不文律=文化資本ってことやな。親ガチャ外すとリセットできないの辛すぎやろ
人間どんな状態でも幸せを求めて足掻くしかない…。比較しないこと・拾えなかったものを数えるのをやめること。これは幸せに近づくかもしれない。
金はあるから自虐風自慢
1番聞いても無駄な場所に投稿してるくらいだし黙って働いて死ぬまで税金払い続けるしかないんじゃない?
(お久しぶりです…?)
死ぬ時に生まれて来てよかったと思えるように、好き勝手に生きてみたら良いで
劇的な転換みたいなものは無くて、小さな「丁寧」の中にある小さな幸福を一つずつ積み重ねるしかない気がする。刹那的で不毛に思えるかもしれないが、そういう刹那的な幸せの体験が重なって「土台」ができるのでは。
自分の人生を基にマンガ原作書くとか?「みぃやま」のように事実に基づいたフィクションとして、そんな酷い人、親はいないだろと思えるほどの話を書く。重要なのはその人が実在していること。/第二のハルオサンとか
セルフ・ハンディキャッピングしんどいな "「おしゃれをしてもいい」と自分に許可できるような心持ちになれたのがつい最近だ。お金のこと、健康のこと、着飾ること、人と関わることetc...私の親はどれも不得手だった。"
ちなみに小生は日々来世に期待して生きています
お久しゅう、昨年秋に見かけた人かな。
よくわからないが、それだけの給料あって一人ものならかなり楽な暮らしができるのでは。それが嫌なら大学大学院に通うということもできる、働きながら。
終わった人間はどう生きる?
不文律=文化資本ってことやな。親ガチャ外すとリセットできないの辛すぎやろ
人間どんな状態でも幸せを求めて足掻くしかない…。比較しないこと・拾えなかったものを数えるのをやめること。これは幸せに近づくかもしれない。
金はあるから自虐風自慢
1番聞いても無駄な場所に投稿してるくらいだし黙って働いて死ぬまで税金払い続けるしかないんじゃない?
(お久しぶりです…?)
死ぬ時に生まれて来てよかったと思えるように、好き勝手に生きてみたら良いで
劇的な転換みたいなものは無くて、小さな「丁寧」の中にある小さな幸福を一つずつ積み重ねるしかない気がする。刹那的で不毛に思えるかもしれないが、そういう刹那的な幸せの体験が重なって「土台」ができるのでは。
自分の人生を基にマンガ原作書くとか?「みぃやま」のように事実に基づいたフィクションとして、そんな酷い人、親はいないだろと思えるほどの話を書く。重要なのはその人が実在していること。/第二のハルオサンとか
セルフ・ハンディキャッピングしんどいな "「おしゃれをしてもいい」と自分に許可できるような心持ちになれたのがつい最近だ。お金のこと、健康のこと、着飾ること、人と関わることetc...私の親はどれも不得手だった。"
ちなみに小生は日々来世に期待して生きています
お久しゅう、昨年秋に見かけた人かな。
よくわからないが、それだけの給料あって一人ものならかなり楽な暮らしができるのでは。それが嫌なら大学大学院に通うということもできる、働きながら。