客を調教した二郎がエラいって話?/ スジ論では「店の職分でなく、親の職分」なんだろうけど、親が機能してない子どもが対象の施策って悲しみ。/ ルールによって分断が少しでも繋がると良いですね。
"まともじゃない家庭だと「注意=怒られた=自分の全てを否定され暴力を振るわれる=消えた方がいい」という無茶苦茶な極論に突っ走ってしまう。家の中の理屈がそうなっているので。" 毒家庭あるある
“まともじゃない家庭だと「注意=怒られた=自分の全てを否定され暴力を振るわれる=消えた方がいい」という無茶苦茶な極論に突っ走ってしまう”
そこは一歩進んで、ごちそうさまをお願いします、とか貼り紙で伝えてみてほしいほしいかなと。
そもそも論として、飲食店で『いただきます』『ごちそうさま』は違和感ある層が結構いるんじゃなかったっけ?無料の施しだと必須になるんだっけ?その判断も含めて家庭教育だとすると難易度高そう。
後払い方式は食い逃げの温床。先払いにしろ。先に「ごちそうさま」と言った者に対してのみ注文を受理してラーメンを提供するようにすればいい。これで完全に解決だ。
教育してもらえない子、が事実そうだとしても、「だからごちそうさまが言えなくても仕方ない」と言うべきではないと思う。
世の中には、金がないからごちそうさまを言わない子供と金払ってんだからごちそうさまを言わない大人がいるよね。
必要なのは「こども食堂」ではなく「おとな教室」でした ( ˘ω˘ )
これを恩を押しつけたと解釈する異常者がいるんだな。自分は、飲食店だから言わなくて良いってのも異常者だと思う派。
「ごちそうさま」が言えるくらい教育された子どもの親は、子どもにラーメンなんて食わせない気もする。
他人に感謝や挨拶を強要する輩を福祉に関わらせては行けない。というかイカれた親の被害者である"かわいそうな子"を拾い上げるのは行政の仕事。民間で餌付けだけしたところでどうにもならないんだから手を出すなと。
「言えなくて当然の環境にいる」という事実は、その子どもを責めるべきではないという免責の理由にはなっても一般論としての挨拶の人間関係構築においての正当性が消滅するわけではない
頭下げて食わしてもらって、なお礼を言えと。言えた方がゆくゆく得なのでとの切り口が欲しい。子供が腹一杯食うなんて私は当然の権利だと思う。このへんキリスト教会とかだとお祈りになりそうね
これって、大人も例外ではない。むしろ、子どもと違ってあいさつの意義を理解しているはずなのに、作り手とコミュニケーションをあえてとらない選択をする事にどれほどの合理性があるのか、理解しかねる。
無償で食事を提供している店舗が、愚痴の一つも書けないのはどうなのだろう。「ごちそうさまくらい言え」と実際に言っていたとして、その一言がこうまで批判される意味は理解できない。繊細チンピラすぎる。
これも「真の弱者は助けたくなるような姿をしていない」の一形態かね。
子ども食堂をやってらっしゃるならむしろその場で教えてあげていい立場でしょう
子ども食堂をやっているというラーメン屋が「ごちそうさまくらい言え」と投稿→「教育してもらえる家庭の子はそもそも使う必要がない」などさまざまな意見が集まる
客を調教した二郎がエラいって話?/ スジ論では「店の職分でなく、親の職分」なんだろうけど、親が機能してない子どもが対象の施策って悲しみ。/ ルールによって分断が少しでも繋がると良いですね。
"まともじゃない家庭だと「注意=怒られた=自分の全てを否定され暴力を振るわれる=消えた方がいい」という無茶苦茶な極論に突っ走ってしまう。家の中の理屈がそうなっているので。" 毒家庭あるある
“まともじゃない家庭だと「注意=怒られた=自分の全てを否定され暴力を振るわれる=消えた方がいい」という無茶苦茶な極論に突っ走ってしまう”
そこは一歩進んで、ごちそうさまをお願いします、とか貼り紙で伝えてみてほしいほしいかなと。
そもそも論として、飲食店で『いただきます』『ごちそうさま』は違和感ある層が結構いるんじゃなかったっけ?無料の施しだと必須になるんだっけ?その判断も含めて家庭教育だとすると難易度高そう。
後払い方式は食い逃げの温床。先払いにしろ。先に「ごちそうさま」と言った者に対してのみ注文を受理してラーメンを提供するようにすればいい。これで完全に解決だ。
教育してもらえない子、が事実そうだとしても、「だからごちそうさまが言えなくても仕方ない」と言うべきではないと思う。
世の中には、金がないからごちそうさまを言わない子供と金払ってんだからごちそうさまを言わない大人がいるよね。
必要なのは「こども食堂」ではなく「おとな教室」でした ( ˘ω˘ )
これを恩を押しつけたと解釈する異常者がいるんだな。自分は、飲食店だから言わなくて良いってのも異常者だと思う派。
「ごちそうさま」が言えるくらい教育された子どもの親は、子どもにラーメンなんて食わせない気もする。
他人に感謝や挨拶を強要する輩を福祉に関わらせては行けない。というかイカれた親の被害者である"かわいそうな子"を拾い上げるのは行政の仕事。民間で餌付けだけしたところでどうにもならないんだから手を出すなと。
「言えなくて当然の環境にいる」という事実は、その子どもを責めるべきではないという免責の理由にはなっても一般論としての挨拶の人間関係構築においての正当性が消滅するわけではない
頭下げて食わしてもらって、なお礼を言えと。言えた方がゆくゆく得なのでとの切り口が欲しい。子供が腹一杯食うなんて私は当然の権利だと思う。このへんキリスト教会とかだとお祈りになりそうね
これって、大人も例外ではない。むしろ、子どもと違ってあいさつの意義を理解しているはずなのに、作り手とコミュニケーションをあえてとらない選択をする事にどれほどの合理性があるのか、理解しかねる。
無償で食事を提供している店舗が、愚痴の一つも書けないのはどうなのだろう。「ごちそうさまくらい言え」と実際に言っていたとして、その一言がこうまで批判される意味は理解できない。繊細チンピラすぎる。
これも「真の弱者は助けたくなるような姿をしていない」の一形態かね。
子ども食堂をやってらっしゃるならむしろその場で教えてあげていい立場でしょう