終焉?これから始まるのだ
「誰でもそこそこのクオリティが出せる」ようになった瞬間、公募の存在意義がかなり揺らいでしまった。そして「表現すること自体の希少性が消えた」 というもっと根深い話だと思う。 …ってgrokさんが言ってました。
そこにAIはあるんか。
まんが甲子園みたいに、その場でお題発表してその場で作らせるしかない
作品応募ものはもうだめだね ライブでその場で即興でやる俳句大会とかその場で描く絵その場でパフォーマンスして競うしか有効じゃなくなった 逆にそれならアリなので方法性をシフトできる
クラウドソーシング系のコンペとかタダ働きさせてる上にクライアントがクズが多いと聞くので結果的には良かったのでは?
というかそもそもAIは、学術研究も含めてありとあらゆる創造的な活動で不可欠のものとなっているので、排除も否定もできないよ
一件無くなったのはこの記事で分かったけど、そんなにいっぱい無くなってるの?
どのAIが一番優れた作品を産み出すかのコンペが始まるよ
作文コンクール、毎年かかされたやつ消滅したなぁ…
1を100にする人しかいなくなって0から1を生む人が減っちゃうね
川柳がAIに取って代わられるとは、時代の流れは面白いですわね。新たな創作の花が咲くことを期待ですの!
( ナイトスクープのはこれかな https://abc-magazine.asahi.co.jp/post-66627/ https://www.youtube.com/watch?v=9VZQKMMTdlU
AI普及しだした頃、プロンプトの英訳のせいか日本語の学習不足かどうやっても5・7・5の川柳作れなかった。
「逆に言えば世の中にはAIが生成できる程度のもので満足できる人が多いということでもあり、その程度でコンペがどんどん終了するということはヒトが作っていたものは思っていたほどクリエイティブではなかったと」
現場でスマホ無しで、即興でやらせるしかないよね。
審査側もAIになれば復活する
主語が大きい。応募者を評価するタイプは廃れるかもしれないが、アイデア自体や実装・施工者を選定するタイプのものは結果がよければAIでもなんでもいい
技術が文化を殺すの、皮肉が効いてて良い話やね
ロボットコンテストみたいなのが発展するだろう、中国はもうそんな感じだ
川柳か。Kaggleかと思った。
AIも同じような答えを出すようになったらそれは陳腐化なので全然クリエイティブにならないんだよね
高度な文化(世の中を開拓する最前線。一過性)の顔をして、文明(世の中の底上げ。普遍的)に追いつかれるような事をしてたのがバレただけだね
単純に法的リスクの問題じゃろ。
このペンギンってアカウントは、漫画家の荒木飛呂彦がAIを批判してるってデマの発生源。素直に信じないほうが良いよ https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2411/19/news182.html
YouTubeに増えてきた有名曲のAIカバーはよく聞いているが、もはや素人の歌ってみたなんかは需要そのものが無くなってる。
ミャクミャクを妖怪辞典で探す父はAIとか考えなくとも面白い句だよね
本当にクリエイターってどこにいったの?
最終決戦は曲水の宴方式でやるしかねえな。
終わればいいだろ。
「ヒトが作っていたものは思っていたほどクリエイティブではなかった」←これからは100m走や将棋の様にヒトがやるからこそ意味があるという方向に行くしかないな。
何が作ったもんであっても素晴らしいならいいんじゃない?
なんでAIを下に見てるんだ
刺繍文化やレース文化が機械化によって廃れたけど、最近になって手編みブームが来てたりするので、一度廃れてからまた新しい文化になって戻ってくるかもね。 公募型は廃れて、AIありの即興型とか遊園会化するかもね。
くだらないものに金や時間をかける価値がないことが改めてわかってよかったのでは
現地に集まってリアルタイムで出題する受験方式しかないな
コンペとか競争みたいなこと自体が文化のあり方として間違ってるんじゃないかな?作るのが楽しい、見るのが楽しいでいいじゃないか
AIなら川柳なんて秒で量産できるしな。コピペ勢のせいで文化の出口が塞がれていくのは皮肉な話
どうでもいいものが廃れたり、価値があると思われた物の再定義が必要になったり。おそらくは望ましい事だと思う。
大喜利大会みたいにリアルタイムで作っていく競技になっていくかもしれん
自動生成で、三文話などによる作成は80%までできても、120%の回答は難しいだろうな
生成AI前には同じような句は届かなかった? であれば同じような句はフィルタリングして選考から除外すれば良いのでは? xとかもコピペ投稿は消せばいい
入試みたいに電子機器持ち込み禁止で一箇所に集めてやるしかないのか
てことはもうすぐこの世からゴルフが消えるのか!?
素人の下手上手な弾き語りからしかしない味を知らない人がいるのか…
アキハバラ@DEEPを思い出した。
なんでAI作品で応募するのか?コンペの意味ないやん。
AI使おうが人が考えようが「面白い」と感じる人が多ければなんでもいいやん、コンペじゃなくてもお祭りでええやん
AIが作ったかどうかはすぐわかると言ってる人を審査員に集めればいいのでは
デジタル作画が普及した結果スクリーントーン貼りがなくなったり、セル画がなくなったのは文化の消失ではないのでしょうか
まあ文化の終焉というより文化の変容と捉えるべきなのだろう。ライブ的な川柳大会とか、プレバト的な“採点や講評も含めてエンタメ化する”みたいは方向に変化するのかな?
アナログ絵画はまだ大丈夫そうではあるが、どうなりますかねぇ。
「労働安全衛生の標語を5つ作ってください。ただし必ずポケモンの名前を入れてください」くらいに捻ると面白いのが出てくる。
こんなことが起きちゃう時代なんだね。
こういった公募やその他一般の人の文章掲載などの意義の一つには、書いてみたり、自分もできると思わせることあるんだけど、その効力も薄まるよなぁ。
まだAI使用者が初歩的なレベルだからそうなる。そのうちAIネイティブ世代みたいのが出てくると、同じAI使ってんのに生成物のクオリティが段違いみたいなヤツが出始めるよ。この手の話を始めるのはそれからだ。
ラップバトルしか勝たん時代がやってきた
手編みも靴下の機械式手編み機が再発明されている/人力とのタッグか将棋のように外部との接触不可を義務付けないとコンペは難しいのだろうが、今度はコンペにそこまでする必要があるのだろうか?という疑問が生じる
コメントを見て独り言を言うけど、もうクリエイターの多くはSNSに制作物を発表したくないんですよ そこ経由で食べてる人が多いわけではないので、リスクが大きければ使わないだけです 若い人には気の毒だね...
様々な賞は「才能を育てるため」にあったのだけれども。環境を破壊していくなぁ。/AIの普及により「努力したくない人」「熱意のない人」が指導する側のリソースを食い尽くすようになってしまった
AIが普及した結果、あらゆるコンペが終了していってるのマジで文化の終焉を感じる「メルカリで作文代行が物議…ってのが可愛く感じるレベル」
終焉?これから始まるのだ
「誰でもそこそこのクオリティが出せる」ようになった瞬間、公募の存在意義がかなり揺らいでしまった。そして「表現すること自体の希少性が消えた」 というもっと根深い話だと思う。 …ってgrokさんが言ってました。
そこにAIはあるんか。
まんが甲子園みたいに、その場でお題発表してその場で作らせるしかない
作品応募ものはもうだめだね ライブでその場で即興でやる俳句大会とかその場で描く絵その場でパフォーマンスして競うしか有効じゃなくなった 逆にそれならアリなので方法性をシフトできる
クラウドソーシング系のコンペとかタダ働きさせてる上にクライアントがクズが多いと聞くので結果的には良かったのでは?
というかそもそもAIは、学術研究も含めてありとあらゆる創造的な活動で不可欠のものとなっているので、排除も否定もできないよ
一件無くなったのはこの記事で分かったけど、そんなにいっぱい無くなってるの?
どのAIが一番優れた作品を産み出すかのコンペが始まるよ
作文コンクール、毎年かかされたやつ消滅したなぁ…
1を100にする人しかいなくなって0から1を生む人が減っちゃうね
川柳がAIに取って代わられるとは、時代の流れは面白いですわね。新たな創作の花が咲くことを期待ですの!
( ナイトスクープのはこれかな https://abc-magazine.asahi.co.jp/post-66627/ https://www.youtube.com/watch?v=9VZQKMMTdlU
AI普及しだした頃、プロンプトの英訳のせいか日本語の学習不足かどうやっても5・7・5の川柳作れなかった。
「逆に言えば世の中にはAIが生成できる程度のもので満足できる人が多いということでもあり、その程度でコンペがどんどん終了するということはヒトが作っていたものは思っていたほどクリエイティブではなかったと」
現場でスマホ無しで、即興でやらせるしかないよね。
審査側もAIになれば復活する
主語が大きい。応募者を評価するタイプは廃れるかもしれないが、アイデア自体や実装・施工者を選定するタイプのものは結果がよければAIでもなんでもいい
技術が文化を殺すの、皮肉が効いてて良い話やね
ロボットコンテストみたいなのが発展するだろう、中国はもうそんな感じだ
川柳か。Kaggleかと思った。
AIも同じような答えを出すようになったらそれは陳腐化なので全然クリエイティブにならないんだよね
高度な文化(世の中を開拓する最前線。一過性)の顔をして、文明(世の中の底上げ。普遍的)に追いつかれるような事をしてたのがバレただけだね
単純に法的リスクの問題じゃろ。
このペンギンってアカウントは、漫画家の荒木飛呂彦がAIを批判してるってデマの発生源。素直に信じないほうが良いよ https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2411/19/news182.html
YouTubeに増えてきた有名曲のAIカバーはよく聞いているが、もはや素人の歌ってみたなんかは需要そのものが無くなってる。
ミャクミャクを妖怪辞典で探す父はAIとか考えなくとも面白い句だよね
本当にクリエイターってどこにいったの?
最終決戦は曲水の宴方式でやるしかねえな。
終わればいいだろ。
「ヒトが作っていたものは思っていたほどクリエイティブではなかった」←これからは100m走や将棋の様にヒトがやるからこそ意味があるという方向に行くしかないな。
何が作ったもんであっても素晴らしいならいいんじゃない?
なんでAIを下に見てるんだ
刺繍文化やレース文化が機械化によって廃れたけど、最近になって手編みブームが来てたりするので、一度廃れてからまた新しい文化になって戻ってくるかもね。 公募型は廃れて、AIありの即興型とか遊園会化するかもね。
くだらないものに金や時間をかける価値がないことが改めてわかってよかったのでは
現地に集まってリアルタイムで出題する受験方式しかないな
コンペとか競争みたいなこと自体が文化のあり方として間違ってるんじゃないかな?作るのが楽しい、見るのが楽しいでいいじゃないか
AIなら川柳なんて秒で量産できるしな。コピペ勢のせいで文化の出口が塞がれていくのは皮肉な話
どうでもいいものが廃れたり、価値があると思われた物の再定義が必要になったり。おそらくは望ましい事だと思う。
大喜利大会みたいにリアルタイムで作っていく競技になっていくかもしれん
自動生成で、三文話などによる作成は80%までできても、120%の回答は難しいだろうな
生成AI前には同じような句は届かなかった? であれば同じような句はフィルタリングして選考から除外すれば良いのでは? xとかもコピペ投稿は消せばいい
入試みたいに電子機器持ち込み禁止で一箇所に集めてやるしかないのか
てことはもうすぐこの世からゴルフが消えるのか!?
素人の下手上手な弾き語りからしかしない味を知らない人がいるのか…
アキハバラ@DEEPを思い出した。
なんでAI作品で応募するのか?コンペの意味ないやん。
AI使おうが人が考えようが「面白い」と感じる人が多ければなんでもいいやん、コンペじゃなくてもお祭りでええやん
AIが作ったかどうかはすぐわかると言ってる人を審査員に集めればいいのでは
デジタル作画が普及した結果スクリーントーン貼りがなくなったり、セル画がなくなったのは文化の消失ではないのでしょうか
まあ文化の終焉というより文化の変容と捉えるべきなのだろう。ライブ的な川柳大会とか、プレバト的な“採点や講評も含めてエンタメ化する”みたいは方向に変化するのかな?
アナログ絵画はまだ大丈夫そうではあるが、どうなりますかねぇ。
「労働安全衛生の標語を5つ作ってください。ただし必ずポケモンの名前を入れてください」くらいに捻ると面白いのが出てくる。
こんなことが起きちゃう時代なんだね。
こういった公募やその他一般の人の文章掲載などの意義の一つには、書いてみたり、自分もできると思わせることあるんだけど、その効力も薄まるよなぁ。
まだAI使用者が初歩的なレベルだからそうなる。そのうちAIネイティブ世代みたいのが出てくると、同じAI使ってんのに生成物のクオリティが段違いみたいなヤツが出始めるよ。この手の話を始めるのはそれからだ。
ラップバトルしか勝たん時代がやってきた
手編みも靴下の機械式手編み機が再発明されている/人力とのタッグか将棋のように外部との接触不可を義務付けないとコンペは難しいのだろうが、今度はコンペにそこまでする必要があるのだろうか?という疑問が生じる
コメントを見て独り言を言うけど、もうクリエイターの多くはSNSに制作物を発表したくないんですよ そこ経由で食べてる人が多いわけではないので、リスクが大きければ使わないだけです 若い人には気の毒だね...
様々な賞は「才能を育てるため」にあったのだけれども。環境を破壊していくなぁ。/AIの普及により「努力したくない人」「熱意のない人」が指導する側のリソースを食い尽くすようになってしまった