最近の推し活強制感は異常やな。昔はもっとアングラで勝手に楽しむもんだったのに、応援団化して金落とすのが正義みたいな空気はマジで疲れるわ。それなw
友達が多くて話が弾まないとか、そういう?Twitterかブログなら何書いてもいいのでは。リアル以外で仲良くしたい訳じゃないとは思うけど
肩身が狭いも何もずっと一人でやればいいんじゃね。求道したいならなおさら
「オタクは作品や作者を応援するのが本道!」批評がやりづらくなるんだよなあ。薄っぺらい感想ばっかになってるような(偏見)
推し活マーケティング、ビジネスマンの理屈を内面化したオタクの問題。周囲のオタクに流されず、自分だけでも電通博報堂の言いなりカルチャーに抵抗したい。/ "推し活"の世界では、「批評=アンチ」と捉えられがち
作品をディスってこそオタクやろ…!と個人的には思うけど、例えば「2.5次元の誘惑」や「着せ恋」あたりで描かれてた「オタク観」が、増田が一行目で言ってるそれっぽいんよな。
モンハンワイルズとかワンパンマン3期とか普通に批判意見が散見されるのだが。Disney関連もかなり批判意見あるよね
自分の「好き」がまずあってそれに耽溺してるだけで、応援なんて要素はないイメージ。
もはやオタクなんてものは幻想であり存在しないのだよ
顕名では批判を過剰に恐れてポジティブなことしか言わなくなり、反動的に匿名はどんどんひどいことを言うようになっている、という感覚があります
口を開けば批判と皮肉と逆張りばかりのオタクなんてオタクの中でも昔から今と同じように嫌われてたよ。「私、それ嫌い!(バァァァン)」画像略
金払って消費するだけなの、単なるファンであってオタクじゃないんだよな。
わあい、めんどくさい原理主義懐古オタ、あかりめんどくさい原理主義懐古オタだいすきー
ジスロマックみたいな薄い全肯定ヲタと言うかプロ驚き屋が求められてバズるし批判許さない盲目オタクしか許されないしょーもないネットになってしまったので仕方ないと言えば仕方ない
昔から商業作品(自称頒布同人誌も含む)全てを単に『商品』としか見ていないな。「悪く言うと作者に失礼」などというような感覚は一度も持ったことがない。作者に金を貢ぐつもりなど全く無い。いい商品なら買うだけ
好きな作品は応援して、好きでない作品は馬鹿にしたりこき下ろすのではなく「ノットフォーミー」という姿勢を貫くなら、それは良いことだと思う。
搾取的な商法まで批判せずに受け入れるんだから怖いよ。文句を言いつつも一応買うみたいならまだわからんでもないけどさ。
応援団「いざ掴め!ナンバーワァーーンッ!!」
考察という言葉が流通しながら批評能力がオタク社会から失われているのは感じる
ひとむかし前なら「ミーハー」と呼ばれていたであろう集団が、「ミーハー」の対極にある「オタク」を僭称してるのが今のSNS空間。
オタクなんて大半は金を払って消費するだけの存在でしょう。別にそれで何も悪くない
燃えろ熱血オタク魂 闘え応援団
SNSが重要ってなってオタク側のSNSハックが当たり前になってそうなるとそれをコンテンツ提供側はこれからも指標とし続けるのか疑問。ジャニーズ関連のツイッターのトレンドとか戦略臭すぎてもう見たくない
良いところの話をしてる時に私コレ嫌いされるとクソ萎えるが、批評をしてる所に信者が飛んでくるのもクソ萎える。オタクが漂白され意味が簒奪された今、旧式のオタクはなんと自称すると良いだろうか
大分ズレるが30年前におおたきよしえもんが「批判と消費しかしないマニアはただのオタクなので」と書いてたな(40年前だとマニア≒社会性が低い、という広汎な含意があり、それなりにネガティブな単語だった記憶はある
今淡々とドール沼にハマってる&アクセサリー沼。
同人誌で二次創作するのは応援なのか、妄想の成就なのか、邪魔なのかは興味ある。何らかのアウトプットしない選択をしたオタクはどんな形であれ「消費者」だと思うよ。良し悪しとは全く関係なしにね。
わかるかもな。言葉の定義が変わっちゃった感じ。新しい言葉が必要かも。オタクじゃない新しいなにか
インターネットのような「大通り」にひと言も書かなければ今でも可能、という。大通りに出た瞬間、こっちの槍が届けば向こうからも槍が来る(100倍返し)その自覚と向き合った結果の煮凝りが今という感じです。
肩身が狭い?オタク業界で主流派になって肩で風を切って歩くのが増田の望みなのか?イマジナリーオタク界隈を気にして「肩身」とか「資格」とか「歴史」とか考えるだけ無駄だから気楽に楽しもうぜ~。
評論家気取りの馬鹿が、的はずれな"分析"を酷評されたことを受け入れられず「応援団が悪い」と被害者面してるだけ。そういう痛い奴は昔もいたが、SNSで他人に唾吐きかけられるようになってしまったのが問題
クェ〜クェックェックェッ!
供給されるだけ享受するだけ語るだけ、いいじゃない
多分な、昔みたいに一度メディアミックスとかが軌道に乗ればいつまでも突き進んでくれる頃から、自分が推したいと思える作品に出会っても面白さが拡がらないと単(短)発で終わってしまう事が増えたのも要因だと思う
オタクでない人達が浅い理解で語って叩かれてるだけでディープな層はディスコ等のクローズな場所で普通に悪口を言ってる。Xみたいな大通りでは公式を応援しろって仮面かぶってるだけ。
応援団的なあり方って、「アイドルオタク」の一部からの発祥だよな、多分。アイマスとかラブライブみたいなアイドル+二次元+声優コンテンツを経由し、「推し」って言葉と一緒に領域が拡げられていった感じがする。
もし本当に「オタクは作品や作者を応援するのが本道!」なんて言う人が居るなら歴史改変だろうね。「推し活」と言うかアニオタで言えば「覇権」とか円盤売上とか言い出した頃が所謂"オタク・イズ・デッド"=消費者化
大人のオタクががんばって応援していたのにスーパー戦隊シリーズは死……んではいないけど懲役10年だそうです 少人数のファンが熱狂的に推していてもそれほど影響がないとはいわれていますね
場所をとるので物品は全く欲しくない、所有欲が満たされないのでKindleサブスクすらも興味ない。という自分からすると今は本当に合わない。Winnyは凄かった。このビジネスモデルは考えられるか。
定義というか「オタクってどんな人のこと?」って感覚さえどんどん変わっていくんだから気にすんな!
ちゃんと作品を読んだ・やった上での批判・文句は自分の好きな作品であっても見るのが好きだから、それすらも「好きで自分を語れよ」で封殺されるのはやめてもらいたいんだけど、そう感じるのは少数派なんかね
黙っていることを誰も否定はしていないだろう。ただ、何か言えば、その言葉を受け取った人が何かを思い、リアクションが返ってくることもある。否定的な言葉に否定的な反応が返ってくるのは、まあ仕方ないのでは。
名指しされてる人は知らないけど作品驚き屋は俺も本当に嫌い
その対極が金を落とさないオタクなのであれば、まだ金を落とすだけ応援団のほうがマシなきもするが。とは言え俺は推し活反対派。やばいマーケティングワードやで。
当事者が見ているかもしれない上に野次馬やアンチが跋扈する殺伐空間では否定はしたがらないでしょう。人気でコンテンツの寿命が左右するものなら猶更
作作と作者は神で、作品の内容は全てが正しいみたいなこと言う人は増えたよね。
好きな作品が打ち切られたり、あからさまに売れ線へと方針転換したことがあれば、自分が好きな作品がそうならないように願う(ので応援となる)と思うのだけど、そんな不幸な経験が全くないのならうやらましい限り
手作りのグッズは見下される(公式グッズを買ってない=公式に金を落としてないから)という界隈があるのを知って、とんでもねえなと思ったわ。応援=金でしかないのかよ
絶対に必要なのは作品を提供する側とそれを支える仕組みとファンが出すお金であって、作者のやる気をなくさせるようなことを言う奴は害悪でしかない。大した金も出さない部外者が口出ししたら嫌がられて当然
オタク応援団っていい言葉やな。推し活=オタクっておれも違うと思ってるけど、その方が全方位都合がいいからお互い納得して収まってる。オタクの批評的なところはX民とかに悪いところだけ抽出培養されたね。
オタクとは自分の「好み」に正直であることでしょ。周囲に流されず好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。それ以外のことは不純である。
まあインターネットの処世術として、コンテンツへの不平不満は匿名捨てアカかクローズドな場所でやれってなってるので…
鉄道オタクも以前は「旅情」とか持ち出してローカル線や夜行列車の廃止に抵抗する厄介者扱いだったが、今じゃ大企業の判断はみな正義と拍手する経営者気取りばかりだからな
応援団というか、一部は信仰化・熱狂的信者化しているよね。(対象の)する事は絶対悪くない、的な。
応援団化というか、SNSで全ての言論が蛸壺化していて、 称賛でも批判でも場の空気を乱す発言がどんどん許されなくなってるイメージがある。 コンテンツは増えてるがその中の言論は画一化してる
ブコメ見て、いにしえのヤンキー的なアイドルファンは「親衛隊」を名乗ってたなとふと思い出したりした。批評・批判=アンチ=潰す!みたいな行動様式、そこからあんまり変わってないのかも。
この考え方が推し活で金を吸い上げられてしまう流れになっていそう
封殺されてるのではなく、批評を批評される事に慣れてないだけって事ね
ノットフォーミー原理主義は不健全 / 高市オタク・玉木オタクは、批判を一切許さない推し活。政治をコンテンツやスポーツと同等に考えている
批評を受け入れられないのは本当のファンではない。信者
公式のためにと言われると胡散臭いが、昨今どこからネガティブ反応が公式に漏れ伝わるかわからんから自己防衛してると言われれば納得はする。それが健全で楽しいかは別の話として。
自己との一体化により批判に対して敏感にどうたら
増田自身が欲するオタク像について言及がないので、応援が気に入らない以外の内容が分からないが、応援しないと増田の好きなオタクコンテンツは持たない事は自覚しよう。否定と批判はバカでも出来る最底辺の仕草。
なんのオタクなのか。鉄道オタクはJRを批判すれば良いですかね?それとも運転手?乗客?
叩いているよりずっとマシ。あいつら叩くこと以外に生き甲斐がないと思っている。/叩くのは批評なんてものじゃ全然ないけどね。理不尽なことばかり。絶賛ばかりの人ってどこにいるの?
批判批評が嫌われるのは本邦社会一般の現象。オタクとは今や一般大衆がありもしない他者との差異をデッチ上げるためのラベルでしかない。一方でオタクとしか言いようのない個人はおり、勝手に生きてるだろ。
今でも5chとDiscordで批評、批判は自由にできるじょ~
かつてはオタク気質≒こだわりの強さで、オタクと批評は不可分だったけど、今やアニメ・マンガ・ゲームはそういう気質を持たない多数派の娯楽になってしまったという事やね。「オタク」という言葉を捨てて楽になろう
推し活勢はオタクとは別種の存在と思ってフル無視。
批評=叩くことだと思ってる盲目信者にはなりたくない…。大好きな作品でも微妙なところは微妙と言う。もちろん、作品好きな人が集まって楽しい話してるときに水を差すようなことはせず、辺境のブログとかで書く
一昔前のとりあえず流行ったものは無理やりにでもサンドバッグ化して揶揄大喜利のネタにするはてブみたいな空気感の方が良かったの?と言われたらまあ今の方がちょっとはマシなんじゃないのとは
批評への批判が許せない、って似非批評家がヒスってるだけ。ワイドショーの見すぎか知らんが自認ご意見番で狂ってしまった自分がキモい問題を人のせいにするな
好きにしていいと思う
嫌いな作品は当然嫌いであることを公言するだろ。
二次創作界隈のルールが非同人系オタに輸出されてしまった感ある。キモヲタの流儀なんぞ心を強く持って無視してくれ
増田が理想としているようなムーブはなてなとか性格が悪い奴が集まってる場所でやって、いわゆる応援団系の人が集まってる場所では郷に入っては郷に従えの精神で俺はいるけどね…。
オタク応援団化問題
最近の推し活強制感は異常やな。昔はもっとアングラで勝手に楽しむもんだったのに、応援団化して金落とすのが正義みたいな空気はマジで疲れるわ。それなw
友達が多くて話が弾まないとか、そういう?Twitterかブログなら何書いてもいいのでは。リアル以外で仲良くしたい訳じゃないとは思うけど
肩身が狭いも何もずっと一人でやればいいんじゃね。求道したいならなおさら
「オタクは作品や作者を応援するのが本道!」批評がやりづらくなるんだよなあ。薄っぺらい感想ばっかになってるような(偏見)
推し活マーケティング、ビジネスマンの理屈を内面化したオタクの問題。周囲のオタクに流されず、自分だけでも電通博報堂の言いなりカルチャーに抵抗したい。/ "推し活"の世界では、「批評=アンチ」と捉えられがち
作品をディスってこそオタクやろ…!と個人的には思うけど、例えば「2.5次元の誘惑」や「着せ恋」あたりで描かれてた「オタク観」が、増田が一行目で言ってるそれっぽいんよな。
モンハンワイルズとかワンパンマン3期とか普通に批判意見が散見されるのだが。Disney関連もかなり批判意見あるよね
自分の「好き」がまずあってそれに耽溺してるだけで、応援なんて要素はないイメージ。
もはやオタクなんてものは幻想であり存在しないのだよ
顕名では批判を過剰に恐れてポジティブなことしか言わなくなり、反動的に匿名はどんどんひどいことを言うようになっている、という感覚があります
口を開けば批判と皮肉と逆張りばかりのオタクなんてオタクの中でも昔から今と同じように嫌われてたよ。「私、それ嫌い!(バァァァン)」画像略
金払って消費するだけなの、単なるファンであってオタクじゃないんだよな。
わあい、めんどくさい原理主義懐古オタ、あかりめんどくさい原理主義懐古オタだいすきー
ジスロマックみたいな薄い全肯定ヲタと言うかプロ驚き屋が求められてバズるし批判許さない盲目オタクしか許されないしょーもないネットになってしまったので仕方ないと言えば仕方ない
昔から商業作品(自称頒布同人誌も含む)全てを単に『商品』としか見ていないな。「悪く言うと作者に失礼」などというような感覚は一度も持ったことがない。作者に金を貢ぐつもりなど全く無い。いい商品なら買うだけ
好きな作品は応援して、好きでない作品は馬鹿にしたりこき下ろすのではなく「ノットフォーミー」という姿勢を貫くなら、それは良いことだと思う。
搾取的な商法まで批判せずに受け入れるんだから怖いよ。文句を言いつつも一応買うみたいならまだわからんでもないけどさ。
応援団「いざ掴め!ナンバーワァーーンッ!!」
考察という言葉が流通しながら批評能力がオタク社会から失われているのは感じる
ひとむかし前なら「ミーハー」と呼ばれていたであろう集団が、「ミーハー」の対極にある「オタク」を僭称してるのが今のSNS空間。
オタクなんて大半は金を払って消費するだけの存在でしょう。別にそれで何も悪くない
燃えろ熱血オタク魂 闘え応援団
SNSが重要ってなってオタク側のSNSハックが当たり前になってそうなるとそれをコンテンツ提供側はこれからも指標とし続けるのか疑問。ジャニーズ関連のツイッターのトレンドとか戦略臭すぎてもう見たくない
良いところの話をしてる時に私コレ嫌いされるとクソ萎えるが、批評をしてる所に信者が飛んでくるのもクソ萎える。オタクが漂白され意味が簒奪された今、旧式のオタクはなんと自称すると良いだろうか
大分ズレるが30年前におおたきよしえもんが「批判と消費しかしないマニアはただのオタクなので」と書いてたな(40年前だとマニア≒社会性が低い、という広汎な含意があり、それなりにネガティブな単語だった記憶はある
今淡々とドール沼にハマってる&アクセサリー沼。
同人誌で二次創作するのは応援なのか、妄想の成就なのか、邪魔なのかは興味ある。何らかのアウトプットしない選択をしたオタクはどんな形であれ「消費者」だと思うよ。良し悪しとは全く関係なしにね。
わかるかもな。言葉の定義が変わっちゃった感じ。新しい言葉が必要かも。オタクじゃない新しいなにか
インターネットのような「大通り」にひと言も書かなければ今でも可能、という。大通りに出た瞬間、こっちの槍が届けば向こうからも槍が来る(100倍返し)その自覚と向き合った結果の煮凝りが今という感じです。
肩身が狭い?オタク業界で主流派になって肩で風を切って歩くのが増田の望みなのか?イマジナリーオタク界隈を気にして「肩身」とか「資格」とか「歴史」とか考えるだけ無駄だから気楽に楽しもうぜ~。
評論家気取りの馬鹿が、的はずれな"分析"を酷評されたことを受け入れられず「応援団が悪い」と被害者面してるだけ。そういう痛い奴は昔もいたが、SNSで他人に唾吐きかけられるようになってしまったのが問題
クェ〜クェックェックェッ!
供給されるだけ享受するだけ語るだけ、いいじゃない
多分な、昔みたいに一度メディアミックスとかが軌道に乗ればいつまでも突き進んでくれる頃から、自分が推したいと思える作品に出会っても面白さが拡がらないと単(短)発で終わってしまう事が増えたのも要因だと思う
オタクでない人達が浅い理解で語って叩かれてるだけでディープな層はディスコ等のクローズな場所で普通に悪口を言ってる。Xみたいな大通りでは公式を応援しろって仮面かぶってるだけ。
応援団的なあり方って、「アイドルオタク」の一部からの発祥だよな、多分。アイマスとかラブライブみたいなアイドル+二次元+声優コンテンツを経由し、「推し」って言葉と一緒に領域が拡げられていった感じがする。
もし本当に「オタクは作品や作者を応援するのが本道!」なんて言う人が居るなら歴史改変だろうね。「推し活」と言うかアニオタで言えば「覇権」とか円盤売上とか言い出した頃が所謂"オタク・イズ・デッド"=消費者化
大人のオタクががんばって応援していたのにスーパー戦隊シリーズは死……んではいないけど懲役10年だそうです 少人数のファンが熱狂的に推していてもそれほど影響がないとはいわれていますね
場所をとるので物品は全く欲しくない、所有欲が満たされないのでKindleサブスクすらも興味ない。という自分からすると今は本当に合わない。Winnyは凄かった。このビジネスモデルは考えられるか。
定義というか「オタクってどんな人のこと?」って感覚さえどんどん変わっていくんだから気にすんな!
ちゃんと作品を読んだ・やった上での批判・文句は自分の好きな作品であっても見るのが好きだから、それすらも「好きで自分を語れよ」で封殺されるのはやめてもらいたいんだけど、そう感じるのは少数派なんかね
黙っていることを誰も否定はしていないだろう。ただ、何か言えば、その言葉を受け取った人が何かを思い、リアクションが返ってくることもある。否定的な言葉に否定的な反応が返ってくるのは、まあ仕方ないのでは。
名指しされてる人は知らないけど作品驚き屋は俺も本当に嫌い
その対極が金を落とさないオタクなのであれば、まだ金を落とすだけ応援団のほうがマシなきもするが。とは言え俺は推し活反対派。やばいマーケティングワードやで。
当事者が見ているかもしれない上に野次馬やアンチが跋扈する殺伐空間では否定はしたがらないでしょう。人気でコンテンツの寿命が左右するものなら猶更
作作と作者は神で、作品の内容は全てが正しいみたいなこと言う人は増えたよね。
好きな作品が打ち切られたり、あからさまに売れ線へと方針転換したことがあれば、自分が好きな作品がそうならないように願う(ので応援となる)と思うのだけど、そんな不幸な経験が全くないのならうやらましい限り
手作りのグッズは見下される(公式グッズを買ってない=公式に金を落としてないから)という界隈があるのを知って、とんでもねえなと思ったわ。応援=金でしかないのかよ
絶対に必要なのは作品を提供する側とそれを支える仕組みとファンが出すお金であって、作者のやる気をなくさせるようなことを言う奴は害悪でしかない。大した金も出さない部外者が口出ししたら嫌がられて当然
オタク応援団っていい言葉やな。推し活=オタクっておれも違うと思ってるけど、その方が全方位都合がいいからお互い納得して収まってる。オタクの批評的なところはX民とかに悪いところだけ抽出培養されたね。
オタクとは自分の「好み」に正直であることでしょ。周囲に流されず好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。それ以外のことは不純である。
まあインターネットの処世術として、コンテンツへの不平不満は匿名捨てアカかクローズドな場所でやれってなってるので…
鉄道オタクも以前は「旅情」とか持ち出してローカル線や夜行列車の廃止に抵抗する厄介者扱いだったが、今じゃ大企業の判断はみな正義と拍手する経営者気取りばかりだからな
応援団というか、一部は信仰化・熱狂的信者化しているよね。(対象の)する事は絶対悪くない、的な。
応援団化というか、SNSで全ての言論が蛸壺化していて、 称賛でも批判でも場の空気を乱す発言がどんどん許されなくなってるイメージがある。 コンテンツは増えてるがその中の言論は画一化してる
ブコメ見て、いにしえのヤンキー的なアイドルファンは「親衛隊」を名乗ってたなとふと思い出したりした。批評・批判=アンチ=潰す!みたいな行動様式、そこからあんまり変わってないのかも。
この考え方が推し活で金を吸い上げられてしまう流れになっていそう
封殺されてるのではなく、批評を批評される事に慣れてないだけって事ね
ノットフォーミー原理主義は不健全 / 高市オタク・玉木オタクは、批判を一切許さない推し活。政治をコンテンツやスポーツと同等に考えている
批評を受け入れられないのは本当のファンではない。信者
公式のためにと言われると胡散臭いが、昨今どこからネガティブ反応が公式に漏れ伝わるかわからんから自己防衛してると言われれば納得はする。それが健全で楽しいかは別の話として。
自己との一体化により批判に対して敏感にどうたら
増田自身が欲するオタク像について言及がないので、応援が気に入らない以外の内容が分からないが、応援しないと増田の好きなオタクコンテンツは持たない事は自覚しよう。否定と批判はバカでも出来る最底辺の仕草。
なんのオタクなのか。鉄道オタクはJRを批判すれば良いですかね?それとも運転手?乗客?
叩いているよりずっとマシ。あいつら叩くこと以外に生き甲斐がないと思っている。/叩くのは批評なんてものじゃ全然ないけどね。理不尽なことばかり。絶賛ばかりの人ってどこにいるの?
批判批評が嫌われるのは本邦社会一般の現象。オタクとは今や一般大衆がありもしない他者との差異をデッチ上げるためのラベルでしかない。一方でオタクとしか言いようのない個人はおり、勝手に生きてるだろ。
今でも5chとDiscordで批評、批判は自由にできるじょ~
かつてはオタク気質≒こだわりの強さで、オタクと批評は不可分だったけど、今やアニメ・マンガ・ゲームはそういう気質を持たない多数派の娯楽になってしまったという事やね。「オタク」という言葉を捨てて楽になろう
推し活勢はオタクとは別種の存在と思ってフル無視。
批評=叩くことだと思ってる盲目信者にはなりたくない…。大好きな作品でも微妙なところは微妙と言う。もちろん、作品好きな人が集まって楽しい話してるときに水を差すようなことはせず、辺境のブログとかで書く
一昔前のとりあえず流行ったものは無理やりにでもサンドバッグ化して揶揄大喜利のネタにするはてブみたいな空気感の方が良かったの?と言われたらまあ今の方がちょっとはマシなんじゃないのとは
批評への批判が許せない、って似非批評家がヒスってるだけ。ワイドショーの見すぎか知らんが自認ご意見番で狂ってしまった自分がキモい問題を人のせいにするな
好きにしていいと思う
嫌いな作品は当然嫌いであることを公言するだろ。
二次創作界隈のルールが非同人系オタに輸出されてしまった感ある。キモヲタの流儀なんぞ心を強く持って無視してくれ
増田が理想としているようなムーブはなてなとか性格が悪い奴が集まってる場所でやって、いわゆる応援団系の人が集まってる場所では郷に入っては郷に従えの精神で俺はいるけどね…。