2026/8/2 「また、『みい山』の話で言えばそもそもみいちゃんを『みいちゃん』と呼ぶ事は虐待に当たる。」 ゆり子『エスプレッソ・コーラ』
「明日、ママがいない」騒動を思い出した。施設にいた経験のある元子供からはリアルって声があがっていたやつ…
現場の福祉職員からの視点は貴重。露悪エンタメとしての消費と現場での尊厳の狭間の問題は根が深いな
身近にトランプみたいなのがいるのは想像を越えてるだろうな。親戚と暮らしててそっちを父親だと思ってたけど。
そうではなくポイントはむしろ「われわれは個々で(ともすればツライことばかりで矛盾だらけの)現実をエンタメ消費(『やーいお前はみいちゃんw』とか)して良いのか」のほう(作品自体ではなく。そうしてない人はいない
なるほど。番宣において、みいちゃんという呼称を監修者が封じられるか?見ものだ。そもそもそんな監修者がいるか疑わしいが(はたらく細胞で前科あり)。
"今日くらいみんな障害者福祉の問題点について考えてくれよって思ってたのに、蓋を開けてみれば『みい山アニメ化』の話題にほぼほぼ持って行かれてんの何なんだろうね。 憤りよりも諦めが先に来るわ。"ほんこれ
ちゃんと話せる人がいて安心した。
わかってないよね。この話はみいちゃんの物語ではなく、彼女を追い込み、利用し、搾取した「健常者の醜さ」を描いた物語なんですよ。障害者福祉の話ではない、というのは作者も認めてる話。
この時点でごめんなさい感が。"そもそもみいちゃんを『みいちゃん』と呼ぶ事は虐待に当たる。"/"『心理的虐待』の中の『侮辱的な発言、態度』の具体例として「子ども扱いするような呼称で呼ぶ」"
自分でみいちゃん呼びしながら、みいちゃん呼びは虐待だというのは虚構と現実は違うと自ら認めてるって事だし、280万部売れたから障害者差別が増えるというのは、TVゲームをすれば非行に走るみたいな気持ち悪さがある
「露悪系エンタメのネタに、みいちゃんやムウちゃんやツバサ、そして彼らの家族といった障害当事者とその家族を使って欲しくなかった」はい。使うにしても配慮のある物語の構造ではなかった。
“自分は福祉の仕事をしているので『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知って” まぁ、みぃ山は福祉の現場を少しマジトーンで怒らせすぎたんだよな、感は確かにあってね
"『みい山』を発禁にしろとか、アニメ化を潰せ、と要求する権利は自分にはない"リエゾン原作者なんかもだけど、作品には批判的でも、ここをちゃんと明確に言葉にして言えるのが『理性』だなって思う。
これはこれでやばい文章だな。「露悪系エンタメというカテゴリで、障害当事者・家族を扱ってほしくない」か。だとしたら、男性を悪役・性加害者というカテゴリで扱ってほしくないが通用してしまう。
"SNS上では、『みい山』が話題になる事はあっても、これら具体的な障害福祉の問題が真剣に話し合われる事はない" 表現の自由の側面だとそもそもそんな事はする必要がないという主張を相手にしなければならなくなるかと
福祉職員からの貴重な指摘だけどズレてるよな。「まともな福祉職員なら「みいちゃん」とは呼ばない」←本人が友人である山田さんに呼んで欲しいと言った呼称なのよ//筆者の言う、福祉につながれなかった人たちの話
“これは「交通事故ゼロと言い続けないと、事故件数を減らす事すらできない」という事と少し似ている” すごい文章を読んだ。現実の話をしたいですね。どうもありがとう/ブコメ、せめて読みませんか?
読んでて、若者に人気の「おぱんちゅうさぎ」や「んぽちゃむ」も指摘されてる露悪・悪趣味に該当して、特にんぽちゃむは『突飛な言動で周囲に迷惑をかけ自分も酷い目に遭う』キャラでまんまみいちゃん的造型だなと
“『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ”←これは真理なので誰かが言わねばならん事はあるよね。
“それでも『みい山』の読者がみいちゃんの姿を見て「優生保護法が正しかったって事じゃん」って軽く言ってしまえる様な社会が眼の前の現実としてある。そしてSNS上では、『みい山』が話題になる事はあっても、これら
具体的な社会福祉の問題重い。複雑な家庭環境,激しい強度行動障害,触法障害者,親からの虐待,育児放棄,経済的虐待,搾取,きょうだい児の介護負担,貧困,生活保護,障害者年金,強制不妊手術,優生保護法が正しかったとする社会
で、闇金ウシジマくんとどう違うんです?/だめだこりゃ話が通じない。こうやってエログロナンセンスから弾圧されるんだな。ニーメラーニーメラー
意味のあるものが読めた。助かる。
これ読んでよく100字足らずの文句で腐せる気になるよな
障害者はどんな描かれ方なら満足ですか?どんなキャラやストーリーなら世界に良い影響があり、ハッピーになるのでしょうか。それとも漫画やアニメに登場させてはいけませんか?私は発達障害の当事者です。
「狩られる言葉には狩られるだけの理由がある」酷い言説だ……言葉が狩られることをカジュアルに考えすぎでしょ……
その立場から書いてくれてありがとう/読者は「風俗に身を落とす女性の実態を学んだ!」なんて思ってしまっていたら自分にツッコミを入れるべきだろう。講談社は何を売って儲けているのかもう一度よく考えてほしい。
こんなに丁寧に書いてくれたのに、反応がそれで良いのか。
成程、言葉狩りについては社内で部下を「苗字+さん」「苗字呼び捨て」「渾名」「渾名+ちゃん付け」いずれの呼び方でしているかで、双方の意識と職場の雰囲気が大きく変化する事に例えると理解出来る気がする。
どこまで行っても割り切れない問題に対し、これほど悩みながら真摯に書かれたエントリに対しバカなブコメが目立つことに失望。そら露悪系エンタメも流行るわけだね
「これらは福祉業界の外側から見れば下らない言葉狩りだが、こうして職員の意識の上で明確に線引きをしておかないと、より酷い虐待につながって行く」
全ての表現は人間の感情を動かすことを目的に作られてるわけだから、良いも悪いも関係なく影響は与える。良い方にだけ寄るようにコントロールすることは簡単ではないし、表現の影響で悪事を犯すことはもちろんある
そう、やまゆり園のニュースを見たいのにネットはアニメの話題ばかりで、自分自身もやまゆり園の記事を読みながらアニメがちらついてしまってなんかあの日はスッキリしなかった。
防衛費増やす為に福祉や医療削ろうという人でも、自分達で障碍者らの面倒はみようとはしないんだよな。漫画読むだけならフトコロ痛まない時代。あと、みいちゃん呼ばわりは「健常者」相手でもありうる話だよね。
はい
親戚に言葉一切喋れないレベルの人と呼んで良いのかわからんレベルの障害者がいるけど、特に何も変化はない。同情するなら金をくれって気持ちがここ一連のみいちゃん騒動への感想だなぁ。
“でも自分は福祉の仕事をしているので『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている。ここで言う『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に/『虐待の始まり』を意味する。”
id:mr_yamada 「作者がどういう意図で漫画を書いてるか」と、「この読者がどう受け止めたか」は、関係ない。作者は、その創作物における神ではあるが、創作物の外に住む読者の感想をコントロールする権利は持たない。
視聴者のリアルは当人の感覚とはその通りと思うし転載転用のしやすさそのものだと思う。専門家がつく位の意思変化があったのだから後は好きにすればと思うけれど、自身の制御も出来ない作者の発言は心配ではある。
表現の自由は守られるべきだが、本作の内容と作者・編集部の態度が公共の電波に載せるに耐えないと思う/TVゲームとの比較コメがあるが、TVゲームはプラットフォームだから、その論理だと漫画や本全体が批判対象になる
かわんごの言った通りかもしれないね。いろんな人がいろんな意見を言ってくれて、これもまたなるほどなぁと思わせる意見の一つだった。いやしかし、毎日新聞のその記事、熊本地震で消えちゃってる感あるね。
書いてくださりありがとう / 法はインクルージョンに、世論は排他的に動いているように思え不安になる / 自分にできることとし、Eテレのtoi-toiという番組を観、考えている。 https://www.web.nhk/tv/an/toi-toi/pl/series-tep-72L62Z715X
“「フィクションだし表現の自由だ」って言って許される事が、現場にいる自分たちは「個人情報保護と守秘義務だ」って言って口を塞がれている所が非対称(…)狩られる言葉には狩られるだけの理由がある”
お疲れ様です と言うのも烏滸がましいか 何か後ろめたい気持ちになった
言葉狩りは解決にはならんけど、緊急避難的に用いなければならない場面は有るとも考えてはいる。表現の自由は守られるべきだが、現実に生じてる実害を前にしては、何らかの責任の背負わせ方は問われるべきでもあろう
"範囲の狭いエピソードの寄せ集めに対する()共感だ。逆に言うと『みい山』のリアルはそこにしかない(この)リアルの()積み重ねで()『露悪』の方向に舵を切ったエンタメ漫画になって行く()正当な批評や批判を受け止めろ"
重度障碍の現場として思う点は理解はできるが、みい山は軽度障碍の話であり、どうしてもずれている。ここで強く汲むべき主張は、みい山は軽度障碍の話で重度障害はまた別の風景があるという、行間部分だ
嫌な擁護としては「忘れられていた10年前の事件を思い出させた」。人は都合の悪い存在を視界の外に置きたがり、彼らが物を言うことを嫌がる。このブコメにも既に「これを読んだら黙れ」が散見される。
医療や警察や教育などを題材にしたフィクションの一部で当事者や関係者から見たらこうだけどねってずっと言われてきましたね
重度障害と関わっていてみいちゃんの障害が盛られてる感はあるか気になる(発達障害グレーから見たらなんか2〜3人をみいちゃん1人にしてるような感じはある)
この漫画をリアル(現実という意味じゃなくリアリティがあるの意味)だとおもって読んでいる人がいるということがかなり驚きなのだが。逆に発達障害だけではああはならないってことを言った方がいい
よく分からんが、具体的行動するでもない奴らの「真剣に向き合う」はただのエンタメ消費だから、正しかろうが鬱陶しくない?それよりも鬱陶しいのは誤解からの行動。腹立たしいのは奇異の目。
騒動なんて魚のおやつ食べて忘れよにゃ。ボクが癒してあげるから、仲良くしてにゃん。
私の感想に一番近いな
よい記事だとは思ふが。「サブカルチャーの世界には、(以下略」シャーデンフロイデや人の不幸は蜜の味といつた言葉に示される通りヒトに標準装備されてゐるものをさう限定することで「他人事」にするのはよくない。
『障害者福祉施設等における障害者虐待の防止と対応の手引き』の中には『侮辱的な発言、態度』の具体例として「子ども扱いするような呼称で呼ぶ」「本人の意思に反して呼び捨て、あだ名などで呼ぶ」事が記載
重要な記事。私はこっちの方面で語れる言葉を持っていないので何も言えなかった。感謝。
娯楽化の先には現実がある。綺麗事だろうと踏み越えてはならないラインは見定めたい。
“表現の自由と福祉の間で”みたいな考え方の時点で間違い。本件は一貫して「表現の自由」の話。「みいちゃんと山田さん」は「表現」という変数Xの一つでしかなく、「障害者」が特別に「制限要因」となる事もない。
本文読んでないお気持ちコメントと本文読んでなお筆者が丁寧に説明してることまるで読んでないコメントとがあり、どうしようもない気持ちに
「表現の自由」は守るべきと思うけど、その表現により起こったことの責任は取らなきゃいけないよね。商業作品として『みいちゃんと山田さん』に携わった方々はその責任を果たす覚悟と能力持ってるの?
社会に対しこのくらいの諦念を持たないとやっていけないのは悲しすぎる
ガチ犯罪を犯す障害者や福祉職員による入居者への虐待を露悪エンタメとして扱った九条の大罪についての意見も聞いてみたい
暴力ゲームは犯罪増えるから規制しろってのか?とか反応あるけどリアルの暴力はハードルあるし実行すると制圧されるけどキモいと思った奴をみいちゃんチー牛って馬鹿にするのは手軽で規制もハードル無いよね。
「『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ」
Bを描いている作品にAを描いていないという指摘はそりゃそうだとしか/みい山なしでこの記事が読まれたかというとNOだ/当事者以外について、アニメ化に反対するとノーコストで良いことをした気になれてコスパよいな
「でも実際に仕事上で彼女に接するなら、職員は全員彼女の事を「中村さん」または「実衣子さん」と呼ぶ。彼女は作中の設定では21歳らしい…成人女性を子ども扱いして「みいちゃん」と呼ぶのは虐待に当たる」
漫画の読み方を知らない人が語るのを多く読んでいるが、1話目で「みいちゃんが死ぬまでの12カ月の話」とバッドエンドを迎えるのを宣言しているのをきちんと踏まえて意見を書いてほしい。
ちゃん付けが虐待に当たるというのは意外だった。老人介護でおじいちゃん・おばあちゃんって言ってそうなイメージあるし。あと医者が患者に対して子供扱いする雰囲気とも似てる。歯科医「あーんして」
人間は言葉で世界を認識しているらしいのである程度ルールを作るのは妥当だと思う。リハビリで障害者福祉にお世話になったので知的障害の人のことはわからないが問題をどう対処するかに意識が向かないのが不思議。
”今の自分がどの立場から喋っているのかというのを明記しておかないと他人には響かないない”→富山の犬コロですが、響かせるセンスやスキルって大事だよなあ。騒動自体飽きられかけてきてて炎上するのも燃料大事だ
これは福祉のセーフティネットから外れるとこうなるという話だから、福祉につながっている人や福祉関係者が気にやむことではない。むぅちゃんは福祉につながって幸せそうに描かれているし
“「みいちゃんは作中で障がい者だと診断されていない」という事を理由に「みいちゃんは障がい者じゃない」と強弁する人もいる”←表自戦士が一番表現の力を軽視してるアホという好例
みいちゃんをただの固有名詞として認識してる人もいるだろうし、親も呼んでたような?ならば「山田さん」ですら蔑称になり得るよ。「みいちゃん」に侮蔑的な意味が部分的にあったとして、それを見出しているのは誰?
“表現の自由よりも優先すべき人権という問題”
福祉の現場では「『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ…ここで言う『理想の死』とは…具体的に『虐待の始まり』を意味する」そして知的障害者の地域移行が進むなら社会が「理想」を共有しなくてはならないと。
思想が細部や絵などの表現に宿ることはよくある
わかるひとにしかわからない、いわゆる身内言葉で他人をバカにする人間が日本には増えすぎてしまった。水商売と言わず夜職、障害児と言わずにみいちゃん。強盗殺人してくる、と言えないから闇バイトという言葉も。
理想だけ見て業界に入って現実に直面するから虐待や挫折が生じるのでは。植松だってそうだろう。そもそも理想と思想は別だ。理想は現実で崩れるが、思想は崩れない。持つべきはゆるぎない思想だ。
"また世間の無関心の谷底にこの問題は放置されるに違いない。現実に存在する障害者福祉の課題は、表現の自由の様に誰でも参戦できるキャッチーな話題ではないからだ。面倒臭く、責任が重く、容易に解決できない。"
表現の自由の闇とでも言うべきか。創作により誰にも差別や虐待の恐れがあるものの「表現の自由が大事」という建前が、実際は「健常者や幸せな人がエンタメ消費しているだけ」なのでは?と気づいた問題。
みいさんと山田さん
露悪系、暴露系、実話誌とか、下世話で趣味の悪いエンターテイメントは腐るほどあるのに、みい山だけがここまで目立ってヒットしてしまったのはなんでなんだろな。中身よりも目立ったからこその悲劇だと思っているが
これは見事な洞察だ
「表現の自由」が他の人権すべてに自動的に優越するわけなどないし、そのコンテンツが「私家版か商業目的か」も重要な論点となるのに、『みい山』擁護派は「表現の自由!」しか言えてないのが実情ではないですかね。
“『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている。ここで言う『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味する。”
交通事故ゼロと言い続けることと言葉狩りは別物。同じなのは、障害者差別をやめろと言い続けること。言葉を変えてもそれが伝わらなきゃ意味がない。
このアニメスポンサーつくのか?潰されそうな勢い。
現場の人が言葉を尽くさなきゃいけない状況が悲しいなあ。一部ブコメマジで分からんのかな。だったらどうしようもないなという気持ちになるな
真正面から自らの立場を論じた人間に対して正面から批判せず皮肉当てこすりで小馬鹿にするのはあまりにも誠意を欠いている。それは君が愚かだと思った相手の論の落ち度ではなく、対話を拒む君の落ち度なんだよ。
露悪コンテンツ自体は珍しくないよね。漫画自体は能動的に読みたい人が読むから良いとして、アニメ化で公共に流すのはその障碍者に対する露悪的な描き方に権威を与えないか危惧されてるんだと思う。
『みいちゃんと山田さん』
内容が精神方面に強すぎてエンタメとして消化しにくいからかと。看護、介護のエグいのはヒトの本能的に見たくない闇だしなぁ。
様々な立場から様々な視点を打ち出すのは良い事。イジメ、殺人、暴力どの視点からでも様々な立場から意見すべきなんだろうね。そのうねりこそが社会のダイナミズムを作る。
原作はnot for meぽかったので未読につきこの件についてはコメントは差し控えていたのだが、一連の問題は問題として色々感じているし福祉の現場からの真摯な意見は講談社の編集者たちの言葉より明らかに重いと感じる
言語化ありがとう。この話について意義があるとすれば「私も含め読み手1人1人の要求・思考の方向を知れる事」かと想う/自分は距離を置き専門家の言葉を待つしか言葉がないし、この漫画は入口でしかない、とも思う
今まさに障害を持つ本人や家族が現状に葛藤して踏ん張っている。それが想像できるがどうかで違うと思うんだけど。
「理想の死」についての言葉が重い。そうだよな、人に関わる仕事の人にとって「綺麗事」や「建前」がいかに重要か/これは出版にも言えて、出版や創作の場合「建前」を放り投げることは可能だけど、失うものは大きい
真摯な意見で頭が下がります。その上で、こういった露悪的な表現をどこまで認めるかは難しいですね。こうやって話題にならなければ自分はこういった世界を知らなかったし、この記事を読むこともなかったので。
「みい山」のアニメ化に対しる批判として「広めるな」ってのがあるけど、ずっと白々しいと感じていたが、このブログを読んでひとつの解釈を得た
福祉(と関係がある医療)は法とコンプライアンスがガッチガチの業界なので今は個々の方々のSNS発信レベルだが、この業界のそれなりの団体がこの作品に対して抗議したら出版業界はどう対応するかは気になる
“『みい山』という作品は、読者が好む姿をした『リアル』”(山本周五郎も"医療や福祉にまだ繋がれ" ない障害者をよく登場させた作家ですが、当時と今では「正しき受容」の有り方がちがってきている、とは思います
「発禁にしろ」「アニメ化を潰せ」と要求しないなら好きに批判すればいいかと。それはそれとしてアニメ化に際して規制を求める人は、他の作品と何が違うのかしっかり議論した上で然るべき措置を取るよう求めるべき
"狩られる言葉には狩られるだけの理由がある"とするなら、表現の自由が守られるには、それだけの理由があるのもわかるよね。人権を守りたいなら、安易に人権を棄損しようとするべきではない。
なるほど
一つ前のやまゆり園の記事も読むと本当に重たい当事者の声。いまも現実に起きてる虐待に対して、みい山がどのように機能するかは考えて欲しい。「明白かつ現在の危険」がそこにあるんだよな……
"自分は福祉の仕事をしているので『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている。『理想の死』とは〜具体的に『虐待の始まり』を意味する" 周りの醜悪さを描くための小道具なら気を使わなくてもいいのか…
表現の自由って、優越的人権なんですよ。知らなかったでしょ?知らなければ言葉狩りを是認しないですからね。心理的虐待の「本人の意思に反して」の注釈も無視してるし、相当バイアスが強そう。
明らかに優生保護法を正当化するような創作になってるよね。障がい者に対する偏見を助長するような作品。
“彼らの家族といった障害当事者とその家族を使って欲しくなかった。”俺は露悪系エンタメは嫌いだけど、それはそれとして、様々な創作で醜悪に描かれる職業や属性は数多ある中で聖域を作るのは違うと思う
ちゃん付けで呼ぶことが虐待だというのは知らなかった。わざわざ太字で書かれてるけどこの人は福祉業界の常識を一般社会にも求めているんだろうか?それとも知識のない読者をビビらせたいだけ?
みい山と障害関係エッセイ、意義の差って明確に言語化できるだろうか?みたいな気持ちにはなる。本来語られるべきではない良い側面と悪い側面を見せている訳で、みい山を否定するならエッセイも否定されそうだが。
『個々のリアルなエピソードの積み重ねでできている『みい山』は、その結果『現実』に近付いて行くのかというとむしろ逆で、『露悪』の方向に舵を切ったエンタメ漫画になって行く。』
やまゆり園から10年経ちましたが未だに財政危機を叫び福祉の縮小を叫ぶアホはいなくなりませんでした。財務省を更地にもできませんでした。
この社会は、レイプものとか子供を対象にしたものとか、特定属性を踏み躙ることをエンタメとして消費することが既に人気のジャンルになっている。根っこは一緒だが、みい山の事例でその危うさが表出した感はあるな。
創作を理由に現実の人間に加害する者が悪なのであり、表現を潰した所で世の悲惨も残酷も何一つ変わらない。/気の毒な人の現状にやり切れないなら、身近な実在の弱者を助け、みぃちゃん呼びする人間を批判しよう。
"ムウちゃん"って「シバ付き物件」のムウちゃん?/"狩られる言葉には狩られるだけの理由がある"
https://x.com/slowly_ph_D/status/2081798729074667764 アニメ化の反応で実体験も踏まえている点含め一番腑に落ちたのはこれかな。障害者といっても様々おり一括りになんかできない。
弟の養護学校の先生は、必ず「下の名前+さん」で弟を呼んでくれた。みいちゃん呼びは虐待というのは、障害者に接点がない人にはピンとこないかもだが、本人の尊厳のうえでとても重要なことなんだよな
福祉に繋がらない繋げられない人間はエンタメ消費していい風潮は止めたい
結局は世間にどのように受け止められるか/受容されるかという話だと思っている。
原型の漫画では「可愛くていつもニコニコして」て人気の子が、知的能力の一点で堕ちるやりきれない「現実」が描かれていた。長編版では、性格が悪い迷惑者が破滅する、スカッと的な話に変わっている。これが典型的。
ここまで周りが勝手に盛り上げてくれる作品はあまりないと思う。SNS時代ならでは。
みい山のリアルさは「弱者は救いたくなる姿をしていない」という身も蓋もない現実を描写していることでは?(対照は「聲の形」) / それでも救うというプロの矜持を、一般人にまで広く求められるか?問題
頭が下がる思い/言葉狩りに見てしまったけど、確かに言葉の濫用が差別を生む気はするし、慎重に言葉を整理するのは納得/露悪コンテンツはなるほど
対人支援に就くと「話すな」って叩き込まれる。きちんとした人ほどそれを守って何も言わない。このレベルの問題があってはじめて少し出てくる。…話すなは確かに正しい、でも社会に周知されない。周知されない問題は
「ちゃん」に、侮りのニュアンスが有る場合てのは、あるあるだな。「先生」とかもそうだけどな。
この文章には頭が下がるとしかいいようがない。
現場の方の目線。似たタイプを追い込むノウハウとして活用されないことを祈る。/Xで言われてたがみいちゃん=強い侮辱として成立してる現状なのよね。他の侮辱より強いものと認められてる
この文章が静かなインターネットで書かれているという事実について、我々はもう少し考えた方が良いと思った
プロモーションに力が入っていたのでヒットした面が大きい。ネット広告が出たのは一度や二度ではなかった。コンビニにひっそり置いてあるゲスコミックとそこが違ったね。
「みいちゃん」呼びの危機感がわかりやすいと思った。
「福祉の仕事をしているので『綺麗事』を捨てた途端に『理想』も死ぬ事を知っている。ここで言う『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味する」
"現場にいる自分たちは「個人情報保護と守秘義務だ」って言って口を塞がれている所が非対称" それだったら某医師漫画の様な創作を試みるのも一つの手だと思うけど……某漫画もそれで世間を動かしたのは事実だし
当事者であることを隠して語るより、よっぽど真っ当だと思うけどな。ポジション取らないトークなんて人間にはできやしないんだから
一人の人を対等に扱う上で、愛称で呼ぶべきでないというのはその通りだなと思った
現場からの価値のある反応、是非については「露悪的エンタメすぎる」って感想で同意するけれども、書かれている障害者の地域移行に警鐘を鳴らす意味では機能しうる。描写が偏ってるとは言え、現実の一面ではある訳で
“『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている。ここで言う『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味する”
“サブカルチャーの世界には、そういう直球の『悪趣味』や『露悪』が普通に存在している。「FXで有り金全部溶かす人の顔」だの「ソシャゲガチャの爆死配信」だの、重いものから軽いものまで”
「『みい山』に感じているリアルは~」この部分、自分もそう思うんだけどみいちゃんがまだ水やってた位の時期に「こんなやつがいるわけがない、誇張している」って結構叩かれてたんだよな。
「「優生保護法が正しかったって事じゃん」って軽く言ってしまえる様な社会」遺伝だの障碍の発生率だの色々知ってたらこんなセリフは出てこない。(断種候補になった俺の意見)
炎上に触れていささかなりと真剣に考える人が少しでも増えたならそれなりの意義があったということになる(ってしまう)のか? などと考えてしまった/自分の手に余ると普段は考えないようにしてる話題のひとつではある
表現の自由はもはや一部の不届き者によってハックされているんだな。
SNSの「観客席から見世物を見物する」需要に向けてみい山はチューニングされてる。みい山に限らず誰も彼も見世物にされる時流にあって炎上したのは、みいちゃんが可愛いからであって障害者福祉保護のためでは無い
障がい者福祉を何のメッセージ性もなくただ単に話題になるからとワイドショー化しまくって「面倒臭く、責任が重く、容易に解決できない」問題は今まで通り、現場の人が汗かいて頑張ってね!って話なんだろな。
みいちゃんは福祉に繋がれなかったから騒ぎが大きくなったというわけではないでしょう
"狩られる言葉には狩られるだけの理由がある"は言いすぎだと思うが、綺麗事が虐待に対する防衛ラインだという指摘は重い。https://anond.hatelabo.jp/20260728081419 これがどうなのかとあわせて考えたい
現実を見て知ろう、と
「狩られる言葉には狩られるだけの理由がある」なるほどね。/ "言葉狩りだ"という批判フレーズだけ投げて思考停止してる人に違和感あったが、理屈がわかった気がする。
>表現の自由と障がい者本人の人権との戦い
すごい
https://x.com/kuroinu_2501/status/2083791138432164014
なんかこの作品に関してよく目にする「露悪」って言葉、私が抱いてるのとはいささか異なるニュアンスで使われてるみたいなんだけど、そう感じてるの私だけ……?
“『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている。ここで言う『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味す”
”障害者の「害」にはマイナスイメージがあり、「みいちゃん」という呼び方には無意識に相手を大人として認めず、同じ人権を持つ対等の存在として扱わず、常に下に見る態度が含まれている”
「交通事故ゼロと言い続けないと~」「『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ~」この部分、人間に対し、綺麗事を捨ててもまともに対応するだろうという期待を捨てている前提が見える気がする。
"世に出したからには正当な批評や批判を受け止めろという話だ。"/亜月ねねちゃんと講談社マガポケ編集部ちゃんに覚悟があるわけないんだよなぁ。「みいちゃんは不幸になる才能がある」とか言ってたろあいつら。
「世に出すまではいい。表現の自由だと言うのであれば。でも、世に出したからには正当な批評や批判を受け止めろ」はい。ただ露悪系エンタメが不動の人気はないかと。一部でカルト的人気ぐらい。フィルターバブル案件
これも気持ちの上での反対、には違い無いんだが、ただのお気持ち表明とは違ってちゃんと中身があるな、これは。より最悪を知っている立場からすれば、あれを底と見られるのは筋が悪いってのはなるほどなーと感じた。
"でも自分は福祉の仕事をしているので『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている"/"『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味する"
たとえば「禁止される損壊行為には禁止されるだけの」(後略)と、なるか
リアルではなくて露悪エンタメは心の底から同意する。それを踏まえて特定個人の中傷に依らない表現は全てが許容されなければならないと反論する
"福祉の仕事/『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている/『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味する" これは「交通事故ゼロ
冷静に批判されてる。みい山アニメ化に反対している側が。 「目につく露悪的なフィクションを規制したいだけで、現実の障害福祉に目も向けないクセに」と見抜かれてる/表現の自由奪うと批判もできなくなるよブコメ
この場合は大体批判する側の方がまともな方が多い珍しいパターンである。40のババアについてる表自チン騎士よりどっちがよく読んでるんだか
社会福祉法人職員の視点から・亜月ねね『みいちゃんと山田さん』アニメ化に関する騒動について|黒犬
2026/8/2 「また、『みい山』の話で言えばそもそもみいちゃんを『みいちゃん』と呼ぶ事は虐待に当たる。」 ゆり子『エスプレッソ・コーラ』
「明日、ママがいない」騒動を思い出した。施設にいた経験のある元子供からはリアルって声があがっていたやつ…
現場の福祉職員からの視点は貴重。露悪エンタメとしての消費と現場での尊厳の狭間の問題は根が深いな
身近にトランプみたいなのがいるのは想像を越えてるだろうな。親戚と暮らしててそっちを父親だと思ってたけど。
そうではなくポイントはむしろ「われわれは個々で(ともすればツライことばかりで矛盾だらけの)現実をエンタメ消費(『やーいお前はみいちゃんw』とか)して良いのか」のほう(作品自体ではなく。そうしてない人はいない
なるほど。番宣において、みいちゃんという呼称を監修者が封じられるか?見ものだ。そもそもそんな監修者がいるか疑わしいが(はたらく細胞で前科あり)。
"今日くらいみんな障害者福祉の問題点について考えてくれよって思ってたのに、蓋を開けてみれば『みい山アニメ化』の話題にほぼほぼ持って行かれてんの何なんだろうね。 憤りよりも諦めが先に来るわ。"ほんこれ
ちゃんと話せる人がいて安心した。
わかってないよね。この話はみいちゃんの物語ではなく、彼女を追い込み、利用し、搾取した「健常者の醜さ」を描いた物語なんですよ。障害者福祉の話ではない、というのは作者も認めてる話。
この時点でごめんなさい感が。"そもそもみいちゃんを『みいちゃん』と呼ぶ事は虐待に当たる。"/"『心理的虐待』の中の『侮辱的な発言、態度』の具体例として「子ども扱いするような呼称で呼ぶ」"
自分でみいちゃん呼びしながら、みいちゃん呼びは虐待だというのは虚構と現実は違うと自ら認めてるって事だし、280万部売れたから障害者差別が増えるというのは、TVゲームをすれば非行に走るみたいな気持ち悪さがある
「露悪系エンタメのネタに、みいちゃんやムウちゃんやツバサ、そして彼らの家族といった障害当事者とその家族を使って欲しくなかった」はい。使うにしても配慮のある物語の構造ではなかった。
“自分は福祉の仕事をしているので『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知って” まぁ、みぃ山は福祉の現場を少しマジトーンで怒らせすぎたんだよな、感は確かにあってね
"『みい山』を発禁にしろとか、アニメ化を潰せ、と要求する権利は自分にはない"リエゾン原作者なんかもだけど、作品には批判的でも、ここをちゃんと明確に言葉にして言えるのが『理性』だなって思う。
これはこれでやばい文章だな。「露悪系エンタメというカテゴリで、障害当事者・家族を扱ってほしくない」か。だとしたら、男性を悪役・性加害者というカテゴリで扱ってほしくないが通用してしまう。
"SNS上では、『みい山』が話題になる事はあっても、これら具体的な障害福祉の問題が真剣に話し合われる事はない" 表現の自由の側面だとそもそもそんな事はする必要がないという主張を相手にしなければならなくなるかと
福祉職員からの貴重な指摘だけどズレてるよな。「まともな福祉職員なら「みいちゃん」とは呼ばない」←本人が友人である山田さんに呼んで欲しいと言った呼称なのよ//筆者の言う、福祉につながれなかった人たちの話
“これは「交通事故ゼロと言い続けないと、事故件数を減らす事すらできない」という事と少し似ている” すごい文章を読んだ。現実の話をしたいですね。どうもありがとう/ブコメ、せめて読みませんか?
読んでて、若者に人気の「おぱんちゅうさぎ」や「んぽちゃむ」も指摘されてる露悪・悪趣味に該当して、特にんぽちゃむは『突飛な言動で周囲に迷惑をかけ自分も酷い目に遭う』キャラでまんまみいちゃん的造型だなと
“『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ”←これは真理なので誰かが言わねばならん事はあるよね。
“それでも『みい山』の読者がみいちゃんの姿を見て「優生保護法が正しかったって事じゃん」って軽く言ってしまえる様な社会が眼の前の現実としてある。そしてSNS上では、『みい山』が話題になる事はあっても、これら
具体的な社会福祉の問題重い。複雑な家庭環境,激しい強度行動障害,触法障害者,親からの虐待,育児放棄,経済的虐待,搾取,きょうだい児の介護負担,貧困,生活保護,障害者年金,強制不妊手術,優生保護法が正しかったとする社会
で、闇金ウシジマくんとどう違うんです?/だめだこりゃ話が通じない。こうやってエログロナンセンスから弾圧されるんだな。ニーメラーニーメラー
意味のあるものが読めた。助かる。
これ読んでよく100字足らずの文句で腐せる気になるよな
障害者はどんな描かれ方なら満足ですか?どんなキャラやストーリーなら世界に良い影響があり、ハッピーになるのでしょうか。それとも漫画やアニメに登場させてはいけませんか?私は発達障害の当事者です。
「狩られる言葉には狩られるだけの理由がある」酷い言説だ……言葉が狩られることをカジュアルに考えすぎでしょ……
その立場から書いてくれてありがとう/読者は「風俗に身を落とす女性の実態を学んだ!」なんて思ってしまっていたら自分にツッコミを入れるべきだろう。講談社は何を売って儲けているのかもう一度よく考えてほしい。
こんなに丁寧に書いてくれたのに、反応がそれで良いのか。
成程、言葉狩りについては社内で部下を「苗字+さん」「苗字呼び捨て」「渾名」「渾名+ちゃん付け」いずれの呼び方でしているかで、双方の意識と職場の雰囲気が大きく変化する事に例えると理解出来る気がする。
どこまで行っても割り切れない問題に対し、これほど悩みながら真摯に書かれたエントリに対しバカなブコメが目立つことに失望。そら露悪系エンタメも流行るわけだね
「これらは福祉業界の外側から見れば下らない言葉狩りだが、こうして職員の意識の上で明確に線引きをしておかないと、より酷い虐待につながって行く」
全ての表現は人間の感情を動かすことを目的に作られてるわけだから、良いも悪いも関係なく影響は与える。良い方にだけ寄るようにコントロールすることは簡単ではないし、表現の影響で悪事を犯すことはもちろんある
そう、やまゆり園のニュースを見たいのにネットはアニメの話題ばかりで、自分自身もやまゆり園の記事を読みながらアニメがちらついてしまってなんかあの日はスッキリしなかった。
防衛費増やす為に福祉や医療削ろうという人でも、自分達で障碍者らの面倒はみようとはしないんだよな。漫画読むだけならフトコロ痛まない時代。あと、みいちゃん呼ばわりは「健常者」相手でもありうる話だよね。
はい
親戚に言葉一切喋れないレベルの人と呼んで良いのかわからんレベルの障害者がいるけど、特に何も変化はない。同情するなら金をくれって気持ちがここ一連のみいちゃん騒動への感想だなぁ。
“でも自分は福祉の仕事をしているので『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている。ここで言う『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に/『虐待の始まり』を意味する。”
id:mr_yamada 「作者がどういう意図で漫画を書いてるか」と、「この読者がどう受け止めたか」は、関係ない。作者は、その創作物における神ではあるが、創作物の外に住む読者の感想をコントロールする権利は持たない。
視聴者のリアルは当人の感覚とはその通りと思うし転載転用のしやすさそのものだと思う。専門家がつく位の意思変化があったのだから後は好きにすればと思うけれど、自身の制御も出来ない作者の発言は心配ではある。
表現の自由は守られるべきだが、本作の内容と作者・編集部の態度が公共の電波に載せるに耐えないと思う/TVゲームとの比較コメがあるが、TVゲームはプラットフォームだから、その論理だと漫画や本全体が批判対象になる
かわんごの言った通りかもしれないね。いろんな人がいろんな意見を言ってくれて、これもまたなるほどなぁと思わせる意見の一つだった。いやしかし、毎日新聞のその記事、熊本地震で消えちゃってる感あるね。
書いてくださりありがとう / 法はインクルージョンに、世論は排他的に動いているように思え不安になる / 自分にできることとし、Eテレのtoi-toiという番組を観、考えている。 https://www.web.nhk/tv/an/toi-toi/pl/series-tep-72L62Z715X
“「フィクションだし表現の自由だ」って言って許される事が、現場にいる自分たちは「個人情報保護と守秘義務だ」って言って口を塞がれている所が非対称(…)狩られる言葉には狩られるだけの理由がある”
お疲れ様です と言うのも烏滸がましいか 何か後ろめたい気持ちになった
言葉狩りは解決にはならんけど、緊急避難的に用いなければならない場面は有るとも考えてはいる。表現の自由は守られるべきだが、現実に生じてる実害を前にしては、何らかの責任の背負わせ方は問われるべきでもあろう
"範囲の狭いエピソードの寄せ集めに対する()共感だ。逆に言うと『みい山』のリアルはそこにしかない(この)リアルの()積み重ねで()『露悪』の方向に舵を切ったエンタメ漫画になって行く()正当な批評や批判を受け止めろ"
重度障碍の現場として思う点は理解はできるが、みい山は軽度障碍の話であり、どうしてもずれている。ここで強く汲むべき主張は、みい山は軽度障碍の話で重度障害はまた別の風景があるという、行間部分だ
嫌な擁護としては「忘れられていた10年前の事件を思い出させた」。人は都合の悪い存在を視界の外に置きたがり、彼らが物を言うことを嫌がる。このブコメにも既に「これを読んだら黙れ」が散見される。
医療や警察や教育などを題材にしたフィクションの一部で当事者や関係者から見たらこうだけどねってずっと言われてきましたね
重度障害と関わっていてみいちゃんの障害が盛られてる感はあるか気になる(発達障害グレーから見たらなんか2〜3人をみいちゃん1人にしてるような感じはある)
この漫画をリアル(現実という意味じゃなくリアリティがあるの意味)だとおもって読んでいる人がいるということがかなり驚きなのだが。逆に発達障害だけではああはならないってことを言った方がいい
よく分からんが、具体的行動するでもない奴らの「真剣に向き合う」はただのエンタメ消費だから、正しかろうが鬱陶しくない?それよりも鬱陶しいのは誤解からの行動。腹立たしいのは奇異の目。
騒動なんて魚のおやつ食べて忘れよにゃ。ボクが癒してあげるから、仲良くしてにゃん。
私の感想に一番近いな
よい記事だとは思ふが。「サブカルチャーの世界には、(以下略」シャーデンフロイデや人の不幸は蜜の味といつた言葉に示される通りヒトに標準装備されてゐるものをさう限定することで「他人事」にするのはよくない。
『障害者福祉施設等における障害者虐待の防止と対応の手引き』の中には『侮辱的な発言、態度』の具体例として「子ども扱いするような呼称で呼ぶ」「本人の意思に反して呼び捨て、あだ名などで呼ぶ」事が記載
重要な記事。私はこっちの方面で語れる言葉を持っていないので何も言えなかった。感謝。
娯楽化の先には現実がある。綺麗事だろうと踏み越えてはならないラインは見定めたい。
“表現の自由と福祉の間で”みたいな考え方の時点で間違い。本件は一貫して「表現の自由」の話。「みいちゃんと山田さん」は「表現」という変数Xの一つでしかなく、「障害者」が特別に「制限要因」となる事もない。
本文読んでないお気持ちコメントと本文読んでなお筆者が丁寧に説明してることまるで読んでないコメントとがあり、どうしようもない気持ちに
「表現の自由」は守るべきと思うけど、その表現により起こったことの責任は取らなきゃいけないよね。商業作品として『みいちゃんと山田さん』に携わった方々はその責任を果たす覚悟と能力持ってるの?
社会に対しこのくらいの諦念を持たないとやっていけないのは悲しすぎる
ガチ犯罪を犯す障害者や福祉職員による入居者への虐待を露悪エンタメとして扱った九条の大罪についての意見も聞いてみたい
暴力ゲームは犯罪増えるから規制しろってのか?とか反応あるけどリアルの暴力はハードルあるし実行すると制圧されるけどキモいと思った奴をみいちゃんチー牛って馬鹿にするのは手軽で規制もハードル無いよね。
「『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ」
Bを描いている作品にAを描いていないという指摘はそりゃそうだとしか/みい山なしでこの記事が読まれたかというとNOだ/当事者以外について、アニメ化に反対するとノーコストで良いことをした気になれてコスパよいな
「でも実際に仕事上で彼女に接するなら、職員は全員彼女の事を「中村さん」または「実衣子さん」と呼ぶ。彼女は作中の設定では21歳らしい…成人女性を子ども扱いして「みいちゃん」と呼ぶのは虐待に当たる」
漫画の読み方を知らない人が語るのを多く読んでいるが、1話目で「みいちゃんが死ぬまでの12カ月の話」とバッドエンドを迎えるのを宣言しているのをきちんと踏まえて意見を書いてほしい。
ちゃん付けが虐待に当たるというのは意外だった。老人介護でおじいちゃん・おばあちゃんって言ってそうなイメージあるし。あと医者が患者に対して子供扱いする雰囲気とも似てる。歯科医「あーんして」
人間は言葉で世界を認識しているらしいのである程度ルールを作るのは妥当だと思う。リハビリで障害者福祉にお世話になったので知的障害の人のことはわからないが問題をどう対処するかに意識が向かないのが不思議。
”今の自分がどの立場から喋っているのかというのを明記しておかないと他人には響かないない”→富山の犬コロですが、響かせるセンスやスキルって大事だよなあ。騒動自体飽きられかけてきてて炎上するのも燃料大事だ
これは福祉のセーフティネットから外れるとこうなるという話だから、福祉につながっている人や福祉関係者が気にやむことではない。むぅちゃんは福祉につながって幸せそうに描かれているし
“「みいちゃんは作中で障がい者だと診断されていない」という事を理由に「みいちゃんは障がい者じゃない」と強弁する人もいる”←表自戦士が一番表現の力を軽視してるアホという好例
みいちゃんをただの固有名詞として認識してる人もいるだろうし、親も呼んでたような?ならば「山田さん」ですら蔑称になり得るよ。「みいちゃん」に侮蔑的な意味が部分的にあったとして、それを見出しているのは誰?
“表現の自由よりも優先すべき人権という問題”
福祉の現場では「『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ…ここで言う『理想の死』とは…具体的に『虐待の始まり』を意味する」そして知的障害者の地域移行が進むなら社会が「理想」を共有しなくてはならないと。
思想が細部や絵などの表現に宿ることはよくある
わかるひとにしかわからない、いわゆる身内言葉で他人をバカにする人間が日本には増えすぎてしまった。水商売と言わず夜職、障害児と言わずにみいちゃん。強盗殺人してくる、と言えないから闇バイトという言葉も。
理想だけ見て業界に入って現実に直面するから虐待や挫折が生じるのでは。植松だってそうだろう。そもそも理想と思想は別だ。理想は現実で崩れるが、思想は崩れない。持つべきはゆるぎない思想だ。
"また世間の無関心の谷底にこの問題は放置されるに違いない。現実に存在する障害者福祉の課題は、表現の自由の様に誰でも参戦できるキャッチーな話題ではないからだ。面倒臭く、責任が重く、容易に解決できない。"
表現の自由の闇とでも言うべきか。創作により誰にも差別や虐待の恐れがあるものの「表現の自由が大事」という建前が、実際は「健常者や幸せな人がエンタメ消費しているだけ」なのでは?と気づいた問題。
みいさんと山田さん
露悪系、暴露系、実話誌とか、下世話で趣味の悪いエンターテイメントは腐るほどあるのに、みい山だけがここまで目立ってヒットしてしまったのはなんでなんだろな。中身よりも目立ったからこその悲劇だと思っているが
これは見事な洞察だ
「表現の自由」が他の人権すべてに自動的に優越するわけなどないし、そのコンテンツが「私家版か商業目的か」も重要な論点となるのに、『みい山』擁護派は「表現の自由!」しか言えてないのが実情ではないですかね。
“『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている。ここで言う『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味する。”
交通事故ゼロと言い続けることと言葉狩りは別物。同じなのは、障害者差別をやめろと言い続けること。言葉を変えてもそれが伝わらなきゃ意味がない。
このアニメスポンサーつくのか?潰されそうな勢い。
現場の人が言葉を尽くさなきゃいけない状況が悲しいなあ。一部ブコメマジで分からんのかな。だったらどうしようもないなという気持ちになるな
真正面から自らの立場を論じた人間に対して正面から批判せず皮肉当てこすりで小馬鹿にするのはあまりにも誠意を欠いている。それは君が愚かだと思った相手の論の落ち度ではなく、対話を拒む君の落ち度なんだよ。
露悪コンテンツ自体は珍しくないよね。漫画自体は能動的に読みたい人が読むから良いとして、アニメ化で公共に流すのはその障碍者に対する露悪的な描き方に権威を与えないか危惧されてるんだと思う。
『みいちゃんと山田さん』
内容が精神方面に強すぎてエンタメとして消化しにくいからかと。看護、介護のエグいのはヒトの本能的に見たくない闇だしなぁ。
“『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている。ここで言う『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味する。”
様々な立場から様々な視点を打ち出すのは良い事。イジメ、殺人、暴力どの視点からでも様々な立場から意見すべきなんだろうね。そのうねりこそが社会のダイナミズムを作る。
原作はnot for meぽかったので未読につきこの件についてはコメントは差し控えていたのだが、一連の問題は問題として色々感じているし福祉の現場からの真摯な意見は講談社の編集者たちの言葉より明らかに重いと感じる
言語化ありがとう。この話について意義があるとすれば「私も含め読み手1人1人の要求・思考の方向を知れる事」かと想う/自分は距離を置き専門家の言葉を待つしか言葉がないし、この漫画は入口でしかない、とも思う
今まさに障害を持つ本人や家族が現状に葛藤して踏ん張っている。それが想像できるがどうかで違うと思うんだけど。
「理想の死」についての言葉が重い。そうだよな、人に関わる仕事の人にとって「綺麗事」や「建前」がいかに重要か/これは出版にも言えて、出版や創作の場合「建前」を放り投げることは可能だけど、失うものは大きい
真摯な意見で頭が下がります。その上で、こういった露悪的な表現をどこまで認めるかは難しいですね。こうやって話題にならなければ自分はこういった世界を知らなかったし、この記事を読むこともなかったので。
「みい山」のアニメ化に対しる批判として「広めるな」ってのがあるけど、ずっと白々しいと感じていたが、このブログを読んでひとつの解釈を得た
福祉(と関係がある医療)は法とコンプライアンスがガッチガチの業界なので今は個々の方々のSNS発信レベルだが、この業界のそれなりの団体がこの作品に対して抗議したら出版業界はどう対応するかは気になる
“『みい山』という作品は、読者が好む姿をした『リアル』”(山本周五郎も"医療や福祉にまだ繋がれ" ない障害者をよく登場させた作家ですが、当時と今では「正しき受容」の有り方がちがってきている、とは思います
「発禁にしろ」「アニメ化を潰せ」と要求しないなら好きに批判すればいいかと。それはそれとしてアニメ化に際して規制を求める人は、他の作品と何が違うのかしっかり議論した上で然るべき措置を取るよう求めるべき
"狩られる言葉には狩られるだけの理由がある"とするなら、表現の自由が守られるには、それだけの理由があるのもわかるよね。人権を守りたいなら、安易に人権を棄損しようとするべきではない。
なるほど
一つ前のやまゆり園の記事も読むと本当に重たい当事者の声。いまも現実に起きてる虐待に対して、みい山がどのように機能するかは考えて欲しい。「明白かつ現在の危険」がそこにあるんだよな……
"自分は福祉の仕事をしているので『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている。『理想の死』とは〜具体的に『虐待の始まり』を意味する" 周りの醜悪さを描くための小道具なら気を使わなくてもいいのか…
表現の自由って、優越的人権なんですよ。知らなかったでしょ?知らなければ言葉狩りを是認しないですからね。心理的虐待の「本人の意思に反して」の注釈も無視してるし、相当バイアスが強そう。
明らかに優生保護法を正当化するような創作になってるよね。障がい者に対する偏見を助長するような作品。
“彼らの家族といった障害当事者とその家族を使って欲しくなかった。”俺は露悪系エンタメは嫌いだけど、それはそれとして、様々な創作で醜悪に描かれる職業や属性は数多ある中で聖域を作るのは違うと思う
ちゃん付けで呼ぶことが虐待だというのは知らなかった。わざわざ太字で書かれてるけどこの人は福祉業界の常識を一般社会にも求めているんだろうか?それとも知識のない読者をビビらせたいだけ?
みい山と障害関係エッセイ、意義の差って明確に言語化できるだろうか?みたいな気持ちにはなる。本来語られるべきではない良い側面と悪い側面を見せている訳で、みい山を否定するならエッセイも否定されそうだが。
『個々のリアルなエピソードの積み重ねでできている『みい山』は、その結果『現実』に近付いて行くのかというとむしろ逆で、『露悪』の方向に舵を切ったエンタメ漫画になって行く。』
やまゆり園から10年経ちましたが未だに財政危機を叫び福祉の縮小を叫ぶアホはいなくなりませんでした。財務省を更地にもできませんでした。
この社会は、レイプものとか子供を対象にしたものとか、特定属性を踏み躙ることをエンタメとして消費することが既に人気のジャンルになっている。根っこは一緒だが、みい山の事例でその危うさが表出した感はあるな。
創作を理由に現実の人間に加害する者が悪なのであり、表現を潰した所で世の悲惨も残酷も何一つ変わらない。/気の毒な人の現状にやり切れないなら、身近な実在の弱者を助け、みぃちゃん呼びする人間を批判しよう。
"ムウちゃん"って「シバ付き物件」のムウちゃん?/"狩られる言葉には狩られるだけの理由がある"
https://x.com/slowly_ph_D/status/2081798729074667764 アニメ化の反応で実体験も踏まえている点含め一番腑に落ちたのはこれかな。障害者といっても様々おり一括りになんかできない。
弟の養護学校の先生は、必ず「下の名前+さん」で弟を呼んでくれた。みいちゃん呼びは虐待というのは、障害者に接点がない人にはピンとこないかもだが、本人の尊厳のうえでとても重要なことなんだよな
福祉に繋がらない繋げられない人間はエンタメ消費していい風潮は止めたい
結局は世間にどのように受け止められるか/受容されるかという話だと思っている。
原型の漫画では「可愛くていつもニコニコして」て人気の子が、知的能力の一点で堕ちるやりきれない「現実」が描かれていた。長編版では、性格が悪い迷惑者が破滅する、スカッと的な話に変わっている。これが典型的。
ここまで周りが勝手に盛り上げてくれる作品はあまりないと思う。SNS時代ならでは。
みい山のリアルさは「弱者は救いたくなる姿をしていない」という身も蓋もない現実を描写していることでは?(対照は「聲の形」) / それでも救うというプロの矜持を、一般人にまで広く求められるか?問題
頭が下がる思い/言葉狩りに見てしまったけど、確かに言葉の濫用が差別を生む気はするし、慎重に言葉を整理するのは納得/露悪コンテンツはなるほど
対人支援に就くと「話すな」って叩き込まれる。きちんとした人ほどそれを守って何も言わない。このレベルの問題があってはじめて少し出てくる。…話すなは確かに正しい、でも社会に周知されない。周知されない問題は
「ちゃん」に、侮りのニュアンスが有る場合てのは、あるあるだな。「先生」とかもそうだけどな。
この文章には頭が下がるとしかいいようがない。
現場の方の目線。似たタイプを追い込むノウハウとして活用されないことを祈る。/Xで言われてたがみいちゃん=強い侮辱として成立してる現状なのよね。他の侮辱より強いものと認められてる
この文章が静かなインターネットで書かれているという事実について、我々はもう少し考えた方が良いと思った
プロモーションに力が入っていたのでヒットした面が大きい。ネット広告が出たのは一度や二度ではなかった。コンビニにひっそり置いてあるゲスコミックとそこが違ったね。
「みいちゃん」呼びの危機感がわかりやすいと思った。
「福祉の仕事をしているので『綺麗事』を捨てた途端に『理想』も死ぬ事を知っている。ここで言う『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味する」
"現場にいる自分たちは「個人情報保護と守秘義務だ」って言って口を塞がれている所が非対称" それだったら某医師漫画の様な創作を試みるのも一つの手だと思うけど……某漫画もそれで世間を動かしたのは事実だし
当事者であることを隠して語るより、よっぽど真っ当だと思うけどな。ポジション取らないトークなんて人間にはできやしないんだから
一人の人を対等に扱う上で、愛称で呼ぶべきでないというのはその通りだなと思った
現場からの価値のある反応、是非については「露悪的エンタメすぎる」って感想で同意するけれども、書かれている障害者の地域移行に警鐘を鳴らす意味では機能しうる。描写が偏ってるとは言え、現実の一面ではある訳で
“『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている。ここで言う『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味する”
“サブカルチャーの世界には、そういう直球の『悪趣味』や『露悪』が普通に存在している。「FXで有り金全部溶かす人の顔」だの「ソシャゲガチャの爆死配信」だの、重いものから軽いものまで”
「『みい山』に感じているリアルは~」この部分、自分もそう思うんだけどみいちゃんがまだ水やってた位の時期に「こんなやつがいるわけがない、誇張している」って結構叩かれてたんだよな。
「「優生保護法が正しかったって事じゃん」って軽く言ってしまえる様な社会」遺伝だの障碍の発生率だの色々知ってたらこんなセリフは出てこない。(断種候補になった俺の意見)
炎上に触れていささかなりと真剣に考える人が少しでも増えたならそれなりの意義があったということになる(ってしまう)のか? などと考えてしまった/自分の手に余ると普段は考えないようにしてる話題のひとつではある
表現の自由はもはや一部の不届き者によってハックされているんだな。
SNSの「観客席から見世物を見物する」需要に向けてみい山はチューニングされてる。みい山に限らず誰も彼も見世物にされる時流にあって炎上したのは、みいちゃんが可愛いからであって障害者福祉保護のためでは無い
障がい者福祉を何のメッセージ性もなくただ単に話題になるからとワイドショー化しまくって「面倒臭く、責任が重く、容易に解決できない」問題は今まで通り、現場の人が汗かいて頑張ってね!って話なんだろな。
みいちゃんは福祉に繋がれなかったから騒ぎが大きくなったというわけではないでしょう
"狩られる言葉には狩られるだけの理由がある"は言いすぎだと思うが、綺麗事が虐待に対する防衛ラインだという指摘は重い。https://anond.hatelabo.jp/20260728081419 これがどうなのかとあわせて考えたい
現実を見て知ろう、と
「狩られる言葉には狩られるだけの理由がある」なるほどね。/ "言葉狩りだ"という批判フレーズだけ投げて思考停止してる人に違和感あったが、理屈がわかった気がする。
>表現の自由と障がい者本人の人権との戦い
すごい
https://x.com/kuroinu_2501/status/2083791138432164014
なんかこの作品に関してよく目にする「露悪」って言葉、私が抱いてるのとはいささか異なるニュアンスで使われてるみたいなんだけど、そう感じてるの私だけ……?
“『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている。ここで言う『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味す”
”障害者の「害」にはマイナスイメージがあり、「みいちゃん」という呼び方には無意識に相手を大人として認めず、同じ人権を持つ対等の存在として扱わず、常に下に見る態度が含まれている”
「交通事故ゼロと言い続けないと~」「『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ~」この部分、人間に対し、綺麗事を捨ててもまともに対応するだろうという期待を捨てている前提が見える気がする。
"世に出したからには正当な批評や批判を受け止めろという話だ。"/亜月ねねちゃんと講談社マガポケ編集部ちゃんに覚悟があるわけないんだよなぁ。「みいちゃんは不幸になる才能がある」とか言ってたろあいつら。
「世に出すまではいい。表現の自由だと言うのであれば。でも、世に出したからには正当な批評や批判を受け止めろ」はい。ただ露悪系エンタメが不動の人気はないかと。一部でカルト的人気ぐらい。フィルターバブル案件
これも気持ちの上での反対、には違い無いんだが、ただのお気持ち表明とは違ってちゃんと中身があるな、これは。より最悪を知っている立場からすれば、あれを底と見られるのは筋が悪いってのはなるほどなーと感じた。
"でも自分は福祉の仕事をしているので『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている"/"『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味する"
たとえば「禁止される損壊行為には禁止されるだけの」(後略)と、なるか
リアルではなくて露悪エンタメは心の底から同意する。それを踏まえて特定個人の中傷に依らない表現は全てが許容されなければならないと反論する
"福祉の仕事/『綺麗事』を捨てたとたんに『理想』も死ぬ事を知っている/『理想の死』とは何も高尚な目的や主義主張の死ではなく、もっと単純に、そして具体的に『虐待の始まり』を意味する" これは「交通事故ゼロ
冷静に批判されてる。みい山アニメ化に反対している側が。 「目につく露悪的なフィクションを規制したいだけで、現実の障害福祉に目も向けないクセに」と見抜かれてる/表現の自由奪うと批判もできなくなるよブコメ
この場合は大体批判する側の方がまともな方が多い珍しいパターンである。40のババアについてる表自チン騎士よりどっちがよく読んでるんだか