世の中

戦前の日本人が樺太の先住民族に行った「過酷な差別政策」の実態

1: movesinthefield 2026/07/03 04:35

“「オタスの杜、土人の都」との宣伝が行われ、見せ物的な観光地にされたのである。もっとも多い年には、約7000人もの日本人が訪れたという。”

2: sirotar 2026/07/03 06:58

本土でも普通に行われていた小人プロレスと同じノリだと思うが。当時の行為を今の感覚で裁いても意味が無い

3: yingze 2026/07/03 07:39

結論ありきのノリだな

4: underhill 2026/07/03 08:43

アシリパさんが着ているテタラペは樺太アイヌ仕様(父親のおさがり)で日本のアイヌにはあまり見られない文様らしい

5: switching_kn 2026/07/03 09:17

隔離政策やらを無視して見世物にしたことだけ取り上げて今の価値観ガーも酷いが「小人プロレスみたいなもん」も酷い。小人プロレス警察にとっちめられればいい。

6: takafumiat 2026/07/03 09:17

過酷な差別政策には見えなかった。日本人化させようとしていた。

7: dounasatta 2026/07/03 09:24

日本の同化政策はキレイな政策、中国の同化政策は汚い政策とでも?きちんと過去は過去で受け止めようよ

8: frothmouth 2026/07/03 09:31

「土人」が「その土地の人」という意味だった時代もあるので/このケースはどっちだろうな