初めて赤子をベビーカーに乗せて外に出た時「世界は思ったよりいいところなんだな」と実感したものだ
(E.エリクソンの)基本的信頼って、こういうところからも培われるんじゃないかな、と思いました。親がそう本心から感じているなら、子にそれは伝わるものだと思うので
子どもに完璧な親を演じるより世界を信頼する態度を見せる方が大事かもな
そうだったとしてもなにか望んだことをしてくれるわけじゃなし 外に出ればうっかり敵のような人間とエンカウントすることもあるわけで
敵とか味方ってより「面白い動きをする機械」って感覚が強いかなワイは
"世の中"の構成要素を敵とか獲物として見るような人間は、公共の敵であって、そいつらが生きやすい世の中にしてはいけない。信頼に足る世の中を維持するのも大人の責任だと思う。
世の中のほとんどの人たちが金を優先するような世界に生きても同じことを言えるのか分からない。外国人というだけで金持ちと見られ、どうにかして騙して金をせしめようとする世界で味方を探すことはできるのか
「世界」はデカすぎ。せいぜい「自分の生活環境」くらいでは? そして、それが優しいと感じるのは、今のところ平穏であるというだけ。いざという時には「人間はジャガイモ一個のために平気で人を殺す」のが現実。
「世の中には敵より味方の方が多い」という信頼感を持っていた方が、その逆よりは生きやすい
初めて赤子をベビーカーに乗せて外に出た時「世界は思ったよりいいところなんだな」と実感したものだ
(E.エリクソンの)基本的信頼って、こういうところからも培われるんじゃないかな、と思いました。親がそう本心から感じているなら、子にそれは伝わるものだと思うので
子どもに完璧な親を演じるより世界を信頼する態度を見せる方が大事かもな
そうだったとしてもなにか望んだことをしてくれるわけじゃなし 外に出ればうっかり敵のような人間とエンカウントすることもあるわけで
敵とか味方ってより「面白い動きをする機械」って感覚が強いかなワイは
"世の中"の構成要素を敵とか獲物として見るような人間は、公共の敵であって、そいつらが生きやすい世の中にしてはいけない。信頼に足る世の中を維持するのも大人の責任だと思う。
世の中のほとんどの人たちが金を優先するような世界に生きても同じことを言えるのか分からない。外国人というだけで金持ちと見られ、どうにかして騙して金をせしめようとする世界で味方を探すことはできるのか
「世界」はデカすぎ。せいぜい「自分の生活環境」くらいでは? そして、それが優しいと感じるのは、今のところ平穏であるというだけ。いざという時には「人間はジャガイモ一個のために平気で人を殺す」のが現実。