“勉強も運動も、自分より上の存在がいる。中学生はそれに気づいてしまう。”どの世代でもいつの時代でも同じなのに理解されないとは 何者にもなれないお前達は当たり前の存在であることに絶望するのか
まるで今までの世代の絶望感が理解されていたかのような書きぶり
あー。確かに僕が学生の頃には無かった絶望感かもな。(2008-2014まで学生)
こういうのは世代特有なのではなくて、そういうお年頃あるあるでは
東大生は東大生の悩みがあるんだろうなぁ……頭悪い自分には分からない世界だけど / 茶化すつもりはないです。悩みがあるからこそ成長もするんだと思うし。
例えば「花の中3トリオ」とか、私たちの生まれてくるずっと前から、最上位互換が存在する世の中だと思うが。世代論だって団塊世代、しらけ世代、新人類、バブル世代、氷河期世代、若者は括られて語られたと思うよ
SNSのせいで勘違いできないってのはあると思う。早々にナンバーワンを目指すのを諦めてしまう。だから1番を狙ってる人を身の程知らずだと冷笑する。他の世代でも多かれ少なかれあったけど顕著なのかもしれない。
何者にもなれない。誰かの下位互換。これらの苦悩は高校生や大学生の定番だった。それがSNSでの可視化により、小中学生まで降りて来ている。そこにAIの進化が重なる。今この時代に生きるための補助線が必要だと思う。
どうも。就職氷河期最初の世代です。絶望感、語ろっか?でもそんなもん聞きたないやろ?
いい文章だと思うけど、言うほど特有かな? あえて自意識過剰だとバッサリいきたい。何したって別に生きていけるよ
比べなきゃいいんじゃないの?山月記で虎になった男に順調になってる気がする。スマホ捨ててお遍路でもすれば変わる気はする。
太宰み、ある
他人と比較しないという生き方がいかに大切か
絶望感に共感するのは良いですが、比較する愚かさを忘れずにですわ!お互いの光を見つけましょうね。
友人が30代半ばに癌で死んだ。実家が太くて、異性にモテて、運動も勉強もギターもできた。綺麗な奥さんと生後半年の女の子を残して死んだ/やりたいことをやる、足りないなら努力する、生きてる限り世界は広大だ
まーしかし、それを早期に気が付いて、それでも世の中なんとかするんだってほうに、哲学して大人になったほうがいいかもしれんよな。
娘の中学の部活に衝撃を受けた。楽しめればよくて、レギュラーになりたい人がいないと。プロになるわけでもないのに、がんばって勝ち抜いても7歳からやってる奴に当たって負けるじゃん、上を目指す意味って何?と。
「原理上、社会の外側には出られない」「私は入替可能な存在であり、絶対的な価値を有しない」若者はいつもこの二つに由来する苦しみを生きている。/自分の処方箋は恋と宮台真司の映画批評と永井均の哲学だったな
Z世代特有ではなく、あなたの絶望ですよね?
友達よりスト2が上手いなんて時代から、全世界のプレイヤーと対戦して順位が出る時代だからなぁ。
井の中の蛙でさえいられない環境。クラスで一番ゲームがうまくてもネットを見ればいくらでも上が見つかってしまう
きっと何者にもなれないお前たちに告げる!からもう15年やぞ
「誰ひとりきみの代わりはいないけど上位互換が出回っている」 ナンバーワンではない互換性あるがゆえの絶望もあれば、オンリーワンの意義や性能・互換性がなく孤立する地獄もある https://x.com/unonazuki/status/939431215551016960
SNSではなんとか小僧で大金稼いでた中高生もいるし、ママタレのセレブ生活に映る子供。テレビや雑誌はなんとなく遠く見えるがSNSは近すぎるよね。しかも見ようと思えば何度も再生される。
どうせ人と人とはわかり合えないんだから、自分の気持ちを大事にしなさい、とお釈迦様も言ってる。Z世代特有どころか紀元前600年の話だ。
久保建英が25歳だから、この人は24歳か。若いなぁ、としか。彼が今の自分の歳になる頃には、多分自分はもうこの世に居ないと思うと、この文章に対して何の感想も沸いてこない
世代特有の絶望と若者時代特有の絶望は渦中にある人からはなかなか判別しにくいもの。
Z世代以降はいい待遇だけど、自己研鑽して成長してジョブホッパーする人と、打たれ弱く成長しない人の二極化が激しくて管理職は苦労してる感じ。能力は人より少し上くらいでもプロとして需要あるのにすぐ諦めちゃう
ネット時代で自分の上位互換が可視化されちゃうのはZ世代特有かもしれんけど、進学したら自分より頭がいいやつがたくさんいるってのは東大あるあるで別もんだぞ、この人自体がZ世代の絶望感を理解できてないんだが。
日本版Doomerみたいな話なんかなあ
多くの芸術や思想は、理不尽な抑圧、貧困、社会への激しい憎悪や怒りといった「逃げ場のない本物の地獄」から生まれる。ぬるい時代にはそれは生まれない。だから何者かになりたいなら地獄の時代を復活させることだ。
若いうちに社会で活躍し始めることが持て囃されるのも助長してるよなあ。もう少し、学生は学生の領分でいることを認めてあげても…みたいな思いがある
理解されないのは「特有」だから。トートロジーのタイトルなので、中身を読む気がしない。どうせお馬鹿が書いたんでしょって思ってしまう。年は取りたくないなぁ。
昔と今で違うのは情報量くらいだけど、それが若者に与える影響は大きいとも思う。知らないほうが精神的に良いというものもある。
氷河期世代特有の絶望感は理解されているけど されているだけ…何もなし…でももう期待してないから何にも…
東大に行って挫折した人の話で、自分の苦しさをZ世代特有の特別なものとして、自己を維持したいのだろうなと思った。もちろんZ世代特有の地獄はあるだろうけれど、どの世代にも地獄はある
Z世代って14-29歳だからかなり開きある。AIが出る前と出たあとでも相当価値観が違う
その久保建英もスペインの中規模クラブのスタメン当落上でしかなく、上位互換はいくらでも存在する。
理解なぁ。バブル期に散々不良債権積み上げて夜の街で吹き上がって遊びまくった世代が、なんの責任もない下の世代にツケを回して人生を搾取して逃げ切って、悠々自適な老後を過ごしても良心の呵責はゼロだしな。
当初、影響力ある消費傾向で注目されたものの、日本ではZ世代と同じ年代ではあっても、人口比率少ない、金もないから購買力も低くく影響力少ない。アメリカや欧州のように、左派への動きも社会的主張もないしな。
大学終わりにスマホが登場し、情報量が突然増えて、何が正しいのか分からなくなり、人生狂わされた実感のある人間としては、他人にも自分にも社会にも期待せずに、諦めて生きない方が取り返しがつかないと忠告したい
AIの台頭やばいよね、マジで「私って必要?」が加速する
特別な存在だと思えていた自分が、より大きな世界に出て凡庸さに直面したという世代を超えたテンプレ。それを世代独特とする事で「特別な自分」に再定義しようとしている。
確かに、中高からどっぷりSNSに浸かって、多感な時期に毎分毎秒評価経済にまきこまれてきた世代の絶望感なんて、経験しなければ本当のところは分かりえないのだろう。"それでも生きていかざるをえない!"
SNSがもたらした絶望よりはるかに大きい絶望がAIによってもたらされそうで、Z世代の次の世代は悲惨なことになりそう
絶望の渦中ある人にそんなものは古より続く普通のことだと説くことのなんと無意味なことだろうか。そんなものはより絶望が深まるだけだろ。何も持たなくても貶され比較されることが無けりゃ多少は生きやすかろうに
そんなことをせず自衛隊にでもいけばいいのに。
勉強なりスキルなり筋肉なり、自分が楽しんでやれることで努力して、自分が成長していくのを見る喜び、みたいなのを学校教育で教えられたらいいのにねえ。一生の宝になるのに。
薬用せっけんに聞いたら「この東大生はウサインボルトと自分を比較して『同じ人間なのになんで10秒切れないんだ』という謎の計測をしているように見える」だって。
ミレニアル世代の私はつべやニコニコ前後を体験したけど、学校や地域でお山の大将が出来ない世の中という印象、『”特定の誰かにとって”何者か』であることが解決になればいいのだけれど
地獄ってかんたんに言う風潮をそろそろやめにしてほしいな。けっきょくは自己愛、自己陶酔、自己憐憫、自己顕示のポエムに読めた。「自分」が肥大した発露で、世代は関係ないのでは?おっさんでもこういう人いる。
何者かになりたいのは、若者の永遠の悩みだよね。答えは、積み重ねた時間しかない。きっともがき続けた道の後ろに何者って書いてある。欲しいものに向かって、足掻いて足掻いて足掻くんよ。死なないようにね。
その声は、我が友、李徴子ではないか?
ここに書かれてるような懊悩に心当たりがある人は全世代にいるのでは。
俺らの時代にも上位互換はいた。が、上位互換が無名のまま溢れかえっている世界ではなかった。そんなの絶望するしかない。
読みました。いくらでも世の中に自分に絶望して下さい。それでも明日はやってきます。
問題は、今、若い世代にとって上からの圧力が非常に強いことだと思う。日本が始まって以来最大の圧力。ブコメも上から目線多いでしょ。若い世代はこれに耐えつづけないといけないし、今後さらに圧力は強くなる。
逆にそこまで考えて生きてるのか?今の若者は。それが信じられない。
SNSで加速してる側面があるとはいえ本質は普遍的な若者の悩みではある まぁ自分で自分を評価するのやめたらええんちゃうか 俺らは自分のおでこすら直接見られへんねんから
勉強すれば少なくとも知的労働力としては上位の人間として生活できると思っていたら、知的活動の意味でAIが人間の上位存在になっちゃったからなぁ。という絶望はありそう。
”しかし同時に、自分より恵まれない人間がいることも知っている。だから嘆き悲しむことも許されない。” これを自分の絶望のネタにするのはさすがに…
と、東大生がこんな中学生みたいな自分探しポエムを…………
天才に生まれないというのは大変なことなんだなあ
「僕の地獄は理解されない」だろうね/圧倒的多数の上位互換に踏み潰されないように生き抜く我々凡人もまた同じ/なので岸谷蘭丸はどうでも良いアイコンなのである/
それでも今までは圧倒的に守られてた。日本語圏というバリアで。これからAIで言語の壁が無くなったら見ないフリ出来ていた英語圏という大海に飲まれる。日本の何百倍も上位互換がいる世界に。
つながらず知らないままでいる自由もあるし、井の中の蛙になったっていい。許せないだろうけどね。いまここを心地よく、今日を穏やかに過ごせることを祈っています。
同世代で目立っているのが岸谷蘭丸みたいな人間で、そんなものが上位互換になることが苦しいのかと思って読んだらそうではなかった
うるせえ。もっと世の中を舐めろ。俺ならできると勘違いできる奴になれ。賢しらぶっても何も始まらんぞ。
大多数は何者にもなれないわりに個性が大事とかイキイキと働こうとか無駄にキラキラ方面を推奨してくるので、特にやりたいこととか本気を出したい分野とかないと嫌になりそうだなとは思っている
このnoteは、わが友、李徴子ではないか?(すでに言われてた悔しい地獄だ)
わからなくもないが、遥か上の世代でも共感できる部分があるとすると、これは本当に世代論なのか?
そんな悩みは別にZ世代特有ではなく誰もが通ってきた道であり、故に多くの哲学書が残されている。違いがあるとすれば可視化の程度に過ぎない。特有という前にまず哲学書にあたるべき。ニーチェぐらい読んだだろ
でもこの人のX見たら「バズったから宣伝してもいいのかな? この文章の筆者に厳しい人も共感した人もみんなで歌会やりましょう!」と言ってて全然楽しそうだった。絶望とは。
他世代の絶望感は理解してるの?店員に絡むクソジジイの絶望はわかるの?
ギリシャ時代から言われてそうな普遍的な悩みという感じだが、それがいい。東大に来るまで井の中の蛙の実感がなかったくせに、情報過多で生きにくいとか言われてもな。
何者でもないおっさんでも、年間億くらいは稼げるし、子供2人と奥さんと犬2頭で楽しく暮らせるよ。ネットで上が見えたつもりかもしれないが、本物はネットになどいない。見えない層は想像以上に分厚いぞ。
ボクなら誰と比べても一番可愛いから大丈夫にゃ!人と比べず、ボクと一緒に日向ぼっこしてのんびりお昼寝しようよ。美味しいカリカリもあげるにゃ!
「井の中の蛙大海を知らず」 人間、視野が狭いと自分たちが特別だと思い、視野が広がると特別ではないことに失望する、と一般化できる話かなと。仕事だと「うちの会社(業界)は特殊で」という言葉をよく聞きますね。
どの時代でも絶望しながら生きてるもんだと思うけど。そうじゃないほうが生きるのがしんどくなるだろう。
ぶっ壊れても先例がいて、おだやかでも先例がいて、優れていても先例がいて、劣っていても先例がいる。よすがの無い蛇行
こういう人たちこそ、今、都会のTOHOシネマズでしか上映していない映画「太陽を盗んだ男」を見に行ってほしい https://eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=taiyowonusundaotoko
ここに書かれてる事は昔から全然変わってないと思うんだが、最近は平凡だったり落ちこぼれが努力して成功する作品とか見かけないので単純に時代の空気が違うのかねえ
結果が全てで過程を軽視。それじゃ生き損ねるから時間をかけること。上位互換でも死は免れない。下位互換にも時々お鉢は回ってくる。関係性を深めていくこと。土地の縁、血の縁、同窓の縁、Web縁。意を用いる御用心。
自意識の鏡が社会(というか世間)とパススルーで繋がってるの、きっついなーと思う。
「自分に完全な上位互換がいる」みたいな発想って、大雑把な共通点だけ見て同じものとして扱うから。他人に上下を付けて見下すからその刃が自分にも向く。差異に目を付けた方が面白いし、差異にこそ意味があるのに。
部品でない生き方の情報が足りてない気もするな。思えば40代の私の少し上の世代は、そういったモデルケースを大量に発信してくれてたのかもしれない。自分は中島らもよりまともに生きてる気がするもん。
高1息子に友達と作った自主制作特撮映画を見せてもらったけど、完成度なんて全然だけど編集から作曲、録音まで全部自分たちでやっててひたすらに楽しそうで眩しかったよ。
こんなときだからこそ師弟関係って重要なのかもしれないな。
そう思えるかは別として人間は複雑系なので冷静になれば単純な上下に収まらないし社会も複雑系かつ人類の手に余るのでやることも居場所もあるんだよ。AI時代以降は知らん。よりヤバいかも
いきなり全世界のライバルと繋がる喜びと苦しみは確かに無かったよなとブコメを見て思った 村勇者、街勇者と段階を踏んで行く中で自分を過信したり勘違いしたり挫折したりする傾斜が無くなってるというか
セックスしたい。まで読んだ。
“独創性のある倒錯” 長々と書いているけど、これが結論じゃない。自分が欲しいものは分かっているんだから、他人に理解されるとか関係ないじゃない。孤立を模倣してるんだから、本当に孤立しても良いじゃない
世代関係ない。当たり前のことしか書かれてない。東大卒なの?それでも人生は続く。
言い訳がたくさんあっていいですね。特有というならほか世代とちゃんと比較すればいいのに。
葬式と同じでいつかは夢物語から覚めなきゃならないのに、それが許されない世代。埋めるべき明確な穴の皆無な世界で生まれ育ち、自分以外のスーパーマンが全て埋めていってしまう世界に生きる。目の前の隣人を助けよ
懐かしい。僕も昔そうだったし、この状態をしばらく引きずっていた。焦点が自分じゃないものに当たると楽になるよ。仕事でも、遊びでも、他人でも
あれ?これ蘭丸?
上には上がいる絶望感を味わったら、次は下には下がいるのを希望のないニュースやノンフィクションで(SNSでは自虐的にしか語られないから)知って安心するようになる。意志の尊さとか、魂の格とかは下がるけど。
トプコメの「勘違いできない」って本当にそのとおり。勘違いすることで突き進めたんだけど、ちょっと間違ったことをいうとSNSに袋叩きにあう、それを恐れて何もできなくなる。\インターネットやめろ/
その上位って同じタイプが直列に並んではなくて複数の要素が絡んでるし、何かが劣ってて全能なんかじゃないし、全部の要素で勝たなくても自分のプレゼンスは出せる、というのに気づいたのは30代だったな。
子供をどう育てるべきかずっと悩みつつやってるけど、一番大切なことがわかったかもしれなくてお礼言いたい。つまり人との比較という地獄に安住するな、今ここに集中して好きにやれということ。あとSNSは魔具。
多少は、井の中の蛙になった方がいいけど、井戸がほぼなくなっちゃった。XBoxでワールドランキングが実装された時、ゲーマーたちのやる気が落ちた話を思い出す。あらゆる人とモノが世界ランキングで並んじゃう
携帯機器を捨てよ、街へ出よう。世が便利とするものの殆どは足枷でしかない。
偽岸谷蘭丸。YouTubeのポエムのチャンネルを視聴して当てられたのだろうな。Z世代特有の絶望感の正体は、自分たちが特有だと勘違いしていること。ゆとり世代以降の大二病だわ。むしろ理解され過ぎて絶望してるんだろ。
東大生が自分は凡人だと懊悩するの巻/当人にとっては一大事なので笑っちゃいけないんだろうが、北方謙三ならソープに行けと一喝されるやつ。
岸谷さんとやらの画像をアイキャッチにドーンと使うのは大丈夫なん?その辺の権利意識薄いタイプの人?
Z世代特有の事柄なんかひとつもなくない……?ギリ70年代生まれの自分だって中学に入る頃には既に「上には上がいる」を塾あたりで理解していたし高校に入ったらそのレイヤーを理解したわよ
成長とともに、世界も合わせて広くなるべきなのに、幼少期から全世界が見えてしまう。というか見え過ぎてしまう。不思議は消え、探究は失せ、向上が生まれず、停滞する世代なのかもしれない。
あいつがなれるんなら俺もなれるやろ。って楽観主義で今の俺がいる。あとまぁ、俺が(世代継承・文化資本継承の)初代になるんやな。 あと蘭丸はこの記事ではもらい事故w関係ないw
世代関係なくない?
ぎりZ世代としていっちょかみしてやろうと思ったけどそうなったら終わりだなと思い我慢
10代でゲーム機の進歩を体験して20代でネットやSNSやスマホが普及し触れ始めた自分の世代は正直人類史全体で見ても恵まれているとは思う
え?人生そこからでは?自分がその他大勢の1人と知るのは早いほうがいい。それでもリセットは出来ない。しょぼスペックで生きるしかない。ではどうするか。というね。
だーかーらー、地獄って言葉を気軽に使うなって! 誰にでも地獄があるとか言っちゃうの、単純に見聞が足りないのよ! つべこべ言わず世界一周してこい!! 48歳底辺おじさんより😤
自己の認識できる範囲を段階的に拡張できないのが不幸なんだろう。宇宙兄弟でいう"夢のドア"で、最初から一番でかい扉が目の前に立ちふさがってる、みたいな感じ
snsが厨二病を抑制するのか…と思うと寂しいものを感じるね。それが鬱憤であり、政治の下手な煽動に負ける原動力であり、マチアプが誰かのナンバーワンたり得る機会を殺し、それでも街は廻っていくのだろうか。
はてな村では割と良く見かけるタイプの絶望感に見えたけど、ネット回線とスマホのコモディティ化かがその絶望感もコモディティ化しちゃんたんだね…と思うインターネッツ老人会オジサンなのでした(今日のわんこ感)
今の20代とかはヤバいかもしれんけど、逆にひと桁代のAIネイティブたちはまた違った価値観を見せてくれそうな気もする。AIの超知性を自分に内包している世代。
彼らに氷河期世代特有の絶望感は理解されていない。世代の観点で語る限り、そこには特有の問題や絶望感はあるし、世代を跨いで理解されるのは難しい。それぞれがその世代で精一杯やっているから。
さぞ絶望感だろうZ世代。本当に絶望の中でもがき苦しみ、世間から捨てられ、バブルを仰ぎ見ながら今まさに見捨てられようとしている氷河期に比べれば全くただの自己憐憫としか思えない。
こんな普遍的な悩みを世代特有だと語ることこそが「自分は理解されない特別な世代」だという慰撫。苦しみから脱したいなら世代論で断絶せずに他世代の処世術に目を向けてみては。それこそSNSでもAIでも使ってさ。
日本のZ世代特有の絶望とは、岸谷五朗の息子に世代を代表されていることだ
映画は1人では作り上げられないけど、歌や句や文章はバイトや勉強しながらでも作れる/詩を作る人はこんな感情をもっとドロドロに濃度高めてそれを短い言葉にするよね。これは散文だからというのもあるけど浅薄だな
幼い故の万能感と無鉄砲さあるある。成長するにつれ現実を知り挫折を味わってそれがまた成長の糧になるんだけど、今はネットでいくらでも同世代の上位互換がみつかる。勘違いや挫折の経験すら難しい時代に
〇〇世代と名乗って共感が得られる(得られるだろうと期待できる)時点で既に恵まれている。
何世代とか実は関係なくて、与えられた手札を元に得られた結果に満足できない人間は死ぬまでずっと絶望するし、被害妄想に塗れ続ける。そしてそういう人間ほど自分の加害性には気付かない。そんだけの話。
生まれた時から世界と繋がることを半強制されている世代、と考えたら特有の悩みも見えてくるのではないか
全国大会の地方予選のように、小さい大会を少しずつ上がってくるのが従来だったのが、いきなり世界大会に放り込まれるようなものか
何者にもなれないことを言い換えると広告や商品の個人消費でしかない。ここに社会は不在である。何者でなくてもWikipediaやOSSや地域社会に貢献することは出来る。隣人を愛すことが絶滅危惧種になった時代。
「何者にもなれない」はZ世代特有ではない。SNSのせいで早く気付かされるはあるかも。他人の物差しで自分を見ているから苦しむ。安倍晋三は大勲位菊花大綬章だから、国的にはその他は全て下位互換の国民だよ。
似た人発見
どの世代にも地獄はあるけど、地獄の質が違うので世代間ギャップは理解されないよねって。氷河期世代からすれば「いうても仕事には困らんだろ」てなるし、昭和世代はパワハラきつかったし、令和になったら税金以下略
そもそも自分にやりたいことがある若者なんて、極一部の変わり者だけですって。そんな幻想、とっとと捨てて社会システムの一部となる方が幸福な人生を歩めますよ。人間嫌いなら、畑をやるのも良いですね。
おれ45歳も中学生の時に何やっても上には上がいるよなって気づいたけどな。婚活の話だとみんないろんな平均くらいをかけ合わせると希少性が出るって理解してるのにな。
氷河期世代特有の絶望感は無視されているので、無視されないだけマシではないだろうか。
直面している問題は、AIとショート動画類だろう。それ以外は些事だ。
大学生が考えるみたいな内容だと思ったら、大学生だった
岸谷五朗の息子って、一見中性的なんだけど、じーっと見てると親父さんの顔がスーッと透けて見えてくるので遺伝子っておもろいなーって思って動画見てる
末席に加わる。くらいの解像度を持てない人は、どんな世代でも両極しか持てないで、ゼロに収斂してしまいがち。賢さとはグラデーションを見出すことだし、組織なら「輪郭の一端を為すのを目指す」って考えていたな
これZ世代特有なのかな。わりと全世代でありそうな気がするんだけど。そうでもないのかな。
『自分は特別ではないの通過儀礼』の話⇒ただし認識と実態が違うので、整理①起業の裏には失敗を許容する太い実家(米中でも技術系エリート2世)②才能:先取り6年学習の東京大阪≪神童(3年)③『頭がいい≒成功ではない』
下らない。そんなもん、都会に育ってれば昔から普通。ちょっと頭が良いガキは塾で全国の順位を知らされ、野球が得意でもチームに入れば大会で化け物を目撃し、将棋が得意な奴は本物に叩き潰される。本当に下らない
こんなに恵まれた時代の、しかも日本に生まれて、何あまえてんの?お前それサバンナでも同じこと言えんの?(AA略
その後のCCA世代は急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいないというのに。
新人類世代の絶望感についても配慮して欲しい。
凡人だと早く気付けるようになって良かったじゃん。くだんね
ダルい。君のはただのはしかだ。東大生でバカじゃないんだから自分語りと世代論はもっと明示的に並べるか分けるかしてくれ。君が主にしているのは自分語りであって世代論ではない。それただのはしかだから(´Д`)めう
それなりの幸せが地獄という認知の歪みではないのだろうか
クラスで一番から初めて少しづつ輪を広げていく事が出来ず、いきなり世界トップクラスと対峙しなければいけない不幸。今の時代に必要なのはドラクエ的優しさ。
これまでは配られたカードで最善手を作るしかなかったが、これからはAIのチートアシストで勝負出来る時代になった。
氷河期世代の僕が「14歳の栞」を観た時感じたのは14歳という年頃についての強烈な普遍性だったのだけど、作中の登場人物と同世代の人だとそこに特異性を確認するの、面白いなって思った。
こんなモラトリアム日記も東大生が書いていると知ると純文学になってしまう
絶望の内容すら、昔からのあるあるなのがまた何とも言えない…
既にあるように、これは世代関係なく割と普遍的な絶望や焦燥感だと思う。しかしSNSなどの影響はそれなりにありそう。女性は以前より選択肢が広がったけど、その分競争も激しくなり同様の事態に陥っていくのだろう。
どの時代の若者にもいえる。誰もが「絶望」を通ってるよ。
今後は「ほどほどで良い」と思っていてもほどほどの領域はAIがやっちゃって、ほどほどでいることを許されない感覚になることはありそう…
Z世代というよりも、普遍的な若人の悩みなんだけど、SNS、AIの登場により世界単位でランクづけられた気になる。世界は広大だが世間は狭い。どうにかやっていくしかない。
若い世代はいつでもドリームの種類が資本主義ドリームしかない。絶望して挫折してそれでも生きているオジサン世代の話をもっと細かく拝聴したらどうだろう。割と世の中悪くはないと感じられたらいいな。
同じようにサッカーで神童と言われた中井卓大(久保とは2歳差)が今どうなっているか調べてみることを筆者にお勧めする
Z世代特有の絶望感、氷河期世代特有の絶望感、バブル世代特有の絶望感、団塊世代特有の絶望感。みんなが被害者になりたがっている。
今まで大きな物語で、括られていた世界が物語が分裂して、似た様な物語が語られているという絶望感……でも、自分の物語を語れるのは良いことだと思う。世の中とはそういう大衆たちによる物語で出来ているのだから
創作という行為をするのが非常に難しくなったという問題なんだと思う。
こういった感覚は世代問わず若かりし頃はだれでもあるだろうけど、今の時代あまりにもなんでも見えちゃうのはなぁ。うちも子がいるのでSNS規制は賛成だな。
いつの時代もあるモラトリアムのメランコリーに、SNSが日常にあることでの“逃げ場の無さ”によって閉塞感が深刻になってる感じ。ただ、これは特有ではなく次世代(α世代)以降はより先鋭化していく社会構造やろ
俺もSPEEDが活躍してたときは中学生で稼げていいなぁとは思ってた
Zの次はα(アルファ)世代などというらしいが、読めない人も多い記号を使って広まるのだろうか。片仮名でアルファと呼ぶとか?
自己探求/内省の時代なのかもしれない。
この大学時代にあるある心理を厨大病と名づけるか?「若きウェルテル」の悩みが書かれた時代の若者の絶望とは逆の悩みの時代。
“それなりのところに就職する。それなりの年齢で結婚して、それなりの幸せを築く。僕は地獄にいる。” 地獄の定義がユル過ぎでは?
日本の戦前の農村の"低学歴社会"は多分こんな感じだった。だから中卒で働いたし働けた。ついでに女に学は不要も結局は15でとっとと絶望して産む機械になれの話戦争という大量殺人の傷が癒えた日常はそういう景色
おお読んでてなんか既視感あるなと思ったら東北出身の方か!20年以上前に東北の旧帝で、自称かつての神童みたいな東北の人たくさんいたんだけどみんなこんな感じで閉塞してた。懐かしすぎる。
よくある若者の悩みが、広い世界に若いころから直結できることで拡大されてしまっている。その構図自体への課題感には共感できるのだが、東大生でこれか。というところに氷河期世代としては絶望感を得てしまう。
はてなはましだけど、他のSNSは地獄と絶望と便所の落書きで満ち溢れているよ。黄金の雨が降ったとしても渇愛が満たされることはないというから、有名人でも称賛と賛美と礼賛を求めて自己アピールから逃れられない。
生まれの不幸を呪っても良いが呪い続けるのはダメだよ。結局みんな自分の持ってる手札で勝負するしかない。社会に出たら椅子取りゲームが始まるのでそれまでに気持ちにケリを着けよう。
アホくせえ敷かれたレールがいやだって話だろ。昭和の時代に腐るほどいたわ。
何時の時代も各分野のトップオブザトップは一般人の目に入っていたはず。先行世代や歴史上伝説上の人物だろうけど。何か同世代内に限った序列ばかり気にしている風。受験勉強を引き摺っている感。
そして今は、努力できるか否かまで遺伝の影響が大きいことを、行動遺伝学が暴きました。出来ない人間はとことん出来ないことを前提に、福祉を組み立てる時代が来たのだと思います。
そんな絶望感などZ世代に限らずいつの世代の大多数にもあった。特別な存在になれないなりに自分なりの目的や幸福を見出して生きたものだ。厳しい意見だが、悲劇の主人公ぶりたいようにしか思えぬ記事だった。
短歌ではなく続きものの長編小説を書こう。長くやってると嫌でも"その作品の個性"が出てくるよ。それが面白かは別だし、長ったるい作品なんてプロ級の面白さがないと誰も読んでくれないので承認には繋がらないけど。
21世紀は20世紀よりもずっと社会の出来が良い。河川も道も空気も綺麗で、暴力も少ないし、暮らしのいたるところまで便利で。20世紀の頃は気づかなかったけど、あの時代を生きるのは今よりもずっと苦しかった。ただ、
盗んだバイクで走り出してりゃ済んだ世代で良かった。
これ俺らが若者の時と何か違うのか?希望と絶望と活力と虚無にまみれた普通の若者だよ。
ブコメにAIでより絶望が進むのではみたいなのがあるんだけど逆でしょ。これから極端な価値観の転換が起きるのだから若者ほど楽しめるはず。今絶望を抱えている人はあと1年半待てと思う。
そもそも世代に特有の絶望ではない。いつの時代にも普遍的だった悩みに突き当たっているだけ。と上から目線で諭しても無意味だろうな。とあるゆとり世代の独り言。
対戦ゲームの界隈ではわりと前から言われていて、オンライン前提になるとお山の大将にすらなれなくなるので俺つえーができなくて楽しめなくなるというのと同じだと思う。それならネット禁止も悪くないのでは?
凡人は大谷翔平と同じトレーニングをこなしながら夢のような人生ですと笑って答えられない。/一部の不幸な例外を除き、我々は皆、同じ道を歩いているように思う。
おぢさんが若い頃もみんな何者かになりたがってたもんじゃ。フォフォ。
セカイ系が流行ってた頃の男オタクの文章まんまな内容なので、そもそもZ世代の問題でもSNSの問題でもなくずーーーーっとこんな感じでしょ、内向型のシスヘテ大和民族日本人男性は。
令和の山月記みたいの書いてクレメンス。 世界がネタバレで溢れてて、つまんない感じはあるね。 現代の一日に浴びる情報量は江戸時代の庶民の1年分とかもいうし。積極的に情報得たら10倍とかいくでしょ、
団塊ジュニアは30代くらいまで勘違いできたので恵まれてる。その上の世代になると勘違いしたまま壮年になってしまったおっさんがゴロゴロいて、Xで若者に絡んでる
この記事を読んだ所で意味ないね。完全上位互換とかどこで分かるのよ。百歩譲って上位互換いたとしてもそれで人生全て上位互換が勝つ訳では無いし。まあお気持ちポエム。早く自分と現実とちゃんと向き合えると良い。
普通=地獄と考えてしまうのは辛そう
どの世代も「この絶望感を理解されてたまるか」と思っている。深く踏み込まず、お互い温かいスープを啜ろうや
東大でもこんななのは辛いよな。
特有って、随分図々しいな。そういとこだぞ、特有なのは。
読む前に想像したよりもZ世代特有の事情はなかった。その分野でトップになった本当に一握りの人以外は、自分よりも優れた人に出会って挫折する経験をするだろうから、かなり普遍的な絶望感に思われる。
勝利条件の設定を変えれば簡単に勝てる。僕の勝利条件は「気分よく仕事して、経済的/時間的に余裕のある生活を送ること」だから、自分の上位互換がいくらいても、戦略の工夫次第で、わりと簡単に勝てる。
まいんちゃんロス分かる
おっさんには理解できないし、おっさんから「理解できる」と言われてもどっちらけじゃないかな
世代の括り語りはMBTIよりギルティ/そもそも「Z世代」言説長くない?もう10年くらい言ってない?とも思う
昔よりもレールの種類が増えたことで不安になる人は増えたのかな。可視化されただけかもしれないよ
バズったとしてもそれを連発したり人の記憶に残すのは難しい。「俺はあれでバズったんだ」っていう過去の栄光でそいつは生きていくんだろう、と思っている。note主ですら私には羨ましい存在だよ
老人が「今の若者はなっとらん」と古来から繰り返してきたように、若者が「おれ(たち)は理解されていない」と古来から繰り返してきた。おまえらの絶望も、うんざりするほど古臭いんだよ。
えっ人の絶望感をわかる人がいるんですか?
長い、つまらない、チラシの裏にでも書いとけ。知らんがな。世代でしかなにかを語れないのはお前が何の芯もない空っぽだからだよ。
地獄が広大過ぎる。みんな久保にはなれないし、福原遥と結婚できるのは一人しかいない。
クラスで1番、みたいなものをもう少し高く評価していいと思う。APEXで言えばマスターくらいの価値はあるだろう(上位1~2%)。
溢れでる自己顕示欲。 絶望ってそんな薄いものなの?
"地獄にいる。僕は普通の人間であるという呪縛" / これから逃れる事はいつの時代でも不可能なんだけど、それが何歳の頃か、は確かに重要かもね。是非はともかく、未成年のSNSを禁止したくなる気持ちはわかる。
ブコメに冷笑や謎の上から目線の評論をされて絶望感に理解を示さない大人たち。これが絶望感をループさせるってわかってるんだろうか。ブクマカがもし逆の立場だったら?古来絶望が繰り返されるなら改善すべきでは?
どの世代でも「特別な自分」が得られないのは一緒だけど、この人の世代だと思い知らされやすいのはあるかもね。平凡でも家庭を持つと「かけがえのない存在」にはなれるけど、その道も狭まってるし。
「金持ちが金持ってるのが見えるようになった」だけじゃねーか
これに気がつく段階が早いかつ、ブコメにあるような反応が正論だと分かるのもほぼ同時ってのがこの世代特有ってやつでしょう。モラトリアムをモラトリアムと理解し過ごすことを求められるタイプのモラトリアムの消失
何者という用語のニュアンスって言語化したほうがいいかもしれないなと思った。何者にならなくても幸せはあると思う。奥田民生の息子の歌詞に「べっぴんさんに惚れられな」というのはある意味で正しい気がする。
もうずっとZ世代の話してる気がすんだけど/内容うっす
SNSにどっぷりで承認欲求の塊みたいになってる人たちはそうかもしれないけど、どの世代も大半はネットはそんなに見ずに、地味に堅実に淡々と幸せに生きてるもんだと思うよ。
時代ガチャだった就職氷河期世代よりよっぽど恵まれてるから絶望しなくても大丈夫よ。未来があるよ。未来のないこっちは深刻な絶望だよ
みんな何者かになりたいって思ったことあるもんなのかな?なってどうするんだろ
東大卒若者だから世間が話を聞いてくれる訳で東大出の24才の女性が自殺するまで非正規男性が何人自殺してもパワハラは問題にならなかった。
ゆとり教育やアベの幼児教育無償化や増税メガネの独身税のおかげで昔より遥かに手厚い教育を受け、自分が勉強しないのを学校の先生の教え方が悪いと教委に告げ口して育ってきた世代が自分の業をマトモに受けただけ。
世代特有の絶望感は理解されないから世代特有なのでは(世代を超えて理解されるなら今更問題にならない)
氷河期世代が自己責任と言われてしまうのと同じ、タイトルだけ読んで脊髄反射まだ読んでない
どの世代にも、どの世代なりに絶望はあるけど、結局素直で行動量の多い人がうまくいってるとは思う。まぁ諦めの理由になるような事が可視化されすぎてることには同情するけど
何だかんだひとくくりにされるって大事。本質的にはこの世代を代表するマスメディアが無くて可視化されないのが辛い。理解はできるが週刊ジャンプすら100万部切っててそもそもリーチできない
ナンバーワンになるのも大変だがオンリーワンなるのも大変だもんなぁ。比較の煉獄みたいな所にいると足るを知るのも難儀する。
noteって、実名出した増田?
Z世代特有の絶望感は理解されていない|栗崎皓
“勉強も運動も、自分より上の存在がいる。中学生はそれに気づいてしまう。”どの世代でもいつの時代でも同じなのに理解されないとは 何者にもなれないお前達は当たり前の存在であることに絶望するのか
まるで今までの世代の絶望感が理解されていたかのような書きぶり
あー。確かに僕が学生の頃には無かった絶望感かもな。(2008-2014まで学生)
こういうのは世代特有なのではなくて、そういうお年頃あるあるでは
東大生は東大生の悩みがあるんだろうなぁ……頭悪い自分には分からない世界だけど / 茶化すつもりはないです。悩みがあるからこそ成長もするんだと思うし。
例えば「花の中3トリオ」とか、私たちの生まれてくるずっと前から、最上位互換が存在する世の中だと思うが。世代論だって団塊世代、しらけ世代、新人類、バブル世代、氷河期世代、若者は括られて語られたと思うよ
SNSのせいで勘違いできないってのはあると思う。早々にナンバーワンを目指すのを諦めてしまう。だから1番を狙ってる人を身の程知らずだと冷笑する。他の世代でも多かれ少なかれあったけど顕著なのかもしれない。
何者にもなれない。誰かの下位互換。これらの苦悩は高校生や大学生の定番だった。それがSNSでの可視化により、小中学生まで降りて来ている。そこにAIの進化が重なる。今この時代に生きるための補助線が必要だと思う。
どうも。就職氷河期最初の世代です。絶望感、語ろっか?でもそんなもん聞きたないやろ?
いい文章だと思うけど、言うほど特有かな? あえて自意識過剰だとバッサリいきたい。何したって別に生きていけるよ
比べなきゃいいんじゃないの?山月記で虎になった男に順調になってる気がする。スマホ捨ててお遍路でもすれば変わる気はする。
太宰み、ある
他人と比較しないという生き方がいかに大切か
絶望感に共感するのは良いですが、比較する愚かさを忘れずにですわ!お互いの光を見つけましょうね。
友人が30代半ばに癌で死んだ。実家が太くて、異性にモテて、運動も勉強もギターもできた。綺麗な奥さんと生後半年の女の子を残して死んだ/やりたいことをやる、足りないなら努力する、生きてる限り世界は広大だ
まーしかし、それを早期に気が付いて、それでも世の中なんとかするんだってほうに、哲学して大人になったほうがいいかもしれんよな。
娘の中学の部活に衝撃を受けた。楽しめればよくて、レギュラーになりたい人がいないと。プロになるわけでもないのに、がんばって勝ち抜いても7歳からやってる奴に当たって負けるじゃん、上を目指す意味って何?と。
「原理上、社会の外側には出られない」「私は入替可能な存在であり、絶対的な価値を有しない」若者はいつもこの二つに由来する苦しみを生きている。/自分の処方箋は恋と宮台真司の映画批評と永井均の哲学だったな
Z世代特有ではなく、あなたの絶望ですよね?
友達よりスト2が上手いなんて時代から、全世界のプレイヤーと対戦して順位が出る時代だからなぁ。
井の中の蛙でさえいられない環境。クラスで一番ゲームがうまくてもネットを見ればいくらでも上が見つかってしまう
きっと何者にもなれないお前たちに告げる!からもう15年やぞ
「誰ひとりきみの代わりはいないけど上位互換が出回っている」 ナンバーワンではない互換性あるがゆえの絶望もあれば、オンリーワンの意義や性能・互換性がなく孤立する地獄もある https://x.com/unonazuki/status/939431215551016960
SNSではなんとか小僧で大金稼いでた中高生もいるし、ママタレのセレブ生活に映る子供。テレビや雑誌はなんとなく遠く見えるがSNSは近すぎるよね。しかも見ようと思えば何度も再生される。
どうせ人と人とはわかり合えないんだから、自分の気持ちを大事にしなさい、とお釈迦様も言ってる。Z世代特有どころか紀元前600年の話だ。
久保建英が25歳だから、この人は24歳か。若いなぁ、としか。彼が今の自分の歳になる頃には、多分自分はもうこの世に居ないと思うと、この文章に対して何の感想も沸いてこない
世代特有の絶望と若者時代特有の絶望は渦中にある人からはなかなか判別しにくいもの。
Z世代以降はいい待遇だけど、自己研鑽して成長してジョブホッパーする人と、打たれ弱く成長しない人の二極化が激しくて管理職は苦労してる感じ。能力は人より少し上くらいでもプロとして需要あるのにすぐ諦めちゃう
ネット時代で自分の上位互換が可視化されちゃうのはZ世代特有かもしれんけど、進学したら自分より頭がいいやつがたくさんいるってのは東大あるあるで別もんだぞ、この人自体がZ世代の絶望感を理解できてないんだが。
日本版Doomerみたいな話なんかなあ
多くの芸術や思想は、理不尽な抑圧、貧困、社会への激しい憎悪や怒りといった「逃げ場のない本物の地獄」から生まれる。ぬるい時代にはそれは生まれない。だから何者かになりたいなら地獄の時代を復活させることだ。
若いうちに社会で活躍し始めることが持て囃されるのも助長してるよなあ。もう少し、学生は学生の領分でいることを認めてあげても…みたいな思いがある
理解されないのは「特有」だから。トートロジーのタイトルなので、中身を読む気がしない。どうせお馬鹿が書いたんでしょって思ってしまう。年は取りたくないなぁ。
昔と今で違うのは情報量くらいだけど、それが若者に与える影響は大きいとも思う。知らないほうが精神的に良いというものもある。
氷河期世代特有の絶望感は理解されているけど されているだけ…何もなし…でももう期待してないから何にも…
東大に行って挫折した人の話で、自分の苦しさをZ世代特有の特別なものとして、自己を維持したいのだろうなと思った。もちろんZ世代特有の地獄はあるだろうけれど、どの世代にも地獄はある
Z世代って14-29歳だからかなり開きある。AIが出る前と出たあとでも相当価値観が違う
その久保建英もスペインの中規模クラブのスタメン当落上でしかなく、上位互換はいくらでも存在する。
理解なぁ。バブル期に散々不良債権積み上げて夜の街で吹き上がって遊びまくった世代が、なんの責任もない下の世代にツケを回して人生を搾取して逃げ切って、悠々自適な老後を過ごしても良心の呵責はゼロだしな。
当初、影響力ある消費傾向で注目されたものの、日本ではZ世代と同じ年代ではあっても、人口比率少ない、金もないから購買力も低くく影響力少ない。アメリカや欧州のように、左派への動きも社会的主張もないしな。
大学終わりにスマホが登場し、情報量が突然増えて、何が正しいのか分からなくなり、人生狂わされた実感のある人間としては、他人にも自分にも社会にも期待せずに、諦めて生きない方が取り返しがつかないと忠告したい
AIの台頭やばいよね、マジで「私って必要?」が加速する
特別な存在だと思えていた自分が、より大きな世界に出て凡庸さに直面したという世代を超えたテンプレ。それを世代独特とする事で「特別な自分」に再定義しようとしている。
確かに、中高からどっぷりSNSに浸かって、多感な時期に毎分毎秒評価経済にまきこまれてきた世代の絶望感なんて、経験しなければ本当のところは分かりえないのだろう。"それでも生きていかざるをえない!"
SNSがもたらした絶望よりはるかに大きい絶望がAIによってもたらされそうで、Z世代の次の世代は悲惨なことになりそう
絶望の渦中ある人にそんなものは古より続く普通のことだと説くことのなんと無意味なことだろうか。そんなものはより絶望が深まるだけだろ。何も持たなくても貶され比較されることが無けりゃ多少は生きやすかろうに
そんなことをせず自衛隊にでもいけばいいのに。
勉強なりスキルなり筋肉なり、自分が楽しんでやれることで努力して、自分が成長していくのを見る喜び、みたいなのを学校教育で教えられたらいいのにねえ。一生の宝になるのに。
薬用せっけんに聞いたら「この東大生はウサインボルトと自分を比較して『同じ人間なのになんで10秒切れないんだ』という謎の計測をしているように見える」だって。
ミレニアル世代の私はつべやニコニコ前後を体験したけど、学校や地域でお山の大将が出来ない世の中という印象、『”特定の誰かにとって”何者か』であることが解決になればいいのだけれど
地獄ってかんたんに言う風潮をそろそろやめにしてほしいな。けっきょくは自己愛、自己陶酔、自己憐憫、自己顕示のポエムに読めた。「自分」が肥大した発露で、世代は関係ないのでは?おっさんでもこういう人いる。
何者かになりたいのは、若者の永遠の悩みだよね。答えは、積み重ねた時間しかない。きっともがき続けた道の後ろに何者って書いてある。欲しいものに向かって、足掻いて足掻いて足掻くんよ。死なないようにね。
その声は、我が友、李徴子ではないか?
ここに書かれてるような懊悩に心当たりがある人は全世代にいるのでは。
俺らの時代にも上位互換はいた。が、上位互換が無名のまま溢れかえっている世界ではなかった。そんなの絶望するしかない。
読みました。いくらでも世の中に自分に絶望して下さい。それでも明日はやってきます。
問題は、今、若い世代にとって上からの圧力が非常に強いことだと思う。日本が始まって以来最大の圧力。ブコメも上から目線多いでしょ。若い世代はこれに耐えつづけないといけないし、今後さらに圧力は強くなる。
逆にそこまで考えて生きてるのか?今の若者は。それが信じられない。
SNSで加速してる側面があるとはいえ本質は普遍的な若者の悩みではある まぁ自分で自分を評価するのやめたらええんちゃうか 俺らは自分のおでこすら直接見られへんねんから
勉強すれば少なくとも知的労働力としては上位の人間として生活できると思っていたら、知的活動の意味でAIが人間の上位存在になっちゃったからなぁ。という絶望はありそう。
”しかし同時に、自分より恵まれない人間がいることも知っている。だから嘆き悲しむことも許されない。” これを自分の絶望のネタにするのはさすがに…
と、東大生がこんな中学生みたいな自分探しポエムを…………
天才に生まれないというのは大変なことなんだなあ
「僕の地獄は理解されない」だろうね/圧倒的多数の上位互換に踏み潰されないように生き抜く我々凡人もまた同じ/なので岸谷蘭丸はどうでも良いアイコンなのである/
それでも今までは圧倒的に守られてた。日本語圏というバリアで。これからAIで言語の壁が無くなったら見ないフリ出来ていた英語圏という大海に飲まれる。日本の何百倍も上位互換がいる世界に。
つながらず知らないままでいる自由もあるし、井の中の蛙になったっていい。許せないだろうけどね。いまここを心地よく、今日を穏やかに過ごせることを祈っています。
同世代で目立っているのが岸谷蘭丸みたいな人間で、そんなものが上位互換になることが苦しいのかと思って読んだらそうではなかった
うるせえ。もっと世の中を舐めろ。俺ならできると勘違いできる奴になれ。賢しらぶっても何も始まらんぞ。
大多数は何者にもなれないわりに個性が大事とかイキイキと働こうとか無駄にキラキラ方面を推奨してくるので、特にやりたいこととか本気を出したい分野とかないと嫌になりそうだなとは思っている
このnoteは、わが友、李徴子ではないか?(すでに言われてた悔しい地獄だ)
わからなくもないが、遥か上の世代でも共感できる部分があるとすると、これは本当に世代論なのか?
そんな悩みは別にZ世代特有ではなく誰もが通ってきた道であり、故に多くの哲学書が残されている。違いがあるとすれば可視化の程度に過ぎない。特有という前にまず哲学書にあたるべき。ニーチェぐらい読んだだろ
でもこの人のX見たら「バズったから宣伝してもいいのかな? この文章の筆者に厳しい人も共感した人もみんなで歌会やりましょう!」と言ってて全然楽しそうだった。絶望とは。
他世代の絶望感は理解してるの?店員に絡むクソジジイの絶望はわかるの?
ギリシャ時代から言われてそうな普遍的な悩みという感じだが、それがいい。東大に来るまで井の中の蛙の実感がなかったくせに、情報過多で生きにくいとか言われてもな。
何者でもないおっさんでも、年間億くらいは稼げるし、子供2人と奥さんと犬2頭で楽しく暮らせるよ。ネットで上が見えたつもりかもしれないが、本物はネットになどいない。見えない層は想像以上に分厚いぞ。
ボクなら誰と比べても一番可愛いから大丈夫にゃ!人と比べず、ボクと一緒に日向ぼっこしてのんびりお昼寝しようよ。美味しいカリカリもあげるにゃ!
「井の中の蛙大海を知らず」 人間、視野が狭いと自分たちが特別だと思い、視野が広がると特別ではないことに失望する、と一般化できる話かなと。仕事だと「うちの会社(業界)は特殊で」という言葉をよく聞きますね。
どの時代でも絶望しながら生きてるもんだと思うけど。そうじゃないほうが生きるのがしんどくなるだろう。
ぶっ壊れても先例がいて、おだやかでも先例がいて、優れていても先例がいて、劣っていても先例がいる。よすがの無い蛇行
こういう人たちこそ、今、都会のTOHOシネマズでしか上映していない映画「太陽を盗んだ男」を見に行ってほしい https://eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=taiyowonusundaotoko
ここに書かれてる事は昔から全然変わってないと思うんだが、最近は平凡だったり落ちこぼれが努力して成功する作品とか見かけないので単純に時代の空気が違うのかねえ
結果が全てで過程を軽視。それじゃ生き損ねるから時間をかけること。上位互換でも死は免れない。下位互換にも時々お鉢は回ってくる。関係性を深めていくこと。土地の縁、血の縁、同窓の縁、Web縁。意を用いる御用心。
自意識の鏡が社会(というか世間)とパススルーで繋がってるの、きっついなーと思う。
「自分に完全な上位互換がいる」みたいな発想って、大雑把な共通点だけ見て同じものとして扱うから。他人に上下を付けて見下すからその刃が自分にも向く。差異に目を付けた方が面白いし、差異にこそ意味があるのに。
部品でない生き方の情報が足りてない気もするな。思えば40代の私の少し上の世代は、そういったモデルケースを大量に発信してくれてたのかもしれない。自分は中島らもよりまともに生きてる気がするもん。
高1息子に友達と作った自主制作特撮映画を見せてもらったけど、完成度なんて全然だけど編集から作曲、録音まで全部自分たちでやっててひたすらに楽しそうで眩しかったよ。
こんなときだからこそ師弟関係って重要なのかもしれないな。
そう思えるかは別として人間は複雑系なので冷静になれば単純な上下に収まらないし社会も複雑系かつ人類の手に余るのでやることも居場所もあるんだよ。AI時代以降は知らん。よりヤバいかも
いきなり全世界のライバルと繋がる喜びと苦しみは確かに無かったよなとブコメを見て思った 村勇者、街勇者と段階を踏んで行く中で自分を過信したり勘違いしたり挫折したりする傾斜が無くなってるというか
セックスしたい。まで読んだ。
“独創性のある倒錯” 長々と書いているけど、これが結論じゃない。自分が欲しいものは分かっているんだから、他人に理解されるとか関係ないじゃない。孤立を模倣してるんだから、本当に孤立しても良いじゃない
世代関係ない。当たり前のことしか書かれてない。東大卒なの?それでも人生は続く。
言い訳がたくさんあっていいですね。特有というならほか世代とちゃんと比較すればいいのに。
葬式と同じでいつかは夢物語から覚めなきゃならないのに、それが許されない世代。埋めるべき明確な穴の皆無な世界で生まれ育ち、自分以外のスーパーマンが全て埋めていってしまう世界に生きる。目の前の隣人を助けよ
懐かしい。僕も昔そうだったし、この状態をしばらく引きずっていた。焦点が自分じゃないものに当たると楽になるよ。仕事でも、遊びでも、他人でも
あれ?これ蘭丸?
上には上がいる絶望感を味わったら、次は下には下がいるのを希望のないニュースやノンフィクションで(SNSでは自虐的にしか語られないから)知って安心するようになる。意志の尊さとか、魂の格とかは下がるけど。
トプコメの「勘違いできない」って本当にそのとおり。勘違いすることで突き進めたんだけど、ちょっと間違ったことをいうとSNSに袋叩きにあう、それを恐れて何もできなくなる。\インターネットやめろ/
その上位って同じタイプが直列に並んではなくて複数の要素が絡んでるし、何かが劣ってて全能なんかじゃないし、全部の要素で勝たなくても自分のプレゼンスは出せる、というのに気づいたのは30代だったな。
子供をどう育てるべきかずっと悩みつつやってるけど、一番大切なことがわかったかもしれなくてお礼言いたい。つまり人との比較という地獄に安住するな、今ここに集中して好きにやれということ。あとSNSは魔具。
多少は、井の中の蛙になった方がいいけど、井戸がほぼなくなっちゃった。XBoxでワールドランキングが実装された時、ゲーマーたちのやる気が落ちた話を思い出す。あらゆる人とモノが世界ランキングで並んじゃう
携帯機器を捨てよ、街へ出よう。世が便利とするものの殆どは足枷でしかない。
偽岸谷蘭丸。YouTubeのポエムのチャンネルを視聴して当てられたのだろうな。Z世代特有の絶望感の正体は、自分たちが特有だと勘違いしていること。ゆとり世代以降の大二病だわ。むしろ理解され過ぎて絶望してるんだろ。
東大生が自分は凡人だと懊悩するの巻/当人にとっては一大事なので笑っちゃいけないんだろうが、北方謙三ならソープに行けと一喝されるやつ。
岸谷さんとやらの画像をアイキャッチにドーンと使うのは大丈夫なん?その辺の権利意識薄いタイプの人?
Z世代特有の事柄なんかひとつもなくない……?ギリ70年代生まれの自分だって中学に入る頃には既に「上には上がいる」を塾あたりで理解していたし高校に入ったらそのレイヤーを理解したわよ
成長とともに、世界も合わせて広くなるべきなのに、幼少期から全世界が見えてしまう。というか見え過ぎてしまう。不思議は消え、探究は失せ、向上が生まれず、停滞する世代なのかもしれない。
あいつがなれるんなら俺もなれるやろ。って楽観主義で今の俺がいる。あとまぁ、俺が(世代継承・文化資本継承の)初代になるんやな。 あと蘭丸はこの記事ではもらい事故w関係ないw
世代関係なくない?
ぎりZ世代としていっちょかみしてやろうと思ったけどそうなったら終わりだなと思い我慢
10代でゲーム機の進歩を体験して20代でネットやSNSやスマホが普及し触れ始めた自分の世代は正直人類史全体で見ても恵まれているとは思う
え?人生そこからでは?自分がその他大勢の1人と知るのは早いほうがいい。それでもリセットは出来ない。しょぼスペックで生きるしかない。ではどうするか。というね。
だーかーらー、地獄って言葉を気軽に使うなって! 誰にでも地獄があるとか言っちゃうの、単純に見聞が足りないのよ! つべこべ言わず世界一周してこい!! 48歳底辺おじさんより😤
自己の認識できる範囲を段階的に拡張できないのが不幸なんだろう。宇宙兄弟でいう"夢のドア"で、最初から一番でかい扉が目の前に立ちふさがってる、みたいな感じ
snsが厨二病を抑制するのか…と思うと寂しいものを感じるね。それが鬱憤であり、政治の下手な煽動に負ける原動力であり、マチアプが誰かのナンバーワンたり得る機会を殺し、それでも街は廻っていくのだろうか。
はてな村では割と良く見かけるタイプの絶望感に見えたけど、ネット回線とスマホのコモディティ化かがその絶望感もコモディティ化しちゃんたんだね…と思うインターネッツ老人会オジサンなのでした(今日のわんこ感)
今の20代とかはヤバいかもしれんけど、逆にひと桁代のAIネイティブたちはまた違った価値観を見せてくれそうな気もする。AIの超知性を自分に内包している世代。
彼らに氷河期世代特有の絶望感は理解されていない。世代の観点で語る限り、そこには特有の問題や絶望感はあるし、世代を跨いで理解されるのは難しい。それぞれがその世代で精一杯やっているから。
さぞ絶望感だろうZ世代。本当に絶望の中でもがき苦しみ、世間から捨てられ、バブルを仰ぎ見ながら今まさに見捨てられようとしている氷河期に比べれば全くただの自己憐憫としか思えない。
こんな普遍的な悩みを世代特有だと語ることこそが「自分は理解されない特別な世代」だという慰撫。苦しみから脱したいなら世代論で断絶せずに他世代の処世術に目を向けてみては。それこそSNSでもAIでも使ってさ。
日本のZ世代特有の絶望とは、岸谷五朗の息子に世代を代表されていることだ
映画は1人では作り上げられないけど、歌や句や文章はバイトや勉強しながらでも作れる/詩を作る人はこんな感情をもっとドロドロに濃度高めてそれを短い言葉にするよね。これは散文だからというのもあるけど浅薄だな
幼い故の万能感と無鉄砲さあるある。成長するにつれ現実を知り挫折を味わってそれがまた成長の糧になるんだけど、今はネットでいくらでも同世代の上位互換がみつかる。勘違いや挫折の経験すら難しい時代に
〇〇世代と名乗って共感が得られる(得られるだろうと期待できる)時点で既に恵まれている。
何世代とか実は関係なくて、与えられた手札を元に得られた結果に満足できない人間は死ぬまでずっと絶望するし、被害妄想に塗れ続ける。そしてそういう人間ほど自分の加害性には気付かない。そんだけの話。
生まれた時から世界と繋がることを半強制されている世代、と考えたら特有の悩みも見えてくるのではないか
全国大会の地方予選のように、小さい大会を少しずつ上がってくるのが従来だったのが、いきなり世界大会に放り込まれるようなものか
何者にもなれないことを言い換えると広告や商品の個人消費でしかない。ここに社会は不在である。何者でなくてもWikipediaやOSSや地域社会に貢献することは出来る。隣人を愛すことが絶滅危惧種になった時代。
「何者にもなれない」はZ世代特有ではない。SNSのせいで早く気付かされるはあるかも。他人の物差しで自分を見ているから苦しむ。安倍晋三は大勲位菊花大綬章だから、国的にはその他は全て下位互換の国民だよ。
似た人発見
どの世代にも地獄はあるけど、地獄の質が違うので世代間ギャップは理解されないよねって。氷河期世代からすれば「いうても仕事には困らんだろ」てなるし、昭和世代はパワハラきつかったし、令和になったら税金以下略
そもそも自分にやりたいことがある若者なんて、極一部の変わり者だけですって。そんな幻想、とっとと捨てて社会システムの一部となる方が幸福な人生を歩めますよ。人間嫌いなら、畑をやるのも良いですね。
おれ45歳も中学生の時に何やっても上には上がいるよなって気づいたけどな。婚活の話だとみんないろんな平均くらいをかけ合わせると希少性が出るって理解してるのにな。
氷河期世代特有の絶望感は無視されているので、無視されないだけマシではないだろうか。
直面している問題は、AIとショート動画類だろう。それ以外は些事だ。
大学生が考えるみたいな内容だと思ったら、大学生だった
岸谷五朗の息子って、一見中性的なんだけど、じーっと見てると親父さんの顔がスーッと透けて見えてくるので遺伝子っておもろいなーって思って動画見てる
末席に加わる。くらいの解像度を持てない人は、どんな世代でも両極しか持てないで、ゼロに収斂してしまいがち。賢さとはグラデーションを見出すことだし、組織なら「輪郭の一端を為すのを目指す」って考えていたな
これZ世代特有なのかな。わりと全世代でありそうな気がするんだけど。そうでもないのかな。
『自分は特別ではないの通過儀礼』の話⇒ただし認識と実態が違うので、整理①起業の裏には失敗を許容する太い実家(米中でも技術系エリート2世)②才能:先取り6年学習の東京大阪≪神童(3年)③『頭がいい≒成功ではない』
下らない。そんなもん、都会に育ってれば昔から普通。ちょっと頭が良いガキは塾で全国の順位を知らされ、野球が得意でもチームに入れば大会で化け物を目撃し、将棋が得意な奴は本物に叩き潰される。本当に下らない
こんなに恵まれた時代の、しかも日本に生まれて、何あまえてんの?お前それサバンナでも同じこと言えんの?(AA略
その後のCCA世代は急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいないというのに。
新人類世代の絶望感についても配慮して欲しい。
凡人だと早く気付けるようになって良かったじゃん。くだんね
ダルい。君のはただのはしかだ。東大生でバカじゃないんだから自分語りと世代論はもっと明示的に並べるか分けるかしてくれ。君が主にしているのは自分語りであって世代論ではない。それただのはしかだから(´Д`)めう
それなりの幸せが地獄という認知の歪みではないのだろうか
クラスで一番から初めて少しづつ輪を広げていく事が出来ず、いきなり世界トップクラスと対峙しなければいけない不幸。今の時代に必要なのはドラクエ的優しさ。
これまでは配られたカードで最善手を作るしかなかったが、これからはAIのチートアシストで勝負出来る時代になった。
氷河期世代の僕が「14歳の栞」を観た時感じたのは14歳という年頃についての強烈な普遍性だったのだけど、作中の登場人物と同世代の人だとそこに特異性を確認するの、面白いなって思った。
こんなモラトリアム日記も東大生が書いていると知ると純文学になってしまう
絶望の内容すら、昔からのあるあるなのがまた何とも言えない…
既にあるように、これは世代関係なく割と普遍的な絶望や焦燥感だと思う。しかしSNSなどの影響はそれなりにありそう。女性は以前より選択肢が広がったけど、その分競争も激しくなり同様の事態に陥っていくのだろう。
どの時代の若者にもいえる。誰もが「絶望」を通ってるよ。
今後は「ほどほどで良い」と思っていてもほどほどの領域はAIがやっちゃって、ほどほどでいることを許されない感覚になることはありそう…
Z世代というよりも、普遍的な若人の悩みなんだけど、SNS、AIの登場により世界単位でランクづけられた気になる。世界は広大だが世間は狭い。どうにかやっていくしかない。
若い世代はいつでもドリームの種類が資本主義ドリームしかない。絶望して挫折してそれでも生きているオジサン世代の話をもっと細かく拝聴したらどうだろう。割と世の中悪くはないと感じられたらいいな。
同じようにサッカーで神童と言われた中井卓大(久保とは2歳差)が今どうなっているか調べてみることを筆者にお勧めする
Z世代特有の絶望感、氷河期世代特有の絶望感、バブル世代特有の絶望感、団塊世代特有の絶望感。みんなが被害者になりたがっている。
今まで大きな物語で、括られていた世界が物語が分裂して、似た様な物語が語られているという絶望感……でも、自分の物語を語れるのは良いことだと思う。世の中とはそういう大衆たちによる物語で出来ているのだから
創作という行為をするのが非常に難しくなったという問題なんだと思う。
こういった感覚は世代問わず若かりし頃はだれでもあるだろうけど、今の時代あまりにもなんでも見えちゃうのはなぁ。うちも子がいるのでSNS規制は賛成だな。
いつの時代もあるモラトリアムのメランコリーに、SNSが日常にあることでの“逃げ場の無さ”によって閉塞感が深刻になってる感じ。ただ、これは特有ではなく次世代(α世代)以降はより先鋭化していく社会構造やろ
俺もSPEEDが活躍してたときは中学生で稼げていいなぁとは思ってた
Zの次はα(アルファ)世代などというらしいが、読めない人も多い記号を使って広まるのだろうか。片仮名でアルファと呼ぶとか?
自己探求/内省の時代なのかもしれない。
この大学時代にあるある心理を厨大病と名づけるか?「若きウェルテル」の悩みが書かれた時代の若者の絶望とは逆の悩みの時代。
“それなりのところに就職する。それなりの年齢で結婚して、それなりの幸せを築く。僕は地獄にいる。” 地獄の定義がユル過ぎでは?
日本の戦前の農村の"低学歴社会"は多分こんな感じだった。だから中卒で働いたし働けた。ついでに女に学は不要も結局は15でとっとと絶望して産む機械になれの話戦争という大量殺人の傷が癒えた日常はそういう景色
おお読んでてなんか既視感あるなと思ったら東北出身の方か!20年以上前に東北の旧帝で、自称かつての神童みたいな東北の人たくさんいたんだけどみんなこんな感じで閉塞してた。懐かしすぎる。
よくある若者の悩みが、広い世界に若いころから直結できることで拡大されてしまっている。その構図自体への課題感には共感できるのだが、東大生でこれか。というところに氷河期世代としては絶望感を得てしまう。
はてなはましだけど、他のSNSは地獄と絶望と便所の落書きで満ち溢れているよ。黄金の雨が降ったとしても渇愛が満たされることはないというから、有名人でも称賛と賛美と礼賛を求めて自己アピールから逃れられない。
生まれの不幸を呪っても良いが呪い続けるのはダメだよ。結局みんな自分の持ってる手札で勝負するしかない。社会に出たら椅子取りゲームが始まるのでそれまでに気持ちにケリを着けよう。
アホくせえ敷かれたレールがいやだって話だろ。昭和の時代に腐るほどいたわ。
何時の時代も各分野のトップオブザトップは一般人の目に入っていたはず。先行世代や歴史上伝説上の人物だろうけど。何か同世代内に限った序列ばかり気にしている風。受験勉強を引き摺っている感。
そして今は、努力できるか否かまで遺伝の影響が大きいことを、行動遺伝学が暴きました。出来ない人間はとことん出来ないことを前提に、福祉を組み立てる時代が来たのだと思います。
そんな絶望感などZ世代に限らずいつの世代の大多数にもあった。特別な存在になれないなりに自分なりの目的や幸福を見出して生きたものだ。厳しい意見だが、悲劇の主人公ぶりたいようにしか思えぬ記事だった。
短歌ではなく続きものの長編小説を書こう。長くやってると嫌でも"その作品の個性"が出てくるよ。それが面白かは別だし、長ったるい作品なんてプロ級の面白さがないと誰も読んでくれないので承認には繋がらないけど。
21世紀は20世紀よりもずっと社会の出来が良い。河川も道も空気も綺麗で、暴力も少ないし、暮らしのいたるところまで便利で。20世紀の頃は気づかなかったけど、あの時代を生きるのは今よりもずっと苦しかった。ただ、
盗んだバイクで走り出してりゃ済んだ世代で良かった。
これ俺らが若者の時と何か違うのか?希望と絶望と活力と虚無にまみれた普通の若者だよ。
ブコメにAIでより絶望が進むのではみたいなのがあるんだけど逆でしょ。これから極端な価値観の転換が起きるのだから若者ほど楽しめるはず。今絶望を抱えている人はあと1年半待てと思う。
そもそも世代に特有の絶望ではない。いつの時代にも普遍的だった悩みに突き当たっているだけ。と上から目線で諭しても無意味だろうな。とあるゆとり世代の独り言。
対戦ゲームの界隈ではわりと前から言われていて、オンライン前提になるとお山の大将にすらなれなくなるので俺つえーができなくて楽しめなくなるというのと同じだと思う。それならネット禁止も悪くないのでは?
凡人は大谷翔平と同じトレーニングをこなしながら夢のような人生ですと笑って答えられない。/一部の不幸な例外を除き、我々は皆、同じ道を歩いているように思う。
おぢさんが若い頃もみんな何者かになりたがってたもんじゃ。フォフォ。
セカイ系が流行ってた頃の男オタクの文章まんまな内容なので、そもそもZ世代の問題でもSNSの問題でもなくずーーーーっとこんな感じでしょ、内向型のシスヘテ大和民族日本人男性は。
令和の山月記みたいの書いてクレメンス。 世界がネタバレで溢れてて、つまんない感じはあるね。 現代の一日に浴びる情報量は江戸時代の庶民の1年分とかもいうし。積極的に情報得たら10倍とかいくでしょ、
団塊ジュニアは30代くらいまで勘違いできたので恵まれてる。その上の世代になると勘違いしたまま壮年になってしまったおっさんがゴロゴロいて、Xで若者に絡んでる
この記事を読んだ所で意味ないね。完全上位互換とかどこで分かるのよ。百歩譲って上位互換いたとしてもそれで人生全て上位互換が勝つ訳では無いし。まあお気持ちポエム。早く自分と現実とちゃんと向き合えると良い。
普通=地獄と考えてしまうのは辛そう
どの世代も「この絶望感を理解されてたまるか」と思っている。深く踏み込まず、お互い温かいスープを啜ろうや
東大でもこんななのは辛いよな。
特有って、随分図々しいな。そういとこだぞ、特有なのは。
読む前に想像したよりもZ世代特有の事情はなかった。その分野でトップになった本当に一握りの人以外は、自分よりも優れた人に出会って挫折する経験をするだろうから、かなり普遍的な絶望感に思われる。
勝利条件の設定を変えれば簡単に勝てる。僕の勝利条件は「気分よく仕事して、経済的/時間的に余裕のある生活を送ること」だから、自分の上位互換がいくらいても、戦略の工夫次第で、わりと簡単に勝てる。
まいんちゃんロス分かる
おっさんには理解できないし、おっさんから「理解できる」と言われてもどっちらけじゃないかな
世代の括り語りはMBTIよりギルティ/そもそも「Z世代」言説長くない?もう10年くらい言ってない?とも思う
昔よりもレールの種類が増えたことで不安になる人は増えたのかな。可視化されただけかもしれないよ
バズったとしてもそれを連発したり人の記憶に残すのは難しい。「俺はあれでバズったんだ」っていう過去の栄光でそいつは生きていくんだろう、と思っている。note主ですら私には羨ましい存在だよ
老人が「今の若者はなっとらん」と古来から繰り返してきたように、若者が「おれ(たち)は理解されていない」と古来から繰り返してきた。おまえらの絶望も、うんざりするほど古臭いんだよ。
えっ人の絶望感をわかる人がいるんですか?
長い、つまらない、チラシの裏にでも書いとけ。知らんがな。世代でしかなにかを語れないのはお前が何の芯もない空っぽだからだよ。
地獄が広大過ぎる。みんな久保にはなれないし、福原遥と結婚できるのは一人しかいない。
クラスで1番、みたいなものをもう少し高く評価していいと思う。APEXで言えばマスターくらいの価値はあるだろう(上位1~2%)。
溢れでる自己顕示欲。 絶望ってそんな薄いものなの?
"地獄にいる。僕は普通の人間であるという呪縛" / これから逃れる事はいつの時代でも不可能なんだけど、それが何歳の頃か、は確かに重要かもね。是非はともかく、未成年のSNSを禁止したくなる気持ちはわかる。
ブコメに冷笑や謎の上から目線の評論をされて絶望感に理解を示さない大人たち。これが絶望感をループさせるってわかってるんだろうか。ブクマカがもし逆の立場だったら?古来絶望が繰り返されるなら改善すべきでは?
どの世代でも「特別な自分」が得られないのは一緒だけど、この人の世代だと思い知らされやすいのはあるかもね。平凡でも家庭を持つと「かけがえのない存在」にはなれるけど、その道も狭まってるし。
「金持ちが金持ってるのが見えるようになった」だけじゃねーか
これに気がつく段階が早いかつ、ブコメにあるような反応が正論だと分かるのもほぼ同時ってのがこの世代特有ってやつでしょう。モラトリアムをモラトリアムと理解し過ごすことを求められるタイプのモラトリアムの消失
何者という用語のニュアンスって言語化したほうがいいかもしれないなと思った。何者にならなくても幸せはあると思う。奥田民生の息子の歌詞に「べっぴんさんに惚れられな」というのはある意味で正しい気がする。
もうずっとZ世代の話してる気がすんだけど/内容うっす
SNSにどっぷりで承認欲求の塊みたいになってる人たちはそうかもしれないけど、どの世代も大半はネットはそんなに見ずに、地味に堅実に淡々と幸せに生きてるもんだと思うよ。
時代ガチャだった就職氷河期世代よりよっぽど恵まれてるから絶望しなくても大丈夫よ。未来があるよ。未来のないこっちは深刻な絶望だよ
みんな何者かになりたいって思ったことあるもんなのかな?なってどうするんだろ
東大卒若者だから世間が話を聞いてくれる訳で東大出の24才の女性が自殺するまで非正規男性が何人自殺してもパワハラは問題にならなかった。
ゆとり教育やアベの幼児教育無償化や増税メガネの独身税のおかげで昔より遥かに手厚い教育を受け、自分が勉強しないのを学校の先生の教え方が悪いと教委に告げ口して育ってきた世代が自分の業をマトモに受けただけ。
世代特有の絶望感は理解されないから世代特有なのでは(世代を超えて理解されるなら今更問題にならない)
氷河期世代が自己責任と言われてしまうのと同じ、タイトルだけ読んで脊髄反射まだ読んでない
どの世代にも、どの世代なりに絶望はあるけど、結局素直で行動量の多い人がうまくいってるとは思う。まぁ諦めの理由になるような事が可視化されすぎてることには同情するけど
何だかんだひとくくりにされるって大事。本質的にはこの世代を代表するマスメディアが無くて可視化されないのが辛い。理解はできるが週刊ジャンプすら100万部切っててそもそもリーチできない
ナンバーワンになるのも大変だがオンリーワンなるのも大変だもんなぁ。比較の煉獄みたいな所にいると足るを知るのも難儀する。
noteって、実名出した増田?