「繰り返しますが、これは何かあったときに成り代わって責任を追及されるという類いの責任ではなく、覚悟としての責任です」
妥当
そもそも本件は表現の自由案件ではないのに、こういう創作者もそうだという誤解に囚われてるのなんだかなぁと思う。このアニメ化が差別を撒き散らすことにならない未来は相当原作に手を入れないと無いだろう
思いとしてはそうじゃないんじゃないかなぁ、というところもあるが、創作し表現する当事者としては私なんかより遥かに正当性があるので、そうかあ、と受け止める
センシティブネタだからお気持ち言及が多いだけであって、どんな表現だろうが覚悟は必要なんだよ。そしてフィクションの内容で起こる他人の行動に責任なんぞ取れるわけなかろ
『リエゾン』はすごく良いマンガだと思うので多くの人に読んでほしい。ただ人によっては読むのにエネルギーが必要な作品かもしれません。
表現の自由と当事者への配慮の板挟みで出版契約まで切る覚悟見せてるのは重みがあるな
踏み台にしたやまゆり園事件の被害者遺族に何か一言あっても良いんじゃないかな?
作品に対する覚悟と言っても作者自らみいちゃんを他人に対する蔑称として使ったり、編集もみいちゃんを風俗に売り飛ばしたキャバクラ店の店長を主役にして飯漫画やってるし覚悟から程遠いんじゃね。
『リエゾン』の掲載誌は講談社だよね。残念なことだ。/"「表現の自由は守られるべきですが、創作者として現実への影響という責任を放棄してほしくない」という思い" まあ、厳しく批判されるのも「自由」の結果だし。
表現の自由を侵害するというのは、国家権力や暴力のような強力な力によって制限されることであって、市井からの批判や要望で侵害されるなんてことはあり得ないよ。批判や要望も表現の自由なので。
”問題は作品を見せられることではなく、その作品をきっかけに現実で偏見や悪意にさらされることです” 「みいちゃん」呼びで嘲笑する人は現実に出てるし懸念はもっとも
僕の考えに一番近い。この人は講談社側にその「責任」への覚悟を感じられないから、もう仕事しないと明言してるのではないかな
「責任」とかいう言葉、こういう雑な使われ方するから、概念レベルで信用していない。そしてまず、『「表現」は世の中にどの様な影響を与えてもよい』という事くらいは前提レベルにしてから何かを論じてほしい。
創作が現実に影響を与えることはないと言ってる奴、創作を擁護しているようで矮小化しているよね。創作に憧れて何かをはじめるようなポジティブな影響があれば、当然ネガティブな影響もある。オタクならわかるだろ
外野が勝手に責任とれとか言い出した 「みいちゃん」というラベルが付いて認知されることを恐れてるんだな
表現の自由と現実への影響、バランスボールに乗るような難しさですわね。お見事ですの!
「嫌なら見るな」と"不安の声"が徹底否定されるのは、少しでも非があると認めたら潰されるような社会だからだよ。グレーが認められない社会では潔白と振る舞うしかないんだ。だって『みい山』は黒ではないのだから。
いや、覚悟責任みたいな精神論ではなく「何かあったときに成り代わって責任を追及されるという類いの責任」つまり民法上の責任と言うリスクこそちゃんと考えろって思いますよ。表現の自由は免責では無いです
表現の自由案件では無い。漫画まで制限するつもりはないし。アニメ化しても良いけど、ポケモンショックのような自主規制が生まれたら責任取って欲しい。/国旗を焼くのは国家に対する抗議なので。私は反対だけど。
納得いく感じではあった(でも講談社ともう仕事しない、は、このタイミングで言うことやろか? アニメが「ちゃんと」してたらどうすんの?)
"二度と掲載誌のモーニングやコミックDAYSとは関わるつもりはありません" 原作者は世に出した覚悟は出来ているだろうけど、企業はどうだろうね。関わった人の数だけ薄められ覚悟など口先だけになるだろうね
講談社も刹那的なアテンションと金のために、こういう真摯に題材と向き合い続けた本物の作家から見放されることとなり本当に愚かだね。
弾圧側は「表現の自由案件じゃない」と予防線張ってるけどアニメ含め作品発表の機会を奪い、それを正当化しようとするのは表現の自由案件だよ/対してnoteでも言及されてる通り、作品への批判に対する覚悟はあるべき
別のブクマでも言及したけど、表現の自由とは国や行政が国民の表現に干渉する場合に問題になるもので、受け手が拒否感を示したり反対運動をする場合に適用される概念ではありません
結局カネになるからやるんでしょう、としか言えない
アニメがギッタギタに魔改造してプロフェッショナルの仕事を見せつけて、単に悪口言いたいだけの連中に引導渡す運びにはならんかね。あまり追うつもりもないので分からない
この話題くらい『作者、そこまで考えてないと思うよ』がピッタリな話題もない
制作者を軽蔑する!とか言ってるのも、結局は障害者に関わるからそうなるんだなと思うし、もう社会全体で関わるな、触るな、無視しろで解決な気がする。関わったら碌なことないってのが騒動見てて1番感じたことだわ
国旗損壊罪に反対して「国旗を焼かせろ、これも表現の自由だ」と言っていたはずの人達が、それと完全に逆方向の動きを自らするにあたって「これは表現の自由案件ではない」と言っている…欺瞞もいいところですね。
“投稿前から決めていた発言の責任として、二度と掲載誌のモーニングやコミックDAYSとは関わるつもりはありません。” 強い批判の気持ちと覚悟を感じる。表現の自由はそれ自体守るが、相応の責任も要求している
竹村先生のご意見に完全に賛同します。創作物が現実の社会や人に影響を与えることはあるし、「嫌なら見るな」で済む話でもない。関係者は心してほしい。
「覚悟をしろ」っていってるけと、どの程度のレベルの覚悟を想定してるの?仮にこの作品をキッカケにイジメが発生して自殺者が出たとした場合に作者にどの程度の責を負わせるつもりなのか言ってくれないと。
「漫画は教材である必要はありません」それな。本作を差別嘲笑ネタに使う人は俺も軽蔑するが漫画ほかのエンタメに登場する障害者や外国人や同性愛者などは全員清廉な善人に描かないといけないという考え方はおかしい
この作品って、みんなに虐げられる みいちゃん を読者に楽しんでもらうためのコンテンツになってると思うのですが😰 追記(FX戦士とかドカ食いもこれと同類のコンテンツだと思う
誰も具体的に言わないんだけど「表現の責任」って一体何?誰も理解してないから具体的に言わないんじゃないのか。みい山が法で罰せられる漫画だとは全く思えない。差別する奴が悪いだけ
創作は包丁みたいなものだよ。それ自体がどうかと言うことは少ないが凶器になったり道具になったりする。作り手が問われる責任は存在ではなく取り扱い方。
覚悟や責任を持って欲しい、持つべきではあるが、持っていなければ作品を発表できないと言う様に他者を縛ることができる訳ではないんだよね。作品が与えた影響やそれに対する批判のツケは作者に返ってくるのだけど。
品性って、他人に強要するものじゃないからなぁ。品性が合わない人とはこうやって「距離を取る(縁を切る)」のは一つのやり方だと思う。
こういう人たちの言うところの「覚悟」って何なんだろう。至る所で見かけるのだけど覚悟が何なのか気になる。腹切りしろってことなの?具体的に何なのか明言してほしい。
深夜のドキュメンタリーでも夜職の人にフォーカスを当てた番組があったりするけどそれと同じだと思っている。自分では声を上げることができない弱者の存在を拾い上げることも社会には必要では。
この件、虐待児の物語であるタコピーでキャッキャしてたはてなーが正義面してるのほんと笑える。/ドカ食い大好きもちづきさんもそうか強迫性障害だな。
とてもよく考えられていて自分ができる範囲のことを精一杯表明しているという印象。大人な文章なので、文章の背景や裏を読み取れない人からの批判も出ているが、それでも表明すべきと決心されたのだろう
まあ、批判や抗議こそもっとも表現の自由で守られなければいけないものの一つだからな。表自はいつも批判や抗議は表現の自由の侵害だとかなんとか完全に間違った意味不明なことを言ってるがw
「ケーキを切れない非行少年たち」を読んで「お前ケーキ切れなさそう」とか言われた人もいるよね。作者はどう責任を取るべきなの?どういう覚悟が必要なの?
この文章、地味に講談社への批判だったりする?
覚悟に関しては批判される覚悟、全無視すればいいが通用しない痛烈批判が来たら対処する覚悟やろな普通に。責任については、作品の内容全て、これを私は描いた、出版した、アニメ化したってことを自動的に負ってる。
自分の地元であった凄惨な事件を扇情的に描いた漫画とかこんな感じだろうなと思う(その漫画でしかその地名を理解してない人が多数、みたいな)。しかし、「不適切だと思うこと」と反対運動との距離は大きい。
関連にでてきたこれが衝撃 https://assets.st-note.com/img/1785241587-Ys3Gpx0ndyQjKtDm645OwvIe.png 他人の家で売春したキャラのデフォルメを抜いた(作中で)おぞましいとされるグッズが「当たり」ます でボケる公式きついて
現状にキレた結果として断筆を選んでいた昔の作家は立派だな
“「表現の自由は守られるべきですが、創作者として現実への影響という責任を放棄してほしくない」”
日本特定患者群連絡医師団
見世物小屋みたいなことで売っている作品に、無理やり社会派の皮をかぶせたプロモーションをしたことは逆効果だった。
覚悟とか責任というものは責任者がきちんと所在を明かして作品の影響、反響を受け止める事だと思う。アニメみいちゃんと山田さんは現時点でどこが関わってて誰が責任者なのかわからないし、声の送り先もない。
読者がマイナーな自分の原作の名称を知っているという前提を投げてきたり、この作品に関して言えば完全に部外者なのに易易コメントできる図太さは尊敬する
“問題は作品を見せられることではなく、その作品をきっかけに現実で偏見や悪意にさらされること” 刑事ドラマのせいで、逮捕が罰のように思われ、裁判結果出る前に有罪扱いされてしまう、みたいな?
だいたい同意見。まあ責任と向き合った上で商業的成功を収めるのは無理なんじゃないかと思っているけども。元が無自覚な悪意を垂れ流している作品なので、自覚したらもう別物になっちゃう。どうするんだろね。
“投稿前から決めていた発言の責任として、二度と掲載誌のモーニングやコミックDAYSとは関わるつもりはありません。”
国や政府ではなく、まさに市民により左派系の言説がキャンセルされる際にも、それは表現の自由の問題ではないと言えるかと考えると、国や政府が関与しないから表現の自由の問題ではないという立場は危ういね。
たとえ作者自身が侮蔑的に使ってたとしても「侮蔑が起こるからダメ」は、みいちゃんに対し「目立つ場所に出てくるな」と言い放つ要素を持ってしまう。そういう構造を持つこと自体、作者の悪意ではあるだろうけど。
民主主義的に「(将来的問題なり感情なり)なんだかんだ理屈をつけ」表現の自由を抑える事を是とするなら、習首席が表現の自由を抑えてることと本質的差異はないように思える、要は持つ力の源泉差だけであって。
作品を批判する権利も要望する権利もあるけど、批判も要望も聞き入れない権利だってあるし、作品作りにそこまでする責任もない。一切の忖度なしにアニメ化して欲しい。
原作読んだことがないのでTwitterやブコメ見て内容を察した。アニメやマンガでは一時的にこういうシーンは出てくるものの、それがメインとなると確かにきついものはあるな…。表現の自由についてはなんともいえない
「どうでもいい」なんだろうな、向こうにとっては。
たとえば反ワクチン陰謀論の漫画がもし爆発的に人気出て、アニメ化して最終的にRFK.Jr.みたいな政治家が出たら…という危惧は耐えられない人もいるだろうな。反対運動には参加しないが、その運動意義は理解する
表現の自由は対国家で規定されるものだけど、不謹慎だ!で自粛を求める先には、「不敬」「非国民」で表現者を萎縮させる未来と地続きではあるよ。
「覚悟としての責任を持って欲しい」こんな言葉はない。「覚悟を持ってほしい」か「責任を取る覚悟をして欲しい」でしょ。責任を取るというのはその結果に対する償いや対応に応じることです。それ以外の意味はない
別にアニメ化をやめろと言われても作り続ける自由はありますよ/批判されたくらいで取り下げるなら表現の自由なんか関係なくもとよりやる気が足りなかっただけ
最初に「責任」という表現をしてバズったから言葉が変になってるけど、この文脈なら最初から最後まで覚悟としておいた方が変な担がれ方をしなかったのでは?
ネガティブな影響が出る"かもしれない"という段階で批判してるのがまるでダメでしょ。有害な事象が起こった、または明らかに有害な事象を引き起こすものじゃないと抑圧すべきではない。善悪で語らず好悪で語るべき。
クルド人差別と実際にクルド人を殺害するのは「地続き」なので差別の段階で完全に撲滅しておくべき
娘が『みいちゃん』と呼ばれてバカにされ不登校になったとの連絡があった」←ヤフーニュースでこれが書かれてる記事あったけど、嘘だと思うんだよな。炎上PV目当てに創作で書いてると思う。この件は作られた炎上だ
チ。とかの時点で倫理的に終わってたから、みぃ山でどうこう言うのも良くないと思う。
結局これは作者宛というより作者を通して読者に投げかけられてるんじゃないか。ここまでみい山が日の目を浴びなければ場末の作品がなんか言ってるで流されてた。バズる、話題にすることの品性を問われている
「みいちゃんと山田さん」について、リエゾン原作者としての意見|竹村優作(リエゾン等 原作者)
「繰り返しますが、これは何かあったときに成り代わって責任を追及されるという類いの責任ではなく、覚悟としての責任です」
妥当
そもそも本件は表現の自由案件ではないのに、こういう創作者もそうだという誤解に囚われてるのなんだかなぁと思う。このアニメ化が差別を撒き散らすことにならない未来は相当原作に手を入れないと無いだろう
思いとしてはそうじゃないんじゃないかなぁ、というところもあるが、創作し表現する当事者としては私なんかより遥かに正当性があるので、そうかあ、と受け止める
センシティブネタだからお気持ち言及が多いだけであって、どんな表現だろうが覚悟は必要なんだよ。そしてフィクションの内容で起こる他人の行動に責任なんぞ取れるわけなかろ
『リエゾン』はすごく良いマンガだと思うので多くの人に読んでほしい。ただ人によっては読むのにエネルギーが必要な作品かもしれません。
表現の自由と当事者への配慮の板挟みで出版契約まで切る覚悟見せてるのは重みがあるな
踏み台にしたやまゆり園事件の被害者遺族に何か一言あっても良いんじゃないかな?
作品に対する覚悟と言っても作者自らみいちゃんを他人に対する蔑称として使ったり、編集もみいちゃんを風俗に売り飛ばしたキャバクラ店の店長を主役にして飯漫画やってるし覚悟から程遠いんじゃね。
『リエゾン』の掲載誌は講談社だよね。残念なことだ。/"「表現の自由は守られるべきですが、創作者として現実への影響という責任を放棄してほしくない」という思い" まあ、厳しく批判されるのも「自由」の結果だし。
表現の自由を侵害するというのは、国家権力や暴力のような強力な力によって制限されることであって、市井からの批判や要望で侵害されるなんてことはあり得ないよ。批判や要望も表現の自由なので。
”問題は作品を見せられることではなく、その作品をきっかけに現実で偏見や悪意にさらされることです” 「みいちゃん」呼びで嘲笑する人は現実に出てるし懸念はもっとも
僕の考えに一番近い。この人は講談社側にその「責任」への覚悟を感じられないから、もう仕事しないと明言してるのではないかな
「責任」とかいう言葉、こういう雑な使われ方するから、概念レベルで信用していない。そしてまず、『「表現」は世の中にどの様な影響を与えてもよい』という事くらいは前提レベルにしてから何かを論じてほしい。
創作が現実に影響を与えることはないと言ってる奴、創作を擁護しているようで矮小化しているよね。創作に憧れて何かをはじめるようなポジティブな影響があれば、当然ネガティブな影響もある。オタクならわかるだろ
外野が勝手に責任とれとか言い出した 「みいちゃん」というラベルが付いて認知されることを恐れてるんだな
表現の自由と現実への影響、バランスボールに乗るような難しさですわね。お見事ですの!
「嫌なら見るな」と"不安の声"が徹底否定されるのは、少しでも非があると認めたら潰されるような社会だからだよ。グレーが認められない社会では潔白と振る舞うしかないんだ。だって『みい山』は黒ではないのだから。
いや、覚悟責任みたいな精神論ではなく「何かあったときに成り代わって責任を追及されるという類いの責任」つまり民法上の責任と言うリスクこそちゃんと考えろって思いますよ。表現の自由は免責では無いです
表現の自由案件では無い。漫画まで制限するつもりはないし。アニメ化しても良いけど、ポケモンショックのような自主規制が生まれたら責任取って欲しい。/国旗を焼くのは国家に対する抗議なので。私は反対だけど。
納得いく感じではあった(でも講談社ともう仕事しない、は、このタイミングで言うことやろか? アニメが「ちゃんと」してたらどうすんの?)
"二度と掲載誌のモーニングやコミックDAYSとは関わるつもりはありません" 原作者は世に出した覚悟は出来ているだろうけど、企業はどうだろうね。関わった人の数だけ薄められ覚悟など口先だけになるだろうね
講談社も刹那的なアテンションと金のために、こういう真摯に題材と向き合い続けた本物の作家から見放されることとなり本当に愚かだね。
弾圧側は「表現の自由案件じゃない」と予防線張ってるけどアニメ含め作品発表の機会を奪い、それを正当化しようとするのは表現の自由案件だよ/対してnoteでも言及されてる通り、作品への批判に対する覚悟はあるべき
別のブクマでも言及したけど、表現の自由とは国や行政が国民の表現に干渉する場合に問題になるもので、受け手が拒否感を示したり反対運動をする場合に適用される概念ではありません
結局カネになるからやるんでしょう、としか言えない
アニメがギッタギタに魔改造してプロフェッショナルの仕事を見せつけて、単に悪口言いたいだけの連中に引導渡す運びにはならんかね。あまり追うつもりもないので分からない
この話題くらい『作者、そこまで考えてないと思うよ』がピッタリな話題もない
制作者を軽蔑する!とか言ってるのも、結局は障害者に関わるからそうなるんだなと思うし、もう社会全体で関わるな、触るな、無視しろで解決な気がする。関わったら碌なことないってのが騒動見てて1番感じたことだわ
国旗損壊罪に反対して「国旗を焼かせろ、これも表現の自由だ」と言っていたはずの人達が、それと完全に逆方向の動きを自らするにあたって「これは表現の自由案件ではない」と言っている…欺瞞もいいところですね。
“投稿前から決めていた発言の責任として、二度と掲載誌のモーニングやコミックDAYSとは関わるつもりはありません。” 強い批判の気持ちと覚悟を感じる。表現の自由はそれ自体守るが、相応の責任も要求している
竹村先生のご意見に完全に賛同します。創作物が現実の社会や人に影響を与えることはあるし、「嫌なら見るな」で済む話でもない。関係者は心してほしい。
「覚悟をしろ」っていってるけと、どの程度のレベルの覚悟を想定してるの?仮にこの作品をキッカケにイジメが発生して自殺者が出たとした場合に作者にどの程度の責を負わせるつもりなのか言ってくれないと。
「漫画は教材である必要はありません」それな。本作を差別嘲笑ネタに使う人は俺も軽蔑するが漫画ほかのエンタメに登場する障害者や外国人や同性愛者などは全員清廉な善人に描かないといけないという考え方はおかしい
この作品って、みんなに虐げられる みいちゃん を読者に楽しんでもらうためのコンテンツになってると思うのですが😰 追記(FX戦士とかドカ食いもこれと同類のコンテンツだと思う
誰も具体的に言わないんだけど「表現の責任」って一体何?誰も理解してないから具体的に言わないんじゃないのか。みい山が法で罰せられる漫画だとは全く思えない。差別する奴が悪いだけ
創作は包丁みたいなものだよ。それ自体がどうかと言うことは少ないが凶器になったり道具になったりする。作り手が問われる責任は存在ではなく取り扱い方。
覚悟や責任を持って欲しい、持つべきではあるが、持っていなければ作品を発表できないと言う様に他者を縛ることができる訳ではないんだよね。作品が与えた影響やそれに対する批判のツケは作者に返ってくるのだけど。
品性って、他人に強要するものじゃないからなぁ。品性が合わない人とはこうやって「距離を取る(縁を切る)」のは一つのやり方だと思う。
こういう人たちの言うところの「覚悟」って何なんだろう。至る所で見かけるのだけど覚悟が何なのか気になる。腹切りしろってことなの?具体的に何なのか明言してほしい。
深夜のドキュメンタリーでも夜職の人にフォーカスを当てた番組があったりするけどそれと同じだと思っている。自分では声を上げることができない弱者の存在を拾い上げることも社会には必要では。
この件、虐待児の物語であるタコピーでキャッキャしてたはてなーが正義面してるのほんと笑える。/ドカ食い大好きもちづきさんもそうか強迫性障害だな。
とてもよく考えられていて自分ができる範囲のことを精一杯表明しているという印象。大人な文章なので、文章の背景や裏を読み取れない人からの批判も出ているが、それでも表明すべきと決心されたのだろう
まあ、批判や抗議こそもっとも表現の自由で守られなければいけないものの一つだからな。表自はいつも批判や抗議は表現の自由の侵害だとかなんとか完全に間違った意味不明なことを言ってるがw
「ケーキを切れない非行少年たち」を読んで「お前ケーキ切れなさそう」とか言われた人もいるよね。作者はどう責任を取るべきなの?どういう覚悟が必要なの?
この文章、地味に講談社への批判だったりする?
覚悟に関しては批判される覚悟、全無視すればいいが通用しない痛烈批判が来たら対処する覚悟やろな普通に。責任については、作品の内容全て、これを私は描いた、出版した、アニメ化したってことを自動的に負ってる。
自分の地元であった凄惨な事件を扇情的に描いた漫画とかこんな感じだろうなと思う(その漫画でしかその地名を理解してない人が多数、みたいな)。しかし、「不適切だと思うこと」と反対運動との距離は大きい。
関連にでてきたこれが衝撃 https://assets.st-note.com/img/1785241587-Ys3Gpx0ndyQjKtDm645OwvIe.png 他人の家で売春したキャラのデフォルメを抜いた(作中で)おぞましいとされるグッズが「当たり」ます でボケる公式きついて
現状にキレた結果として断筆を選んでいた昔の作家は立派だな
“「表現の自由は守られるべきですが、創作者として現実への影響という責任を放棄してほしくない」”
日本特定患者群連絡医師団
見世物小屋みたいなことで売っている作品に、無理やり社会派の皮をかぶせたプロモーションをしたことは逆効果だった。
覚悟とか責任というものは責任者がきちんと所在を明かして作品の影響、反響を受け止める事だと思う。アニメみいちゃんと山田さんは現時点でどこが関わってて誰が責任者なのかわからないし、声の送り先もない。
読者がマイナーな自分の原作の名称を知っているという前提を投げてきたり、この作品に関して言えば完全に部外者なのに易易コメントできる図太さは尊敬する
“問題は作品を見せられることではなく、その作品をきっかけに現実で偏見や悪意にさらされること” 刑事ドラマのせいで、逮捕が罰のように思われ、裁判結果出る前に有罪扱いされてしまう、みたいな?
だいたい同意見。まあ責任と向き合った上で商業的成功を収めるのは無理なんじゃないかと思っているけども。元が無自覚な悪意を垂れ流している作品なので、自覚したらもう別物になっちゃう。どうするんだろね。
“投稿前から決めていた発言の責任として、二度と掲載誌のモーニングやコミックDAYSとは関わるつもりはありません。”
国や政府ではなく、まさに市民により左派系の言説がキャンセルされる際にも、それは表現の自由の問題ではないと言えるかと考えると、国や政府が関与しないから表現の自由の問題ではないという立場は危ういね。
たとえ作者自身が侮蔑的に使ってたとしても「侮蔑が起こるからダメ」は、みいちゃんに対し「目立つ場所に出てくるな」と言い放つ要素を持ってしまう。そういう構造を持つこと自体、作者の悪意ではあるだろうけど。
民主主義的に「(将来的問題なり感情なり)なんだかんだ理屈をつけ」表現の自由を抑える事を是とするなら、習首席が表現の自由を抑えてることと本質的差異はないように思える、要は持つ力の源泉差だけであって。
作品を批判する権利も要望する権利もあるけど、批判も要望も聞き入れない権利だってあるし、作品作りにそこまでする責任もない。一切の忖度なしにアニメ化して欲しい。
原作読んだことがないのでTwitterやブコメ見て内容を察した。アニメやマンガでは一時的にこういうシーンは出てくるものの、それがメインとなると確かにきついものはあるな…。表現の自由についてはなんともいえない
「どうでもいい」なんだろうな、向こうにとっては。
たとえば反ワクチン陰謀論の漫画がもし爆発的に人気出て、アニメ化して最終的にRFK.Jr.みたいな政治家が出たら…という危惧は耐えられない人もいるだろうな。反対運動には参加しないが、その運動意義は理解する
表現の自由は対国家で規定されるものだけど、不謹慎だ!で自粛を求める先には、「不敬」「非国民」で表現者を萎縮させる未来と地続きではあるよ。
「覚悟としての責任を持って欲しい」こんな言葉はない。「覚悟を持ってほしい」か「責任を取る覚悟をして欲しい」でしょ。責任を取るというのはその結果に対する償いや対応に応じることです。それ以外の意味はない
別にアニメ化をやめろと言われても作り続ける自由はありますよ/批判されたくらいで取り下げるなら表現の自由なんか関係なくもとよりやる気が足りなかっただけ
最初に「責任」という表現をしてバズったから言葉が変になってるけど、この文脈なら最初から最後まで覚悟としておいた方が変な担がれ方をしなかったのでは?
ネガティブな影響が出る"かもしれない"という段階で批判してるのがまるでダメでしょ。有害な事象が起こった、または明らかに有害な事象を引き起こすものじゃないと抑圧すべきではない。善悪で語らず好悪で語るべき。
クルド人差別と実際にクルド人を殺害するのは「地続き」なので差別の段階で完全に撲滅しておくべき
娘が『みいちゃん』と呼ばれてバカにされ不登校になったとの連絡があった」←ヤフーニュースでこれが書かれてる記事あったけど、嘘だと思うんだよな。炎上PV目当てに創作で書いてると思う。この件は作られた炎上だ
チ。とかの時点で倫理的に終わってたから、みぃ山でどうこう言うのも良くないと思う。
結局これは作者宛というより作者を通して読者に投げかけられてるんじゃないか。ここまでみい山が日の目を浴びなければ場末の作品がなんか言ってるで流されてた。バズる、話題にすることの品性を問われている