現在からはえらい無駄遣いに見えるけど1980年代当時はそういうものだったというおはなし。そしていったん普及したら変更が難しいというはなしでもある
ふつーに 127.0.0.2 とか 127.128.0.1 とか 使い分けてますけどね。ローカルホスト内の異なるプロセスで別アドレス同ポートをlistenできて便利。IPv6は ::1だけlocal loopbackで ::2は違うのよ、マジ不便なり。
アンミカさんがほんとにこのタイトルを言ってくれたら笑っちゃうだろうなぁ/この話、知らなかった。けど127がインターネット上にあっても実際気持ち悪く感じてしまいそう。
1つしかないIPv6はダメだと思うけど、クラスAはやりすぎ。クラスCで充分だった。4.2BSDが戦犯だったのか。デファクトスタンダードの強さよ。
127.1.0.0/16くらいで一旦切り直せたら良いのにね。
歴史研究だ
初っ端からして意味が分からん。/検索すると127.0.0.53ってDNSリゾルバなのか。ポート番号みたいに使ってるんだな。
「127」丸ごと使っても、あと4,278,190,080個も残っているからなあ、とか思ってたのでは。
広大なアドレス空間を持つIPv6では一つだけ、というのかまた趣深い。クラスAが一つ増えたところで世界が変わったかというとそうでもない気がするけど。
せめて32bitじゃなくて40bitだったらね 永久に使えるレベルだったのに
まさかTCP/IPがここまで標準になるなんて思ってませんやん(なぜかサバンナ高橋ボイスのザッカーバーグが頭の中でしゃべった)
確かに1個あればいいよな/ループバックアドレスを使い分けるなら普通にローカルIPを分けるほうがいいと思う
「昔はのどかだった」という、誰もが最初に思いつく結論のまま特に目新しい話はないのであった
コンテナ管理でホストを共有するけどポートを変えずにアプリを分けたいときにコンテナ2は127.0.0.2とかにしてる。
なんでクラスA丸ごとなのと思っていたが、その当時はクラスAしかなかったからなのか。255じゃなくて127なのが符号ビットの扱いの自信の無さが滲み出ていてなんとも言えない。
当時の人はこんなふうにあらゆるデバイスにIPが振られると考えてたわけじゃないだろうしな
127の中を細かくしたところでIPv6が不要になるほどの数はない。1バイトの比較で済ませられる後付けの微々たるメリットはあるから(消費電力削減やスループット向上とか)、まあいいんじゃないかな
まだTCP/IPがネットワークプロトコルの一つでしかなかった時代に、今の状況を想定できるはずもなく。
そのクラスAとクラスCの単位で配って、枯渇がすぐ判明してクラスAは返還要請のRFCで回収した歴史がある。IPv4はインターネットが民間利用できるようになった初期の頃には枯渇前提だったと思うけど127は聖域だったか。
mDNSは別にUbuntuだけじゃないと思う
“1982年3月の4.2BSDのマニュアルによると、127/8を占拠したのは一般的な慣行。当時は標準化されてなくて、未割り当て領域だから無害と見なされていた。やがて数百のアプリに組み込まれて、もはや変更不可能になった”
クラスAは最初のビットが0、そうすると8bitなので最大値が127、つまり0は最初、127は最後ってこと
127.0.0.0はネットワークアドレス(CIDR導入以前だから)、127.255.255.255はブロードキャスト(何に?)だから総数は1677万7214個だよ。多分
なるほど面白かった。まさにhistorical reasonだな。
“それまでは何ごとも「ネットワークアドレス」ごとのまとまりで考えることが自然だったのではないか” それはそう。サブネットとか / RFCがちゃんと残ってるから調査ができる。もし日本政府が開発していたら…
「ループバックIPアドレスって1677万7216個もあんねん」なぜローカルホストはクラスA 127/8 全体なんだろう? - in between days
現在からはえらい無駄遣いに見えるけど1980年代当時はそういうものだったというおはなし。そしていったん普及したら変更が難しいというはなしでもある
ふつーに 127.0.0.2 とか 127.128.0.1 とか 使い分けてますけどね。ローカルホスト内の異なるプロセスで別アドレス同ポートをlistenできて便利。IPv6は ::1だけlocal loopbackで ::2は違うのよ、マジ不便なり。
アンミカさんがほんとにこのタイトルを言ってくれたら笑っちゃうだろうなぁ/この話、知らなかった。けど127がインターネット上にあっても実際気持ち悪く感じてしまいそう。
1つしかないIPv6はダメだと思うけど、クラスAはやりすぎ。クラスCで充分だった。4.2BSDが戦犯だったのか。デファクトスタンダードの強さよ。
127.1.0.0/16くらいで一旦切り直せたら良いのにね。
歴史研究だ
初っ端からして意味が分からん。/検索すると127.0.0.53ってDNSリゾルバなのか。ポート番号みたいに使ってるんだな。
「127」丸ごと使っても、あと4,278,190,080個も残っているからなあ、とか思ってたのでは。
広大なアドレス空間を持つIPv6では一つだけ、というのかまた趣深い。クラスAが一つ増えたところで世界が変わったかというとそうでもない気がするけど。
せめて32bitじゃなくて40bitだったらね 永久に使えるレベルだったのに
まさかTCP/IPがここまで標準になるなんて思ってませんやん(なぜかサバンナ高橋ボイスのザッカーバーグが頭の中でしゃべった)
確かに1個あればいいよな/ループバックアドレスを使い分けるなら普通にローカルIPを分けるほうがいいと思う
「昔はのどかだった」という、誰もが最初に思いつく結論のまま特に目新しい話はないのであった
コンテナ管理でホストを共有するけどポートを変えずにアプリを分けたいときにコンテナ2は127.0.0.2とかにしてる。
なんでクラスA丸ごとなのと思っていたが、その当時はクラスAしかなかったからなのか。255じゃなくて127なのが符号ビットの扱いの自信の無さが滲み出ていてなんとも言えない。
当時の人はこんなふうにあらゆるデバイスにIPが振られると考えてたわけじゃないだろうしな
127の中を細かくしたところでIPv6が不要になるほどの数はない。1バイトの比較で済ませられる後付けの微々たるメリットはあるから(消費電力削減やスループット向上とか)、まあいいんじゃないかな
まだTCP/IPがネットワークプロトコルの一つでしかなかった時代に、今の状況を想定できるはずもなく。
そのクラスAとクラスCの単位で配って、枯渇がすぐ判明してクラスAは返還要請のRFCで回収した歴史がある。IPv4はインターネットが民間利用できるようになった初期の頃には枯渇前提だったと思うけど127は聖域だったか。
mDNSは別にUbuntuだけじゃないと思う
“1982年3月の4.2BSDのマニュアルによると、127/8を占拠したのは一般的な慣行。当時は標準化されてなくて、未割り当て領域だから無害と見なされていた。やがて数百のアプリに組み込まれて、もはや変更不可能になった”
クラスAは最初のビットが0、そうすると8bitなので最大値が127、つまり0は最初、127は最後ってこと
127.0.0.0はネットワークアドレス(CIDR導入以前だから)、127.255.255.255はブロードキャスト(何に?)だから総数は1677万7214個だよ。多分
なるほど面白かった。まさにhistorical reasonだな。
“それまでは何ごとも「ネットワークアドレス」ごとのまとまりで考えることが自然だったのではないか” それはそう。サブネットとか / RFCがちゃんと残ってるから調査ができる。もし日本政府が開発していたら…