"後年、離婚してロシア語通訳者米原万里の妹ユリと結婚したけど、前妻に「やっぱり大卒はいいぞ」と言ったらしいね。前妻は高卒"
30mの高さから落として殺したりガソリン撒いて着火して殺したりしたのは「虐待」でいいのか
外道である。
革命家重信房子が「誕生」したきっかけも性暴力なので、もっと左派はバシバシ暴力でしばいていき隊
(井上は子供に手をあげたことはないらしい〔wikipedia〕。ということは奥さんへの甘え)(猫虐待は第三者の証言あるかな。小説家はホラ吹きなので偽悪的に愚行を誇示することすらある)
やはり平和主義と外道は両立する。“ゴリゴリの護憲派平和主義者の癖に、猫を高所から落として殺したり、日向ぼっこしていただけの猫にガソリンかけて焼いたり、筆が進まない腹いせに奥さんへ鼓膜が破れる程の暴力”
“こんな井上ひさしみたいな暴力男が平和憲法守れとか言ってたのが笑うしか無い”/女性に対する暴力が大好きな左翼男性や、リベラル男性なんて、今でも腐るほどいるでしょ。トランス問題などで顕在化してる。
現代の価値観で過去を裁く云々
“戦争反対!教え子を戦場に送るな!”と訴えながら、デモの最前線に教え子を送りつけて死なせて英霊化するをやってのけた左翼団体に通ずるものがあるな。左翼に傾倒して行く人はダブスタにも傾倒して行くな。
作品と人格は別とは言うけど、ここまでのエピソードを知ると流石にドン引きするな
現在メジャーで大活躍中の岡本和真選手が歴代最高の捕手に阿部慎之助を挙げてたの今となっては完全に黒歴史やな。
米原ユリは一度も手を上げられたことはないと言ってるんだよな。相手を選んで前妻にだけやっていたのだろうか
こういう人だったのか...本読んで文章上手いなと感心したけど、平和主義の皮をかぶった人間のカスだったか
DVはともかく、猫の虐待は小山田圭吾氏のかなり盛った真偽定かならぬいじめ武勇伝に近い感は。当時の井上氏もこの手のイキリをして見せたいお年頃であり、それを良しとする文壇の空気だったのではと
ジョン・レノンも若い頃は酷かったけど、後に反省・当事者(元妻)への謝罪、平和運動への傾倒と進んでいくので、まだマシな方か.......
気晴らしに妻を殴るとかヤバすぎるよね。猫の虐殺を面白おかしく書いてるのとか。こういうの知ると、創作物(小説や戯曲)も読めなくなるよな…。/井上自身も酷い虐待の被害者って話、やはり「暴力は悪」でいいのでは
前妻の西館好子も相当な性格だったようでどつきあい夫婦の喧嘩は犬も食わない。DVに関係なく井上ひさしは好きではなかった。ただ、作家というのは壊れた人が多いイメージ。北杜夫とか(躁鬱が酷過ぎて家族が大変)
「これは夫婦喧嘩と違う。このテの男は男を殴らない。やり返されるのが怖いから。自分が食わせてる女はやり返さない。進んで自分のサンドバッグになる女、妻の顔を嬉々として殴る。顔の骨が変形するほど殴られても」
このレベルの暴力は誰がやっても「意外」でショックなはずだ。その上で井上ひさしの場合、作品との乖離が特別大きいかというと、そうでは無いと思う。妙なマッチョイズム、女性の役回り、作品の端々に見られた。
クソ紙製造家。読んだことないけど、もう読まない。
「こっちに来たら傷をなめてあげるよ」の秋波としても回りくどいし、メッセージが届いても行かないだろ。
知らなかった!大好きな作家なのに!と思ったらそれは井上靖だった。まあ井上ひさしも好きだが……
二次大戦中に生まれてる人間の倫理観なんてそんなもんでしょ。9年義務教育すら始まってない(偏見)
藤子不二雄先生の「コロリころげた木の根っ子」がそういう大御所作家を描いているので、類型としてはあることなんだろうなあと思ってた。
猫も女性も存在する権利がないのよね、普通に生きるのを制限されていた 当時誰も犯罪とも不法とも考えてもいなかった
マジかもう一生ひょっこりひょうたん島見ないわ
ショックを受けるのは自由だけど作品の評価と本体の評価は別なんじゃなかったでした?
理性では平和を願ったりもするが、内に害意という煩悩があるので暴力を振るってしまうのである。理性と感情な。
「九条の会」 呼びかけ人なの草。まあ(自分の)暴力に(妻が)実力で対抗する姿勢を許さなかったなら筋は通ってますね(通ってない)
坂本龍一も表ではリベラルなことを言いながら運転手をボコってたとかクズエピソードあるな。
井上ひさしに関しちゃ暴力奮う自分と平和主義をどう処理してたんやろか
平成前半くらいまでの男の偉人は9割DV野郎だと思っといていいんじゃね。そんくらい妻子に暴力振るう旦那は普通だったろ。子供は殴って躾けろが昭和までのスタンダード。平成前半はそれを引き摺ってた
武田泰淳も奥さんの百合子に何度も堕胎させてるんだよね 蛭子能収も(死別した奥さんには)
作家の三好達治も暴力夫だったと知り「えー」と思った。作家じゃない詩人か。
心底気持ち悪い
パートナーへの暴力を創作の原動力にするなんて、昭和の田房永子かよ
カレーが辛くてキレるYOSHIKIとかまだマシだったんだな…
知らんかった。ドン引き。
何度でも言うが作品と作者は別。どんな人間が作ったものでも作品のみを評価しろ
家庭を省みず働いたサラリーマンも評価は下げるべきよね
当時はそれだけ純文学と「そうでないもの」の開きが大きかった。社会的に正当に認められてないストレスで同じく下層階級出の妻にあたった。例えば坂本龍一もクラシックの道をいってたらあんなご乱交してないのと同じ
思想と党派性はあんま関係ないので、つまんねー擦り方すんなと。少し前の強盗殺人犯が犯行数日前にXで愛国心騙る投稿してた様に、正義や大きな話をする時の人間は自身の足元を見てない。作家がその最たるもの
これ相手が女だからなのよ。女は腕力が弱いとか経済的に弱いとかって理屈以前に、単に女だからなの。ある時代以前の男にはある感覚で、女権運動の「女だって人間だ」ってリアルに文字通りの主張だったのよ。
「猫も虐待していましたよね...」球界を賑わしている家庭内暴力...文芸界では井上ひさしが忘れ難い存在で、知った際にショックを感じた人もいた
"後年、離婚してロシア語通訳者米原万里の妹ユリと結婚したけど、前妻に「やっぱり大卒はいいぞ」と言ったらしいね。前妻は高卒"
30mの高さから落として殺したりガソリン撒いて着火して殺したりしたのは「虐待」でいいのか
外道である。
革命家重信房子が「誕生」したきっかけも性暴力なので、もっと左派はバシバシ暴力でしばいていき隊
(井上は子供に手をあげたことはないらしい〔wikipedia〕。ということは奥さんへの甘え)(猫虐待は第三者の証言あるかな。小説家はホラ吹きなので偽悪的に愚行を誇示することすらある)
やはり平和主義と外道は両立する。“ゴリゴリの護憲派平和主義者の癖に、猫を高所から落として殺したり、日向ぼっこしていただけの猫にガソリンかけて焼いたり、筆が進まない腹いせに奥さんへ鼓膜が破れる程の暴力”
“こんな井上ひさしみたいな暴力男が平和憲法守れとか言ってたのが笑うしか無い”/女性に対する暴力が大好きな左翼男性や、リベラル男性なんて、今でも腐るほどいるでしょ。トランス問題などで顕在化してる。
現代の価値観で過去を裁く云々
“戦争反対!教え子を戦場に送るな!”と訴えながら、デモの最前線に教え子を送りつけて死なせて英霊化するをやってのけた左翼団体に通ずるものがあるな。左翼に傾倒して行く人はダブスタにも傾倒して行くな。
作品と人格は別とは言うけど、ここまでのエピソードを知ると流石にドン引きするな
現在メジャーで大活躍中の岡本和真選手が歴代最高の捕手に阿部慎之助を挙げてたの今となっては完全に黒歴史やな。
米原ユリは一度も手を上げられたことはないと言ってるんだよな。相手を選んで前妻にだけやっていたのだろうか
こういう人だったのか...本読んで文章上手いなと感心したけど、平和主義の皮をかぶった人間のカスだったか
DVはともかく、猫の虐待は小山田圭吾氏のかなり盛った真偽定かならぬいじめ武勇伝に近い感は。当時の井上氏もこの手のイキリをして見せたいお年頃であり、それを良しとする文壇の空気だったのではと
ジョン・レノンも若い頃は酷かったけど、後に反省・当事者(元妻)への謝罪、平和運動への傾倒と進んでいくので、まだマシな方か.......
気晴らしに妻を殴るとかヤバすぎるよね。猫の虐殺を面白おかしく書いてるのとか。こういうの知ると、創作物(小説や戯曲)も読めなくなるよな…。/井上自身も酷い虐待の被害者って話、やはり「暴力は悪」でいいのでは
前妻の西館好子も相当な性格だったようでどつきあい夫婦の喧嘩は犬も食わない。DVに関係なく井上ひさしは好きではなかった。ただ、作家というのは壊れた人が多いイメージ。北杜夫とか(躁鬱が酷過ぎて家族が大変)
「これは夫婦喧嘩と違う。このテの男は男を殴らない。やり返されるのが怖いから。自分が食わせてる女はやり返さない。進んで自分のサンドバッグになる女、妻の顔を嬉々として殴る。顔の骨が変形するほど殴られても」
このレベルの暴力は誰がやっても「意外」でショックなはずだ。その上で井上ひさしの場合、作品との乖離が特別大きいかというと、そうでは無いと思う。妙なマッチョイズム、女性の役回り、作品の端々に見られた。
クソ紙製造家。読んだことないけど、もう読まない。
「こっちに来たら傷をなめてあげるよ」の秋波としても回りくどいし、メッセージが届いても行かないだろ。
知らなかった!大好きな作家なのに!と思ったらそれは井上靖だった。まあ井上ひさしも好きだが……
二次大戦中に生まれてる人間の倫理観なんてそんなもんでしょ。9年義務教育すら始まってない(偏見)
藤子不二雄先生の「コロリころげた木の根っ子」がそういう大御所作家を描いているので、類型としてはあることなんだろうなあと思ってた。
猫も女性も存在する権利がないのよね、普通に生きるのを制限されていた 当時誰も犯罪とも不法とも考えてもいなかった
マジかもう一生ひょっこりひょうたん島見ないわ
ショックを受けるのは自由だけど作品の評価と本体の評価は別なんじゃなかったでした?
理性では平和を願ったりもするが、内に害意という煩悩があるので暴力を振るってしまうのである。理性と感情な。
「九条の会」 呼びかけ人なの草。まあ(自分の)暴力に(妻が)実力で対抗する姿勢を許さなかったなら筋は通ってますね(通ってない)
坂本龍一も表ではリベラルなことを言いながら運転手をボコってたとかクズエピソードあるな。
井上ひさしに関しちゃ暴力奮う自分と平和主義をどう処理してたんやろか
平成前半くらいまでの男の偉人は9割DV野郎だと思っといていいんじゃね。そんくらい妻子に暴力振るう旦那は普通だったろ。子供は殴って躾けろが昭和までのスタンダード。平成前半はそれを引き摺ってた
武田泰淳も奥さんの百合子に何度も堕胎させてるんだよね 蛭子能収も(死別した奥さんには)
作家の三好達治も暴力夫だったと知り「えー」と思った。作家じゃない詩人か。
心底気持ち悪い
パートナーへの暴力を創作の原動力にするなんて、昭和の田房永子かよ
カレーが辛くてキレるYOSHIKIとかまだマシだったんだな…
知らんかった。ドン引き。
何度でも言うが作品と作者は別。どんな人間が作ったものでも作品のみを評価しろ
家庭を省みず働いたサラリーマンも評価は下げるべきよね
当時はそれだけ純文学と「そうでないもの」の開きが大きかった。社会的に正当に認められてないストレスで同じく下層階級出の妻にあたった。例えば坂本龍一もクラシックの道をいってたらあんなご乱交してないのと同じ
思想と党派性はあんま関係ないので、つまんねー擦り方すんなと。少し前の強盗殺人犯が犯行数日前にXで愛国心騙る投稿してた様に、正義や大きな話をする時の人間は自身の足元を見てない。作家がその最たるもの
これ相手が女だからなのよ。女は腕力が弱いとか経済的に弱いとかって理屈以前に、単に女だからなの。ある時代以前の男にはある感覚で、女権運動の「女だって人間だ」ってリアルに文字通りの主張だったのよ。