こういうことがたくさんあるからなあ。天災はこわい。それを人工的に起こすことができるのが戦争ですね。戦争は反対だなあ。
「ばっぱの手を離せ」という言葉の重みが凄まじい。極限状態での判断を誰も責めることはできんし、これぞ津波てんでんこやな
あの経験をした今ならまちがってないと言えるけど、当時は安全な日々が続いていたわけで、そこで誰かを見殺しにしたという自責は想像にあまりある
どうして置き去りにしたのか?と批判する人が居るというがどうしてそんなことが聞けるのか。
義務教育では、細かな知識や技術よりもこういった問題を真剣に考える時間を増やしてほしいな。
緊急避難を責める人はいないよ。いるとしたら幸せな人だ
典型的なサバイバーズ・ギルト(Survivor's guilt)だろう。生き残ったことで罪の意識にさいなまれている。
“男性が批判浴びても訴える”って、批判を受けるいわれなどない。
この事例を功利主義的に肯定する奴とは相容れないな。
とっさに「手をはなせ」と判断できて凄い。
非難されるべきは「手を離して置き去りにしたこと」ではない。その判断をしなければ助からないほど避難が遅かったことだ。10mの津波予報を聞いていながら,すぐに避難せず海に様子を見に行ったことだ。
生きるか死ぬかの時に判断したことを、誰も批判することなどできない。
これはつらい。(おばあちゃん自身が「手を離して」と言ったのかと思ってしまったタイトル)阪神・淡路大震災のときは、家の下敷きになりもうすぐ焼けてしまうというとき、目の前の家族に「もういいから逃げろ」と
ちょうど一昨日、車椅子利用者を避難させる夜間避難訓練が宮古市であった。正直避難所への道はバリアフリーではない、ということが明らかになってるのよね(ニュースになってるので各自検索のこと)。
何も言えることはない。心に少しでも平穏が戻ることを祈る
この人は高齢女性を見放したのではなく彼自身と妻たちの命を救ったんだよ。「手を離せ」と声に出すことで救った。でなければきっと全員助からなかった。とてつもないことを成し遂げたんだよ。
公人公務でもあるまいしどんな判断だって責められるいわれは無いよ。手を握ったまま津波にのまれても責められない。母、祖母ならそれでよくても妻なら?子なら?一緒に死ぬという選択をしたって責められてたまるか。
目の前の人間を見捨てる時の心境なんて想像出来るわけないし、避けようと思って避けられる事態でもない。共感なんてしたら間違いなく鬱になるから、この人の決断や思いを大いに尊重すべきだと思うに留めたい。
「大きな体格でばっばだと分かった」92にしてなかなかの重量があったと思われ。大の男でも仕方なかったと思う。そうは言っても、誰がどう慰めようと一生心は晴れないだろう。つらい
はだゲンで家族全員家の下敷きになって火災も起きててゲンだけ助かったものの逃げろと言われたシーンがやっぱ一番印象に残ってるよ(絵面がちょっとギャグっぽいのも含めて…だが緊急時は本当に起きるんだなあ…)
小学校低学年の子供でも背負うと全力では走れない。あんな大災害の中、誰かを助けて自分も助かるなんてのは普通の人には無理だと知った。津波てんでんこという言葉も聞いたのにもう忘れてた
"てんでんこ"っての初めて知った。覚えておこう
まぁ手を離さなかった人は死んでるだろうしな。生存者バイアスというか、生き残ったからこそ語れることだよな。
訓練してない一般人の選択で最良なんて難しいと思う・・でも悔いは残るよな・・話せてよかった
自分が流されるときはサムズアップで別れたい
津波てんでんこ、大切な考え方だよね。
"結局津波来ないやって言って海に見に行きました" / 最後の判断はそりゃ仕方ないんだけど、そこまで追い込まれてるのはこういう事してっからだよね。台風で用水路の様子見に行くやつとかもだけど、やめてくれ。
おそらく最も合理的な選択肢で、おばあちゃんの心も救われているだろうが、生き残った本人に心の傷が残るんだよな
タイトルだけで胸が痛くなって、本文読めない…
誰も悪くないよ
そもそも助けているからね。今、歴史というカンニングペーパーを使うなら、緊急速報の時点で避難行動に移っていれば全員が助かったのだろう。内閣府 一日前プロジェクトhttps://www.bousai.go.jp/kyoiku/keigen/ichinitimae/index.html
想像を絶する状況だと思う。外野が言えることは何もない。ただこの人の平穏を祈る
サバイバーズギルト
僥倖と呼ぶのはあまりにも辛いけど、一度バランスを崩した事でおばあさんを「置いていく」決断か可能になったんだよな。背負ったままであれば四人とも飲まれていた可能性が高い。
色々聞いたけど、軽々に面白がる話じゃない
人生の中で生命の選択を迫られる経験をする人がどのくらいいるのか。
この人は悪くない。震災の後、こういう話を沢山聞いたね。家族に自分を捨てるように言ってずっと万歳してたお年寄りの話を折に触れて思い出す。記事を捜したけれど、見つからなかった。
おばあさんが言ったのかと思ったら違った……これは重い……
想像だけでもかなりツライ
批判があるとしたら、大きな揺れを感じたのにすぐに避難行動に出なかったこと、だけど、それも後知恵。今はその後知恵を、次に来る大地震のために共有しよう
月並みな言い方になるけど、大谷さんと奥さんたちは「おばあさんのぶんまで生きている」のかもな。あるいは、石段まで背負われた数秒間だけでも、おばあさんは長く生きることができた……と言えるのかもしれない。
津波が来るとラジオで行っているのに海岸に行ってしまう人、ぼーっと突っ立ってるだけの人、家に財布を取りに戻る人、そういう人たちから死んでいくんだなあ・・・。
おれだったら生きていけないレベルの壮絶な経験だと思う。明日の14:46はこの方の魂が救われることを祈るよ。
ハンター試験をリアルに突きつけられてる…沈黙じゃ守れないし辛い
批判する人も、じゃあ4人一緒に死んでればよかったと考えているのかといえば、別にそういうわけでもなかったりするんかな。
批判などできる筈がない。そして、出来る事は、二度目が有った場合に、より最善を尽くすための準備しかない。
批判なんてできない
ポジティブに生きようみたいな話で何事も自分の捉え方次第と片付けてくるが、これを「良かった」などと本人が思える日は来るのだろうか
「あの時のおばあさんの目の色だけは、今もこびりついて離れない」背負ってた高齢女性を諦めて生き延びた男性が語る「東日本大震災の日に津波避難した際の凄惨な思い出」
こういうことがたくさんあるからなあ。天災はこわい。それを人工的に起こすことができるのが戦争ですね。戦争は反対だなあ。
「ばっぱの手を離せ」という言葉の重みが凄まじい。極限状態での判断を誰も責めることはできんし、これぞ津波てんでんこやな
あの経験をした今ならまちがってないと言えるけど、当時は安全な日々が続いていたわけで、そこで誰かを見殺しにしたという自責は想像にあまりある
どうして置き去りにしたのか?と批判する人が居るというがどうしてそんなことが聞けるのか。
義務教育では、細かな知識や技術よりもこういった問題を真剣に考える時間を増やしてほしいな。
緊急避難を責める人はいないよ。いるとしたら幸せな人だ
典型的なサバイバーズ・ギルト(Survivor's guilt)だろう。生き残ったことで罪の意識にさいなまれている。
“男性が批判浴びても訴える”って、批判を受けるいわれなどない。
この事例を功利主義的に肯定する奴とは相容れないな。
とっさに「手をはなせ」と判断できて凄い。
非難されるべきは「手を離して置き去りにしたこと」ではない。その判断をしなければ助からないほど避難が遅かったことだ。10mの津波予報を聞いていながら,すぐに避難せず海に様子を見に行ったことだ。
生きるか死ぬかの時に判断したことを、誰も批判することなどできない。
これはつらい。(おばあちゃん自身が「手を離して」と言ったのかと思ってしまったタイトル)阪神・淡路大震災のときは、家の下敷きになりもうすぐ焼けてしまうというとき、目の前の家族に「もういいから逃げろ」と
ちょうど一昨日、車椅子利用者を避難させる夜間避難訓練が宮古市であった。正直避難所への道はバリアフリーではない、ということが明らかになってるのよね(ニュースになってるので各自検索のこと)。
何も言えることはない。心に少しでも平穏が戻ることを祈る
この人は高齢女性を見放したのではなく彼自身と妻たちの命を救ったんだよ。「手を離せ」と声に出すことで救った。でなければきっと全員助からなかった。とてつもないことを成し遂げたんだよ。
公人公務でもあるまいしどんな判断だって責められるいわれは無いよ。手を握ったまま津波にのまれても責められない。母、祖母ならそれでよくても妻なら?子なら?一緒に死ぬという選択をしたって責められてたまるか。
目の前の人間を見捨てる時の心境なんて想像出来るわけないし、避けようと思って避けられる事態でもない。共感なんてしたら間違いなく鬱になるから、この人の決断や思いを大いに尊重すべきだと思うに留めたい。
「大きな体格でばっばだと分かった」92にしてなかなかの重量があったと思われ。大の男でも仕方なかったと思う。そうは言っても、誰がどう慰めようと一生心は晴れないだろう。つらい
はだゲンで家族全員家の下敷きになって火災も起きててゲンだけ助かったものの逃げろと言われたシーンがやっぱ一番印象に残ってるよ(絵面がちょっとギャグっぽいのも含めて…だが緊急時は本当に起きるんだなあ…)
小学校低学年の子供でも背負うと全力では走れない。あんな大災害の中、誰かを助けて自分も助かるなんてのは普通の人には無理だと知った。津波てんでんこという言葉も聞いたのにもう忘れてた
"てんでんこ"っての初めて知った。覚えておこう
まぁ手を離さなかった人は死んでるだろうしな。生存者バイアスというか、生き残ったからこそ語れることだよな。
訓練してない一般人の選択で最良なんて難しいと思う・・でも悔いは残るよな・・話せてよかった
自分が流されるときはサムズアップで別れたい
津波てんでんこ、大切な考え方だよね。
"結局津波来ないやって言って海に見に行きました" / 最後の判断はそりゃ仕方ないんだけど、そこまで追い込まれてるのはこういう事してっからだよね。台風で用水路の様子見に行くやつとかもだけど、やめてくれ。
おそらく最も合理的な選択肢で、おばあちゃんの心も救われているだろうが、生き残った本人に心の傷が残るんだよな
タイトルだけで胸が痛くなって、本文読めない…
誰も悪くないよ
そもそも助けているからね。今、歴史というカンニングペーパーを使うなら、緊急速報の時点で避難行動に移っていれば全員が助かったのだろう。内閣府 一日前プロジェクトhttps://www.bousai.go.jp/kyoiku/keigen/ichinitimae/index.html
想像を絶する状況だと思う。外野が言えることは何もない。ただこの人の平穏を祈る
サバイバーズギルト
僥倖と呼ぶのはあまりにも辛いけど、一度バランスを崩した事でおばあさんを「置いていく」決断か可能になったんだよな。背負ったままであれば四人とも飲まれていた可能性が高い。
色々聞いたけど、軽々に面白がる話じゃない
人生の中で生命の選択を迫られる経験をする人がどのくらいいるのか。
この人は悪くない。震災の後、こういう話を沢山聞いたね。家族に自分を捨てるように言ってずっと万歳してたお年寄りの話を折に触れて思い出す。記事を捜したけれど、見つからなかった。
おばあさんが言ったのかと思ったら違った……これは重い……
想像だけでもかなりツライ
批判があるとしたら、大きな揺れを感じたのにすぐに避難行動に出なかったこと、だけど、それも後知恵。今はその後知恵を、次に来る大地震のために共有しよう
月並みな言い方になるけど、大谷さんと奥さんたちは「おばあさんのぶんまで生きている」のかもな。あるいは、石段まで背負われた数秒間だけでも、おばあさんは長く生きることができた……と言えるのかもしれない。
津波が来るとラジオで行っているのに海岸に行ってしまう人、ぼーっと突っ立ってるだけの人、家に財布を取りに戻る人、そういう人たちから死んでいくんだなあ・・・。
おれだったら生きていけないレベルの壮絶な経験だと思う。明日の14:46はこの方の魂が救われることを祈るよ。
ハンター試験をリアルに突きつけられてる…沈黙じゃ守れないし辛い
批判する人も、じゃあ4人一緒に死んでればよかったと考えているのかといえば、別にそういうわけでもなかったりするんかな。
批判などできる筈がない。そして、出来る事は、二度目が有った場合に、より最善を尽くすための準備しかない。
批判なんてできない
ポジティブに生きようみたいな話で何事も自分の捉え方次第と片付けてくるが、これを「良かった」などと本人が思える日は来るのだろうか