“「この言葉が通じないなら使うのをやめよう」とすると日本語の単語はどんどん減っていくので、「知らない? なら私の作品で覚えな!」くらいのつもりで使えばいいと思う”
柔らかいパンしか売れない、悲しいパン屋を思い出す。噛むことによって脳は発達する。保存食としてのパンと、圧縮表現としての熟語には、相通じるものがある。
それにしても十二国記はわからん言葉がかなり出るわなw
三国志読んでる? 吉川三国志。あれ、知らない単語ばっかりなのね。だけど文章のリズムがほんとにいいから大体当たらずとも遠からずで単語の意味がわかっちゃう
十二国記は読み進めるうちに様々な言葉との出会いがある作品である。
十二国記は好きだな(「ゲームマシンはデイジーデイジーの歌をうたうか」も好き)。強い物語だと興味でる
十二国読者は作者(小野不由美)のことを主上と呼んでるような界隈なのでまずそこからハードルがあがってる
最近、十二国記をAudibleで聴いてる。知らない単語がでてきたら、漢字を想像しながら聴いてるけど、合ってんのかな
十二国記で畢竟は調べた覚えがある。阿るは全然違う読みをして違う意味で解釈してたらアニメで音で聞いて「へ?そういう事?」となった記憶が
畢竟と無謬は十二国記で覚えたな
分からなくても、話の前後で大体予測できる単語はあるな。橋頭堡とかスクワイアとか
"「この言葉が通じないなら使うのをやめよう」とすると日本語の単語はどんどん減っていくので、「知らない? なら私の作品で覚えな!」くらいのつもりで使えばいいと思う"
十二国記も普通に読めたけど書けない文字が多かったね。使わないとそれも次第に忘れていくし。
あえてそういう表現好む作品でも無ければ読めない単語なんて出てこないしなぁ。一つ二つなら周辺の文章から類推出来るし。まあ、ある程度のレベルが無いとそれすら出来ないんだろうけど。
つよい
わからなくても続きがきになって先にすすんじゃう。大体わかるし。
無知文盲は本買う金すら持ってないので無視で良い
これの逆バージョンで、「どうせ本文なんか読めない/読まないイナゴ連中に向けて、タイトルと冒頭2行で分断バトルを煽りまくっています」みたいなのもあるわけよね。
今は昔と違って電書で読むから知らない言葉や漢字もすぐ調べられて便利だなと思う
わからないことをすぐ調べるのはデジタルネイティブの方が得意じゃないんですか
小野不由美さんの『屍鬼』を読んだ時も読めない漢字が多くて苦労したよ…。畢竟は『屍鬼』で学習した派。
十二国記。ちっちゃなころから本におぼれてた私には辞書はほぼ不要だった。手ごわかったのは青空文庫。
ラノベを馬鹿にする訳では無いけど、無理して一般的に使われない表現を使用して作者の自己顕示欲を感じさせるタイプのラノベがキツい。他の文との乖離が激しく没入感が薄まるのでやめて欲しい。
主上に「うちの読者」といってもらえるのめちゃくちゃ嬉しいんだが。ホワイトハート文庫の頃から付き従っております。
確かにあの頃まだ紙の辞書めくってたな。
封神演義がクラスで流行ってみんなで回し読みした後、国語の先生が妲己の話してクラスで盛り上がったの思い出した。
溜飲を下げる、寝覚が悪い、なんかの慣用句は十二国記で知ったな
中学の頃読んだ創竜伝きっかけで漢文の類は一切苦労しないようになった覚えが。
俺は小野不由美の前に宮城谷昌光を通っていたから分からない言葉はほぼ無かったな
無料配信の読者と買って読む読者の一番の違いはこの辺りかもね。『あさりちゃん』は意図的にそれをやってて、タタミお姉ちゃんが難しい言葉を総ルビでバンバン使って言葉の解説もしてくれて、あさりちゃんはおバカ。
編集者「どこの方言ですか?間違った日本語を使わないでください」
ならそろそろ電書解禁してくれ〜
実際、嫁ともよく話すのだが「俺ら、なんでこんな古い用語とか言い回しとか知ってるんだろ?」「そりゃ昔から小説読んでるからでしょ」なんだよな、読んだ当時は意味がわからなくても読書体験が血肉と化してる。
本読むとき、本読むよりネットで調べ物する時間のほうが長い。思えば、このスタイルが定着したのはマスターキートンをGoogleマップ見ながら読んだときだったな(で、ラザニア話のとき移動がおかしいと気付いた)
すみません調べてません。前後から推察して読んでました。畢竟!パワフルプロ野球!とか思ってた
読者への信頼じゃない?大事だよね作家から読者への信頼
士郎正宗の漫画は調べればわかる本物の先端科学用語・軍事用語と作者の造語や架空の名詞が混じってるから教育に悪い(毒ガスのサリンはアップルシードで知り、アメリカ帝国の設定は現実の方が漫画に追いついた)
別にことさら衒学的になる必要はないけど適切だと思うならレアな語彙でも使うべきだよな/「畢竟」は知らなかったw
腥いもあった気がする
たしかに十二国記はほんと知らん単語だらけだった。
十二国記は、小学生ぐらいから歴史小説を読みなれてた身からするとごく普通の語彙しか使ってなかったけど(固有名詞はさすがに大漢和をひいた)、最初は少女小説文庫レーベルだったなら辞書はいるな
言い換え可能な単語をあえて難しくする意義がわからない
十二国記では知らない単語が出てくるけど、漢字から推測、作中で意味がわかるようになってたし、独特な世界観を作り出していた。私は基本的に辞書で調べながらは読まないんだけど、そういう人の方が多いのかと思って
一方でモームは、優れた小説は「文章は分かりやすく、誰にでも楽に読めなければならない」と書いている 相手の語彙の量を嗤う(あるいは自分のを誇る)のは、ただの卑屈なマウント行為だろう
分からない言葉と取り違える言葉とでは話が違うので、これはもう話が分かれた別の話題と言えそうですね。
小野不由美先生が「うちの読者はわからない言葉は自分で調べますから」と言い切っていたと波津彬子先生が明かす→辞書を引きながら読んだ思い出を語るみなさん
“「この言葉が通じないなら使うのをやめよう」とすると日本語の単語はどんどん減っていくので、「知らない? なら私の作品で覚えな!」くらいのつもりで使えばいいと思う”
柔らかいパンしか売れない、悲しいパン屋を思い出す。噛むことによって脳は発達する。保存食としてのパンと、圧縮表現としての熟語には、相通じるものがある。
それにしても十二国記はわからん言葉がかなり出るわなw
三国志読んでる? 吉川三国志。あれ、知らない単語ばっかりなのね。だけど文章のリズムがほんとにいいから大体当たらずとも遠からずで単語の意味がわかっちゃう
十二国記は読み進めるうちに様々な言葉との出会いがある作品である。
十二国記は好きだな(「ゲームマシンはデイジーデイジーの歌をうたうか」も好き)。強い物語だと興味でる
十二国読者は作者(小野不由美)のことを主上と呼んでるような界隈なのでまずそこからハードルがあがってる
最近、十二国記をAudibleで聴いてる。知らない単語がでてきたら、漢字を想像しながら聴いてるけど、合ってんのかな
十二国記で畢竟は調べた覚えがある。阿るは全然違う読みをして違う意味で解釈してたらアニメで音で聞いて「へ?そういう事?」となった記憶が
畢竟と無謬は十二国記で覚えたな
分からなくても、話の前後で大体予測できる単語はあるな。橋頭堡とかスクワイアとか
"「この言葉が通じないなら使うのをやめよう」とすると日本語の単語はどんどん減っていくので、「知らない? なら私の作品で覚えな!」くらいのつもりで使えばいいと思う"
十二国記も普通に読めたけど書けない文字が多かったね。使わないとそれも次第に忘れていくし。
あえてそういう表現好む作品でも無ければ読めない単語なんて出てこないしなぁ。一つ二つなら周辺の文章から類推出来るし。まあ、ある程度のレベルが無いとそれすら出来ないんだろうけど。
つよい
わからなくても続きがきになって先にすすんじゃう。大体わかるし。
無知文盲は本買う金すら持ってないので無視で良い
これの逆バージョンで、「どうせ本文なんか読めない/読まないイナゴ連中に向けて、タイトルと冒頭2行で分断バトルを煽りまくっています」みたいなのもあるわけよね。
今は昔と違って電書で読むから知らない言葉や漢字もすぐ調べられて便利だなと思う
わからないことをすぐ調べるのはデジタルネイティブの方が得意じゃないんですか
小野不由美さんの『屍鬼』を読んだ時も読めない漢字が多くて苦労したよ…。畢竟は『屍鬼』で学習した派。
十二国記。ちっちゃなころから本におぼれてた私には辞書はほぼ不要だった。手ごわかったのは青空文庫。
ラノベを馬鹿にする訳では無いけど、無理して一般的に使われない表現を使用して作者の自己顕示欲を感じさせるタイプのラノベがキツい。他の文との乖離が激しく没入感が薄まるのでやめて欲しい。
主上に「うちの読者」といってもらえるのめちゃくちゃ嬉しいんだが。ホワイトハート文庫の頃から付き従っております。
確かにあの頃まだ紙の辞書めくってたな。
封神演義がクラスで流行ってみんなで回し読みした後、国語の先生が妲己の話してクラスで盛り上がったの思い出した。
溜飲を下げる、寝覚が悪い、なんかの慣用句は十二国記で知ったな
中学の頃読んだ創竜伝きっかけで漢文の類は一切苦労しないようになった覚えが。
俺は小野不由美の前に宮城谷昌光を通っていたから分からない言葉はほぼ無かったな
無料配信の読者と買って読む読者の一番の違いはこの辺りかもね。『あさりちゃん』は意図的にそれをやってて、タタミお姉ちゃんが難しい言葉を総ルビでバンバン使って言葉の解説もしてくれて、あさりちゃんはおバカ。
編集者「どこの方言ですか?間違った日本語を使わないでください」
ならそろそろ電書解禁してくれ〜
実際、嫁ともよく話すのだが「俺ら、なんでこんな古い用語とか言い回しとか知ってるんだろ?」「そりゃ昔から小説読んでるからでしょ」なんだよな、読んだ当時は意味がわからなくても読書体験が血肉と化してる。
本読むとき、本読むよりネットで調べ物する時間のほうが長い。思えば、このスタイルが定着したのはマスターキートンをGoogleマップ見ながら読んだときだったな(で、ラザニア話のとき移動がおかしいと気付いた)
すみません調べてません。前後から推察して読んでました。畢竟!パワフルプロ野球!とか思ってた
読者への信頼じゃない?大事だよね作家から読者への信頼
士郎正宗の漫画は調べればわかる本物の先端科学用語・軍事用語と作者の造語や架空の名詞が混じってるから教育に悪い(毒ガスのサリンはアップルシードで知り、アメリカ帝国の設定は現実の方が漫画に追いついた)
別にことさら衒学的になる必要はないけど適切だと思うならレアな語彙でも使うべきだよな/「畢竟」は知らなかったw
腥いもあった気がする
たしかに十二国記はほんと知らん単語だらけだった。
十二国記は、小学生ぐらいから歴史小説を読みなれてた身からするとごく普通の語彙しか使ってなかったけど(固有名詞はさすがに大漢和をひいた)、最初は少女小説文庫レーベルだったなら辞書はいるな
言い換え可能な単語をあえて難しくする意義がわからない
十二国記では知らない単語が出てくるけど、漢字から推測、作中で意味がわかるようになってたし、独特な世界観を作り出していた。私は基本的に辞書で調べながらは読まないんだけど、そういう人の方が多いのかと思って
一方でモームは、優れた小説は「文章は分かりやすく、誰にでも楽に読めなければならない」と書いている 相手の語彙の量を嗤う(あるいは自分のを誇る)のは、ただの卑屈なマウント行為だろう
分からない言葉と取り違える言葉とでは話が違うので、これはもう話が分かれた別の話題と言えそうですね。