世の中

死に伴う「意味」の喪失と、宗教の役割 - シロクマの屑籠

1: Ta-nishi 2026/09/16 23:28

コストが安い行動や日常に「意味」を見いだせるよう訓練された個体は幸せ者だと思う。私もゲーセンで1日中遊ぶこと「如きに」生きる意味を見いだせる人間になれて幸せ者だとよく思う。

2: p_shirokuma 2026/09/17 08:40

死が怖い理由のひとつに「『意味』の喪失」もあったと思う。で、本当は個人が自分で意味を捏造し続けるのってかなり大変だったはずで、従来、そこは宗教が担当していたようにも思う。このニーズはじきに来るのでは

3: warulaw 2026/09/17 09:01

仕事も家族も健康も得たものを失うというのは、意外と普通のことだけど、人生の歩き方によっては全然喪失を経験しないまま歳をとる人もいる。そういう人にとってはきっと死は怖いんだろうな。

4: nguyen-oi 2026/09/17 09:04

死の恐怖と生の無意味さに耐えられない人間にとって宗教が果たしてきた役割の大きさよ

5: mame-tanuki 2026/09/17 09:14

子どもの頃テレビでSF映画『2300年未来への旅』(30歳で殺される管理社会の話)を見て初めて死を意識した時は未知の恐怖があったが、中年になって親の死を看取ったりして死の具体例に触れると逆に恐怖が薄れた感はある

6: Masuda_Buddha 2026/09/17 09:24

近代社会は宗教を分解して、機能ごとに分業した。でも、それを全部並べても宗教には戻らない。

7: theatrical 2026/09/17 09:26

意味や価値って実在しないというか、事実に対する観測でしかないので、そこは割とどうでも良いかなとも思う。これは厭世観と言うよりは、なので好きに考えれば良いよねと言う感覚。

8: ssssschang 2026/09/17 09:57

子供の頃のほうが死ぬのは怖かったような気がする。いつからか、死ぬこと自体は単に意味もなく消えるだけだなと納得してしまった