「増えたのは脳ではなく棚」って言語化が完璧すぎる。ツールに使われて思考停止したら本末転倒やな
「Obsidian + Claude Code = 第二の脳」論批評。第二の脳はPOSレジに過ぎない。POSレジにコンビニ店長が務まるか!って叫びにワロタ/「第二の脳」は情報のゴミ屋敷化する。Claude Codeのトークンが増えてクレジットを消費するだけ
腸のことかと思ったらObsidianであった。特定の方を強く想起させる文体である…
途中から読んでないけど、第二の脳として補完的に使えばいいだけで、第一の脳捨てろとは言ってないと思うよ
違います、第2の脳はチンチンです
Evernoteのときもそんな事言ってたよね(飽きて続かなかった)
身体性という観点からするとリモート勤務から出社回帰の話ともつながる。オンラインミーティングでは何かが失われている。
「第二の脳」を使って何かをするより、「第二の脳」を育てることに熱中しそう。手段と目的の転倒。
凄い嫌なこととか、人生でたくさんあるんだけど、全部、AIに投げてその出力の通りに実施する気がおきない。人間が考えたくないことを考えれる時点で、狂ってると思う。そして、考えてないことが確信できる。
日々の記録を取っといて療育相談するときには助かったなー
まあ、異能生存体には勝てないしな
(ちゃんと読んでないですが)俺の脳はそんなに優秀じゃないぞと思うし、同時に俺の脳はそんなに無能じゃないぞと思う
これ、第二の脳ってので言いたいことって、「単なる棚じゃなくて、コピーロボットみたいに作業代行してくれるよ」みたいなお話と理解したけど、違うん?(その上で自分のアタマの限界が性能にモロ反映されそうな)
俺も50代だけど. まぁ使いたくない人は使わなくて良くて, でもこれからスマフォみたいにどんどん「使えないとしょうがない」時代になっていく. イヤでもダメでも使うしか無いなって感覚でして
自身の「部分的なダミー記憶」を生成AIに繋いで、自分の雑用や繰り返し単純作業を自動で回す、スケジューラで定期発動させる、先回りでサジェストさせるように使う。自分流のやりかた=期待値に近い結果が得られる。
「自分が道具を使う」というより、「自分+道具という存在になる」感覚がある。系全体としてエンパワーされている
「第二の脳」と増田の「棚」という言葉を借りるなら、GoogleもWikipediaもニュースも書籍も第二の脳だし棚だと思うけどな。書いてあることを鵜呑みにすることも、疑うことも、参考にすることもできる。
第二の脳じゃなくて、「俺2.0」って言ったほうが伝わったりしないかな
よい文章。「第二の脳」とやらは知らないが、面白い思考に触れた気がしてよい
長い読まない
自分は増田の内容に共感する。とても泥臭い人間らしい考えだと思う。ただポストを見に行ったらアカウントは青バッジ。ヘッダーが収益の画像。固定ポストが「ClaudeCodeのマネタイズ手法」無料公開なのであーって感じ。
元の文は全く、増田も半分も読んでないが。まあアレだね、昔むかしTRONの坂村先生が言ってた「電脳」ってヤツだね。
外部化して安全なのは記憶と検索まで。連想と判断まで機械に任せると、AIが作った整合的な"自分"を自分の考えと錯覚する。増えたのは脳でなく棚、という切り分けが要る
便利なことが鬱陶しい時もあるし、不便な方が楽しいこともある。そんな言いようのない感覚を人間が放棄した時が文化の終わりなのかもしれん
パーマンのコピーロボみたいなもんか。
そんな事より第二の心臓はふくらはぎだから、みんな歩こうぜ、筋トレしようぜ
「第二の脳」はコンビニ店長の夢を見るのか。
とらやかと思った
(あれ?フランス語に変換しない!?補助脳がイカれたかな!?)
個人的にはその用語ティアーゴ・フォルテのPARAメソッドなのだがkarpathy氏の提唱するLLM Wikiをobsidian 上で実現できるよという話かな。メモDB構築するといいらしいけど結局後で見返す事ない民には色褪せぬロマンなんよね
なげーよ
いままではメモリやストレージのことを第二の脳と言っていたのが、CPUまで含まれてきたので本格化しているのよ。攻殻機動隊で言うとオペ子の段階まで来ている。タチコマになるのは2029か???
物心つく前に第一の脳を女性に移植しましょう
先に第一の脳をどうにかしよう
Fっぽい
私も腸脳相関の話かと思った。まあどっちも大事よ…
"Claudeがもっともらしい関連項目を十個出してくれたとして、そのなかにBがなかったらどうなるのか" それこそ第一の脳でBを思い出せばいいんじゃじゃないの?別に第一の脳を一切使うなというわけではないのでは
はてなブックマークが私の知識の棚になっているが、検索しても思うように出てこない不便な棚だ。たまにアクティビティから振り返ってみると、過去の自分に会えて楽しい。
私もちんこのことだと思った
増田の直感的な反感は本質的に正しいと思う。自分の心のニセモノを作っているなら、御愁傷様、成果は多分出ないよ、とは思う。「第一の脳」を鍛えるべきだよ
好みを覚えてもらう、とかいう意味なんではないかと思う。ちなみに人間に3つの脳があると言われている
提唱者は脳という単語は使わず、「LLM Wiki」といっている https://gist.github.com/karpathy/442a6bf555914893e9891c11519de94f / はてブ向けにAIで再構成して投稿→Xの投稿に誘導→閲覧数で稼ぐ手法を試してるのだとしたらいよいよ終わりだね
ただのRAGだよね
名前の元は4年ほど前にTiago ForteがSecond Brainというベストセラー本を出していて https://www.buildingasecondbrain.com/book 本人がObsidianやAIの補助でその考え方を再現する動画も出している。Karpathyはmemexの系譜で考え方はよりAIがメイン
店長?
腸を第二の脳と思って生きてるので第三の脳でお願いします
コンビニ店長か
身体の記憶と思考は密接に絡み合っている。同意するけどAIがいずれ身体を持ったときは人間同様の思考にたどり着くのかに興味が出るな
自分の周りで桁違いに稼いでる人たちはこんなゴチャゴチャしたことしないで適当にA4の紙になぐり書きしてるとかそんなのなんだよなー。稼げば良いってもんではないだろうが、器作りにハマってても結果はでないよね。
"そう囁くのよ、私のゴーストが"的な。
まぁ嫌いではない。
いい
コンピュータのメモリを机に喩えたり引出しがどうのとか言ってグルグル回ってそう。あと変数を箱に喩えた本読んで「ポインタ難しい」とか言ってそう。比喩それ自体をイジりまわすの無意味どころか害悪ですらある。
腸活の話かとおもた
腸の話かと
この増田はさておきリンク先の使い方はあとで読もう。AIに耽溺して感じるのは人間の特殊でなさである。
ふくらはぎ
人類は脳を過大評価し過ぎ説あるよな。
「第二の脳」とやらについて
「増えたのは脳ではなく棚」って言語化が完璧すぎる。ツールに使われて思考停止したら本末転倒やな
「Obsidian + Claude Code = 第二の脳」論批評。第二の脳はPOSレジに過ぎない。POSレジにコンビニ店長が務まるか!って叫びにワロタ/「第二の脳」は情報のゴミ屋敷化する。Claude Codeのトークンが増えてクレジットを消費するだけ
腸のことかと思ったらObsidianであった。特定の方を強く想起させる文体である…
途中から読んでないけど、第二の脳として補完的に使えばいいだけで、第一の脳捨てろとは言ってないと思うよ
違います、第2の脳はチンチンです
Evernoteのときもそんな事言ってたよね(飽きて続かなかった)
身体性という観点からするとリモート勤務から出社回帰の話ともつながる。オンラインミーティングでは何かが失われている。
「第二の脳」を使って何かをするより、「第二の脳」を育てることに熱中しそう。手段と目的の転倒。
凄い嫌なこととか、人生でたくさんあるんだけど、全部、AIに投げてその出力の通りに実施する気がおきない。人間が考えたくないことを考えれる時点で、狂ってると思う。そして、考えてないことが確信できる。
日々の記録を取っといて療育相談するときには助かったなー
まあ、異能生存体には勝てないしな
(ちゃんと読んでないですが)俺の脳はそんなに優秀じゃないぞと思うし、同時に俺の脳はそんなに無能じゃないぞと思う
これ、第二の脳ってので言いたいことって、「単なる棚じゃなくて、コピーロボットみたいに作業代行してくれるよ」みたいなお話と理解したけど、違うん?(その上で自分のアタマの限界が性能にモロ反映されそうな)
俺も50代だけど. まぁ使いたくない人は使わなくて良くて, でもこれからスマフォみたいにどんどん「使えないとしょうがない」時代になっていく. イヤでもダメでも使うしか無いなって感覚でして
自身の「部分的なダミー記憶」を生成AIに繋いで、自分の雑用や繰り返し単純作業を自動で回す、スケジューラで定期発動させる、先回りでサジェストさせるように使う。自分流のやりかた=期待値に近い結果が得られる。
「自分が道具を使う」というより、「自分+道具という存在になる」感覚がある。系全体としてエンパワーされている
「第二の脳」と増田の「棚」という言葉を借りるなら、GoogleもWikipediaもニュースも書籍も第二の脳だし棚だと思うけどな。書いてあることを鵜呑みにすることも、疑うことも、参考にすることもできる。
第二の脳じゃなくて、「俺2.0」って言ったほうが伝わったりしないかな
よい文章。「第二の脳」とやらは知らないが、面白い思考に触れた気がしてよい
長い読まない
自分は増田の内容に共感する。とても泥臭い人間らしい考えだと思う。ただポストを見に行ったらアカウントは青バッジ。ヘッダーが収益の画像。固定ポストが「ClaudeCodeのマネタイズ手法」無料公開なのであーって感じ。
元の文は全く、増田も半分も読んでないが。まあアレだね、昔むかしTRONの坂村先生が言ってた「電脳」ってヤツだね。
外部化して安全なのは記憶と検索まで。連想と判断まで機械に任せると、AIが作った整合的な"自分"を自分の考えと錯覚する。増えたのは脳でなく棚、という切り分けが要る
便利なことが鬱陶しい時もあるし、不便な方が楽しいこともある。そんな言いようのない感覚を人間が放棄した時が文化の終わりなのかもしれん
パーマンのコピーロボみたいなもんか。
そんな事より第二の心臓はふくらはぎだから、みんな歩こうぜ、筋トレしようぜ
「第二の脳」はコンビニ店長の夢を見るのか。
とらやかと思った
(あれ?フランス語に変換しない!?補助脳がイカれたかな!?)
個人的にはその用語ティアーゴ・フォルテのPARAメソッドなのだがkarpathy氏の提唱するLLM Wikiをobsidian 上で実現できるよという話かな。メモDB構築するといいらしいけど結局後で見返す事ない民には色褪せぬロマンなんよね
なげーよ
いままではメモリやストレージのことを第二の脳と言っていたのが、CPUまで含まれてきたので本格化しているのよ。攻殻機動隊で言うとオペ子の段階まで来ている。タチコマになるのは2029か???
物心つく前に第一の脳を女性に移植しましょう
先に第一の脳をどうにかしよう
Fっぽい
私も腸脳相関の話かと思った。まあどっちも大事よ…
"Claudeがもっともらしい関連項目を十個出してくれたとして、そのなかにBがなかったらどうなるのか" それこそ第一の脳でBを思い出せばいいんじゃじゃないの?別に第一の脳を一切使うなというわけではないのでは
はてなブックマークが私の知識の棚になっているが、検索しても思うように出てこない不便な棚だ。たまにアクティビティから振り返ってみると、過去の自分に会えて楽しい。
私もちんこのことだと思った
増田の直感的な反感は本質的に正しいと思う。自分の心のニセモノを作っているなら、御愁傷様、成果は多分出ないよ、とは思う。「第一の脳」を鍛えるべきだよ
好みを覚えてもらう、とかいう意味なんではないかと思う。ちなみに人間に3つの脳があると言われている
提唱者は脳という単語は使わず、「LLM Wiki」といっている https://gist.github.com/karpathy/442a6bf555914893e9891c11519de94f / はてブ向けにAIで再構成して投稿→Xの投稿に誘導→閲覧数で稼ぐ手法を試してるのだとしたらいよいよ終わりだね
ただのRAGだよね
名前の元は4年ほど前にTiago ForteがSecond Brainというベストセラー本を出していて https://www.buildingasecondbrain.com/book 本人がObsidianやAIの補助でその考え方を再現する動画も出している。Karpathyはmemexの系譜で考え方はよりAIがメイン
店長?
腸を第二の脳と思って生きてるので第三の脳でお願いします
コンビニ店長か
身体の記憶と思考は密接に絡み合っている。同意するけどAIがいずれ身体を持ったときは人間同様の思考にたどり着くのかに興味が出るな
自分の周りで桁違いに稼いでる人たちはこんなゴチャゴチャしたことしないで適当にA4の紙になぐり書きしてるとかそんなのなんだよなー。稼げば良いってもんではないだろうが、器作りにハマってても結果はでないよね。
"そう囁くのよ、私のゴーストが"的な。
まぁ嫌いではない。
いい
コンピュータのメモリを机に喩えたり引出しがどうのとか言ってグルグル回ってそう。あと変数を箱に喩えた本読んで「ポインタ難しい」とか言ってそう。比喩それ自体をイジりまわすの無意味どころか害悪ですらある。
腸活の話かとおもた
腸の話かと
この増田はさておきリンク先の使い方はあとで読もう。AIに耽溺して感じるのは人間の特殊でなさである。
ふくらはぎ
人類は脳を過大評価し過ぎ説あるよな。