休みたい
"これ、育ちがいいかと言うより他人に配慮できるかってとこだと思う"→世界中がマイルドヤンキー化してるから、それの配慮も念々変わっていってるよな。良くなったり悪くなったり相変わらずだったりもするが微悪化へ
自分は「また徳を積んでしまった」と思いながらやってる。誰も見てないところでやった時は徳×2倍にカウントしてる。自分は社内でもかなり徳の高いほうだと思う。
「ではあなたもそうすればいいじゃない」 マナー・アントワネットだ
青っぽいな→青だった
この人まだ理解できてなさそう。単に反応閾値の違いでしかない事柄に対して、自分の方が正しい・良いという認識を捨てきれてない
「でしょ?できないでしょ。それが育ちの違いよ」なるほどねえ、そう答えればすべてが丸く収まる。この先輩は人生の手練れすぎる。きっと転生して人生を何周かしてるんでしょ
( 隠徳陽報、隠徳陽報 )
結局気づいた奴がやるしかない地獄だけど美意識って言われると少し救われるな
"「ではあなたもそうすればいいじゃない」と言われて何も返せず黙ってしまったら、先輩が笑って「でしょ?できないでしょ。それが育ちの違いよ。今さら社会で教えられても身につかない」"
これは単に個人の美意識、心情の問題ではないよね。共有地の悲劇に似たイシューだ。/何でもかんでもフリーライドして自分の労力を最小化する事だけを上手いハックと考える人ばかりでは、公共の場はゴミだらけになる
トイレ掃除を社員の当番制にしたら、トイレットペーパーの交換や便器周りの汚れも自分事として対処する人が増えた。それでもやらない人はやらないんだけど。
これ、先輩が補充しなかったり汚した犯人じゃないかな
汚れ放置は、一切気にならない・気にしないという流派もあるので分かり合うのは難しい。トイレ入った後、手を洗わない派・洗うけどハンカチで拭かずにドアノブ触る派がいるので気をつけてな
育ちの違いとか関係なく大人になっても変えられるのでこれは間違ってる。単に自分は変えられるけど他人は容易に変えられないだけ。書いてることみても自分を変えてるだけだしな/青バッジのクソ話
人は簡単に変わらないのよねぇ。しつこく注意して注意されることが嫌だからやるって動機で改善することはあっても、こちらの状態の方がいいからっていうまともな理由で改善することは無いのよねぇ。
むかしむかし3人部屋で仕事をしていたときに、1週ごとに交代で掃除担当になり掃除や水場周りの片付けをすることになった。そしたら...3週に1回、私の週だけ掃除をすることになった。かなしかった...涙。
どちらも慣習の問題だけど、その慣習を採用してるかどうかは流しは反応閾値、トイレットペーパーは制度設計(利益を得る人が変えるのが運用ミスが減る)の要素が大きいかなと思う。慣習の理由は宗教含め様々。
「ではあなたもそうすればいいじゃない」『では、トイレでうんこした後に水を流さず、流しもびしょびしょにします!!』「さすが、育ちの違いってやつね!」
「誰かがやってくれる」と思ったら放置してしまうのかもね、そのくせ自分が使うときに、ペーパーが切れていたり流し場がびしゃびしゃだったりしたら文句言うんだろうけど
一段ランク高い場所に転職する←
よし今回は交換に気付けた!と思ってやってる。出来た時には自分を誇らしく思うので、外出先の商業施設トイレでもやる。(短期記憶が弱いので立ち上がったと同時に忘れることあるので)
アレは育ちの問題ではなく人間性の問題。「自分がやらなくても誰かがやるだろう」という精神性が溢れ出ているので、発覚した時点で懲戒処分できるように就業規則を改訂すべき。
できる人はつらい。ずぼらというかガサツというか無神経の人にはかなわない。
俺は気にしなかった方なのに気になるようになった
しない側は「他の人に迷惑をかけない、不快にさせない」がポイントだと思ってる。だから自分は不快ではない≒やる必要ない。やる側は「清掃や整頓作業を発生させる原因を作っておいて他人にやらせるな」なんだよね。
陰徳あれば陽報あり、というけれど、それって現世で殴り返せない弱者の慰めではないかな、と思わなくもない。神仏にすがるならもっとまじめに。この世は世界の人とやり合うのに負け惜しみはマイナス特性だろう。
客先•取引先トイレでこれに遭遇したら、筋の悪い社員が多いのかなて減点してたな
まあ、これは自主的に会社の流し台やトイレの掃除をしてて、たまにしなかったら「なんで今日はしてないの?」とか言われる問題とどこか地続きであるようには思う。
ムカついたら俺もやらない事にしている。
育ちが出るって新しい悪口だよなぁと思う(誉めてます)
家事を「気がつく方がやればいい」というのと、できる人ほど仕事が積まれるのと、同じ現象。改善するには相手を罵るしかない。
「貴様はザイバツのトイレットを知っているか」「知らぬ」「余すところ無くゴールドが使われたそれはそれは見事なものだ」「それがどうした」「誰も汚さぬのだ。しかしガイオンのスラム街のトイレはどうだ?」「イヤ
なんとなく会話に出てくる先輩は心のなかにいるんだろうなと思った。ちょっとした事は“陰徳を積む”システムで処理するのがいい。ちょっとですまないのはルール化かな。もうそんな環境じゃないので世情はわからん。
サバイバル訓練とかで一週間くらい野山で過ごすと気にならなくなると思いますよ。水があることに感動するようになる。
休憩室の流しは使わないので知らないけれど、清掃の方が定期的に回っているので私は職場でそういうことはしたことがないですね /職場環境に何か問題が起きているなら経営側で解決してほしい
私もこう思うし正直私がやりたくてやってるから損だとも得だとも思わないよ。そんなん気にするのが損。
「気にする余裕がある私」とか、自己承認に使う様にしてる。気にするのは損すぎる
問題が発生したとき、自分の努力や犠牲で解決するではなくて、仕組み化して解決するという視点で取り組み続けていると、ちゃんと自分の評価として返ってくる気はする。
ポスト主のような人のおかげで休憩室やトイレが快適に保たれているので、「反応閾値が…」とか最近漫画で仕入れたばっかりの知ったかぶりで揶揄するでない、フリーライダーさん。仕組み作り重要
「育ち」という表現を頑なに使いたくない一派がいるようだけど、マナーや道徳心は成長する過程で躾けてくれる身内的な大人がいないとまず身に付かないものだから、育ちの良し悪しの表現が妥当だと思う。
潔癖症を「綺麗好きなワタシえらい!育ちがいい!」と言ってるだけの可能性もある。ゴミ屋敷で平気なのも、モデルルーム並みじゃないと我慢出来ないのも、どっちも極端すぎて一種の病気だと思ってるが。
これは価値観の違い。流しがどれくらい濡れていたら問題だと思うかは人それぞれだし、トイレットペーパーは便座近くにおいて必要になった人が変えるほうが合理的だとおもう人もいる。
全体周知されてるほどのことなら暗黙のルールではなく明示的なルールなので、特定の守らない人のことはその人の上司に(自分の上司を通じて)伝えるのがよいような
トイレは業者の人が掃除して補充してくれる
前に勤めていた会社では負担が偏った結果当番制となり相互監視の中でサボると詰められるようになってた。
次に使う人のことを考えることは大事だよね。
昔の職場で、お客さんも来るから共有スペース時々片付けていたけど、クリップケースが溢れたままなのをみてもう何もしないことにした。最後むさ苦しい男子校の匂いがしたけど、私は基本使わなかったのでもう知らん。
次に使うのは私なのでなんも思わずに補充してるかな。会社も特になんとも思ってない。
きっとこの先輩は青バッジの中にいるんだろうな。
そういう育ちが悪い行為できるわけねえだろ。常識あるんだから
自分の当たり前を他人にも求めている話
育ちとか関係なくて、普通にトイレットペーパー交換するのとか、シャンプー詰め替えるの好き。楽しいから。皿洗いや片付けは嫌い……。
あまり言いたくないが腐った職場だったんじゃないか?
ちょっとその先輩を紹介してもらえませんか
職場のトイレットペーパーが切れた時に補充しない人や休憩室の流し台を濡らしたままにする人の愚痴を先輩にこぼしたら「ではあなたもそうすればいいじゃない」と言われた話
休みたい
"これ、育ちがいいかと言うより他人に配慮できるかってとこだと思う"→世界中がマイルドヤンキー化してるから、それの配慮も念々変わっていってるよな。良くなったり悪くなったり相変わらずだったりもするが微悪化へ
自分は「また徳を積んでしまった」と思いながらやってる。誰も見てないところでやった時は徳×2倍にカウントしてる。自分は社内でもかなり徳の高いほうだと思う。
「ではあなたもそうすればいいじゃない」 マナー・アントワネットだ
青っぽいな→青だった
この人まだ理解できてなさそう。単に反応閾値の違いでしかない事柄に対して、自分の方が正しい・良いという認識を捨てきれてない
「でしょ?できないでしょ。それが育ちの違いよ」なるほどねえ、そう答えればすべてが丸く収まる。この先輩は人生の手練れすぎる。きっと転生して人生を何周かしてるんでしょ
( 隠徳陽報、隠徳陽報 )
結局気づいた奴がやるしかない地獄だけど美意識って言われると少し救われるな
"「ではあなたもそうすればいいじゃない」と言われて何も返せず黙ってしまったら、先輩が笑って「でしょ?できないでしょ。それが育ちの違いよ。今さら社会で教えられても身につかない」"
これは単に個人の美意識、心情の問題ではないよね。共有地の悲劇に似たイシューだ。/何でもかんでもフリーライドして自分の労力を最小化する事だけを上手いハックと考える人ばかりでは、公共の場はゴミだらけになる
トイレ掃除を社員の当番制にしたら、トイレットペーパーの交換や便器周りの汚れも自分事として対処する人が増えた。それでもやらない人はやらないんだけど。
これ、先輩が補充しなかったり汚した犯人じゃないかな
汚れ放置は、一切気にならない・気にしないという流派もあるので分かり合うのは難しい。トイレ入った後、手を洗わない派・洗うけどハンカチで拭かずにドアノブ触る派がいるので気をつけてな
育ちの違いとか関係なく大人になっても変えられるのでこれは間違ってる。単に自分は変えられるけど他人は容易に変えられないだけ。書いてることみても自分を変えてるだけだしな/青バッジのクソ話
人は簡単に変わらないのよねぇ。しつこく注意して注意されることが嫌だからやるって動機で改善することはあっても、こちらの状態の方がいいからっていうまともな理由で改善することは無いのよねぇ。
むかしむかし3人部屋で仕事をしていたときに、1週ごとに交代で掃除担当になり掃除や水場周りの片付けをすることになった。そしたら...3週に1回、私の週だけ掃除をすることになった。かなしかった...涙。
どちらも慣習の問題だけど、その慣習を採用してるかどうかは流しは反応閾値、トイレットペーパーは制度設計(利益を得る人が変えるのが運用ミスが減る)の要素が大きいかなと思う。慣習の理由は宗教含め様々。
「ではあなたもそうすればいいじゃない」『では、トイレでうんこした後に水を流さず、流しもびしょびしょにします!!』「さすが、育ちの違いってやつね!」
「誰かがやってくれる」と思ったら放置してしまうのかもね、そのくせ自分が使うときに、ペーパーが切れていたり流し場がびしゃびしゃだったりしたら文句言うんだろうけど
一段ランク高い場所に転職する←
よし今回は交換に気付けた!と思ってやってる。出来た時には自分を誇らしく思うので、外出先の商業施設トイレでもやる。(短期記憶が弱いので立ち上がったと同時に忘れることあるので)
アレは育ちの問題ではなく人間性の問題。「自分がやらなくても誰かがやるだろう」という精神性が溢れ出ているので、発覚した時点で懲戒処分できるように就業規則を改訂すべき。
できる人はつらい。ずぼらというかガサツというか無神経の人にはかなわない。
俺は気にしなかった方なのに気になるようになった
しない側は「他の人に迷惑をかけない、不快にさせない」がポイントだと思ってる。だから自分は不快ではない≒やる必要ない。やる側は「清掃や整頓作業を発生させる原因を作っておいて他人にやらせるな」なんだよね。
陰徳あれば陽報あり、というけれど、それって現世で殴り返せない弱者の慰めではないかな、と思わなくもない。神仏にすがるならもっとまじめに。この世は世界の人とやり合うのに負け惜しみはマイナス特性だろう。
客先•取引先トイレでこれに遭遇したら、筋の悪い社員が多いのかなて減点してたな
まあ、これは自主的に会社の流し台やトイレの掃除をしてて、たまにしなかったら「なんで今日はしてないの?」とか言われる問題とどこか地続きであるようには思う。
ムカついたら俺もやらない事にしている。
育ちが出るって新しい悪口だよなぁと思う(誉めてます)
家事を「気がつく方がやればいい」というのと、できる人ほど仕事が積まれるのと、同じ現象。改善するには相手を罵るしかない。
「貴様はザイバツのトイレットを知っているか」「知らぬ」「余すところ無くゴールドが使われたそれはそれは見事なものだ」「それがどうした」「誰も汚さぬのだ。しかしガイオンのスラム街のトイレはどうだ?」「イヤ
なんとなく会話に出てくる先輩は心のなかにいるんだろうなと思った。ちょっとした事は“陰徳を積む”システムで処理するのがいい。ちょっとですまないのはルール化かな。もうそんな環境じゃないので世情はわからん。
サバイバル訓練とかで一週間くらい野山で過ごすと気にならなくなると思いますよ。水があることに感動するようになる。
休憩室の流しは使わないので知らないけれど、清掃の方が定期的に回っているので私は職場でそういうことはしたことがないですね /職場環境に何か問題が起きているなら経営側で解決してほしい
私もこう思うし正直私がやりたくてやってるから損だとも得だとも思わないよ。そんなん気にするのが損。
「気にする余裕がある私」とか、自己承認に使う様にしてる。気にするのは損すぎる
問題が発生したとき、自分の努力や犠牲で解決するではなくて、仕組み化して解決するという視点で取り組み続けていると、ちゃんと自分の評価として返ってくる気はする。
ポスト主のような人のおかげで休憩室やトイレが快適に保たれているので、「反応閾値が…」とか最近漫画で仕入れたばっかりの知ったかぶりで揶揄するでない、フリーライダーさん。仕組み作り重要
「育ち」という表現を頑なに使いたくない一派がいるようだけど、マナーや道徳心は成長する過程で躾けてくれる身内的な大人がいないとまず身に付かないものだから、育ちの良し悪しの表現が妥当だと思う。
潔癖症を「綺麗好きなワタシえらい!育ちがいい!」と言ってるだけの可能性もある。ゴミ屋敷で平気なのも、モデルルーム並みじゃないと我慢出来ないのも、どっちも極端すぎて一種の病気だと思ってるが。
これは価値観の違い。流しがどれくらい濡れていたら問題だと思うかは人それぞれだし、トイレットペーパーは便座近くにおいて必要になった人が変えるほうが合理的だとおもう人もいる。
全体周知されてるほどのことなら暗黙のルールではなく明示的なルールなので、特定の守らない人のことはその人の上司に(自分の上司を通じて)伝えるのがよいような
トイレは業者の人が掃除して補充してくれる
前に勤めていた会社では負担が偏った結果当番制となり相互監視の中でサボると詰められるようになってた。
次に使う人のことを考えることは大事だよね。
昔の職場で、お客さんも来るから共有スペース時々片付けていたけど、クリップケースが溢れたままなのをみてもう何もしないことにした。最後むさ苦しい男子校の匂いがしたけど、私は基本使わなかったのでもう知らん。
次に使うのは私なのでなんも思わずに補充してるかな。会社も特になんとも思ってない。
きっとこの先輩は青バッジの中にいるんだろうな。
そういう育ちが悪い行為できるわけねえだろ。常識あるんだから
自分の当たり前を他人にも求めている話
育ちとか関係なくて、普通にトイレットペーパー交換するのとか、シャンプー詰め替えるの好き。楽しいから。皿洗いや片付けは嫌い……。
あまり言いたくないが腐った職場だったんじゃないか?
ちょっとその先輩を紹介してもらえませんか