西廣氏側の質問に対し誠実に書面で回答せず現在もそのまま.修正版見せるという話も品川上映決まった後の10月17日の話./パンフレットに間違った認識を導く記述がいくつもある.訂正要求をしている./ひどい話.
事実に基づいてない時点で『ジャーナリスト』だと認められてない人。名乗る自由はあるんだろうけど。
めちゃくちゃやな。
残念だがフェミニズムって理性的な対話より「声の大きさ勝負」の側面がないですかね…社会運動の側面が強い
「誤りを簡単に指摘できる点に絞った」それでもそんなに多いの・・・
タグ付けするなら本文に署名を入れましょう。イソコは会見や発表待ちで独自取材しなさすぎ
中身は性的暴行した人と同じお似合いだったという話では
今のところ西広弁護士は応援したいが、イソコにこれを書く資格は無いやろと赤木さんの一件が重い。
“民事裁判の係属中、伊藤氏が打合せの場に何度も突然カメラクルーを連れてきて弁護団会議を無断で撮影しようとした”
正義の弁護士がそんなすぐバレるような嘘を言う訳がないやろ
反論の嵐、映画のクライマックスですわね。事実はどこにあるか、星にでも聞いてみたいですの。
ドキュメンタリー作家という名の活動家みたいな人になってしまったのは残念。元の事件の被害者としては応援してたし、いまも応援してるんだけど…。流石に元弁護士の発言に一貫性があってこの件では加害者にみえる
性被害を受けたことは本当に気の毒だけど、だからって嘘ついたり不誠実なことをしていい免罪符にはならないからなあ。好きか嫌いかでいえば嫌い。
''だまし討ちのようなマネをせず、根気よく説得するべきだったと思います。 今回、それをしなかったことで、ずっと「ケチ」のついた作品として後世まで語られることになりますし、西廣さんたち許諾なしで使われた人た
こういう時は相撲で白黒つけるべきですね
日本公開もしたしもう伊藤氏はまともに取り合う気もないのだろうな。「被害者」であることと不誠実な人間であることは両立するのでそういう人なのだろう。
『(3) 第3に伊藤氏は、「2025年2月も代理人を通じて修正版を見て欲しいと提案し」た旨述べていますが、そのような提案がなされた事実はありません〜そもそもこの時点では修正版は存在していない』
自らも権力を使って他者の権利を踏みにじる側に回るということで完成する作品として、踏みにじられる側ではなく踏みにじる側に立つべきだというメッセージを発しているのかもしれない
随分初期から「うちら夫婦はこの人を評価してない。顔つきや表情がオカシイ。絶対まともな人では無い(大意」と書いてきた。こうなってくると「可哀想な性被害の被害者」ってのも果たしてどうなんだか、だねえ。
“「事実に基づいて発言してほしいと切に願う」”
だから、最初から虚言癖のならず者と言う疑いは濃厚だったでしょ。フェミニストって連中は、自分達の主張に沿うなら何の検証もせずに飛びつく馬鹿しかいないんだよな
元の性加害事件も実際はへべれけ失敗話だったのでは?と思ってしまうな。草津町の件もそうだけど、権力上位者は不安定な女性と一対一になったら駄目だ。/女性は自作自演ハニートラップが可能。
職務の性質上絶対に言及されることはないだろうけど、当時代理人を務めてたときから、裁判内容以外のどこかで「この人ちょっとなんか…」って思うことはあったんだろなと想像する。
被害者とみなした相手は全てにおいて無謬であるとするフェミニズムお得意の「連帯」が独善を許す結果を招いた。しかし「連帯」を唱える人は反省も何もしないので、今後も第二第三の伊藤詩織が生まれると予言する。
不誠実な界隈の話を東京新聞が報じるってなかなか香ばしい
嘘つきのドキュメンタリー、全部フィクションだと思うくらいがちょうどいいな
“民事裁判の係属中、伊藤氏が打合せの場に何度も突然カメラクルーを連れてきて” 興味ないけど、いつからどういう金の流れでこのプロジェクトが始まってたかはちょっと興味ある。ちょっとだけ
性被害者ではあるとは思うが不誠実な対応が多すぎる。そういう人なんだろう。
ほんま好きでなやり方じゃないけど。声の大きさ勝負って本質を理解してるし、海外でしっかり評価を得てるとこ見ると国内でのケチは小事にすぎないって理解してらっしゃる。
ジャーナリズムの観点から同意に反する公開をするという決断が必要なこともあるだろうが、不必要なほど不誠実に見え、弁護士を通じて行った約束が守られなかったという前例によるマイナス効果も大きいように感じる。
なぜ喧嘩しまくり敵作りまくりになってしまうのか。
んで、こんなもんを上映してる映画館はどこだい?
弁護士なのだし裁判でも調停でもやればいいのに。
この件を無許可でノンフィクション映画にして国際コンクールに出しちゃうぞ☆って言えば多分先方はブチ切れると思うんだが。
それにしても自身の経験と信頼貯金を食い尽くした伊藤氏はこの後どうやって生きていくのかね。
擁護派は望月は信用ならないと突っぱねてる件。気分でソースの信頼性を評価してると大変そうだ。
お互いの弁護士の主張が平行線なので何とも言えない。どっちがより好ましい人物か?でジャッジする必要もない(万事がそれという人もいるけど)
晴れ舞台の裏で、自分に手を差し伸べてくれた人も踏み台にしてしまう貪欲さ冷酷さ。砂の器的なものを感じる
だからって伊藤さんをそんなに責める気にはなれないなあ
一番重要なことに絞ってが「回数が違う」とかそんな程度の指摘。あのな、性暴力、性犯罪をなくそう、という話にそんなくだらん文句をいうなよ。文句言ってもいいけど、記事にすんなアホ記者
"リベラリズムにとって、手段は目的と同じくらい重要である。" (ネイサン・B・ロビンソン) https://synodos.jp/opinion/politics/30566/ を考えると望月氏と東京新聞は思ったより真剣にリベラリズムをやっていたのだなと思う
一事が万事だから、山口さんとの「美人局失敗を逆恨みに訴えた」もどこまで本当か。詩織に都合の良い事実のみを誇張して主張しいているのは今回も同じだと感じました。
本件、最早望月は私怨で記事書いてるような気がしてるのだが。記事があまりに一方的じゃん。何故伊藤詩織サイドへの取材をしないのか。
伊藤詩織さんの説明に元代理人の西広陽子弁護士らが反論 「事実に基づいて発言してほしいと切に願う」【反論全文あり】:東京新聞デジタル
西廣氏側の質問に対し誠実に書面で回答せず現在もそのまま.修正版見せるという話も品川上映決まった後の10月17日の話./パンフレットに間違った認識を導く記述がいくつもある.訂正要求をしている./ひどい話.
事実に基づいてない時点で『ジャーナリスト』だと認められてない人。名乗る自由はあるんだろうけど。
めちゃくちゃやな。
残念だがフェミニズムって理性的な対話より「声の大きさ勝負」の側面がないですかね…社会運動の側面が強い
「誤りを簡単に指摘できる点に絞った」それでもそんなに多いの・・・
タグ付けするなら本文に署名を入れましょう。イソコは会見や発表待ちで独自取材しなさすぎ
中身は性的暴行した人と同じお似合いだったという話では
今のところ西広弁護士は応援したいが、イソコにこれを書く資格は無いやろと赤木さんの一件が重い。
“民事裁判の係属中、伊藤氏が打合せの場に何度も突然カメラクルーを連れてきて弁護団会議を無断で撮影しようとした”
正義の弁護士がそんなすぐバレるような嘘を言う訳がないやろ
反論の嵐、映画のクライマックスですわね。事実はどこにあるか、星にでも聞いてみたいですの。
ドキュメンタリー作家という名の活動家みたいな人になってしまったのは残念。元の事件の被害者としては応援してたし、いまも応援してるんだけど…。流石に元弁護士の発言に一貫性があってこの件では加害者にみえる
性被害を受けたことは本当に気の毒だけど、だからって嘘ついたり不誠実なことをしていい免罪符にはならないからなあ。好きか嫌いかでいえば嫌い。
''だまし討ちのようなマネをせず、根気よく説得するべきだったと思います。 今回、それをしなかったことで、ずっと「ケチ」のついた作品として後世まで語られることになりますし、西廣さんたち許諾なしで使われた人た
こういう時は相撲で白黒つけるべきですね
日本公開もしたしもう伊藤氏はまともに取り合う気もないのだろうな。「被害者」であることと不誠実な人間であることは両立するのでそういう人なのだろう。
『(3) 第3に伊藤氏は、「2025年2月も代理人を通じて修正版を見て欲しいと提案し」た旨述べていますが、そのような提案がなされた事実はありません〜そもそもこの時点では修正版は存在していない』
自らも権力を使って他者の権利を踏みにじる側に回るということで完成する作品として、踏みにじられる側ではなく踏みにじる側に立つべきだというメッセージを発しているのかもしれない
随分初期から「うちら夫婦はこの人を評価してない。顔つきや表情がオカシイ。絶対まともな人では無い(大意」と書いてきた。こうなってくると「可哀想な性被害の被害者」ってのも果たしてどうなんだか、だねえ。
“「事実に基づいて発言してほしいと切に願う」”
だから、最初から虚言癖のならず者と言う疑いは濃厚だったでしょ。フェミニストって連中は、自分達の主張に沿うなら何の検証もせずに飛びつく馬鹿しかいないんだよな
元の性加害事件も実際はへべれけ失敗話だったのでは?と思ってしまうな。草津町の件もそうだけど、権力上位者は不安定な女性と一対一になったら駄目だ。/女性は自作自演ハニートラップが可能。
職務の性質上絶対に言及されることはないだろうけど、当時代理人を務めてたときから、裁判内容以外のどこかで「この人ちょっとなんか…」って思うことはあったんだろなと想像する。
被害者とみなした相手は全てにおいて無謬であるとするフェミニズムお得意の「連帯」が独善を許す結果を招いた。しかし「連帯」を唱える人は反省も何もしないので、今後も第二第三の伊藤詩織が生まれると予言する。
不誠実な界隈の話を東京新聞が報じるってなかなか香ばしい
嘘つきのドキュメンタリー、全部フィクションだと思うくらいがちょうどいいな
“民事裁判の係属中、伊藤氏が打合せの場に何度も突然カメラクルーを連れてきて” 興味ないけど、いつからどういう金の流れでこのプロジェクトが始まってたかはちょっと興味ある。ちょっとだけ
性被害者ではあるとは思うが不誠実な対応が多すぎる。そういう人なんだろう。
ほんま好きでなやり方じゃないけど。声の大きさ勝負って本質を理解してるし、海外でしっかり評価を得てるとこ見ると国内でのケチは小事にすぎないって理解してらっしゃる。
ジャーナリズムの観点から同意に反する公開をするという決断が必要なこともあるだろうが、不必要なほど不誠実に見え、弁護士を通じて行った約束が守られなかったという前例によるマイナス効果も大きいように感じる。
なぜ喧嘩しまくり敵作りまくりになってしまうのか。
んで、こんなもんを上映してる映画館はどこだい?
弁護士なのだし裁判でも調停でもやればいいのに。
この件を無許可でノンフィクション映画にして国際コンクールに出しちゃうぞ☆って言えば多分先方はブチ切れると思うんだが。
それにしても自身の経験と信頼貯金を食い尽くした伊藤氏はこの後どうやって生きていくのかね。
擁護派は望月は信用ならないと突っぱねてる件。気分でソースの信頼性を評価してると大変そうだ。
お互いの弁護士の主張が平行線なので何とも言えない。どっちがより好ましい人物か?でジャッジする必要もない(万事がそれという人もいるけど)
晴れ舞台の裏で、自分に手を差し伸べてくれた人も踏み台にしてしまう貪欲さ冷酷さ。砂の器的なものを感じる
だからって伊藤さんをそんなに責める気にはなれないなあ
一番重要なことに絞ってが「回数が違う」とかそんな程度の指摘。あのな、性暴力、性犯罪をなくそう、という話にそんなくだらん文句をいうなよ。文句言ってもいいけど、記事にすんなアホ記者
"リベラリズムにとって、手段は目的と同じくらい重要である。" (ネイサン・B・ロビンソン) https://synodos.jp/opinion/politics/30566/ を考えると望月氏と東京新聞は思ったより真剣にリベラリズムをやっていたのだなと思う
一事が万事だから、山口さんとの「美人局失敗を逆恨みに訴えた」もどこまで本当か。詩織に都合の良い事実のみを誇張して主張しいているのは今回も同じだと感じました。
本件、最早望月は私怨で記事書いてるような気がしてるのだが。記事があまりに一方的じゃん。何故伊藤詩織サイドへの取材をしないのか。