「ついでに言えば、キヨシローさんの君が代では、間奏にアメリカの国歌が引用されています。(糸井さん聴いてないだろうから知らないだろうけど。やっぱ聴かずに批判するのはマナー違反だよね)」
糸井さんも死ねば批判が少なくなるかも
(糸井氏のことは別として、忌野清志郎情報を教えていただき感謝です)(TVカメラにガムを吐き渋谷陽一氏を激怒させた方なので、ある種の嫌悪感すら演出にとりこむスタンドプレイを好む素地はあったのではないかと
糸井重里も今や体制側の『丁寧な暮らし』代表みたいなもんだしな。昔の牙はどこいった
英国の国旗、国歌にも英国の歴史を背負ってそれなりに抱えているものはあるし、それはどこの国も同じ。日本だけがと勘違いする革新左派の頭の出来は…
君が代を題材とした時点でそれがどのような文脈で受け取られるかを想像するのが表現者な訳で、そこを超越して表現者側に忖度して寄り添って弁護するのは、いわゆる贔屓の引き倒しというものだと思える。
法政大の中核派だった糸井重里(1948年生)の転向っぷりと資本主義の走狗として笑顔。元共産党ナベツネ(1926年生)の転向っぷりとか。いろんな転向がある。/一方は自称リベラル。一方は悪役老害保守。汚らしいのは
「糸井重里とキヨシローは郷ひろみの"比呂魅卿の犯罪"の収録曲で共作してたよな」と思って調べてみたら同じ曲に関わってはおらず、ニアミスだった。
好きな人の名前をわざわざ途中で雑にカタカナ表記しないと思う
なんで昔の話が?
糸井重里は学生運動してたりしたんでしょ。だから苦言を呈したくなるってのはあってもおかしくない。(国家だが、セルジュ・ゲーンズブールがフランス国家をレゲエ風にやって顰蹙買ったことあったよね)
やっぱこれとスターリンの仰げば尊しすよhttps://youtu.be/wzyhtNqhRJw
なんという、低解像度左寄せテンプレ。画面の端っこに固まってる様は、もはや歴史的建造物。いつの記事?と思ったら2020年。ブログは更新されている。このデザイン、まだ息をしている。キヨシローどころではない。
糸井重里が、わざわざ言わなくたって、その程度のことなら、自分の政治性に無自覚な連中がXで言っているよ「ロックに政治を持ち込むな」ってね。
たぶんこの辺からのツリー https://x.com/tsuda/status/2050116908717060251?s=46
2020年の記事が今上がってきたのは、ミュージャンに反戦歌云々の流れ?
糸井重里氏についてはその軽薄さと一貫性のなさにあまり好きなタイプの人ではないが、このコラムについては彼の言ってることのほうにより深い真実性があると思うよ。
また左翼の気持ち悪いネットリンチか
RCサクセションの『COVERS』は発売当時、色々と物議を醸したが、あれは1951年生まれの忌野清志郎がリアルタイムで聴いていた楽曲で後のデイドリームビリーバーやモンキーズのテーマのカバーなどもセンスが良い。
糸井重里は全般的に底が浅いし団塊世代が好む変わった言葉使ってそういう支持者を増やしただけだろ。ほっとけば団塊世代とともに退場していくからそのうち視界から消える。
どうでもいいよ
個人的には、「パパの歌」(作詞:糸井重里)辺りから清志郎に興味がなくなってきたな。
♪ にっぽんの原発は安全です。さっぱりわかんね。こんきょがねえ。これが最後のサマタイムブルース( ゚∀゚)o彡°
糸井重里の底が深かったことなど一度でもありましたか?
アルバム『初期のRC・サクセション』には『この世は金さ』と『金もうけのために生まれたんじゃないぜ』が並べて収録されている。もう大好き。
今さら糸井重里の転向って、はてなブクマ、連休だからと暇過ぎ。糸井は吉本リューメーの人だし、その意味では一貫してる。吉本の資本主義への転向については、さんざんその当時に言われたけど、果たして底は浅いの?
糸井さんは敏感な人なので、キヨシローさんの「プロテスト」表現とやらは、本人の一番突かれたくないところを突くのでしょう。それを見て見ぬふりをしたいがために、キヨシローさんのそういった側面を全力で否定す
推進派ではないけれど、代替がないなら共存だと思う。日本において原発の利権と運営が酷いので、その結果が福島なのだろうと思っている。辺野古と同じで思想より先に、まずは筋を通して安全でないと。
糸井も忌野も両方文化人枠として取り上げることが間違ってる。特に糸井はキャッチコピー屋なので百田尚樹やすぎやまこういちと同じジャンルのテレビ屋。
糸井重里なんざ広告代理店、資本主義のイヌで、インテリ気取ってるけどその実アタマの中はカラッポの軽薄なヤツだからw。
糸井重里のキヨシロー批判は犯罪的に底が浅い
「ついでに言えば、キヨシローさんの君が代では、間奏にアメリカの国歌が引用されています。(糸井さん聴いてないだろうから知らないだろうけど。やっぱ聴かずに批判するのはマナー違反だよね)」
糸井さんも死ねば批判が少なくなるかも
(糸井氏のことは別として、忌野清志郎情報を教えていただき感謝です)(TVカメラにガムを吐き渋谷陽一氏を激怒させた方なので、ある種の嫌悪感すら演出にとりこむスタンドプレイを好む素地はあったのではないかと
糸井重里も今や体制側の『丁寧な暮らし』代表みたいなもんだしな。昔の牙はどこいった
英国の国旗、国歌にも英国の歴史を背負ってそれなりに抱えているものはあるし、それはどこの国も同じ。日本だけがと勘違いする革新左派の頭の出来は…
君が代を題材とした時点でそれがどのような文脈で受け取られるかを想像するのが表現者な訳で、そこを超越して表現者側に忖度して寄り添って弁護するのは、いわゆる贔屓の引き倒しというものだと思える。
法政大の中核派だった糸井重里(1948年生)の転向っぷりと資本主義の走狗として笑顔。元共産党ナベツネ(1926年生)の転向っぷりとか。いろんな転向がある。/一方は自称リベラル。一方は悪役老害保守。汚らしいのは
「糸井重里とキヨシローは郷ひろみの"比呂魅卿の犯罪"の収録曲で共作してたよな」と思って調べてみたら同じ曲に関わってはおらず、ニアミスだった。
好きな人の名前をわざわざ途中で雑にカタカナ表記しないと思う
なんで昔の話が?
糸井重里は学生運動してたりしたんでしょ。だから苦言を呈したくなるってのはあってもおかしくない。(国家だが、セルジュ・ゲーンズブールがフランス国家をレゲエ風にやって顰蹙買ったことあったよね)
やっぱこれとスターリンの仰げば尊しすよhttps://youtu.be/wzyhtNqhRJw
なんという、低解像度左寄せテンプレ。画面の端っこに固まってる様は、もはや歴史的建造物。いつの記事?と思ったら2020年。ブログは更新されている。このデザイン、まだ息をしている。キヨシローどころではない。
糸井重里が、わざわざ言わなくたって、その程度のことなら、自分の政治性に無自覚な連中がXで言っているよ「ロックに政治を持ち込むな」ってね。
たぶんこの辺からのツリー https://x.com/tsuda/status/2050116908717060251?s=46
2020年の記事が今上がってきたのは、ミュージャンに反戦歌云々の流れ?
糸井重里氏についてはその軽薄さと一貫性のなさにあまり好きなタイプの人ではないが、このコラムについては彼の言ってることのほうにより深い真実性があると思うよ。
また左翼の気持ち悪いネットリンチか
RCサクセションの『COVERS』は発売当時、色々と物議を醸したが、あれは1951年生まれの忌野清志郎がリアルタイムで聴いていた楽曲で後のデイドリームビリーバーやモンキーズのテーマのカバーなどもセンスが良い。
糸井重里は全般的に底が浅いし団塊世代が好む変わった言葉使ってそういう支持者を増やしただけだろ。ほっとけば団塊世代とともに退場していくからそのうち視界から消える。
どうでもいいよ
個人的には、「パパの歌」(作詞:糸井重里)辺りから清志郎に興味がなくなってきたな。
♪ にっぽんの原発は安全です。さっぱりわかんね。こんきょがねえ。これが最後のサマタイムブルース( ゚∀゚)o彡°
糸井重里の底が深かったことなど一度でもありましたか?
アルバム『初期のRC・サクセション』には『この世は金さ』と『金もうけのために生まれたんじゃないぜ』が並べて収録されている。もう大好き。
今さら糸井重里の転向って、はてなブクマ、連休だからと暇過ぎ。糸井は吉本リューメーの人だし、その意味では一貫してる。吉本の資本主義への転向については、さんざんその当時に言われたけど、果たして底は浅いの?
糸井さんは敏感な人なので、キヨシローさんの「プロテスト」表現とやらは、本人の一番突かれたくないところを突くのでしょう。それを見て見ぬふりをしたいがために、キヨシローさんのそういった側面を全力で否定す
推進派ではないけれど、代替がないなら共存だと思う。日本において原発の利権と運営が酷いので、その結果が福島なのだろうと思っている。辺野古と同じで思想より先に、まずは筋を通して安全でないと。
糸井も忌野も両方文化人枠として取り上げることが間違ってる。特に糸井はキャッチコピー屋なので百田尚樹やすぎやまこういちと同じジャンルのテレビ屋。
糸井重里なんざ広告代理店、資本主義のイヌで、インテリ気取ってるけどその実アタマの中はカラッポの軽薄なヤツだからw。