やりがいは仕事の目的ではなく、仕事をするなかでときどき出会えるラッキーな宝物みたいなものなのだ。そんな出会えるかどうかわからないラッキーを仕事の目的にしていたら、うまくいくわけがないのだ
やりがいを感じないは仕事をやらない理由にならない。それを目的にするのが間違っている。やりがいは偶然、得られる仕事の副産物なので、目的になりえないから。僕は仕事でやりがいを感じたことはほとんどないです。
やりがいを感じたい人は教師になると良いのだがなぁ。私学なら選択を間違わなければそれなりの給与と待遇も得られる
こうやってPCやスマホですぐ刺激や興奮を得られる環境だと、すぐに報われなくてもじっくり取り組んで、いつかほんの少しやりがいを感じられたらラッキーなんて働き方は思いつきもしなくなるのかもね
やりがいなんて個人の主観なのだから、自分の機嫌ぐらい自分で勝手にとるのが大人だよ、としか。
君は別に客じゃないからって気持ちにはなる。会社や仕事はやりがいを与えるべきという態度を取られると正直困惑はしますが、与えてくれる業界や会社があればそっちに転職しちゃうよねというのは分かる。
背中に巻貝が生えたら邪魔じゃないか (古いネタ)
全く逆かな。ただただ楽しいから仕事やってるよ。生活やお金は夢中で楽しんでると勝手についてくる。やりがい無いとかつまんないとかは、楽しむために全部ぶち込む覚悟が足りないだけだと思う。
氷河期サバイバーが下の世代を「わしらの時代はこうじゃった」でしばき上げるやつ。やりがいも提供できる他の企業に若手を根こそぎ取られればいい。そうすれば世の中ちょっとは良くなる
全部ロボットとAIに切り替えよう(極論)
ワイも以前そうだったんだけど、「お仕事で自己実現!」っていうイデオロギーというかフィクションを内面化しちゃってるのよ。でも若さってそういうもんじゃないのかな
仕事に利害を感じないのはよいことでは? え? や りがい? りがいはわかるけど、それに「や」がつくとどうなるんだっけ
人が生きる理由なんて人それぞれなんだからやりがいを重要視してる人がいてもいいんじゃないの。自分の正義を他者に押し付けるのは老害しぐさそのものって感じ。
自分はむしろやりがいなんか全く求めてないのでエンゲージメントサーベイや1on1でやりがいを感じられてるか聞かれると、偽りの回答を返すために脳のリソースを消費して心底苦痛を感じる。やりがい?ねえよばーか!w
まぁ、心の健康的にはあったほうがいいよね。たぶんね。でもまぁ、一番のやりがい感じるのは給料の時よね。
今の20代が圧倒的な人手不足の売り手市場の中で、それなりの賃金は大前提として仕事に金以外のものを求めるのは必然だろう/氷河期部長は自分の就活観をアップデートできないなら老害に一直線だよ
昔、若手が「未来が見えない。」っていって辞めていったなあ。確かに未来はなかったわけだが。
例えば、好きなサッカークラブに関われるなら何でも良いとか、生花店やパン屋でバイトとか、好きなものに関わって生きていく事は実はできる。/人生で何を優先するかは自分で決めるしかない。
その笑顔にどこまで出会い続けられるかわからないが長く続いてほしいと願う。
雇われ仕事にやりがいを求めるなよ。やりがい重視なら自分でやろうぜ
仕事のやりがいを見出すかどうかは仕事をする人の問題であって、他人から与えられるものではない。やりがいがないと言ってるやつ、大体つまらないと言ってるのと同義なので。
会社組織としてはやる気とかやりがいの有無が仕事の品質に影響しちゃダメなのよ。でも若手は給与以外の指標、褒めのフィードバックが欲しいんだろうなと思う。周りに認められているか役立てているかが知りたいのよ
昔からやりがいって言う人いるよね。
日々平行線ではなくて、何も改善されずに悪化していく未来しか見えず船からネズミが逃げているのに、オブラートに包んで『やりがいがない』と言ってくれてるのを真に受けてしまってる様に思える。
「やりがい」は「何者かになる」のと似ているよね。生活があってこそ成り立つ価値観なんだよな。
やりがいは副産物でラッキーなもの。当てにしない。そうだねえ。
やりがいとか楽しいとかモチベーションにせずに仕事してるし上司にもそう言ってる。それ感じる時はあるけど仕事は基本つまらんと思ってるからそれモチベーションにすると辛い。
やりがい、って人から感謝されたり評価されたりとか、絵を描くとかスキルアップできることだと思うけど、そんなのはAIに任せて褒めてもらいなさい。人に感情労働を押し付けない。ある一部の上澄みコミュニティだけ。
部下のやりがいの確保は管理職の側の責務、自分はそう考えて管理職やってる。やりがいの意義を完全否定するひとは、給与満額もらえるけど仕事にまったくタッチできない追い出し部屋についてどう思われるのだろう。
“仕事は生活のためにある” ←なので成果報酬が噛み合ってれば「やりがい」になるんじゃないかな。そら若い子は選択肢が他にいくらでもあるんだから、「金」か「楽しさ」かってなる。
最近横文字でパーパス、ミッションビジョンバリューとか、日本語でいうと「大義」みたいなことを言う人が増えたのはこういうことかなって思います。食は人生の一部ですものね。一方でゲーム化みたいな小技も有用かも
いつも帰りたいと思いながら仕事してるわ。
久々に聞いたなその単語
「ノルマ未達見込みの部下が作り上げた出来の悪い言い訳を聞かされるという苦行」ノルマみたいな指標でしか評価されないから、やりがいを感じられないんじゃ。会社に貢献したいんじゃなくて社会に貢献したいんよ。
SNSでキラキラしたものを見せ続けられてる今の若者だとこうなっちゃうのもわからんでもない
仕事にやりがいは求めていないけど、賽の河原みたいな仕事は精神を病むよ。何時間もかけて作る資料が全く使われてなくて本当に虚しかった。
仕事は生活のためと公言できる企業は相応の給料を払っている企業だけな。成功報酬はやりがいになるが、売れない商品や腐れ事業の契約をとってこいと言われても虚しいだけだ。
仕事は生活のためにするものというのは大前提であって、そのうえで生活のための仕事をより前向きにするために自分にとってやりがいのある仕事を選ぶものなのでは?副産物には違いないけど、副産物は多い方がいい。
散々仕事のことをネタにしてブログ書いてきてんのにやりがいがないは嘘だろう
「仕事は生活のためにある」←主語が大きい。「僕にとっての仕事は」とか「この会社の仕事は」とかじゃないの。
やりがいは自分で見つけるしかない。上司が見つけてきてくれるやりがいも、上司が喜ぶからこちらも目を輝かせるだけ。逆にやりがいがある仕事だから、諸々我慢しろというスタンスを見抜かれてるよ。
やりがいが有るに越したことはないが、無くても必要な成果を出すのが仕事なのよね。
「やりたくない仕事をしない理由」としてやりがいを持ち出すのは単なるわがままだがドラッカーが言うように「人は成果を通じて自分の存在価値を感じる」ものなので「やりがいなど必要ない」まで割り切ると社会に害悪
仕事のやりがいは最終的には「給料」だ。労働に見合った給料をもらえるからこそやりがいになる。ぎゃくにいえばここが破綻すれば単なる苦役。奴隷と同じ。
若くて仕事を選べる立場だったらそうした方がいいよ。「人間は、めしを食べなければ死ぬから、そのために働いて、めしを食べなければならぬ」という人間失格じゃないけど、失った若さや機会を考えると虚無感がすごい
“やりがいは仕事の目的ではなく、仕事をするなかでときどき出会えるラッキーな宝物みたいなもの”
みんな「生きる意味」とか「人生の目的」とか「やりがい」とかワケのわからんことを考えて生きてるんだねえ、俺なんか「人生は死ぬまでの暇つぶし」としか思ってないし働くのは「金が必要だから」だけなんだがな。
多くの文脈において「やりがい」=「お金」である。偉い人は分かってるけど、知らない素ぶりをする。月給10万アップしたら、やりがい出るんじゃない。
私はやりがいには報酬の多さも含まれると考えている。彼らにとっては報酬が現在の仕事に見合っていないと考えているのかもしれない。
体育会系マッチョと文系ニヒルのアマルガムみたいな発話。おそらくは無意識に,苦しむことそのものに価値を見いだそうとする。バブル期に自己形成した男性にありがち。
自分でクローズ出来ない仕事にやりがいは無い。仕事に「やりがい」が無い人とは、やりがいを感じられる段階まで行けていないルーキーか、能力が足りないロートルという事。
「やらなければならない」「キャシャーンがやらねば誰がやる」で消耗するのもアレなのでほどほどが一番
やりがいもモチベーションもない仕事を完了させるのがプロフェッショナルやねん。英語圏インフルエンサーたちがやたらと Yarigai 推しなのは気になる
どんなに雑用でもやりがいをみつけてやるようにはしている(タイムアタックとかで)
こういう事を書いているうちに、そのうちくだんの上司みたいになっていくなんだろうなぁって思った。
ただ単に成績不振の理由が思いつかなかったから「やりがいを感じない」って言っただけ説
「仕事に『やりがい』を感じない」と部下から言われます。 - Everything you've ever Dreamed
やりがいは仕事の目的ではなく、仕事をするなかでときどき出会えるラッキーな宝物みたいなものなのだ。そんな出会えるかどうかわからないラッキーを仕事の目的にしていたら、うまくいくわけがないのだ
やりがいを感じないは仕事をやらない理由にならない。それを目的にするのが間違っている。やりがいは偶然、得られる仕事の副産物なので、目的になりえないから。僕は仕事でやりがいを感じたことはほとんどないです。
やりがいを感じたい人は教師になると良いのだがなぁ。私学なら選択を間違わなければそれなりの給与と待遇も得られる
こうやってPCやスマホですぐ刺激や興奮を得られる環境だと、すぐに報われなくてもじっくり取り組んで、いつかほんの少しやりがいを感じられたらラッキーなんて働き方は思いつきもしなくなるのかもね
やりがいなんて個人の主観なのだから、自分の機嫌ぐらい自分で勝手にとるのが大人だよ、としか。
君は別に客じゃないからって気持ちにはなる。会社や仕事はやりがいを与えるべきという態度を取られると正直困惑はしますが、与えてくれる業界や会社があればそっちに転職しちゃうよねというのは分かる。
背中に巻貝が生えたら邪魔じゃないか (古いネタ)
全く逆かな。ただただ楽しいから仕事やってるよ。生活やお金は夢中で楽しんでると勝手についてくる。やりがい無いとかつまんないとかは、楽しむために全部ぶち込む覚悟が足りないだけだと思う。
氷河期サバイバーが下の世代を「わしらの時代はこうじゃった」でしばき上げるやつ。やりがいも提供できる他の企業に若手を根こそぎ取られればいい。そうすれば世の中ちょっとは良くなる
全部ロボットとAIに切り替えよう(極論)
ワイも以前そうだったんだけど、「お仕事で自己実現!」っていうイデオロギーというかフィクションを内面化しちゃってるのよ。でも若さってそういうもんじゃないのかな
仕事に利害を感じないのはよいことでは? え? や りがい? りがいはわかるけど、それに「や」がつくとどうなるんだっけ
人が生きる理由なんて人それぞれなんだからやりがいを重要視してる人がいてもいいんじゃないの。自分の正義を他者に押し付けるのは老害しぐさそのものって感じ。
自分はむしろやりがいなんか全く求めてないのでエンゲージメントサーベイや1on1でやりがいを感じられてるか聞かれると、偽りの回答を返すために脳のリソースを消費して心底苦痛を感じる。やりがい?ねえよばーか!w
まぁ、心の健康的にはあったほうがいいよね。たぶんね。でもまぁ、一番のやりがい感じるのは給料の時よね。
今の20代が圧倒的な人手不足の売り手市場の中で、それなりの賃金は大前提として仕事に金以外のものを求めるのは必然だろう/氷河期部長は自分の就活観をアップデートできないなら老害に一直線だよ
昔、若手が「未来が見えない。」っていって辞めていったなあ。確かに未来はなかったわけだが。
例えば、好きなサッカークラブに関われるなら何でも良いとか、生花店やパン屋でバイトとか、好きなものに関わって生きていく事は実はできる。/人生で何を優先するかは自分で決めるしかない。
その笑顔にどこまで出会い続けられるかわからないが長く続いてほしいと願う。
雇われ仕事にやりがいを求めるなよ。やりがい重視なら自分でやろうぜ
仕事のやりがいを見出すかどうかは仕事をする人の問題であって、他人から与えられるものではない。やりがいがないと言ってるやつ、大体つまらないと言ってるのと同義なので。
会社組織としてはやる気とかやりがいの有無が仕事の品質に影響しちゃダメなのよ。でも若手は給与以外の指標、褒めのフィードバックが欲しいんだろうなと思う。周りに認められているか役立てているかが知りたいのよ
昔からやりがいって言う人いるよね。
日々平行線ではなくて、何も改善されずに悪化していく未来しか見えず船からネズミが逃げているのに、オブラートに包んで『やりがいがない』と言ってくれてるのを真に受けてしまってる様に思える。
「やりがい」は「何者かになる」のと似ているよね。生活があってこそ成り立つ価値観なんだよな。
やりがいは副産物でラッキーなもの。当てにしない。そうだねえ。
やりがいとか楽しいとかモチベーションにせずに仕事してるし上司にもそう言ってる。それ感じる時はあるけど仕事は基本つまらんと思ってるからそれモチベーションにすると辛い。
やりがい、って人から感謝されたり評価されたりとか、絵を描くとかスキルアップできることだと思うけど、そんなのはAIに任せて褒めてもらいなさい。人に感情労働を押し付けない。ある一部の上澄みコミュニティだけ。
部下のやりがいの確保は管理職の側の責務、自分はそう考えて管理職やってる。やりがいの意義を完全否定するひとは、給与満額もらえるけど仕事にまったくタッチできない追い出し部屋についてどう思われるのだろう。
“仕事は生活のためにある” ←なので成果報酬が噛み合ってれば「やりがい」になるんじゃないかな。そら若い子は選択肢が他にいくらでもあるんだから、「金」か「楽しさ」かってなる。
最近横文字でパーパス、ミッションビジョンバリューとか、日本語でいうと「大義」みたいなことを言う人が増えたのはこういうことかなって思います。食は人生の一部ですものね。一方でゲーム化みたいな小技も有用かも
いつも帰りたいと思いながら仕事してるわ。
久々に聞いたなその単語
「ノルマ未達見込みの部下が作り上げた出来の悪い言い訳を聞かされるという苦行」ノルマみたいな指標でしか評価されないから、やりがいを感じられないんじゃ。会社に貢献したいんじゃなくて社会に貢献したいんよ。
SNSでキラキラしたものを見せ続けられてる今の若者だとこうなっちゃうのもわからんでもない
仕事にやりがいは求めていないけど、賽の河原みたいな仕事は精神を病むよ。何時間もかけて作る資料が全く使われてなくて本当に虚しかった。
仕事は生活のためと公言できる企業は相応の給料を払っている企業だけな。成功報酬はやりがいになるが、売れない商品や腐れ事業の契約をとってこいと言われても虚しいだけだ。
仕事は生活のためにするものというのは大前提であって、そのうえで生活のための仕事をより前向きにするために自分にとってやりがいのある仕事を選ぶものなのでは?副産物には違いないけど、副産物は多い方がいい。
散々仕事のことをネタにしてブログ書いてきてんのにやりがいがないは嘘だろう
「仕事は生活のためにある」←主語が大きい。「僕にとっての仕事は」とか「この会社の仕事は」とかじゃないの。
やりがいは自分で見つけるしかない。上司が見つけてきてくれるやりがいも、上司が喜ぶからこちらも目を輝かせるだけ。逆にやりがいがある仕事だから、諸々我慢しろというスタンスを見抜かれてるよ。
やりがいが有るに越したことはないが、無くても必要な成果を出すのが仕事なのよね。
「やりたくない仕事をしない理由」としてやりがいを持ち出すのは単なるわがままだがドラッカーが言うように「人は成果を通じて自分の存在価値を感じる」ものなので「やりがいなど必要ない」まで割り切ると社会に害悪
仕事のやりがいは最終的には「給料」だ。労働に見合った給料をもらえるからこそやりがいになる。ぎゃくにいえばここが破綻すれば単なる苦役。奴隷と同じ。
若くて仕事を選べる立場だったらそうした方がいいよ。「人間は、めしを食べなければ死ぬから、そのために働いて、めしを食べなければならぬ」という人間失格じゃないけど、失った若さや機会を考えると虚無感がすごい
“やりがいは仕事の目的ではなく、仕事をするなかでときどき出会えるラッキーな宝物みたいなもの”
みんな「生きる意味」とか「人生の目的」とか「やりがい」とかワケのわからんことを考えて生きてるんだねえ、俺なんか「人生は死ぬまでの暇つぶし」としか思ってないし働くのは「金が必要だから」だけなんだがな。
多くの文脈において「やりがい」=「お金」である。偉い人は分かってるけど、知らない素ぶりをする。月給10万アップしたら、やりがい出るんじゃない。
私はやりがいには報酬の多さも含まれると考えている。彼らにとっては報酬が現在の仕事に見合っていないと考えているのかもしれない。
体育会系マッチョと文系ニヒルのアマルガムみたいな発話。おそらくは無意識に,苦しむことそのものに価値を見いだそうとする。バブル期に自己形成した男性にありがち。
自分でクローズ出来ない仕事にやりがいは無い。仕事に「やりがい」が無い人とは、やりがいを感じられる段階まで行けていないルーキーか、能力が足りないロートルという事。
「やらなければならない」「キャシャーンがやらねば誰がやる」で消耗するのもアレなのでほどほどが一番
やりがいもモチベーションもない仕事を完了させるのがプロフェッショナルやねん。英語圏インフルエンサーたちがやたらと Yarigai 推しなのは気になる
どんなに雑用でもやりがいをみつけてやるようにはしている(タイムアタックとかで)
こういう事を書いているうちに、そのうちくだんの上司みたいになっていくなんだろうなぁって思った。
ただ単に成績不振の理由が思いつかなかったから「やりがいを感じない」って言っただけ説