社会に出るための訓練って必要か?と思ったけど(仕事場でうまくやるより学校でうまくやる方が大変なので)「まだ若いから」ってハンデをつけてもらってるうちにスモールステップを踏めると自己肯定力はつきそう
「嫌なことがあっても、どう対処するかを学ぶのが学校という空間なのだから『嫌だから休む』は出来ない」それはそう。
当事者目線での具体的なアドバイスが詰まってて参考になる 生きやすさの工夫が大事だな
良い記事だった。ASDとADHDの併発って、不幸に圧倒されて恨み嫉みのかたまりになり、友達も配偶者もおらず、ネットで暴れる中高年が多い。そういう人が減って欲しい。
自分と周囲の段差に意識を向けると、躓きにくくなるよね。ハンデなのは確かだけれど嘆いて呪って生きる人生よりは、マシ。先人の知恵もある。ひとりじゃないよ。https://www.kanekoshobo.co.jp/book/b608786.html
ありがたい。化粧のくだり私の意見そのものだった。なんでも早まってはよくないの同意。
訓練段階で自己肯定感を根こそぎにされがち問題
通学も通所も好悪の感情を抑え付けて出席する訓練と訓練時間外に出る反動への事後フォロー。娘が片付くとは限らない、一旦片付いたと思ったらってケースも念頭に設計。生活技術で恥の隠蔽技術の部分を嗅ぎ分けること
“嫌なことがあっても、どう対処するかを学ぶのが学校という空間なのだ”100%同意するわ
昔から発達障害の女性は居たと思う(高齢男女でも生きづらいだろうな、という人を見るので)最近、クローズアップされるようになったのは男性観点でも良いと思う。以前は男性はコミュ症が多いみたいな意見もあったし…
発達障害の人の苦労見てると、比較にならないレベルで害悪なサイコパスってのはマジで上手くやってるというか、人を食い物にして生きてると痛感する。
二次創作で発達障がいの女の子を美少女化するのマジでキモい文化だと思う。男でいえば皆乙武さんになれる訳じゃないってこと。
今回の件で「やっぱり私も…!?」ってなってる30代おばちゃん入り口マンとしてはどっちきも頷きしかない、社会って広いから
親宛てではなくて子どもに対しての言葉なのが良い/「親は苦労しているんだ」ではなくて、子の利益が第一
これはすごい分かる>理由としては「男性の慣習としては定着していないものを、なぜ女性だからしなければならないのか」という問いに対する納得できる答えをまだ見つけられていないから
興味がなくても「眉毛を整え、顔の産毛と体のムダ毛を剃」らねばならないと思う程度には女の清潔感が当たり前に求められている/ネットで何をしても母親が叩かれるのは自分の親への恨みをぶつけているだけ
良い記事だった。/10カ条の2つ目に生成AIが来ているのに時代を感じるのとともに、面倒がらずに説明してくれる存在が彼らには必要なんだなと強く思う。
「嫌なことがあっても、どう対処するかを学ぶのが学校という空間なのだから『嫌だから休む』は出来ない」
化粧だけでなく全体的に女性は外見整備コストと同調圧力が男性の比じゃない程にエグすぎる。服や装飾は非機能的だし、合理を拠り所にする女性にこの世はきつい。リモート可の職を選ぶと諸々すんごく楽になるよ。
残念ながらこういった「他人による指南(マニュアル」では『納得できない』のがいわゆる発達障害なので(「サービス産業社会以前は発達障害は存在しなかった」とは『自己責任を宿命づけられた人びとがいる』ということ
この①~➉きついけど辿り着いた真理だと思うが受け入れられないんだよな、ADHDの人にADHDだよって言うとキレるから。
上手くやってる発達障害の人って失敗から定常発達の人の儀礼を学んで定常発達の擬態してる所あるよなあ。学校の人間関係って濃くて複雑だけど、凡人が人間関係を学んで鍛えるのには必要な面はあるよな。
生きるためのアドバイスや自分の経験談なのが良い。現代のSNSにおいては社会や政治への不満や攻撃の方がとりあげられやすい(それだって必要ではある)が、こういった論調の方が個人の発信としては有益だと感じる。
トプコメでものすごい差別するの本当にやめて欲しいです
“「嫌なことがあっても、どう対処するかを学ぶのが学校という空間なのだから『嫌だから休む』は出来ない」” これはすごいな、こんな風に考えたことは良くも悪くもなかった
インターネットやってると「全人類ASDなのでは?」と錯覚する事ある
男性も併発の取説は全然見つからない。誰か助けてほしい。
その辺まとめてくれたのがなちゅ。さんの「ADHDの母が伝えたい 生きづらい女の子が覚えておきたいこと」だよね。ベストセラーになってる。
勝間和代は幅広いロールモデルにはならなかったな。
『自分の特性を理解したくとも「自分自身の取り扱い方の指南書」が少ない、というような状況』
嫌なこととの折り合いをつける場として、学校に行かせる。参考になる。//育児でも「癇癪を起こしてもそれを乗り越えてもらう経験を繰り返す」ことをてぃ先生あたりはよく言っていて、それに近いと納得。
借金玉の人の本でだいぶわかったけどなあ
私は逆に、メイクなど見た目を頑張ることで「女」に溶け込んで生き延びてたな。メイクやファッションはその集団に「敵じゃないよ」と示すための記号だと納得できているので、苦じゃなかった。1人の時はやらないが。
こういう生きづらい人を、行政は無視して追い払いを続けている。公共は建前をもう捨ててしまっている。
発達障害の女はどう生きるか|しろがねきょうこ
社会に出るための訓練って必要か?と思ったけど(仕事場でうまくやるより学校でうまくやる方が大変なので)「まだ若いから」ってハンデをつけてもらってるうちにスモールステップを踏めると自己肯定力はつきそう
「嫌なことがあっても、どう対処するかを学ぶのが学校という空間なのだから『嫌だから休む』は出来ない」それはそう。
当事者目線での具体的なアドバイスが詰まってて参考になる 生きやすさの工夫が大事だな
良い記事だった。ASDとADHDの併発って、不幸に圧倒されて恨み嫉みのかたまりになり、友達も配偶者もおらず、ネットで暴れる中高年が多い。そういう人が減って欲しい。
自分と周囲の段差に意識を向けると、躓きにくくなるよね。ハンデなのは確かだけれど嘆いて呪って生きる人生よりは、マシ。先人の知恵もある。ひとりじゃないよ。https://www.kanekoshobo.co.jp/book/b608786.html
ありがたい。化粧のくだり私の意見そのものだった。なんでも早まってはよくないの同意。
訓練段階で自己肯定感を根こそぎにされがち問題
通学も通所も好悪の感情を抑え付けて出席する訓練と訓練時間外に出る反動への事後フォロー。娘が片付くとは限らない、一旦片付いたと思ったらってケースも念頭に設計。生活技術で恥の隠蔽技術の部分を嗅ぎ分けること
“嫌なことがあっても、どう対処するかを学ぶのが学校という空間なのだ”100%同意するわ
昔から発達障害の女性は居たと思う(高齢男女でも生きづらいだろうな、という人を見るので)最近、クローズアップされるようになったのは男性観点でも良いと思う。以前は男性はコミュ症が多いみたいな意見もあったし…
発達障害の人の苦労見てると、比較にならないレベルで害悪なサイコパスってのはマジで上手くやってるというか、人を食い物にして生きてると痛感する。
二次創作で発達障がいの女の子を美少女化するのマジでキモい文化だと思う。男でいえば皆乙武さんになれる訳じゃないってこと。
今回の件で「やっぱり私も…!?」ってなってる30代おばちゃん入り口マンとしてはどっちきも頷きしかない、社会って広いから
親宛てではなくて子どもに対しての言葉なのが良い/「親は苦労しているんだ」ではなくて、子の利益が第一
これはすごい分かる>理由としては「男性の慣習としては定着していないものを、なぜ女性だからしなければならないのか」という問いに対する納得できる答えをまだ見つけられていないから
興味がなくても「眉毛を整え、顔の産毛と体のムダ毛を剃」らねばならないと思う程度には女の清潔感が当たり前に求められている/ネットで何をしても母親が叩かれるのは自分の親への恨みをぶつけているだけ
良い記事だった。/10カ条の2つ目に生成AIが来ているのに時代を感じるのとともに、面倒がらずに説明してくれる存在が彼らには必要なんだなと強く思う。
「嫌なことがあっても、どう対処するかを学ぶのが学校という空間なのだから『嫌だから休む』は出来ない」
化粧だけでなく全体的に女性は外見整備コストと同調圧力が男性の比じゃない程にエグすぎる。服や装飾は非機能的だし、合理を拠り所にする女性にこの世はきつい。リモート可の職を選ぶと諸々すんごく楽になるよ。
残念ながらこういった「他人による指南(マニュアル」では『納得できない』のがいわゆる発達障害なので(「サービス産業社会以前は発達障害は存在しなかった」とは『自己責任を宿命づけられた人びとがいる』ということ
この①~➉きついけど辿り着いた真理だと思うが受け入れられないんだよな、ADHDの人にADHDだよって言うとキレるから。
上手くやってる発達障害の人って失敗から定常発達の人の儀礼を学んで定常発達の擬態してる所あるよなあ。学校の人間関係って濃くて複雑だけど、凡人が人間関係を学んで鍛えるのには必要な面はあるよな。
生きるためのアドバイスや自分の経験談なのが良い。現代のSNSにおいては社会や政治への不満や攻撃の方がとりあげられやすい(それだって必要ではある)が、こういった論調の方が個人の発信としては有益だと感じる。
トプコメでものすごい差別するの本当にやめて欲しいです
“「嫌なことがあっても、どう対処するかを学ぶのが学校という空間なのだから『嫌だから休む』は出来ない」” これはすごいな、こんな風に考えたことは良くも悪くもなかった
インターネットやってると「全人類ASDなのでは?」と錯覚する事ある
男性も併発の取説は全然見つからない。誰か助けてほしい。
その辺まとめてくれたのがなちゅ。さんの「ADHDの母が伝えたい 生きづらい女の子が覚えておきたいこと」だよね。ベストセラーになってる。
勝間和代は幅広いロールモデルにはならなかったな。
『自分の特性を理解したくとも「自分自身の取り扱い方の指南書」が少ない、というような状況』
嫌なこととの折り合いをつける場として、学校に行かせる。参考になる。//育児でも「癇癪を起こしてもそれを乗り越えてもらう経験を繰り返す」ことをてぃ先生あたりはよく言っていて、それに近いと納得。
借金玉の人の本でだいぶわかったけどなあ
私は逆に、メイクなど見た目を頑張ることで「女」に溶け込んで生き延びてたな。メイクやファッションはその集団に「敵じゃないよ」と示すための記号だと納得できているので、苦じゃなかった。1人の時はやらないが。
こういう生きづらい人を、行政は無視して追い払いを続けている。公共は建前をもう捨ててしまっている。