>この話に泣いてしまうのは、この話に辿り着けなかった話があるから あの日はこれが溢れてたんだよな…、去年14年ぶりに骨で帰ってきた6歳の子がいた、親の「帰ってきてくれた」は本心以外の何物でもないと思う…
一寸先は闇ということわざを思い出すくらいには、死が目の前にありすぎる。戦争も似たようなものなのだろうが、災害は怒りをぶつける相手もいないのでひたすら怖い。
凄い。ブクマ。
すげえ…電柱につかまるって有効なんだ
よくぞ、よくぞ生きて生きていらした
ちょっと涙がうるっと来るけど止まらない事はまずない。もし本当に止まらなければ病院へ
「死んだと思っていた人間が実は生きていた」なんて創作で普遍的な人気があるシーンだからなぁ。現実でそんな場面に出くわしたらそら一生頭に残り続けるでしょうね。
自衛隊員の奥さんが「大地震だ、家の中グチャグチャだって時に夫はさっさと着替えて地震の15分後には『じゃ、行ってくる』と基地へ、それから2週間救難活動で帰ってこなかった、実に心細かった」と話してたなあ。
かっちょええ!
“ 愛する人の元にあたりまえに帰れることが、どれだけ幸せなことなのか。 父は、電柱に掴まって助かった。 全身泥でびしょ濡れで、ヘドロの臭いが凄くて、手足は血まみれだった。 あかん、仕事休憩中なのに凄い泣け
言うても詮無いことだが3.11を偲ぶ日本人は多くても12.26(スマトラ島沖地震)を偲ぶ人は少ない。1.17も歴史になろうとしているし、1.1は元旦祝日以上の意味がすでに無くなっている
インフルエンサーではないし本当の話だろうな。インフルエンサーなら嘘松だったが。
何かの時に誰かを助けられるように準備したい
親戚は自宅から数mのところで高さ80cmの津波に飲まれて亡くなった。自宅に入れれば助かっただろうとは言われている。震災後に田畑から御遺体が見つかった話は沢山あったな。実家の田からは卒塔婆が出てきてた。
生まれつき天涯孤独だとこういうドラマが一切無い。一所懸命な筈なんだが乾涸びた塩原のように生きてる
こんなアクセス稼ぎのクソみたいなまとめに他人が勝手に感動するなよ。そんなだからマンガワンの騒動で集団ヒステリーみたいに正義感暴走させるんだろ。理解しろ。
よかったね!
電柱に捕まって助かったって人の話、直接聞いたことある。電柱、思ったより助けてそう
id:nikutetu 急にどしたん?
令和にこういうことを言ってはいけないのかも知れないけど、男らしくてかっこいいな
なんかカッコいいな。ショート映画にしてもらえ。
壮絶。よく帰ってこれた……
涙ぐんじゃった。
被災して引っ越した先の近くにある取り壊し予定だった公営住宅には避難民がまだ住んでいるし、過去のことにはなっていないのでこの時期だけ感傷的なコメが並ぶのは複雑だけど、忘れられないようにするのも大事
まぁ関東や東北の人は震災と言えば3.11のそれを指すだろうけど、関西では1.17だし、石川でも能登にとって1.1はとてもつらい日になるのは意識しておく。それぞれの地元で覚えておきたい人が覚えておけばいいけどね。
父が戦争から帰ってきて祖母が喜んで抱き合った話を思い出した。
足の悪いお母さんが玄関に降りた時には津波が足元まで来てしまった。その瞬間「いげ!」と父に叫んだという。走り出した車に向かって叫び続けた。「こっち見るな!」「がんばって生ぎろ!」「バンザイ!バンザイ!」
すごいな
津波に巻き込まれて死んだと思っていた父が全身泥だらけ、手足は血まみれの状態で避難所に現れ「俺は生きてるぞ!」と名前を呼びながら必死に叫んでいたあの光景が忘れられない
>この話に泣いてしまうのは、この話に辿り着けなかった話があるから あの日はこれが溢れてたんだよな…、去年14年ぶりに骨で帰ってきた6歳の子がいた、親の「帰ってきてくれた」は本心以外の何物でもないと思う…
一寸先は闇ということわざを思い出すくらいには、死が目の前にありすぎる。戦争も似たようなものなのだろうが、災害は怒りをぶつける相手もいないのでひたすら怖い。
凄い。ブクマ。
すげえ…電柱につかまるって有効なんだ
よくぞ、よくぞ生きて生きていらした
ちょっと涙がうるっと来るけど止まらない事はまずない。もし本当に止まらなければ病院へ
「死んだと思っていた人間が実は生きていた」なんて創作で普遍的な人気があるシーンだからなぁ。現実でそんな場面に出くわしたらそら一生頭に残り続けるでしょうね。
自衛隊員の奥さんが「大地震だ、家の中グチャグチャだって時に夫はさっさと着替えて地震の15分後には『じゃ、行ってくる』と基地へ、それから2週間救難活動で帰ってこなかった、実に心細かった」と話してたなあ。
かっちょええ!
“ 愛する人の元にあたりまえに帰れることが、どれだけ幸せなことなのか。 父は、電柱に掴まって助かった。 全身泥でびしょ濡れで、ヘドロの臭いが凄くて、手足は血まみれだった。 あかん、仕事休憩中なのに凄い泣け
言うても詮無いことだが3.11を偲ぶ日本人は多くても12.26(スマトラ島沖地震)を偲ぶ人は少ない。1.17も歴史になろうとしているし、1.1は元旦祝日以上の意味がすでに無くなっている
インフルエンサーではないし本当の話だろうな。インフルエンサーなら嘘松だったが。
何かの時に誰かを助けられるように準備したい
親戚は自宅から数mのところで高さ80cmの津波に飲まれて亡くなった。自宅に入れれば助かっただろうとは言われている。震災後に田畑から御遺体が見つかった話は沢山あったな。実家の田からは卒塔婆が出てきてた。
生まれつき天涯孤独だとこういうドラマが一切無い。一所懸命な筈なんだが乾涸びた塩原のように生きてる
こんなアクセス稼ぎのクソみたいなまとめに他人が勝手に感動するなよ。そんなだからマンガワンの騒動で集団ヒステリーみたいに正義感暴走させるんだろ。理解しろ。
よかったね!
電柱に捕まって助かったって人の話、直接聞いたことある。電柱、思ったより助けてそう
id:nikutetu 急にどしたん?
令和にこういうことを言ってはいけないのかも知れないけど、男らしくてかっこいいな
なんかカッコいいな。ショート映画にしてもらえ。
壮絶。よく帰ってこれた……
涙ぐんじゃった。
被災して引っ越した先の近くにある取り壊し予定だった公営住宅には避難民がまだ住んでいるし、過去のことにはなっていないのでこの時期だけ感傷的なコメが並ぶのは複雑だけど、忘れられないようにするのも大事
まぁ関東や東北の人は震災と言えば3.11のそれを指すだろうけど、関西では1.17だし、石川でも能登にとって1.1はとてもつらい日になるのは意識しておく。それぞれの地元で覚えておきたい人が覚えておけばいいけどね。
父が戦争から帰ってきて祖母が喜んで抱き合った話を思い出した。
足の悪いお母さんが玄関に降りた時には津波が足元まで来てしまった。その瞬間「いげ!」と父に叫んだという。走り出した車に向かって叫び続けた。「こっち見るな!」「がんばって生ぎろ!」「バンザイ!バンザイ!」
すごいな