ごん、お前だったのか…手袋を買いに来たのはw 混ぜるな危険すぎるし、トラウマを上書き保存しようとして失敗するパターンやなこれ(´・ω・`)
検索してたら、わかめおばさんさんのブログに共感した。 “「ごんぎつね」と「手袋を買いに」を混同する奴なんなの?” https://www.wakametecho.com/entry/2023/06/16/192212
ごん、お前だったのか。」ゴンは小さく頷くと手袋を外し、お爺さんにトドメをさしますん
教科書の出版社や年代によって掲載作品が違うので、「新美南吉のキツネ話in小学校の教科書」で思い出す作品が人によって違うのよね。相手が手ぶくろの話をしてるのに、こっちは射殺のつもりで話を合わせちゃったり
手ぶくろを買いにはちんちんとチンチンだけ覚えてる
自分は「てぶくろをかいに」と「てぶくろ(絵本・ウクライナ民話)」がごっちゃになってしまう https://www.fukuinkan.co.jp/book?id=41
お金をカチカチする方が手袋、引き金をカチカチする方がごんお前
『後世への最大遺物・デンマルク国の話』この人なんでそんなにデンマーク推してるんだろ
おててがち〇ち〇するほうが「手ぶくろを買いに」。親の実家に正月帰って人生初積雪を経験したとき、雪遊びでおててが本当に〇ん〇んしたので「な!そうなるよな!」って共感した思い出
ブコメ、やるなら革の手袋やろなあ。
ああ懐かしいなあ。新美南吉とか小川未明とか、今の小さい子の感想と私が小さい頃(いつの話よ苦笑)の感想とは違うだろうな
一冊の本にしてるの意味を誤解して、角川すごいことするな…と思ってしまった。
ごんぎつねが雪が積もったお地蔵さんをかわいそうに思って手袋を買いに行く話だよね
どちらも黒井健さん絵の本で育ったので小さい頃はごっちゃになったことある
手袋の方は雪を見るのが初めてのあどけない子狐で、優しいお母さんもいる。ごんは一人ぼっちの(若干やさぐれた)小狐で、人間にすると小学校高学年から中学生くらいかなーと思う。きつねのキャラもけっこう違うよね
え? 六回ぶっちゃいますよ?(ホイミン脳)/このネタわかる人がおるんかい!
ごんぎつねが手袋を買いに行く世界線だと兵十は手袋屋なのだろうか
わたくしも手ぶくろを買いにとごんきつねは別の作品とは知りませんでしたの!きつねの視点から人間の優しさを描くなんて、なんとも素敵ですわね。
熱い事をチンチンって言うのに冷たいのもチンチンって不思議だよね。ちんちんかもかも
手袋を買いには、こぎつねの前足が男根になってしまうシーンが印象的だった
悪魔合体ワロタ
じ、地蔵お前だったのかー!食料を供給してくれたのは
子ぎつねが手ぶくろを買って無事にママのところに帰ってくるおはなしですよ。https://edu.web.nhk/school/watch/bangumi/?das_id=D0005150145_00000 https://x.gd/KyOvd9 ←(「ごんぎつね」「かぐや姫」「手ぶくろを買いに」「笠地蔵」)
作画が同じ人だしきつねだしねえ
「「ごんぎつね・手ぶくろを買いに」を一つの本にしてる本があった!悪魔合体過ぎるだろ!!」これはひどい
「きつねが手ぶくろを買いに行って、銃で撃たれる話」何その無法地帯。
ごんは新美南吉の生前に発表で、手袋は死後刊行の童話集に掲載。哀れなごんへのせめてもの手向けのようにも感じる。/灰谷健次郎も陰湿な『笑いの影』から『兎の目』に至る児童文学作家としての脱皮があり趣深い。
“「手袋を買いに」は話さないでも理解してくれる話で 「ごんぎつね」は想いは伝わらないという話で こうして並べられると真逆の方向の話だなーと思った。”
キツネアンソロジー
両方とも同じ作者(新美南吉)とは思わなかった
自分も昔混同してた
このセットは状況がいろいろ対極的で、読ませたくなるかもしれないが読む方は未消化になるかもなあ
ごんぎつねで受けた心の傷をてぶくろをかいにで癒やすのだ…えっどっちも新美南吉じゃん?!(今まで気づかなかった…)/えっ絵はころわんの人だったの?!?!
悪魔合体本のタイトル「ごんぎつね てぶくろを買いに」だと狐のごんが手袋を買いに行く話みたいだな(類例∶ひとまねこざる びょういんへいく)
新美南吉の地元である愛知県民には、同じ作者が書いた別の物語だということは常識だよね?
お婆さんを鍋で食べた贖罪で兵十の家にこっそり届けていた。/ 手に小麦粉を塗って人間を騙し 手袋を買う話http://hukumusume.com/douwa/pc/world/02/03.htm
そうか、新美南吉は絵本作家ではないから編集本がたくさんあるのか、というのと私が子供の時に読んだ「てぶくろをかいに」は誰が絵を描いてたんだろうと遠い目になる。すごくかわいいふわふわした絵だった
自分は「ごんぎつね」と椋鳩十の「しもばしら」を一時期混同してた。
どちらも人間ときつねの「すれ違い」の話ではあるのよ。手袋でもお母さんきつねは人間はこわいもの、て言ってたし
とりあえずおじいさんのランプ100回読んでこい!
作者一緒動物一緒で確かに1冊にするのも一理あるが…
“きつねが手ぶくろを買いに行って、銃で撃たれる話だよね!?”
手ぶくろを買いにの「おててがちんちんする」の一文をみんな読みたくなくて、先生にあてられないかドキドキした思い出
作者が同じということに衝撃を受けた そうだったの!?
どっちが先に書かれた話なんだろう。
新美南吉はいいぞ。『最後の鼓弓弾き』も雰囲気違うけどいいぞ。
ごん⋯お前だったのか⋯手袋を買いに来てくれたのは⋯
♪兵十~Don't make it bad~♪/早逝の文学者なのに教科書に載るような有名作が2作もあるのが悪い。
というか,その二つが同じ作者(新美南吉)なの知らなかった。
オレサマ 聖獣 チロンヌプ コンゴトモ ヨロシク…
どちらも新見南吉+狐、混同しちゃう。
ごん、お前だったのか、夜なべしてどん兵衛を食べながら手袋編んでくれてたのは(さらに混ぜる
俺は手袋を買いにと、狼と七匹の子ヤギが混ざってしまっている。狼が手に小麦粉を付けてドアの下から、ほーらお母さんの白い手だよーって見せるやつ。最早キツネですらない
もしかしてごんぎつねとズートピアも違う話なの!?
ひとまず新美南吉がキツネ大好きだってことは分かった
誤解するなら手袋にネズミからクマまで動物がムリムリ入り込むやつじゃないのか。
どっちも絵本が黒井健版といもとようこ版があるせいでごっちゃになるのでわ。
プライドが高すぎて人前から姿を消したらいつの間にか虎になってて、追いかけっこしている間にバターになっちゃう話でしょ?
教科書の挿絵は黒井健さんだった。どっちも教科書に載ってたよね??大造じいさんとガンはどうだったかな。
ワイも混同しとったわ…
ごんぎつねはネットのせいで読めない。手ぶくろを買いには子供の頃読んでからずっと好きだ
同じ作者の短編を一冊にするのはよくあることでは?
源九郎稲荷で有名な大和郡山市には、狐が化けて帽子屋さんに綿帽子を買いに来たお話があります。https://gennkurouinari.jimdofree.com/%E4%BC%9D%E8%AA%AC-1/
高校の後輩はOヘンリーの『20年後』と『よみがえった改心』を合体して覚えてた。こっちは警官しか合ってない。
新美南吉っていう名前の字面がなんかキツネっぽい感じがするもんね。
「手ぶくろ」を反対から読んで! ってやられるやつだ
「大造じいさんとがん」ともごっちゃになる
名古屋弁をゴリゴリに押し出してるこれが全国区になったことが凄いなーと。
なついな
君の頭の中ではオーヘンリーの話も何個か混ざってそう
そういえば曖昧になってた
うちのクラスは、おててがちんちんするは、里嶋くんが読んだわ。なんでこんなこと覚えてるんやろ
光の新美南吉と闇の新美南吉。小1で学ぶものと、小4で学ぶもの。
作者が同じは認識してなかったわ
手袋を買いにってあんま覚えてないな
手袋狐はごんの生まれ変わりとかそういう設定じゃなくて?
どっちも黒井健の絵の印象が強くて混同が起きている説。というか俺はそうだった。
リンク先の「カップリング感」すごい。A面B面とか、何だったら「手ぶくろ feat.ごんぎつね」でも行ける絵面(※話を知らなければ)
これくらいの解像度でいいよ
全然別の話なんだがごっちゃになるのもわからなくなはい
手が冷たいのを、ちんちんすると表現する言語感覚が面白かった思い出。今青空文庫を読み返したら、お金もチンチンしてた!
「赤いきつね」と「緑のたぬき」も別物だから要注意な
そんなことより、アンチテーゼとアンサーソングの使い方間違ってるよ
手ぶくろを買いに行った子ぎつねが成長したのがごん。 母と死別したので兵十の気持ちが分かった、とか。
「てぶくろをかいに」はいもとようこの絵がやさしくて好き。うちの子どもが図書館で読んだのもこれ。 https://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=27532
どっちも新美南吉、マジか…
「ノドグロをカニに」と「これ食えよ!」って別の話なの!?
小学生のころ、「手ぶくろを買いに」の続きを書きましょうという宿題で、ごんぎつねの結末を念頭にして、母狐を銃殺させた黒歴史持ちです。その時は同じ作者とは知らなかったです。
母親なら手袋くらい作ったらどうだ。家鴨泥棒は掴まえて檻の中へ入れておけという話だよ。
あれ?手袋ってタヌキじゃなかったっけ? と思ったけど、あれはあれでまた別の話(歌)だった
増田、お前だったのか……(事後)
ごん、お前だったのか。手袋を買いに来てくれたのは
「手ぶくろを買いに」と「ごんきつね」って別の話なの!?
ごん、お前だったのか…手袋を買いに来たのはw 混ぜるな危険すぎるし、トラウマを上書き保存しようとして失敗するパターンやなこれ(´・ω・`)
検索してたら、わかめおばさんさんのブログに共感した。 “「ごんぎつね」と「手袋を買いに」を混同する奴なんなの?” https://www.wakametecho.com/entry/2023/06/16/192212
ごん、お前だったのか。」ゴンは小さく頷くと手袋を外し、お爺さんにトドメをさしますん
教科書の出版社や年代によって掲載作品が違うので、「新美南吉のキツネ話in小学校の教科書」で思い出す作品が人によって違うのよね。相手が手ぶくろの話をしてるのに、こっちは射殺のつもりで話を合わせちゃったり
手ぶくろを買いにはちんちんとチンチンだけ覚えてる
自分は「てぶくろをかいに」と「てぶくろ(絵本・ウクライナ民話)」がごっちゃになってしまう https://www.fukuinkan.co.jp/book?id=41
お金をカチカチする方が手袋、引き金をカチカチする方がごんお前
『後世への最大遺物・デンマルク国の話』この人なんでそんなにデンマーク推してるんだろ
おててがち〇ち〇するほうが「手ぶくろを買いに」。親の実家に正月帰って人生初積雪を経験したとき、雪遊びでおててが本当に〇ん〇んしたので「な!そうなるよな!」って共感した思い出
ブコメ、やるなら革の手袋やろなあ。
ああ懐かしいなあ。新美南吉とか小川未明とか、今の小さい子の感想と私が小さい頃(いつの話よ苦笑)の感想とは違うだろうな
一冊の本にしてるの意味を誤解して、角川すごいことするな…と思ってしまった。
ごんぎつねが雪が積もったお地蔵さんをかわいそうに思って手袋を買いに行く話だよね
どちらも黒井健さん絵の本で育ったので小さい頃はごっちゃになったことある
手袋の方は雪を見るのが初めてのあどけない子狐で、優しいお母さんもいる。ごんは一人ぼっちの(若干やさぐれた)小狐で、人間にすると小学校高学年から中学生くらいかなーと思う。きつねのキャラもけっこう違うよね
え? 六回ぶっちゃいますよ?(ホイミン脳)/このネタわかる人がおるんかい!
ごんぎつねが手袋を買いに行く世界線だと兵十は手袋屋なのだろうか
わたくしも手ぶくろを買いにとごんきつねは別の作品とは知りませんでしたの!きつねの視点から人間の優しさを描くなんて、なんとも素敵ですわね。
熱い事をチンチンって言うのに冷たいのもチンチンって不思議だよね。ちんちんかもかも
手袋を買いには、こぎつねの前足が男根になってしまうシーンが印象的だった
悪魔合体ワロタ
じ、地蔵お前だったのかー!食料を供給してくれたのは
子ぎつねが手ぶくろを買って無事にママのところに帰ってくるおはなしですよ。https://edu.web.nhk/school/watch/bangumi/?das_id=D0005150145_00000 https://x.gd/KyOvd9 ←(「ごんぎつね」「かぐや姫」「手ぶくろを買いに」「笠地蔵」)
作画が同じ人だしきつねだしねえ
「「ごんぎつね・手ぶくろを買いに」を一つの本にしてる本があった!悪魔合体過ぎるだろ!!」これはひどい
「きつねが手ぶくろを買いに行って、銃で撃たれる話」何その無法地帯。
ごんは新美南吉の生前に発表で、手袋は死後刊行の童話集に掲載。哀れなごんへのせめてもの手向けのようにも感じる。/灰谷健次郎も陰湿な『笑いの影』から『兎の目』に至る児童文学作家としての脱皮があり趣深い。
“「手袋を買いに」は話さないでも理解してくれる話で 「ごんぎつね」は想いは伝わらないという話で こうして並べられると真逆の方向の話だなーと思った。”
キツネアンソロジー
両方とも同じ作者(新美南吉)とは思わなかった
自分も昔混同してた
このセットは状況がいろいろ対極的で、読ませたくなるかもしれないが読む方は未消化になるかもなあ
ごんぎつねで受けた心の傷をてぶくろをかいにで癒やすのだ…えっどっちも新美南吉じゃん?!(今まで気づかなかった…)/えっ絵はころわんの人だったの?!?!
悪魔合体本のタイトル「ごんぎつね てぶくろを買いに」だと狐のごんが手袋を買いに行く話みたいだな(類例∶ひとまねこざる びょういんへいく)
新美南吉の地元である愛知県民には、同じ作者が書いた別の物語だということは常識だよね?
お婆さんを鍋で食べた贖罪で兵十の家にこっそり届けていた。/ 手に小麦粉を塗って人間を騙し 手袋を買う話http://hukumusume.com/douwa/pc/world/02/03.htm
そうか、新美南吉は絵本作家ではないから編集本がたくさんあるのか、というのと私が子供の時に読んだ「てぶくろをかいに」は誰が絵を描いてたんだろうと遠い目になる。すごくかわいいふわふわした絵だった
自分は「ごんぎつね」と椋鳩十の「しもばしら」を一時期混同してた。
どちらも人間ときつねの「すれ違い」の話ではあるのよ。手袋でもお母さんきつねは人間はこわいもの、て言ってたし
とりあえずおじいさんのランプ100回読んでこい!
作者一緒動物一緒で確かに1冊にするのも一理あるが…
“きつねが手ぶくろを買いに行って、銃で撃たれる話だよね!?”
手ぶくろを買いにの「おててがちんちんする」の一文をみんな読みたくなくて、先生にあてられないかドキドキした思い出
作者が同じということに衝撃を受けた そうだったの!?
どっちが先に書かれた話なんだろう。
新美南吉はいいぞ。『最後の鼓弓弾き』も雰囲気違うけどいいぞ。
ごん⋯お前だったのか⋯手袋を買いに来てくれたのは⋯
♪兵十~Don't make it bad~♪/早逝の文学者なのに教科書に載るような有名作が2作もあるのが悪い。
というか,その二つが同じ作者(新美南吉)なの知らなかった。
オレサマ 聖獣 チロンヌプ コンゴトモ ヨロシク…
どちらも新見南吉+狐、混同しちゃう。
ごん、お前だったのか、夜なべしてどん兵衛を食べながら手袋編んでくれてたのは(さらに混ぜる
俺は手袋を買いにと、狼と七匹の子ヤギが混ざってしまっている。狼が手に小麦粉を付けてドアの下から、ほーらお母さんの白い手だよーって見せるやつ。最早キツネですらない
もしかしてごんぎつねとズートピアも違う話なの!?
ひとまず新美南吉がキツネ大好きだってことは分かった
誤解するなら手袋にネズミからクマまで動物がムリムリ入り込むやつじゃないのか。
どっちも絵本が黒井健版といもとようこ版があるせいでごっちゃになるのでわ。
プライドが高すぎて人前から姿を消したらいつの間にか虎になってて、追いかけっこしている間にバターになっちゃう話でしょ?
教科書の挿絵は黒井健さんだった。どっちも教科書に載ってたよね??大造じいさんとガンはどうだったかな。
ワイも混同しとったわ…
ごんぎつねはネットのせいで読めない。手ぶくろを買いには子供の頃読んでからずっと好きだ
同じ作者の短編を一冊にするのはよくあることでは?
源九郎稲荷で有名な大和郡山市には、狐が化けて帽子屋さんに綿帽子を買いに来たお話があります。https://gennkurouinari.jimdofree.com/%E4%BC%9D%E8%AA%AC-1/
高校の後輩はOヘンリーの『20年後』と『よみがえった改心』を合体して覚えてた。こっちは警官しか合ってない。
新美南吉っていう名前の字面がなんかキツネっぽい感じがするもんね。
「手ぶくろ」を反対から読んで! ってやられるやつだ
「大造じいさんとがん」ともごっちゃになる
名古屋弁をゴリゴリに押し出してるこれが全国区になったことが凄いなーと。
なついな
君の頭の中ではオーヘンリーの話も何個か混ざってそう
そういえば曖昧になってた
うちのクラスは、おててがちんちんするは、里嶋くんが読んだわ。なんでこんなこと覚えてるんやろ
光の新美南吉と闇の新美南吉。小1で学ぶものと、小4で学ぶもの。
作者が同じは認識してなかったわ
手袋を買いにってあんま覚えてないな
手袋狐はごんの生まれ変わりとかそういう設定じゃなくて?
どっちも黒井健の絵の印象が強くて混同が起きている説。というか俺はそうだった。
リンク先の「カップリング感」すごい。A面B面とか、何だったら「手ぶくろ feat.ごんぎつね」でも行ける絵面(※話を知らなければ)
これくらいの解像度でいいよ
全然別の話なんだがごっちゃになるのもわからなくなはい
手が冷たいのを、ちんちんすると表現する言語感覚が面白かった思い出。今青空文庫を読み返したら、お金もチンチンしてた!
「赤いきつね」と「緑のたぬき」も別物だから要注意な
そんなことより、アンチテーゼとアンサーソングの使い方間違ってるよ
手ぶくろを買いに行った子ぎつねが成長したのがごん。 母と死別したので兵十の気持ちが分かった、とか。
「てぶくろをかいに」はいもとようこの絵がやさしくて好き。うちの子どもが図書館で読んだのもこれ。 https://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=27532
どっちも新美南吉、マジか…
「ノドグロをカニに」と「これ食えよ!」って別の話なの!?
小学生のころ、「手ぶくろを買いに」の続きを書きましょうという宿題で、ごんぎつねの結末を念頭にして、母狐を銃殺させた黒歴史持ちです。その時は同じ作者とは知らなかったです。
母親なら手袋くらい作ったらどうだ。家鴨泥棒は掴まえて檻の中へ入れておけという話だよ。
あれ?手袋ってタヌキじゃなかったっけ? と思ったけど、あれはあれでまた別の話(歌)だった
増田、お前だったのか……(事後)
ごん、お前だったのか。手袋を買いに来てくれたのは