恩人に劣等感を刺激されて脳がバグるってのは確かによく見る。助けてもらった惨めさを憎悪に変換するんだな
触らぬ神になんとやら
レッドブルーで見た!!!!!!!!!!!
鶴の恩返しってそんな話だったか?
“心理学における「鶴の逆恨み」とは、感謝できない悪意というよりも、傷ついたプライドを必死に守るための、脳の哀しい過剰防衛”キャラ描写の参考にしておこう
啄木「一度でも我に頭を下げさせし人みな死ねといのりてしこと」
「風雲児たち」で見た!!!
「攻撃者との同一視(Identification with the Aggressor)」という防衛機制…恐怖の対象(いじめっ子)から身を守るため、同じ価値観や行動を取り、強者の側に入り込もうとする心理。…野島伸司「人間・失格」にもあったね。
"「相手の劣等感が爆発し、自己防衛に走ったのだな」と割り切り、そっと距離を置くのが一番の自衛になる" はそうなんだけど、過剰に「助けが必要な人」扱いされてる、と思わせてる要因が自身にないか省みてもいいかと
恩を売るということは、その後の相手からの報恩と、それに対する返礼のやり取りを波のように途切れなく繰り返すサイクルに入るということを意味する。それができないなら、恩を売って縁を切るぐらいでちょうど良い。
うんまあ、そういう心理があるのはなんとなくわかるんで、過剰に助け過ぎないように気をつけてる。弱者には加害者に立ち向かう力はないが、助けてくれる善良な人には絡みやすく、甘えが出て恨むような気がしてる
うん、これが理由で新聞配達やってた当時、うっかり自転車を倒した時に新聞拾ってくれる善良な他人が嫌で仕方なかった。お礼の義務が発生するのに何もできないのが辛いんだ(罪悪感)、誰も助けてくれない方が気が楽
それはそうと思う一方、恩を売った側に回った時に人は見返りを期待するものだという先見の恐怖心に駆られて先制攻撃を仕掛けてしまうのもあるんやないかなぁとも思う。果たしてプライドだけやろか?
もう少し名称にぴったり合う故事や文学作品なりがあれば良いのだけど、「逆恨み」と言うなら「鶴」は冗長のような気がする
「逆恨み」の用法が(従来の意味からすると)正確ではない。「逆切れ」などと同じ用法の変化があるようだ。「逆」が含まれる語は難しいのかも知れない。
なるほどなあ。気を回して動いたことでそんなふうに思われることもあるんだなあ。
「クズ」の2文字で済む話をそんな長々と
鶴より亀のほうがよくない?浦島太郎の最後は太郎を恨んだ亀の復讐だったんだよ!!!/若干ずれるけど、イソップの「農夫と蛇」(道端で凍えて死にかけの蛇を温めてやった農夫が、元気を取り戻した蛇に噛まれて死ぬ)とか
「恩の押し売り」でなければ感謝するよ。自分の周りの人たちはだいたい後で「あの時、良くしてやったのに」と言うので、そんなこと言われたら感謝なぞしたくなくなるし、「それなら何もしなくていいよ」となるよ。
矯正不可の犯罪者を助ける必要はないと俺は常々思ってるのだが、それを証明する理由の一つがこれ。手を差し伸べるのは自殺行為に等しい。救いようのない輩もいるのだ
経験あり、助けたその場で裏切られたわ。さすがにその時は固まったが。それ以来人間を信用してないし、裏切った人間には合法的にあらゆる手段で最大限後悔させるようにしている。結局助けた人を下に見て舐めてるだけ
貸した金の催促で逆ギレのやつ。
「プライドが高い人ほど、恩人を見るたびに自分の「弱さ」や「惨めさ」を思い出すため、不快感の矛先を恩人に向けてしまう」なんか、大変だなあ。
言うほど「逆恨み」じゃない定期。至極順当な恨み。
オーウェルの『パリ・ロンドン放浪記』にも出てきた。何というかやりきれなさを感じた。
逆恨みされたくなければ他人は見捨てましょう
そもそも「弱者は、加害者よりも、見捨てた人よりも、助けてくれた人を恨む」っていうのは本当の話なのか? そういう人間もいるってだけで、たいていの人は感謝すると思うが、なにかそういうデータあんのかね
平家を滅ぼした源氏の事か? それ弱者心理にカテゴライズすべき心理? 分不相応な歪んだプライドの有無は客観的な強さ・社会的地位に由らない。文字通りな意味で「自己肯定感」強過ぎ。これは劣等感の有無に非ず。
感謝の言葉を他人に言えないタイプの人間が陥りやすい心理かもね。
かつて宮地尚子さんが『環状島=トラウマの地政学』でこれに近い現象を扱っていたけど、一致はしていないと思う。
オバマケアを異常なまでに敵視する貧困層とか。
助けてもらった=己の恥を知っているから憎い、ってメカニズムをはてブで読んだ記憶がある。
「鶴の逆恨み」現象──助けてくれた人を恨む弱者心理について。
恩人に劣等感を刺激されて脳がバグるってのは確かによく見る。助けてもらった惨めさを憎悪に変換するんだな
触らぬ神になんとやら
レッドブルーで見た!!!!!!!!!!!
鶴の恩返しってそんな話だったか?
“心理学における「鶴の逆恨み」とは、感謝できない悪意というよりも、傷ついたプライドを必死に守るための、脳の哀しい過剰防衛”キャラ描写の参考にしておこう
啄木「一度でも我に頭を下げさせし人みな死ねといのりてしこと」
「風雲児たち」で見た!!!
「攻撃者との同一視(Identification with the Aggressor)」という防衛機制…恐怖の対象(いじめっ子)から身を守るため、同じ価値観や行動を取り、強者の側に入り込もうとする心理。…野島伸司「人間・失格」にもあったね。
"「相手の劣等感が爆発し、自己防衛に走ったのだな」と割り切り、そっと距離を置くのが一番の自衛になる" はそうなんだけど、過剰に「助けが必要な人」扱いされてる、と思わせてる要因が自身にないか省みてもいいかと
恩を売るということは、その後の相手からの報恩と、それに対する返礼のやり取りを波のように途切れなく繰り返すサイクルに入るということを意味する。それができないなら、恩を売って縁を切るぐらいでちょうど良い。
うんまあ、そういう心理があるのはなんとなくわかるんで、過剰に助け過ぎないように気をつけてる。弱者には加害者に立ち向かう力はないが、助けてくれる善良な人には絡みやすく、甘えが出て恨むような気がしてる
うん、これが理由で新聞配達やってた当時、うっかり自転車を倒した時に新聞拾ってくれる善良な他人が嫌で仕方なかった。お礼の義務が発生するのに何もできないのが辛いんだ(罪悪感)、誰も助けてくれない方が気が楽
それはそうと思う一方、恩を売った側に回った時に人は見返りを期待するものだという先見の恐怖心に駆られて先制攻撃を仕掛けてしまうのもあるんやないかなぁとも思う。果たしてプライドだけやろか?
もう少し名称にぴったり合う故事や文学作品なりがあれば良いのだけど、「逆恨み」と言うなら「鶴」は冗長のような気がする
「逆恨み」の用法が(従来の意味からすると)正確ではない。「逆切れ」などと同じ用法の変化があるようだ。「逆」が含まれる語は難しいのかも知れない。
なるほどなあ。気を回して動いたことでそんなふうに思われることもあるんだなあ。
「クズ」の2文字で済む話をそんな長々と
鶴より亀のほうがよくない?浦島太郎の最後は太郎を恨んだ亀の復讐だったんだよ!!!/若干ずれるけど、イソップの「農夫と蛇」(道端で凍えて死にかけの蛇を温めてやった農夫が、元気を取り戻した蛇に噛まれて死ぬ)とか
「恩の押し売り」でなければ感謝するよ。自分の周りの人たちはだいたい後で「あの時、良くしてやったのに」と言うので、そんなこと言われたら感謝なぞしたくなくなるし、「それなら何もしなくていいよ」となるよ。
矯正不可の犯罪者を助ける必要はないと俺は常々思ってるのだが、それを証明する理由の一つがこれ。手を差し伸べるのは自殺行為に等しい。救いようのない輩もいるのだ
経験あり、助けたその場で裏切られたわ。さすがにその時は固まったが。それ以来人間を信用してないし、裏切った人間には合法的にあらゆる手段で最大限後悔させるようにしている。結局助けた人を下に見て舐めてるだけ
貸した金の催促で逆ギレのやつ。
「プライドが高い人ほど、恩人を見るたびに自分の「弱さ」や「惨めさ」を思い出すため、不快感の矛先を恩人に向けてしまう」なんか、大変だなあ。
言うほど「逆恨み」じゃない定期。至極順当な恨み。
オーウェルの『パリ・ロンドン放浪記』にも出てきた。何というかやりきれなさを感じた。
逆恨みされたくなければ他人は見捨てましょう
そもそも「弱者は、加害者よりも、見捨てた人よりも、助けてくれた人を恨む」っていうのは本当の話なのか? そういう人間もいるってだけで、たいていの人は感謝すると思うが、なにかそういうデータあんのかね
平家を滅ぼした源氏の事か? それ弱者心理にカテゴライズすべき心理? 分不相応な歪んだプライドの有無は客観的な強さ・社会的地位に由らない。文字通りな意味で「自己肯定感」強過ぎ。これは劣等感の有無に非ず。
感謝の言葉を他人に言えないタイプの人間が陥りやすい心理かもね。
かつて宮地尚子さんが『環状島=トラウマの地政学』でこれに近い現象を扱っていたけど、一致はしていないと思う。
オバマケアを異常なまでに敵視する貧困層とか。
助けてもらった=己の恥を知っているから憎い、ってメカニズムをはてブで読んだ記憶がある。