に変わっていっているということ。
国道がバイパス化して、いわゆる「旧道」とかいわれてる場所が商店があったのよねぇ。 ロードサイド文化はアメリカの悪い文化よ… 欧州は車は遠出にしか使わないもんなぁ。
自分でさえ地元の小中高の母校がもう無い。早いと〝住みやすい町→田舎→限界集落〟に1、2世代でなっていくと思う。皆、コスパ良く暮らし始めた結果が〝車無きゃ…〟になってる。
電子レンジ使うのと同じ理由。昔は車が無かったから使いようがないが、あったら使うだろ。「田舎」をまた一括りにしてる。
小さな集落にも徒歩圏内に一通りの店があったんだよね。大型店やチェーン店や生活スタイルの変化でほぼ壊滅した。地方商店街だって大体シャッター通りになってる所ばかりだしね。
実家の近く、昔はあった小型のスーパーがなくなってる。ただまだ自転車で行ける範囲のスーパーはある。倍くらいの距離になってるけど。一方、都心部は昨今まいばすけっとがやたら増えとる。
昔は歩いていける距離に、八百屋、魚屋、肉屋、豆腐屋、本屋、文房具屋などの個人商店があったのだよ。場合によっては小さな百貨店もな。
子どもの頃は、徒歩15分くらいに商店街があって、小さな市場で肉魚野菜や豆腐やお菓子や乾物を買い、米屋酒屋本屋は注文すると夕方に配達してくれて重いものを持つこともなかった。その店はもう全部なくなった。
スーパーが徒歩圏外の政令指定都市より、今や徒歩圏内に複数のスーパーがあるちょい田舎のほうが暮らす上では便利。
田舎の商店街が今どうなっているかご存じない?シャッター通りという言葉をご存じない?今はどこも大きな駐車場のある郊外のショッピングセンターに駆逐されてしまった
マレによく見る事だが、“普及した以前” という表現に違和感が。”普及する以前” なのでは?
スーパーができ始めた時代だったけど、まだ移動販売の魚屋さんがいた。高齢化・免許返納とニュータウンのオールドタウン化で買い物難民が発生し、今また移動販売が注目されてる(田舎ではないけど)。
昔はもっと地方に人がいた、というのはかつてねとらぼがしっかりとした記事で解説していた https://nlab.itmedia.co.jp/research/articles/1167/
ジャスコが悪いっていう話?
だいたい自民党が政治献金くれる大規模販売業者(ダイエーとか)に「配慮」して大店法を規制緩和→廃止したせい。あれで集落ごとにあった小さな個人商店がバタバタ潰れて、大きな駅前の商店街もシャッター街になった
近所に個人の商売しているかよくわからない雑貨屋とか八百屋があったかな。こういうのは複数の要因が複合的に絡むからなぁ。
日露戦争で戦死者の寡婦が大勢生まれて、生活の面倒をどうするか?って、酒やタバコの販売権を寡婦に優先的に渡して小規模商店(駄菓子屋みたいな商店)を日本全国の小規模集落に作ったお陰で、移動コスト低かった
車が普及してから車前提の社会に変わった。車がなくても生活できる社会は破壊された。文明が退化する想定がなさすぎる。当然子供には地獄なのに逃げ出す人が増えた。
自家用車が普及する以前、ってかなり昔になるけれどそのころの生活様式と今とじゃまったく違うんじゃあ
戦後すぐ生まれぐらいの人は、お金持ちの子は馬車に乗って学校に来てたみたいなエピソード聞いたことある。お金持ちじゃない子はバスに乗ってた。車が普及してバスがなくなったのかな。昔は個人商店が普通よね。
田舎生まれのミドフォーだけど、当時から別に近所も栄えてなかった。バス停も遠かったし、冬に母親の車封印してた時期があって、その時は不便すぎた記憶。
田舎のバスが全然なくなったよなあ。
そういえば実家はわりと住宅街で田舎という感じではないけど、40年前は食料品の買い物は徒歩圏内の店だったのが潰れて今は車ないときついな。
ちいさい個人商店がたくさんあったから成り立っていたんだよ商店街って言ってね 今は見る影もなくシャッターだらけだけど、昔はそこでみんな買い物をしていたんだ
いくつくらいの人なんだろう。すごい若そう
田舎と言っても地方の都市部ならクルマを減らして生活は可能で、その分経済的余裕を持てると思うが https://note.com/brothert/n/nc761b8910f56
その時代にはイオンがなかったから。
個人商店、ほぼ潰れたなあ。スーパー中の専門店街の一角にかつてそこにあった店の一つが契約の名残として生き残ってるくらいだ
大量に個人店があった=それで食べている個人事業主が多かったり訳なんだけど、大店法の規制緩和以降に皆殺しになったからなあ
ウチの田舎には馬頭観音とか供養塔がちらほらあって馬が移動運搬手段として一定の役割を果たしていたことがうかがえる。金持ちボンボンが馬に乗って通学してたという逸話も。牛もいたし鶏もいた。のどかな共生時代…
母が免許を取るまでは、チャリかバスだったな。でっかいカゴのママチャリで30分くらい先の地元スーパーでチャリに積めるだけ買い物してた。おでかけは駅までバスで、当時は15分に1本はあった。現在は廃線。
生協も移動販売車もまだあって、そういう名残りなのかな。その辺も影薄いのは自家用車でハイパーマーケットていう形態に侵食されたからなんだろうなー。
うちの実家も車無いと生活出来ないけど、5~60年前までは小さい商店がいっぱいあったらしい。僕がガキの頃(30年前ぐらいまで)はその名残りで和菓子屋とかそれなりに飯屋とかあったんだけどほぼ壊滅した。
“個人商店は1970年代後半にも大活躍。あと現在の田舎と違って路線バス網が強力。田舎の小さな街でも商店街は活気があって、ひととおりアクセスできた。”
過去を振り返るのはいいことだが、過去で何かが止まっているわけないでしょ。
はてな民は年齢層高いから、このまとめ読んで涙腺にきてそう
自家用車を1970年代に入手した世代って、80歳近いでしょ。うちのママンは日に日に世界がわるくなると歌う声に、おうちに車とエアコンがあるんだから良くなったよと応えている。
車の普及で本当に生活が変わったんだね〜。
昔は半径200m四方に必ず味噌、醤油、酒、豆腐、鮮魚を取り扱う店舗があったし米と野菜は自前で調達したからねえ。地域によっては2000年代までそういう町があった。今は……
仕事は近所の畑、子どもは習い事なんかしない、服は自分で縫う、食べ物は手に入るもので賄う、気軽に病院に行かない。そういう生活レベルだっただけでしょ。今でもそうするなら車は要らんよ。通販があるだけ楽かも。
Google AIいわく〈日本のモータリゼーション(車社会化)が、都市部だけでなく地方(農村部・地方都市)にまで本格的に波及したのは、1960年代後半から1970年代にかけて〉だそうだよ。
自家用車が普及する前は、町の卸からまとめて仕入れて近所で小売りしても客が来たから近所の商店が存続できたが、普及してからは存続できなくなった
70年代以前の話する意味あるの?
ガチ農村育ちの60年代当時は、どこも母屋の続きに納屋があり牛がいた。魚や豆腐は自転車で売りに来てた。集落に塩・たばこ屋はあったが食料品店は無かった。祖父が自転車で野菜を売りに行き、物資を買って帰宅してた
つまり江戸時代の生活ってこと? なお平均寿命。
田舎農家出身、個人商店が数Km内にあり、移動販売もあり、バスもあった。味噌・梅干し・漬物は自家製。肉・魚(乾物以外)は滅多に食べない、乳もヤギ。車とスーパーでストロー現象?個人商店がほぼ消滅&人が街へ
個人商店もあったし、移動販売も多かったね。私にとっての日本の原風景は、そういった光景かもしれない。
田舎に住む車のない高齢者はこれからどう生活して行けばいいんだろう?
トトロの生活でしょ?あと農協ネットワーク
実際食べてる量や、消費材の量も少なかったと思う。ほぼ自給自足してたはず。
田舎と呼ばれる地区の全ての弊害は車社会で、バスを復活させれば良い気がしてきた。人口を集積させれば発展させることが出来る。
だから昔は地方の鉄道路線がいつも満員だった 鉄道事業は田舎でも儲かる事業だった
民が栄えて国が廃れる、というスタイルに於いて日本は超先進国。 ほかの先進国は追い付きつつあり、途上国は第一歩を謳歌中。 日本はもう一歩先に先に進めないものかな。
田舎定義が違い過ぎ。トップコメの映画館やダンスホールすらあるのに全部消えたなんて炭鉱みたいに地域産業崩壊レベルの特殊な例では。自分の田舎はあまり変わってない。駅3つ先の映画館は潰れたけどシネコンが
農業には三輪でも軽でもトラックは必需品。肥料や作物の重さ考えてみ?レスにもあるが車がないと引き売りの饐えた臭いの乾物位しか買えないし医者も遠くて通えない。だから皆車を持った。車無しだと今でも詰む。
うちの爺さんは馬持ってたぞ。私が小さいころには馬小屋だけ残されていた。