津軽、南部、伊達、会津と東北圏は藩のイメージあるな確かに
愛知も三河と尾張で
旧国名はよく使われるし、それが現在の都道府県内の地方区分として使われていることも多いと思うが、藩の区分は意識しないなぁ。
帰省の季節だから、こういうトピック出てくるな。いわゆる解像度の低さ、つまり雑な括りにイライラするけど「じゃ、お前ナントカ藩の何を引き継いでるわけ?」にはきちんと答えられない。でも、雑な括りは腹立たしい
旧国名ではなく藩領が問題になるのが、江戸期までの旧国名では東北には「陸奥」「出羽」しかないためなのは忘れられがち。岩代陸前羽後などの「旧国名」は明治期の設置ですぐ廃藩置県のため文化的境界ではない。
藩の違い以前に、県が違うやろ。仙台名物をなぜ盛岡で求めるのか。
このアカウントはなんなの?
東北は国や藩の広さが他の地域と違うので感覚が違うんだろう。尾張と三河が違うっていうのは国の違いだからなあ。
佐世保市は明治になってからできた街で、西海市エリアとはそもそも地続きじゃないやんか
東京にいた頃、盛岡出身者の帰省時に萩の月のお土産をお願いしてた人いたね。知ってて言ってたのかもしれないけど。
いがみ合いではなく、経済圏、食文化、風習も違うという感じか。岩手の初セブンイレブンは一関あたり。宮城から物流延ばせるから。一関は在来線やバスで仙台に買い物に行ける。青森だと南部と津軽で言葉が違うね
以前調べてたら江戸時代には上州や三河や丹波や仙台南部大豆などが日本中で出回ってた。南部藩は盛岡藩なので大豆の産地なのにずんだ聞かないねえ。
江戸時代は260年続いたが、明治以降はまだ160年。
東北は「東北」と一緒くたにされがちだけど、一緒くたに語るには広過ぎるよなー。
ずんだじゃなくて「づんだ」なの意外と知られてないな / 北欧人が中国人と日本人の区別つかないのと一緒で日本人には東北人の区別がつかない、無関心だから
景表法の仙台初売り特例の地理的適用範囲が「旧仙台藩の地域」というのも有名。https://www.jftc.go.jp/regional_office/tohoku/keihyouhou.html
うらやましい。神奈川は小田原荻野六浦以外は全部天領。地域性がない。贅をつくした建物も少ない(´・ω・`)
普通に藩をまだ使ってるとゆーのが驚き。県南県北とか言うのはまだわかるが
宮崎県だけど薩摩藩って言うなあ。言葉が違う。
長野県民や兵庫県民はある程度共感できたりする?/据え置き式ゲーム機は全部ファミコンと呼ぶ並の雑さということか
いまだに消えないというか、反目や差別の意識ならともかく、それぞれの地域の食などの郷土文化は統一する必要は無い。違いが無くなってしまう方がおかしいだろう。
藩以前から地域間の争いの強い地域でそこが文化のコクが出る所以でもあり/藩で言わなくても、同じ県でも文化が違う感じとか感じ取れないもんかね。東急沿線と小田急沿線でもなんか文化圏違うなーとか思う
何となく西の出身の方は東北地方についてどうでもいいと思ってるイメージがある気がする。
食文化は藩ごとに相当異なる。ヤマセの吹く地方と米どころの地方とでは、もはや別の気候帯。植生が違う。津軽の食文化は、一般的な日本食から相当に逸脱していて、驚きを感じる。
藩がどーのいう問題じゃなく、近く見えるからって文化を一緒くたにすんなってことでしょう。
同じ県でも藩で方言違ったりするね
そもそも現在の県すら違うのに。藩以前の問題。関東出身夫の東北への解像度が低すぎるだけ。
岩手は盛岡藩・八戸藩・仙台藩・一関藩の別があったうえに沿岸部と内陸部でも文化が違ったりするのでごった煮感がはんぱない
というか青森にはまったくずんだ餅のイメージないんだが
節子、それ…じんだん。。(奥羽越列藩同盟で早期に降伏した某藩の末裔より)
同じ茨城県でも結城・古河と下館・下妻では違うのだ、ということを故あって「すだれ麩」を調べていたときに知ったのであった。
明治政府の爪痕よなー。県境は自明なものではない「明治政府が無理やり設定した境界線である「県」ではなく、東北は未だに「藩」です」/摂津の民からすると東北は遠すぎてマジで肌感というか解像度がガバくなる…
実は「藩?」じゃなくて「アーハン?」と納得していたとしたら……
ぬたもち、と小さいころは呼んでた/じんだん饅頭大好き
なんか地図とかないんすか、いや見てもそんなにピンとは来ないんだろうけど、とりあえず納得はできるので
つい先日一関に泊まって、中尊寺と毛越寺行ってきた(平泉だけど)。あそこは近世は仙台伊達藩の管轄なんだな。一関は餅料理が名物と聞いた。
秋田の十和田湖周辺、青森の八戸周辺は、特にめんどくさい
これはどの県も同じ、広島では安芸(広島市側)と備後(福山側)で全然違う
八戸周辺は青森でまとめられることに抵抗感がある。南部藩意識が高い
東北というか、愛知や静岡でも同じ気がするが…尾張と三河とか…
奥州は平安時代から秀吉が介入するまで豪族同士がひたすら勢力争いしてきた修羅の土地だしね
ここ最近東京近郊の知見の狭さや傲慢さをネタにした話増えた感じがする。ご当地ネタアカウントが伸びてきたからかな
恵方巻とか地域性が消えたし消えるほどバズるか本当に消えるかなんだろうなと
そう、大谷翔平は南部藩ではない…伊達藩なのだ!/秋田県境の西和賀で食事したらとにかく甘くて「これ岩手じゃなくて秋田の味付けだわ」ってなった
仙台藩が伊達氏。一関藩は田村氏。盛岡藩、八戸藩、七戸藩が南部氏。弘前藩、黒石藩が津軽氏。う~ん。なるほど(?)
関東人の地理観は南関東、北関東、東北がグラデーションで続いている感じ。あと箱根の向こう。
廃藩置県でも残る地方性
基本的に県境は令制国だけど、藩は令制国と同じかそれより小さいことが多いからね。
藩というか郡
南部藩出身です。確かに行政は当然県ですが、文化・風俗は藩ですね。
岩手の一関でもずんだ餅があるのは知らなかった/【出雲・伯耆】と【因幡・但馬】なのに【出雲】(島根県)と【伯耆・因幡】(鳥取県)と【但馬】(兵庫県)に分かれてしまっている山陰でも同じようなことありそう
一関市や奥州市は岩手県なのに宮城名物のずんだ餅を食べるという話なら仙台藩どうこうの話も分かるけど、東北民はみなずんだ餅食べるとか雑さのレベルが違うのでは。
関東は希薄だな、特に東京均衡は金持ち居住区か貧乏人居住区かだけだし
地形上の都合もあって経済圏とか特産物の違いが結構出るからな。昔の行政地域も案外変な跨りがあったりはするけど
全然違うと思っているのは当人同士で、よそから見たら大同小異なのはよくあること
3.11の頃に福島の浜通り/中通り/会津を聞いて、なぜ道路指定で報じるんだろう……と戸惑ったのを思い出した
文化の違いは文化の争いではない 隣がずんだ食ってようとうちらは食わぬだけでそれ以上の気持ちはない 東京という自分の文化圏を認識できず羨む気持ちが起こす誤認であろう
関東も昔はあったんだろうけど、地方に侵食されたと予想
そーね 盛岡であんましずんだ餅食べないし、八戸は青森だけど南部せんべい仲間みたいのあるある
まあ、宮城の人間もそんなにずんだ餅食わんのだが
東北は「藩」の意識が強いのかな?
愛知の三河安城みたいなもんか?あとなんだっけ新潟の燕三条とか?
そっすね。藩割と県割りが合わないのはバラして力を削いで統治しやすくみたいなのもあるだろうが、単に良く知らんかったから適当に割ったがデカい気がしないでもない。
チンギス「ハン?」
『博多ではからし蓮根を意外と食べないんだね、九州なのに』並みの大雑把。関東だって、例えば、水戸(茨城県)と前橋(群馬県)が一緒のわけがなく、そういう方面に夫が全然関心がないだけだろ。
仙台の濃い色ずんだはメーカーものが目につくからでは。家庭で作っものは色薄い/東京も旧町名で分かれる感じ 結構違う
「関東」でも場所次第よな、と思う。小田原とか古河とか関宿とか佐倉とか。
雑に一緒くたにするな、レッテル貼るなという主張なのに関東出身夫でそれをやってる残念さ / 生活してたら知らんのわかるだろうから、岩手は南北で文化が違うんよあたりが普通の反応だろう。もうちょい上手く創作して
関東で消えてるのは流入者の存在感の方がデカいからかな ニュータウン勢と元々の地元勢の差の方がデカいだろうし
千葉も上総、下総、安房国と別だけど今そんなこと言わないんじゃない?
愛知県もローカルの人は尾張と三河ではっきり文化的な区別をつけているので、何で呼ぶかはともかくうちと〇〇は違うことをアピールしたい人はたくさんいるように感じる。
ローカルの区切りは藩とか旧国名とかでいまだに区切られてる。愛知も尾張と三河というが、尾張も実態は、名古屋、知多、尾張くらいの違いの意識なまだまだ健在。
一ノ関目線の投稿がまとめられたりコメント付けたりしているが、一ノ関(磐井)の北の胆沢江刺から伊達領だし、セブンイレブンは奥州市(水沢)にもあるので、なんか思い込みで言及してるな感がある(旧水沢市民感)
明治新政府と国民統合という思想運動によってかつてあったそれぞれの「お国」への帰属意識が解体されたことについて、コスモポリタンを嫌う素朴な愛国主義者はどう考えてるんだろう、というのはときどき思う。
最近「関東出身夫」がバカの代名詞みたいになってない?逆さす九みたいな。よくない兆候な気がする
小見川と佐倉はあんまそういうのないな東京は下町とそれ以外があるのでなんなら下町も町ごとに違うので…
お、また盛岡出身語り手と、関東出身夫か。読まない。
東京圏は徳川一族支配下(≒天領)だから、藩の独自の文化や特産品が異なるのは理解できないであろう。ましてや江戸は人間消費地だからなぁ。
そもそも藩は山や川などの障害で区分けられがちで、文化も山や川を越えるのは容易ではない。だから現代でも同じ県内より山を越えない隣の県の方が文化的に近いことがある。
蛮地は均一で取り扱いやすく面倒くさく無くあれって、東京近郊に住む人間の傲慢さの発露ってとられても仕方ない仕草なのかもね / 中日韓みんなツリ目のチビ共ってチノ呼ばわりの外国人へ感じるものと同根の不快感
南部と佐竹とかならともかく盛岡と仙台なんて普通同じだと思わないでしょ。藩なんか出す話でもないし関東の夫とか関係ないよ。作り話なだけ。
なお関東民は直轄地と細々とした藩の領地が入り乱れてて、自分たちが江戸時代にどこの藩だったかとかをあんまり理解してない
で、何をどうしたらずんだ餅なんて思い付くんですか?
今でも秋田は裏切り者扱いなんだろか
関東民の歴史的、地理的解像度が低すぎるねん。まぁ、その分しがらみがない、自由っていう利点もでかいんだろうけど
すごくわかる。浜松出身の同僚と伊豆出身の私が同郷みたいな言い方されると互いに否定するのがお約束になってる。西伊豆と中伊豆ですら方言が全く違うくらいだし
藩だったり県南vs県北だったり沿岸vs山間だったりと同じ県や地域でもいろいろ違って当たり前だろ。それにしても伊達藩って初めて聞いた。藩は地名じゃないの?仙台藩とか言うのかと思ってた。
先祖代々天領地に住んでたら藩とか言われてもわからんわな。でも都以外はそういうもんなんだよ
それいうなら金ヶ崎の相去以南は一関も(大谷の出身地である)江刺も伊達藩だろが/青森なら八戸まで南部藩だし/八戸くらいまでIBCがよく視聴されてるしな
いまだ藩つかってたのか
広島は安芸と備後でござる
廃藩置県から150年、土地に根ざした意識って案外残るんだね。
旧国同士がいがみ合って予算取り合ったり個々で都市計画やインフラやったりすると、境目がエグいことになって全員の足を引っ張るのはもう定例行事というか……
城下町出身だと特に意識する文化が残っているのではないかな。
理解するためには藩を明示した地図が欲しいところ。ないなら別に理解しなくてもいいかとなるな。
祖母が一関だったから、正月の餅のラインナップにずんだは必ず入ってた。子供心に岩手の名産だと思っていたが、仙台平野の北端なんだよね
昔は山やら川やらで人の交流が制限される場所があって、そこが自然と境になったから文化が異なるのは仕方ない
仙台って言うわ。あとこんなにずんだずんだ言ってなかったよ、昔全然知らなかったもん。
相去の話はしなくて良いの?
宮城のイメージしかない
こういうのを見ると、実は明治維新て失敗してた(近代を内面化できなかった)んだな、と感じる
この辺「ただ分ければいい」で済まないくらいには面倒くさくてな。旧伊達藩だった奥州市の鉄器はいろいろあって盛岡とともに「南部鉄器」と呼ばれているのよ。こうなった理由が面白いがここには書くスペースがない。
そもそも今でも別の県なのになんで食習慣が違わないと思うのか神経がわからん。無自覚な傲慢さを感じる
関東出身夫が「盛岡ではずんだもちを意外と食べないんだね?」というので盛岡出身妻が「あれは伊達藩のものでしょう?」と答えたら「藩?」と言われた
津軽、南部、伊達、会津と東北圏は藩のイメージあるな確かに
愛知も三河と尾張で
旧国名はよく使われるし、それが現在の都道府県内の地方区分として使われていることも多いと思うが、藩の区分は意識しないなぁ。
帰省の季節だから、こういうトピック出てくるな。いわゆる解像度の低さ、つまり雑な括りにイライラするけど「じゃ、お前ナントカ藩の何を引き継いでるわけ?」にはきちんと答えられない。でも、雑な括りは腹立たしい
旧国名ではなく藩領が問題になるのが、江戸期までの旧国名では東北には「陸奥」「出羽」しかないためなのは忘れられがち。岩代陸前羽後などの「旧国名」は明治期の設置ですぐ廃藩置県のため文化的境界ではない。
藩の違い以前に、県が違うやろ。仙台名物をなぜ盛岡で求めるのか。
このアカウントはなんなの?
東北は国や藩の広さが他の地域と違うので感覚が違うんだろう。尾張と三河が違うっていうのは国の違いだからなあ。
佐世保市は明治になってからできた街で、西海市エリアとはそもそも地続きじゃないやんか
東京にいた頃、盛岡出身者の帰省時に萩の月のお土産をお願いしてた人いたね。知ってて言ってたのかもしれないけど。
いがみ合いではなく、経済圏、食文化、風習も違うという感じか。岩手の初セブンイレブンは一関あたり。宮城から物流延ばせるから。一関は在来線やバスで仙台に買い物に行ける。青森だと南部と津軽で言葉が違うね
以前調べてたら江戸時代には上州や三河や丹波や仙台南部大豆などが日本中で出回ってた。南部藩は盛岡藩なので大豆の産地なのにずんだ聞かないねえ。
江戸時代は260年続いたが、明治以降はまだ160年。
東北は「東北」と一緒くたにされがちだけど、一緒くたに語るには広過ぎるよなー。
ずんだじゃなくて「づんだ」なの意外と知られてないな / 北欧人が中国人と日本人の区別つかないのと一緒で日本人には東北人の区別がつかない、無関心だから
景表法の仙台初売り特例の地理的適用範囲が「旧仙台藩の地域」というのも有名。https://www.jftc.go.jp/regional_office/tohoku/keihyouhou.html
うらやましい。神奈川は小田原荻野六浦以外は全部天領。地域性がない。贅をつくした建物も少ない(´・ω・`)
普通に藩をまだ使ってるとゆーのが驚き。県南県北とか言うのはまだわかるが
宮崎県だけど薩摩藩って言うなあ。言葉が違う。
長野県民や兵庫県民はある程度共感できたりする?/据え置き式ゲーム機は全部ファミコンと呼ぶ並の雑さということか
いまだに消えないというか、反目や差別の意識ならともかく、それぞれの地域の食などの郷土文化は統一する必要は無い。違いが無くなってしまう方がおかしいだろう。
藩以前から地域間の争いの強い地域でそこが文化のコクが出る所以でもあり/藩で言わなくても、同じ県でも文化が違う感じとか感じ取れないもんかね。東急沿線と小田急沿線でもなんか文化圏違うなーとか思う
何となく西の出身の方は東北地方についてどうでもいいと思ってるイメージがある気がする。
食文化は藩ごとに相当異なる。ヤマセの吹く地方と米どころの地方とでは、もはや別の気候帯。植生が違う。津軽の食文化は、一般的な日本食から相当に逸脱していて、驚きを感じる。
藩がどーのいう問題じゃなく、近く見えるからって文化を一緒くたにすんなってことでしょう。
同じ県でも藩で方言違ったりするね
そもそも現在の県すら違うのに。藩以前の問題。関東出身夫の東北への解像度が低すぎるだけ。
岩手は盛岡藩・八戸藩・仙台藩・一関藩の別があったうえに沿岸部と内陸部でも文化が違ったりするのでごった煮感がはんぱない
というか青森にはまったくずんだ餅のイメージないんだが
節子、それ…じんだん。。(奥羽越列藩同盟で早期に降伏した某藩の末裔より)
同じ茨城県でも結城・古河と下館・下妻では違うのだ、ということを故あって「すだれ麩」を調べていたときに知ったのであった。
明治政府の爪痕よなー。県境は自明なものではない「明治政府が無理やり設定した境界線である「県」ではなく、東北は未だに「藩」です」/摂津の民からすると東北は遠すぎてマジで肌感というか解像度がガバくなる…
実は「藩?」じゃなくて「アーハン?」と納得していたとしたら……
ぬたもち、と小さいころは呼んでた/じんだん饅頭大好き
なんか地図とかないんすか、いや見てもそんなにピンとは来ないんだろうけど、とりあえず納得はできるので
つい先日一関に泊まって、中尊寺と毛越寺行ってきた(平泉だけど)。あそこは近世は仙台伊達藩の管轄なんだな。一関は餅料理が名物と聞いた。
秋田の十和田湖周辺、青森の八戸周辺は、特にめんどくさい
これはどの県も同じ、広島では安芸(広島市側)と備後(福山側)で全然違う
八戸周辺は青森でまとめられることに抵抗感がある。南部藩意識が高い
東北というか、愛知や静岡でも同じ気がするが…尾張と三河とか…
奥州は平安時代から秀吉が介入するまで豪族同士がひたすら勢力争いしてきた修羅の土地だしね
ここ最近東京近郊の知見の狭さや傲慢さをネタにした話増えた感じがする。ご当地ネタアカウントが伸びてきたからかな
恵方巻とか地域性が消えたし消えるほどバズるか本当に消えるかなんだろうなと
そう、大谷翔平は南部藩ではない…伊達藩なのだ!/秋田県境の西和賀で食事したらとにかく甘くて「これ岩手じゃなくて秋田の味付けだわ」ってなった
仙台藩が伊達氏。一関藩は田村氏。盛岡藩、八戸藩、七戸藩が南部氏。弘前藩、黒石藩が津軽氏。う~ん。なるほど(?)
関東人の地理観は南関東、北関東、東北がグラデーションで続いている感じ。あと箱根の向こう。
廃藩置県でも残る地方性
基本的に県境は令制国だけど、藩は令制国と同じかそれより小さいことが多いからね。
藩というか郡
南部藩出身です。確かに行政は当然県ですが、文化・風俗は藩ですね。
岩手の一関でもずんだ餅があるのは知らなかった/【出雲・伯耆】と【因幡・但馬】なのに【出雲】(島根県)と【伯耆・因幡】(鳥取県)と【但馬】(兵庫県)に分かれてしまっている山陰でも同じようなことありそう
一関市や奥州市は岩手県なのに宮城名物のずんだ餅を食べるという話なら仙台藩どうこうの話も分かるけど、東北民はみなずんだ餅食べるとか雑さのレベルが違うのでは。
関東は希薄だな、特に東京均衡は金持ち居住区か貧乏人居住区かだけだし
地形上の都合もあって経済圏とか特産物の違いが結構出るからな。昔の行政地域も案外変な跨りがあったりはするけど
全然違うと思っているのは当人同士で、よそから見たら大同小異なのはよくあること
3.11の頃に福島の浜通り/中通り/会津を聞いて、なぜ道路指定で報じるんだろう……と戸惑ったのを思い出した
文化の違いは文化の争いではない 隣がずんだ食ってようとうちらは食わぬだけでそれ以上の気持ちはない 東京という自分の文化圏を認識できず羨む気持ちが起こす誤認であろう
関東も昔はあったんだろうけど、地方に侵食されたと予想
そーね 盛岡であんましずんだ餅食べないし、八戸は青森だけど南部せんべい仲間みたいのあるある
まあ、宮城の人間もそんなにずんだ餅食わんのだが
東北は「藩」の意識が強いのかな?
愛知の三河安城みたいなもんか?あとなんだっけ新潟の燕三条とか?
そっすね。藩割と県割りが合わないのはバラして力を削いで統治しやすくみたいなのもあるだろうが、単に良く知らんかったから適当に割ったがデカい気がしないでもない。
チンギス「ハン?」
『博多ではからし蓮根を意外と食べないんだね、九州なのに』並みの大雑把。関東だって、例えば、水戸(茨城県)と前橋(群馬県)が一緒のわけがなく、そういう方面に夫が全然関心がないだけだろ。
仙台の濃い色ずんだはメーカーものが目につくからでは。家庭で作っものは色薄い/東京も旧町名で分かれる感じ 結構違う
「関東」でも場所次第よな、と思う。小田原とか古河とか関宿とか佐倉とか。
雑に一緒くたにするな、レッテル貼るなという主張なのに関東出身夫でそれをやってる残念さ / 生活してたら知らんのわかるだろうから、岩手は南北で文化が違うんよあたりが普通の反応だろう。もうちょい上手く創作して
関東で消えてるのは流入者の存在感の方がデカいからかな ニュータウン勢と元々の地元勢の差の方がデカいだろうし
千葉も上総、下総、安房国と別だけど今そんなこと言わないんじゃない?
愛知県もローカルの人は尾張と三河ではっきり文化的な区別をつけているので、何で呼ぶかはともかくうちと〇〇は違うことをアピールしたい人はたくさんいるように感じる。
ローカルの区切りは藩とか旧国名とかでいまだに区切られてる。愛知も尾張と三河というが、尾張も実態は、名古屋、知多、尾張くらいの違いの意識なまだまだ健在。
一ノ関目線の投稿がまとめられたりコメント付けたりしているが、一ノ関(磐井)の北の胆沢江刺から伊達領だし、セブンイレブンは奥州市(水沢)にもあるので、なんか思い込みで言及してるな感がある(旧水沢市民感)
明治新政府と国民統合という思想運動によってかつてあったそれぞれの「お国」への帰属意識が解体されたことについて、コスモポリタンを嫌う素朴な愛国主義者はどう考えてるんだろう、というのはときどき思う。
最近「関東出身夫」がバカの代名詞みたいになってない?逆さす九みたいな。よくない兆候な気がする
小見川と佐倉はあんまそういうのないな東京は下町とそれ以外があるのでなんなら下町も町ごとに違うので…
お、また盛岡出身語り手と、関東出身夫か。読まない。
東京圏は徳川一族支配下(≒天領)だから、藩の独自の文化や特産品が異なるのは理解できないであろう。ましてや江戸は人間消費地だからなぁ。
そもそも藩は山や川などの障害で区分けられがちで、文化も山や川を越えるのは容易ではない。だから現代でも同じ県内より山を越えない隣の県の方が文化的に近いことがある。
蛮地は均一で取り扱いやすく面倒くさく無くあれって、東京近郊に住む人間の傲慢さの発露ってとられても仕方ない仕草なのかもね / 中日韓みんなツリ目のチビ共ってチノ呼ばわりの外国人へ感じるものと同根の不快感
南部と佐竹とかならともかく盛岡と仙台なんて普通同じだと思わないでしょ。藩なんか出す話でもないし関東の夫とか関係ないよ。作り話なだけ。
なお関東民は直轄地と細々とした藩の領地が入り乱れてて、自分たちが江戸時代にどこの藩だったかとかをあんまり理解してない
で、何をどうしたらずんだ餅なんて思い付くんですか?
今でも秋田は裏切り者扱いなんだろか
関東民の歴史的、地理的解像度が低すぎるねん。まぁ、その分しがらみがない、自由っていう利点もでかいんだろうけど
すごくわかる。浜松出身の同僚と伊豆出身の私が同郷みたいな言い方されると互いに否定するのがお約束になってる。西伊豆と中伊豆ですら方言が全く違うくらいだし
藩だったり県南vs県北だったり沿岸vs山間だったりと同じ県や地域でもいろいろ違って当たり前だろ。それにしても伊達藩って初めて聞いた。藩は地名じゃないの?仙台藩とか言うのかと思ってた。
先祖代々天領地に住んでたら藩とか言われてもわからんわな。でも都以外はそういうもんなんだよ
それいうなら金ヶ崎の相去以南は一関も(大谷の出身地である)江刺も伊達藩だろが/青森なら八戸まで南部藩だし/八戸くらいまでIBCがよく視聴されてるしな
いまだ藩つかってたのか
広島は安芸と備後でござる
廃藩置県から150年、土地に根ざした意識って案外残るんだね。
旧国同士がいがみ合って予算取り合ったり個々で都市計画やインフラやったりすると、境目がエグいことになって全員の足を引っ張るのはもう定例行事というか……
城下町出身だと特に意識する文化が残っているのではないかな。
理解するためには藩を明示した地図が欲しいところ。ないなら別に理解しなくてもいいかとなるな。
祖母が一関だったから、正月の餅のラインナップにずんだは必ず入ってた。子供心に岩手の名産だと思っていたが、仙台平野の北端なんだよね
昔は山やら川やらで人の交流が制限される場所があって、そこが自然と境になったから文化が異なるのは仕方ない
仙台って言うわ。あとこんなにずんだずんだ言ってなかったよ、昔全然知らなかったもん。
相去の話はしなくて良いの?
宮城のイメージしかない
こういうのを見ると、実は明治維新て失敗してた(近代を内面化できなかった)んだな、と感じる
この辺「ただ分ければいい」で済まないくらいには面倒くさくてな。旧伊達藩だった奥州市の鉄器はいろいろあって盛岡とともに「南部鉄器」と呼ばれているのよ。こうなった理由が面白いがここには書くスペースがない。
そもそも今でも別の県なのになんで食習慣が違わないと思うのか神経がわからん。無自覚な傲慢さを感じる