「義務教育で◯◯を教えるべき」みたいな論は、もはや現実的でも建設的でもないよなあ
ミシンって義務教育で教える必要あるかな…
プロに対して報酬を支払わないで業務を依頼するのは最上の侮辱行為と取られても仕方がない。
プロへの無償労働要求の図々しさも酷いけど教育現場の予算と人手不足が限界突破してて草も生えない
教員ひとりあたりの児童生徒数は一貫して減っていて、昔は1人対38人が今は1人対15人になってるし、投入される公的資金も近年は一貫して増えている。予算も人員も用意できないのは構造的に取捨選択の捨側だからと言う話
いい加減日本語の「ボランティア」って言葉を「無償労働」に言い換えないか?volunteerは本来「志願(兵)」の意味なんよ。強要されたり頼まれたり無理強いされたら「志願」ではないよね…
小学だか中学だか忘れたけど授業でなんか作ってる途中に家庭科の先生がバックレて未完成品がうず高く積まれたまま卒業したの思い出した。あれ専任でもなんか辛かったのでは
なんなら大学教授でさえタダで使おうとする連中だから、「申し訳ないけど」って言えるだけマシです。
現実に予算はないわけでしょ。授業をなくすか誰かが無償で教えるしか無い。義務教育なら教えるのは「義務」なのよ、個人に責任があるわけじゃないけど
PTAも無償でやってるわけだけどプロの人をタダ働きさせるのは問題多いので自分が仕切ってるあいだは避けてた
僕も会社の人に人形の服作ってって言われたけど断った。お金出すって言われたけど。作ったことないし何日もそのことに集中するとか考えられなかった。時間がもったいない。
何でも学校で教えようとするのがおかしいよな。家庭と地域が教育機関としてなっちゃいない。かつ、金が無いのがおかしい。とりあえず子供なんちゃら庁は解体して学校にお金を入れてほしい。
自民党下野させないと公教育の改悪しかしない。国力下げる効果しかないアレが意図的だと分かる為には、ここ暫くの歴代文科大臣の所業を並べるだけで十分
いまの小学校には家庭科専任の先生いないってマジか!/小学校で裁縫やったおかげで今もミシンで補修ができてるので感謝している。
(電子工作教えて、だったらついていっちゃいそう)
ちょくちょく聞く「労働には対価が発生する、無償を一度受け入れるとずっとそのまま固定化されてしまう」案件かと思ったらもっと深刻といっていい事態だった。
何かZ世代新卒が社会に出て電話応対が出来なくて上司に注意されて会社辞める話みたい。誰も教えてくれないからってZ世代と電話応対が常識だと学んできた上の世代間で齟齬が生じてる的な奴。
今は掛け持ちなのか
教育委員会説得できないなら料理や裁縫はPTAで教えろよ。自分達の子供だろてめーらでやれ
ボランティアを依頼するという言葉の矛盾が/ほぼそのままの有志って言葉があるので本来のボランティアはそっちを使っていくか
別の視点だと、昔に比べて家庭で裁縫をしないからミシンを見たことないという子供に裁縫を教えるのは難しいと思う。「お母さんがやってるの見てた?」が本当に通用しない。
別に家庭科の授業をしてと頼まれてるわけじゃないんでしょ?放課後ボランティア頼まれたら、なんで家庭科の先生がいないって話になるの?
無償ボランティアの場合、事故の際の保険とかの話をすると断りやすい。保険の予算あるなら人件費の予算を少しでもつけられるようにしてからまた話もってこいって言う。
本題と関係ないが「もう断った話なので時効だけど」のロジックがぜんぜん分からん
簡単に教えるっていっても、材料や教材も自前で用意しなきゃいけないし、ミシンも料理も一つ間違えば怪我をさせるリスクもあるので、とてもとても…。
なんでボランティア?って思ったら、2000年頃のゆとり教育設計のときに、減った授業分は地域でカバーしてくださいのお題目からなのね。当事は元気な団塊や専業主婦層がいたから、緊縮財政の時勢もあってって具合
今はそんなことに 家庭科の先生といえば、調理実習室の主として君臨していたような記憶
部活の担任頼むノリやったんかな?
国の予算を老人から若者に組み替えるしかない
まあ他の先進国と同じく(轍を踏む)日本も「何でもかんでも学校で教える、全て学校が子供の面倒を見る(放課後や休日の補導まで」という時代は終わるのだろう。そして本来それが健全なのだろう。諦めろ。
ハンドメイド作家が、ある学校のPTAから「放課後に子ども向けにミシンとか料理を教えられる?申し訳ないけどボランティアで…」と言われ断った時に思ったこと
「義務教育で◯◯を教えるべき」みたいな論は、もはや現実的でも建設的でもないよなあ
ミシンって義務教育で教える必要あるかな…
プロに対して報酬を支払わないで業務を依頼するのは最上の侮辱行為と取られても仕方がない。
プロへの無償労働要求の図々しさも酷いけど教育現場の予算と人手不足が限界突破してて草も生えない
教員ひとりあたりの児童生徒数は一貫して減っていて、昔は1人対38人が今は1人対15人になってるし、投入される公的資金も近年は一貫して増えている。予算も人員も用意できないのは構造的に取捨選択の捨側だからと言う話
いい加減日本語の「ボランティア」って言葉を「無償労働」に言い換えないか?volunteerは本来「志願(兵)」の意味なんよ。強要されたり頼まれたり無理強いされたら「志願」ではないよね…
小学だか中学だか忘れたけど授業でなんか作ってる途中に家庭科の先生がバックレて未完成品がうず高く積まれたまま卒業したの思い出した。あれ専任でもなんか辛かったのでは
なんなら大学教授でさえタダで使おうとする連中だから、「申し訳ないけど」って言えるだけマシです。
現実に予算はないわけでしょ。授業をなくすか誰かが無償で教えるしか無い。義務教育なら教えるのは「義務」なのよ、個人に責任があるわけじゃないけど
PTAも無償でやってるわけだけどプロの人をタダ働きさせるのは問題多いので自分が仕切ってるあいだは避けてた
僕も会社の人に人形の服作ってって言われたけど断った。お金出すって言われたけど。作ったことないし何日もそのことに集中するとか考えられなかった。時間がもったいない。
何でも学校で教えようとするのがおかしいよな。家庭と地域が教育機関としてなっちゃいない。かつ、金が無いのがおかしい。とりあえず子供なんちゃら庁は解体して学校にお金を入れてほしい。
自民党下野させないと公教育の改悪しかしない。国力下げる効果しかないアレが意図的だと分かる為には、ここ暫くの歴代文科大臣の所業を並べるだけで十分
いまの小学校には家庭科専任の先生いないってマジか!/小学校で裁縫やったおかげで今もミシンで補修ができてるので感謝している。
(電子工作教えて、だったらついていっちゃいそう)
ちょくちょく聞く「労働には対価が発生する、無償を一度受け入れるとずっとそのまま固定化されてしまう」案件かと思ったらもっと深刻といっていい事態だった。
何かZ世代新卒が社会に出て電話応対が出来なくて上司に注意されて会社辞める話みたい。誰も教えてくれないからってZ世代と電話応対が常識だと学んできた上の世代間で齟齬が生じてる的な奴。
今は掛け持ちなのか
教育委員会説得できないなら料理や裁縫はPTAで教えろよ。自分達の子供だろてめーらでやれ
ボランティアを依頼するという言葉の矛盾が/ほぼそのままの有志って言葉があるので本来のボランティアはそっちを使っていくか
別の視点だと、昔に比べて家庭で裁縫をしないからミシンを見たことないという子供に裁縫を教えるのは難しいと思う。「お母さんがやってるの見てた?」が本当に通用しない。
別に家庭科の授業をしてと頼まれてるわけじゃないんでしょ?放課後ボランティア頼まれたら、なんで家庭科の先生がいないって話になるの?
無償ボランティアの場合、事故の際の保険とかの話をすると断りやすい。保険の予算あるなら人件費の予算を少しでもつけられるようにしてからまた話もってこいって言う。
本題と関係ないが「もう断った話なので時効だけど」のロジックがぜんぜん分からん
簡単に教えるっていっても、材料や教材も自前で用意しなきゃいけないし、ミシンも料理も一つ間違えば怪我をさせるリスクもあるので、とてもとても…。
なんでボランティア?って思ったら、2000年頃のゆとり教育設計のときに、減った授業分は地域でカバーしてくださいのお題目からなのね。当事は元気な団塊や専業主婦層がいたから、緊縮財政の時勢もあってって具合
今はそんなことに 家庭科の先生といえば、調理実習室の主として君臨していたような記憶
部活の担任頼むノリやったんかな?
国の予算を老人から若者に組み替えるしかない
まあ他の先進国と同じく(轍を踏む)日本も「何でもかんでも学校で教える、全て学校が子供の面倒を見る(放課後や休日の補導まで」という時代は終わるのだろう。そして本来それが健全なのだろう。諦めろ。