世の中

だから日本人の「コメ離れ」が進んでいった…アメリカの"安い小麦"を全国各地の食卓に広めた黒幕の正体

1: mayumayu_nimolove 2025/10/12 10:55

米離れしたなーって感じたのはいきなり値段が二倍になったからだな。別にパンとか関係ない。

2: yamamototarou46542 2025/10/12 11:09

「小麦戦略論」は、高嶋光雪『アメリカ小麦戦略 : 日本侵攻』(1979年12月、家の光協会)、が起点かな?80年代から他の書籍にも引用され、じわじわと広がっていった感じ(デジコレ調べ)

3: dounasatta 2025/10/12 11:18

日本では小麦文化は脱穀の関係でとか何とかで米文化って聞いたことあるけど、うどんは小麦だし、唐菓子文化もあるし、そもそも納税できる金を食うか?って思うから日本は昔から米文化には猜疑心を抱いてる。

4: mutinomuti 2025/10/12 11:28

“キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹”これでそっ閉じじゃないんだ(´・_・`)

5: repunit 2025/10/12 11:32

貧乏人は麦を食えで反感食らったろ。

6: yodogawa-kahan 2025/10/12 11:33

自虐史観否定に反米を混ぜたい流れに乗っかって、農政失政の否定をやってしまおうとする陰謀論の雪だるまを権力側がやっちゃいけないよね。

7: sgo2 2025/10/12 11:35

小麦は製粉などに大掛かりな設備が必要になるので家庭で作るのは辛い(なので専業化しがち)。発酵も鍵かと。逆に工業化すれば常温保存が可能ですぐ食べられるパンの方が手軽。保存性など米が勝る点もまだあるが。

8: CASE 2025/10/12 11:46

この記事の正確性はともかく、麺だと自炊のしやすさが違うので、実家を出てから米を食べる頻度が減ったのは確か。たまに食べるとめちゃおいしい。

9: udukishin 2025/10/12 11:55

穀物輸入の歴史は探れば結構面白いと思うんだよな。江戸期に禁輸措置されてた米を明治になって輸入するようになって人口が増えたとかあるしそこら辺がまとまってる解説書があれば読んでみたい

10: takanagi1225 2025/10/12 12:10

そろそろ蕎麦粉ガレットのブームが来ませんかね…卵ハムチーズなんにでも合うし映える。

11: stabucky 2025/10/12 12:12

逆だと思う。コメがそのまま食べられないからふりかけとか茶漬けがある。>“コメは副食がなくても食べられるが、パンは副食がなければ食べられない”

12: ikusana 2025/10/12 12:23

“アメリカが戦後日本に小麦食を広めた”って、そもも戦後の食糧難でまともに食べるものが無い日本人に食糧援助してくれたのはアメリカなのに逆恨みが過ぎる

13: kageyomi 2025/10/12 12:31

「アメリカの小麦業界は1950年代後半から日清製粉をはじめとする日本の製粉業界と二人三脚で日本の小麦市場を開拓しようとした」日清製粉のご令嬢が上皇后美智子。ご成婚でパン食も増えたのかな

14: mohno 2025/10/12 12:47

昭和40年代、小学生の頃は、給食は食パンばかりだった(低学年は2枚、高学年は3枚)。そのうち、たまに米飯が出てくるようになった。すでに米の消費が減ってると言われていたと思う。

15: domimimisoso 2025/10/12 13:15

“これをマッカーサーからなじられた吉田は、「日本の統計がしっかりしていたら貴国と戦争なんかしなかった」と切り返した” 話のネタとしては面白いけど本当かな?

16: cinefuk 2025/10/12 13:21

換金作物を自家消費なんて勿体ない「現代人の通念と異なり、戦前まで、農家はコメを食べていなかった。小作人は収穫量の半分を小作料として地主に収めていた。残る半分も、自分で食べるのではなく売って現金を得て」

17: shikiarai 2025/10/12 13:30

家だと焼き魚かカレーのお供になってるわ。うどんが強くて

18: ustar 2025/10/12 13:44

これには香川県民も激おこ

19: gaikichi 2025/10/12 14:06

池田勇人の「貧乏人は麦を食え」発言(1950年)が抜けとる。じつは戦前はまだ米食がそんなに普及してなかった説を補足すると、農民も兵隊になれば軍では白米が食えたのだな。これもまた民衆が軍国主義を支持した理由

20: koinobori 2025/10/12 14:35

「食べていたのは、水田の畦などに植えていたアワやヒエなどの雑穀だった」地域によるだろ。それに畦に生えるレベルの量で1年もつとは思えないが

21: FlowerLounge 2025/10/12 15:09

阿部和重の『シンセミア』思い出した

22: hide_nico 2025/10/12 15:18

“田植えの時期が6月から5月初めになったので、6月に収穫期を迎える麦の生産ができなくなった。こうして二毛作と麦秋は消えた。国産麦の生産は、1960年の383万トンから、わずか15年後の75年に46万トンへと、8分の1まで減少