寄稿いたしましました。なぜ戦争反対と言いにくくなったか、平和について考える、考えないとはどういうことか、東浩紀さんの『平和と愚かさ』を参考に考えてみました。
『「世界人類が平和でありますように」(文言がちょっと違うか)』違うと気がついていて何故そのままなん。白光真宏会かと思って警戒したよ▼単純な願いに善意も含めて様々な思想を振りかけて来るから警戒は解けない。
戦争したい軍師だらけだから
「(中国による幸福な支配と平和で)世界中から戦争がなくなりますように(日本は軍備を解除せよ)」と言ったら、炎上したのはなぜ?(すっとぼけ)
何もしていない後ろめたさや無力感を刺激されたのかも、とは思ったけど実際のところは謎
(こういう米をした以上は『平和と愚かさ』買うけど)引用箇所を読む限り、「理不尽な武力行使をされて黙って従うのか?」とは思うし、それと「世界中から戦争がなくなりますように」とは全く矛盾しないと思う。
結論に向かっては話が進まない。
なるほど"そこで著者(東浩紀)は「平和とは戦争が欠けている」のだと定式化する。欠けているのは「思考」だとする。多くのひとが平和だと感じる状況においては、そもそも戦争について考えないことが許されている。"
9条を絶対視してるくせに、なぜか9条を持たない中国は「戦争を起こすはずがない」と擁護し、でも日本は「戦争を起こす国」と決めつけるレイシャル・プロファイリングを使い続けてる差別主義者の集団だから。
タイトルから大喜利みを感じた
そんな面倒な話ではなくて、今戦争を起こしたのは明らかに米国なので反戦のメッセージは反米(少なくも反トランプ)にならざるをえず、戦後日本で反米はつまり反体制と同義だからでしょ。
ロシアウクライナ戦争や、ガザの時は陰で冷笑する人はいても燃やす人はいなかったように思う。
炎上した人は大統領ですか?
オレオレ問題定義。的外れで自説に都合の良い定義をする事で、ワレ正しいに繋げる技法。プーチンの侵略戦争にはダンマリ、イラクのオバマ合意無視しての核兵器開発にもダンマリ。
あのうさぎの話は「平和な世界で生きてる人間が安全圏からお気楽に発言した」ように見えて反感をかったのだと思う。なぜスルーできないかと言えば、批判する側も同じ立場だから。後ろめたさの裏返しでは?
自身の視野と自身の生活に関わるものの範囲が限定的だった時代ならまだしも、現代では世界中と何かしらの繋がりができてしまっているので目を背けることでしか考えないという態度は貫けないと考える
“「考える」世界はより賢さが求められる。東浩紀はSNSとAIにより賢さへの強迫が加速しているのが今の時代だという” 東浩紀さんは私も結構同調することが多いんだよな
伊藤計劃のハーモーニーのラストみたいな世界が平和よねって真面目に考えるようになってきている
戦争はよくないという人は多分戦争が一方的なものではなく両方が侵略していると考えているように映るからでは(´・_・`)知らんけど
生物学的に消化管内腔は外界である。だがそれを内在しているというご都合主義と防御システムが混在している様は、「戦争と平和」に酷似している。マクロだけ目についているわけで、戦争と平和は無数に転がっている。
「戦争反対」の4文字がすでに政治的に色がついた言葉になってしまっている
中井久夫『戦争と平和 ある観察(増補新装版)』(人文書院)、『昭和を送る』(みすず書房)などいま読まれるべきですよね。NHK100分de名著『中井久夫スペシャル 2022年12月』で取り上げらていました。
「戦争反対」が炎上したのは「戦争について考えないことが許され」ていた人達が「戦争について考えろ」と言われた事に対する免疫的な反応だと思っている。彼らもうっすらと戦争の気配を感じているからこその。
ちょっと前にママ戦争のタグで荒れてたのもあるしその余韻じゃないかと思ってるが。戦争反対ってのに変な文脈ついちゃってるよなあ。
面白かった。俺としてはアッシジの聖フランシスコの教えを思い出したね。彼は近所の鳥と仲良くなったりして平和を生きた。
ロシアの件は、ロシアに即時撤退を求めずに、双方(あるいはウクライナのみ)に即時停戦を求める声が目立ったのが批判された理由だと思う。ロシアが侵攻した状態で即時停戦したらロシアが丸儲けなんよ
ゾンビ映画で「ゾンビが居なくなりますように」と祈る人は最後に死ぬのか生き残るのか。「ゾンビの脅威を考えずに済むのが「平和」」というのはなるほどね。ミャンマーの若者は何故戦うのか。「自衛」はキーワード。
戦争のことを考えずに済む状態は結構だが、その状態は四六時中戦争回避を考えて血反吐を吐く人とシステムの上に成り立つ。我々はふだん水洗トイレのウンコの行き先を考えることはないが、だれかがそれを維持している
口だけ野郎は信用されないってだけだろ
社会学や心理学からアプローチすると思ったら違った。最初のイラストを描いた人には同情するけど、NOWARBUNNYは典型的な反戦運動のそれなので、これらを同一視するならなんにもわかってないんだろうな。
戦争なんて誰もやりたくないから国が外交やってんのに殊更に反戦を叫ぶのってまるで自分以外は戦争やりたがってるんだと言われてるようでちょっとイラつきます
戦争が停止した状態が戦争前の状態にもどるわけでもないし、クリミアのように戦争前に奪われたものが戻るわけでもないのだから「なくなった状態次第なのよね」
左翼が味噌もクソ(侵略戦争、自衛戦争、自衛隊海外派遣)も一緒にして「戦争反対」と言ってきた歴史があるから、「またか」と感じる。左翼がオオカミ少年になった。日本の多数派(普通の人達)からの信頼を失っている
いやあれ炎上してないでしょ。一人難癖つけてる奴がいて、そいつが炎上してた。「東浩紀のポストに「いつも真っ当なことを言う」という印象を持った」ええっ……『平和と愚かさ』から妙好人へという流れは面白い。
まぁ米国や日本に言えても中国やロシアに言えないとしたら、その言葉を勘繰られてしまうのも仕方がないのでは。それだけの話だろ。
同じ事を自分が言う勇気が無いからよ。実際、大抵の人は平和(の価値)を確信的に語れない。大して考えていないからだ。戦争は考える手掛かりがいくらもあるが、平和にはない。
交通事故が起きてる横で、交通安全の旗振ってても白い目で見られるだけでしょ。
ウサギというと集団で襲ってきて一撃で首を刎ねてくるイメージ。
「戦争反対」を旗印にする人々が日本を内側から破壊しようとしていて、実際に警備員や修学旅行生を殺しているのだから、「戦争反対」自体が極めて政治的に偏ったワードになってしまった。
あんな本読んでたら病気の直りが遅くなると思いました。私は東の高踏を装った党派性、欺瞞と言い訳のいつもの奴だったなって感想/自分の党派性を自覚して「そういう戦争は反対」と言えばいいとおもうんだ
「すべての国が今の状態で満足すればいいだけなのに!」
今戦争を起こしているのはアメリカやイスラエルなのに日本語でメッセージ書いても意味ないんちゃうん?誰に向けて書いてるん?みたいなことかなと思ってた。ビバリーヒルズに吹き替え版の人は住んでない、みたいな。
ブコメを見てもわかる通り、政治に関する話題は「敵か味方か」て色分けしたがる人がいるんでね。炎上不可避ってわけです。
そんなに炎上してないのに炎上したということにして気に入らない相手を批判するのに使ってるんじゃないの。少なくともはてブではほぼ批判意見は無かった
ロシア、アメリカ、イスラエルなど、明らかに侵攻したがる国がいて、それを支持する人々が実際日本にもいるのが見えたのに「誰も戦争はしたくない、そんなのは大前提」と言われても信じられないんだよなあ
いろんな意味で余裕がない人が多いのだなあ、とは思った。
「抑止力としての軍拡」も理屈が通っているのだが、「戦争反対」には軍備を抑制するニュアンスを嗅ぎ取り一方的な正義ヅラにイラついたのが今回の炎上の背景だと思う。それを言語化できない人があの絵を叩いていた
左派否定が前提なせいで遠回りしているのでは?
「戦争反対」は当たり前だが、口にされる時はなぜか「日本政府が戦争をしたがっている、国民を徴兵して戦地へ送りたがっている」という左派による陰謀論がセットでくっついてくるから忌避されるのだと思う。
中国に戦争かけられても防戦する日本政府に批判いきそうなあたりが炎上してる理由なんだよね まあ一生わからんだろうけど
本論とは離れてしまうかもだけど、そもそも「戦争」と「平和」が二項対立なのかは疑わしい気がする。「平和」の反対は「混沌」とか「無秩序」ではないかと思う。
炎上するわな。さらば森田がカカロニの「栗谷を救いたい!」とか言って、別に借金肩代わりとか行動したわけではない件と似てる。カミナリたくみの「俺、表面で動く人間、大っ嫌いなのよ。」 ってことよ。
「ロシアのウクライナ侵攻に対して即時停戦せよ」というのはそんなに難しい話ではなくプーチンが即日撤兵して国境の外に帰ればよいだけで、そう言わないから東は叩かれたのだけど。
「戦争反対」は一部にお花畑を見かける感じだが「戦争反対反対」は、ほぼ中二病お花畑なんよな。頭のいい人程、わざわざコメントしないからスルーしているだけで。
侵略に対する抵抗を無くすことを平和活動と呼んでいた面々が幅を利かせすぎたという印象。侵略を無くすにはグローバリゼーションが効くかと思ったが、結局は宗教に踏みにじられた。つまり宗教は全廃が必要に(文字数
「戦争反対」を自分への攻撃と感じるようになってるのだったら、一旦「自分はもうおかしくなってる」と思った方がいいかもです。
平和について語る際「誰に対し何をどういう形で発信するか」は当然違い,自分以外の考えの人を「平和の敵」「平和に反対する人」のように決めつける態度はそもそも平和を求める人の態度なのかなと思うことはあります
戦争賛成派が少ないので私は少数派に入れます
途中でリタイア。今の日本で「戦争反対」が炎上するのは、単に「戦争を回避しようと抑止力を整備しようとする営み」に「戦争の準備」だと言い掛かりを付ける傲慢な人たちがスローガンに使っているからだと思う。。
アフガンとイラク戦争の時も、反対しようものならイスラム原理主義を支持するのか、と当時ネットで書かれたような。
「戦争反対」と書かれた棍棒を集団でぶん回してる平和とは程遠い人たち。そして、棍棒が無関係の警備員や女子高生に当たって死なせても他責で責任を取らない姿勢。そんな人たちの肩を持ったら嫌悪されるのは自明。
少なくとも戦争反対という前提では一致できるよね? その手段としてはいろいろあるだろうけど、この前提を叩くのはおかしいでしょ
戦争に正義も悪もないし、それらが出てきたときは道徳的プロパガンダだと思うべき。無色2マナ払いなさい。/ 隣国が派手にやってるのに、祈るだけの人と戦争の話はできない、その幼児さは鼻につくんじゃないかな。
反体制派が「WAR IS OVER」や「戦争を知らない子供たち」を“お花畑”と呼び、「戦争反対」に政治色をつけだしたのだ。
過程を省いた印象操作に過ぎる。同じ言葉でも状況やそれまでの態度によって反応が異なるのは当たり前だろう。プーチンやトランプやネタニヤフが言ってたとしも、同じように「なぜ?」と問う気か?
戦争について考えてる人は「戦争について考えない」人がそのままで過ごせるように考えているはず。 「戦争について考えない」人が存在できない世界を守る必要あるのかな。
うさぎの件は確か左派的な同族嫌悪の嫉みではなかったか。
抑止力を平和の枠組みに入れてるか、戦争の枠組みに入れているかだけの違いだと思うけどその断絶は大きい。
難しくてよくわからんけど、先日「家でゆっくり野球が見られる」状況を懐かしむ発言に抱いた違和感に似ているのかもしれない。
仮に思考停止左翼が「戦争反対」に色をつけたとて、その場合に排除されるべきは戦争反対の言葉や思想ではなく思考停止という様態であるはず。なのになぜか言葉(の発信元)が攻撃される
まあ、本邦における平和運動というのが、その内実において反政府・反米活動であるというのが大きな問題だと思うよ
この記事のブコメに炎上する要素が多分にあるなぁ
汚い現実に向き合う覚悟もないまま言ってる奴がほとんどで底の浅さが見透かされてるからでは?ウクライナに折鶴送ってた連中と同じ。侵略阻止に必要なのは言霊ではなく兵器。
防水壁の向こうにまだ生きてる人間がいるタイミングで「この平和が守られるように」とか祈るからだよ せめて向こう側が静かになるまではパフォーマンスだけでも「向こうの人を助けて」と言うべきなだけ
外交の延長線上が戦争なんだ!とか、軍事力があれば侵略は抑止される!みたいなやつの化けの皮がどんどん剥がれていって、なんだ結局何も考えてないのと一緒じゃん?となってる2026年、いかがお過ごしでしょうか。
国際関係論のリアリストとしては戦争は回避すべきものと言いたい。反対しても戦争をなくすのは不可能だ。だから自国が戦争を回避する方策を考えるべき。日本は外的バランシング戦略(https://x.gd/RNLhq)をとるべきと考える
大多数が「わかりやすさ」を求めている。「奴ら=敵」を設定すると「我々」はわかりやすい世界で纏まることが出来るから、みんな敵/味方を示すラベル=印を探してる。「世界平和」を反戦サヨクの印と見做した人達が
記事中にある通りネットの話題は加速しつづけて人は目に移ったテキストの色だけを見て脊髄で反応している。戦争反対は赤色だから攻撃しただけだ。攻撃した理由もまたその場の反射で作るだけ。
戦争自体が悪だしそもそも戦争は政治なんだから色もクソもない。戦争する政治はクソなだけ
「アフリカの貧困を無くしたい」と日本人に啓蒙したり日本で募金を集めたり日本政府に援助するように嘆願したりはあり得るのに戦争になると「アメリカに言え」みたいな人ばかりが目立つのが不思議
別に経済的側面から戦争反対を唱えても良いと思う。それで儲かるのは一部だけだ
id:donovantreeの言うてるような文脈ってたぶんSNSのどこ探してもどこにもソース見つからんと思うけど、反証になるものやったら山ほどあるんちゃうかな したり顔でめちゃくちゃズレたこと言うててビビるわ
「世界中から戦争がなくなりますように」と言ったら、炎上したのはなぜ?
寄稿いたしましました。なぜ戦争反対と言いにくくなったか、平和について考える、考えないとはどういうことか、東浩紀さんの『平和と愚かさ』を参考に考えてみました。
『「世界人類が平和でありますように」(文言がちょっと違うか)』違うと気がついていて何故そのままなん。白光真宏会かと思って警戒したよ▼単純な願いに善意も含めて様々な思想を振りかけて来るから警戒は解けない。
戦争したい軍師だらけだから
「(中国による幸福な支配と平和で)世界中から戦争がなくなりますように(日本は軍備を解除せよ)」と言ったら、炎上したのはなぜ?(すっとぼけ)
何もしていない後ろめたさや無力感を刺激されたのかも、とは思ったけど実際のところは謎
(こういう米をした以上は『平和と愚かさ』買うけど)引用箇所を読む限り、「理不尽な武力行使をされて黙って従うのか?」とは思うし、それと「世界中から戦争がなくなりますように」とは全く矛盾しないと思う。
結論に向かっては話が進まない。
なるほど"そこで著者(東浩紀)は「平和とは戦争が欠けている」のだと定式化する。欠けているのは「思考」だとする。多くのひとが平和だと感じる状況においては、そもそも戦争について考えないことが許されている。"
9条を絶対視してるくせに、なぜか9条を持たない中国は「戦争を起こすはずがない」と擁護し、でも日本は「戦争を起こす国」と決めつけるレイシャル・プロファイリングを使い続けてる差別主義者の集団だから。
タイトルから大喜利みを感じた
そんな面倒な話ではなくて、今戦争を起こしたのは明らかに米国なので反戦のメッセージは反米(少なくも反トランプ)にならざるをえず、戦後日本で反米はつまり反体制と同義だからでしょ。
ロシアウクライナ戦争や、ガザの時は陰で冷笑する人はいても燃やす人はいなかったように思う。
炎上した人は大統領ですか?
オレオレ問題定義。的外れで自説に都合の良い定義をする事で、ワレ正しいに繋げる技法。プーチンの侵略戦争にはダンマリ、イラクのオバマ合意無視しての核兵器開発にもダンマリ。
あのうさぎの話は「平和な世界で生きてる人間が安全圏からお気楽に発言した」ように見えて反感をかったのだと思う。なぜスルーできないかと言えば、批判する側も同じ立場だから。後ろめたさの裏返しでは?
自身の視野と自身の生活に関わるものの範囲が限定的だった時代ならまだしも、現代では世界中と何かしらの繋がりができてしまっているので目を背けることでしか考えないという態度は貫けないと考える
“「考える」世界はより賢さが求められる。東浩紀はSNSとAIにより賢さへの強迫が加速しているのが今の時代だという” 東浩紀さんは私も結構同調することが多いんだよな
伊藤計劃のハーモーニーのラストみたいな世界が平和よねって真面目に考えるようになってきている
戦争はよくないという人は多分戦争が一方的なものではなく両方が侵略していると考えているように映るからでは(´・_・`)知らんけど
生物学的に消化管内腔は外界である。だがそれを内在しているというご都合主義と防御システムが混在している様は、「戦争と平和」に酷似している。マクロだけ目についているわけで、戦争と平和は無数に転がっている。
「戦争反対」の4文字がすでに政治的に色がついた言葉になってしまっている
中井久夫『戦争と平和 ある観察(増補新装版)』(人文書院)、『昭和を送る』(みすず書房)などいま読まれるべきですよね。NHK100分de名著『中井久夫スペシャル 2022年12月』で取り上げらていました。
「戦争反対」が炎上したのは「戦争について考えないことが許され」ていた人達が「戦争について考えろ」と言われた事に対する免疫的な反応だと思っている。彼らもうっすらと戦争の気配を感じているからこその。
ちょっと前にママ戦争のタグで荒れてたのもあるしその余韻じゃないかと思ってるが。戦争反対ってのに変な文脈ついちゃってるよなあ。
面白かった。俺としてはアッシジの聖フランシスコの教えを思い出したね。彼は近所の鳥と仲良くなったりして平和を生きた。
ロシアの件は、ロシアに即時撤退を求めずに、双方(あるいはウクライナのみ)に即時停戦を求める声が目立ったのが批判された理由だと思う。ロシアが侵攻した状態で即時停戦したらロシアが丸儲けなんよ
ゾンビ映画で「ゾンビが居なくなりますように」と祈る人は最後に死ぬのか生き残るのか。「ゾンビの脅威を考えずに済むのが「平和」」というのはなるほどね。ミャンマーの若者は何故戦うのか。「自衛」はキーワード。
戦争のことを考えずに済む状態は結構だが、その状態は四六時中戦争回避を考えて血反吐を吐く人とシステムの上に成り立つ。我々はふだん水洗トイレのウンコの行き先を考えることはないが、だれかがそれを維持している
口だけ野郎は信用されないってだけだろ
社会学や心理学からアプローチすると思ったら違った。最初のイラストを描いた人には同情するけど、NOWARBUNNYは典型的な反戦運動のそれなので、これらを同一視するならなんにもわかってないんだろうな。
戦争なんて誰もやりたくないから国が外交やってんのに殊更に反戦を叫ぶのってまるで自分以外は戦争やりたがってるんだと言われてるようでちょっとイラつきます
戦争が停止した状態が戦争前の状態にもどるわけでもないし、クリミアのように戦争前に奪われたものが戻るわけでもないのだから「なくなった状態次第なのよね」
左翼が味噌もクソ(侵略戦争、自衛戦争、自衛隊海外派遣)も一緒にして「戦争反対」と言ってきた歴史があるから、「またか」と感じる。左翼がオオカミ少年になった。日本の多数派(普通の人達)からの信頼を失っている
いやあれ炎上してないでしょ。一人難癖つけてる奴がいて、そいつが炎上してた。「東浩紀のポストに「いつも真っ当なことを言う」という印象を持った」ええっ……『平和と愚かさ』から妙好人へという流れは面白い。
まぁ米国や日本に言えても中国やロシアに言えないとしたら、その言葉を勘繰られてしまうのも仕方がないのでは。それだけの話だろ。
同じ事を自分が言う勇気が無いからよ。実際、大抵の人は平和(の価値)を確信的に語れない。大して考えていないからだ。戦争は考える手掛かりがいくらもあるが、平和にはない。
交通事故が起きてる横で、交通安全の旗振ってても白い目で見られるだけでしょ。
ウサギというと集団で襲ってきて一撃で首を刎ねてくるイメージ。
「戦争反対」を旗印にする人々が日本を内側から破壊しようとしていて、実際に警備員や修学旅行生を殺しているのだから、「戦争反対」自体が極めて政治的に偏ったワードになってしまった。
あんな本読んでたら病気の直りが遅くなると思いました。私は東の高踏を装った党派性、欺瞞と言い訳のいつもの奴だったなって感想/自分の党派性を自覚して「そういう戦争は反対」と言えばいいとおもうんだ
「すべての国が今の状態で満足すればいいだけなのに!」
今戦争を起こしているのはアメリカやイスラエルなのに日本語でメッセージ書いても意味ないんちゃうん?誰に向けて書いてるん?みたいなことかなと思ってた。ビバリーヒルズに吹き替え版の人は住んでない、みたいな。
ブコメを見てもわかる通り、政治に関する話題は「敵か味方か」て色分けしたがる人がいるんでね。炎上不可避ってわけです。
そんなに炎上してないのに炎上したということにして気に入らない相手を批判するのに使ってるんじゃないの。少なくともはてブではほぼ批判意見は無かった
ロシア、アメリカ、イスラエルなど、明らかに侵攻したがる国がいて、それを支持する人々が実際日本にもいるのが見えたのに「誰も戦争はしたくない、そんなのは大前提」と言われても信じられないんだよなあ
いろんな意味で余裕がない人が多いのだなあ、とは思った。
「抑止力としての軍拡」も理屈が通っているのだが、「戦争反対」には軍備を抑制するニュアンスを嗅ぎ取り一方的な正義ヅラにイラついたのが今回の炎上の背景だと思う。それを言語化できない人があの絵を叩いていた
左派否定が前提なせいで遠回りしているのでは?
「戦争反対」は当たり前だが、口にされる時はなぜか「日本政府が戦争をしたがっている、国民を徴兵して戦地へ送りたがっている」という左派による陰謀論がセットでくっついてくるから忌避されるのだと思う。
中国に戦争かけられても防戦する日本政府に批判いきそうなあたりが炎上してる理由なんだよね まあ一生わからんだろうけど
本論とは離れてしまうかもだけど、そもそも「戦争」と「平和」が二項対立なのかは疑わしい気がする。「平和」の反対は「混沌」とか「無秩序」ではないかと思う。
炎上するわな。さらば森田がカカロニの「栗谷を救いたい!」とか言って、別に借金肩代わりとか行動したわけではない件と似てる。カミナリたくみの「俺、表面で動く人間、大っ嫌いなのよ。」 ってことよ。
「ロシアのウクライナ侵攻に対して即時停戦せよ」というのはそんなに難しい話ではなくプーチンが即日撤兵して国境の外に帰ればよいだけで、そう言わないから東は叩かれたのだけど。
「戦争反対」は一部にお花畑を見かける感じだが「戦争反対反対」は、ほぼ中二病お花畑なんよな。頭のいい人程、わざわざコメントしないからスルーしているだけで。
侵略に対する抵抗を無くすことを平和活動と呼んでいた面々が幅を利かせすぎたという印象。侵略を無くすにはグローバリゼーションが効くかと思ったが、結局は宗教に踏みにじられた。つまり宗教は全廃が必要に(文字数
「戦争反対」を自分への攻撃と感じるようになってるのだったら、一旦「自分はもうおかしくなってる」と思った方がいいかもです。
平和について語る際「誰に対し何をどういう形で発信するか」は当然違い,自分以外の考えの人を「平和の敵」「平和に反対する人」のように決めつける態度はそもそも平和を求める人の態度なのかなと思うことはあります
戦争賛成派が少ないので私は少数派に入れます
途中でリタイア。今の日本で「戦争反対」が炎上するのは、単に「戦争を回避しようと抑止力を整備しようとする営み」に「戦争の準備」だと言い掛かりを付ける傲慢な人たちがスローガンに使っているからだと思う。。
アフガンとイラク戦争の時も、反対しようものならイスラム原理主義を支持するのか、と当時ネットで書かれたような。
「戦争反対」と書かれた棍棒を集団でぶん回してる平和とは程遠い人たち。そして、棍棒が無関係の警備員や女子高生に当たって死なせても他責で責任を取らない姿勢。そんな人たちの肩を持ったら嫌悪されるのは自明。
少なくとも戦争反対という前提では一致できるよね? その手段としてはいろいろあるだろうけど、この前提を叩くのはおかしいでしょ
戦争に正義も悪もないし、それらが出てきたときは道徳的プロパガンダだと思うべき。無色2マナ払いなさい。/ 隣国が派手にやってるのに、祈るだけの人と戦争の話はできない、その幼児さは鼻につくんじゃないかな。
反体制派が「WAR IS OVER」や「戦争を知らない子供たち」を“お花畑”と呼び、「戦争反対」に政治色をつけだしたのだ。
過程を省いた印象操作に過ぎる。同じ言葉でも状況やそれまでの態度によって反応が異なるのは当たり前だろう。プーチンやトランプやネタニヤフが言ってたとしも、同じように「なぜ?」と問う気か?
戦争について考えてる人は「戦争について考えない」人がそのままで過ごせるように考えているはず。 「戦争について考えない」人が存在できない世界を守る必要あるのかな。
うさぎの件は確か左派的な同族嫌悪の嫉みではなかったか。
抑止力を平和の枠組みに入れてるか、戦争の枠組みに入れているかだけの違いだと思うけどその断絶は大きい。
難しくてよくわからんけど、先日「家でゆっくり野球が見られる」状況を懐かしむ発言に抱いた違和感に似ているのかもしれない。
仮に思考停止左翼が「戦争反対」に色をつけたとて、その場合に排除されるべきは戦争反対の言葉や思想ではなく思考停止という様態であるはず。なのになぜか言葉(の発信元)が攻撃される
まあ、本邦における平和運動というのが、その内実において反政府・反米活動であるというのが大きな問題だと思うよ
この記事のブコメに炎上する要素が多分にあるなぁ
汚い現実に向き合う覚悟もないまま言ってる奴がほとんどで底の浅さが見透かされてるからでは?ウクライナに折鶴送ってた連中と同じ。侵略阻止に必要なのは言霊ではなく兵器。
防水壁の向こうにまだ生きてる人間がいるタイミングで「この平和が守られるように」とか祈るからだよ せめて向こう側が静かになるまではパフォーマンスだけでも「向こうの人を助けて」と言うべきなだけ
外交の延長線上が戦争なんだ!とか、軍事力があれば侵略は抑止される!みたいなやつの化けの皮がどんどん剥がれていって、なんだ結局何も考えてないのと一緒じゃん?となってる2026年、いかがお過ごしでしょうか。
国際関係論のリアリストとしては戦争は回避すべきものと言いたい。反対しても戦争をなくすのは不可能だ。だから自国が戦争を回避する方策を考えるべき。日本は外的バランシング戦略(https://x.gd/RNLhq)をとるべきと考える
大多数が「わかりやすさ」を求めている。「奴ら=敵」を設定すると「我々」はわかりやすい世界で纏まることが出来るから、みんな敵/味方を示すラベル=印を探してる。「世界平和」を反戦サヨクの印と見做した人達が
記事中にある通りネットの話題は加速しつづけて人は目に移ったテキストの色だけを見て脊髄で反応している。戦争反対は赤色だから攻撃しただけだ。攻撃した理由もまたその場の反射で作るだけ。
戦争自体が悪だしそもそも戦争は政治なんだから色もクソもない。戦争する政治はクソなだけ
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