物理実験の考察を過去レポに頼って書いて、全頼りもアレだなと思って実際の使用例を付け足したらTAに「ここのオリジナリティどこの過去レポから?」って聞かれたことを思い出した。みんな過去レポだったのよね。
φ(.. )
頑張った学生のレポートと、教授世代のチートの話が面白かった!
面白い講評だった。オチ含めて、きれいに整理された文だ。学生時代に、「麻雀ゲームで何切るを友人と話し合う体験」から、人からアドバイスを求められる職業について書いたレポートを出して優だったことを思い出した
"経済学やオークション理論の根幹に関わる極めて重要な論点において、明らかに学術的に成り立たない「致命的な理論的誤り(ハルシネーション等の放置)」"を推敲もせぬ提出物は落ちた由。(AI、自信満々で嘘つくから
何十年と学生はコピペを繰り返してると考えると学生忙しすぎるんじゃないかとも思ったけど、遊ぶ時間なんていくらあってもいい時期だしな⋯
結論はすいみんだいじって事でいいですか
高校生までだとダメな連中くらいしかやらない提出レポート丸写しを、大学だとやる方が要領がいいくらいになるのは生成AIより遙か前から。あの空気感の方がAIより問題だと思う。
めちゃくちゃ面白かったんだが、これ、AIを使いつつ先生がだいぶ加筆したんじゃなかろうかと思う。いい教育だわ
最後まで読んで、ふふってなった。
友達がいないからレポートは全て自力だったブクマカ達には関係ない話だった
この先生はAIに講評を書かせてるけど、『単に「講評を書いて」と空っぽなプロンプトを投げただけで〜AIが勝手に紡ぎ出すわけがないことくらい』とも書かれてて面白い。
ドパセン(ドーパミンどばどば先生)の誕生である
面白く教育的な講評
とても味わい深い講評。ニヤニヤしながら読む立場で良かった。
過去レポのコピーとか一切しなかったマンだし、今学生だったとして全てAIのレポートは出さないだろうな。ちょっと手抜きすぎないかね。/写させてって頼まれた場合、コピーと思われたくなくて別に書いてたな。
なかなかの叙述トリック。
今思うと恥ずかしい限りだが,学部生のころはレポート作成能力に愚かなまでの自信を持っていて,他人のマネなど思いつきもしなかった。俺の方が絶対に凄いと。バカだね。でもあの蛮勇は自分の隅に残しておきたい。
良い読み物でした
知性というものはとても面白い。
大学のレポートさえも「ストーリー」重視の時代。もう夏休み終わるけど、小中学生の読書感想文や自由研究も本の内容や研究内容より、子ども自身の体験や変化を重視する傾向はあるかも。
これは面白い
はい正論ハラスメント > 異常なハイテンションになっているときに書いた講評文を、ぐっすり寝て冷静になるより先に学生に対して公開してはいけない、という反面教師のような文章
自分の頭で考えて作ったレポートは素晴らしい。片やAIで作ったコピペレポートも大量にあったが致命的なもの以外はオマケした。手抜きは誰しもが通る道。だけどそのAIだって使い方次第。道具は使いこなせ。って事でOK?
AIがない時代から連綿と続く学生たちの宿業をユーモアを持って描いた文章
AIに限らず道具の使い方を改めて考えさせられる文章だった…。
AI使ってレポート出すと今ドパガキって言われるんだ…へぇ~…
つい全文読んでしまった。面白いなぁ
そういえば、代々受け継いだレポートもそういえば現代のAIによる結果と変わらんという気づきがある
意外とAIに書かせたと言いつつ全部自力で書いてたりしてねw
自分の泥臭い部分から、というのは内閣総理大臣賞を獲るための13か条の(1)に通ずるものがあるね。構造への指摘まで昇華することはこっちは肯定されてるけどね。つまり(1)は悪くないhttps://note.com/toshiki_hoshino/n/n31b739741231
講評うまいな。AIに書かせたんだとしてもある程度元ネタを書いたうえでAIに渡してさらに推敲したとかそんな感じに思える
ながらが辛くなったので後で見る。
道具を支配して、自分の知性とユーモアを何倍にも拡大する人になりたい
大学はそういうの学ぶ場になったのか
俺はレポートを代筆する側(親戚にはタダでやらされた。クソ)だったけど、「○○について、10ページって言われてる」みたいな酷い依頼とかあったなあ。文脈も前提も授業聞いてないから解らんと/単位は出たらしい
結局AIに書かせてるのかな、加筆してるのかな。大学生のころはまだ長文書くのも苦じゃなかったけど、今じゃ捻り出すのにほんと時間かかるので、AIに文字数埋めてもらわないと文章作れなくなった。
「食い入るように読み切ってしまいました」大学教授による期末レポート講評が、昨今のAIの話を完璧に捉えていて面白い、最後はしっかり落ちてる
物理実験の考察を過去レポに頼って書いて、全頼りもアレだなと思って実際の使用例を付け足したらTAに「ここのオリジナリティどこの過去レポから?」って聞かれたことを思い出した。みんな過去レポだったのよね。
φ(.. )
頑張った学生のレポートと、教授世代のチートの話が面白かった!
面白い講評だった。オチ含めて、きれいに整理された文だ。学生時代に、「麻雀ゲームで何切るを友人と話し合う体験」から、人からアドバイスを求められる職業について書いたレポートを出して優だったことを思い出した
"経済学やオークション理論の根幹に関わる極めて重要な論点において、明らかに学術的に成り立たない「致命的な理論的誤り(ハルシネーション等の放置)」"を推敲もせぬ提出物は落ちた由。(AI、自信満々で嘘つくから
何十年と学生はコピペを繰り返してると考えると学生忙しすぎるんじゃないかとも思ったけど、遊ぶ時間なんていくらあってもいい時期だしな⋯
結論はすいみんだいじって事でいいですか
高校生までだとダメな連中くらいしかやらない提出レポート丸写しを、大学だとやる方が要領がいいくらいになるのは生成AIより遙か前から。あの空気感の方がAIより問題だと思う。
めちゃくちゃ面白かったんだが、これ、AIを使いつつ先生がだいぶ加筆したんじゃなかろうかと思う。いい教育だわ
最後まで読んで、ふふってなった。
友達がいないからレポートは全て自力だったブクマカ達には関係ない話だった
この先生はAIに講評を書かせてるけど、『単に「講評を書いて」と空っぽなプロンプトを投げただけで〜AIが勝手に紡ぎ出すわけがないことくらい』とも書かれてて面白い。
ドパセン(ドーパミンどばどば先生)の誕生である
面白く教育的な講評
とても味わい深い講評。ニヤニヤしながら読む立場で良かった。
過去レポのコピーとか一切しなかったマンだし、今学生だったとして全てAIのレポートは出さないだろうな。ちょっと手抜きすぎないかね。/写させてって頼まれた場合、コピーと思われたくなくて別に書いてたな。
なかなかの叙述トリック。
今思うと恥ずかしい限りだが,学部生のころはレポート作成能力に愚かなまでの自信を持っていて,他人のマネなど思いつきもしなかった。俺の方が絶対に凄いと。バカだね。でもあの蛮勇は自分の隅に残しておきたい。
良い読み物でした
知性というものはとても面白い。
大学のレポートさえも「ストーリー」重視の時代。もう夏休み終わるけど、小中学生の読書感想文や自由研究も本の内容や研究内容より、子ども自身の体験や変化を重視する傾向はあるかも。
これは面白い
はい正論ハラスメント > 異常なハイテンションになっているときに書いた講評文を、ぐっすり寝て冷静になるより先に学生に対して公開してはいけない、という反面教師のような文章
自分の頭で考えて作ったレポートは素晴らしい。片やAIで作ったコピペレポートも大量にあったが致命的なもの以外はオマケした。手抜きは誰しもが通る道。だけどそのAIだって使い方次第。道具は使いこなせ。って事でOK?
AIがない時代から連綿と続く学生たちの宿業をユーモアを持って描いた文章
AIに限らず道具の使い方を改めて考えさせられる文章だった…。
AI使ってレポート出すと今ドパガキって言われるんだ…へぇ~…
つい全文読んでしまった。面白いなぁ
そういえば、代々受け継いだレポートもそういえば現代のAIによる結果と変わらんという気づきがある
意外とAIに書かせたと言いつつ全部自力で書いてたりしてねw
自分の泥臭い部分から、というのは内閣総理大臣賞を獲るための13か条の(1)に通ずるものがあるね。構造への指摘まで昇華することはこっちは肯定されてるけどね。つまり(1)は悪くないhttps://note.com/toshiki_hoshino/n/n31b739741231
講評うまいな。AIに書かせたんだとしてもある程度元ネタを書いたうえでAIに渡してさらに推敲したとかそんな感じに思える
ながらが辛くなったので後で見る。
道具を支配して、自分の知性とユーモアを何倍にも拡大する人になりたい
大学はそういうの学ぶ場になったのか
俺はレポートを代筆する側(親戚にはタダでやらされた。クソ)だったけど、「○○について、10ページって言われてる」みたいな酷い依頼とかあったなあ。文脈も前提も授業聞いてないから解らんと/単位は出たらしい
結局AIに書かせてるのかな、加筆してるのかな。大学生のころはまだ長文書くのも苦じゃなかったけど、今じゃ捻り出すのにほんと時間かかるので、AIに文字数埋めてもらわないと文章作れなくなった。