''「推し」はもう日本語に定着したと思いますが、〈キャパ超えだよ〉はまだ主要辞書になさそう。〈胸のフォルダ〉という比喩が使われているのは、現代なら普通に通じるという判断でしょうか。''
なるほろ。
胸のディレクトリ/「無さそう」の「さ」がむしろ異常なのか。 https://salon.mainichi-kotoba.jp/archives/27020 /丁寧・ちゃんとは擬音。そうなのか。/「折られど」は現代語なら「折られれど」(已然形→仮定形)が本来か。
辞書編纂者の視点面白いな。歌詞の変遷から時代の空気感が伝わってくる
「無さそう」は形容詞「無い」が語幹だから、助動詞「ない」とまた変わりそうやな
「現代では「あり得なさそう・行かなさそう」にだんだん移行していそうです。「無い」は「無さそう」ですが、統合されつつあります」
"〈この胸が叫び言う〉。この動詞はありそうであまり聞きませんが、古典の「宇治拾遺物語」に〈走り帰りて叫び言ふやう〉と出てきます。伝統的な日本語の表現です"
おぢが採集
いとをかし。
松田聖子の青い珊瑚礁の「あゝ私の恋は」の「ゝ」の表現について解説ないかなと思ってみたけど無かった。あれ今はみない表現だけど当時はよく使われていたのか…?
「「丁寧」自体、もともとは鐘の擬音(dengneng)です」知らなかった
コーパスを引きながら聴いてるんだろうか。まさかこれほどの用例を諳んじてるとか言わないよね、、、
ちょろちょろ流れて来たけどまとめたの見るとすごいな。日本語の乱れ、みたいに否定的じゃないのが素晴らしいよね。▼三山ひろしのところでけん玉じゃなくて歌詞に注目するのが一番すごい。
コーパスベースで議論してほしい。国語辞典でコーパス活用を前面に出してるのが現代国語例解辞典と日本国語大辞典くらいしかないってのは異常だと思う。
「ドミノは西洋カルタ」はラジオで聴いたけど、もはや倒されるだけの存在になったのは言葉づかいの変化に似てるかも
NHK不要論が盛り上がってます。
『上を向いて歩こう』忌野清志郎は「一人ぼっち」と濁らせて歌ってるのがまたカッコいい。https://bit.ly/4qAbXvW
イケナイ太陽のくだりはズレてる気がする
プンスカピンは「プンスカ」と「素寒貧(すかんぴん)」をくっつけてるのかと思ったのにあまり言及を見かけない
言語に対する解像度が高いとこういうふうに見えるのかと羨ましく思った
言葉のプロが解説してくれるのはありがたい...!
漢語の「潸」には「①なみだを流すようす」の意味はあっても「②雨が降るようす」の意味はないようだ。ところが「潸潸」となると、「①」と「②」の意味が両方出てくるもよう。「血泥」は宋代からあるみたい。
「どしゃ降り」が「ガチャ切り・ギャン泣き・ブチ切れ」と同じ構成、という件をみて、どれも音として結構好きなことに気づいた。
CDTVやMステなんかではこういうタイプの解説は入らないのでやはり紅白は別格なのだなあと改めて思うなどした
教養があるとさらに楽しめる
毎年恒例、『第76回NHK紅白歌合戦』から国語辞典編纂者・飯間浩明さんが「用例採集」した印象的な歌詞フレーズたち
''「推し」はもう日本語に定着したと思いますが、〈キャパ超えだよ〉はまだ主要辞書になさそう。〈胸のフォルダ〉という比喩が使われているのは、現代なら普通に通じるという判断でしょうか。''
なるほろ。
胸のディレクトリ/「無さそう」の「さ」がむしろ異常なのか。 https://salon.mainichi-kotoba.jp/archives/27020 /丁寧・ちゃんとは擬音。そうなのか。/「折られど」は現代語なら「折られれど」(已然形→仮定形)が本来か。
辞書編纂者の視点面白いな。歌詞の変遷から時代の空気感が伝わってくる
「無さそう」は形容詞「無い」が語幹だから、助動詞「ない」とまた変わりそうやな
「現代では「あり得なさそう・行かなさそう」にだんだん移行していそうです。「無い」は「無さそう」ですが、統合されつつあります」
"〈この胸が叫び言う〉。この動詞はありそうであまり聞きませんが、古典の「宇治拾遺物語」に〈走り帰りて叫び言ふやう〉と出てきます。伝統的な日本語の表現です"
おぢが採集
いとをかし。
松田聖子の青い珊瑚礁の「あゝ私の恋は」の「ゝ」の表現について解説ないかなと思ってみたけど無かった。あれ今はみない表現だけど当時はよく使われていたのか…?
「「丁寧」自体、もともとは鐘の擬音(dengneng)です」知らなかった
コーパスを引きながら聴いてるんだろうか。まさかこれほどの用例を諳んじてるとか言わないよね、、、
ちょろちょろ流れて来たけどまとめたの見るとすごいな。日本語の乱れ、みたいに否定的じゃないのが素晴らしいよね。▼三山ひろしのところでけん玉じゃなくて歌詞に注目するのが一番すごい。
コーパスベースで議論してほしい。国語辞典でコーパス活用を前面に出してるのが現代国語例解辞典と日本国語大辞典くらいしかないってのは異常だと思う。
「ドミノは西洋カルタ」はラジオで聴いたけど、もはや倒されるだけの存在になったのは言葉づかいの変化に似てるかも
NHK不要論が盛り上がってます。
『上を向いて歩こう』忌野清志郎は「一人ぼっち」と濁らせて歌ってるのがまたカッコいい。https://bit.ly/4qAbXvW
イケナイ太陽のくだりはズレてる気がする
プンスカピンは「プンスカ」と「素寒貧(すかんぴん)」をくっつけてるのかと思ったのにあまり言及を見かけない
言語に対する解像度が高いとこういうふうに見えるのかと羨ましく思った
言葉のプロが解説してくれるのはありがたい...!
漢語の「潸」には「①なみだを流すようす」の意味はあっても「②雨が降るようす」の意味はないようだ。ところが「潸潸」となると、「①」と「②」の意味が両方出てくるもよう。「血泥」は宋代からあるみたい。
「どしゃ降り」が「ガチャ切り・ギャン泣き・ブチ切れ」と同じ構成、という件をみて、どれも音として結構好きなことに気づいた。
CDTVやMステなんかではこういうタイプの解説は入らないのでやはり紅白は別格なのだなあと改めて思うなどした
教養があるとさらに楽しめる