毎年対策プリントを作り直して最上位層に詰め込むサピックス形式は、中学受験を小学生の頭では不可能な域に押し上げていそう。成熟もして浪人もある大学受験とは違う。
上位校の難問はともかく、中位以下の学校で難問出してくるところは、実はその難問には「うちは難関校と同クラスだぞ」という虚勢以上の意味はない。そういう問題は捨てても通る。捨てたほうが通る。
ここにきて日比谷や横浜翠嵐の東大合格者が増えていたり、浦和も横ばいだったりと、全体としての中学受験難化が必ずしも大学受験での優位性には結びつかないんだよね。科挙みがある。
高校受も大学受験も英検もTOEICも一世代30年前と比べたら難化はしてるよ、中受はむしろマシな方。でもその分教え方も教材もはるかに洗練されてるけどね。昔なら町中の大きな書店行かなきゃ問題集も手に入らなかったし
私塾の発展は囚人のジレンマ。親の資力ではなく本人の才能による序列形成が全体最適なので、家庭教育は法で禁止すべき(極論)/法と経済学的には、私塾に課税し公教育に還元?
中学受験が過熱していて、いわゆる中堅校でも難問を出さないと適切な選抜が出来なくなってきているのかな。
塾の車内広告に取り上げて欲しいだけの可能性も。
せめて子供たちの将来を考えた受験設計・問題作成をしてほしいっすね。
「両親ともフルタイムで働きながら、子どもの勉強もみるのは至難の業」ってのは本当。だからタワマンのパワーカップルがSAPIXってステレオタイプはもう古いの。
無駄な挫折を作って子供を自殺に追い込む社会
誰がどこを目指してこうなってんのか、イマイチよくわからん話!
算数/数学共に難問と称されるものは、計算量が膨大(医学部とか早稲田)、発想できなければ手がつかない(京大や東大の後ろの方)の2パターンに大別される。中学受験は試験時間的に前者にしにくいのが原因だろう。
合格のためにそのほうが効率がいいのはわかるんだけど捨て問とか言わずにすべての問題をじっくり解答したいし、子どもにもそうさせたいんだよな…
解けなくて平気よ。中堅校で難問出したって解く人いない
中学受験は、高校受験と違って(一部女子中を除き)ペーパーテスト一発なので、教師との関係性が大事な内申点が無く純粋に学力勝負になる。どちらにも長所短所はあるけど、ペーパー一発が救いになる子もいるだろう。
中受偏差値50は大学60より上。小学校の履修範囲で難問化させると、狂った奇問悪問になってしまう。これに塾がゴリ押しで対応するんで、さらにトンチキな出題をするよりなくなる。この繰り返しで異常進化してしまった
中3よりも難しいこと教えるの当たり前になってるからなあ
手段が目的化してるみあるよね。マジで不毛だと思う。
私の学校なんか下っ端だから鶴亀とかお約束の範囲でしか出さないよ。メジャーの年俸とかと同じで競争が激化すると水準がエスカレートしていくけど全員に関わることじゃない。基本的な読み書き計算が大事なのは不変
それでも東アジア圏では受験難易度が低いため中国人が日本の学校を受験することになる。そして、受験競争の苛烈化から生まれたゆとり教育の時代に戻るわけにもいかない。限られた椅子を奪い合う軍拡競争時代。
こういう無限地獄を聞くと、中国受験市場を強権で破壊したくなった習近平さんの政策もわからんではない
中学受験、上位校に行こうと思ったら、都心近くに住み、100万円を軽く超える塾の費用と、子どもの学習量を下支えする有形無形の親の負担、幼児期からの基礎能力促成栽培的な育児が必要で、完全に格差固定化装置。
ボーダーが偏差値50ということは、正規分布ならばサンプルの半数は不合格ということですよ? 平均超って全体の半分しかいないの理解してない人おおいよね。
中受親だけど「いやこれ中学の範囲だったよね……」というのが普通にある
中学受験親で最難関を視野に入れてるけど、普通に灘高の問題でも一部解ける問題もあるぐらいレベル高い。子供を追い込む云々の正論は否定しないけど、スポーツのように楽しんでやっている子がいることもお忘れなく。
対して、塾は合格にコミットしてる。昔は勉強しない子は不合格が当たり前だったけど、手厚い指導で(生徒に負荷をかけて)合格させるシステム。こうして試験の難易度が上がり、負のスパイラルが起きてると思う。
昔も中堅校の方が嫌な難しさがある問題が多く名門校は良問が多いとかあった気がする。公立復権してほしいが/すごく嫌なことに「名門私立中高出の学生は地頭がいいよね」とか企業人事が言ったりする地獄
受験者の得点が100点から0点まで広く分布するように差をつけて、能力を測れるような設問にすると、一問くらい難問が入るのは仕方ない。/「解くな次に行け」って塾で教わるよ
中学受験偏差値50ぐらいでもかなりの難問がでてくる(全部では無い)
ネットの普及で昔の開成レベルに到達するまでが親世代の頃よりずっと容易ではある。昭和や平成初期のような悪問は減少している。日比谷や翠嵐より中高一貫の超進学校の方が理系ではまだまだ優位
昔の開成を受けたことがあるような言い方
算数はまぁいいが、重箱になりかねない社会科はなんなら試験から外すべきだと思う。南アルプスの山の名前を全部書けとかやりかねない。
いよいよ中国じみてきたな
だから高校3年までの日本はOECDの調査で世界一になったわけで。問題は東京と大阪の大学入学時、東京大阪の学力の低い子達が大量にブランド大に入っていき、地方のような適正さがない
こんなんより、AIに社会課題解決させるとかを競うべきかと
まぁ、強制じゃないんで
ふーん
塾偏差値50は首都圏模試で62位になるレベル。中受は上を目指すと大変だけど、殆どの中高一貫は緩い勉強でも問題無い、何故そのような学校に行くかと言うと、首都圏の公立高校の受験があまりにも理不尽だから。
あれは問題作る先生の趣味とか傾向じゃないんすかね。俺の母校も当時偏差値50台で社会は時事問題だらけのクイズ問題みたいだった。勿論定期テストもそんなだった。今はあの先生は居ないからきっと違うだろうけど
いっそのことごまかしようのない知能検査の結果で入試代わりにすればよいのに。そっちのほうが無駄な努力もないし、ギフテッドが正しく評価されて社会への効用も大きいだろう。トルコの大学入試がそんな感じだった。
立体図形なんて社会出てそうそう使わないよ、という気持ちと、いや3DCGとか3Dプリンタに関わるなら普通に使うしな・・・今後も用途拡大するだろうしな・・・という気持ちがせめぎ合う
"いわゆる難関中学合格を手にした中学1年生は、大人以上にRSTの能力値が高い。難関中学の入試が「自力で学び続けることができる読解力」の有無を入試を通じて判断している"←新井紀子さん、こんな研究してるんだ!?
大学は過去問再利用がたまに話題に出るが…まあみんな100点だと困るしな…
今も昔も中学受験は理不尽に難しい
中学受験で難問続出「昔の開成より難しい」 親子も塾も近づく限界 - 日本経済新聞
毎年対策プリントを作り直して最上位層に詰め込むサピックス形式は、中学受験を小学生の頭では不可能な域に押し上げていそう。成熟もして浪人もある大学受験とは違う。
上位校の難問はともかく、中位以下の学校で難問出してくるところは、実はその難問には「うちは難関校と同クラスだぞ」という虚勢以上の意味はない。そういう問題は捨てても通る。捨てたほうが通る。
ここにきて日比谷や横浜翠嵐の東大合格者が増えていたり、浦和も横ばいだったりと、全体としての中学受験難化が必ずしも大学受験での優位性には結びつかないんだよね。科挙みがある。
高校受も大学受験も英検もTOEICも一世代30年前と比べたら難化はしてるよ、中受はむしろマシな方。でもその分教え方も教材もはるかに洗練されてるけどね。昔なら町中の大きな書店行かなきゃ問題集も手に入らなかったし
私塾の発展は囚人のジレンマ。親の資力ではなく本人の才能による序列形成が全体最適なので、家庭教育は法で禁止すべき(極論)/法と経済学的には、私塾に課税し公教育に還元?
中学受験が過熱していて、いわゆる中堅校でも難問を出さないと適切な選抜が出来なくなってきているのかな。
塾の車内広告に取り上げて欲しいだけの可能性も。
せめて子供たちの将来を考えた受験設計・問題作成をしてほしいっすね。
「両親ともフルタイムで働きながら、子どもの勉強もみるのは至難の業」ってのは本当。だからタワマンのパワーカップルがSAPIXってステレオタイプはもう古いの。
無駄な挫折を作って子供を自殺に追い込む社会
誰がどこを目指してこうなってんのか、イマイチよくわからん話!
算数/数学共に難問と称されるものは、計算量が膨大(医学部とか早稲田)、発想できなければ手がつかない(京大や東大の後ろの方)の2パターンに大別される。中学受験は試験時間的に前者にしにくいのが原因だろう。
合格のためにそのほうが効率がいいのはわかるんだけど捨て問とか言わずにすべての問題をじっくり解答したいし、子どもにもそうさせたいんだよな…
解けなくて平気よ。中堅校で難問出したって解く人いない
中学受験は、高校受験と違って(一部女子中を除き)ペーパーテスト一発なので、教師との関係性が大事な内申点が無く純粋に学力勝負になる。どちらにも長所短所はあるけど、ペーパー一発が救いになる子もいるだろう。
中受偏差値50は大学60より上。小学校の履修範囲で難問化させると、狂った奇問悪問になってしまう。これに塾がゴリ押しで対応するんで、さらにトンチキな出題をするよりなくなる。この繰り返しで異常進化してしまった
中3よりも難しいこと教えるの当たり前になってるからなあ
手段が目的化してるみあるよね。マジで不毛だと思う。
私の学校なんか下っ端だから鶴亀とかお約束の範囲でしか出さないよ。メジャーの年俸とかと同じで競争が激化すると水準がエスカレートしていくけど全員に関わることじゃない。基本的な読み書き計算が大事なのは不変
それでも東アジア圏では受験難易度が低いため中国人が日本の学校を受験することになる。そして、受験競争の苛烈化から生まれたゆとり教育の時代に戻るわけにもいかない。限られた椅子を奪い合う軍拡競争時代。
こういう無限地獄を聞くと、中国受験市場を強権で破壊したくなった習近平さんの政策もわからんではない
中学受験、上位校に行こうと思ったら、都心近くに住み、100万円を軽く超える塾の費用と、子どもの学習量を下支えする有形無形の親の負担、幼児期からの基礎能力促成栽培的な育児が必要で、完全に格差固定化装置。
ボーダーが偏差値50ということは、正規分布ならばサンプルの半数は不合格ということですよ? 平均超って全体の半分しかいないの理解してない人おおいよね。
中受親だけど「いやこれ中学の範囲だったよね……」というのが普通にある
中学受験親で最難関を視野に入れてるけど、普通に灘高の問題でも一部解ける問題もあるぐらいレベル高い。子供を追い込む云々の正論は否定しないけど、スポーツのように楽しんでやっている子がいることもお忘れなく。
対して、塾は合格にコミットしてる。昔は勉強しない子は不合格が当たり前だったけど、手厚い指導で(生徒に負荷をかけて)合格させるシステム。こうして試験の難易度が上がり、負のスパイラルが起きてると思う。
昔も中堅校の方が嫌な難しさがある問題が多く名門校は良問が多いとかあった気がする。公立復権してほしいが/すごく嫌なことに「名門私立中高出の学生は地頭がいいよね」とか企業人事が言ったりする地獄
受験者の得点が100点から0点まで広く分布するように差をつけて、能力を測れるような設問にすると、一問くらい難問が入るのは仕方ない。/「解くな次に行け」って塾で教わるよ
中学受験偏差値50ぐらいでもかなりの難問がでてくる(全部では無い)
ネットの普及で昔の開成レベルに到達するまでが親世代の頃よりずっと容易ではある。昭和や平成初期のような悪問は減少している。日比谷や翠嵐より中高一貫の超進学校の方が理系ではまだまだ優位
昔の開成を受けたことがあるような言い方
算数はまぁいいが、重箱になりかねない社会科はなんなら試験から外すべきだと思う。南アルプスの山の名前を全部書けとかやりかねない。
いよいよ中国じみてきたな
だから高校3年までの日本はOECDの調査で世界一になったわけで。問題は東京と大阪の大学入学時、東京大阪の学力の低い子達が大量にブランド大に入っていき、地方のような適正さがない
こんなんより、AIに社会課題解決させるとかを競うべきかと
まぁ、強制じゃないんで
ふーん
塾偏差値50は首都圏模試で62位になるレベル。中受は上を目指すと大変だけど、殆どの中高一貫は緩い勉強でも問題無い、何故そのような学校に行くかと言うと、首都圏の公立高校の受験があまりにも理不尽だから。
あれは問題作る先生の趣味とか傾向じゃないんすかね。俺の母校も当時偏差値50台で社会は時事問題だらけのクイズ問題みたいだった。勿論定期テストもそんなだった。今はあの先生は居ないからきっと違うだろうけど
いっそのことごまかしようのない知能検査の結果で入試代わりにすればよいのに。そっちのほうが無駄な努力もないし、ギフテッドが正しく評価されて社会への効用も大きいだろう。トルコの大学入試がそんな感じだった。
立体図形なんて社会出てそうそう使わないよ、という気持ちと、いや3DCGとか3Dプリンタに関わるなら普通に使うしな・・・今後も用途拡大するだろうしな・・・という気持ちがせめぎ合う
"いわゆる難関中学合格を手にした中学1年生は、大人以上にRSTの能力値が高い。難関中学の入試が「自力で学び続けることができる読解力」の有無を入試を通じて判断している"←新井紀子さん、こんな研究してるんだ!?
大学は過去問再利用がたまに話題に出るが…まあみんな100点だと困るしな…
今も昔も中学受験は理不尽に難しい