人権派は「リソースが足りなくなったらどうする?」には答えないんだよな。自分以外の誰かと国が限界まで支えるべきだとしか言わない。
人権(の擁護)を敵視する人間が往々にして自分の存在を否定せずにいられるのは面白いとは思う
「絶対に訴えないから」といっておいて事が起こってから何も知らない親族が騒ぎ出すまでがデフォだから。。。
自分が障害者になったらすぐ自殺するんかなこいつら。
「死にたい」と思っても、実際は「痛みを減らしたい」「苦しみに耐えられない」「金が欲しい」だったりするので、死以外の方法で解決したり軽減したりする。「殺してほしい」もそうだろう
やまゆり園の話は俺は肯定も否定も出来へん、それくらい重いし罪深い
誰かの人権を認めると、誰かの人権が消え失せる…… (痰吸引などの24時間介護の必要があると入所出来ないなど)
山ゆり園の事件の影響で知的障害分野で社会福祉士取ったけど、知的障害者のこととか教養として知られるべき。不知が恐怖を生み、恐怖が差別を生む。
障害
重度知的障害の68歳叔母を看取った、86歳の祖母が「これで心残りがなくなった」と言ってた。子供の精神と知能だけが4-5歳のまま、60年以上親の責任を負い続ける重さ想像できなかった。だからこれも批判できない。
"でも子供を殺してほしいと言うよりは本当は子供ごと私を助けてよだと思うので"
「リソースが足りなくなったら」の人は、実際に足りなくなったら、自ら口減らしして回るのかな。他人や国任せにはしないんだよね?
愛情と苦悩が交錯する親の心、理解には知識と共感が必要ですわね。
こんな妄言かもしれないものに反応したら負けだろ
「死んでよかった」の親御さんの元ネタはたぶんこれだが、有料部分も読むと全く違う文脈の話とわかると思う。 有料記事がプレゼントされました! https://digital.asahi.com/articles/ASRD96V6HRC5ULOB00W.html?ptoken=01KYNAV2SYCWDC0EDBAGZM948S
友人から聞いた話のはずが、途中から自分が聞いたことになってるのでよくわからなくなった
訴えるとか訴えないとかの問題ではなく、刑事事件だろ。頼んだ時点で既に犯罪だが。
障碍者がこの世からいなくなって困るのって、施設側なんじゃないの?障碍者から金を吸い上げてるのって施設だから、本当に始末して欲しいなら頼む相手が違うよね。
施設職員や福祉職の人、そんな重積を担ってるはずなのに給与激安だよね
障害者はいなくなって欲しい。でもこれは死んで欲しいではないんだよね。障害が治ればそれが一番良いわけじゃん。いま治療法がないからこんな悲しい考えが起こるんだよ
そう言えちゃう空気がヤバいね。本心はそうでも悲劇の親を演じちゃう。それができないレベルならそこは地獄だった。
ガイジ産んだ女は実質詰みの世の中なのでしゃーない。男は逃げられるが女は逃げられない。昔なら生まれてすぐ締めるとか座敷牢に入れるとかして次の子供に賭けられたが今はそれもできん
仕方ないこととはいえみなさんそう思ってしまうのは実は「身長170と171」「偏差値65と66」無視できるほど微小な差異のほうこそ競争が熾烈で一瞬の失敗も許されずねたみ嫉みも陰湿(他人は誰も守ってくれすらしない)だから
また聞きのまた聞きでは信頼性も薄い。
リソース云々言っている人、まるで自分がリソースを食わない無垢な存在だと思ってそうでウケる。自分が食べてきたパンの枚数も数えられないのに?障害者も健常者も他人のリソースを消費している点で何ら変わらない。
“子供を殺してほしいと言うよりは本当は子供ごと私を助けてよだと思うので。植松正当化に使われるのは違うと思うわ” と続きのポストがありますね。死にたいのでも殺して欲しいのでもなく救って欲しいんだよ
介護疲れで親を殺すニュースも度々起こるのだから、手のかかる子供の世話に疲れて子殺しを企む人が発生しても何らおかしいことではない。産後鬱みたいに寝不足で頭おかしくなる時期だって普通にあるのだし
そういう考え方も存在することを想定すんのは健全だよ。これから未婚の氷河期世代は親の介護で近い状況にぶち当たる。
"靴のまま電車の座席にガキ立たせる親なんかを温かい目で見守るべきみたいな風潮" って否定的に言うけど、そのガキが障害児かもしれないから親を責めないでいてあげようって、ツイ主の望むようになってるのでは
「リソース足りなくなったら」って言うけど、この事件って既にリソース足りないから起きた事件だと思うんだけど。リソースってアタマカズだけの話じゃないと思うし。現実的な解決は介護職を超高待遇にするくらいかな
自分の親や、自分が老人になった時のことを考えずに、「老人の福祉を減らせ」と言っている人と共通の匂いがする
この世には誰かの犠牲やコストで自分をよく見せようとするゴミのような存在がいる。どんなにリソースを払っても障がい者を助けるべきだみたいなやつとかな。言っとくが当事者にとってお前は悪人だぞ?
美辞麗句じゃ済まない現場と家族の苦悩は根が深すぎる
リソースは足りなくなることもある、ただあらかじめ人命に関して「リソースが足りなくなったら誰からどうする」をルールにするのは極めて慎重にならんと。「その場でみんなで考える」ことって重要だと思う
「子供を殺してほしいと言うよりは本当は子供ごと私を助けてよだと思う」その本音を、障害はあるが、子供も私も幸せだ、に変え得る政治が求められる。
“普通他人に言えないんだよな子供を殺してほしいと思ってるとか。でも子供を殺してほしいと言うよりは本当は子供ごと私を助けてよだと思うので。植松正当化に使われるのは違うと思うわ”
俺は精神2級の障害者だけどこのまま他人や世の中に迷惑かけるだけの存在なら死んだ方が世の為だと思い何度も自殺をしたが未遂だった。確実に死ねる手段があったら自殺する当事者ってどのくらい居るのだろう。
自分はリソースを食わない無垢な存在と思ってそう云々ってすごい藁人形だな。誰でもリソースを食うと同時に提供してて赤字がどれくらいで維持可能かの話だろう。無論それを理由に切り捨てていいのかは別の問題だが
せめて責任からは逃げるなよ。頼る相手に押し付けてんじゃねえ
AIとロボットに任せよう
成人徴兵制にして、徴兵を免除されるためには老人、障碍者ホームのための納税か施設ボランティアかを選ばせる仕組みにすれば良いのでは。ドイツ式。私の一族は納税を選ぶだろうが。加えて胎児の検査を無料にすれば?
リソースの話がどこから出てきたかわからんが、足りなくなっても、自分を含めて周りでどうにかするしかないよね。嫌なら憲法を改憲して平等主義をやめないといけない。
当事者でもない人間が当事者の言葉を勝手に解釈して持論の補強に使うの、めちゃくちゃグロテスクじゃないか?『思うので』って・・ "子供を殺してほしいと言うよりは本当は子供ごと私を助けてよだと思うので。"
死ねばいいのにって、わるぐちとしては珍しくないんよね。ガスぬきとして対応できない状況や心境はあるけれど、ガチの悪意の大義名分にされないよう気をつけてね。
苦しみには同情を。差別には反対を。
石を投げる奴はせめて世話を引き受けないといけないよな。天皇の祖先も障害児を海に流した。
「障害を持つ子を殺さざるを得ないように思わされるまで追い詰められる親たち」という社会問題については、まさにそのもののタイトルである『殺す親 殺させられる親』という書籍があるのでご参考まで。
“本当は子供ごと私を助けてよだと思うので。植松正当化に使われるのは違うと思うわ”
「絶対に訴えない」と言ってる人も、いざ弁護士に「訴えたらn千万円貰えますよ」と言われたらどう動くか分からないよね
愚痴にマジレスしないでという話。//ただ自分が愚痴られる側になった時にそう受け止めてやれるかと言えば。「死んでほしい」はまだしも、こちらに押し付けるようなこと言われたら「テメェでやれ」と思っちゃいそう。
まあ当たり前だけど、大事なのはリソースを消費してるかではなく、生産してるかで、その余剰生産からおこぼれもらって生きてるかどうかが違いなんじゃないの。
「救って欲しい、それができない社会だから/死にたい、殺して欲しいと思うほどつらい」という話なのに、後半だけ都合良く利用する人が多そうだなあ。それがまさに悩んでいり障害者家族を救えていないと言うことなの
頭の悪い有害な言説を垂れ流してる人間の方が社会のリソースをドカ食いしているので口閉じた方が世の中のためになりますよ。
みんな大好き日本医療においても、リソースで療法が決まってるんだよ、技術水準だけじゃないんだよ リソースを意識しないこの種の論には腹が立つし、単純に言葉として弱い
死よりも魅力あるものなんてまやかし
“53歳で姉が亡くなった時には、「私より先に逝ってくれて本当に良かった」と繰り返してた”重度障碍者の親御さんたちは常にアンビバレントな感情を持ってる.一義的に評することが論外.
リソースが足りないうんぬんに賛同している人らはリソースが足りないからどうするべきだと思ってるんだろう?当事者がそう言うのだからそのような制度を作れってこと?金が無いから死にましょうみたいな。
リソースの赤字というけど、私達の社会はリソースが足りないわけじゃないよ。巨額の軍事費、イベント費用、福島第一の処理もろもろ。リソースが足りないから諦めろじゃなくて、リソースを割り当てろじゃないの?
血縁関係のない障害者と毎日会うといいよ。良くも悪くも見る目変わる。
リソース足りない派は、どうしたいってわけでなく、単にこれ以上要求するなと言ってるんだと思うよ。減らせと言ってなくて、増やすなと言ってるものと理解してるんだけど。
リソース云々の話は大事だが、すぐに生死の話になるのは短絡しすぎ。「いかに手間暇をかけず幸福度を上げるか」についてまず考えた方が建設的だと思うし、大半の現場や制度設計側はそれを必死でやってる。
青い芝の会を皆知らなさそう。親が面倒見なきゃならない社会の問題だよね。
やっぱしこの手の領域は黙って理性でまつりごとを進めるしかねえんだよね、と改めて。私はいちおう重度心身障害者の成年後見人で、障害者職業生活相談員で、特例子会社設立もしたので、双方の当事者でございます。
「子が死んで楽になってしまった」増田を思い出させる。https://anond.hatelabo.jp/20220327100332
医学の進歩に伴い助けられるからって無理矢理生かした挙げ句に周囲の人間が不幸になってるんじゃ本末転倒なんだよ
「殺すことを考えるほど追い詰められた親」と「植松」は同じコインの表と裏である。その解決のための責任は「社会=私たち」が持っていることを忘れてはならないと思う
役立たずと言われてサポートされなかった氷河期世代としては、賛同と反対の複雑な心境がある。自分もそこに分類されるおそれもあり、サポートされてこなかったという思いもあり
何か言い返したくてid:negichyovnaのブコメに星を付けているくらいなら、この機会にもう少し深く考えた方がいいと思うがな。
施設で働いている友人曰く「絶対に訴えないのでこの子(利用者)を脱走させるか何かして始末してほしい」ということを言ってくる親が実際にいるらしい→障碍を持つ人の家族が抱えるシビアな本音にまつわる話
人権派は「リソースが足りなくなったらどうする?」には答えないんだよな。自分以外の誰かと国が限界まで支えるべきだとしか言わない。
人権(の擁護)を敵視する人間が往々にして自分の存在を否定せずにいられるのは面白いとは思う
「絶対に訴えないから」といっておいて事が起こってから何も知らない親族が騒ぎ出すまでがデフォだから。。。
自分が障害者になったらすぐ自殺するんかなこいつら。
「死にたい」と思っても、実際は「痛みを減らしたい」「苦しみに耐えられない」「金が欲しい」だったりするので、死以外の方法で解決したり軽減したりする。「殺してほしい」もそうだろう
やまゆり園の話は俺は肯定も否定も出来へん、それくらい重いし罪深い
誰かの人権を認めると、誰かの人権が消え失せる…… (痰吸引などの24時間介護の必要があると入所出来ないなど)
山ゆり園の事件の影響で知的障害分野で社会福祉士取ったけど、知的障害者のこととか教養として知られるべき。不知が恐怖を生み、恐怖が差別を生む。
障害
重度知的障害の68歳叔母を看取った、86歳の祖母が「これで心残りがなくなった」と言ってた。子供の精神と知能だけが4-5歳のまま、60年以上親の責任を負い続ける重さ想像できなかった。だからこれも批判できない。
"でも子供を殺してほしいと言うよりは本当は子供ごと私を助けてよだと思うので"
「リソースが足りなくなったら」の人は、実際に足りなくなったら、自ら口減らしして回るのかな。他人や国任せにはしないんだよね?
愛情と苦悩が交錯する親の心、理解には知識と共感が必要ですわね。
こんな妄言かもしれないものに反応したら負けだろ
「死んでよかった」の親御さんの元ネタはたぶんこれだが、有料部分も読むと全く違う文脈の話とわかると思う。 有料記事がプレゼントされました! https://digital.asahi.com/articles/ASRD96V6HRC5ULOB00W.html?ptoken=01KYNAV2SYCWDC0EDBAGZM948S
友人から聞いた話のはずが、途中から自分が聞いたことになってるのでよくわからなくなった
訴えるとか訴えないとかの問題ではなく、刑事事件だろ。頼んだ時点で既に犯罪だが。
障碍者がこの世からいなくなって困るのって、施設側なんじゃないの?障碍者から金を吸い上げてるのって施設だから、本当に始末して欲しいなら頼む相手が違うよね。
施設職員や福祉職の人、そんな重積を担ってるはずなのに給与激安だよね
障害者はいなくなって欲しい。でもこれは死んで欲しいではないんだよね。障害が治ればそれが一番良いわけじゃん。いま治療法がないからこんな悲しい考えが起こるんだよ
そう言えちゃう空気がヤバいね。本心はそうでも悲劇の親を演じちゃう。それができないレベルならそこは地獄だった。
ガイジ産んだ女は実質詰みの世の中なのでしゃーない。男は逃げられるが女は逃げられない。昔なら生まれてすぐ締めるとか座敷牢に入れるとかして次の子供に賭けられたが今はそれもできん
仕方ないこととはいえみなさんそう思ってしまうのは実は「身長170と171」「偏差値65と66」無視できるほど微小な差異のほうこそ競争が熾烈で一瞬の失敗も許されずねたみ嫉みも陰湿(他人は誰も守ってくれすらしない)だから
また聞きのまた聞きでは信頼性も薄い。
リソース云々言っている人、まるで自分がリソースを食わない無垢な存在だと思ってそうでウケる。自分が食べてきたパンの枚数も数えられないのに?障害者も健常者も他人のリソースを消費している点で何ら変わらない。
“子供を殺してほしいと言うよりは本当は子供ごと私を助けてよだと思うので。植松正当化に使われるのは違うと思うわ” と続きのポストがありますね。死にたいのでも殺して欲しいのでもなく救って欲しいんだよ
介護疲れで親を殺すニュースも度々起こるのだから、手のかかる子供の世話に疲れて子殺しを企む人が発生しても何らおかしいことではない。産後鬱みたいに寝不足で頭おかしくなる時期だって普通にあるのだし
そういう考え方も存在することを想定すんのは健全だよ。これから未婚の氷河期世代は親の介護で近い状況にぶち当たる。
"靴のまま電車の座席にガキ立たせる親なんかを温かい目で見守るべきみたいな風潮" って否定的に言うけど、そのガキが障害児かもしれないから親を責めないでいてあげようって、ツイ主の望むようになってるのでは
「リソース足りなくなったら」って言うけど、この事件って既にリソース足りないから起きた事件だと思うんだけど。リソースってアタマカズだけの話じゃないと思うし。現実的な解決は介護職を超高待遇にするくらいかな
自分の親や、自分が老人になった時のことを考えずに、「老人の福祉を減らせ」と言っている人と共通の匂いがする
この世には誰かの犠牲やコストで自分をよく見せようとするゴミのような存在がいる。どんなにリソースを払っても障がい者を助けるべきだみたいなやつとかな。言っとくが当事者にとってお前は悪人だぞ?
美辞麗句じゃ済まない現場と家族の苦悩は根が深すぎる
リソースは足りなくなることもある、ただあらかじめ人命に関して「リソースが足りなくなったら誰からどうする」をルールにするのは極めて慎重にならんと。「その場でみんなで考える」ことって重要だと思う
「子供を殺してほしいと言うよりは本当は子供ごと私を助けてよだと思う」その本音を、障害はあるが、子供も私も幸せだ、に変え得る政治が求められる。
“普通他人に言えないんだよな子供を殺してほしいと思ってるとか。でも子供を殺してほしいと言うよりは本当は子供ごと私を助けてよだと思うので。植松正当化に使われるのは違うと思うわ”
俺は精神2級の障害者だけどこのまま他人や世の中に迷惑かけるだけの存在なら死んだ方が世の為だと思い何度も自殺をしたが未遂だった。確実に死ねる手段があったら自殺する当事者ってどのくらい居るのだろう。
自分はリソースを食わない無垢な存在と思ってそう云々ってすごい藁人形だな。誰でもリソースを食うと同時に提供してて赤字がどれくらいで維持可能かの話だろう。無論それを理由に切り捨てていいのかは別の問題だが
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リソースの話がどこから出てきたかわからんが、足りなくなっても、自分を含めて周りでどうにかするしかないよね。嫌なら憲法を改憲して平等主義をやめないといけない。
当事者でもない人間が当事者の言葉を勝手に解釈して持論の補強に使うの、めちゃくちゃグロテスクじゃないか?『思うので』って・・ "子供を殺してほしいと言うよりは本当は子供ごと私を助けてよだと思うので。"
死ねばいいのにって、わるぐちとしては珍しくないんよね。ガスぬきとして対応できない状況や心境はあるけれど、ガチの悪意の大義名分にされないよう気をつけてね。
苦しみには同情を。差別には反対を。
石を投げる奴はせめて世話を引き受けないといけないよな。天皇の祖先も障害児を海に流した。
「障害を持つ子を殺さざるを得ないように思わされるまで追い詰められる親たち」という社会問題については、まさにそのもののタイトルである『殺す親 殺させられる親』という書籍があるのでご参考まで。
“本当は子供ごと私を助けてよだと思うので。植松正当化に使われるのは違うと思うわ”
「絶対に訴えない」と言ってる人も、いざ弁護士に「訴えたらn千万円貰えますよ」と言われたらどう動くか分からないよね
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まあ当たり前だけど、大事なのはリソースを消費してるかではなく、生産してるかで、その余剰生産からおこぼれもらって生きてるかどうかが違いなんじゃないの。
「救って欲しい、それができない社会だから/死にたい、殺して欲しいと思うほどつらい」という話なのに、後半だけ都合良く利用する人が多そうだなあ。それがまさに悩んでいり障害者家族を救えていないと言うことなの
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死よりも魅力あるものなんてまやかし
“53歳で姉が亡くなった時には、「私より先に逝ってくれて本当に良かった」と繰り返してた”重度障碍者の親御さんたちは常にアンビバレントな感情を持ってる.一義的に評することが論外.
リソースが足りないうんぬんに賛同している人らはリソースが足りないからどうするべきだと思ってるんだろう?当事者がそう言うのだからそのような制度を作れってこと?金が無いから死にましょうみたいな。
リソースの赤字というけど、私達の社会はリソースが足りないわけじゃないよ。巨額の軍事費、イベント費用、福島第一の処理もろもろ。リソースが足りないから諦めろじゃなくて、リソースを割り当てろじゃないの?
血縁関係のない障害者と毎日会うといいよ。良くも悪くも見る目変わる。
リソース足りない派は、どうしたいってわけでなく、単にこれ以上要求するなと言ってるんだと思うよ。減らせと言ってなくて、増やすなと言ってるものと理解してるんだけど。
リソース云々の話は大事だが、すぐに生死の話になるのは短絡しすぎ。「いかに手間暇をかけず幸福度を上げるか」についてまず考えた方が建設的だと思うし、大半の現場や制度設計側はそれを必死でやってる。
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やっぱしこの手の領域は黙って理性でまつりごとを進めるしかねえんだよね、と改めて。私はいちおう重度心身障害者の成年後見人で、障害者職業生活相談員で、特例子会社設立もしたので、双方の当事者でございます。
「子が死んで楽になってしまった」増田を思い出させる。https://anond.hatelabo.jp/20220327100332
医学の進歩に伴い助けられるからって無理矢理生かした挙げ句に周囲の人間が不幸になってるんじゃ本末転倒なんだよ
「殺すことを考えるほど追い詰められた親」と「植松」は同じコインの表と裏である。その解決のための責任は「社会=私たち」が持っていることを忘れてはならないと思う
役立たずと言われてサポートされなかった氷河期世代としては、賛同と反対の複雑な心境がある。自分もそこに分類されるおそれもあり、サポートされてこなかったという思いもあり
何か言い返したくてid:negichyovnaのブコメに星を付けているくらいなら、この機会にもう少し深く考えた方がいいと思うがな。